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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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九十七節、男二人

その日のジャスティグ家の夕食は、普段の控えめな献立とは違ってかなり豪華なものだった。

煮物に揚げ物、炒め物にホイル焼き。スープ、麺類、ご飯物。

食材は全て野菜ではあるが、その料理はあらゆる調理技術を使って作られたものだ。

「肉食の文化があるダインさんたちにも楽しめるよう、お肉のお味がするらしいお野菜を使ってみましたが…」

ティエリアの母マリアはそういった。「お口に合えば良いのですが…」

やや心配そうな彼女ではあったが、ダインたちの食べっぷりを見てすぐさまホッと胸を撫で下ろすこととなる。

「いや、マジうまいっす」

そう話すダインは両頬がパンパンに膨れ上がっている。「さすが、料理上手な先輩のお母さんっすね」

ダインたちを満足させるにはどうするか。マリアは考えた結果、ベーコン菜やトントンキャベツといった“肉野菜”を使ってのレシピを考案したのだ。

「はぁ〜、美味しいよぉ〜」

シンシアはとろんとした笑顔を浮べており、ニーニアもダインのように両頬を膨らませている。

開始直後から盛り上がる夕食の席で、ゴディアもまた満足そうな笑みでいた。

「シンシア君とニーニア君が作ってくれた料理もなかなかのものだよ」

彼の前には、シンシアとニーニアが手がけた料理が並べられている。二人はこの日のためにと、勉強していた野菜料理をゴディアとマリアに振舞っていたのだ。

「シンシア君が使った、ミソというものを溶いた汁物“オミソシル”というのは味わい深いし、ニーニア君が作ってくれた“根菜オデン”というのも素晴らしいよ」

ゴッド族は野菜食文化ではあるものの、味噌を使ったものや根菜を食べることはなかなかなかったらしい。

どちらもゴディアにとっては初めての味だったようで、ダシの染み込んだ大根を口に頬張っては味噌汁を飲み、酒で流し込んでいく。

「っかー! いいねぇ! たまらないねぇ!」

ジーパンにワイシャツというラフな格好でいたゴディアの顔は、すでに赤い。「どうだい、ダイン君、ここらで君も一杯」

「あなた、みなさん未成年ですよ」

マリアが鋭い視線と共に軽く注意する。「おお、そうだった」、とおどけてみせるゴディアに小さく息を吐きながら、再びシンシアたちに顔を戻した。

マリアも味噌汁とおでんの味にいたく感動したらしく、ノートを広げてシンシアたちから作り方を教わっているようだ。

「いやぁ、楽しいねぇ。こんな賑やかな夕食は久しぶりだ」

明かりの点る食卓を見回し、ゴディアは始終上機嫌だ。「妹家族も呼ぶべきだったなぁ」

彼の傍らにはワインボトルが一本、瓶ビールが二本、空の状態で置かれている。

酒豪らしい彼は秘蔵のブランデーをいま新たに一本開け、「ダイン君、ジュースでいいから乾杯しよう乾杯」、隣にいたダインにグラスを差し出そうとした。

だが彼は別の方向を向いていた。その先にはティエリアがいて、「ダインさん、夕食の後はパジャマパーティなどを企画しておりまして…」、この後の予定を説明しているようだ。

