九十九節、暴風の竜
鬱蒼と生い茂る森の中を、五十人以上もの白い制服を着た男たちが歩いていた。
彼らはそれぞれ手に剣や杖といった武器を持っている。
まるでこれから戦争が始まろうとしているかのように、彼らは顔に緊張を宿らせていた。
早朝六の刻。その日はマレキア大陸全土で晴れのようだが、森の中はどこも湿気にまみれ、踏みしめる地面はぬかるんでいる。
道なき道を突き進む彼らはガーゴの戦闘部隊で、いままさにこれから暴風のドラゴン、“シアレイヴン”の討伐に出立したところであった。
行進する彼らに付き添うように、多数のマスコミが後をついている。各々マイクを手に、興奮した面持ちでリポートを始めていた。
カメラの数から考えて、マスコミは恐らく十社ほどだろう。それもどれも名の知れた大手メディア系列のようだ。
七竜の討伐とマスコミの視線。渦中にいるガーゴ戦闘員たちは全員が前を見据えたまま、テレビ画面に仏頂面を晒している。
そんな中、最後尾にいた中年の男と若い男は不安げな様子で手元のメモに目を通していた。
「手筈は頭に入れたか?」
中年の男…ロドニーは隣にいた若い男…クレスに話しかける。
「は、はい」
返事をするクレスは、頭に叩き込んだシアレイヴン討伐の手順を呟いた。
「まず防衛部隊がドラゴンの周囲にバリアを張り、ダウン系の魔法で敵の動きを制限し、次に補助部隊が先頭を歩く“彼”に強化魔法をかけてドラゴンにけしかける…」
「前回の通りだな」
予定通り進めれば大丈夫だとロドニーはいうが、「ですけど、そんなうまくいきますかね」、クレスはこの討伐方法自体に懐疑的だった。
「七竜にはそれぞれ属性があり、戦い方も違う。そちらにあわせるべきではないかと思うんですが」
「分からないが…そのように指示されている以上、俺たちはそう動くしかないだろう」
マスコミたちはどれも期待のこもった表情をしている。
今回のシアレイヴンをどのようにして退治するのか、楽しみで仕方ないといった様子だ。その顔にはもはやドラゴンに対する恐怖心は微塵も感じられない。
「…相手は暴風のドラゴンですよ。倒せるんですか…」
その不安は、何も新米のクレスだけが抱いているわけではない。
ロドニーもうまくいくか分からないし、この戦闘部隊、全員が同じ感想を抱いているのだ。
不安になるのも当然で、この日は“ナンバー”の面々が誰も同行してこなかった。
ヴォルケイン討伐計画が無事成功し、その成功例をマニュアル化して幹部未満の役員に丸投げされたためだ。
もはや彼らにとって、七竜は脅威に値するものではなくなったということだろう。
そのマニュアルどおりに進めれば、誰であろうと対処できると見込んだという意思表示に他ならない。
しかし丸投げされた方にとってはたまったものではなかった。
相手は仮にも七竜の一つで、自分たちの魔法は効かない。破壊兵器“ダイス”を持ってきてはいるものの、前回のヴォルケインからほとんど効果がないことは証明された。
大災害のようなドラゴンの攻撃に耐えながら、頼れるのは顔も名前も良く知らない若い男一人だけ。
カメラの前では仏頂面でいたものの、戦闘員のほとんどは戦々恐々としていたことはいうまでもない。
カメラの視界に入ってないからと、ロドニーとクレスは再び息を吐く。
恐怖に身震いするクレスは、「ところで…」、こそっとロドニーにいった。
「後ろのヤツは何なんですか」
その表情には困惑が張り付いている。「なんかずっとニヤニヤしながらこっちを見てるような…」
最後尾にいたロドニーとクレスの、さらに後ろ。
たった一人、彼はぶらぶらとした足取りで戦闘員の後ろをついてきている。
