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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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九十六節、遺された情報

『女王神様、そろそろ円卓議会に参加したほうがよろしいかと…』

窓の淵に降り立った真っ白なカラスが、室内にいたソフィルに向けてそういった。

カラスが突然人語を喋りだしたのでシンシアたちはびっくりしたようだが、恐らく誰かが魔法を使ってカラスを介して話しかけているのだろう。

「そうですか。分かりました」

やや残念そうにいって、お茶を用意しようとしていたソフィルの手が止まる。

「すみません、もう少しゆっくりしていただきたかったのですが…」

謝るソフィルに、「い、いえ、それはいいのですが…」、ティエリアは驚いた表情だ。

「もしかして、議会を抜け出していたのですか?」

「ティアちゃんのお友達が来られたのですから」

ソフィルはくすっと笑う。「挨拶しないわけにはいきません」

「で、でも連絡も何もしてませんでしたのに…」

イレギュラーで訪問したはずなのに、何故自分たちが来るのが分かったのかとティエリアは驚いている。

だが彼女は女王神だ。バベル島を管理する立場にあるので、きっとティエリアたちの動きも視ていたのだろう。

「余計なお時間を取らせてしまって、申し訳ありません…」

畏まって謝るティエリアに、「謝らないでください」、ソフィルはいった。「短い時間でしたが楽しかったですし、是非ともまたいらしてくださいね」

そういってダインたちに笑顔を向けつつ、「そうだ!」、手を叩いた。

「ティアちゃんが毎回招待状を書くのは大変でしょうし、お三方には紋章を付与させていただきましょう」、といった。

「紋章?」

「私のお墨付きという意味です。現代風に表現すると、無期限パスポートのようなものでしょうか」

「い、いいのですか!?」

ティエリアが声を張り上げる。

「ティアちゃんと同じぐらい、私もこの方々のことを気に入ってしまいましたから」

彼女はティエリアに向けてウィンクした。「特別サービスです」

それから彼女は自分の前にダインたちを立たせ、なにやら詠唱を始める。

すると彼女の体から眩い光が放たれ、その光が彼らの体を包み込んでいった。

ものの数秒ほどでその光はすぐに収まり、「手に紋章を入れさせていただきました」、ソフィルは微笑んだ。

「わわ、ほんとだ」

驚くシンシアの手の甲には、六翼を模ったような紋章が浮かんでおり、それはすぐに肌の色と同化して消えていく。

ニーニアも同様に驚いていたが、「あの、ソフィルさま、ダインさんに魔法は…」、ティエリアがソフィルに耳打ちした。

確かにダインの手の甲には何の紋章も浮かんでない。

「ああ、そうでしたね。ふふ、さすがですね」

笑ったソフィルは戸棚の前まで向かい、その引き出しからハンコのようなものを取り出す。

「さ、ダイちゃん、お手を」

「これは…?」

「紋章と同じ効果を持つものです。特別製ですので、ダイちゃんでも効果があるはずですよ」

ソフィルはダインの手を取り、その甲にハンコをぽんと押し付けた。

彼の手の甲に、小さくはあるがシンシアたちに刻まれたものと同じ紋章が描かれている。

「これで招待状がなくとも、あなた方は自由にこのバベル島を行き来することが可能です」

「ありがとうございます!!」

お礼をいったのはティエリアで、弾かれるようにしてソフィルに抱きついた。

大好きなソフィルが大好きな友達を認めてくれて嬉しかったのかも知れない。

「あ、わ、私もありがとうございますっ!」

