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思わず書いてしまいました(笑)
かなり不定期の更新になると思いますので、気長に読んでいただけると嬉しいです。
「アリアナ、終わった?」
「ええ、バッチリよ」
「じゃ、行こう!」
駆け出そうとする同僚を押さえ、あくまでも優雅に見えるように歩みを進める。それを呆れたような目で見られた。
「もう、アリアナは真面目なんだから」
「そんな事を言ったって、侍女長様に散々言われたじゃない。王宮では常に優雅で居る事が最低限ですと」
えー、と膨れる同僚を連れて、わたしは仕事が終わった事を報告しに上司の元に向かった。
☆☆☆
わたしはアリアナ·ミラージュ、十七歳。ミラージュ伯爵家の次女という事になっている。というのも、わたしが七歳の時に三つ上のお姉様に拾われて来たらしいからだ。わたしにはその時の記憶はない。それどころか、それまでの記憶がすっかりないのだ。覚えている最初の記憶は、花が咲き誇る家の庭園で、笑顔のお姉様に言われた時の事。
『アリアナはかわいらしいお花みたいね』
わたし達が暮らすイルク王国で一般的な茶髪、茶目のお姉様と違い、わたしは緩やかに巻かれた水色の髪とぱっちりとした蒼い目をしている。その目立つわたしの外見を、笑顔で褒めてくれたのが嬉しかったからか、強く印象に残っている。
そして成長したわたしは、王宮で侍女として働きたいと考えるようになった。お姉様達には貴族が通う学園に入る事を薦められたが断った。
☆☆☆
「ねえアリアナ、今度わたしの通う学園で文化祭があるのだけれど、一緒に行かないかしら?」
夏の暑さも終わり、過ごしやすくなってきた頃にお姉様に誘われた。当時わたしは10歳。そしてお姉様は13歳になって、イルク=グラセード学園に通い始めていた。
イルク=グラセード学園はイルク王国で最高峰の教育機関で、王族始め高位貴族がこぞって通うような学園だ。そこで将来のための人脈作りをする、というのが学園に通う主な理由。
そこに通うことは正に憧れであり、だからその提案をされたわたしの答えは決まっていた。
「行っても良いの? わたし、行きたいわ!」
ミラージュ伯爵家の次女とはされているが、わたしが自由に外出することは許されなかった。それどころかわたしの家での扱いは使用人そのもの。いや、それ以下かもしれなかった。
わたしの部屋は使用人達と一緒の場所にあり、朝は誰よりも早く起きる。そうしなければその日の仕事がとんでもない事になるのは経験済みだった。
具体的に言えば、少しでも寝坊すればバケツに入った泥水で叩き起され、朝食は抜かれる。さらに屋敷中の掃除を一人でやらされる。徹底的に綺麗にしないといけないうえ、掃除したところからどんどん使用人達によって汚されていく。結局一日中掃除させられて、食事など取れるはずもなかった。
そんな家の中で、唯一味方なのはお姉様だけ。ミラージュ伯爵様──旦那様はそもそもわたしの今の立場の原因でもあったので味方なわけがない。それに、わたしを使用人以下の待遇にしておいて、マナーだけはきっちりやらされた。
先生もわたしが間違えれば容赦なく叩いてきたし、罵倒されるなんて日常茶飯事だったが、それでも使用人達と仕事をしているよりはましだった。おかげでマナーだけはそれなりに出来る。
そんなわけで、わたしにとっては滅多にない機会、逃すわけがなかった。
「ええ、それでは貴女の服を見繕わなくてはね。明日は王都に行くわよ」
「はい、分かりましたわ」
初めて行く王都にも、その先の文化祭にも、わたしの心は躍って落ち着かなかった。
待ちに待った文化祭の日、わたしは若草色のワンピースを着てお姉様と手を繋いで学園に向かった。
「こら、あまり離れないでちょうだい」
「はーい」
王都でのことを思い出してしっかりとお姉様の手を握った。
王都は華やかで、初めて行ったそこにわたしは相当ハイテンションだった。文化祭に着ていく以外にも幾つかワンピースを買ってもらった。そのうちの一つ、黄色いフリルのついたものを着てはしゃいでいるうちに、わたしはお姉様とはぐれてしまった。
たくさんの人に囲まれ右も左も分からない状況であたふたしていて、ふと視界に鎧を着た人が見えた。そしてそこに、お姉様らしき人の姿も………
「あっ、おねえ…………きゃっ!?」
しかし、そちらに向かおうとしたわたしは道行く人と思い切りぶつかってしまい、そして弾き飛ばされた。
「ああ?! ぶつかってくんじゃねーよ、この忌み子が!」
吐き捨てるように言い放ち、大通りから外れた小道に転がったわたしには目もくれずに立ち去っていく。
対してわたしは何事もなかったように立ち上がる。屋敷でも殴られたり吹き飛ばされたりもするし、悪口にも慣れていた。
しかし……買ってもらったばかりの服が汚れてしまった。それがどうしようもなく悲しかった。
「ど、どうしよう……」
「………誰かいるのか?」