「おっと駄目だよ」

グラスを手に、ゴディアは二人の間に体を割り込ませた。

「これからダイン君は私とゲームをする予定なんだ」

相当に酒を飲んで顔は赤いが、意識ははっきりしているらしい。「ダイン君の夜の時間は私がもらう」、ときっぱりといった。

「私は以前から予約していました!」

計画を狂わせられるわけにはいかないと、ティエリアは咄嗟に反論する。

「でも今朝はダイン君が私に付き合ってくれるといってくれたよ」

ゴディアは引かずにいった。「他種族のお客様なんだ。逃がさないよ」

「私こそ逃がしません!」

それから、父ゴディアと娘ティエリアの、ダインの取り合いが始まってしまった。

どちらの約束が重要かの主張合戦が繰り広げられ、間に挟まれたダインはそれぞれ腕を掴まれている。

「ま、まぁまぁ、みんなでゲームしたらどうっすかね」

まさかの展開に困惑しつつダインが仲裁案をいうと、「ホラーゲームは娘が苦手でね」、ゴディアが答えた。

「怖いのは全般的に駄目なんだよ。以前はびっくり系のホラーゲームを見た瞬間に気を失ってしまったこともあるし」

「ぱ、パパ様、それはいわない約束です!!」

ティエリアは我慢ならないとさらに強い力でダインの腕を引いた。「いい加減にしてくださいパパ様!」

「昼間はずっとダイン君を独占していたじゃないか」

ゴディアもすぐさまダインの腕を引く。「お客さんなんて滅多に来ないんだし、私にも彼をおもてなしする権利はある」

感情論でいえば、恐らくゴディアに分があるだろう。ティエリアはほぼ毎日ダインと学校で会えるが、そもそも下界に降りないゴディアは他種族と接する機会はほぼないのだから。

「先輩、ここは一つ…な?」

場を収めるため、ダインは父の肩を持つことにした。

「滅多にないことなんだからさ」、とゴディアの心情を汲むように説くと、ティエリアはしばし不服そうではあったが、やがてダインの腕から手を離す。

「ダインさんが仰られるのなら…」

「さすがダイン君だ」

勝ち誇ったようなゴディアだが、「ですが!」、ティエリアはすぐにキッと顔をこわいものに変え、ゴディアを見た。

「ダインさんは明日早いのですから、三時間だけですよ!」

まるで遊びたい盛りの子供を躾けるようないい方に、ゴディアは「分かった分かった」といってグラスをテーブルに置く。

「お勧めを見繕ってくるよ」

そのままリビングの奥にあるテレビ台の前まで歩いていった。「二十作品ほどでいいかな」

呟きが聞こえたティエリアはばっと立ち上がり、「夜通しでも終わらないではないですか!!」、そういって父を追いかけていく。

自分が見繕うと父と一緒にプレイするゲームの選別を始めたようだが、ホラーゲームのパッケージでも出てきたのか、「ひゃぁっ!?」、というティエリアの悲鳴が奥から上がった。

