彼岸花 まとめ2
1からの続きになります。
最後まで楽しん読んでいただき、さらに何か心にのころ言葉があれば嬉しい限りです。
3ヶ月後、夏休みも終わる頃、ようやくギブスが外れて、両手が使えるようになった。ギブスを外した時の匂いがあまりに強烈でいつもなら真っ先にくっついてきそうな愛がくっついてこなかった。少し寂しかった。でも不便でならなかった生活がようやく終わると思うとほっとする。今まで片手でしか作業できなかった分、どうしても時間がかかっていた。時間が足りなくて不十分で納得しているところもあったが、これからはしっかりと準備できる。実際ここ数ヶ月は大学在学時よりもやることが増えてはいるが、楽しい。色々と縛りなく自分の好きなことが認められて仕事になっていることが嬉しい。授業も回数を重ねるうちにみんなの反応も保護者の反応も良くなって来ている。今では保護者が子供たちに混じって意見交換を行うまでになっている。自分の授業はどちらかというと保護者ウケの方がいいみたいで、メモを取るのも保護者の人の方が多い。とは言ってもこれまでは最初の授業の内容とあまり変わらない内容ばかりして来た。様々な童話のオチを自分なりに考えることを繰り返し反復する。そろそろ別の内容に移りたいところではあるがその前に仕事がある。今日はめいの初めての撮影があるため、父さんの会社に愛と一緒に向かう。久々の撮影でルンルン気分の愛。愛が撮影の時は自分が必ずつくことになっている。愛が心配なのもあるが、変な虫がつかないように見張っておきたいから。愛の性格の特性上、基本的に人と壁を作らないため、夏の火に群がる虫並に人が寄ってくる。家族として心配というのは会社や人に説明する時の言い訳で、本心はシンプルに不安からくる嫉妬だ。がんじがらめにするつもりはないが束縛してしまっている自覚はある。自分に自信がなく不安だから。改善しなければならないとは思っているが、2人が嫌がってなくむしろついてきて欲しいということが多いからこのままでいいのかなと最近思い始めている。
会社に着くといつもよりお出迎えが多い。基本的に愛にとってはみんな友達。就職先も迷うことなく父さんの会社を選んだ。理由は、みんながいてたのしそうだかららしい。愛の能力ならもう少し選択肢があったとは思うが正直嬉しかった。
「愛、荷物は俺の部屋に置いてきて。」
「了解。今日はルイくんいるの?」
ルイとは会社で唯一いる自分の部下。17歳で高校に通いながら自分の下で働いてくれている。父さんが頻繁に行っている孤児院に服をプレゼントする時の手伝いをしているときに出会った。その当時は不登校でテストの時だけ学校に行き、点数をとって帰ってくる。学校側としたら嫌な感じの生徒だったらしい。こんな感じだから当然友達もいなかった。施設の中でもずっとパソコンをいじっていた。そのときにルイがやっていたのが自作のゲームだった。それもかなりの完成度。例えるなら一般的に売られている1500円くらいのアプリゲーム以上のクオリティーだった。ルイは中学生でプログラミングを完璧に理解していた。自分がルイをこの会社に誘ったのは才能があったのもあるが、このままだと社会に潰されてしまうと感じたから。当時から大人への不信感が大きかったルイ。すぐ近くにいる大人、孤児院の人にも心を開いていなかった。これから生きていく中で、人と関わりを持たないことは不可能。周りを拒絶して自分だけの世界に完全に入ってしまっていた。入ってしまっているうちはいいが、ふと周りを見渡して誰もいないことに気づいてしまうと猛烈な孤独感が襲ってくる。孤独が何よりも辛いことを自分は知っている。しかも、今現在の日本ではある程度学歴が要求されて、さらに不登校の過去があるだけで不合格にしてくる学校や会社がある。そんな価値観が凝り固まって柔軟性のない社会でこの子がうまく生きていけるとは到底思えない。そのときうちにプログラマーがいなかったこともあるので最初はちょうどいいなと思った。それから自分は大学終わりに毎日ルイに会いに行った。最初こそ逃げられたりしたが、自分のしつこさに疲れたのか話を聞いてくれるようになった。たわいないことから踏み込んだ議論まで、ルイとの時間は自分の中でだんだん特別なものになってきた。自分の過去についても話したし、真心や愛との関係も自然に話していた。どんな内容の話でも受け止めるように聞いてくれた。聞いていただけでなくルイ自身のことも話してくれるようになった。その時から自分の前で笑顔を見せてくれるようになった。毎日のように話していたら、ルイの方から自分を雇ってくれと要望があった。もちろん承諾して、孤児院にいることがよほど嫌だったのかルイは孤児院からうちの会社に宿を移した。とは言ってもその当時ルイはまだ中学生で正式に採用することはできなかったので、ひとまず自分の手伝いという名目で会社に住み込んだ。孤児院から中学生の段階で出て行ったことによって、手続きが色々とありルイは佐々木家の人間になった。でも、一緒に住むことは拒んでいた。1人の方が落ち着くし、今から家の中に入っていくのは勇気がいるそうだ。何度も説得したがひとまずルイの意見を尊重して別に暮らしている。家事はほとんど自分が教えたので料理も問題なくできる。というよりほとんどのことが見ただけでできていた。
「今日は、高校があるからいないよ。最近学校も暇で退屈なところじゃなくなってきているみたいだしね。」
ルイは今、父さんの知り合いの高校に通っている。不登校だった子も受け入れてくれるような普通科の私立高校で自分たちの母校でもある。
「そっか。久々に会いたかったな。」
「家族なんだからいつでも会えるさ。今度うちに連れていくから。」
会社内にある自分の部屋につき、2人の荷物を置く。部屋は整理整頓されていて、いつも綺麗。少しでも汚くするとルイが怒るので片付けが苦手な愛でも嫌々ながら整理整頓をする。整理整頓していると先に会社に出社していた真心がめいを連れて入ってきた。入ってくるや否やめいと愛は目を見合わせた。
「めいちゃん?」
「愛ちゃん?」
そういえば誰と仕事をするのかを両方にしてなかった。
「愛も知っていると思うけど今日からモデルの仕事をする沢村めいさんだ。一応年齢もモデルとしての経験も愛の方があるからいろいろと教えてあげてね。」
自分が説明しているのをよそに愛はめいのもとに走っていた。
「なーんだ、めいちゃんだったのか。どんな人か少し心配してたんだ。」
「こっちこそ。初めての仕事なのにいきなり2人での仕事なんて緊張してたの。怖い人だったらどうしようと思って。」
自分は真心のもとに寄る。
「あの2人仲良いの?」
「なんか旅行中に年齢が近いという理由で仲良くなったみたい。旅行中は基本的に2人で行動してたし、言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ。」
「でも一応、寛のパソコンにメッセージとして送っておいたけど。」
「そういえばここのところ忙しくて、会社のパソコン開いてなかった。」
急いで自分のデスクにあるパソコンを立ち上げると、かなりの量のメッセージが来ていた。これをあとで全て見直さなければいけないと思うとため息が出てくる。自分の確認不足だったことを真心に謝り、仲良く話している2人に横槍を刺す。
「お二人さん仲がいいのはいいことだけどもう少しで撮影の時間になるから移動して。後々、2人の時間はとるからさ。」
愛は剥れていたが早くしないと休みをなくすと警告したら借りてきた猫みたいに大人しくついてきた。
衣装に着替えたり、メイクしたりする2人より先に真心と自分は会社内の撮影スタジオに向かう。既に準備は整っているみたいだ。
「ひかる、遅れてごめん。今着替えているからすぐに始められると思う。」
「おっそい。こっちの準備はもう整っているんだから。」
遅れたと言ってもほんの数分。
「せっかち直さないとルイに嫌われるぞ。」
「わかってないのね。寛にはわからない強い絆で私たちは繋がってるから嫌われることなんてないのよ。それより今日、ルイは?」
「高校だよ。今日は普通の平日だから授業だろ。」
「もう夏休み終わっちゃったの?つまんない。帰ろうかな。」
「仕事なんだからしっかりしてくれ。今日は初めて撮影する子もいるんだから頼むよ。後でお菓子買ってやるから。」
「お菓子で釣れると思うなよ。もう私もいいレディーなんだから。」
「わかったわかった。終わったらルイ呼ぶからそれまで頑張ってくれ。」
「なら仕方なくやってやる。」
話している間に愛たちの準備も終わったみたいで元気よく愛が登場する。お互いに挨拶と自己紹介を済ませて、撮影に入る。
ひかるはうちの専属のカメラマン。本名は桃井ひかる。ルイと同じ孤児院出身で同い年。ルイがうちに来ることを知って、自分も働かせて欲しいと直談判してきた。この時すでにルイを引き取ることは決まっていた。父さん曰く、1人増えようが2人増えようがあまり変わらないとのことで、中学校卒業後、うちで雇うことになった。ひかるの要望で高校には進学せずにカメラマンとして修行したいとの事だったので父さんの伝で知り合いのカメラマンのもとに修行しに行った。修行先の夫婦は子供ができなかったのでひかるを娘として引き取ってもらうことにもなった。ひかるもそこがネックだったみたいで引き取ってもらうことが決まった時に泣いて喜んでいた。しっかりと1年間修行し、あとは実戦でということだったので今年、正式にうちの専属カメラマンとして採用した。ひかるの採用が決まった時にルイが誰よりも喜んでいたことはひかるには内緒。恥ずかしいらしい。
撮影も順調に進み、複数回の着替えを終えて、めいはヘトヘトのようだ。慣れない環境で初めてのことをするのは疲れて当たり前。ひかると愛は今だに飛び跳ねながら撮影をしている。めいは疲れてしまったのか自分の隣に座った。
「疲れたかい?」
「なんであの2人は元気なんですかね。私もう動けないです。」
「初めてにしてはすごい良かったと思うよ。自然な表情も出てたし、愛との息もあってたしね。」
