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人権なしのランク0。よくわからないけど、塔、登ります  作者: つくたん
下層『受難の層』
14/75

真実に至る琥珀の価値を観測する男

「これで手続完了です! レベルアップおめでとうございます!」


やたら腰が低い受付嬢に見送られて図書館を出る。これでレベルは26から31になった。探索者になって3日ほどしか経っていないのにこんなペースでレベルが上がるなんて相当優秀なんですねとごますり声で褒められてしまった。

どんな経験をしたのかは受付嬢にはわからないが、しかしレベルは『相応のことをした』と雄弁に語る。レベルだけはごまかしが効かない。だからこそ受付嬢は昴たちにすり寄ろうと媚びを売るのだろうが、それにしたって露骨だ。ランク0だった頃のあの粗末な扱いはなんだったのか。

これはこれでまたクレーム案件だなぁ、と昴がぼんやりと考える。その時だった。


「期待の新人ってのはお前らのことか」

「えーっと、チェイニーさん?」


耳を覆う布がついた帽子とポケットの多いベストを身につけた彼は確か、植生調査の依頼人だったはずだ。

何の用だろう。植生調査の再依頼だろうか。昴が問うと、それはクエスト依頼用の掲示板に貼り付けてきたから声をかけて回る必要はないのだと首を振られた。


「受付嬢があれだけ猫なで声で媚びるんだ、なにかあるだろうと思って声をかけたのさ」


一気にレベルが上がったということはそれ相応の経験をしたということになる。死にかけたか、塔の真実に近づいたか、珍しい魔物と戦ったか、珍しいものを手に入れたか。だいたいはどれかに当てはまる。

死線も激戦もしたような雰囲気はないのでおそらく珍しいものを手に入れたのだろう。純結晶とか。そう思って話しかけてみたのだ。


「純結晶とかな。……あぁ、何を持ってようが俺は狙わないから安心しろ」


図星だったか。表情を固くして身構える昴たちにチェイニーは首を振る。たとえどんなものを所持していようがチェイニーは構わない。金品の価値など重要視しないので、昴たちがどれほど珍しいものを持っていようがそれに関わることはしない。

チェイニーが最も重要視するのは情報だ。この塔の成り立ちを分析し、知識面で塔を攻略するのが彼なりの『塔の踏破』だ。だから金銭は彼にとってどうでもいい。塔の真実に至るものなら話は別だが。