軽くパニックになって思わず呟くと、道の奥から誰かの声がした。しかし目を凝らしても誰もいない。気のせいかなと思いかけたその時、またしても声がした。
「奥だ、閉じ込められているんだ」
「…………どこ?」
まだ信じきったわけではないが、それでも閉じ込められていると聞いて奥に歩き始めた。あれは怖い。真っ暗で、周りに誰かがいるのかも分からない。その上、縛られていると身動きも取れない。
もし誰かが閉じ込められているのなら、助けなきゃ。
「どこにいるの?」
「こっち……ええと、ここだ」
それと共にドンドンと何かを叩くような音が聞こえた。それを頼りに歩いていき、そしてついにとある木箱を見つけた。
「ねえ、ここにいるの?」
問いかけながら軽く箱を叩く。すると中からも叩く音がした。
「ああ、それだ。頼む、開けてくれ」
その木箱の横には、箱に不釣り合いなほど立派な閂がついていて、わたしはそっとそれを外して蓋を開けた。
「何してるの、こっちよ」
お姉様の声に我に返る。結局箱の中にいた男の子を連れ、鎧を着た人に会ったところで男の子と別れた。そして、少し離れたところにお姉様を見つけて駆け寄ると、思い切り怒られた。
そして、思い切り抱きしめられたのだ。
お姉様の手の温もりにその時のことを思い出して、いつしか止まっていた足を動かし、離れないようについていく。
「さあ、まずはどこから回りましょうか。どこか気になったところはある?」
「この”クレープ”というのが気になるわ」
「じゃあそこに行きましょう」
そしてわたしはクレープと対面した。薄い生地で色々なものが巻かれたそれは、一口齧るとふんわりとした甘さが広がって笑みがこぼれた。
「ふわぁ、おいしい……!」
初めての食感、初めての味に、わたしは目を丸くした。思わずお姉様を見上げると、優しく笑い返してくれた。
「良かったわ、もっとたくさん食べていいわよ」
「んん……!?」
お姉様の発言に、わたしはクレープをくわえたまま慌てて首を横に振った。こんなにおいしいものを、たくさん食べるなんて!わたしには許されないわ!
「ほ、他のも見てみたいですわ」
「あらそうなの?」
少し残念そうにしたお姉様だったが、一つ頷いてわたしを見た。
「じゃあ、色々と見ていきましょう」
「はい!」
しばらく学園を回って、ある時女の人が何人かやってきた。その人達はお姉様のお友達のようで、話しながらさりげなくお姉様を連れて行ってしまった。
その場に残されたわたしがどうしようかとウロウロしていると、今度は男の人が二人と女の人が三人やってきた。
「ねえ、君迷子?」
「えっ……い、いえ、お姉様を待っているのですわ」
「ふーん……」
「じゃあ俺らとあっちで待ってるか?」
「ほら、お姉さんと遊ぼう?」
断る間もなく連れていかれる。その間、わたしは嫌な予感がしていた。何となく、使用人達に嫌がらせされる時と同じような感覚に襲われる。
そして、残念ながらその予感は的中した。
五人が一斉にわたしの方を見て、にやりと薄気味悪い笑みを浮かべたところまでは覚えているが、その後のことは一切記憶にない。
お姉様によれば、見つけた時わたしは髪は無惨に切られ、身体中に切り傷や殴られた痕、さらに泥まみれだったらしい。
それ以降頭にあったのは、『二度と学園には行きたくない』という思いと、『決して水色の髪を見せてはいけない』という恐怖だけだった。
時は経って十五歳で王宮で働き始めた。それからはずっと真面目に仕事をこなしていて、いつの間にか重要な仕事、例えば王子殿下の部屋の掃除手伝いなどを任されるようにまでなった。
☆☆☆
今日も侍女長に仕事終わりの報告をすると、侍女に与えられた待機室で同僚──キャメルが噂話を始めた。
「ねえアリアナ、もうじき隣国の王子殿下がいらっしゃるって聞いた?」
「えっ、何それ初めて聞いたわ」
「視察かなんかで来るらしいのよ。それでね、ここからが本番なんだけど……」
一度声を潜めたキャメルは、まるで秘密を共有するように告げた。
「……王子殿下、凄いイケメンらしいのよ!」
「………え?」
「さらさらのプラチナブロンドに吸い込まれそうな紫の瞳で、背が高いらしいの!」
「……本当に?」
「もちろんよ!」
「楽しみだわ!」
キャメルの様子からとても重要な事だと思って拍子抜けした。が、やっぱり興味はある。
「殿下と同じくらいかしら?」
我が国の王子殿下は輝くような金髪に深い蒼の瞳を持つ、キリリと引き締まった顔立ちのイケメンである。その美貌と地位で数多の令嬢達に狙われているが、浮いた話など一つも聞いた事が無い。だが時折見せる切なげな表情に、殿下の側近達の間では、王子は叶わぬ恋をしているのだ、という噂が立っているとか。まあ一度も会った事の無いわたしには関係ない話だ。
「うん、同じか、もしかしたらそれよりイケメンかも」
「ええっ、あの方よりイケメンなんているの!?」
「だよね、私も信じられないの!」
きゃあと声を上げて頬に手を当てるキャメル。わたしもまだ見ぬ王子殿下に思いを馳せた。