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人権なしのランク0。よくわからないけど、塔、登ります  作者: つくたん
下層『受難の層』
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からん、とベルが鳴った

からん、とベルが鳴った。先端に鐘がぶら下がっている錫杖を手にした司書ヴェルダが図書館の玄関からゆっくりと通りへ進み出た。


「ヴェルダさん! 逃げてください!」

「あんたまで失ったら、俺たちは……」


制止する声を聞き流し、彼女は青い目で憐憫の情を込めて帰還者を見据える。

あぁ、なんと哀れなことだろう。呟いた声は鐘の音にかき消されて消えた。


「検算はもう必要ないのよ」




からん、とベルが鳴った。




***


「司書さんって……戦えるんですか……?」

「あぁ……あぁ見えてな」


ランク3の探索者が束になっても勝てないくらい強い。そう付け足して、チェイニーはいくらか緊張を緩めた様子で表通りの対峙を見守る。

司書ヴェルダ。図書館を運営する立場から司書と呼ばれている。それくらいは『知って』いるだろう。

普段は図書館を治める者として働いているが、図書館に害があればそれを排除する。彼女が負けたところなど見たことがない。彼女がもし探索者となれば簡単に頂上に駆け上がってしまうのではないかというくらい強い。おそらくこの町で、否、世界で最も強いだろう。

最強の司書。すべての物語をおさめるもの。記憶の番人。彼女が立ち上がれば何者だって怖くない。




からん、とベルが鳴った。




一瞬。ヴェルダが錫杖を右手から左手に持ち替えて、空いた右手を振り払った。

それだけ。それだけで泥の山は消失した。切断されたわけでも潰れたわけでもない。消えた。まるで最初からなかったかのように。何が起きたのかわからない。事象を観測することすらかなわなかった。


「終わり――……」


静かに呟き、もう一度錫杖の鐘を鳴らす。からん、とベルが鳴った。

その音の余韻さえ消えた頃、じっと地面を見つめていたヴェルダが踵を返す。


「もう安全よ。警報を解除して」


通信用の武具に向かって告げて、何もなかったかのように図書館へと戻る。それから喧騒が戻ってくる。

あれは何だったんだ。何が起きた。見てなかったのか、司書さんが倒してくれたんだよ。そんなやり取りが聞こえてくる。

元通りの日常を取り戻した通りを見て、ふぅ、とチェイニーが息を吐いた。きっとやってくれると思っていたがそれでも肝は冷えた。


「見ない帰還者だったな……調べておくか……」


要調査。ベストのポケットから取り出した手帳にそう書き付けてからチェイニーは昴たちに向き直る。大丈夫か、と唇が動いた。


「まさか直視してないだろうな?」

「いやここからじゃ何も見えなかったし……何がどうなったんだ?」


チェイニーが険しい顔で窓の外を見ていたくらいしか状況がわからない。

司書が撃退したようだが、どうやって追い払ったのか見当もつかない。


「もう大丈夫だ。…………話を戻すが」


塔の話だ。この塔は神が作り、神が運営しているもの。では何のためだ。この世界に閉じ込めた人間たちに塔を登らせることに何の意味がある。疑問はそこに行き着くだろうが、チェイニーにその答えはわからない。しかしやらせる以上何かの意味があるのだろう。

今言えるのはそれだけだ。他は情報と判断材料が揃わなければ理論が固まらない。


「神性琥珀の調査が進めば何かわかるかもしれない。……本当に、感謝してもしきれないくらいだ」

「こちらこそ、色々教えてくださってありがとうございます」

「何かわかったら連絡する。……通信武具は持ってるな?」


こくりと頷いて襟のバッジを外す。他の武具同様、この世界に召喚された時に初めての探索者セットとばかりに持っていたものだ。

互いを擦り合わせることで連絡先を交換し、あとは特に操作はいらない。話したい相手を思い浮かべてバッジに向かって声をかければ相手に届く。便利なものだ。


「了解。それじゃ」


***


「明日の予定だけどさ」


もう夕暮れだ。明日の予定をそろそろ決めておきたい。図書館の近くの屋台で軽食を買い、広場のベンチに腰を落ち着けたところで昴が口を開いた。

宿は昨日までの宿にしばらく連泊する予定なので取らなくていい。贅沢に連泊ができるようになったのも純結晶の売却金のおかげだ。

神性琥珀を売っていたらもっと贅沢ができたのだろうが、金よりも貴重な情報の引き出しを手に入れられたのだから良しとしよう。おかげでチェイニーから色々と話しを聞くことができた。即座に役に立つ話ではないが、知っていて損はなかった。

この世界は神の運営する箱庭であるとして。そこまで考えて様々な疑問が浮かんでくるがその答えは今は出せない。探索を進めて調査するしかないだろう。


「と、いうことで明日はひたすら登ってみないか?」


朝一番に準備をして、そして、行けるだけ行ってみる。危険だと思ったら引き返してクエストを受けつつ鍛錬を積んで再挑戦。


「いいんじゃねぇの?」


そろそろ先にも進みたいしな、とリーゼロッテが返した。ぐだぐだと考えて留まるより体を動かす方が性に合っている。

サイハもフォルも賛成を示す。じゃぁそういうことで、と決まったところで、ふと視線を向けると表通りにスティーブとチェイニーの姿が見えた。何やら議論を交わしながら歩いている。