「お食事中なのにすみません」

マリアは苦笑しつつダインたちに謝った。

「あはは。すごく楽しい家庭ですね」

シンシアが笑っていうものの、マリアの表情は晴れない。

「自由気ままなゴッド族とはいえ、節度は持って欲しいと常日頃からいってはいるのですが…」

困ったようなマリアにダインたちは笑ったままで、楽しい夕食はまだ終わる気配を見せなかった。



「パパ様はわがままが過ぎます」

シンシアとニーニアがティエリアの自室にやってきた瞬間、ティエリアはそういって頬を膨らます。

「ゲームはいつでもできますし、せっかくダインさんが来て下さったのに…」

彼女の怒った顔は珍しい上に、誰かに文句をいう姿も初めて見た。

「まぁまぁ、お父さんも楽しいんですよ」

シンシアはそういってティエリアをなだめる。

ティエリアの部屋は整然としており、いかにも真面目な彼女らしい部屋模様だった。

クローゼット、ベッド、勉強机に本棚と、家具は一般的な部屋と変わりない。

可愛らしいぬいぐるみやファンシーな小物も置かれてあって、部屋全体が淡い青色を基調としている。

「たまにはパパ様もシンシアさんのお父様のように威厳を出されてもいいと思うのです」

ダインを取られたことがよほど腹に据えかねるのか、ティエリアはまだ憤慨とした様子だ。

しかし父ゲンサイのことを引き合いに出されたシンシアは、「ん〜、いやぁ」、と少し戸惑い気味に後頭部を掻く。

「私はゴディアさんの方がいいなぁって思います」

「え、そうですか?」

「はい。だって、『娘に悪い虫がー!!』って変なイチャモンつけそうに見えませんし、あれぐらいフランクな方が心象的にも絶対いいですから」

また道場でダインが受けた洗礼を思い出したのか、シンシアはどこか憤ったような表情だ。

「頼んでもないのに勝手にでしゃばって、痛めつけようとして…初対面に近い人に暴力振るうような人は、例え肉親であろうと常識的にどうかと思います」

どうやら彼女はまだ彼らのことは許してないらしい。

シンシアのその根深さに、内心道場の人たちに同情を寄せつつ、「そ、それはそうですけど…」、ティエリアの父に対する怒りはすぐさまなりを潜めていく。

「あんなににこやかに話せるゴディアさんは、父としても理想だと思いますよ」

シンシアに追従するようにニーニアがいった。「私のお父さんも、初めダイン君と話すときはぎこちなかったですから」

ニーニアもニーニアで、父ペリドアのダインに対する接し方に些かの不満があるようだった。「ゴディアさんは最初からダイン君にフランクだもん。正直にいって羨ましいです」

娘を持つ父親の苦悩というものは、彼女たちには知る由もないのだろう。それぞれの父に対する小さな不満を暴露しつつ、その内容の可愛らしさに笑い合う。

ひとしきり年頃の娘が持つ不満を吐露したところで、「さて、じゃあせっかくだし、私たちだけで話せるお話をしましょうか」、シンシアがいった。

「私たちだけで?」

丸いテーブルを挟み、不思議そうな表情でいるティエリアに、シンシアは笑顔を向ける。

「先輩のお家にいるんだし、テーマは先輩にしましょう」

「わ、私ですか?」

はい、と頷くシンシアは、「最近ダイン君から吸魔してもらってますか?」、突然そう切り出した。

「少し前だけど私はダイン君に吸ってもらったし、ニーニアちゃんも同化までした。順番でいえば次は先輩の番だと思うんですけど…」

シンシアの話を聞きながら、「い、いえ…」、ティエリアは肩を落として首を横に振った。

「本格的なものでいえば、ダインさんのお家にお泊りした以来…になるでしょうか…」

随分と遠い昔のことのように感じたティエリアは、深く息を吐く。

「ダイン君の“遠慮”という名の壁が邪魔をしてるんですよね」

ティエリアの悩みについて、シンシアは話したいようだ。

彼女たちはある同盟を結んでいる。その同盟は、優劣や損得なく、みんな平等にダインと接しようという意味も含んでいる。

ところが最近ではティエリアを対象から外したかのようなダインの吸魔が目立つ。このまま自分には何もないのかもしれないと、彼女は不安を抱いているのではないかと思い、シンシアは話を振ったようだ。