「ありがとうございます。」
「今日はもう終わるから、今度からよろしくね。詳しいことは真心から聞いて。1人での仕事も増えてくるだろうからひかるとは仲良くしてほしいな。」
少し話しているとひかるがめいを呼んだ。仲良くすることは問題ないかな。
スタジオの扉が開く。
「お疲れ様です。」
どうやら、ルイが学校を終え、自分のメッセージを見てきたらしい。
「ルーイー。」
元気よくルイに襲いかかるひかるだが間に自分が入る。
「仕事終わってから。」
「お疲れ様。もう少しだからがんばって。ひかるが仕事している姿も見たいからね。」
ルイが一言ひかるにいうと、少し顔を赤くして飛び跳ねながら急いで撮影に戻る。
「慣れたもんだね。」
「もう何年も一緒ですから。ひかるの行動パターンと喜ぶツボは抑えてるつもりですよ。」
「それにしても久しぶりだね。学校は楽しい?」
メッセージではやりとりはしていたものの直接会うのは久しぶり。正直自分もルイに会いたくてたまらなかった。
「楽しいよ。委員会もしてるし、行事にも参加できてるよ。今度部長になるしね。」
「そうか良かった。」
自分の肩くらいにあるルイの頭を撫でた。どこか嬉しそうに笑ってた。
「兄さん、あの人は新人の人?」
「入社してもう結構経ってるけどまだ会ってなかったの?」
「僕は基本的に兄さんの部屋から出ないから。部活もあるし、みんな退社した後に真心姉さんに鍵を開けてもらってるから。ほとんどの社員とはメッセージでしかやりとりしてないからね。」
「そっか。なら今度から覚えておいて。セキュリティーに関してはルイに一任してるから、そこら辺は重点的に。」
「了解。」
この仕事の関係上、様々な人たちと会うことが多い。自分たち以外で考えるとモデルを頼んでいる人なら尚更。そこには良からぬことを企てる人も多々いる。前に一度、うちのモデルに強引に手を出そうとしたとある会社の御曹司がいた時に社員全員に配っていたタブレットがとても役に立ち、大事にならずにすんだ。もちろんこの会社とはもう契約はしないということで手をうち、悪評がどこからか流れたのかしばらくしてその会社は潰れた。今後そんなことのないようにルイに特殊なセキュリティソフトを作ってもらい、とある言葉に反応して録音を開始する機能をつけた。その録画はすぐに自分とルイの元に送られて、スイッチ1つで通報と場所の特定ができる。こう言った知識は自分にはあまりないがこのソフトを2ヶ月で作り上げたルイは本当にすごいのかもしれない。
ルイが来てから周りが引くくらい気合の入ったひかるは高速で仕事を終わらせた。終わらせるや否やダッシュでルイのもとに駆け寄った。
「ひかる、終わったのはいいけど、ちゃんと撮れてるだろうな。」
「疑ってんの?もう2人が写真選んでるから一緒に見てくれば。」
うちの雑誌に記載する写真は基本的にモデル本人に選んでもらっている。自分が一番輝いている顔は自分が一番理解してると思うから。モデル地震のモチベーションのアップにもつながる。愛とめいは仲良くキャッキャいいながら写真を選んでいるから問題はなさそうだ。
「2人の様子見てると大丈夫そうだからもう今日は終わりにしていいよ。そろそろ自分たちはお邪魔みたいなんで退散しようかな。」
作業をしていた真心を連れて騒いでる2人のもとに向かった。2人の世界を邪魔しちゃ悪いからね。
数日後。いつも通り少し早く来て授業の準備を始める。今日からはいつもとは違う感じのことをやろうと思う。ギブスも外れたことで心機一転とういわけでもないが、いいかげんみんな同じような感じの授業に飽きてきているだろう。いい加減自分がどう言った授業をやりたいのかわかってきたと思う。だからこそ、今度からはもっと自由度の高いものをしようと思う。これは普通の学校でもよくやる授業だ。準備の最中にいち早く隼人とさくらが来る。
「ギブス取れたんだ。なら今度から手伝わなくていいね。」
「いいのかぁ。目の前でさくらが見ているんだぞぉ。かっこいいとこ見せたくないのかなぁ?」
少しからかった口調で隼人を挑発する。案の定挑発に乗って手伝ってくれる。その姿を見てさくらと一緒に笑い合う。隼人のおかげで予定より早く準備が終わった。
「なんか今日は用意してるものが違うんだね。」
「いい加減同じような内容はみんな飽き飽きしてきただろうから、新しいことやろうかなって。それとお前に芸がないと馬鹿にされないためかな。」
「冊子がいいじゃん。そろそろそれ言おうと思っていたんだよ。それで今日使うのがレターセット?」
「そう。じゃあ、早くきて手伝ってくれたお礼になるかはわからないけど好きなの持っていっていいよ。ほらさくらも。」
さくらも呼び好きなのを選ばせる。そうこうやりとりをしているうちに続々と人が集まってきた。来た順にレターセットを渡し、授業を始める。
「じゃあ時間になったし始めようか。今日からはテイストを変えて今までやってきたことの実践をやってみようか。今まではいろいろな物語の人間になりきって、その人の感情や考えなどを想像してもらったけど、今回から数回自分の周りにいる人に焦点を当てて配ったレターセットで手紙を書いてもらいます。1つ条件として内容は思いを伝えるものにしてね。感謝を伝えるものでもいいし、ラブレターでもいい。今までの授業の内容を使って様々な視点から送る相手のことを見て思うことを素直に書いて。堅苦しい形式とかは考えずに書いていいから。ちなみに自分はみんなが書いたのを見るから自分に見られていい内容にしてね。恥ずかしいことだったり、知られたくないことは書かないこと。」
ふと気になったので隼人たちの方を向くと2人で話し合っていたのでお互いに書き合うのかな。
「じゃあ本格的に書き始める前になんで手紙を書くのか考えよっか。」
少し回りくどいかもと思ったがこれからは自分1人での作業になってしまうので大切なことはあらかじめ伝えておこうと思う。あくまでこれは授業だから書く意味まで考えながら書いてもらいたい。形式とかそう言ったことを無視するなら尚更。
「手紙を書くことの大きな利点は何かな?」
授業を頻繁にしている効果か発言が止まらない。1つ1つの発言にしっかり反応する。少し大袈裟に。伝わりやすいからとか、相手の顔を見ないから少し自分に正直になれるからとか。色々と意見が出る中で隼人から、残るからという発言が聞こえた。
「隼人わかってんじゃん。みんなが言っていたこと全て正解なんだけど今日僕が伝えたい手紙の最大の利点は手元に形として残るってこと。基本的に人にものを伝えるときは会話だったり、今だとスマホやケータイだったりするね。会話は基本的に声だから形は残らないし、すぐに消えちゃう。それの会話の内容を後々証明してと言われたても手元にないから証明することもできない。スマホやケータイでは形として残るけどそれを書いているのが本当にその本人かどうかはわからない。その分手紙はその人らしさが出たり、実際に形として残る。本人かどうかは筆跡を見ればわかるよね。刑事事件でも使われるくらい筆跡っていうのはその人っていうのが出るんだよ。僕はね、手紙の本質はそこにあると思うんだ。より確実に相手に伝えることができる。形として残り、自分だと言う証明は書いたことが示してくれる。どんな人もそうだと思うけど、大切な気持ちは形を残して正確に相手に届けたいでしょ。前置きが少し長くなったけど書き始めよっか。」
低学年の子たちは自分の言葉を他所にもうすでに書き始めていた。これまでの授業の成果か上級生たちも意外とすらすら書き始める。この授業は書くだけで終わってしまった。書き終わった子もいればまだ書いている子もいる。書き終わることを次回までの宿題することにした。授業終わりにさくらに呼びとめられもう1セット欲しいと言うことだったのでプレゼントした。
数日後にはすでにみんな書き終え自分が渡したい相手に渡した。驚いたのは自分宛に隼人たちが書いてくれたことだ。日頃の感謝を述べたもので隼人に関しては少し苦情のようなのもあったが嬉しかった。だがさくらの手紙から知りたくない情報まで入ってきた。そのことに関して日向さんとアポイントを取り、自分のために時間を取ってもらった。
「そろそろだと思っていたよ。」
「あらかじめ聞くことを拒否していた自分が悪いです。ここにきた理由がわかっているということはそうなんですね?」
「さくらちゃんのことだろ?そうだよ。彼女が君に教師を頼んだ理由で君が聞くのを拒否していた子だよ。その様子だとわかってなかったみたいだね。」
「さすがに病気の子を推測して当てることは不可能です。皆さんみたいなプロではないですし、自分の中では医学の知識は本の中のものですから。そんなことよりさくらはどうなんですか?」
「そんなこと聞いてどうするの?」
部屋の外で聞いていた秘書の佐藤さんが話しかけてきた。
「その情報を知ったところで何があなたに変えられるの?それを聞いていい方向に向かうの?あなたが最初に言っていた平等に接することができるの?」
「佐藤くん、言い過ぎだよ。」
佐藤さんのいう通り。正論だ。でも自分にも譲れないことがある。
「佐藤さんがいう通りおそらくできないと思います。どこかさくらに対して接し方だったりが微妙に変わってしまう。」
「じゃあなんで?君は意味のないことを聞く人間じゃないと思っていたんだけど。」
「隼人のためです。あくまで日向さんの表情から読み取れる推測ですが、さくらの状況はあまり良くないんですよね?最悪のことを考えた場合さくらを失った時のあいつの行動がいいものになるとは到底思えない。それを止めるのは命を救う先生方ではなく、人を育てる先生である自分の役割です。」
真っ直ぐ佐藤さんの目を見て話した。知らぬ間に流れていた涙が頬を伝いながら。
「佐藤くん、ここまでいうのだったらいいんじゃないかな?寛くんにも覚悟する時間は必要だとは思うよ。準備も必要だしね。」