「あの2人、知り合いだったのね」


植生調査の報告だとかクエストの依頼でどうこうという雰囲気の会話ではなさそうだ。まるで友人に語りかけるような雰囲気で、そして知人の仲でないと許されないような込み入った議論をしている。話の内容までは聞こえないが、雰囲気から察するにそうだ。

ちょうどこちらに歩いてきていたので片手を振って挨拶する。気付いたのはスティーブの方だった。


「やぁ。奇遇だね」

「こんばんは。知り合いだったんですか?」

「あぁ……うん」


話すと長くなるので端折るのだが、この世界に降り立った時にはすでに『知り合いだとお互いを認識していた』。この世界では初対面のはずなのに、どうしてかお互いをよく知っていた。腐れ縁の知人であることを『知っていた』。

おそらく、元の世界で深い仲だったのだろう。この世界でもその記憶が保持されていた。


「僕は探索者だけど、それと同時に神秘学者でもあるんだ」


神や精霊といった神秘的な存在を解明し、世界の構造を理解していく学問である。チェイニーもだが、スティーブもまたその学問を研究する学者だ。

その関係で色々と話し込みながら歩いていたわけだ。議題は先程の未知の帰還者だ。


「中層探索中に出会いたくないね、あれは」

「まったくだ」


おそらく勝ち目がない。逃げ遅れた人々の横を素通りしていったことから、ダレカのように手当り次第誰でも『どうにか』するものではないようだが。獲物の判断基準がわからない以上どうしようもできない。

調査が必要だろうが自分たちのランクではそれに至れない。先人に任せるしかないと歯噛みしながら事態を見送るしかできない。


「じゃぁスティーブ、俺は帰るからな。また明日」

「あぁ。また」


チェイニーが踵を返して夜道へ消えていく。その背中を見送って、ふぅ、とスティーブが息を吐いた。


「彼、今日はずいぶんと饒舌だったな……」


普段はあれほど饒舌ではない。議論を除き、最低限の用事だけしか喋らないような男だ。

それなのにあれだけ機嫌良く喋るとは。チェイニーの口を軽くさせるなにか良いことがあったのだろう。

そうぼやくスティーブを見てサイハがフォルを肘でつつく。顔に出すなよとの意だ。


「はは……そうなんだ……」


心当たりがありすぎる。曖昧な苦笑いで話をごまかし、昴はスティーブに問う。

何気なく呼び止めてしまったがとどまってよかったのか。


「別に構わないさ。帰宅を焦らすと嫁が寂しがって甘えてくるからね」


とんでもないノロケが聞こえた気がする。突っ込むと面倒そうなので聞き返さずに流しておこう。

そうだ、せっかくだし先輩探索者に聞いておこう。そう前置きしてから5階以降に進むことを話し、その上で何か気をつけることはあるか、と質問する。


「気をつけることか。そうだね……」


後付けの知識にもあることだが、探索は3階から徒歩となる。迷宮内に置かれている転移装置で4階や5階から町に戻ることはできても、その逆、町から途中階に行くことはできない。探索の途中でやむをえず帰還してもその続きから進めるわけではない。また3階から地道に登っていかなければならない。

中層である11階にも町がある。そこに到達さえできれば1階の町から11階の町まで転移することはできるが。ショートカット(11階)到達を目前にして10階で泣く泣く1階に引き返して3階から進み直すこともある。

そのような仕組みなので、先を目指す時は必然的に迷宮内で野営をする。寝泊まりのためだけに1階に戻りはしない。していたらいつまでも先に進めない。


「塔だからね、面積自体はどこも変わらないよ。1階1日くらいを目安にすればいいかな」


運が良ければ数時間で1階突破してしまうこともあるが。

いや、『1日』という言い方は正しくない。町以外の部分、迷宮に関しては時間の流れが町と違う。迷宮の中で3日を過ごしても、町に戻れば出発から半日しか経っていなかったというくらい時間が歪んでいる。

そしてその流れは一定ではなく、迷宮内での5日が町での半日だったり、迷宮内での10日が町での1時間だったりする。そのせいで暦が意味をなさないのだ。


「とりあえず、数日分の野営の準備があればいいってことだな」


3階と4階は次階につながる階段への近道を見つけてある。そこの探索については問題ないだろう。問題は5階から10階まで。その間を進むための装備が必要だ。

野営に必要な最低限の物品、寝袋や火起こし用の武具などは持っている。この世界に降り立った時、初めての探索者セットとばかりに一式を持っていた。あとは水と食料、薬くらいだろう。


「食料品は1階のカンクル食料品店はやめておいたほうがいいよ。ぼったくりだからね」


町は1階は探索者用の施設、2階は住民用とエリア分けされている。1階にある食料品店は探索者用の保存食などを売っているが、他に探索者向けの食料を取り扱っている店がないことをいいことに高い。

2階の各所にある食料品店で日持ちするものを買った方がずっと安くすむ。


「あとはツェーニの薬店に行って……それで準備は十分だと思うよ」

「わかった。ありがとう」

「どういたしまして。それじゃ、良い夜を。そろそろ僕も帰らないとかわいいお嫁さんが拗ねちゃうからね」



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