表情を曇らせるティエリアはまさに同じことを考えていたようで、丸テーブルの一点を見つめたまま動かない。

ダインは優しい。しかしその優しさが仇となり、相手に負担を強いる吸魔行為に消極的なのだ。彼のその気持ちは分かるものの、しかし吸魔行為は信頼関係の表れでもある。

ティエリアがダインに聖力を吸ってもらうためにはどうすればいいのか。彼からこれまで以上の信頼を得るにはどうすればいいのか。

案を出し合おうとしたとき、ガチャリと部屋のドアが開かれた。

ダインがきたのかとギョッとしたティエリアたちであったが、「お邪魔します」、といって入室してきたのはティエリアの母マリアだった。

人数分の飲み物をトレイに乗せていた彼女はパジャマ姿で、そのままテーブルの上にコップを置き、自身はティエリアの隣に腰を降ろす。

「私も混ぜて欲しいと思いまして」

ぽかんとする寝巻きのティエリアたちに向かって、マリアは笑いかけた。「パジャマパーティを夢見ていたのは私も同じですから」

「ま、マリアさんも?」

「はい。邪魔しませんから。ね、いいでしょ?」

ティエリアに向かって問いかけた。パジャマパーティもそうだが、直近のティエリアの悩みも色々と聞いていたらしい。

「ま、まぁ、ママ様なら構いませんけど…」

同性だからか母だからか、ティエリアは態度を柔らかくした。

「良かった」

マリアは嬉しそうな笑顔を浮かべ、「さ、お話の続きを」、テーブルに肘を突きたて、顎を乗せる様はまるでうら若き乙女のようだ。

「下界の経験という点では娘に及びませんが、生きてきた年数でいえば私の方が上です。ですので、色々と助言できることがあるかも知れませんよ」

頼もしい発言に、「そ、そうですか? じゃあ…」、シンシアはマリアをメンバーに加えて、ダインの信頼獲得作戦について議論を始めることにした。



「やるじゃないか!」

一階のリビングルームでは、まだダインとゴディアはゲームに興じていた。

画面に突如ゾンビが現れては、その眉間に風穴が開いていく。

テレビからは激しい銃声や敵の咆哮が聞こえていて、ポップな音楽がやかましいほどに鳴り響いている。

いま彼らがやっているのはアクションホラーで、最近発売されたゲームのようだった。

恐怖演出に定評のあるゲームメーカーらしく、現実と違いの分からないほどに映像が作りこまれている。

現実と変わらぬ映像であるため、真っ暗な屋敷や、壁や地面にぶちまけられている血の表現から、かなりの不気味さが伝わってくる。

ふと無音になっては、突然ばかでかい音と共に画面いっぱいにゾンビの顔が映し出されたりと、ビックリ演出が多い。

事前情報は得ておらず、ネットで実況動画なども見てなかったのだろう。ゴディアはビックリ演出のたびに悲鳴が上がる。

「つ、次も来る…来るよね、これ…!」

『グアアアアアアアァァァァァッ!!!』

「っぎゃああああああぁぁぁぁ!!!」

『グオオオオオオオオォォォォッ!!!』

「びゅおああああああああぁぁぁぁ!!!」

全身を飛び上がらせ、恐怖に慄く彼の照準はあっちこっちに向いている。

どうしてそこまで怖いのにやりたがるのか分からなかったダインだが、ゴディアの反応はいちいち面白くて、つい笑い声を上げてしまった。

「へ、ヘルプ、ヘルプだダイン君! 手が震えて照準が…! ああ! こっち来てる! 追われてるよぉっ!」

「くく…ははは! す、すいません、どこっすか? っくくく…!!」

「ぐえっ!! 痛い…! 痛い痛い痛い、ばかばかばか! 死ぬ、死ぬから! 早く…!!」

「ちょま…! お、俺も笑いすぎて手が…ははは…!! だ、駄目っすよ、何すかその動き…っはははは!!」

リビングに男二人というむさくるしい場だが、二人は大盛り上がりだった。

やがてボスモンスターをどうにか処理して、次のエリアに移る前のインターバルに突入する。

「あ〜…はぁ…やっと一息つけるよ…」

本当に一息つくゴディアを見て、「ちょっと休憩しましょうか」、ダインはコントローラーをテーブルに置いた。

ゴディアはお茶の入ったコップを傾けてから、「いやぁ、怖いが楽しいねぇ! 買ってよかったよ!」、満面の笑みだ。

