行ってみよう、初めてのおつかい
翌朝。目が覚めて背筋を伸ばす。
支度を済ませて部屋を出ると、ちょうど女性陣も準備を済ませたところのようだった。
「おはようございます、昴さん」
「おはよ、フォル」
「おう、おはようさん」
「いい朝ね。探索日和じゃない?」
口々に挨拶を交わして、それから今日の予定を確認する。
情報収集か探索に出るかくらいしかないのだが、そこに加えて昴が提案する。
「クエスト行かないか?」
クエストの報酬の金も探索者にとっては大事な収入だ。支度金としていくらか持ってはいるものの、このまま収入がなければいつかは尽きる。稼ぐ手段をきっちり確保しておきたい。
クエストを受注する場所も昨日見た。行ってみようじゃないか。行って、何かしらのクエストを受けてから探索に出て、その情報をまた図書館に提出してレベルアップ。図書館というのだから情報の閲覧もできるはず。なら情報収集もできるはずだ。
「そうですね、そうしましょう」
異議もなし。それではそうしようと決まり、朝食に出されたサンドイッチの最後の一口を飲み込んだ。
「これ、何の肉なんだろうな?」
「少なくともヒトじゃねぇな」
サンドイッチに挟まっている肉は何の肉だろう。鶏でもないし牛豚でもない。強いて言うなら豚に近い。
何の肉で作ったハムだろう。昴の素朴な疑問にリーゼロッテが物騒な答えで返す。
「朝から怖がらせるなよ」
「こうやって提供されてるってことは何かの家畜の肉だろってこと。……たとえばほら、2階で見たやつ」
居住エリアとなっている2階を歩いた時に遠目に牧場が見えた。
何を飼っているのかまでは距離があって判別がつかなかったが、まぁ何かしらの家畜を飼育しているのだろう。この塔の環境に適応するよう品種改良したやつが。
「あぁ、ノンナの肉ね、これ」
「ノンナ?」
「『私の知っている世界』ではそういう家畜がいたの」
サイハの言うことをまとめると、山羊をベースに鶏の脚をつけ、羊の毛と牛の乳と豚の肉をつけたような生き物なのだそうだ。
肉や乳だけではなく、頭頂部から尻まで体に沿って生える長い角も、多少の高さから落ちたくらいでは骨折しない丈夫な骨も、どんな環境でもたいてい適応できる丈夫な皮膚もすべて活用できる。
悪環境にも耐えるし気性はおとなしい。全身使い道があり栄養たっぷり。人間に使われるために生まれてきたのではないかというほど完璧な家畜だ。
「へぇ……」
なら、この世界の文化はサイハの知る世界のものと同じなのだろうか。武具のことといい文化や生活水準のことになるといつもサイハが答えを出してくれる。
「ま、変なもんじゃないってわかっただけでいいか」
美味かったし。リーゼロッテがサンドイッチの空き袋をゴミ箱に投げ入れた。
***
クエストの受注は簡単に終わった。施設の中には巨大な掲示板があり、依頼が書かれた張り紙が貼られている。依頼内容と依頼主を覚えたら実際に依頼を達成して依頼主の元に行って報酬を受け取る。
誰が何を受けるという申請は必要なかった。報告の際には張り紙をお持ちくださいと書いてあるものもあったが、基本的にはそんな流れだった。
初めてなので簡単そうなものをということで選んだのがエレメンタルの討伐だ。エレメンタルとは最初の探索で倒したあの結晶体のことだ。ファイアエレメンタルを倒してその結晶片を持ち帰るというのがクエストの内容だった。
数は3。すぐ終わるだろう。別に他のものを倒してはいけないわけではなし、探しつつ出会った魔物を倒して経験としよう。目標が達成できたら報告して報酬を受け取って図書館でレベルアップ。ついでに情報収集だ。
今日の予定を決め、早速3階へと踏み込む。3階の構造は迷路になっている。床から天井までしっかりと壁がついている迷路を魔物を倒しつつ進んで4階への上り階段を見つける。ちなみに4階も同じく迷路で5階につながっているそうだ。
「ファイアエレメンタルって赤いやつだっけか?」
「そうね。青が水で赤が火。イメージしやすくてわかりやすいでしょう?」
この世界には、火、水、風、土、雷、氷、樹の7属性に加えて光と闇の2属性の9属性が存在する。
属性の力が偏り、濃密な魔力が固まって結晶となることでエレメンタルが生まれるのだとサイハが付け足した。
「イメージとしては水蒸気が氷になることに近いかしら」
空気には水分が含まれている。湿度が高ければ壁などが結露する。結露が集まればあたりは水浸し。その状態で部屋の温度が急速に冷えれば水は氷になる。
そのように、空気中に含まれる魔力もまた同じだ。密度が非常に濃ければ霧のようにけぶり、さらに濃くなれば結晶のようになる。その結晶に含まれる属性元素が何らかの理由で偏ることで火属性の結晶や水属性の結晶ができる。
それならばただの温かい結晶や水が湧き出る結晶なのだが、結晶化するほど濃い魔力は周囲の様子を自身に焼き付ける。写真のフィルムのように、蓄音機のテープのように、とある瞬間を記録する。してしまう。
誰かが結晶の近くで強い思いを残して死ぬと、その思いが結晶に焼き付けられる。そうして感情を焼き付けられた結晶は自立して動くようになる。焼き付けられた思いに突き動かされるように。そうして生まれた自立する魔力結晶がエレメンタルだ。
この塔は空気中の魔力も濃く、そして人死にもよく出る。エレメンタルが発生する条件は十二分に揃っている。放っておいても消えるものでもないので、こうして討伐依頼がよく出されるのだ。