シンシアとニーニアも動き出し、両脇からソフィルに抱きつく。

「あらあら、ふふ」

より一層嬉しそうな笑顔を浮べたソフィルは、「一気に可愛い子供たちが増えました」、といった。

そして取り残されたようにしていたダインに顔を向ける。「ダイちゃん、私の背中が空いてますよ?」

「え、お、俺もっすか?」

「背中が寂しいです」

催促されどうしようかと戸惑っていると、『女王神様』、待ちぼうけを食らっていたカラスの口が開かれた。

『そろそろ他の方に女王神様が偽物だと気付かれそうです』

その若そうな男性の声はやや慌てているようだ。『笑顔で「そうでしたか」の一辺倒は、さすがにまずいかと…』

「そうですか。残念」

本当に残念そうにいったソフィルは、「ダイちゃん、次回は必ず。ね?」、甘えてくるようにと念押しで笑いかけてきた。

「あまり居座ってはソフィルさまも離れづらいでしょうし、この辺りで私たちも退散しましょう」

ソフィルの気持ちを汲んでティエリアがいい、シンシアとニーニアの手を引っ張る。

「お邪魔しました、ソフィルさま」

頭を下げたティエリアに倣ってダインたちも頭を下げると、「いつでもいらしてくださいね」、笑顔のまま、ソフィルはいった。

「今度は美味しいお茶菓子を用意しておきますから」

「はい、ぜひ!」

ダインたちはもう一度ソフィルに頭を下げ、彼女のプライベートルームを出て行く。

ソフィルは彼らが見えなくなるまで手を振っていた。

そしてその姿が見えなくなったとき、彼女は手を下ろす。

『━━なるほど』

カラスから再び声がした。『あの方が、例の…?』、意味深にカラスは…いや、カラス越しの人物がいう。

「ええ。“悲壮の子”…ですね」

ソフィルもまた、意味深にいった。「このような場で合間見えるとは思いもしませんでした」、笑顔は消え、どこか憂えているようだ。

『もしや、何かご覧になられましたか?』

カラス越しの人物はかなり興味ありげに尋ねた。『今後の行く末などは…』

「どのようになるかは、私でも見当がつきません。あの子に渦巻いているものが大きすぎて、正直なところ、視るだけで疲れてしまいました」

本当に疲れたようで、彼女はゆっくりと息を吐く。が、「ただ…」、その表情には真剣なものが浮かんでいる。

「議題に上がりはするものの、長年解決法を見出せなかった懸念事項について、大きな変革をもたらすのは間違いないようです」

ソフィルが語ったその言葉は、どのような意味があるのか。

カラス越しの人物は分かっていたようで、『そう、ですか…ようやく…』、嘆息混じりな声が、カラスから聞こえた。

「はい。ようやく動き出しそうです」

ソフィルはカラスに顔を向け、そのカラスの背後に広がる真っ青な大空を見つめながら呟く。

「…エレンディア様の罪が…」



ハイリス天上国神殿から少し逸れたところにある、広い倉庫のような建物。

そこは世界中から供物として提供された食べ物を保管してある、バベル島随一の食料保管庫だった。

天井には煌びやかな照明がいくつもぶら下がっており、足元には赤い絨毯。

床も壁も黄金色に輝いており、内装は豪華としかいいようがなかったのだが、そこに保管されてある食料は目を見開くほどに大量に置かれてあった。

菜っ葉類、レタス類、茎野菜に根菜、豆類に花野菜、果実野菜。

とにかく様々な野菜が種類ごとに台座に積み上げられており、一見するとまるで花畑のような光景に見えた。

「す、すごいねぇ!」

シンシアは思わず声を出す。「これ全部、供物としてささげられたものなんですか?」

「はい」

ティエリアは笑いながら答えた。「恐らく世界中のお野菜が集まっていると思います」

横だけでなく縦にも野菜は積みあがっており、高い天井まで届きそうな勢いだ。

