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人権なしのランク0。よくわからないけど、塔、登ります  作者: つくたん
下層『受難の層』
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何でも買い取って差し上げます

「いらっしゃーい!」

「いらっしゃーい!」


双子の店主が明るい声で昴たちを出迎えた。後付けの知識によれば、男の方がジョーヤ、女の方がマリーニャだ。まるではしゃぐ子供のような口調の2人は背格好も子供のようだ。だがこれでもれっきとした成人、どころか半世紀は軽く生きている。

ヒトではなく、スルタン族という亜人だ。知識を尊ぶ種族である彼らは様々なものに精通している。その知識でもって物品の鑑定と買取をしているのがこの双子だ。ちなみに偽名であるという。


「ジョーヤ・マリーニャのお店にようこそ!」

「何を鑑定するのかな? 何を売るのかな?」

「えーっと、これなんだけど」


物をしまう武具があって助かった。布でくるんであるとはいえこれを持っていたらしもやけを起こしてしまっていたかもしれない。武具から布にくるんだ結晶片を取り出して双子に見せる。結晶片を見た双子の顔色が変わった。


「すごい! すごいじゃないか!」

「これは純結晶! 結晶片の中でも純度が高いやつだよ!」


濃い魔力が物質化した結晶にひとの思いが焼き付いたものがエレメンタルだ。

そのエレメンタルを倒して得る結晶片は物質化した魔力の塊である。純度が高いほど透き通り、属性の力が強くなる。ひときわ強く輝くものを純結晶と呼ぶ。


「これほど純度が高いのはそうそう見ないよ!」

「最後に純結晶を見たのは10年ぶり! だけど今まで見た純結晶のどれよりもいいやつだ!」


いったいいくらになるだろう、と褒めそやしつつもしっかりと算盤をはじいている。

通常、エレメンタルから取得できる結晶片の純度と相場がこのくらい、この純結晶の純度はこのくらいで、相場から計算すると、と算盤を見せつつ売値を告げる。向こう何ヶ月か贅沢ができる価格だった。


「売っちゃう? 持っててもいいけど!」

「また持ってきても値段は変わらないけどね!」


割れたり欠けたり損なわれたら話は別だが、再びこのまま持ってきたとしても値段は変わらない。

平均的な結晶片の相場が大きく変動すればそれに合わせて多少前後するだろうが、たいていは変わらないので変わらない。

それならば換金してしまおう。いつ収入があるかもわからない職業なのだから、得られるものは得られるうちに。女性陣の同意を取ってから昴が双子に頷いた。


「はあーい!」

「あとの結晶片も勘定に入れておくね!」


***


「よーし、いいもん食べよう!」

「景気づけってやつか? いいんじゃねぇの?」


たんまり膨らんだ財布はつい気を大きくする。こういう時は贅沢をするに限る。

いい機会だ。リーゼロッテやサイハ、フォルともそれなりに打ち解けてきたしこうして大金も手に入れた。探索者活動の出だしの区切りとして、少しばかり良いものを食べて祝いたい。