ガーゴの制服に似せたコートを纏っているだけで、その下は黒のカジュアルパンツに茶色いシャツと、何ともラフな格好だ。
「…い、いや、絡むな」
深く被ったフードの下では、口元がニヤッと歪んでいる。
それが誰だかを思い出したロドニーは、同じく戸惑った表情のままいった。「あいつは絡まない方がいい。色々と面倒…」
「やぁやぁ、お久しぶりっす」
ロドニーが話してる途中で、背後の男が話しかけてきた。
「こんなところで会うとは奇遇っすね」
「は…はぁ? 誰だ君は…」
クレスが問いかけようとしたとき、男は被っていたフードを取る。
見覚えのある顔にクレスは「あっ」と声を出してしまい、予想が的中したロドニーは思わず唸り声を上げてしまった。
「この前はお世話になりました」
緊張感の欠片もないような表情と声で、彼は…ダインはいった。「その後どうっすか?」
まるでいままでのことが全て良い思い出だといわんばかりの接し方だ。
ロドニーの目配せから「相手するな」という意思を受け取ったクレスも顔を前に向けるが、
「先日俺ん家まで訪問してきてくれたそうっすね?」
いきなりそうぶっ込んできたので、二人ははっとしてまた彼に顔を向けてしまった。
またニヤリとした笑みを浮かべたダインは続ける。「全身泥だらけになって帰ったそうで。そのまま泊まってくれればよかったのに」
まるで全てお見通しだというかのような視線だった。「お化け屋敷は楽しめました?」
「…私語を慎め」
引きつった表情でロドニーは注意する。「これから何をするのか分かっているのか。へらへらしてるのは君ぐらいだぞ」
周りを見るよう促しつつ、彼は続けた。「相手は七竜だしマスコミも来ている。君は部外者なのかもしれないが、いまだけは私たちガーゴの一員だ。少しは自覚を持って欲しいんだが」
「いや、気張りすぎじゃないっすか?」
ダインはどこまでも砕けた調子だ。「相手が誰だろうと、みんな怖い顔でいる必要はないじゃないすか。このメンバーだけでドラゴンを倒せると判断したから、ナンバーの人たちは同行してこなかったんでしょ? もっと楽にいきましょうよ」
「へらへらしてできる仕事ではない」
ロドニーは仏頂面のまま反論する。「楽しい仕事などありはしないんだよ。社会経験もない君には分からないだろうが」
「いや、楽しく出来るに越したことはないじゃないっすか。辛くても笑顔でいりゃ乗り越えられるっしょ」
そう思いません? ときいたのは、ダインと年が近いはずのクレスだった。
「まだ学生だからそんなことがいえるんだよ」
話を振られたクレスでも、その返答はにべもない。「社会に出れば、学生時分に抱いていた理想は無意味なものだと気付かされる。秩序を守るためには自分という個性を殺さなければならないときがあるというのを学んだ方が良い」
クレスがいっているのは、ある意味で正論なのだろう。
「でもつまんなくないっすか?」
しかしダインは感情に重きを置いて語った。「秩序を守るのは大事なのは分かってます。仕事でふざけすぎるのも考えもんっすけど、規則や規律を守るために自分の理想を殺しちゃ、結果として自分を追い込むことになんないっすか?」
彼の続く言葉は、果たしてどこまでロドニーとクレスに突き刺さったか。「理想を曲げちゃ、自分の信念も、ひいては働く意味も見失う。そうして目的を見失った人たちは、惰性で仕事を続けるようになり、社会の単なる歯車となって、自分がとんでもないことをしでかしていることに気付かなくなる。それでいいのかって話っすよ」
男二人の瞳は揺れ動くものの、「社会に出たこともない君と理想論を語り合うつもりはない」、クレスはぷいとダインから目を逸らす。