「私に決定権はありません。日向医院長がお決めになることですし。ただ、少し残念だっただけです。この人はどう転んでもまだ青臭いガキだということが。もう少し冷静に考えて、感情的にならない人だと思っていましたから。」
「佐藤くん!」
あんなに声を荒げる日向さんは始めてみた。
「すみませんでした。外で頭冷やしてきます。」
そう言い残すと佐藤さんは部屋から出て行った。
「すまない。僕の秘書が失礼なことを。佐藤くんは何か君に期待している部分があってそれが自分の思い描くような人間でなかったのかな?後で言っておくから今回の件は流してもらえないかな?」
「いいえ、佐藤さんのいうことも一理あります。自分はまだ若いですから、いろいろな物事に対して幼稚なもの思想も多いと思います。さくらの病気のことを聞いて自分には何もできませんから。」
「仕方ないじゃないか。君は医者ではないのだから。」
「そうなんですけど思い出すんです。2人目の母親のこと。あの時自分が本当の息子だったら何かできたんじゃないかって。もし、血液型が母と一緒だったらって。母に対して何もできなかった自分がどうしてもちらつくんです。でも、今の自分なら残された人には何か力になれる。医者ではなくても、命は救えなくても。だからこそ今回は隼人たちのために力を使いたい。だからこそあらかじめ自分は知っておく必要があるんです。」
今の精神状態で結果を受け入れることができるかは定かではない。でも今回は自分よりも大きく傷つき、絶望してしまう人がいる。
「わかった。そこまでいうなら話そうか。さくらちゃんの容体のことだよね?君が感じている通り、さくらちゃんの容体は良くない。ドナーの検討もついてないし、抗がん剤の投与もスタートはいるが効果があまり期待できない。最悪の場合もって後数ヶ月。長くても1年弱だよ。個人情報だからあまりこう言ったことは言わないようにしているんだけど君たちの関係性を見ていたらね。さくらちゃんのご両親も君に感謝しているみたいだし。他言無用でお願いね。」
自分が思っていた通りだった。まだ確定はしていないし、ドナーだって見つかる可能性も十分ある。でも自分のやることはおそらく最悪の場合の準備をすること。隼人にとって。さくらにとって。
「わかりました。自分は先生方を信用しています。だから、最悪の場合を考えるのは自分1人で十分です。先生方は命を救うことに集中してください。そうなってしまった時は自分に任せてください。保護者も隼人も、もちろんさくらも。僕の役割がないことを願います。失礼します。」
そう言って自分は医院長室を出た。外で待っていた佐藤さんが話しかけてきた。
「さっきは言い過ぎたごめんなさい。」
「謝らないでください。自分でも感じていたことなんで。」
「あなたと私は似たもの同士だと思っていたけど、違うみたいね。」
「そうですね。佐藤さんより若干自分の方が若いですし、守りたいものの範囲も違うかもしれません。言い返すわけではないですけど佐藤さんあまり社交的とは思えませんしね。自分の方がよっぽど人付き合いは上手です。」
「あなたに、人間関係のことで勝てるとは思ってないわ。だってあなたは、一つの会社を束ねてる人だからね。」
「別に自分が束ねているわけではないです。実際の社長は父です。自分はアシストしてるだけですから。」
「色々と知っている人間にとってその発言は嫌味以外のなんでもないわ。他の会社との関係を最初に構築したのはあなただし、いろいろな業種の人とのパイプがあることも知ってるから。」
「佐藤さんはどこまで知ってるんですか?怖くてたまらないんですけど。」
佐藤さんはその質問に答えず、ただただ笑顔で答えた。
「それでは時間なので失礼します。色々と準備したいこともあるので。」
「期待外れだったけど後悔はないようにしなさいよ。あんたの頭に1人の命が乗っかっているんだから。」
「佐藤さんって本当は優しいですよね。そう言ったところも本心が見えてこないから怖いんですが。」
複雑な精神状況の中でできる精一杯の笑顔で佐藤さんに答えた。気合を入れるために全力で頬を叩いた。その音が病院内に響いた。びっくりした人もいたみたいで頭を下げながら花屋に戻った。
日向さんとの会話から数日たった今でも自分自身でも気持ちの整理ができないままでいた。それは他の仕事にも影響が出ていた。月一の会社への出勤を忘れたり、どこか集中力がないため少し大きなミスもした。自分がしたミスもルイのおかげで大惨事はならなかったが、少し真心に注意された。自分なりにそこそこの困難は乗り越えてきた自信があったが、ここまで精神的に弱るとは思いもしなかった。佐藤さんの言った通り自分はまだ青臭いガキなのかもと改めて感じた。家族も自分がおかしいことに気づいたのか家で母さんに呼び止められた。
「寛、あんたなんかあったの?最近様子がおかしいからさ。」
「まあ少しね。自分で撒いた種なのにどうしていいか分からなくなって。見えていた道が真実を知った途端見えなくなった。真実を知ることの覚悟はしているつもりだったんだけどね。」
「そうか。私には遠回しすぎて分からないけど。あんたの悪いところは自分の問題解決能力に甘えて1人で抱え込んで人に相談しないこと。話したくないことなのはわかるけど1人じゃ限界だってあるでしょ。今日はちょうどお父さんが珍しく早く帰ってきてるから相談してみたら。こう言ったことは男同士の方が話しやすいでしょ。」
自分は母さんの提案に乗ることにした。この家に来てから父さんと一対一で話すことは数えるくらいしかない。悩み相談なんてしたこともない。少し緊張してきた。
母さんのアドバイス通りに父さんに相談するために父さんの部屋の前まできた。喉を鳴らし、ノックする。
「父さん。寛です。入っていいですか?」
しばらくして、入室の許可が出たので父さんの部屋に入る。父さんの部屋は基本的に真っ白。整理整頓されていて、ゴミひとつない。必要最低限のものしかなく、無駄なものは一切ない。本の表紙もわざわざ白いカバーをかけるほどの徹底ぶり。ごちゃごちゃしていると色々と集中できないらしい。影以外の色のない部屋は色の識別できない父さんにとって最高に集中できる環境らしい。この部屋は唯一、父さんと同じ感覚になれる場所で、父さんが見ている世界が見れる場所だと思う。
「珍しいな。寛が話なんて。この部屋に入るの嫌がってたじゃないか。」
確かにこの部屋に入ると自分は気がおかしくなりそうになる。真っ白の世界で自分が一人ぼっちになってしまったような感じがして、強い孤独感が押し寄せてくるからだ。自分の中で最も苦痛な孤独を強いられる環境だからこそあまりこの部屋には入りたくない。家の中の全般の家事を行っている自分が唯一掃除をしないのがこの部屋だ。
「寛がこの部屋にくるくらいだから相当追い込まれることがあったんだろうけどそれは俺に話していいことなのか?」
「大丈夫だとは思います。許可は得ていませんが父さんのことは日向さんも信用しているみたいなので。」
「寛がそこまで言うのなら問題ないと思うがそこらへんは慎重にな。ルイに負担をかけるわけにもいかないからな。」
「十分理解しているつもりです。これ会社関係ではなく自分一個人の仕事です。自分自身もあまり踏み込んだこともしてませんし。相談内容にも個人を特定できるような内容は含まないつもりです。」
会社内同様家の中でも自分と父さんには少し距離がある。と言うよりも自分が勝手に距離をとってしまう。自分のことを受け入れてもらっているのは重々わかってはいるのだが少し自分の中では父さんに関して負い目がある。娘を2人とももらっているわけだし、ルイのことだってそう。自分のことをあまりよく思っていなくてもおかしくはない。父さんがあまり家にいないことをいいことに向き合って話すことも多くはなかった。
「大事なことだからな。」
「はい。わかっています。」
父さんからの確認を終えて、本題に入った。自分の状況含めほぼ全て。もちろんさくらの名前や病名なんかは伏せた。
「信頼されているんだな。」
「ありがたいことにそうみたいです。」
「あの一件以来、正直寛には会社に専念させるべきか悩んでいたんだ。2人の娘のため。もちろん寛のことも考えて。別に会社のみに専念してもらってもお金には困らない。会社的にも寛が常にいることで問題にも迅速に対応できる。真心とルイだけじゃどうしようもないことがあるからね。でもね、正直会社に寛を拘束するのも勿体無いなと思う自分もいる。もっと寛のことを必要としている場所があると思うんだ。それで今寛のことを必要としてくれている場所にいるのなら俺は寛をその人たちから奪うことはできない。必要とされている人たちに信頼されているならその期待に応えなさい。」
少しありふれた言葉のように聞こえたが普段あまり話さない父さんからの言葉は身に染みた。
「でだ、相談事なんだけどね。俺から送るアドバイスはないかな。寛の方がこう言ったことは得意だろ。俺のとこにくる時点でもうすでに答えはでているんじゃないかな?」
「大丈夫です。少し話してスッキリしました。期待に応えられるように頑張ります。」
最後に背中を叩いてもらい、部屋を後にした
父さんに話して覚悟を決めた自分は来て欲しくないときのために準備をし出した。自分自身ができること、自分にしかできないことを見定めて。心の整理ができていないときに迷惑をかけた関係各所に謝罪周りもした。各場所で自分の様子がおかしいことに気づかれていて謝罪をしに行ったのに逆に心配されてしまった。恵まれているな自分は。改めて人とのつながりの大切さを知った。もちろん弱っていたときにも授業はあった。子供ながらに自分の変化に気づいていたのだろう。弱っていたときの授業は自分に気を使っていたからか静かだった。それから父さんとの話を終えた最初の授業で、
「ごめん。ここ最近まで少し悩みごとがあって授業に集中できてなかった。」
生徒に向けて謝罪の言葉と頭を下げた。
「そんなの気付いてたよ。おかしいなってさ。先生大人なのに表情にすぐ出るから子供の僕たちでもわかったよ。」