ゴッド族の人口がどれほどか詳しいことは分からないが、確かにこれほどの貯蓄があるのなら、バベル島の人たちは食べる分には困ることはなさそうだ。

「あの、下の方の野菜は古いものなんですか?」

ニーニアが不思議そうにティエリアにきいた。「瑞々しいというか、まるで収穫したばかりのように新鮮に見えるんですけど…」

「あ、魔法を使って保存してあるそうで、半永久的に新鮮な状態を維持できるそうです」

答えるティエリアは保管庫備え付けのカゴを持っており、そこに野菜を次々と放り込んでいく。

彼女と同じように他のゴッド族も持っていたカゴに野菜を入れていて、まるで買い物を楽しんでいるかのようだ。

「これ全部、タダなんだよな…」

ダインはしみじみといった。「ゴッド族ってすげぇんだな」

妙なところでゴッド族の凄さを実感したダインに、「あはは、そうだねぇ」、シンシアも追従する。「ここにあるもの全部お持ち帰りオーケーだなんて、夢のようだよ」

「これってどれぐらいで消費されるのかな…」

ニーニアの呟きが聞こえたティエリアは、やや申し訳なさそうな表情になる。「実は私たちゴッド族は基本的に少食でして…」

別の意味で食糧問題を抱えていると、彼女はいった。

「私たちが消費する量よりも提供される量の方が多く、その結果これほどまでに増えてしまっているのです」

消費と供給に圧倒的な差があり、もらったものを廃棄処分してはいけないので、溜まる一方なのだろう。

「こっそりと下界の貧困地域にも配っているらしいのですが、それでも追いつかないようでして、近々食料庫をもう一つ増やす計画が上がっているらしいのです」

下界じゃ考えもつかない、あまりに贅沢すぎる悩みに、「っはー、あるところにはあるもんだなぁ」、ダインは思わず嘆息してしまった。

「沢山食べてくれる方を募集しているほどですし、ダインさんたちが来てくださってちょうど良かった」

野菜を厳選していたティエリアは、「あ、どうぞ、みなさんも食べてみたい食材があるのでしたら」、と、ダインたちの分のカゴを差し出してきた。

だったら遠慮はいらないなと、カゴを手にしたダインたちはそれぞれ珍しくて美味しそうな野菜を次々カゴに放り込んでいく。

広い食料庫にダインたち以外の客はまばらで、しばし足音しか聞こえない。

そんな中、食料庫の出入り口がガチャリと開かれた。

新しくやってきた客はご高齢の老人で、杖をつき震える足取りで中まで入ってきた。

が、その老人はカゴを手に取ることもせず、そのまま倉庫の片隅へ移動し、そこにあった簡易的な椅子に腰掛ける。

そして持っていた杖に皺だらけの顎を乗せ、銅像のように動かなくなった。

開いてるのか分からないほど垂れ下がった目は動かず、しかし両肩は一定のリズムで上下している。どうやら眠ってしまったらしい。

その一連の動きに彼が客ではないことを理解したダインは、「先輩、あの人は…?」、たまたま近くまで来ていたティエリアにきいた。

「あ、ホセさんですね。この食料庫や資材庫、宝物殿などの管理をしてらっしゃいます」

「管理…」

どう見ても寝ているだけにしか見えない。

ダインの表情から考えが読み取れたのか、ティエリアはくすっと笑った。

「お野菜たちが新鮮な状態を保てているのも、ホセさんの保存魔法があってこそなのです」

「え、そうなのか」

ダインとティエリアの会話を聞きつけ、シンシアとニーニアも近づいてくる。

ティエリアはいった。「跡継ぎの方はいらっしゃるようなのですが、体が動く限りは管理人を続けたいと、真面目に取り組む姿にみなさんの応援の声は多いです」

「へぇ〜」

ゴッド族の寿命というものは詳しくは知らないが、きっとホセというご老人もプライドを持って管理の仕事を続けているのだろう。