「つまらなくても何でも、それが我々の仕事だ」
感情を消した表情でロドニーが引き継いだ。「与えられた仕事はきっちりこなす。それが社会人というものだ」
「お、俗に言う社畜ってやつっすね?」
茶化すようにダインがいう。
「お前な…」
クレスが我慢できず文句の一つでもいってやろうとしたとき、
「貴様、いま何をした!!!」
少し先から、そんな怒声が聞こえてきた。
「あくびをしたのか貴様!!」
「す、すみません!」
行進が止まり、少し外れたところに二人の男がいる。
白髪混じりの男は腕を組んで、頭を垂れる男を凄い形相で睨みつけているようだ。
「昨日は徹夜で仕事をしておりまして…!」
「言い訳はするな! 歯を食いしばれ!!」
白髪の男は上司なのだろう。拳を振りかぶったと思ったら、そのまま部下と見られる男を殴り飛ばした。
風に混じって鈍い音が辺りに響き、「ぐぇっ!!」、吹き飛ばされた男から悲鳴が上がる。
マスコミがいるからなのか上司の男はすぐにその部下に回復魔法を使わせ、背を向けた。
「早く隊列に加われ!」
「は、はい!!」
制服に付着した砂を払いつつ、その部下は駆け足で列に戻る。
「…流石に引くんすけど」
一連のやり取りを見ていたダインは、確かに表情が引いていた。「典型的なブラックじゃないすか」
「…社会秩序を守るためだ」
ため息と共にロドニーがいう。「秩序を守るべき仕事に就いている者は、個性など邪魔なものでしかない」
「時と場合によると思うんすけどね」
ダインは軽く反論した。「さっきの人仕事で徹夜してたんでしょ? だったらあくびぐらい大目に見てあげてもいいんじゃないすか?」
「それだと他に示しがつかないだろう」
「にしたって殴ることはないと思うんすけど。いつの時代すか」
「仕方が無いんだよ」
ロドニーはとうとういってしまった。「私たちはガーゴという巨大組織の一つの部品に過ぎないのだから」
諦めに似た彼の表情を見て、何かいおうとしていたダインは続く言葉を切ってしまう。
「先ほどのモレス執行員は、あの通り規律を乱す者を許さない。君は学生だろうがいまはガーゴの一員なのだから、あまり私語が多いと彼のようになってしまうぞ」
感情を置き去りにしたような視線でロドニーはいい、前を向いてそれきり口を閉ざしてしまった。
ダインは周囲を見回す。改めて確認してみると、戦闘員として集められたガーゴの人たちは、表情こそ引き締めてはいたものの、ロドニーのように感情が感じられない顔をしている。
巨大組織が抱える問題の一端が垣間見えたように、そのときのダインは思った。
「…選りすぐりの精鋭を集めた、ねぇ…」
確かに彼らは、とりわけ戦闘力の高い精鋭たちなのだろう。
しかしどれほどの実力者がいたとしても、疲労には抗えない。精神が磨耗していてはまともに動けない。
大人数ではあるものの、彼らから士気のようなものはまるで感じられなかった。
ガーゴは狭き門だ。志願者は多いようだが、しかしナンバー含む幹部連中が“使える”と判断した人たちは一握りほどしかいないということなのだろう。
有能な連中ほど次々と仕事を与えられ、酷使させられているということなのかもしれない。
「う、うわあああああああぁぁぁぁッ!?」
そのとき、前方から男の悲鳴に似た叫び声が聞こえた。
何だ、とダインの前にいた男たちが顔を上げた瞬間、その前方から激しい突風が襲い掛かる。
ゴッという突風音がして、何人かが吹き飛ばされそうになった。
「な、なんだ、どうした!?」
ロドニーが声を出すものの、前方は人の山と森でまったく見えない。しかし先からは何度も悲鳴が上がっており、ただならぬ事態だというのは想像できた。
