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人権なしのランク0。よくわからないけど、塔、登ります  作者: つくたん
下層『受難の層』
23/75

神は人に試練を授けた。これをもって受難の開闢とする

改めて、8階。


――神は人に試練を授けた。これをもって受難の開闢とする。


「本当に大丈夫なんですか?」

「あぁ、お前たちが俺たちを同行者と認めてくれれば問題なく通るぜ」


お互いがお互いを同行者として認識しているかどうかが結界を通り抜けるコツだ。

パーティの基本人数は4人だが、互いを同行者として認識していれば基本人数より多くても結界はくぐり抜けられる。


「何回も通ってるからな。そのあたりは実験済みだ」

「へぇ」


仮に結界に阻まれても死ぬわけでもない。触れると火花を立てて弾いてくる透明な膜のようなものが扉に張ってあるだけだ。分厚い膜は決して力づくで通ることはできない。

鍵もをって扉を開けた探索者が同行者として認識してさえいれば通ることができる。


「まずは鍵を探さねぇとな」


結界の仕組みがどうであれ、まずは鍵を探さないことには話が始まらない。

目星もないので、地形を把握するついでに虱潰しに歩いてみるしかないだろう。その道中で鍵狙いの探索者なり探索者狩りなりに襲われるかもしれない。


「あぁ。襲ってくる輩からの護衛は任せてくれ」


探索者相手の戦闘もある程度慣れている。追い払うことぐらいはできるはずだ。

自信満々に伯珂が拳を鳴らす。わけあって10階以下にとどまっていはいるが、本来なら中層にとっくに到達していてもおかしくないくらいなのだ。腕は立つ。


「しっかし……これを通るたびにやるのかぁ……」


8階を通るたびにこれをやらないといけないのか。このまま順調に9階、10階に到達したとしても、町に帰還してしまえば3階からだ。

とっくに解けている7階以下はいいとして、8階を通るならまた鍵探しが必要になる。11階の町と1階の町には相互転移が可能なので11階にたどり着きさえすれば町間の行き来は自由になるのだが。


「一発で11階まで通りたいところだな」

「9階に行けば解散?」

「そうだな」


鍵争いは8階だけ。9階は9階で新しい仕掛けがあるのだ。

無事に扉をくぐって9階に進めば、この同行も終わり、解散する。


「っと! 戦闘用意!」

「言わずともわかってるっつぅの」

「はぁ~い! リリムやっちゃうよぉ~!」


前から4人だ。曲がり角で待ち伏せしている。

気配を察知した伯珂がブレスレットから呼び出した巨爪を握る。ノルバートが両手の指輪をはめ直し、リリムが腰から提げたチェーンに手を添える。


「伯珂さん!」

「お前らは下がってろ」


せっかくの護衛役だ。しっかりと役目は果たさせてもらおう。

気配を悟られて諦めて出てきた男たちを伯珂が見据える。前にいるだけだ、後ろにはいない。


「はん、ライバルを減らそうってか。ご苦労さまだな」


鍵を探すライバルを蹴落とす。蹴落としたライバルが鍵を持っていたら僥倖。そんな意図で探索者を襲うパーティもある。見事にそれに狙われたようだ。

やれやれ。まったく。伯珂が嘆息した。


***


呆気なく戦闘は終了した。殺すでも傷つけるでもなく、伯珂たちが狙ったのは武具の破壊だ。

武具は多少の欠けや割れなら自然と修復されるが、その形が大いに破損すると壊れてしまう。壊れた武具は銀の破片となり、専門の職人に修理してもらわねければ使用することはできない。一度壊れれば修理するまで使用できないのだ。