そのとき、ニーニアが「ん?」と声を上げた。彼女はホセが寄りかかっている杖をジッと見ている。

「気になるのか?」

「あ、うん。あの杖、普通の木の棒じゃないように見えるんだけど…」

ニーニアがいい、ダインとシンシアもその杖に注視する。

確かに、その杖は全体が黒ずんでおり、かなり年季が入っているように見える。

「さすがニーニアさんですね」

ティエリアは笑って、「あの杖は“導きの杖”です」、と答えた。

その瞬間、「ええっ!?」、というシンシアとニーニアから驚愕の声が上がる。

その声は静まり返った食料庫に反響し、何人かのゴッド族が不思議そうにこちらを見てきた。

周囲に謝る仕草をして見せたシンシアは小声になって、「導きの杖って、あの杖です…よね?」、ティエリアにきいた。

「はい。かつて天上神エレンディア様が使っていたとされる、あの杖です」

「ちょっと待て」

ダインも思わず声を出す。「本物だとしたら、国宝どころか世界中の宝物じゃん」

再びホセが持つ杖をチラリと見て続ける。「何であの爺さんの杖になっちまってるんだ?」

「もうその役目は終わりましたから」

ティエリアは相変わらずの笑顔で答えた。「エレンディア様の力をかつての勇者とされる方々に分け与えていたという杖なのですが、エレンディア様はもうおられませんし、秘められた力もないので、一応は国の宝物という扱いではあるのですが、ゴッド族に限られた話ではありますが、一般の方の使用が認められています」

「で、でもエレンディア様が直に使われていた杖っていうのは、希少性で考えたらものすごいことなんじゃ…」

シンシアのいう通り、下界では考えられない話だ。

レギオスという最強最悪の脅威から世界を守り、大英雄として後世に名を残す天上神エレンディア。

それこそエレンディアが所縁だという品は下界にも数多くある。彼女が使っていた食器、衣服に装飾品。靴や、椅子。

本物がどこにあるのかは分からないが、いまも昔も類似品やレプリカですら高額で取引されている。

偽物騒ぎはいまもそこら中で沸き起こっているし、その偽物の盗難も相次いでいる。

贋作ですらそんな扱いなのに、エレンディア所縁の本物の品が存在しているのならば、恐らく値段がつけられる代物ですらないのかも知れない。恐れ多いと触れることもできない者もいるだろう。

だのに、ここバベル島では、そのエレンディアが触媒として使っていた杖を一般使用されている。ゴッド族であれば誰でも触ることが出来るとは驚きでしかない。

「私もあれほど重要な品物は大切に保管していた方がいいとは思うのですが…」

困惑交じりにティエリアがいった。「強度といい形といい、自分にはこれが一番合っているとホセさんが愛用していまして…」

「ま…まぁ、ものの価値なんざ人それぞれだからな」

ダインはそういうものの、しかしエレンディア本人が使っていた杖を、本当の杖として使っているのは…エレンディアを崇拝する下界の人たちが見たらどう思うのだろうか。



楽しい時間というのはあっという間で、ダインたちが“無料の買い物”を済ませ外に出たときには、周囲は夕焼け色に染め上がっていた。

「はぁ…」

貸し出し用のエコバッグを手にするティエリアはため息を吐いている。片手にメモ用紙が持たれており、そこには今日中に実行する予定だったプランが書かれてあった。

「半分も実行できませんでした…」

ダインは落ち込むティエリアからメモ用紙を貸してもらい、目を通す。

温泉めぐりの他に、図書館見学、虹の広場で談笑や、島唯一のスイーツショップでパフェを食べることなどが書かれてある。

バベル島の良いところを全て紹介したいと思っていたから、手当たり次第にプランを書いていったのだろう。これらを全て実行するには、とてもじゃないが一日じゃ足りなさそうだ。