「ぼ、防衛部隊、前へ出ろ!! イレギュラーが発生した!! 繰り返す、イレギュラーだ!!」
前方からそんな声がした。
「イレギュラー?」
少し前にいた甲冑で身を固めた防衛部隊が走り出し、“何か”が起きている前方へ向けてバリアを張る。
そのバリア目掛けて激しい衝突音が断続的に聞こえる。
ぶつかっていたのは木や岩石、砂で、それらは何かに吹き飛ばされたように何度もガーゴ部隊に襲い掛かってきた。
「おい、何が起こってる!!」
後列まで走ってきた指示役を捕まえ、ロドニーがきいた。「新手のモンスターか!?」
「い、いえ、ドラゴンです!」
思いがけない一言だった。
「は…!? どういうことだ! サイレントフォレストまでまだ距離があるはずだろう!!」
「情報の行き違いがあったそうです!」
その若い指示役は突然の出来事に驚き、緊迫した表情だ。「到着予定時間が戦闘開始時間だと思ってしまったようで、たったいま封印が解除されてしまったそうです!!」
「何だと!!」
その情報を聞いて、周囲の戦闘部隊に緊張が立ち込める。
風の勢いはさらに増してきて、ダインたちの隣にある木々まで薙ぎ倒され始めた。
「で、出ました、シアレイヴンです!!」
前方にいた集団の誰かがいった。
何人かが頭上を指差しており、全員が見上げると…、
『ギャアアアアアアアアァァァァァァッ!!!!』
上空には空を覆うほどの巨大なドラゴンがいた。
「ひっ…!?」
後衛部隊にとっては突如ドラゴンが現れたも同然で、彼らは一様に表情に恐怖を浮かべる。
上空に浮かんでいたドラゴンは緑色の鱗を纏っており、眼下にいるガーゴ戦闘員を睨みつけているようだ。
『ギャアアアアアアアアァァァァァ!!!』
森全体が震動するほどの咆哮を上げながら、こちらへ飛び掛ろうとしている。
「だ、ダイスだ! 早くダイスを使って奴を撃ち落とせ!!」
困惑し戸惑いつつも、部隊長の指示が飛ぶ。
投擲部隊はすぐさま転がしていた兵器の布を取り、砲撃型のダイスの砲口をドラゴンに向ける。
「急げ! 来るぞ!!」
彼らは大慌てでダイスに弾を装填し、その兵器へ向けて詠唱を始めた。
「ってぇ!!」
部隊長の掛け声と共に、ダイスから耳をつんざくほどの射撃音が打ち鳴らされる。
赤い光を放ちながら、その弾丸はドラゴンへ一直線へ向かい、直撃する瞬間に大爆発が巻き起こった。
(ドォ…!!!)
衝撃波と爆発音がダインたちを貫き、上空は瞬く間に炎に包まれる。
「どうだ…!?」
煙が晴れる。
完全に炎に焼かれたはずのドラゴンは…傷一つ負ってないようだった。
『ガアアアアアアアアアアアァァァァァァッッ!!!』
しかし攻撃されたということは分かったようで、明らかな敵意が向けられている。
「に、ニ撃目続け!! 早くしろ!!」
頼みのジグルがいるはずの先頭は、あたふたするばかりで動きはない。
恐らくシアレイヴンがずっと宙に浮いているため、攻撃を仕掛けられないのだろう。
「早く…!! は、早っ…!!」
次の瞬間、上空から凄まじい暴風がバリアに叩きつけられた。
どうやらドラゴンがブレスを放ったようで、直撃を受けたバリアはすぐさまヒビが入り、あっという間に崩壊する。
辺りは荒れ狂う嵐に包まれた。
巨木が根元ごともげ、草ははじけ飛び、岩石ですら軽石のように遥か彼方へ吹き飛んでいく。
「うわああああああぁぁぁぁッ!!!」
体重の軽い人などひとたまりもなくて、まるで人形のようにあちこちへ飛ばされていく。
ダインはすぐさま彼らの手を掴み、元いた場所に戻した。
大混乱の最中だったので、ダインが人並み外れた動きをしていたとは誰も気付かなかったのだろう。