こうして誰かと一緒にゲームをすることは初めてだったのかも知れない。

ダインはまだコントローラーのボタン配置に戸惑いはあるものの、初めてのテレビゲームの楽しさを共有しつつあった。

「さて、次はどこに行こうかな…と」

画面内でステージを選ぶゴディアを横目に、ふと背後にあった時計に顔を向ける。

よほどゴディアとゲームに熱中していたらしく、気付けば深夜に差し掛かりそうな時間だった。

二階から聞こえていた話し声や物音はいつの間にかしなくなっている。恐らく就寝したのだろう。

とそのとき、二階から階段を下りてくる足音が聞こえた。

リビングに顔を覗かせてきたのはティエリアで、「パパ様!」、彼女の鋭い声が飛んできた。

「もうそろそろ時間です、ダインさんを解放して…ひゃぁっ!?」

突然ティエリアは悲鳴を上げる。どうやらドアップでゾンビの顔が映っているテレビ画面を直視してしまったらしい。

「ぱ、パパ様!」

顔を隠し、怯えながらもまた父を叱り付けた。

「分かった分かった、このステージだけ。ここをクリアしたら私も寝るから」

「もう、必ずですよ?」

そういってティエリアは再び二階へ戻っていく。

「親子というのは似るものだねぇ」

コントローラーを握りなおすゴディアは、笑っていった。「若い頃の怒りっぽかった妻に似てきたよ」

「じゃあ安泰っすね」

ダインも同じくコントローラーを手に取り、笑った。「これだけ明るい家庭を築けた人の子供なら、将来家庭を持ったときも楽しくなりそうだ」

ダインの台詞にまた嬉しそうな顔になったゴディアは、「君の協力があれば、より楽しくなるだろうけどね」、といった。

ダインには思いがけない台詞だった。ティエリアの明るい家庭を築くための協力とは、“そういうこと”以外に無い。

「え?」とダインが思わずゴディアに顔を向けるが、「ダイン君、始まってるよ、ほら」、テレビ画面では無数のゾンビが手前に向かってきていた。

「あ、ああ」

慌ててコントローラーのボタンを押し、画面の中のゾンビに銃弾を撃ち込んでいく。

やがてボス戦が始まり、「よし、ここは任せろ!」、ゴディアはタイミングよくコントローラーのボタンを押していき、画面内の自キャラをプロレベルの巧みな動きで翻弄していく。

それまでのもっさりとした動きとは段違いの反応速度に、ダインが呆気に取られていると、

「一人娘だからね。確かに心配もあったよ」

指を動かしながら、ゴディアは静かにいった。「何しろ内弁慶な娘なんだ。一歩外に出ると、気の弱いあの子は母の手をぎゅっと掴み、私たちの側を離れようとはしなかった」

突然の暴露話に、「そう…なんすね」、ダインは戸惑いながらも頷くしかない。

ゴディアは続ける。「だから、騙されて変な男子を連れてくるかもしれないと思っていたことも、正直あったんだ」

操作キャラを安全地帯に移動させてから、ゴディアはダインに笑いかける。

「でもね」

彼は再びゲーム画面に顔を戻した。「でも、学校でのことを嬉しそうに話していたり、君やシンシア君らとの出来事を満面の笑顔で話しているあの子を見ていたら、何も心配することはないなと思ったよ」

ボスのターゲットがダインが操作するキャラに変わる。

「まぁ、先輩は初対面から印象が良かったっすから」

ボスの銃撃を難なくかわしながら、ダインはいった。「友達になってくださいなんてストレートにいってきたのは先輩が初めてだし、人前が苦手なのに頑張って生徒会長を務めようとしていたあの人を見ていたら、放っておけなくなるんすよね」

学校でのティエリアの姿を思い出していたダインは、顔に笑みが浮かんでいる。

「きっと、精一杯の勇気を出したんだろうね」

ボスキャラに散弾銃を浴びせながら、ゴディアはいう。「気弱で内気だった娘だったんだ。セブンリンクスに進学が決まって登校初日、下界に降り立つのもあの子は怖くて仕方なかったのかもしれない」

ゴディアは続ける。「知らない土地に知らない人たち。挙句、多くの人の前で進行しなければならない生徒会長に抜擢されてしまった。一年生だった去年は、進学したことを激しく後悔していただろうねぇ」