「ソフィル様から無期限パスポートもらったんだし、いつでもできるよ」

ダインは開いた手でティエリアの頭を撫でる。

再びメモ用紙に目を通し、「いまからだったら、これぐらいなら実行できるんじゃないか?」、といった。

彼が指摘したのは、最初辺りに書かれていた図書館見学だ。

「軽く見てさ、夜になるまでに帰ろうぜ。バベル島の図書館にはどんな本があるのか気になるし」

独特の発展を遂げているバベル島。

ゴッド族は何に興味があるのか、どういう勉強をしてきたのか。

「いいと思う」

同意見だったニーニアは頷き、「さんせー!」、とシンシアも手を上げた。

「あ、で、ではこちらへ…」

大量の食料を手にしたまま、ダインたちはすぐ近くにあるという図書館へ向かう。



そこは図書館という割りにはこじんまりとした場所だった。

一階建てで中は教室ほどの広さしかなく、図書館というより図書室といった方がしっくりくる。

しかし本棚の数は多く、どの棚にも本がぎちぎちに詰め込まれているようだ。

訪れてはみたもののあまり時間もなかったので、ダインたちはタイトルだけを見ていくことにした。

並べられた本はファッション誌やゴシップ誌、女性向けの週刊誌や辞書、漫画といった、下界に関するものばかり。

ネットもテレビもなかった時代は、下界の情報を仕入れるためにはそれら本を取り寄せるしかなかったらしく、古いものしかないとティエリアはいった。

「偏った情報しかない雑誌から文化を取り込んでりゃ、独特の景観にもなるわなぁ」

タイトルを流し見しつつ、ダインはいう。「いまはそんなに利用する人はいないのか?」

周囲にダインたち以外の人影はなかった。

「本以外にも情報を仕入れられる時代になりましたから」

一列になって図書室を歩きながら、ティエリアは答えた。「ですが漫画や小説を借りる方は多いですよ」

「ティエリア先輩の本好きはここから始まってるんですね」

シンシアが見つめているのは小説コーナーで、そこには恋愛ものが並ぶ。「この中でハマったものとか、おすすめは…」

「す、すみません、答えられません!」

ティエリアは突然声を張り上げた。「話し出すと止められなくなってしまいますので…」

好きなものを話すと周囲が見えなくなるティエリアは、便利道具について語りだすと止まらなくなるニーニアと似たところがある。

「こ、今度、お時間がありましたら是非に…」

「あはは、はい、お願いします」

二人の会話に笑い声を漏らしつつ、ダインたちは歩を進める。

気になるタイトルを脳内で記憶しながら一巡しそうになったところで、最後尾を歩いていたダインは足を止めた。

彼が目を留めたのは、他よりも相当古めかしい、一つの本棚だった。

小さな本棚には、分厚いが本棚と同じぐらい古い本が詰め込まれている。

並ぶタイトルから推察すると、それらはほとんどが歴史書だ。それもゴッド族に関連したものばかりのようだ。

「先輩、こういう本は読まなかったのか?」

声をかけられたティエリアは、「はい?」、と返事をしつつ踵を返す。

ダインが指差す本棚を見て、「あ、はい。触っただけで崩れてしまいそうだったので…」、と答えた。

確かに本はどれもボロボロだ。例の保存魔法も効かないほど損傷が激しい本ばかりで、周囲の埃も目立つ。

しかしいくつか触っても大丈夫そうな本もあるようで、「気になるようでしたら、一冊だけ読まれますか?」、ティエリアがいった。

「この中には、ゴッド族の方がしたためた書物もあるそうですよ」

「え、マジか」

楽観主義者の多いゴッド族では、得られた知識を本にすることは少ない。働かなくていいため生業にする必要もないからだ。

だが物書きが好きなゴッド族も中にはいたのだろう。

「じゃあ、時間もないし適当なのを…っと」

一番状態が良さそうな本を選び出し、テーブルの上に置く。

シンシアとニーニアも注目する中、慎重にページを捲ってみた。

タイトルも何もない本だったが、どうやらそれはあるゴッド族が書き記した日記のようだった。

といってもそれは冒険譚のような胸が躍るものではなく、日常をただつらつらと書いただけのものだ。

学校という概念すらない時代に書かれたものなのか、その文章はなかなかに独特で難解だ。ゴッド族間でしか分からないような文字列もあり、古代文字に知識のあるティエリアが解読してくれた。