そういじりを踏まえて発言したのは隼人だった。正直どういう顔で隼人と向き合えばいけないのかわからなかった。いつもどんな顔してたっけ?頭の中で考えても出てこなかった。隼人の発言に合わせる感じで笑いが起こりその時はことなきを得た。そのときさくらの目はじっと自分に向かれていることに気付かなかった。
授業は今までの授業より円滑に進んだ。今まで自分に萎縮していた感じのあった子たちが先生にも弱い部分があるんだと認識したからか積極的に自分をいじる子も出てきた。でも、いつもならその輪の中心で笑っていそうなさくらはあまり笑顔を見せてはいなかった。隼人がその異変に気付き、何か話している様子だった。その後は笑顔を見せていたさくらだったがその笑顔には違和感が残った。
その授業の後自分はさくらに呼び止められた。
そこから2週間後、花屋にいると、
「先生早くきて。」
血相を変え、涙目の隼人が来店した。
「どうした?血相変えて。」
「さくらが、さくらが。」
頭の中がパニックになってまともに話せてはいなかった。でも、隼人の表情である程さくらの状況を察することができた。
「結さん。すいません、いってきます。」
店を結さんと愛に任せて、パニックになっている隼人を連れて急いで病院に向かった。さくらの病室に向かうと慌ただしく先生方が処置に当たっていた。緊急の処置を終えて急いで何人かの医師と集中治療室に向かって行った。日向さんもその場にいて隼人に向かって話し始めた。
「さくらちゃんの発作が起きたときに一番近くにいたのは君なんだ。どんな状況だったか話してくれるかな?」
隼人は呼吸を荒くして一点を見つめ黙ったままだった。
「すいません日向さん、自分が少し隼人を落ち着かせます。話を聞いておくので、早くさくらの処置に向かってください。」
「悪い。任せたよ。」
そういって、日向さんは急いで集中治療室に向かっていた。
「隼人一先ず座ろうか。何か飲むもの買ってくるから大人しく座っていて。」
近くにある長椅子に隼人を座らせ、自分は急いで飲むものを買って、隼人のもとに戻った。戻ると隼人は顔に手を押さえて鼻を啜っていた。
「飲み物買ってきたよ。少しでも落ち着いたらでいいから話してくれるか?さっきの状況を。」
背中をさすりながら、隼人が少し落ち着くのを待った。
しばらくして、隼人の呼吸が落ち着いてきた。
「落ち着いてきたか?」
隼人は少しだけうなずいた。
「なら、あのときの状況を話してくれないか?これからさくらの命を守るために必要なことかもしれないんだ。」
少しの空白があった。自分が買ってきた飲み物に口をつけ、隼人は重い口を開いた。
「突然だったんだ。いつも通りにさくらの病室で話していたら急に苦しみだして。どうしたらいいか分からなくなって病室を抜け出してナース室に人を呼びに急いで行った。そしたら医院長先生と会って。」
隼人は目にたまる涙を抑えることができていなかった。そのときのことが頭の中で再生されて耐えきれず再び顔を手で隠した。
「わかった。そこまででいいよ。日向さんには自分から伝えるから。ありがとう。そこで待ってて。」
そう隼人に伝え、急いでその場を離れた。集中治療室に向かうと日向さんが出てきた。
「どうでしたか?」
「一命はなんとか。」
「そうですか。隼人から状況を少しだけ聞いてきました。」
「わかった。ここだと邪魔になるから場所を移そう。」
話をするため日向さんに連れられ医院長室に向かった。自分が隼人から聞き出せたことは伝えた。
「そうか。おそらく僕と会った後に君を呼びに行ったんだね。隼人君には少し酷な状況を見せてしまったのかもしれないね。」
「そうですね。こればかりは不運としか言いようがないです。」
自分が俯くと日向さんが、
「君が責任を感じることではないよ。本当にどうしようもなかったんだ。」
「いやもう少し何か言葉をかけてあげれたのかなって思ってしまって。隼人にかけた言葉が正解だったかどうか。」
「そんなの分からないよ。信頼関係ができている君以外の他の誰かが今の彼に言葉をかけたとしてもきっと届きはしないだろう。どう転ぶか分からない状況だけど今の彼に何も言葉をかけないのはよくない。どんな言葉であったとしても君以外届けることができなかったならその言葉が正解なのか不正解なのかは分からない。」
自分は黙ってしまった。
「そんな君が今ここにいていいとは僕は思わないよ。行くべきところ、必要としているところがあるんじゃないかな?」
「そうですね。」
そう言って医院長室を後にし、急いで隼人のもとに向かった。隼人のもとに戻るとまだ顔を伏せたままだった。
「隼人。日向さんに伝えてきたよ。」
自分が戻ってきたことに気づくと顔を上げ自分に迫ってきた。
「さくらは?さくらはどうだった?」
「一命はなんとか取り留めたみたいだけどしばらくは集中治療室にいなきゃいけないだって。」
「大丈夫なんだよね?」
少しだけ間があった。
「それはなんとも言えない。先生方を信じるしかない。」
隼人は泣きそうな顔を再び伏せた。隼人の悲しそうな顔を見たときにここは大丈夫だっていうべきだったのか、少し悩んだ。自分の言葉に責任が取れない以上真実を伝えるしかなかった。
「信じて待つことしかできないよ。戻ってきたときに笑顔で迎えてやらなきゃ。そんな顔している隼人のことさくらは見たくないと思うぞ。」
こんな言葉しかかけられない自分に嫌気がした。非公式ではあるけど自分はこの子の教師なのに。
その夜、今日のことを引きずりながら夕食を作っていた。自分が骨折しているときに手伝ってもらったことで真心はある程度できるようになっていた。同じく手伝っていたはずの愛は全くダメ。にんじんの皮むきを頼むとどどこまで剥いたのかわからないのか何周もする始末。最終的には半分くらいの暑さになるニンジン。にんじんがかわいそうになる。
さくらの状況が頭の中から離れず集中力が足りていなかったのか料理中に珍しく自分は左の人差し指を切ってしまった。
「寛、大丈夫?」
隣で作業していた真心が珍しく大きな声をあげた。すぐに止血に入ったがかなり深く切ってしまって血がなかなか止まらない。すぐさま日向さんに母さんが連絡を取り、病院で縫うことになった。
「ずいぶん深く切ったね。」
日向さんが直々に処置をしてくれた。というよりも日向さんしか手の空いている人がいなかったらしい。元看護師の母さんのもとしっかりと止血はしたものの怪我は結果的に4針縫うことになった。
「めまいとかはない?しっかり止血はしてあったけど今縫ったばかりだからあまり動かせないと思うけど、激しく動かなければ日常生活には支障はないから。抜糸は1週間後かな。状態を見てからだけど。後は残るけど今体調が悪くなければ問題ないよ。菌も入ってないみたいだから。お母さんに感謝だね。」
「ありがとうございます。」
「そんな顔だからある程度状況は掴めたけど考えすぎないようにね。特に刃物は危険だから。」
自分がどんな顔をしているのか分からなかったが、おそらくみんなに心配されるような顔だということは確かだろう。
「夜遅くにありがとうございました。」
「はい。御大事に。」
自分は診察室を出た。診察室の外にはここまで連れてきてくれた真心が待っていた。
「大丈夫だった?」
「問題ないってさ。日常生活にも支障はないって。」
「そっかよかった。」
真心と手をつなぎながら帰路についた。もちろん右手で。途中集中治療室の近くを通ったときに自分は無意識に立ち止まってしまった。
「どうしたの?」
「ああ、なんでもないよ。帰ろっか。」
誤魔化すようにその場から少しだけ急いで離れた。
家に着くと、愛が心配している顔で駆け寄ってきた。
「そんな顔しないで。大丈夫だから。」
迎えてくれた愛の頭に右手を優しく置いた。食卓を見ると宅配ピザが置いてあった。
「頼んだんだ。」
「そりゃそうよ。食材はあんたの血で使い物にならなかったから。自分の血がたくさんついたものなんて食べたくないでしょ。それに私たち2人で作るより美味しいからいいでしょ。」
愛と並んで母さんが胸を張って笑顔で答える。自分としては2人でも美味しく作ってくれるようになってくれたら嬉しいのだが。
宅配ピザを食べ終わり、左手にビニール袋を巻きながら風呂に入った。骨折していた時より不便はないが急な縛りプレイはやはり不便には変わらない。骨折していた頃は真心と愛に体を洗ってもらっていたが少し恥ずかしかった。しばらくはあんな思いはしたくない。たまにはいいけど。
風呂から上がり、部屋でくつろいでいると真心が入ってきた。
「大丈夫なの?」
「指のこと?なら心配いらないって。しっかり日向さんに塗ってもらったから。」
「そうじゃ無くて。最近様子がおかしかったし、今日病院について行ったときに悲しそうな顔してたから。」
そう言えば、真心には話してなかった。父さんと母さんには話したし、花屋で働いている愛はどこからか自然の流れで耳にしていた。
「ごめん。言ってなかった。」
「許さない。私だって心配してるんだから。仲間外れにしないでよ。」
真心から聞いたことない声が響いた。少し涙ぐんでいるのも確認できた。真心だけが知らないという状況が嫌だったのだろう。急に声を荒上げたことには驚いた。今まで喧嘩がなかったわけではない。もうずいぶん長いこと一緒にいるが大きな声を出すことさえほとんどない真心がここまで感情的に声を出すことに自分は驚いた。
「少しくらい頼ってくれてもいいじゃん。私じゃ何もできないかもしれないし、気の利く言葉もかけることはできないかもしれない。でももう寛が傷つく姿は見たくないの。好きな人が日に日に弱っていくのを見るのは耐えきれないの。」
何を言っていいか分からなかった。純粋に真っ直ぐに気持ちをぶつけられた。冷静になればかなり嬉しいことを言われたが、真心をこんなにしてしまった罪悪感が増さった。最近こんなことばかりだな。
「そっちいくね。」
真心が近づいてきた。今まで見たことのない真心の変わりようから少し恐怖感があったが、それは一瞬の無駄な心配だった。