「た、態勢を整えろ!! 防衛部隊は大至急保護バリアを張れ!!!」
巨木に掴まりながら部隊長が指示を飛ばす。指示役がどうにか散り散りになった戦闘員を一箇所にまとめ、防衛部隊が再びバリアを展開した。
「くそ、なんだってイレギュラーなんか…!!」
戦闘員の誰かが叫ぶ。ドラゴンが奇襲攻撃を仕掛けてきたようなこの状況に、恨みすら抱いているような声だった。
「隊列を乱すな!! このまま攻撃を続けろ!!」
防衛部隊はバリアが崩れそうになってはまた新たなバリアを展開し、投擲部隊は大慌てでダイスに弾丸を装填しドラゴンに砲撃を続ける。
攻撃部隊は固まって呪文を詠唱しており、ドラゴンに無数の光矢が向かい、爆発も巻き起こっているようだ。
しかしドラゴンに効いている様子は見られない。それどころか攻撃のタイミングを見極めたのか、ひょいひょいとかわしている。
空に浮かんだままのドラゴンと、飛行手段を持たないガーゴ部隊。戦闘において物理的に上にいる者の方が有利なのは、いつの世も変わりない。
「早くしろ! どうにかヤツを撃ち落せ!! また次の攻撃が来るぞ!!」
「や、やってますよ!!」
現場ではあちこちから怒号が飛び交う。どの戦闘員も顔に焦りや恐怖を浮かべており、混乱の極みに陥っていた。
誰もがあたふたする中、冷静に状況を分析していたダインは、必死にバリアを張り巡らせているロドニーとクレスの元へ近づく。
「あのぉ」
呑気な声で話しかけてみると、戸惑いの表情がこちらに振られた。「な、何だ!?」
「あのドラゴン暴れ放題なんすけど、野放しにしていいんすか?」
その言葉は、彼らには意味の分からないものに聞こえたのだろう。
「だからこうしてバリアを張って攻撃を防いでいるだろう!!」
「いやそうじゃなくて、あいつの行動範囲を制限しなくていいのかなって」
ドラゴンは怒り狂っているのか、眼下のガーゴ部隊だけでなく、森の至るところに暴風のブレスを吐き散らかしていた。
所々で竜巻が起こっており、サイレントフォレスト手前の森は突然暴風域に突入したかのようだ。
「確か、この近くにエル族の村がありましたよね?」
森の中を歩いている途中、人工の建物があったことをダインは思い出していた。「ほっといていいんすか?」
「い、いまはそれどころじゃないのは見て分かるだろう!!」
「いやそうはいっても…」
『グギャアアアアアアアァァァァァァッ!!』
上空から再びドラゴンの咆哮が聞こえる。敵はこちらに大きく口を開けており、そこから圧縮された空気の塊が放たれた。
塊は激しい衝突音と共にバリアにぶつかり、円形状のそれを滑るようにしてバリア外へ逸れる。
バキバキという音と共にその空気の塊は地面に沈んでいく。大きなクレーターの出来たそこは、木や石ですら圧縮されたようにぺしゃんこになっていた。
クレーターが出来たことによって視界が開ける。ダインたちのいる反対側には、彼がいっていたとおりエル族の村があるのが見えた。
そこには人がいた。避難勧告が出てなかったのか、それともここまで襲ってこないと思っていたのか、エル族の村人は数十人ほどはいるようだ。
「ほら、市民が巻き込まれてるっすよ」
相変わらず緊張感の欠片もないような声で、ダインはいった。「いいんすか?」
若い男の村人は木に掴まり吹き飛ばされないよう耐えていて、小さな子供を抱えた女性は精霊魔法で小規模のバリアを張り、後ろの老人共々守りに入っている。
転移魔法で逃げたらいいのだが、予行練習の習慣がなかったのか、暴れるドラゴンを目の前にして適切な対処が思いつかないようだった。
ドラゴンの咆哮に立ちすくみ、その巨影に怯えて腰を抜かしている人もいる。あちらも大混乱に陥っているのは、彼らの表情と動きから明らかだ。
