嘘つきに気をつけて
塔の迷宮の中には様々な植物が自生している。石を積んで作った壁と床の隙間を割るようにしてたくましく育っている。
一部は町の方まで持ち帰られ育てられているが、ほとんどは迷宮内にしかない。
代表的なものがカロントベリーと呼ばれるイチゴ類だ。小さな赤いスグリは食用に適す。ちょうどいい甘みが探索の疲れを癒やしてくれる。腹を満たせるほどの量はないが、小腹がすいた時につまむものとしてはちょうどいい。
他にも百の傷に効くとされる百葉、癒やし根など探索の助けになる薬草が自生している。
百葉は唾液と反応して薬となるため、口に入れて噛み潰したものを傷口に塗ることで応急処置ができる。外傷ではなく内部の疾患なら癒やし根の粉末が効く。
これらの植物がどこに自生しているかを知ることは探索者にとって重要だ。それに、重要なのは有用な植物だけではない。有害な植物がどこに生えているかもまた重要だ。特に死に至るほどの有毒植物であるならば。
迷宮は誰が管理しているものでもないので植物は自然のままに生えたり枯れたりして位置が変わる。そのため定期的な調査が必要なのだ。突然変異をしていないかも調べなければならない。人手のいる調査なので、探索者のレベルもランクも問わず常に出されているクエストである。
「えーと、東の行き止まりの突き当りにカロントベリーと……」
「あっちには縄蔦が生えてるぞ」
リーゼロッテの報告もメモに書いておく。黄色く変色した葉も1枚だけ袋の中にしまう。
そうしてからカロントベリーを摘んでカゴの中へと入れる。植生調査のついでにもう一つクエストを受けておいたのだ。
カフェの店主からの依頼はタルトに使うベリーを集めてほしいとのことだった。町で育てているカロントベリーと迷宮内に生えているカロントベリーは味や食感がわずかに違うそうで、野生のカロントベリーを使うことでより美味しいタルトが焼けるのだという。
「調査も収穫もそろそろか?」
「そうね、そろそろ戻りましょうか」
調査はともかく、ベリーは新鮮なうちに届けた方が良いだろう。ちょうどカゴいっぱいになったことだし。それにしても葉つきで収穫しろとは不思議な注文だ。そう思いつつ棘だらけの葉に鈴なりに実ったベリーが入ったカゴにふたをする。
帰りは徒歩ではなく迷宮の各所にある転移装置を利用する。確か近くにあったはずだ。ぐるりと首をめぐらせれば頼りなく浮遊するウィンドエレメンタルの向こうに小さな転移装置が据えてあった。
ウィンドエレメンタルを倒してから町に帰る。まずは依頼のベリーを届けに行こう。
***
「えぇ? ダメって……どうして?」
渡しに行ったら、まさかの結果だった。
カゴいっぱいのベリーのうち、半分ほどしか受け取ってもらえなかったのだ。
あとの半分は受け取り拒否でゴミ箱へ。もちろん捨てたぶんの報酬は減額される。
「こいつはベロットベリー。"嘘つきスグリ"さ」
カロントベリーによく似たスグリだ。毒があり、症状がひどい場合には死に至る。探索の休憩に、とよく確認せずに食べて中毒を起こして死ぬ事故はまれにある。新人探索者の主な死亡原因でもある。
見分けるポイントは葉にある。カロントベリーなら葉に棘がなく、"嘘つき"には棘がある。だから葉つきで収穫するようにと注文をつけてクエストを出したのだ。
「ま、カロントベリーを摘んできたぶんは払ってやるからさ。もちろん、クエストのおかわりもいいぞ?」
一泊の宿代にもならないだろう額を報酬として渡してから、店主はそう提案した。
野生カロントベリーのタルトは数量限定の特別メニューだ。ベリーがあればあるほど作れる。いくらあっても歓迎だ。
「どうする?」
昨日の純結晶の売却金があるので、ここで引き下がっても今晩の宿も食事も十分堪能できる金はある。今晩どころかしばらくは収入が一切ゼロでも問題ないくらいだ。
それでもベリーを探しに行くかどうか。報酬よりもむしろ経験を積んでレベルアップにつなげることが主体となるだろう。行くか、今日は早めに切り上げて休むか。
「行ってみたいわね。クエストとは別に気になるところがあって」
「気になるところ?」
それは植生調査の中で見つけたものだ。迷宮の壁の一部が崩れ、岩が露出している部分があったのだ。
後付けの知識によれば、そこは採掘地点だという。ツルハシや武具で岩を壊せば中から鉱石が転がり出るという不思議な壁だ。
そこを掘ってみたい、というのがサイハの『気になるところ』だった。
「たいていは宝飾品用の鉱石が出てくるらしいけど、まれに珍しい石も出てくる。運試し、してみない?」
どうやらサイハはギャンブル好きの気があるようだ。昨日あんな僥倖があった後でまた珍しいものが手に入る幸運が起きるとは思えない、が、あんな僥倖があったからこそ今日も何か良いことが起こるかもしれない。
物は試しだ。やってみても損はないだろう。初めて採掘をしたという経験もまたレベルにつながるのだから。