「寛は私にとって最も大事な人なんだから。どんなこと言われても、どんなこと考えていてもそれは絶対揺るがないから。重いって思っちゃうかもしれないけど寛のためならなんでもできるよ。大概のことも我慢もできる。でもあなたが傷ついているのを見るのだけは我慢できない。待ってるだけの私じゃないよ。寛が大怪我したときからずっと考えて決心したんだ。このままじゃダメだって。ずっとあなたのそばにいたいから。もちろん愛も一緒にね。」
椅子に座っている自分の前で正座して真心は言った。涙を拭って満面の笑みで。自分は我慢できず、真心に抱きついた。たった一つしか年齢が変わらないのに真心のことが今まで以上にすごく大きく感じた。
どのくらい時間が立ったのかは分からない。少しだけ寝てしまっていたのもあるが、ずいぶん長いこと真心の肩に顔埋めていた。覚悟は決めたと思っていたが実際に現実味を帯びてくると覚悟が揺らぐこともある。精神的にかなり疲弊していたのかもしれない。それから真心に今まであったことの顛末を話した。真心は何も言わず、ただ聞いていた。
「安心した。寛自身には何も無くて。」
笑って自分に答える。
「話してくれてありがと。でも、ごめん。やっぱり私には何も言えない。」
「大丈夫。覚悟はできているんだけど、いざってなるとどうしても。最悪の状況になるって決まったわけじゃないんだけどね。」
「仕方ないよ。寛はずっと細かいことまで気にしすぎてきたから。それが全部ネガティブな方向だから。いつも自分で言ってたじゃん。そういう性分だから仕方ないって。でも、そうなら尚更話して欲しかったな。私は寛より頭の回転も人の感情を読み取ることも得意じゃないけど誰よりも近くで寛のこと見てきた自信はあるから。寛は他の人の変化にはすぐ気付くし、どう思っているのかも敏感に感じることができるけど、自分のことになると誰よりも見えてないもん。無理して背負い込んだり、体調不良にも言われるまで気づかなかったり。ほんと笑っちゃう。」
部屋に入ってきたときの表情は何処へやらで、1人爆笑してる真心。自分には分からないが何か真心の笑いのツボに入ったのだろう。
「何そんなに面白いことあったの?」
真心の笑い声を聞いた愛が部屋にきた。
「それがね。」
今まで話してきたことを笑いながら話す真心。
「わかるわかる。」
愛も笑いながら真心の話に反応する。一通り話し終えると、真心が自分の方を向いて言った。
「ともかく、1人で背追い込まないこと。真っ先に私と愛に相談すること。この二つしっかり約束できる?」
愛も真心の話に合わせて自分の方を向き肯く。
「わかりました。約束します。」
「なら約束の印。」
真心の顔が寄ってきた。少しの間だが口と口が触れた。
「ああ、いいなお姉ちゃん。私も。」
真心のことを振り払って今度は愛と。
「2人との約束だからね。」
まだ積極的になることに慣れていないのか、真心の耳は真っ赤だった。
「それにしても積極的に慣れたじゃんお姉ちゃん。あんだけ悩んでたのに。やればできるんだね。」
「愛それは言わないでよ。」
「なになに?そんなんこと愛に相談してたの?」
はたから見れば違和感だらけの自分たちの関係だけど、これが自分たちのしあわせのかたち。改めて、真心たちに相談せずに1人で抱え込んできた自分を反省した。この2人といるときだけは嫌なこともつまずいていることも忘れられる。
「俺もっと頑張るね。あいつらにも笑ってほしいから。」
「頑張んなさい。もしつまずいたり悩んだりしたら私たちのところでぶちまければいいんだから。」
「そうだな。これからもよろしくな。」
「何改って。そんなんの高一の時に覚悟できてるよ。」
「私も。」
「そっか。」
それから、一緒にゲームをしたりバラエティを見たりした。明日のことなんか考えずに3人の時間を十二分に楽しんだ。3人で長い夜を一緒に過ごした。
次の日。冷房をかけえずに寝てしまったため馬鹿みたいに部屋が暑い。隣には愛はいるが真心の姿は見当たらない。そう言えば朝早くから会議があるって言っていたような気がする。
「おい。愛、起きて。そろそろ11時だぞ。」
幸いなことに今日は午後からの開店だった。結さんに用事があるらしい。洗顔やトイレなどを済ませ、部屋に戻ってもまだ愛は寝ている。
「おい。いい加減起きないと準備間に合わないぞ。」
「うーん、あと5分。」
朝起きられない人間の例文のような答えが返ってきた。自分はすこし呆れた感じで布団を剥いだ。それでもまだ死人のように寝ている愛をお姫様抱っこして無理やり洗面台の前まで連れてきた。夜更かししたのも悪かったがここまで起きないのも問題がある。少し強引だが起きてもらうために洗面台に水をため愛の顔を優しくつけた。そうすると愛は目を開いて自分に言った。
「殺す気か。」
「起きない方が悪い。ほら早くしっかり顔洗って。シャワー浴びてメイクもしなきゃいけないんだろ。1時間半後には家を出るからそれまでに済ませて。ご飯作ってくるからしっかり準備するんだぞ。」
「はーい。」
起こし方に文句があるのか少しむすっとした表情だった。ただすっかり眠気は覚めたみたいで脱衣所に向かって行った。
朝なんであまり料理をする気になれない。おそらく愛は30分くらい準備にかかる。時間はあるがそんな手の込んだものは作りたくない。それに自分自身の準備もある。なら簡単に済ませられるあれでいいか。メニューを決め最初に自分の準備をする。20分後に愛がシャワーから上がってきた。
「お腹すいた。ご飯は?」
「メイクはいいのか?」
「ご飯の後にするからいい。それより早くご飯。今日の朝食は何?」
「スクランブルエッグとソーセージな。自分でパンは焼いて。」
小さめのフライパンを2つ用意して片方には水を入れる。沸騰してきたらソーセージを入れて2分。もう片方にはバターを溶き、卵4つとコーヒーフレッシュを2つ入れ優しく混ぜたものを入れる。卵は混ぜすぎないのと、フライパンに入れてからしばらく触らないのがコツ。ものの数分で簡単に朝食が完成した。我ながらなかなかの完成度と時短に拍手をしたい。しかし、さっきから少し焦げ臭い。
「愛、パンこげてる。」
トースターの火力を最大にしたまま何処かに行くからこんなことになる。
「あーやっちゃった。」
丸焦げになってかわいそうなパンに別れを告げ、新しいパンを今度は自分が焼く。
自分は片付けもあるので早めに朝食兼昼食を終える。自分の使った食器を片して、自分から遅れて食べ終わった愛の皿も洗う。食事の片付けを終えると、家を出る時間まで後30分。洗面台に向かい、少し伸びたな、と思う髪を整える。今日は授業がないため準備は身嗜みくらいですむ。
準備を終えると家を出る予定時間になる。
「愛。そろそろ出るぞ。」
薄めのメイクをした愛が降りてくる。正直あまりスッピンと変わらないが愛曰く、スッピンでいると女性のお客さんから良い印象を受けないのだという。そう言えばこの前ひかるが化粧は男のためじゃ無くて女同士のためにやるもの、と言っているのを思い出した。
「準備できたなら行くか。」
よく忘れ物をする愛に忘れ物はないか確認し、家を出る。本当ならば車で行きたいところだが、運転が苦手な自分とそもそも免許を持っていない愛では歩くしか方法はない。でも、愛は歩く方がいいらしい。その理由は、
「手。」
「はいはい。右手ね。」
その一言で何をしたいかは相当鈍感な人以外はわかる。愛は自分の左手を重ねて、体を寄せる。この時は普段うるさい愛も黙る。これをするようになってから家ではあまり甘えてくることが減って少し寂しい。真心に気を使ってということらしいが個人的にはそんなこと気にしないでほしい。
病院が近づくと手を離し、いつものテンションの愛に戻る。
「結さん。おはようございます。」
開店準備をして2時に店を開ける。最近は暑くてたまらなく、提供する紅茶もアイス仕様になっている。最初の方針とは変わり、セルフサービスのようになっていて誰でも飲むことができるようになっている。アイス仕様にしてから減りが早くなって1日に何回も入れ替える。自分しか入れることができないので少し大変。
店をしめる片付け後に、
「愛。少しだけ待ってくれるかな?」
「わかったけどなるはやでね。」
「わかってるよ。」
さくらのことが心配でこうして仕事終わりに必ず行くようにしている。それを愛もわかっていて、必ず待っていてくれる。
時間はもうすでに6時を越しているがさくらの病室の前には下を向いた隼人がいた。毎日ではないが結構な頻度で閉店後隼人と会う。一応まだ中学生だから保護者が心配していないか気になる。ただ今日はさくらの保護者の方がいた。家族ぐるみで交流があるらしいので隼人の保護者には隼人がここにいることはおそらく耳に入っているだろう。
「渡邉先生。わざわざありがとうがございます。」
さくらのお母さんが話しかけてくる。
「いいえ。さくらは大事な生徒ですから。このくらい当然です。さくらの体調はどうですか?」
「峠は越えたみたいなんですがまだなんとも言えない状況らしくて。今朝、意識が戻りまして、これから面談ができるみたいなので先生もどうですか?さくらも喜ぶと思います。」
「いいえ自分は大丈夫です。さくらは自分より隼人と話したいことがあると思うので。その大切な時間を奪いたくないですし、自分が入ってしまうとさくあの体にも負担をかけてしまうかもしれないので。」
「良いのかよ?」
隼人が自分に話しかけてくる。
「良いさ。俺のことなんか気にしなくて。それに最後ってわけじゃないからな。さくらが治ったらたくさん話すさ。そんなことよりそんな顔でさくらと会うなよ。せっかく大切な人と話せるんだから元気付けてやらないと。」
「わかってるよ。」
「なら良かった。では自分はこれで失礼します。」
さくらの保護者に一礼して自分はその場から離れた。さくらと話さなかったのは隼人や保護者の方に気を使ったというのは半分正解で、もう半分はもうすでにさくらとはあの時話した。自分の言葉もさくらの言葉もお互いに届いていたから。
