すべてが収束する終息の塔で果ての夢を見る
7階。
――すべてが収束する終息の塔で果ての夢を見る。
「果て……ねぇ」
階段を登りきった先にあった石碑を見てそんな感想を漏らす。
果て。終わり。この探索に終わりがあるとするなら、それは頂上に至った時だ。
そもそも、頂上には何があるのだろう。後付けの知識には『何か良いことがある』という漠然とした概念しかない。この『良いこと』とは何を指すのか。
「何があると思う?」
言い換えれば、何の褒美が待っているかだ。単純な財宝か、それとも。
実際に到達せねば答え合わせはできないが、予想を聞いてみるくらいはいいだろう。
昴の問いに、石碑の文言をいそいそとメモしていた手を止めてフォルが首を振る。
「わたしはさっぱり……思いつきません……」
『塔を登らなければ』という強い使命感を持っていながら、頂上に何があるかなど考えつかない。
まるで背中をつつかれているような使命感で目の前のことしか見えておらず、その先のことを考えている余裕がないのかもしれない。
「私はそうね、元の世界に帰る手段かしら」
サイハが答える。旅を愛するベルベニ族の気性は一箇所にとどまることをあまり好まない。
塔を登るという未知の旅は面白く感じているが、踏破が終われば次に行きたい。元の世界だって、まだ行っていないところはあるのだ。
何なら元の世界でなく、昴やリーゼロッテの世界でも構わない。とにかく旅がしたい。踏破が終わってしまった塔の中にいつまでもいたくはないと、頂上に行き着いた自分はきっとそう思うだろう。
「良いことねぇ……願いが叶うってんなら…………世界をブッ壊す」
「え」
物騒なことを言い放ったリーゼロッテに場の空気が凍った。世界を壊すとはいったい。
「あぁ……単なる破壊じゃねぇよ。そういう意味じゃねぇ」
退廃して発展のない世界をどうにかしたい。行き詰まってしまった世界を動かしたい。風穴を開けて風通しをよくしたい。そういう意味での破壊だ。
「アタシの世界はろくでもないからさ」
助けて頼り合うこと。蹴落とし陥れること。前者は稀で、後者は日常だ
それが当たり前だったが、この世界に来て前者を経験してわかった。自分がいた世界はろくでもない。
正確には『ろくでもないと哀れまれる』世界だ。普通に、それを当たり前として生きてきた世界を哀れまれることのなんて惨めなことだろうか。何をしても『可哀想』と見下される。
今日のパンを奪い合う生存競争は決して見下されるようなことではないと叫びたい。可哀想と哀れまれるものではない。這い上がってやる。今までそうしてきたように。
変革を望むなら、既存を壊すのが手っ取り早い。堰を壊せば水が流れるように。流れた先が海だろうが滝壺だろうが、そんなことはリーゼロッテにはわからないし関知しない。
とにかく世界が動けばいい。転がった先が崖でも、転落することを受け入れよう。
「んで? 言い出しっぺのアンタは?」
言い出しっぺの昴はどうなのだ。
ここまで聞いておいて月並みな解答は許さないぞと脅しをかけつつ回答を促す。
「うーん、うまく言えないけど……真実……かな」
真実そのものが報酬ではなく、頂上に行くまでに得られるものという意味で。
この世界の真実。世界の構造。何のためにこの塔は在り、人々は登らなければならないのか。塔の頂上に何があるのか。自分たちがこの世界に召喚された理由。そういった御大層なものもだが、フォルの記憶に関することもだ。
進むにつれそれは明らかになり、頂上で答え合わせができる。そしてその時に『頂上には何があるのか』ということがわかる。実際に何があるかは答え合わせ次第。
質問に回答するなら、『答え合わせができる』ということになるだろうか。
「成程な。……っち、行き止まりだ」
ここまで雑談をしつつ順調に進んできたのに。行き止まりだ。
突き当りの壁はひびが入っていて岩壁が見えている。ツルハシを振り下ろせば何か採掘できるだろうが、今は探索を優先したいので触れないでおく。
「位置的に最西端ね、中央寄りに戻って別の道を行きましょう」
「はい! 一応、メモしておきますね」
サイハのマッピングでも記録されるが、西の突き当たりの行き止まりに採掘ポイントとメモを取っておく。くるりと丸で囲って強調しておいてから手帳を閉じる。
そのまま角を曲がって来た道を戻る。次の分かれ道に差し掛かった時だった。
「うわ」
三叉路が交差する場所にウォーターエレメンタルが3体。