ため息ばかり吐いてたよ、というゴディアの台詞に、ダインは「でしょうね」、と笑いながら頷いた。

「あのまま続けていたら、娘はきっといまごろ中退していたかもしれないよ。それほど、あの子は心が憔悴しきっていた」

思いがけない話に、ダインはまた彼の方を向いてしまう。

「でも、二年生に上がったとき、君と出会った」

ゴディアはダインを真っ直ぐに見ている。「あの子から徐々に笑顔が増えてきたのはそれからだ」

「そうなんすか?」

「ああ。初めて友達が出来たと私たちにいってきたあの笑顔…いまも忘れられないよ。あの子はきっと君の優しさを見抜き、この人なら…って思ったんだろうね」

「俺は特に何もしてないんすけどね」

ボスから攻撃を受けていたことに気付き、「使ってくれ」、ゴディアから回復アイテムを受け取り、ボタンを押して全回復した。

ダインはお礼をいいつつ、「そりゃ下界には悪い奴なんざ沢山いますけど、良い人だって沢山いるんすから」、と彼は続けた。

先輩の友達候補なんて沢山いる。

そう続けようとしたダインであったが、「でもあの子が最初に選んだ友達は君だ」、ゴディアはいった。

「先輩は優しいからっすね」

彼から恥ずかしくなるような台詞が飛び出すことを予見し、ダインは遮った。「相手の優しさに気付ける人は、自分が優しい人じゃなきゃなかなか分からないもんなんすから。俺の見てくれや種族を気にせず接してくれる先輩は、根っからの優しさがあって、おまけに可愛い人なんすよ」

「はっはっは!」

ゴディアの笑い声が静まり返ったリビングに木霊する。「さすが、娘が見込んだ子だ」

画面内では瀕死状態のボスが最終形態に変身していた。攻撃が激しくなり、沢山の血飛沫が画面を覆う。

「ここからが正念場だぞ!」

テレビ画面からは銃声やボスモンスターの咆哮がひっきりなしに聞こえ、ダインたちの手元からはカチャカチャとボタンを連打する音が鳴り響く。

「大切な一人娘を信じる親の心情としては、娘のことは何でも全力でサポートしたいと思っている」

ゲームに熱中しながらも、ゴディアは穏やかな口調でいった。「無論、娘が信じている君のこともね」

その言い方に何か含みを感じ、ダインは思わず彼に顔を向けてしまう。

「君の中々に大変な事情は、娘から聞いているよ」

忙しなく指を動かしながら、ゴディアはちらりとダインの顔を見やる。

「七竜のことはどこまで知っている?」

そのとき見せた彼の横顔は、これまでのティエリアやシンシアたちに見せていた優しい“パパ様”ではない。

彼の顔つきが変ったことに内心疑問を抱きながらも、ダインは「どこまでって…まぁ、名前と特徴ぐらいは」、といった。

全て、担任のクラフトから寄せられた情報だった。

それぞれのドラゴンがどのような暴れ方をして、人の命を奪ってきたのか。どこを住処にしていて、大雑把だがどこの大陸に封印されたのか。

クラフトから送られてきたメール内容を思い出しつつゴディアに伝え、「あ、でも一つだけまったく分からない情報がありますね」、と言葉を切った。

「七匹目のドラゴンだね」

テレビ画面を見つめながらゴディアはいう。「“ダイレゾ”という名前は聞いたことがあると思う」

「ええ。確か死を呼ぶ絶望のドラゴン…だったような」

「そうだね」

「危険極まりない感じっすね」

砕けた調子のままダインがいうと、「うん」、頷くゴディアの表情は、ふいに真剣なものになる。

「ダイレゾの管轄は、ここ…バベル島にあるんだ」

「え、そうなんすか」

「ああ。あらゆるモノの死を操る危険すぎるドラゴンだから、隔離された世界に封印してある」

「え」

「“絶界メビウス”…ダイレゾはそこにいるよ」

あまりに重要な情報が頻出し、「え、ど、どういうことっすか」、ダインは驚愕の表情でゴディアに全身を向けた。

「何で親父さんがそんな情報を知って…」

コントローラーから完全に手を離してしまい、ダインが操作するキャラはボスの猛撃を受け地に伏している。

「ああ、負けちゃったね」

ゴディアもいつの間にかやられていたようだが、それでも楽しかったのか、表情には僅かながら笑みが浮かんでいた。

そして未だ固まっているダインに向け、ゴディアは彼がさらに困惑するようなことをいう。

「ダイレゾの封印地、“絶界メビウス”…そこの守人を勤めているのは、他でもないこの私だからね」

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