それを利用し、武具破壊という作戦をとった。戦う手段がなくなれば町に帰らざるをえない。血を流さない穏便な方法だ。


「ほれ、町への帰り道はあそこだ」


温情だ。見逃してやるし1階への転移装置も教えてやろう。ついと十字路の左を指し示す。あっという間に武具を破壊された4人組は歯噛みして背を向けて撤退していく。


「ふぅ。これでどうにか追い払ったな」

「ありがとうございます。ミスター・ミントさん」

「おっと! その呼び方はまだ有効だったのか!?」


フォルの礼におどけてみせ、伯珂は持っていたナイフをブレスレットに戻す。

細い鎖が絡み合った繊細な細工の銀は伯珂のおおらかな性格にはとても似合いそうにない。死んだやつの形見だというそれを華麗に操り、向かってきた女のネックレスの鎖を切断してモチーフ部分を奪い取り、踏み壊した。


「ミスター・ミントでいいだろ。もう定着したぞ」


諦めろとノルバートが肩を竦める。

両手の中指と人差し指にそれぞれついている指輪は武具であるが、武器が出るわけではない。炎と水、土と風の4属性を操るための指輪だ。彼の前でそれらは服従させられる。

全身焼いてやろうと業火を差し向けてきた女が放った火を懐柔し、そのままやり返した。業火の熱はあっという間に銀の杖を熔かした。


「リリムもいいと思う~!!」


明るい声で同意を示したリリムもまた手練だった。

彼女が腰のベルトから提げていたチェーンは自在に空間を繋げるものだった。男が振り下ろしたハンマーの先を異次元に呑んで、男の後頭部に向けて異次元を開いた。自分で自分を殴る形になってしまった男は昏倒して伸びてしまった。


「すっごい鮮やかな手腕……」


昴たちではこうはできなかったろう。峰打ちや手加減も上手くできない。中途半端に痛めつけてしまうだけだったかもしれない。


「ふっ、俺をナメちゃいけねぇな」


感嘆の息を漏らす昴に伯珂が得意げに笑う。

調子乗るなミスター・ミントめ、とノルバートから茶々が入った。うるせぇと悪態で返す。


「怪我はなかったですか?」

「あぁ。でもちょいと喉が渇いたな……お」


なにか喉を潤せるものを。首を巡らせた伯珂の視界にベリーの茂みが映る。迷宮の石壁を割ってたくましく生えるそれはどうやら『嘘つき』(毒入り)ではないようだ。

これは僥倖。みずみずしいカロントペリーの果汁で喉を潤すとしよう。


「摘んできますね。わたし、この前の植生調査クエストでだいぶベリーに詳しくなったんです!」


ぱたぱたと元気にフォルが駆けていく。

すぐ近くとはいえ無警戒に走るものじゃないぞとリーゼロッテの叱責を背中に受けつつ茂みをかき分け、熟れたベリーを探す。その手が不意に止まった。


「……どうした?」

「いえ……あの…………見つけちゃいました……」


葉と葉の間。そこにあったのは、金色の鍵。間違いない、9階への鍵だ。見てそう直感した。


「……は?」

「やったじゃねぇか!」


なんと幸運だろう。思ってもみない幸運に伯珂が両手を叩く。やはりこいつら『持っている』。自分の見立ては外れてはいなかった。

称賛と賛辞を寄せ、フォルに鍵を持つよう促す。これは見つけたフォルたちのものだ。自分たちはそれに便乗するだけ。


「はい、ありがとうございます」


茂みから鍵を拾い上げ鞄にしまう。さて、これであとは9階に登るだけだ。

ほっとフォルが肩の力を抜く。道中、また探索者に襲われるかもしれないから気をつけなければ。伯珂たちが守ってくれるとはいえ油断はできない。


「アレといい、ルッカかよお前ら……」

「ルッカ?」


ノルバートの呟きに昴が首を傾げる。聞いたことのない単語だから、おそらく後付けの知識由来のものではないだろう。


「ルッカってのは、神に祝福された者って意味さ。俺の世界じゃ何しても成功するような、そんな幸運に恵まれてるやつをそう言うんだよ」


はるか昔には神と人をつなぐ儀式があった。人は神に感謝を述べ、神は信仰に応じた加護を与える。そんな儀式だ。その儀式のさなかに選ばれた者をルッカと呼んでいた。ルッカに選ばれた者は英雄となる名誉を授けられたという。それが時代を経て意味が変わり、単に強運を指す言葉となった。