9月20日。日曜日。暑い夏の終わりを示すように木々が紅葉し出し、ちらほらと落ち葉が舞うころ。たまたまその日はスマホの電源が切れていた。それを思い出し、充電をした。すぐに電源が入った。するとすごい量の通知がきた。着信からメッセージまで。しかもそれは1時間前に間髪入れないできていた。さすがにかけ直すことは出来なそうなのでメッセージを開いた。30件ほどのメッセージはたった1人から送られたものだった。そのすべてが、早く病院に来てという内容だった。詳しいことはわからない。相当焦って送ってきたのだろう。時たまに誤字や、未完成のまま送られてきていた。状況を察した自分は急いで病院に向かった。どこか冷静な自分がいたのだろう。急いで車を走らせると事故を起こす可能性を考えて、足よりは遥かに早い愛の自転車を借りていった。
病院についてから急いで病室の方へ向かった。病院内はメッセージから感じ取った焦りはどこやら、静かにゆっくりと時間が流れていた。病室の扉の前ではメッセージの送り主が小さく顔を埋めていたていた。病室内からも名前を呼びながら泣いている人が見えた。白衣の人の影でよくは見えなかったがベットの上で寝ている人の顔には白い綺麗な布がかけてあった。自分は送り主の近くに座り抱きしめることしかできなかった。自分が抱きしめると人目をはばからず遠くにいってしまった人に届けるかのように声をあげて泣いた。その泣き声だけが日曜日の人の少ない病院内に響いていた。
さくらの葬儀は1週間後に行われた。隼人も自分もあまり交流がなかったであろう愛も参列した。隼人の両親からの連絡でどうやら隼人はずっと部屋に引きこもってまともに食事も睡眠もとっていないらしい。無理もない。中学生とはいえ、最愛の人が亡くなったのだから。むしろ中学校という多感な時期プラス、まだ自分の世界が広くない時だ。精神的ダメージは計り知れない。
「寛くん。ちょっと良いかな?」
日向さんに呼び止められた。あまり医師の方はこういった葬儀には参加しないようにしているらしいがさくらと日向さんは友達のように仲が良かったらしいので日向さんも参列していた。
「君のいう最悪な事態になってしまった。申し訳ない。」
「頭をあげてください。さくらも日向さんのこと恨んではいないと思います。生前のさくらが言ってましたよ。日向先生との時間は楽しいって。自分なんかに謝るんじゃ無くてさくらに精一杯感謝を伝えましょ。笑顔が似合う子でしたから。」
「そういってもらえるとずいぶん楽になるよ。」
日向さんは自分に近づき手を強く握った。
「お願いだ。さくらちゃんが大切にしたかったものを救ってくれないか?」
「大丈夫です。こうなることは望んでいませんでしたけど、準備は出来てます。さくらからの願いでもありますから。」
自分の役割はここから。望んでやることではないし、やりたくなかった。でも準備はしていた。残される人のために。日向さんと別れ、隼人を探す。
「隼人。」
自分は隼人を呼び止めた。
「・・・。」
隼人からの反応はない。隼人は以前と比べかなり痩せていた。目のくまもひどい。
「ほら隼人。渡邉先生だよ。」
隣にいた隼人の両親が自分の存在に気づき隼人に教える。それにも隼人は無反応だった。
「お母さん大丈夫です。少し隼人と2人で話したいので隼人借りて行って良いですか?」
隼人を連れて少しだけ人が少ないところに移動した。
「なんでそんな冷静でいられるの?」
少し驚いた。まさか隼人の方から話しかけてくるとは思わなかった。
「冷静に見えるか?」
「そうだよ。」
「そうか。多分俺たちの違いは、さくらと過ごした時間と、関係性。それと俺の経験かな。なれて良いものではないがかれこれ俺自身もかなりこう入ったことは体験してるからな。」
「・・・。」
「でも最も大きいのはさくらの状態を俺が知っていたということだな。」
「知っていたんだ。」
「ああ。正確にいえば知ってしまったかな。」
「なんで教えてくれなかったの?」
「知ってどうした?何かできたか?俺らは医者じゃない。さくらは医学の知識と経験のある人間でしか救えなかった。俺らはさくらの病気については何もできなかった。」
「そうかもしれないけど・・・。」
きつい言葉だったかもしれない。他の人から見れば心ない言葉にうつるかもしれない。
「隼人。帰るよ。」
隼人のことを迎えにきた親御さんが隼人を連れて行った。
「そうだ。隼人今度の授業きてくれないか?ご両親も一緒に。渡さなきゃいけないものがある。」
「今じゃダメなの?」
「ダメだな。さくらとの約束だから。」
「わかった。」
そう一言残して隼人は家に帰った。葬儀後さくらの両親と話す時間があった。さくらの両親は自分に何度も頭を下げて感謝を述べてくれた。
「ありがとうございます。日向さんから聞きました。さくらのために授業を引き受けてくださったって。」
「いいえ。きっかけはさくらですけど、自分が望んでいたものでもありました。自分もさくらには感謝しかありません。さくらには本当に大きなものをもらいましたし、過ごした時間はかけがえのないものでした。」
「そうですか。渡邉先生が授業をしだした頃からさくらの笑顔が増えて行ったんです。楽しそうに話すあの子のことを思い出すと・・・。」
さくらの母親は泣き出してしまった。
「そうですね。さくらは一番自分の授業を楽しみにしていてくれていたと思います。いつも笑顔で楽しそうでした。まだ自分の授業を見たことありませんでしたよね?今度授業をするのできていただけませんか?さくらがどんな授業を受けていたのか一度体験してください。少し変化球な授業になりますけどきっと何か感じていただけると思います。」
「そうですね。わかりました。お願いしますね。」
「頑張ります。」
さくらの両親に一礼をして、会場を後にした。
帰り道にて。
「愛。お願いがあるんだけど。」
「何?涙でも受け止めようか?」
「それは自分の役割が全部終わってからに開いて欲しいな。きっと泣いちゃうから。それよりも今は気合を入れるために背中をおもいっきり叩いて欲しい。」
「よし。なら覚悟してね。」
自分からは見えないが自分が想定しているより腕を振りかぶっていた。乾いた音が辺りに響いた。
「痛ってぇ。」
あまりの痛さに声を出してしまった。
「やるにしても限度ってもんがあるだろ。」
「おもいっきりって言ったのはそっちでしょ。」
「そうだけども。」
「どう気合は入ったんじゃない?」
「そうだね。ありがとさん。」
家に帰って服を着替えていると背中を見た真心が心配して話しかけた。
「どうしたのそれ。真っ赤に腫れて。」
ことの経緯を話したら、
「なら私も気合入れてあげるね。」
自分の頭じゃ理解できないことを言われた気がするがまさかそんなことしないよなと思ったら、真心は大きくて振りかぶってまた乾いた音が家中に響いた。
3日後。外は生憎の雨だった。前日は緊張のあまり眠れなかった。眠れないなら眠れないでやることはある。今度こそ失敗できない大切な授業。教育実習の時のようなことは許されない。隼人やさくらの両親のためにも。いつも以上に確認作業をした。家を出るとき、真心から、
「がんばってね。なんならもう一発背中に気合入れる?」
「いらないいらない。痛くてそれどころじゃ無くなるから。」
真心と愛に背中を叩いてもらった日。きれいに縦に並んだ赤い翼が自分に生えた。その日は痛くて、お風呂にすら入れなかった。母さんがそれに気づき2人を叱っていた。
いつも通り、何も特別なことはしないで愛と一緒に家を出た。店ではいつも通りに結さんが準備をしていた。でも少し表情は暗めだった。
「大丈夫なの?普通にうちで働いて。何か準備してた方がいいんじゃないの?」
もちろんさくらの葬儀には結さんもいた。今日の授業の重要性も自分が欠ける思いの強さも知っている。
「問題ないです。こう見えて寛は緊張しいなのでいつも通りにしてないと心臓が口から出てきちゃうんで。いつも通りにすることが大事なんです。昨日なんて緊張のあまりほとんど寝てないみたいでしたし。」
愛が笑いながら答える。
「愛の言う通りなので。問題ないですよ。いつもよりは少しだけ早く病院の中には行きますけど、心配しないでください。」
「ならいいけど。」
結さんと愛といつも通りに通常業務を行う。途中、保護者の方が来店して今日の授業頑張ってという言葉をいただいた。実は授業をするにあたってあらかじめ保護者の方々には連絡をしておいた。今日の授業は中学生以上もしくは保護者の方限定にしてもらった。保護者の方の参加の人数を聞いたところ何か特殊な用事がある人以外は全員参加してもらえることになった。その中にはもちろんさくらの両親と隼人の母親がいる。
授業が始まる時間が迫ってきた。自分の中で緊張感が急激に上がった。笑顔も引きつり、不自然に笑っている。それに気づいた愛が自分を裏に連れて行った。
「緊張してるでしょ。顔が引きつってうまく笑えてない。」
「そっか。出ちゃってたか。申し訳ないな。」
「緊張してるのはわかるけどさ、緊張で失敗したら元も子もないわけだからもう少しリラックスしたら?」
「そうだよな。ならこの前みたいに背中叩いて気合入れてくれるか?今回は少し手加減して。」
「しょうがないな。」
愛に背中を向けて痛みに対して準備をする。後は見えないが手に息をかける音が聞こえる。
「行くよ。」
いよいよくると思ったら、背中に柔らかい感触があった。
「緊張してるならこっちの方がいいでしょ?気合なんていらないから。いつも通りに寛らしくいれば大丈夫だよ。絶対成功する。だって、私が好きな人だから。」
「そうだな。ありがとな。」
自分は体を回転させ、自分よりずいぶん小さい愛を抱きしめた。
「落ち着いたよ。やっぱり愛は偉大だな。」
「そうでしょ。何年寛のこと見てきたと思ってるのさ。大抵のことは私にはお見通しだからね。」
「わかった。よし、頑張りますか。」
そういうと愛から離れた。
「そうだ忘れてた。」
何かを思い出したように愛に近づき、
「ありがと。愛してるよ。」
簡単な言葉を伝え、感謝を行動に表した。その直後、愛の顔は真っ赤だった。
