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レオナルド王子視点です。


内容は『愛しの婚約者が隣国で侍女になっていた!?』の前半部分と同じで、ティアリア不在の十年間の話です。

 オレはレオナルド·サリル·アストレン。れっきとしたアストレン王国の第一王子だ。髪は王族の証である柔らかいプラチナブロンドで、母譲りの紫の瞳を持っている。人一倍公務もこなし、父である国王陛下からの信頼も厚いと自負している。


 今日は王家主催のダンスパーティーが開かれている。オレも王家の一員として参加する。ただし、誰もエスコートせずに。


 貴族達からの挨拶も、毎度の事ながらオレの隣に並び立つべき人を散々薦めてくる。いつも笑顔をはりつけてそれを断っているのに、懲りない奴らだな。


 そんなオレが唯一警戒しないでいられるのは、アストレン王国の敏腕宰相であるラファンスト公爵と夫人、その息子二人だけだ。それには、オレが一人きりでパーティーに参加する理由も関わっている。


 今日も最後に挨拶に来たラファンスト公爵一家。軽く挨拶を交わした後、オレはいつもの質問をした。


「……例の件はどうなっている?」


 いつもであれば、ここで揃って沈痛な面持ちになり、まだ見つかっておりませんと返ってくる。毎度言われるにも関わらず、未だに胸を刺されたような痛みが襲ってくる。


 しかし、今日は少し……いや、かなり様子が違った。


「まだ、確実ではないのですが……」


 まだと聞いてやはりと思ったオレは、その後の言葉を聞いて改めて宰相の顔を見た。いつからか表情には常に差していた陰が、少し和らいでいる気がする。


「……もしかしたら、見つけた、かもしれません」

「……………」


 咄嗟には理解出来なかった。見つけた、それは十年間待ち望んだ言葉で。今までオレが行ってきた事も、全てはここに繋がる。パーティーへの参加も、勉強も、果ては公務までも、全て。


 オレはともすれば震えそうになる声を絞り出した。


「……それは、本当か?」

「…先程、使用人が話しておりましたので。『こちらでは、水色の髪の人は有名なのか』と。そして、『じゃああの子ももしかしたら…』と」


 やっとだ。やっと、手がかりを見つけた。この十年間、何の進展もなかった暗闇に、僅かながら希望の光明が差したのだ。


「……娘は、ティアリアは、本当にそこに……」

「きっと連れて帰ってみせる」


 漸く、十年ぶりに、愛しの婚約者(ティアリア)に会える…………!












 その後件の使用人を呼び出し、詳しく話を聞いた。使用人によれば、つい一年前まで働いていた隣国イルク王国の王宮に、至極真面目な新人の侍女がいたらしい。他の侍女と違って完全に髪を隠していたその侍女は、一部の傲慢な侍女から『あの忌々しい水色の髪、きっと呪われてるのよ』などと言われていたそうだ。


 それを聞いてオレはいても立ってもいられなくなった。確かにイルク王国では圧倒的に茶系の髪が多い。その上青は忌まれている。ラファンスト公爵家の血を引くティアリアの、水色の髪で蒼い瞳という容姿であれば、きっと虐められてしまう。






 オレは父上の元に行き、隣国へ視察に行きたい旨を伝えた。もちろん視察などというのは名目上であって、ティアリアを見つけ次第帰国する予定でいた。


 父上はオレの話を聞いて眉間に皺を寄せ、何事か考え込む。その間にオレはティアリアの事を思い出していた。







 ☆☆☆








 初めて会ったのは、オレが五歳になった時だった。父上が将来の宰相となるラファンスト公爵家長男のウィリアムと、オレの補佐候補として次男のアレクセルを連れてきた時に、一緒についてきたのだ。三人とも整った顔立ちをしていた。


「第一王子、レオナルド·サリル·アストレンだ」

「初めまして殿下、ラファンスト公爵家長男のウィリアムと申します」

「次男のアレクセルです」

「ちょうじょの、てぃありあ、ですわ」


 当時ウィリアムは八歳、アレクセルが同い年の五歳で、末っ子のティアリアは二つ下の三歳だった。三人とも綺麗な水色の髪を持っていたが、その中でもティアリアの髪はさらさらで輝いているように見えた。


 少し見つめていると、ティアリアがちょっと首を傾げた。そして無邪気な笑顔で手を伸ばしてきた。


「おーじさまのかみ、きらきらできれい!」

「ちょ、ティア、駄目だよ」


 オレの髪を触ろうとしたティアリアは、慌てたウィリアムに抱えられて、なんでーと頬を膨らませた。優しく頭を撫でながらウィリアムがティアリアを宥める。すると膨れっ面だったティアリアはすぐに笑顔に戻り、ウィリアムに頬ずりしていた。