そう思い立ったので今日の夕飯はとても贅沢に。といってもあまり高すぎると逆に気がひけるのでそれなりの値段に落ち着けつつ。ささやかな贅沢だ。


「いっただきまーす!」


ノンナの丸焼き。きのこと野菜のコココナッツミルク煮。山盛りのクリームを添えたカロントベリーのタルト。

メニュー自体は普通だが量を多めに。テーブルいっぱいに並べられた皿に手を伸ばす。


「お? なんだ豪勢だな?」

「あ。ミスター・ミントさん」

「その呼び名は冗談だったんだがなぁ」


伯珂が頭を掻いた。初めての探索に挑む新人探索者の緊張をほぐすためのちょっとした茶目っ気だったのだが、フォルの中ですっかり定着してしまった。


「探索の素材を売ったんだろ? ……ジョーヤ・マリーニャの店か?」

「え? あぁそうだけど……?」


大金を手に入れたことは不用意に言わないほうがいいだろうと伏せつつ昴が頷く。やっぱりな、と伯珂が言った。


「あそこは結構足元見てくるぞ。新人探索者なら相場がわからないだろうと買い叩いてくるんだ」


エレメンタルの結晶片くらいなら元の値段が安すぎるためにそれほどまで安くは買い叩かないが、それ以上のいいものとなると買い叩いてくる。

市場の相場の7割くらいの値段を提示し、安く換金しようとしてくるのだ。


「え」

「あそこで提示された値段の3割増しくらいが本当の相場と言っていいだろうな」


そうなのか。なら、かなり損をしたことになる。

相場などわからなかったし初めての素材買取だったので言われるままに頷いていたが、だとするなら。


「もっと高く売れる買取所を紹介してやるよ。なんか良さそうなものを見つけたら教えてくれ」


エレメンタルの結晶片など相場が安すぎてどこで売ろうと構わないが、こうしてささやかな祝いをするような何かしらの珍しいものを手に入れた時だ。

相場から3割減で買い叩かれたら哀れすぎる。新人探索者には優しくするのが先輩探索者の不文律だ。


「わかった、そうする」


素直に頷いて、そうだ、と昴は声を上げる。

世話になったし先輩探索者にひとつお礼をしよう。伯珂たちのパーティの今夜の食事代くらいおごろう。


「お、いいのか。よし、実は俺は大酒飲みでな」


金を使い込むどころか身ぐるみ剥がされるまで飲んでやる。そう伯珂は快活に笑った。

伯珂が座るためのスペースを空けようと椅子の位置を詰めて座ったところで、伯珂の背後に人影がぬっと現れた。


「ほい、ミスター・ミント確保」

「うぉっ!?」


猫を持ち上げるように伯珂の首根っこを引っ掴んだのは伯珂の仲間だ。ノルバートと言ったか。彼は伯珂の首根っこを掴んで引っ張る。


「お前が財布管理してんだからいなくなるなっつうの、バカ野郎。リリムが底なしで飲んでるんだよ。止めろ」

「うぇ、今何本!?」

「37」

「はぁ!?」


素っ頓狂な声を上げて伯珂が立ち上がる。リリムというのは伯珂の仲間のあの子のことだろう。

話をまとめると、どうやらリーダー役の伯珂がいないことをいいことに財布を気にせず飲み明け暮れているらしい。あのリリムとやら、少女のような雰囲気をしていたが底なしの酒飲みだったのか。


「悪い、おごりはまた今度だ! くそっ、タダ飯逃した恨みも追加で説教だ!」


慌ただしく立ち上がって、伯珂が昴たちを振り返る。

悪いな、と一言言い残してからノルバートに連れられて走り出す。早く止めなければ財布が危ない。


「忙しいやつだな」


ふん、とリーゼロッテが伯珂の背中を冷たく見送る。勘だが、あの男、どうも怪しい。信用してはならないと本能が告げている。この手の勘はよく当たるのだ。

馴れ馴れしすぎる。親しみがあるのはいいことだが、それにしてもだ。右も左も分からない新人に優しくするのは先輩探索者の義務と言うが、そこも怪しい。同業者を助けて何になる。自分の仕事を奪われるかもしれないのに。後輩を助けた結果、仕事を奪われて食い扶持を失うことだってあるだろうに。

善意で成り立つ赤い箱の話のように、この世界には自分の損得を考えないお人好しが多いということか。自分が警戒しすぎているのだろうか。

ここで考えていたところで結論は出ないだろうが、警戒するにこしたことはない。あの親しみやすさに騙されてフォルはなついているようだし。


第一、リーゼロッテは昴たちすらも信用しきってはいない。リーゼロッテにとって他人とは利用するか蹴落とすものだ。でなければあっという間に死んでいる世界で生きていた。

後付けの知識により『仲間である』と刷り込まれているので最低限の警戒しかしないだけだ。与えられた役割に従って背中は見せるが隙は見せない。

昨日と今日と、行動をともにしてそれは杞憂だと理解したが、それでも警戒する癖は抜けない。昴が巧妙な詐欺師の可能性だってあるのだ。だから確証があるまでは絶対に気は抜かない。たとえ後付けの知識が『安全である』と告げてもだ。