授業まであと30分。いよいよ準備をしに病院に向かう。
「結さん、もうそろそろ時間なんで行ってきます。」
「行ってらっしゃい。頑張って。」
愛にアイコンタクトでメッセージを送り病院に向かった。
病院に着くと、いつもより早い時間に隼人がいた。
「学校はどうした?」
「ここ1週間は行ってない。」
「そうか。」
隼人の精神状態がわかるので怒るといことは適切ではないと思った。
「怒らないんだね。」
「まあ、怒ったところでっていうのがあるからな。それにその気持ちは分からなくもないし。」
隼人は母親と一緒に来ていた。軽く会釈を交わし、準備に取り掛かった。自分が準備をしていると、いつも通りに隼人が手伝ってくれた。
「ありがとな。」
「手を動かしていた方が気が紛れるから。」
着々と準備が進む。準備をしていると続々と人が集まってきた。いつもよりは人は少ないがどこかで噂を聞きつけたのか、病院内の手の開いていた先生方も集まってきた。その中には中村先生もいた。
「どうして今日こんなに人がいるんですか?」
「医院長先生が宣伝してたから気になって見にきてるんじゃないかな。」
「今日の内容、あまり先生方には聞いて欲しくない内容なんですけど。あと、あまり自分の恥ずかしい姿は見入られたくないんですけど。」
「でも集まっちゃたんだから仕方なくない?このあと医院長先生も来るからね。」
「はあ・・・。」
ため息をついた。
「手止まってるよ。」
隼人に注意されて再び準備に戻る。
授業開始の時間になった。子供たちのためにやるはずの授業になぜか大人の人数が多いという異様な空間ができた。大人がかなりの数集まるとかなり威圧感がする。自分は深呼吸して、気持ちと緊張感を落ち着かせる。そして、勝負の授業が始まる。
「さて、準備に少し時間がかかりましたが、今から始めようと思います。今日は特別編ということで中学生以上を対象に行います。理由は扱う内容が内容だからです。精神的な負担を考えてこのような形を取りたいと思います。小学生以下のお子さんには親御さんの方からお子さんが成長したときに伝えていただきたいです。」
いつものように保護者の人たちはメモを用意していた。病院の先生方もメモを用意している。おそらくだが日向さんが宣伝したときに少しだけ内容を言っていたのかもしれない。
「この授業をこのときこの場所でするべきなのか正直悩みました。自分が今からする授業はこのときこの場所には決して相応しくなかったからです。この命を救うための施設内で失うことを教えようとしてます。今回の授業の内容は『死』です。」
保護者の方は少しざわざわし出している。その中にはさくらの両親もいた。先生方があまり反応がなかったということは日向さんが内容を少し喋ったことは確定みたいだ。
「難しくて重い内容になります。でも、今このテーマをしないといけないと自分が判断しました。もし、内容がよく無く、教師として相応しくないと思った方が1人でもいたら自分はこの職を辞めようと思います。ですので最後までしっかり聞いていただけると幸いです。」
自分が授業の枕詞をいい終わると隼人が立ち上がり、この場を立ち去ろうとする。
「隼人。待ってくれ。この授業はお前に向けての授業なんだ。頼む。聞いてくれ。」
隼人に向けて深々と頭を下げた。
「あんたに何がわかるんだよ。」
隼人が声を荒上げる。自分は頭をあげて、
「わかるさ。俺は2回家族全員を失っているんだから。」
自分は優しく諭すようにいった。隼人は驚いたのかその場に立ち尽くしてしまった。
「だから、経験者としてお前に伝えたいことがあるんだ。」
隼人に近づき肩を持って座らせた。
「中断してすいませんでした。では続きを始めましょうか。」
自分はホワイトボードの前に戻った。
「自分がこの授業を作り始めたのは1ヶ月前くらいからです。毎回のように授業を聞きにきてくださる保護者の方にはわかると思いますが自分の様子が少しおかしかった時はありませんでしたか?大体その頃です。そもそも自分がこの病院で教師をし出したのは、ある子から日向さんに向けてのお願いでした。その子は学校が好きだけどなかなか行くことができない。だから病院の中に学校を作って欲しいというお願いでした。そのお願いに白羽の矢がたったのが自分でした。教員免許を持っていて近くにいる人材。とても好都合な人間だったのかもしれないです。最初授業の依頼を受けるときにその子の病名と状態だけ聞かされていました。自分はそのときその子がどの子かを聞くことはしませんでした。生徒によって態度の変わる教師にはなりたくなかったからです。そこから自分とその子と仲良くなって行きました。元々の知り合いの大切な人ということもあって仲良くなるのには時間はかかりませんでした。でも、手紙を送るという授業の時にその子が自分に手紙を送ってきてくれました。その時に授業をお願いした子がわかったんです。ちょうど自分がおかしくなった頃と重なりませんでしたか?そこから自分は日向さんに確認をしに行きました。その子の状態がどんどん悪くなっていることをその場で知らされました。その時から自分は最悪の場合を想定してこの授業を作り出しました。」
隼人は依然下を向いたまま。
「自分もこんな授業はしたくはありませんでした。自分の役割は来ない方が良かった。でも、自分の役割はその子じゃなくて残された人のためだからやるしかない。病院の先生方の仕事は病人の病気を治すこと。教師である自分の役割は残された人を死の呪縛から救い出すこと。だからわざわざ、さくらの
大事な人をここに呼びました。」
さくらの両親に向けて一礼した。隼人は少しだけ顔を上げて自分の顔を見た。
「先ほども少しだけ口走りましたが、自分は2回家族全員を亡くしています。自分だからこそ話せる死からの克服を離そうと思います。」
ここからが本題。自分がホワイトボードに文字を書き始める。
「まずは、命の価値はどのくらいなんでしょうか?世界的に見てどこの国も人の命を大切にする傾向にあります。当たり前と言ってしまえばそれまでですがせっかくの機会なので考えて見ましょう。」
人の命が大切なのは究極の当たり前だとは思う。こんなこと聞かれない限りまず考えもしないことだとは思う。
「なぜ大切なのか?そう思うということは何か必ず理由がある。それは何かな?意見がある人はいますか?保護者の方、先生方でも構いません。」
まあ、当然の如くなかなか手は上がらない。こんな内容だと人の意見を聞くような形式の授業はできない。
「まあ答えられないのも無理はありません。考えもしないこと、普段通りに生きていれば考えもしないことです。自分が思うになぜ命が大切なのかはその人が亡くなった時に悲しむ人がいるからです。たった1人が亡くなるだけで多くの人間に悪影響を及ぼすからだと思ってます。」
今の自分の発言をホワイトボードにか書いていく。そうすると静寂の中でペンを走らせる音だけが聞こえる。
「では、先ほど質問に戻ります。命の価値はどうでしょうか?1人が亡くなっただけで多くの人間に悪影響があるのなら当然価値は大きなものになります。なら次の質問です。命の価値に差があるでしょうか?」
病院でする問題提起ではない。少し怖くて先生方の方を見れない。
「一般的に命の価値に優先順位をつけてはいけない、ということを考える人もいるでしょう。でも、真剣に冷静に考えて見てください。一個人として周りを見た時に、どうしても優劣ができます。自分の子供、夫婦、親、親しい友人など一度自分自身の命のことも含めて考えて見てください。自分はまだ子供はいませんから分かりませんがおそらくここにきている親御さんは自分の命よりも自分の子供の命の方が自分の中で優位に考えているでしょう。これも一つの命の価値の差です。自分にはどんな犠牲を払っても守りたい人が2人います。この2人のためなら自分の命は疎か他の人の命なんて悩むことなく即決で犠牲にできます。人間一個人単位で考えると命の価値はかなり差があります。医師の先生方にはわかると思いますが、助かる命ともう手遅れな命、こう言った線引きもこう言った現場、職種には必要不可欠になります。」
説明をしながらホワイトボードに簡易的なグラフのようなものを書いていく。
「では、ここまでのことを踏まえて命とはどういうものなのでしょうか?」
会議室から借りてきた2つ目のホワイトボードに書く。
「わかる人いますか?」
ちらほら手をあげる人が見える。その人たちに意見を求めると「宝物」だったり「かけがえのないもの」だったり。そういった言葉が帰ってきた。
「そうですね。どれも正解だとは思います。でも、それでは死を克服することはできません。宝物やかけがえないものを失った時の喪失感は計り知れないです。人は命に対してかなり比重を置いてしまいがちです。もちろん、命というものは大事かもしれません。でも、もっと大切なことがあると思いませんか?その人が残したかった思いは?その人が大切にしていたことは?死の悲しみの中ではなかなか見つけ出すことはできません。極端な思想ですが自分はその人が大切にしたかったものを見つけられないくらいなら命の価値なんて最初からない方がいいと思います。だから自分は、命というのはただの制限時間だと思っています。その制限時間の間に他の人にどれだけのものを残せるか。自分自身の命の価値はそこに尽きると思います。」
自分は隼人の方に近づき、手紙を渡す。
「隼人、これがさくらがお前に残したかったものだよ。実はさくらに頼まれていたんだ。自分にもしもがあった時、隼人に渡してくれって。」
その手紙の内容は自分は知らない。読んではいけないと思ったから。ただかなりの枚数があり、自分があげたレターセットの封筒はパンパンに膨れていた。
「本来だったらこの手紙をお前に渡すだけで良かったのかもしれない。でもそれじゃいけないと思ったんだ。さくらといる時のお前の顔はとても幸せそうで、死んだ2人目の母さんたちと一緒にいる時の自分の顔によく似ていたから。お前はどうかわからないがその時の俺は自ら死のうと思った。だからもしかしたら、お前がそうなってしまわないようにこの授業を作ったんだ。さくらとの約束だったからな。お前を守って欲しいって。」