前後左右も関係ない浮遊する結晶の塊なのでこの表現はおかしいのだが、お互いに向かい合って顔を見合わせているように見えた。
「なんだ?」
気付かれる前に先手を取るぞと剣を構えて踵を浮かせていた昴だが、どうもエレメンタルの様子がおかしい。
何体かで群れをなすことはこれまで何度か見たが、こんなふうに、お互いの顔を突き合わせて、まるで相談しているかのような配置は見たことがない。
いつもと違うものに遭遇したら逸らず様子を見るべし。エレメンタルに感知されないよう距離をとってじっと様子を窺う昴たちをよそに、ウォーターエレメンタルの青い結晶がくるくると回り始める。魔法を使う時の魔力充填の動きではない。だが回っている。
まるで、周波数を合わせて歯車を噛み合わせる準備運動のような。
「……っ!?」
くるくると回っていたエレメンタルが軌道を合わせて円運動をし始める。円を描く先頭の結晶に追従するように連なって回り始める。
「まさか……合体した?」
「だろうな! ……っち、"エイジス"!」
複数のエレメンタルが合体してひとつの大きなエレメンタルになった。そう解釈するのがふさわしいだろう。
明らかにこちらに狙いを定めて魔力充填の回転を始めたウォーターエレメンタルへ盾を構える。
魔力充填完了。水流発射。水鉄砲のように集束させた奔流が打ち出される。リーゼロッテがそれを盾で受けた。
「重……っ!」
これまでウォーターエレメンタルの水鉄砲は何度も受けてきたが、これほど勢いがあるものは初めてだ。
水流で押されて足がよろめきそうになる。リーゼロッテがふっ飛ばされれば後ろの3人もまとめて吹っ飛んでしまう。耐えなければ。
「途切れた! 今だ!」
しばしの拮抗の末に奔流が途切れた。その隙をついて昴が飛び出す。
一度撃てば再び攻撃するまでに無防備な瞬間があるのは合体しても同じなようだ。静止して浮遊する青い結晶へ剣を振り上げる。
あれは3体のエレメンタルが合体したもの。なら核は3つ。すべて壊すまで動き続けるだろう。
「い……っけぇえええ!!」
中央で円を描いて回る結晶に向けて刃を振り下ろす。
動いている結晶を正確に捉えなければ壊せない。白刃がひらめいた。がしゃん、ぱりん、と砕ける音。
「あと1個……!!」
返す刃でどうにか。そう思って手首を返す昴の目の前で結晶が回る。魔力の充填が始まった。
「やば……!!」
近すぎる。至近距離にいる昴を弾き出すのに先程と同じ出力は要らない。最低限の出力でいい。そしてその最低限の出力を充填する時間はずっと短く済む。
避ける暇など与えない。魔力充填完了。水流発射。結晶が水球を打ち出そうとしたその刹那。
「――"狂信者による理性"!」
サイハの鋭い声が響き、そしてウォーターエレメンタルの動きが止まった。見えない鎖に戒められて行動を無理矢理止めさせられたような。中央の核の回転も止まった。
"狂信者による理性"。サイハが作った能力のひとつだ。理性でもって思いとどまるように、対象の行動を封じる能力を持つ。
「地図係じゃないのよ、私」
後付けの知識に与えられた役割は妨害役。敵の行動を妨害し味方の行動を補佐するのが役目だ。
その役割に従い、エレメンタルの動きを止めて攻撃を封じた。
「ありがと!」
感謝を述べて昴が最後の一撃を。動きたくても動かない核を貫いた。
ウォーターエレメンタルの動きを統制する最後の核が砕けて結晶が床に飛び散る。それきりウォーターエレメンタルは活動を停止した。
「ふぅ……」
「合体もアリかよ」
その手で来たか。いやまぁ無機物的な結晶だから互いに結びついて巨大化することを考えなくはなかったが。油断ならねぇなとリーゼロッテが呟いた。
同じ属性のエレメンタルが合体したということは、別の属性のエレメンタル同士で合体することもあるのだろうか。そうなったらどうなるのだろう。
そんなことを考えつつ、戦利品としてエレメンタルの結晶片を拾い上げる。
「まだまだ半分くらいよ」
妨害役から地図係に戻ったサイハがマップを眺めてそう言った。面積から考えてまだ半分ほどだ。最南端には水場、最西端には採掘地点。ということは最北端と最東端にも何かありそうだ。
ちょっとした謎解きは嫌いではない。頭を使うより肌で感じることの方が好きなだけで。
「はい! メモは任せてくださいね!」
「おう、任せた」
活躍を意気込むフォルに信頼の言葉を寄せ、リーゼロッテが再び先頭を歩き始めた。




