冗長な前置きなど捨てて探索に踏み込むことにした
翌朝。午前いっぱいを使って買い出しを済ませ、その足でそのまま迷宮に踏み込んだ。
「うわ」
3階に踏み込んで、目の前にはファイアエレメンタル。1体ではない。何体もだ。
サンダーエレメンタルもウォーターエレメンタルも、全種のエレメンタルが大量発生していた。
「こりゃ5階に進むのにも苦労しそうだな」
戦闘の経験が積めるのはいいが道を阻むものすべてを倒していったら時間がかかる。
とっくに地理もわかっている3階と4階は駆け抜けていきたい。これは適当に振り切って走ったほうがいいだろう。
「レストエリアで振り切りつつ近道していきましょう」
「だな。おい、走るぞ」
サイハにリーゼロッテが頷いて手を翻す。
盾役であるリーゼロッテが先頭を走って道を押し開ける。もし攻撃してくるエレメンタルがいるなら素早く倒すために昴がつき、それを補佐するためにフォルが続く。しんがりは全体を見渡して適宜妨害を入れていくサイハだ。
クエストの合間にちょこちょこ戦ってそれなりに連携が取れるようになった。まったく知らないまま適当に振っていた自分の武具の能力も使っているうちに把握できた。チュートリアルは終わりだ。ちゃんと戦ってやろう。
「"エイジス"!」
リーゼロッテが盾を呼び出す。身の丈以上もある大盾をまるで重みがないように軽々と持ち上げる。そして、それを担いだまま駆け出した。敵対的なエレメンタルの攻撃をこれで防いで先に進むつもりだ。
その後ろを走る昴の手には"ファルクス"と名付けられた直刃の片手剣が握られている。特に何の特徴もない剣に見せかけて、実はこの剣は持ち主に合わせて形を変える。今の形態は片手で握るものとなっているが、持ち主が取り回しやすいのなら両手持ちに変化する。片刃から両刃、直刃から曲刃も、刃自体の長さも幅も自在だ。持ち主が最も振りやすい形態となる『持ち主を選ばない』剣だ。
前を行くリーゼロッテの持つ盾に押しのけられたファイアエレメンタルがこちらに敵意を向ける。核である結晶を中心に回転し、火の玉を作り上げ、飛ばす。
「はっ、生温いなぁ!」
大盾が火の玉を難なく弾き飛ばす。リーゼロッテが受け止めた横から昴が飛び出した。
どの種類でも、エレメンタルは一度攻撃した後に再び攻撃するまでに時間がかかる。
クールダウンなのか再充填なのか、とにかく10秒ほどは無防備になる。そこが絶好のチャンスだ。
「よ、っとぉ!!」
一番振りやすい形に自己変革を遂げた剣を突き出す。カッターナイフのように薄い長方形の刃は貫きやすいように先端が斜めに切り落とされている。
尖った切っ先をファイアエレメンタルの核へと突き刺す。石を叩き割るような音がして、直後、丸い核がぱりんと割れた。
「ほんと、私たちの出番ないわね…………っと!!」
「サイハさん!」
敵が弱すぎるせいか、一撃で終わってしまって妨害役の自分の出番がない。
肩を竦めたサイハの死角から閃く風の刃。回避がどうにか間に合って、風の刃はサイハの肩を薄く切っただけに終わった。
「あっぶねぇな!」
先頭からしんがりへ。身を翻して間に合わなかった。盾で受けられなかった腹立ち紛れを込めてリーゼロッテが盾で殴打する。バランスを崩したところで昴が核を貫いてとどめを刺す。
がしゃんとウィンドエレメンタルがその場に崩れ落ちる。戦利品を回収するよりもその場から離脱するために駆け出す。4人の後ろを乱入してきたアイスエレメンタルが追いかける。
「レストエリアどこだっけ!?」
「次の角を右です!」
そう言っている間にも、追いかけてくるアイスエレメンタルの横にウォーターエレメンタルが追従してくる。さらには別のエレメンタルも合流してくる。もう何色かも確認する間もない。とにかく安全圏まで逃げなければ。
角を右に曲がると正面に小さく開けた空間があった。壁や床には空間を区切る線のように細く長く緑の石が埋め込まれている。その中へと駆け込む。ぴったりついてきていたエレメンタルの群れが緑の石の線を前に立ち止まり、そして踵を返して引き返していった。
「ふぅ……レストエリアが近くで助かったぁ……」
迷宮の各所にはこうした緑の石で区切られた空間がある。こうした場所をレストエリアと呼ぶ。
小さな広場のようになっているレストエリアにはどういうわけか魔物が入ってこない。不思議なことに、この空間に入れば魔物は攻撃を諦めて引き返してしまうのだ。
レストエリアが近くてよかった。でなければあのエレメンタルの群れを押しのけながら進まねばならなかっただろう。次の階までまだもう少しあるが、いったん追手を振り切れただけ気持ちが落ち着く。
「サイハさん、今治しますね」
風の刃で裂かれたサイハの腕に右手をかざし、フォルが左手で自身のペンダントトップを握る。
ペンダントの先についている銀色の玉を握りしめ、そっと魔力を注ぎ込む。
「"メディシナール"」
かざした右手にぼんやりと明るい緑の光がきらめく。
