白い紫陽花 向日葵編 完結版2
翌日。退院の時。
「皆さんありがとうございました。お世話になりました。」
「こちらこそありがとう。決して無理しないこと。まあ佐々木さんがいるから大丈夫だとは思うがね。」
「それと日向さん。正式に依頼を受けたいのですが。」
「そうかい。なら再来週からでいいかな必要なものがあったら言ってくれなんでも用意するから。」
「ありがとうございます。」
先に車の中で待っていた母さんが自分を迎えに来た。
「ほらいくよ。今日の午後には帰ってくるから。」
「わかった。」
体はまだ痛い場所はある。でも、少しだけ体は軽かった。
「思いの外元気だね。体は痛いはずなのに。」
「彼にとって体の痛みなんてどうでもいいんです。怪我はすぐに治ります。でも、精神的な傷は自分の過去と一緒に一生背負わなくてはいけないものだと彼は知っている。それに今から帰ってくるのは彼の傷を癒してくれる人たちです。彼も今まで孤独と戦ってきた者ですから1人でないということの価値がどれほど大きいものなのか知っています。」
「随分と大人びた子だね。まだ22歳だろ。精神はまるで50歳みたいだよ。」
「そうでもないですよ。彼の精神はまだ子供です。だから、頭を使って自分のことを守る。自分が傷つくのが怖いから。かなり身勝手な子供です。でもだからこそ少し人より言葉に力があるんだと思いますけどね。」
「今日はいつも以上に冷静に彼のこと見てるじゃないか。彼のことが少し精神科の医師として羨ましいのかい?」
「いいえ。彼のことを羨ましいと思ったことはありません。むしろ、ああなりたくはないです。自分は耐えることができそうにありませんから。」
「そうかい。なら自分でできることをしようか。」
「そうですね。」
5日ぶりに家に帰ってきた。家の中は意外にも片付けられており母さんが頑張ってくれていたのだなと少し感動した。よく見ると母さんの手は少しあれていた。しばらく、荷物の整理をしているとチャイムがなった。帰ってきたのかな?玄関に向かうと鍵が開いた。
「おかえりな・・・。」
そう言いかけると同時にお腹に強い衝撃が走った。
「おかえりじゃないもん。にぃにが死んでたらやだもん。心配したから。」
愛が自分に向かって勢いよく飛びついてきた。まなは自分よりかなり小さいくて軽いので吹っ飛ばされることはなかったが流石にちょっと痛かった。
「ごめんよ。」
そう一言言って愛の頭を右手で撫でた。愛の後ろにはもう1人鼻水を垂らして泣いている真心がいた。愛より身長が高くスラッとしていて落ち着きのある印象だ。愛が抱きついているから我慢している感じだった。真心に手招きをすると愛の上から自分に抱きついてきた。
「ばか。」
と、ひとこと。自分の肩に顔をうずめて泣いていた。
「真心、愛、ここ玄関だから。」
「うるさい。少し黙って抱きつかれてろ。」
愛に言われ仕方ないく2人が離れるのを待った。少しすると遅れて父さんがきてようやく2人は離れてくれた。
「じゃあ改めて、おかえりなさい。心配かけてすいませんでした。」
と、3人に向けて頭を下げた。
「そうか。退院できたんだな。よかった。今回のお前の行動は英断にはなるかもしれないが我々からすれば決して褒められることではない。ちゃんとこの2人に説明すること。誠心誠意をもって謝罪をしなさい。まあ、とにかくお前が生きていてよかった。ただいま。」
父さんは自分の頭を撫でて家の中に入っていった。少し厳しいようだが自分に対しての愛情を感じられるものだった。頭を下げていた自分の目は少し涙ぐんでいた。父さんが家の中に入り、残ったのは真心、愛、自分の3人。兄弟でありながら恋人でもある3人。なんか気まずい。1ヶ月以上も合わなかったり、連絡を取らなかったのは初めてだったから。
「じゃあ、心配させた罰として片付けるの手伝ってね、にぃに。」
そういうと愛は自分の部屋に身物を置きにいった。愛に続いて真心も、
「手伝ってね。」
といって自分の部屋に向かった。
うちの家族の性格は極端で、母さんと愛が似ていて、父さんと真心が似ている。人と話していても明るく目立つタイプの愛とあまり自己主張しなくておとなしいタイプの真心。タイプが違うからこそ自分たちはうまくいっていると思う。
2階の自分の部屋を真ん中に右に真心、左に愛。自分の部屋が一番広く、2人はいつもここにきてくつろいでいる。まあ恋人でもあるからそこそこ経験はしている。父さん母さんがいるときは流石にしないが。まずは性格上、後回しにすると怒る愛の方に行くことにした。
「入るよ。」
ノックをして愛の部屋に入る。部屋は荷物が散乱しており、足の踏み場がない。女性なら見られたくないものもあるだろうと愛に言うが、にぃにならいいといって愛の部屋は自分か真心が片付けている。片付けたいのだが愛が背中にくっついていて片付けにくい。
「愛、片付けにくいよ。早く済ませよ?」
「いいじゃん、罰なんだから。やって。私はここにいるから。」
仕方なく自分が全て片付けた。その最中も愛は自分の背中から離れなかった。1ヶ月の荷物は相当な量だった。片付けるのに1時間はかかった。一応怪我人なのだがと言いたくなるが、罰なら仕方ない。愛はよく甘えてきてくれる方だがいつもよりも力が強くて長い。相当心配かけたんだな。