「……なあアレクセル、あれはいつもの事なのか?」

「はい、そうですよ。でも……兄上、ずるい」


 無邪気に声を上げるティアリアは、今度はアレクセルに小走りで近づいてきた。転びそうになるのがハラハラして目が離せない。そのうちに無事辿り着いたティアリアはアレクセルにぎゅっと抱きついた。


「あれくにぃさま、ぎゅーっ!」

「ぎゅーっ」


 ウィリアム達の様子を見て羨ましそうにしていたアレクセルも、嬉しそうに抱き返す。オレは、そんなティアリアに釘付けになった。


 そのうちオレの視線に気がついたティアリアは、ウィリアムが止めるより早くオレに抱きついてきた。


「おーじさまも、ぎゅーっ」


 オレの胸までしかない小さなティアリア。可愛さに思わず頭を撫でると、ふんわりと優しいラベンダーの香りがした。








 それからティアリアは兄に連れられてよく王宮に遊びに来た。しかし、兄二人のどちらかが常にティアリアのそばにいて、オレはなかなか仲を深められなかった。


 ある日、遊びに来たティアリアはオレのところにすっ飛んできた。今にも零れそうな程瞳を潤ませていた。


「ねえおーじさま、なんでにぃさまたちは、おーじさまをれんか(殿下)ってよぶの?」

「えっ、なんでと聞かれても……」

りあ(ティア)、うまくいえない。おーじさまのほうがいい」


 ティアリアはまだ三歳、『で』とか『ティ』とかは上手く言えなかった。確かに『おーじさま』よりは『殿下』の方が普通で、だけどティアリアにそう呼ばれるのは嫌だった。


「そうだな……じゃあ名前で呼んでよ」

「なまえ?」


 キョトンとしてオレを見上げたティアリア。目を瞬いた事で、頬を一筋涙が通った。


「そう、オレはレオナルドだ」

「れおなるど…………」


 何度か口の中でれおなるどと呟いたティアリアは、やがてぱっと笑顔になった。


「それじゃあ、おーじさまは今から『れおにぃ(レオ兄)さま』ね!」


 その輝くような表情と濡れた頬、まだ潤んでいる蒼い瞳がオレの心を揺さぶった。オレは無意識のうちにティアリアの頬に手を伸ばしていた。


「……?れおにぃさま、どうしたの?」

「…………いや、何でもない。これからもよろしくな、()()

「うん!」


 なぜティアじゃなくリアと言ったのか、当時は分からなかったが、今なら分かる。オレの恋する相手を、無意識に守ろうとしていた。それと同時に特別になりたかった。リアと呼ぶのはオレだけ、オレを愛称で呼ぶのはティアリアだけ。


 そう、この時確実に、しかし無意識に、オレはティアリアに恋をしたのだ。















 オレがティアリアへの恋心を自覚したのは、それから四年後、オレが九歳になってからだった。その頃にはオレの呼び名は『れおにぃ(レオ兄)』から『レオニー』となっていた。そしてオレらの仲が良いからと、オレが六歳になった時にオレとティアリアは婚約した。その時に揃ってつけられた婚約の証、手首の内側にある不思議な模様を見ながら勉強をしていたオレの元に、ある知らせが届いたのだ。


「失礼致します!殿下、至急来るようにと陛下のお達しです!」

「……分かった、今行く」


 呼びに来た侍従について行くと、父上は文字通り頭を抱えていた。その横には、手を組んで祈るようにしながら右往左往する宰相の姿があった。…………状況が全然分からない。


「父上、ただ今参りました」

「………ああ。今日呼んだのは、言っておかなければならない事があるからだ」


 ゆっくり顔を上げた父上は、疲れ切った声を出した。その場が重苦しい雰囲気に包まれる。動き回っていた宰相もいつしか大人しくなっていた。


 これから言われる事は、きっと良い事ではない。それどころかとてつもなく悪い知らせだろう。そう覚悟したオレだったが、次の瞬間頭が真っ白になった。


「お前の婚約者、ティアリア嬢が、失踪した」


 ……は………?…ティアリアが、どうしたって?


 ちゃんと聞こえていたはずなのに、心が理解するのを拒んだ。


 だって、ティアリアが、オレの隣からいなくなるなんて、そんな事ありえない。認めるものか。


「…………そんなわけ、ないでしょう?なあ宰相、何とか言ってくれよ」

「……残念ながら、事実でございます、殿下」

「迷子になっているだけの可能性は?」

「……低いでしょう。かれこれ一週間、王都中を探してもどこにもいない。あの子は、あの子は一体どこに……!」


 その宰相の様子で、父上の発言が嘘でも冗談でもない事が思い知らされた。常に冷静な宰相、その彼がここまで取り乱しているのだ。失踪すれば、ティアリアのような貴族令嬢など、ほとんど生き延びることは出来ないに等しい。