***
また迷宮に戻り、サイハが見つけた採掘ポイントへと向かう。整然と積まれた石の壁が崩れ、岩肌が露出している。ここを打ち崩せば破片の中から鉱石が転がり出てくるそうだ。ちなみに壊した跡はそのまま残り、そしていつの間にか元通りの岩肌に戻るのだ。不思議なことに、その岩肌をまた壊せばまた鉱石が出る。
「じゃ、言いだしっぺ。やれ」
「はいはい」
武具でもいいのだが、ちゃんと採掘用のツルハシを買ってきた。採掘ごときに武具を使って消耗して、肝心な時に使えなくなったら困るし、何より場所さえ覚えておけばまた採掘できるのだから最初から専用の道具を持っていた方がいい。
よっこいしょ、と大仰に呟いたサイハが新品のツルハシを振り下ろす。岩肌を3度叩いたら岩が崩れて破片が転がった。転がった破片を素早くサイハが拾い上げる。無骨な岩にくっついた赤い透明な水晶は珍しくもなんともないものだった。
「それじゃ、俺な!」
サイハからツルハシを受け取った昴が腕まくりをして岩肌に向き直る。
サイハが切り崩したヒビに狙いを定めて思いっきりツルハシを振るう。一撃で剥がれた破片には宝飾品用のありふれた青い水晶。
リーゼロッテもまた同様だった。先の2人より一回り大きいくらいしか特筆することのない緑水晶。
「いいとこ頼んだぞ、フォル」
「はっ、はいっ!! がんばります!」
緊張した面持ちでツルハシを受け取る。3人の期待を背負ってしまった今、ここで凡百な結果を出すわけにはいかない。質の良い水晶ならば価値もあって高く売れる。せめてそれくらいは出てほしい。
祈りつつツルハシを振り下ろす。力いっぱい叩きつけられたヒビから破片が剥離する。
「さぁて、フォルの運はどうかな…………あれ?」
剥離した破片を拾い上げた昴が目を瞬かせる。岩には黄色の水晶が張り付いていた。否。これは水晶ではない。琥珀だ。蜂蜜のようなまろやかな黄金色をした琥珀が破片に埋まっている。
これは価値あるものなのだろうか。とりあえず困ったら鑑定といこう。ジョーヤ・マリーニャの店ならきっと価値がわかるはずだ。
「やっほぉ~!!」
「リリムさん」
少女めいた明るい声はリリムのものだ。
声がした方を見てみれば、リリムとノルバートが連れ立ってこちらに歩いてきていた。
「あ! もう掘っちゃったんだ!」
用事のついでに掘って帰ろうかと思ったのだが、どうやらもう採掘されてしまったようだ。打ち崩された岩肌を見てリリムが肩を竦める。まぁそうだろうな、とノルバートが小さく溜息を。
採掘地点は早い者勝ちなのだから採掘したいなら一番に行くべきなのだ。ついでに、などという感覚では先客に取られてしまう。
「なんか良いの取れたぁ~? ……って、それ!!」
フォルの手に握られていたものを見てリリムが大声を出した。すごい、すごいと歓声をあげる。
後ろにいるノルバートもまた、声に出さないまでも驚いている。否、声が出ないほど驚いている。
「えっと……これ、なにかわかるんですか?」
「それ、神性琥珀だよぉ~! すっごいレアなやつ!!」
神の力を宿す琥珀という伝説がある。樹液に虫が閉じ込められるように、琥珀の中には神の力が封じ込められているという。神性を帯びているため神性琥珀と呼ばれる。
単なる宝石としての価値よりも、学術的な価値があるものだ。この塔の成り立ちを分析する研究者が喉から手が出るほどほしがっているもの。
「すごいすごい! ……でも、気をつけてね」
探索者狩りの噂は聞いたでしょ、と無邪気な顔から一転して神妙な顔でリリムが声を潜める。こんな貴重なものを手に入れてしまったと知れたら、良からぬ人物が襲いに来るかもしれない。戦いに慣れていない新人探索者ではあっさりと殺されてしまうだろう。
ジョーヤ・マリーニャの店で鑑定することもやめておいたほうがいいだろう。保管庫になる武具の中にしっかりとしまって、手に入れたことを隠しておくべきだ。学術的な価値があるからといって、そのへんの研究者に渡すこともおそらく事件になるだろう。
それほどのものなのだ。だから、必要になる時までしまっておくべきだ。
「わ、わかりました……」
リリムの言う通り、武具で呼び出した保管庫用の鞄の中にしまっておく。
伯珂にも内緒にしておくね、とリリムが人差し指を唇に当てた。
「そういえば伯珂さんは?」
「ちょいと用事でな。なんか伝言か?」
「いえ、姿が見当たらないので不思議に思って……それだけです」
この琥珀の発見は今ここにいる6人しか知らない。伯珂だけ仲間外れというのも少し可哀想な気がしただけだ。
たとえ知り合いでもむやみやたらに言いふらすなとリリムが厳しい顔をしているので言えないのだが。
「ま、ミスター・ミントにはたまには出番を休めよってことでな」
「そうそう! リリムたちより新人構ってるんだもん! よくないよねぇ!」
仲間を差し置いてあれこれ色んな新人探索者に声をかけすぎだ。今も別の新人探索者を構いに行っている。
そんなだからこの世紀の大発見の立ち会いを逃してしまうのだ。仲間を差し置いて別行動をしなければこの瞬間を共有できたのに。日頃の行いが裏目に出たよね、とリリムとノルバートが悪戯っぽく笑った。