手紙の封筒には隼人の涙が少し滲んでいた。隼人の頭を撫で、授業に戻る。
「では、残された自分たちができることはなんでしょうか?死に対して絶望するのではなく、その人が生きていたこと残してくれたものを心に留めて生きていくことです。今度は自分の命が尽きるときに誰かに大切なことを伝えることです。だからこそ人間は強くなっていきます。だって人生のゴールである死が全てバットエンドだったら悲しいじゃないですか。人は他の動物とは違い自分の遺伝子を残すだけでなく自分の思想も残すことができます。他の人に託すこともできます。ならその人のためにも残される側はできることをしないと。どんな辛い別れでも、突然の別れでも自分たちは生きていかなきゃいけないんです。その人のために。」
隼人の方を向いて、
「さくらのために。」
隼人はまた顔を伏せてしまった。
「死の克服方法はその人が伝えたかったもの、残したかったものを見つけることです。そうじゃないとその人の命を粗末に扱うことになります。死は辛いことです。でも、いつまでも引きずっていてはいつまで経っても進むことはできません。悲しむなとは言いません。悲しまないほうがおかしいです。でも、囚われないでください。亡くなった方のことを思いながら自分を命を全うしましょう。これで終わります。」
自分は一礼をした。全体から拍手が起こった。
授業を終え、片付けをしてると隼人が話しかけてきた。
「ありがと。」
「どういたしまして。手紙は読んだのか?」
「まだ。ひとりになってから読もうと思う。」
「そっか。お疲れ様。がんばろうな。」
「うん。」
そういって隼人は母親のもとに向かった。
「ありがとうございました。」
振り向くとそこにはさくらの両親がいた。母親は泣いていてとても話ができない状態だった。
「いいえ。さくらとの約束でしたし、あの子からは自分も多くのものをもらいました。感謝してもしきれません。」
「さくらも向こうで喜んでると思います。大好きな先生と隼人くんにこんなに思われているなんて。」
「それもこれも全部さくらが残してくれたものです。今日はわざわざありがとうございました。」
自分はさくらの両親に頭をさげて見送った。こうして、自分は自らの役割を終えた。
授業から1週間後。それから隼人からは全く連絡がなくなっていた。もちろん、隼人の両親からの連絡はない。何かトラブルがあれば連絡してくるはずだからその辺は安心している。しかし、連絡が来ないのも少し寂しい思いもある。さくらがいなくなっても自分の授業は継続して行われている。先日の授業が保護者に好評だったらしく、これからも引き続きお願いをされた。さくらが自分に新しい居場所を作ってくれた。いつも通りに授業の準備をしていると、
「早くしないと間に合わないよ。」
聞き覚えのあると久しぶりに聞いた生意気な口調が後ろから聞こえた。
「隼人か。久しぶりじゃないか。」
内心心配でならなかったがそれを全面に出すとカッコ悪いので少しスマした感じで答えた。
「心配してたんじゃないの?花屋に寄ったら愛さんがいってたよ。」
「あいつ余計なことを。ああ、そうだよ。心配してたさ。」
「そっか。」
隼人の目は笑顔だった。
「で、今日は俺にようかな?」
隼人の表情が変わる。姿勢を正して自分に向けて頭を下げる。
「お願いです。僕に勉強を教えてください。」
少し驚いたがさっきの表情からどういった経緯でお願いしたのかはある程度理解した。
「俺にか?」
「ダメかな?」
「いやダメではないけど、もっといい人材を知ってるからそいつの方がいいかなって。勉強といってもいろんな分野があるだろ。俺は基本的に社会科しか教えることができないし、英語なんて雰囲気で答えてきたから人に教えることなんてできないぞ。俺にって言うこだわりがなければそいつのこと紹介してやってもいい。ただし条件付きでね。」
「その条件って?」
「今は言えないかな。どうだ、この話乗るか?」
「わかった。信用する。お願いします。紹介してください。」
「そっか。わかった。今度の土曜日は空いてるか?」
「何があっても必ず開けておく。」
「ならできればどちらかの親御さんときてくれ。集合場所は花屋でいいや。そこに11時に迎えにいくから。」
「わかった。よろしくお願いします。」
なにがあったのか、さくらの手紙には何が書いてあったのかは聞かない。隼人の中で何か変わったのが目に見えてわかる。それが確認できただけで嬉しかった。
数日後。隼人を迎えにいくために真心の運転で花屋に向かう。
「ごめんな。せっかく休みだったのに。」
「いいの。隼人くんにもあってみたかったし。それに寛の運転で他の人を乗せるのは不安で仕方ないから。」
「返す言葉もありません。」
花屋に着くと隼人と隼人の母親があっていた。
「すいません。お待たせしました。」
「いいえ。うちの子のわがままを聞いてくださりありがとうございます。」
「自分は何もしてませんよ。でも、これから会いに行く人間には詳しいことは話していないので隼人がどれだけ本気なのか証明する必要があります。もし、許可が出た場合お母さんに少しだけ相談したいことがあったのでお呼びしました。わざわざご足労ありがとうございます。」
「ほら早くしないと、ルイに伝えた時間に遅れるよ。」
車の中から真心が話しかけてくる。
「では、どうぞお乗りください。隼人もほら。」
隼人は少し緊張しているような面持ちだった。
車内では珍しく真心から会話がスタートした。
「はじめまして。佐々木真心と言います。一応名刺を。」
真心は自分の胸ポケットから名刺を出し隼人のお母さんに渡した。
「別に取引先ではないんだからいいだろ。かしこまった挨拶は。」
「必要なことです。まずは自分の身分を示さないと。」
2人とも苦笑いをしていたが、隼人の表情はかなり暗かった。
「隼人。そんなに緊張しなくて大丈夫だぞ。これから会いに行くのは俺の弟だから。義理のな。」
車を走らせること20分。会社についた。休日なので誰も出勤はしていない。真心が鍵を開け、中にはいる。そして2人を会議室に通す。
「では、ルイのこと読んでくるので真心は何か飲むものをお願い。」
「了解。」
自分は会社内にある自分の部屋に向かった。
「ルイ。お客さん来たから、着替えてるよな。」
「まあ一応。それなりの格好はしていると思うよ。」
「よし。なら行くか。」
会議室にルイを連れていく。真心はまだ来ていないらしい。
「はじめまして。佐々木ルイといいます。」
2人は立ち上がりそれぞれ自己紹介する。
「自己紹介はここまでにして、本題に入ろうか?隼人自分から説明して。」
「兄さん、人がいるとあまり話せないかもしれないから2人っきりにしてくれないかな?」
「わかった。お母さんでは少しうちの服でもみませんか?何か気に入ったものがあればプレゼントします。」
「いいえ結構です。」
「そんなこと言わずにさあさあ。」
隼人の母親が部屋から出る。続いて自分も。途中で真心とあったが会議室に入れないので一緒に隼人の母親の服選びを手伝ってもらった。
なんやかんやで1時間はたった。随分と長いこと2人で話しているな。気になった自分は会議室をこっそり覗くと、2人は仲良く話しているようだった。
「兄さん、見えてるから。隠れきれてないよ。」
「そうかばれちゃったか。2人はまだ服見てるから、ルイどうするか決めたか?」
「ああ。受けるよこの仕事。兄さんより自分の方が適任ぽいし。」
「よし。決まりだな。これから隼人のことよろしくな、ルイ。」
「任せて。こいつのこと医者にでも教師にでもなれるようにしてやるからさ。」
詳しくは知らない。多分だがさくらのお願いだろう。
「じゃあ。2人のこと呼んでくるから。」
会議室を抜け2人呼びに行く。やけに盛り上がっていて、結局隼人の母親は3着の服をもらっていくみたいだ。
再び5人で会議室に集まる。
「ルイの了承も得られました。じゃあ週末に隼人はここにくるようにな。で、お願いしたいと言うことなんですけど。長期休みの間隼人に手伝ってもらいたくて。よろしいでしょうか?」
「隼人くんはこの条件飲んでくれました。長期休みの忙しい時に人手が増えるのは正直こちらとしても嬉しいのでよろしくお願いします。」
「そうですね。隼人がいいと言うなら。わかりました。こちらこそよろしくお願いします。」
「ありがとうございます。」
こうして隼人がうちの手伝いをしてくれることになった。
2日後の月曜日。結さんと開店準備をしていると、
「あれ新しい花仕入れたんですか?しかもこの花って。」
「そう、彼岸花。縁起は悪い花かもしれないけど、お願いされてね。」
「誰がです?」
「隼人くんがね、さくらが好きだった花をお墓参りの時に持っていきたいからって。ここで買った花の方が絶対さくらが喜ぶからって。」
「そうですか。なら今度、自分が行く時も持って行こうかな。」
「やめた方がいいと思うよ。」
「どうしてです?」
「彼岸花の花言葉は『思うのはあなた1人』だったり『また会う日を楽しみに』って意味があるから。それは2人だけのものにしてあげたくない?」
「そうですね。」
自分と結さんは笑い合った。
「でも、ここにおくのはあまりよくないかもね。隼人くんが来たら出すことにしようか。」
「それの方がクレームは少なそうですし、その方がいいかもしれませんね。」
その時たまたま前に止まっていた車のラジオから季節外れのさくらの情報が流れてきた。ラジオでは異常気象のこと温暖化のことを気にしていたが、自分はそれよりも何か伝えにきてくれたのかなと思った。
「寛、サボってないで早く準備して。」
「はいはい。今行くから。」
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
これで彼岸花編の本編は最後になります。
続いての補足のストーリーまでみていただくと幸いです。