 …………………ティアリアが、いない。もう会えない。あの可愛い笑顔も、『レオニー』と呼ぶ甘えた声も、ふんわりと纏っていた優しいラベンダーの香りも、もうないんだ。


 理解した途端、胸が強く締めつけられた。たった一人いなくなるだけで、ここまで辛く苦しいなんて、知らなかった。いや、違うな。ティアリアだから、辛いんだ。


 オレがどれだけティアリアの事を想っていたのか、この時初めて気がついた。涙が一筋流れ落ちる。それはちょうど手の甲に乗った。


 その時視界の端に映ったものに、オレは注意を向けた。それはティアリアとお揃いの、婚約の証。婚約破棄或いは片方が死んでしまえば、自動的に消える模様。もちろん結婚した時も消えるが、逆に言えばこれがある限りティアリアは生きていると、そういう事だ。


「……父上、宰相、これを見てください」

「これは婚約の……そうか!」

「これが消えるまで、オレは彼女を探し続けます。オレの隣に、ティアリア以外の令嬢が並ぶなど、考えられません。もちろん婚約破棄も、新たに婚約を結ぶ事もしません」

「……だが、それは………」

「お願いします!絶対に見つけてみせますから!」


 父上は散々悩んだ挙句、一つ大きくため息をついた。


「分かった、ただし条件がある。お前が王となる時までに見つからなければ、別の令嬢をあてがう。たとえ模様があってもだ」

「……分かりました」


 要は早く見つければ良いだけだ。それがまさか、十年間手がかりが一つもないだなんて、誰が予想しただろうか。














 オレはティアリアを見つけるために、早速行動を起こした。出来る事は手当たり次第やった。




 王都の貧民街にティアリアがいるかもしれないと、視察に行った。その時にその治安の悪さや生活環境の酷さを思い知り、もしティアリアがここにいるなら辛いだろうと、探しつつ環境改善に務めた。結果ティアリアはいなかったが、貧民街はまるで生まれ変わったように住みやすい場所になっていた。


 おかげでオレは『民の事をよく考えている、将来有望な王子様』などと呼ばれる事となった。オレが考えているのはただ一つ、ティアリアの事だけだというのに。




 ティアリアが帰ってきた時に喜んでもらえるように、王宮にある庭には新たに温室を作らせた。そこでは一年中花が咲き誇り、その中で遊ぶティアリアが目に浮かぶようだった。


『ねえレオニー、とてもキレイね!良い香りがするわ!』


 ここにいればティアリアが隣にいるような気がして、疲れた時などは温室に来るようになった。




 十五歳になって、学園に入学しても、頭の中はティアリアで一杯だった。その頃になると、オレの周りには見た目空欄となっている婚約者の座を狙いに来る令嬢が大勢集まってきた。


「殿下、逃げた人を追いかけるのは無駄ですわ。私は決してそのような事致しませんわ」

「殿下の婚約者に相応しいのは、このわたくしですわ!」


 あの手この手でオレを誘惑してきたが、そんな手に乗るオレではない。寧ろ何度言っても諦めない彼女らには、在園中ずっと辟易していた。そのせいで彼女らの纏うフローラルな香り、特に代表格だった令嬢の強いバラの香りを感じると落ち着かなくなった。全く皮肉だな。人を落ち着かせるための香りが、その対象たるオレを落ち着かなくさせているなど。







 ☆☆☆







 そんなこんなで十年が経ってしまった。いつしかオレは十九歳。当時は大騒ぎになっていたティアリアの失踪も、話題にものぼらなくなってきた。


 そんな中での、初めての手がかり。オレはたとえ父上に反対されても隣国に乗り込む気でいた。


 その覚悟を読み取ったのか、目の前にいる父上に注意を戻すと、覚悟を決めた表情をしていた。


「分かった。隣国イルク王国に行く事を許可する。ただし条件がある」


 十年前と同じような事を言う。確かあの時は、『見つからなければ諦めろ』的な条件だったが、今回は何だ?


「……絶対に、何をしてでも連れて帰って来い」

「はい!………え?」


 反射的に返事をしたオレは、その意味を理解して何とも間抜けな声を上げてしまった。いや、オレにとっては願ってもない条件だが……


 唖然とするオレに、父上が国王の顔をして説明を加える。


「今やお前は、民からの信頼も厚い優秀な王子だ。だが、そこまでの信頼を勝ち得た行動の根底にあるのは、色褪せることのないティアリア嬢への想いだろう?」


 面と向かって言われると恥ずかしいが、父上や宰相、それに幼馴染達には今更な事だ。オレの返事を待たず、父上は話を続ける。


「それを無視してしまえば、お前はきっとただの人形になってしまう。言われた事しかやらない、感情のないただの機械に。それはあまりにも勿体ない事だ」


 父上は真剣な瞳でオレを見据えた。


「お前を賢王たらしめるのは、ティアリア嬢がいてこそ。きっと、いや必ず、連れて帰って来い」


 そこにあるのは、国王として国を栄えさせる目的だけではない。子を心配する親としての感情も感じられた。だからオレは、その両方に応える。


「必ず、連れて参ります」

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