「リーゼロッテ、伯珂に対して辛辣じゃないか?」

「アタシは誰にでもそうだよ」


くすんだ青い髪を乱雑に掻き上げて溜息で返す。伯珂とかいうやつ、まったく信用できない。

あからさまに警戒すれば詐欺師も気合を入れて無害を装うだろうが、それでも刺々しく見てしまう。フォルが無条件に信用してしまっているぶん、自分が注意すべきなのだろう。


「結局図書館には行きそこねたわね」

「あれだけ馬鹿みたいに混んでたらなぁ」


皆考えることは同じだ。朝に準備して昼に探索して夕方に図書館でレベルアップという流れ。それをする探索者たちで図書館は混んでいた。大きな建物にも関わらず人が収容しきれず、敷地の外に長蛇の列ができるほど。日が沈んでかなり経つが、その列はまだ途切れていないそうだ。

そんな状態なので図書館に寄ることを諦めてそのまま夕飯に出たのだ。ゆっくり豪勢な食事で良い夜を、ということだ。


「図書館にはいつ行きます?」

「明日の朝見てみて、列ができてないようなら行ってみるか?」


朝でも混んでいるようなら諦めて、予定通りクエストの受注と達成へ。

何も図書館に毎日寄らなくてもいい。蓄積された知識の提出なので、こまめにやろうがまとめてやろうが結果は変わらない。何度も通う手間をかけてこまめにレベルアップし少しでも探索者としての地位を上げるか、手間を惜しんでそこそこの地位のままでいて後で一気に成り上がるか。そのくらいの差だ。


「OK、じゃぁそうしよう……ん?」


誰かがこちらに向かって歩いてくる。給仕の娘でもないし、誰だろう。まっすぐこの席へと向かってきている。頭に角が生えている緑の髪の少女だ。


「いたいた、えぇと。昴……でいいわね?」

「はい。俺がそうですけど……どなたです?」


どうやら少女は自分に用があるらしい。いったい何だろう。こんな少女に探されるほどのことはしていないと思うのだが。

まったく心当たりがなくて戸惑う昴へ、彼女は肩から斜めにかけていた鞄からひとつの封筒を取り出した。封筒には図書館のマークが描かれている。


「司書さんから。大切なお知らせだって」

「へ?」

「それじゃ。確かに渡したよ」


封筒を渡すなり、彼女はくるりと背を向けて雑踏へと消えていった。いったい何だったんだ。とりあえず封筒を確認しようと昴が封を切る。中には便箋が1枚。それと手のひらくらいの小さな木片だ。

木片はとりあえず置いておいて、便箋に目を通す。丁寧な文字で綴られた文面はこうだ。


「なんて?」

「えーと……ノーパスのご案内……って」


曰く。図書館が非常に混んでいるため、情報提出が優先されるべき探索者は順番を待たずに情報の提出をできるようにするとのことだ。同封されている木片は本人確認用の割符だ。

要するに、これを持っていればいつでもすぐに情報の提出ができるということだ。いまだに長蛇の列をなすあれらもすっとばせる。


「なんでわたしたちに……?」

「さぁ……?」


手紙には、面白い運命だと思ったから一枚噛んでみたい、とあるが。

つまり昴たちの何かを有力視して贔屓しようというわけだ。何をどう見出したかは知らないが。


「じゃ、明日は朝一番に提出だな」

「そうね。ついでに色々情報も見てみましょう」

よし、そういうことで。食事も終えたし今夜は解散としよう。各自部屋で体を休めるように。


こうして、2日目が終わった。



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