神性琥珀のことといい鍵のことといい、まさにルッカと呼ぶにふさわしい。


「ま、ラッキーウーマンってことさ」


単なる褒め言葉だ。素直に受け取ってほしい。そう締めくくったノルバートは来た道を戻るために踵を返す。

そのまま連れ立って9階への階段のある扉を目指す。鍵を見つけたことを知られないよう、鍵を探しているふりをしながらだ。


「まだ鍵を見つけてないからあれだけどさ、9階ってどんなんだ?」


誰に聞かれてもいいように嘘を混ぜつつ、これからの行程に興味津々の昴が伯珂に訊ねる。

話を向けられた伯珂は、そうだなぁ、と頭の中で言葉をまとめ始めた。


「ボロキアって牛を知っているか?」


砂牛ボロキア。町で家畜として飼っている牛だ。ノンナほど便利な家畜ではないが、肉や角が利用されている。

気性は荒いほうだが、群れで生きるためかリーダーと認めた相手の言うことは従順に聞く。しっかりと主従関係を教え込んだボロキアは重い荷台を引くための労働力となってくれる。


「そのボロキアが野生に帰ったものが9階のボスさ」


野生に帰ったというか、いなくなった牛飼いを探して迷宮に迷い込んで出られなくなったというべきか。そのボロキアは時空の狂った迷宮にいたことで本来の寿命を突破し、半ば魔物と化している。

牛飼いがいたという世界の言葉を借りて、ボロキアリャソフ(ボロキアの災害)と呼ばれている。ボロキアリャソフは9階を自身の住処とし、立ち入る者を全力で排除する。


「つまり、暴れ牛?」

「そういうことだ。ちなみに群れ単位で野生に帰った」

「え」


1匹だけの話かと思いきや群れとは。

曰く、群れのボスであるボロキアリャソフを筆頭にして数十頭が住み着いてしまったという。砂牛ボロキアは草でも肉でもなく石を舐めて育つ。石に含まれるミネラルだとかそういうものを栄養にして生きるのだ。迷宮は石造りなので餌となる石は豊富。食うものには困らないというわけだ。

そうして食うに事足りる環境で、天敵もなく本来の寿命を突破して生きて繁殖してしまった結果、数十頭の群れは数百頭にもなった。それだけの牛を賄うために9階の石は舐め削り尽くされ、平地となった。今はどうにか壁と床の石が残っているが、それもいつかは食い尽くされるのだろうか。それとも迷宮の形を維持する精霊の力によって壁と床だけは死守されるのか。


「その群れを突破して10階さ」


ボスを倒して力が上であることを示すか、暴れ牛をかいくぐって10階に駆け込むか。そのどちらかだ。

ちなみに伯珂は前者の方法を取ったので襲われることはない。9階にたどり着けば、暴れ牛の波に襲われる昴たちを置いて悠々と10階に行ける。


「俺たちにはどうすることもできないからな、頑張ってくれ。……っと、扉か」


さて、扉だ。ここまで何とか襲われずに済んだ。近くに他の探索者の気配もない。何気なく鍵を開けてさっとくぐって9階に行くとしよう。


「よしフォル、頼んだ!」

「はいっ、いきます!」


伯珂たちにあたりを警戒してもらいつつ、フォルが鍵を鍵穴に差し込む。くるりと回せばかちりと鳴って、手の中で鍵が金色の光になって消えていく。それと並行して、ゆっくり石扉が開いていく。


「よし、開きました……!」


フォルが扉をくぐり、リーゼロッテ、昴、サイハと続く。

昴たちに同行者として認識されている伯珂たちも問題なく扉を通り抜ける。全員が通ると、ひとりでに石扉は閉まった。


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