「ごめんな。心配かけて。」
愛を抱き寄せて頭を撫でた。
「もういい。にぃにが生きていてよかった。もう会えないかと思った。」
10分くらいお互い何も話さずにそのままの体勢でいた。
「にぃに、そろそろねぇねのところに行ってあげて。ねぇねほとんど寝てないから。今はメイクで誤魔化してるけどここ数日間目のクマがひどかったから。」
「わかったよ。ありがと。」
少し離れて、愛の頬にキスをして部屋を出た。心なしか愛の顔が赤かった。なにをいまさら恥ずかしがることがあるのかと思ったが突然されたのでびっくりしたのだろう。
愛の部屋に1時間以上いたのでおそらく真心の片付けは終わっているだろうが一応行かなければ。真心はあまり表情を出すタイプではないし、人を心配させることはほとんどしない。その分悶々と1人で考え込んでしまって体調を崩すことがよくあった。自分がこの家に来てからは自分がそばにいて変化に気づいて話を聞いていたのであまりなかったのだが今回は自分が原因なので心配だ。
「真心、入るよ。」
扉を開けると真心がいきなり抱きついてきた。部屋を見渡すともう片付いていた。ほとんどの家事ができる真心だがなぜか料理だけが絶望的にできない。包丁とか油とか火が怖いらしい。
「真心、ごめんな。」
真心は何も答えない。服が湿ってくるのがわかる。30分立ちっぱなしで真心は動かなかった。
「寛は私が守るの。守っていくって約束したの。」
普通に見ると口数の少ない真心は大人っぽく見えるのだがどちらかと言うと子供っぽいところが強い。独占欲が強くて依存しやすい。自分と愛のことを認めたのは少し驚いたが真心にとっては愛のことも大切なのだろう。愛のことも大切だからこそかなり大胆な提案をたまにすることがある。愛は真心がこう言う性格だと知っていたから自分がもっと一緒にいたいところを我慢してこっちに自分をよこしたのだと思う。愛の方が性格は大人っぽいのかもしれない。
「真心上むいて。」
真心が上を向くとゆっくりと口を近づけて接した。
「大丈夫。生きてるよ。こうやって直接触れることも体温も感じることができる、涙も直接拭き取ってあげることもできる。俺も今回のことで今が自分にとって幸せなんだって思ったんだ。守ってあげるのはお互い様。支え合わなきゃ。まだこれからも長い時間一緒にいるから改めてよろしくね。」
真心は何も答えないが顔を自分の胸に埋め、縦に顔を動かしていた。
詳しい話は2人を読んで自分の部屋でした。ここの方が落ち着けるから。改めて頭を下げて謝った。2人は許す、許さないではなく、結衣さんや真由さんのことに食いついた。少し疑いの目を向けられたが、心配ないし、何より両者とも自分たちの関係を知っていると伝えたら安心していた。愛が自分と一緒に働くと聞いて愛は喜んでいたが真心は少し剥れていた。
夕食は自分が作れない代わりに母さんが作ってくれた。精一杯作ってくれたのだと思う。キッチンがかなり散らかっていた。料理ができないのが少し辛かった。
「寛が作るよりも美味しくはないけど頑張ったから食べて。」
確かにすこし味は濃かったが、十分美味しかった。父さんは嬉しそうにいつも以上に食べていた。食後、真心と愛を先に部屋に戻し、父さんと母さんとの3人で話すことになった。
「これで2度目だね。約束破ったのは。愛の時と今回。」
父さんが話を切り出す。
「すいません。」
「ここにきた時のこと覚えているよね。君は契約書を自分で作ってからここにきた。そこには家事全般をする代わりに自分の目の前からいなくならないでほしい、真心と愛を命がけで守らせてほしいだったね。この時の私はこの契約書をその場で破り捨てた。それは交換条件じゃなくて普通の家族として寛を迎えたかったから。それと、いなくならないのは物理的に無理だと思ったから。だが代わりとして約束をした。その内容は覚えてるよね。」
当時中学3年生だった自分は、つたないながらも自分なりに考えて契約書を作った。血縁関係のない家に入るのは少し怖かったから。捨てられるかもと考えてしまったから。
「1つ目は義父義母ではなく本当の父母と思うこと。2つ目は真心と愛を幸せにすること。3つ目は迷惑をかけること。最後に自分の命を大切にすることです。」
「今回はどれを破ったかな?」
「2つ目と最後の4つ目。」
「わかっているならいい。もう戻っていい。ただし約束に1つだけ加えさせてくれ。5つ目は自分が信じた道なら死なない程度に無茶しなさいだ。私たちより先に死なないでくれな。お前はもううちの子供で私たちの宝物なんだから。」
「はい。」
そういって自分の部屋に戻った。
骨折というのはこうも生活が不便になるのか。風呂に入るのも服を着るのも一苦労。なんとか真心と母さんの介抱あってできてはいるが。ちなみに愛もやると言ったのだがすこし雑で母さんからクビが言い渡されてみんなで笑いあった。
梅雨前の快晴。庭に白い紫陽花が輝いていた。春先に母さんが植えていた向日葵も芽を出して、太陽を目指して伸びていった。これから太陽に負けない、地上にある暑くなく誰にでも触れられる太陽を咲かせる準備をしていた。