「神性琥珀とか、まさか持ってやしないだろ」


チェイニーの軽口にフォルの顔色が変わった。その神性琥珀を持っていますとは言えず。絶対に言いふらすなと固く口止めされている。

硬い表情でチェイニーを見つめるフォルの様子をリーゼロッテがたしなめる。


「おい馬鹿、バレるだろ。……あ」


そんな顔したらバレるだろうが、とフォルを叱って気付くも時すでに遅し。


「……おい?」


バレた。これは隠しようがないほどにバレた。観念したようにリーゼロッテが両手を挙げる。

バレてしまっては仕方ない。ここから強引に隠し立てするよりも、開示して口止めをしたほうが話が早い。口止めの仕方はまぁ、力づくで。


「ちょっとこっち来い」


ひとの往来があるこの場でこれ以上この話をするのはまずい。誰も聞いていない場所へ移動しよう。

幸いこの図書館には情報閲覧用の個室がある。あそこなら部外者は入ってこられない。

チェイニーの仕事場である研究室でもいいのだが、そこは昴たちに罠を警戒させてしまう。第三者の施設なら公平に話すことができるだろう。

扉が並ぶ廊下の一番奥の部屋に引きずり込み、さて、とチェイニーは改めて話を切り出した。


「神性琥珀……持ってるんだな?」

「……はい……」


か細い声でフォルが頷く。顔に出してしまったせいでバレてしまったという申し訳無さで今にも泣きそうな顔をしている。気にするなとサイハが肩を叩いて昴が1歩前に出た。


「それがどうしたんだよ?」


女の子を庇うのは当然。フォルを背に隠すようにして昴が厳しく問いかける。持っているとして、自分たちをどうする気だ。強引に奪い取るというなら抵抗するぞと。

敵意たっぷりの視線を受けつつチェイニーは背もたれにしていた壁からゆっくり身を起こし、そして。


「対価ならいくらでも払う。譲ってくれ」


地に這うのではないかと思うくらい低く頭を下げた。


「ちょ、ちょっとチェイニーさん!?」

「頼む。あれは俺たち観測者にとって重要なものなんだ」


喉から手が出るなどというたとえでは足りないほどに欲している。

それが手に入るのならば何を対価にしてもいい。研究をするための手と思考する頭さえ残っていれば首から下はどうなってもいいとさえ言い切れる。


それほど重要なのだ。神の力を宿す琥珀はこの塔の成り立ちを解き明かす上でなくてはならない重要な資料だ。

塔以外のものが切り落とされたこの世界は何者かによって作られた人工的な世界だというのがチェイニーの見解だ。世界を一つ創造するような力を持つ者など神しかいない。

だからこそ、神の力が宿るという琥珀の分析は塔の解析につながる。


「そ、そんなに重要なものなんですか……?」


そんなものをあっさりと、何気なく手に入れてしまっていたなんて。とんでもない僥倖だったということを理解してフォルの喉がひくりと上下する。

運が良かった。神性琥珀を手に入れたことではない。それを知った人間が善良な人間であったということがだ。リリムもノルバートも価値を知っていながらそれを奪い取ることはしなかった。戦いに慣れていない自分たちから力ずくで奪うことはきっと簡単だったろうに。

そしてチェイニーもまた、真摯に頭を下げて頼んでいる。こうした善良な人間に知られたということが幸運だ。


「あぁ。どんな対価を払っても良い。頼む」


土下座して靴を舐めかねない勢いだ。それほどまでに欲しいのだ。


「とにかく、顔を上げてください」


待って待って、と頭を上げさせる。顔を上げたチェイニーの表情は真剣で、一生に一度のチャンスを目の前にしたかのように必死だ。

フォルに琥珀の学術的な価値などわからない。珍しいものであるということくらいだ。正しく価値を知って活用できる人間に譲渡するべきだとも思う。

だが、ほいほいと渡していいものか。どうしよう。判断を迷って振り返る。


「アンタが手に入れたもんだ、アンタの好きにしな」


リーゼロッテがそう答えた。彼女にとって琥珀などただの金目のものだ。学術的な価値など知らないしどうでもいい。高く売れる金目のものだということしか価値がない。

そして琥珀自体はパーティ共用のものではなくフォルの鞄の中に入っているのだから所有権は彼女のもの。フォルがそれをどうするかは自分には関係ない。

二重の理由から、リーゼロッテが答えるのはひとつだ。高く売れる金目のものなのだから売ればいいじゃないか。


「そうね。……でも、相応の対価は欲しいけれど」


正しく活用できる人間に売り飛ばすことについてはサイハも賛成だ。ただし相応の対価はいただきたい。金でなくていい。情報でも何でも。

観測者という職業について詳しくは知らない。サイハの知る世界では情報収集と分析専門の役職の人間を似たような名前で呼んでいた。名前が似通っているなら役割も似ているだろう。仮に同じものだと解釈すると、チェイニーもそれなりに情報通だろう。だったら、色々と知っているかもしれない。

知識面で塔を攻略するというチェイニーのその知識にあずかれるならば対価としてもふさわしいのではないだろうか。

つまり、琥珀をやるから情報をくれ、と。


「いいんじゃないか?」


もともとはただで手に入れたものだ。特に苦労したわけでもなく、たまたま超強運で手に入ったもの。それを手放すことは惜しくない。分析をするというならその結果くらいは教えてほしいかなぁ、くらいだ。そう昴が賛成を示す。

フォル次第、と満場一致で判断を委ねられたフォルは困ったように視線をさまよわせる。渡していいのだろうか。うろうろと視線を泳がせ、そして決意したようにチェイニーを見据える。


「わかりました。お渡しします」

「っ、本当か!?」

「ただし、条件があります」


フォルが提示した条件はこうだ。自分たちが何か疑問に行き当たった時にそれを答えること。そこに騙しや虚偽は入れないこと。

要するに知識の引き出しになれということだ。


「わかった。任せてくれ」


それだけならお安い御用だ。むしろ対価がそれだけでいいのかとさえ思ってしまう。チェイニーがこくりと頷いた。

これで交渉は成立だ。フォルが腰に提げていた銀のチェーンから鞄を呼び出す。ぽんと音を立てて現れた一抱えほどの布鞄の中から布に包んだ琥珀を取り出す。


「では……どうぞ」

「ありがとう。恩に着る。……本当に……なんて言っていいか……」


あふれる感慨で胸が詰まる。感激のあまり泣きそうだ。思わず声が震える。

これで塔の解析が進むだろう。詰まっている疑問を打破する解答になるだろう。本当に良かった。大事に大事に自分の鞄にしまってからチャイニーは長い息を吐いた。神性琥珀ひとつで研究が10年進むと言われている。


「あの……それで、さっそく聞きたいんですけど……」


先程のチェイニーと同じくらい真剣な表情をして、フォルはチェイニーを見つめた。



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