それは確かにありえないものだった
まだまだ次の階段へは遠そうだ。
警戒して進みつつ、そういえば、と思い出したようにサイハが呟いた。
「前々から気になっていたんだけど……」
「ん?」
「フォルの武具、気になるのよね」
「わたし……ですか?」
きょとんとした表情のフォルに、えぇ、とサイハが頷く。
「『この世界はそう』と言われたらおしまいなんだけど」
そう前置きをして話し始めた。
曰く。サイハの知る世界ではフォルの持つ武具はありえないということだった。
武具にはいろいろな能力があるが、人を治療するものはない。病を取り除くものも傷を塞ぐものもない。どんなに腕が立つ武具職人でも作ることはできない。
サイハは武具職人でないので詳しくはないのだが、ともかく『そう』なっている。
「なのにフォルの……"メディシナール"だっけ? それは治療の効果だから……どういうことかなって」
自分の命を分け与えているとかそういった呪わしい印象は受けない。真っ当な治療だ。
治癒。人が神の権能を解析して技術とすることができなかった分野。神が人の手より守りきった奇跡の権能。それをフォルが持ち、操っているのはどういうわけなのだろう。
「別にフォルがおかしいって話じゃなくてね。単純な疑問よ」
いかにも無害という顔をしながら有害な『嘘つき』のように、ヒトのふりをした化け物ではないかと糾弾したいわけではなく。
手を伸ばしかけたベリーがカロントベリーではなく有毒ベリーだったことことに気付いて手を引っ込めつつ、不安そうなフォルへ首を振る。サイハの世界ではそうだっただけで、この世界では違うのかもしれないのだし。
「わたしが異端……」
深刻そうにフォルが呟く。記憶がないという疎外感が孤独感になって全身を包む。
もし『そう』だったら。自分はヒトに擬態した化け物だったら。武具だと思っているこのペンダントはただの飾りで、本当は自分の化け物の力で傷を治しているのだとしたら。
無害なものに擬態した有毒のベリーはまるで自分の暗喩のようではないか?
「ちょ、ちょっと……そんなに深刻にならないでよ」
ちょっとした疑問を口にしただけで、そんなつもりはなかったのだ。
慌ててサイハが訂正を入れる。だが、フォルの表情は晴れない。
「あーぁ……」
あぁやっちまったな、とリーゼロッテが心中でぼやいた。この手のタイプは気にするぞ。一度思い込んだらなかなか取れない。思い込みに囚われて道を踏み外す。必死にフォローしているがもうだめだろう。一度気にしたらずっと気にする。事あるごとに不安がぶり返す。疑念がずっとつきまとう。
我関せず。下手に口を出さないでおこう。逆に傷をえぐりかねないし、別の傷をつけてしまうかもしれない。
「考えすぎだって!」
まだ何もわからないのに、勝手にそうだと決めつけてはいけない。な、と昴がフォルの肩を叩く。それでもフォルの表情は曇ったままだ。
完全にこれは自分のことを嘘つきだと思い込んでしまっている。これはどうやってフォローしたものか。しばし悩んで、あ、と思いついた。
自分を嘘つきベリーと重ねて異端視しているのなら。それを逆手に取ろう。
「これだって迷宮の一部だよ。世界の一部だ。要らないってことはない。フォルだってきっとそうだよ。な?」
「……! …………うん」
昴の言葉に目を瞠り、そして静かに頷いた。
自分はここにいてもいいのだ。その肯定は確かにフォルの心を救った。
――自分が何であるかというところから目を背けて。
***
石扉の前で立ち止まる。さぁ、謎解きの時間だ。
「さぁて、次が8階か!」
長く歩いてようやくここまできた。階層中すべてを歩かされた気がする。マッピングした構造的に、この扉を開ければ8階へ通じるはずだ。
さて肝心の謎解きは。これまで同様に扉の横に据えられた台座を覗き込む。
台座にはシンプルに『お知らせ』と彫り込まれた石板と、そこにはめ込むだろう4つのメダルが積まれていた。
メダルの絵柄は違っており、それぞれ、石、水、丸い葉、棘のある葉が描かれている。
「あ。これやったことあるかも」
昴がぽつりと呟いた。6階の石柱の高さの時にもうっすらと感じていたのだが、この手の問題は見覚えがある。
昴の世界には、謎解きを主題とした密室の中に閉じ込められて、暗号を探して鍵を見つけて脱出するという娯楽がある。友人に誘われて一度やったきりだったが、初めての新鮮な体験でよく印象に残っていた。
その娯楽の中で、これによく似た暗号があった気がする。
「じゃぁ解いてみろよ」
うだうだ考えるのは性に合わないので丸投げしてきたリーゼロッテが顎でしゃくる。昴が解いてくれるなら自分は頭を使う必要がない。わかるというのなら解いてもらおう。
リーゼロッテに丸投げされて昴は台座の前に立つ。もう一度見返してみて、自分の予想が合っていることを再確認する。
確認できたらあとはその通りに手を動かすだけ。手際よくメダルを石板にはめていく。
「っと。これでどうだ!」