「よーし、見つけ次第片っ端から倒すぞ!」
「あいよ」
せっかくだ。クエストの依頼対象ではないエレメンタルや他の魔物も倒して戦闘の経験を積んでいこう。まだ不慣れだからと戦闘を避けていてはいつまでも慣れない。なんでもやってみる勇気がこの世界では評価されるのだったらなおさら。
腕まくりをする昴にリーゼロッテが応じる。何事の共通点だが、とにかくやってみなければ話が進まない。
「図書館におさめる情報も必要ですからね」
「情報っていうか、あれは……経験……かな?」
情報を提出するというが、図書館に提出しているものは情報というより『思い出』といったほうがしっくりくる。探索でどんな経験をして、どんな感慨を得たか。そちらのほうが重要視されている気がする。論文より感想文だ。
たった1日、滞在時間にして数時間くらいの探索をしたくらいで、塔の解明という意味ではまったく貢献していない昨日の情報提出でも喜ばれたのはそういうことだろう。
気付いたら知らない世界にいたという戸惑い、興奮、戦いへの恐怖、恐れを殺して立ち向かった勇気、そして意図せず現れた帰還者との遭遇とその脅威。編成所が消失したことでランクアップができなくなったという困惑やランク0への扱いを思い出した焦燥感。そういったものが情報として重宝された。
「んじゃ、早速……」
3階に踏み込む。目の前には階段の踊り場のように小さなスペースがあり、そこから先は迷宮だ。
迷宮の曲がり角に赤い結晶が見え、幸先いいなと昴が踏み出す。まだエレメンタルはこちらに気付いていない。後ろから、いや結晶体に前後左右などないのだが、死角から襲いかかって先手を取るとしよう。
「リーゼロッテ、任せた!」
「しゃぁねぇな。――"エイジス"!」
***
「ふぅ……」
「お疲れさん」
「だいぶ連携取れたんじゃない?」
「結構倒しましたね……」
とりあえずクエストは達成できた。倒した証である結晶片を数えて一息つく。3階に踏み込んだ目の前にいた1匹目、先に進んだ先にいた2匹目までは順調だったが、最後の3匹目がなかなか見つからなかった。おかげで3階と4階の地理を覚えてしまうほど歩き回ったし5階への階段も見つけた。
ファイアエレメンタルどころかすべての属性のエレメンタルと遭遇したし戦った。もちろんエレメンタル以外の魔物もだ。何戦したか覚えてやいない。
「ところでこれ、何なんでしょうか?」
エレメンタルを倒した時に拾った結晶片のうち、透き通って輝くものがひとつ。これはアイスエレメンタルの群れを倒した時に得たものだ。アイスエレメンタルを倒していくつか結晶片を得たが、そのうちのひとつが氷のように冷たい。氷そのもののような青白い結晶片は他のものとは明らかに違う。
「結晶片ってこんなに冷たくないですよね?」
「他のは触るとひんやりするくらいだもんなぁ」
アイスエレメンタルから得た結晶片のほとんどは、触ると人肌よりも何となく冷たく感じるくらいの冷気だ。熱くて寝苦しい夜に枕元に置いておくと涼しいだろうなと思う。
だが、ひとつだけ他のものとは違うこの結晶片はまるで氷そのもののようだ。永遠に溶けない氷のよう。素手で持つと手がかじかむので布でくるんでいるのだが、それでも冷たい。密閉できる箱に生ものと一緒に入れたら何日かは新鮮なまま保存できそうなほど。
他のものとは違う。だが、この違いは良いものか悪いものかわからない。これは解明すべきだろう。良いものならそれでよし、悪いものならすぐさま対処だ。
「素材買取所なら何か知っているだろ、行ってみようぜ」
そろそろ時間もいい頃だろう。素材買取所に行って鑑定、場合によっては処分そして図書館へ。
迷宮内は時間が歪んでいるのか、町と比べて時間の進みが遅い。これだけ多くの戦闘をしたのに、町に戻れば午前中が終わったくらいだ。特に何かが変わった感覚はしないのだが。
「町に戻るには……っと……」
ここですよね、と頭の中の知識をなぞってフォルが壁の青い石に触れる。迷宮の各所にはこういった青い石がはめ込まれた壁がある。この青い石は転移装置になっており、触れた者を町へと帰すようになっている。町から転移装置には行けないので帰還用だ。これのおかげでわざわざ2階へ下りる階段を探さなくてもいい。
最初に青い石に触れたフォルが町へと転送される。続いてリーゼロッテ、昴、サイハと続く。
触れた瞬間に輝いた光の眩しさに反射的に目を閉じるとふいに足元が消失した感覚がして、次に地面について光がおさまって目を開けるとそこは町だ。
「慣れないなぁこれ」
まるで落とし穴に落ちた気分になる。階段を1段踏み外してつんのめったような感覚だ。この足元の消失感はどうしても慣れなさそうだ。使うのが今回初めてだから違和感があるだけで、何回と利用していくうちに慣れるのだろうか。
この頭の中の知識との付き合い方もだ。あらかじめ知っている知識と後付けの知識で分けて考えているが、そのうち混同してどちらも一緒になってしまうのだろうか。『知っている』道を歩きながらそんなことを考える。
「昴、行き過ぎよ」
「あ、ごめん……ぼーっとしてて」
「しっかりしなさい」
サイハに呼び止められて5歩戻る。積まれた木箱を図案化したそこが素材買取所だ。探索で得た戦利品はここで鑑定して売却する。魔物の毛皮骨肉だろうが植物だろうが鉱石だろうが何でもだ。
よし、行くぞと顔を上げる。そして店内へと踏み込んだ。