「助けなくていいんすか?」
ダインはロドニーとクレスに推し量るような視線を向けた。「あの木みたいに、村も人も丸ごとぺちゃんこになってしまうと思うんだけど」
「くっ…げ、現地民へのドラゴン被害の対策については、スフィリア女王に一任することになっている!!」
「いや、対処しきれてねぇじゃん」
「少しは黙っていろ!!」
クレスが叫んだ。
「我々が対処するのはドラゴンだけという契約だ!! エル族を守るほどの余力はないし、そちらに人員を割いてる場合じゃないんだよ!!」
「このままだと死人が出ちまうと思うんだけど」
「損害が生じた場合の補填も、自国が行う契約を交わしているんだよ!!」
「契約とか補填とか、そんな話してねぇだろ」
やや強い口調でダインがいい、その気迫にハッとしたロドニーとクレスの顔がダインに振られた。
「いま目の前で命の危機に晒されている人がいるってのに、何もしないのかって聞いてんだよ」
その表情には、建前しかいわない彼ら…いや、人としての感情が感じられないガーゴに対しての怒りが混じっていた。「これがお前等のやり方なのか?」
遠くから何度も悲鳴が上がっているのが聞こえる。嵐によって吹き飛ばされた木々が家の屋根に突き刺さり、母親とはぐれ転んでしまった子供が恐怖と混乱に泣き叫んでいる。
「この声を聞いて何とも思わないのか?」
真っ直ぐに、射抜くようなダインの視線を受け、いまロドニーとクレスが見せたのは、はっきりとした動揺だ。
「し、仕方ないだろう。ドラゴンを早急に退治しないと、被害はもっと拡大する」
搾り出すようにロドニーはいうが、「じゃあそのために、助かる可能性のある人たちを見捨てるってことっすか」、ダインの目つきがさらに険しいものに変わった。
「命に優先順位があると。目の前の人命救助より、ドラゴン退治を優先するってわけっすか。マスコミが見てますもんね。失敗して無様な姿を晒すわけにはいかないってか」
「そ、そんなことをいっているわけでは…」
「もういいっすわ」
心底軽蔑したような視線と共に、ダインは息を吐く。「ガーゴ組織がどういうものか、良く分かったよ」
彼らに背を向け、ダインは村へ向けて歩き出す。
「おい、貴様!」
そのとき別の方向からダインに怒声が飛んだ。
「隊列を乱すなといっただろうが!!」
駆け寄りダインの肩を掴んだのは、先ほど部下を殴り飛ばしていたモレス執行員だ。
「こんなときにふざけている場合か! そっちは放って…!」
「あ? なんスか?」
振り返って睨みを効かせるダイン。その剣幕に、モレスは思わず動きを止めてしまった。
一瞬怯んだような彼だが、しかしすぐに顔に怒りをたぎらせ、
「貴様、特例制度を利用した生徒だな!!」
そういった。
「特例だろうが何だろうがこちらの命令には従え! そういう契約だろう!!」
「知らないっすよ」
「何だと!? ガキのくせに歯向かうというのか!! いうことを聞かない奴には…!!」
モレスが拳を振りかざす。
そのままダインの顔面を捉えようとした瞬間、ダインはその拳を掴んだ。
「な…!?」
ギリリ…とダインの指が拳にめり込んでいく。
「いっ!? ぎ…っ!?」
骨がきしむ音が聞こえ、あまりの激痛でモレスは苦悶に顔を歪めた。
「俺は戦力に入ってないんで、放っておいてもらえます?」
ぱっとその手を離し、ダインはそのまま歩き出す。
「き…さま…! こ、このことは上司に報告する!! それでもいいんだな!?」
「どうぞお好きに」
モレスはまだ何か喚いていたようだが、ダインは一切を無視してすでに半壊状態となっていた村へ駆け出した。