最後に水の模様のメダルをはめて扉を振り返る。かち、かち、と台座の下で機構が作動して扉が開いていく。
「すごい……どうやって解いたの?」
感嘆するサイハに、簡単だよ、と返す。
「お知らせって要するに、ニュースってことだろ」
ついでに、方位を示す単語の頭文字もまたN、E、W、Sだ。
さてこの階のそれぞれの方位には何があっただろう。最北端、最東端、最西端、最南端。
「フォル、メモしてるよな?」
「あっ! はい! えっと……あ!!」
昴に水を向けられ、言われるままに手帳を見て気付く。これはまさか。
「そこまで考えたらあとは分かるだろ?」
最北端、最東端、最西端、最南端。それぞれに設置されていた採掘地点やベリーや水場。
そこまで思い至れば、水や鉱石の模様をしたメダルはどこにはめるべきかはおのずと分かるだろう。あとは『お知らせ』の通りにメダルをはめていくだけ。
「成程な」
昴の説明を受けつつ先に進む。話し終えてしばらく歩くとレストエリアがあり、上階に登る階段があった。休憩に使えそうな腰掛けや水場もある。
レストエリアには何人かの探索者のグループが見える。誰もが精神を消耗したかのような顔をして休んでいた。
「何かしら?」
ここまで憔悴するようなことは何もなかったが。自分たちだけ楽な道を通ってきたとは思えない。
ならばこれはもしや、何かがあり8階から引き返してきた人々なのではないか。
「まだ野営をするには早いし……様子だけ見てみる?」
おそらく今夜はここで野営をすることになるだろう。だがまだ採光窓から見える日は高くにある。少し行って8階に引き返すくらいの時間の余裕はあるだろう。
そう判断したサイハの提案に乗って、レストエリアを進んで上り階段へ歩を進めていく。
さて、いったい何があるのだろうか。期待と少しの不安を胸に先に8階へ。
もはやお決まりの石碑の文言でも見ようかと思ったその瞬間。
「おい! お前ら、鍵は持ってるか!?」
「は?」
ナイフを手にした男が一人、こちらへ大声で呼びかけてきた。
鍵。鍵と言われると後付けの知識に刷り込まれたあれのことしか思い当たらない。塔の頂上にあるという扉と、それを開けるための鍵。それを持っているかという話だろうか。
戸惑う昴たちに、男はナイフを握り締める。その手はぶるぶると震えている。いったいなんだと困惑する昴たちに構わず男は言葉を続ける。
「か、隠してたらただじゃおかねぇ……み、みみ身ぐるみ剥いででも調べて――」
身ぐるみ剥いででも調べてやる。言い切る前に男の目がぐるんと上を向く。
白目を剥いてひっくり返った男の背後には見知った姿が立っていた。
「ノルバートさん!」
「おう、大丈夫かヒヨッコども」
「リリムも忘れないでぇ~!!」
ぴょこんとリリムがノルバートの影から顔を出す。
ノルバートがいてリリムがいる。ということは。
「よっ、ここまで来たんだな」
伯珂も当然いるわけである。気さくに笑みを浮かべて、遅れて登場した伯珂が片手を挙げた。
「話は後だ。ちょっと7階に戻るぞ」
「え?」
「ここは落ち着いて話すには向いてなくてな。……見ろ」
周りをよく注意してみろ。迷宮の石壁に反響して色々な音が響いているだろう。
斬る音。叩く音。悲鳴。足音。どれもが剣呑で殺伐とした雰囲気だ。まるで何かを奪い合い、争っているような。
ひどく物騒な空気を感じるここで、落ち着いて話などできない。まだ日は高くて野営の準備をするには早すぎるが、いったん7階に降りて積もる話でもしようではないか。
「そうだな。ここじゃいつ刺されてもおかしくねぇ」
リーゼロッテにとっては懐かしすぎる雰囲気だが。
ここまで騒がしくはなかったが、殺伐とした空気はよくよく馴染みがある。こんなところでのんびり話でもしようものなら格好の獲物だ。
「だろ? というわけで来たばかりだがすまねぇな」
伯珂に促され、来たばかりの道を降りていく。階段を降り、7階のレストエリアへ。
成程、このレストエリアにとどまっている探索者が一様に憔悴した顔をしているのはこのせいだったか。8階から追い落とされたのだ。
「さて……っと」
適当なところに陣取り、ふぅ、と一息吐いた伯珂は自身の鞄から地図を取り出した。
「これが8階だ」
円陣で向かい合って座った一同の中央に地図を広げる。
8階の簡易地図だった。7階からの階段と、9階に続く階段がマークされている。驚くべきことに、9階への階段は7階からの階段のすぐ近くにあった。8階中を迂回した結果行き着くのではなく、ほぼ直通で。角を数回曲がれば目の前にある。
「これまで階層の対面同士にあったのに……」
「そうやって階段を探して歩き回らせる必要がないのさ。別のところで歩き回らせるからな」
「別のところ……ですか?」
そうだ、と伯珂が頷く。何も知らずに8階をさまよえば争いに巻き込まれて命を落とすだろう。何もわからないまま危険に放り込まれる前に最低限のルールくらいは叩き込んでやらなければ。
「8階はな、闘争の階なんだ」