光がおさまると、サイハの肩の傷は痕もなくふさがっていた。傷があったかすらわからないほどだ。
「ありがとう」
「いえ、わたしはこれくらいしかできませんから……」
フォルの武具。"メディシナール"という名のペンダントは癒やしの力を持つ。
手をかざし、薄緑の光に包まれた部分が治療される。傷だろうが病だろうがだ。フォルの魔力を媒介にして癒やしの力を注ぐ。
サイハの傷が治ったのを見届けてリーゼロッテが顎をしゃくる。
「サイハ、最短ルート出せ」
「命令しないでくれる? ……やるけど」
まったくリーゼロッテめ。言葉遣いも人使いも荒い。女性らしいたおやかさなどありはしないのだからまったく。
溜息を吐きつつ手のひらほどの銀のプレートを取り出す。"歩み始める者"という銀の薄い板にはいくつかの文言が書いてある。
志願者による宿意、隠者による百識、侵略者による淘汰、犠牲者による防衛、指導者による標準、密告者による離反、狂信者による理性、放浪者による騎行、探索者による帰還。それぞれの文言がそれぞれ固有の能力となる。
しかしその能力はあらかじめ決められているものではなく、持ち主が文言から能力を想像しなければならない。連想でもこじつけでも、好きなように言葉を解釈して能力を想像して創造する。
まだ文言のすべてを作れていないが、きちんと創造したものはいくつかある。
"隠者による百識"には対象の強さや特徴を見抜く機能を。"探索者による帰還"には転移装置を利用せずに町に戻る転移能力を。そして、"放浪者による騎行"には目的地と定めた場所への道を指し示す能力を。
「"放浪者による騎行"」
サイハがプレートで軽く床を叩く。叩いた場所に光の点が点灯した。燐光のように淡く光るそれは、石の床に点々と道を示す。光の点が線となって行く先を示す。
ちなみにこの光はサイハとサイハが許した者にしか見えないものだ。
「ありがとな。さて、行くか」
昴が光の点を追って歩き出す。先に行くなっつぅの、とリーゼロッテがたしなめて1歩前へ進み出る。
その後ろにフォル、サイハと順に並んでまた迷宮を進み始めた。
***
3階、4階。道中のエレメンタルを避けたり戦ったりレストエリアを使って振り切ったりと多少の苦労をしつつ進む。
たどり着いた先、昴たちの目の前には5階へ登る階段がある。
「休憩するか」
ちょうどレストエリアだ。ある程度行き慣れてしまったこれまでと違って、ここから未知の領域だ。気持ちの区切りをつける時間ついでに休憩といこう。
この先何があるかわからない。警戒に警戒を重ねて余裕を多く取っておくにこしたことはない。
いかにも座るためだと言わんばかりの石に腰かけ、ふぅ、と一息。
「どうも~!」
「うぉわっ!?」
後ろから急に話しかけられて文字通り昴が飛び跳ねた。
振り返れば、大きなリュックサック。もとい、リュックサックを担いだ商人らしき出で立ちの少年がいた。
「……子供?」
「スルタン族よ」
サイハが訂正を入れる。スルタン族の名前は後付けの知識にある。
少年に見える彼は立派な成人男性だ。知を重んじる彼らは成人でも子供程度の身丈しかない。
「はいそうです! スルタン族ですよ~! こう見えて39歳!」
「さ……っ!?」
どう見ても子供の背丈なのに。外見でひとは判断できぬというが、いやまさかそんな年齢だとは。
絶句する昴ににこりと微笑み、彼は算盤を取り出した。
「ジョーヤ・マリーニャの店出張中! 出張買取スタッフのシャーデンフロイデです! 大量のエレメンタルの欠片、持ってるでしょう! 買い取りますよ!」
成程。どうやらエレメンタルの大量発生を見て営業に来たと。
確かに大量発生したエレメンタルと戦いながらここまで進んで来ていたら大量の結晶片を持っていることになるだろう。それを見越して買い取りにきたようだ。
「あー……えっと、そんなに持ってないんだよなぁ……」
だがあいにく、こちらはサイハの能力で敵が少ないルートを選んで進んできたのだ。
確かに多少は持っているが、ここでわざわざ買い取ってもらうほどの量はない。道中倒したうちの半分も戦利品を回収せず進んできたせいもある。
そう説明すると、シャーデンフロイデは驚いたように目を瞬かせた。
レストエリアで振り切れるとはいえ、ほとんど戦わずにここまで来たのか。あの有象無象のエレメンタルが所狭しと徘徊しているこの迷宮内を。
「マジっすか。運いいんですねぇ」
「サイハがナビしてくれたおかげだよ」
へぇ、と相槌を打ってから、さて、とシャーデンフロイデが話題を変える。
「ここにいるってことはこれから5階へ?」
「ん? そうだけど……」
「じゃぁ景気づけに何か買っていきません? 探索に必要そうな諸々取り揃えていますよぉ~!」
やれやれ、商魂たくましい。それくらい図太くなければこんなところまで出張買い取りに来ないだろうが。
商機をつかもうとセールストークを始めたシャーデンフロイデへ苦笑いをひとつこぼした。