食べたもの、感じたこと。友達と雑談した内容や、近くに温泉ができたこと。

ともすればまったく刺激のない本当に普通の日記でしかない。だが昔のゴッド族の生活が垣間見えるもので、なかなかに面白いものがあった。

とはいえ、自由主義者の多いゴッド族なので、日記の著者も例外ではなかったようだ。ものの数ヶ月ほどで飽きたのか、その日記は終わっていた。

ティエリアの解読を流し気味に聞いていたダインたちであったが、最後の一文を耳にして動きが止まる。

“下界の者より珍しいものをもらった。石造りのそれは天罰そのものの形容をしており、下界の行商人の話によると、その物の名は…”

「えっ!?」

思わずシンシアが声を上げる。ニーニアも驚いた表情で、解読していたティエリアが再びその名を呟いた。

「…古の忘れ形見…」

その一文を聞いて、「このバベル島にも遺物が…?」、シンシアは驚いた様子だ。

「この日記によると、聖力の溜まり場…現在では禁止区とされている場所にあるようです」

ティエリアはその日記を食い入るようにして見つめている。「禁止区…文字通り一部の方でしか入れない場所ですね」

「い、いまもそこにあるのかな」

ニーニアの声に、「分からないが…立ち入りが制限されているんなら可能性はあるな」、とダインがいった。

「世界各国に点在してるんだったら、このバベル島にあったって何ら不思議はないが…」

続けるダインは、腑に落ちなさそうな表情をしている。「でも何だってわざわざバベル島にまで持ち込んできたんだ?」

「興味本位に下界のものを持ち込むゴッド族の方もおられますから、たまたま古の忘れ形見が紛れ込んでいたということではないでしょうか」

「確かにそれは考えられるんだけど…」

彼は未だ釈然としない顔をしている。「昨日ニーニアがいってたじゃん。順番があるって。つまりこれら遺物は誰かによって作られたってことだろ?」

目的もなくそんな手の込んだことはしない、というダインの台詞に、ティエリアは「確かにそうですね…」、再び日記を読み込み始めた。

「何か狙いがあって、作った遺物をこの日記を書いたゴッド族の人に渡して、バベル島に持ち込ませたっていうこと?」

シンシアの質問に、「そう考えるのが妥当じゃないか?」、ダインは暗雲の気配に眉をひそめた。

そしてふと気になることが過ぎり、「先輩、その日記っていつ頃のものなんだ?」、とティエリアに尋ねた。

日記を捲って冒頭まで戻り、古代文字の数字を解読したティエリアは、「エイレン歴一年…」、密かに呟く。

「混乱期が終わった直後の日記…ですね」

彼女の答えを聞き、「…そうか」、いったきり、彼は黙り込んでしまう。

頭の中では様々な推理が巡っていた。

中には要点を捉えた推理もあったかもしれない。が、現物がないのであまり踏み込んだことは考えられない。

「あ、そ、ソフィルさまに頼み込めば、禁止区の立ち入りを許可してくださるかも知れません」

早速実行に移そうとしたティエリアだが、ダインすぐに待ったをかけた。

「今日突然押しかけて迷惑かけちまったんだ。紋章までもらったんだし、これ以上甘えて世話になるわけにはいかないよ」

いくら親しいとはいえ、相手は一国を担う女王神だ。気になるから、という理由だけであの人の立場を利用するわけにはいかない。

ダインの言葉はその通りだと思ったのか、ティエリアは動きを止めてしまった。

「まだ謎の多い物体なんだ。無理をしてまで調べる必要はない」

窓の外が暗くなり始めたのに気付き、ダインは日記を閉じて本棚に戻した。

「機会が訪れれば調べてみるっていうスタンスでいこうぜ」

先輩の両親が待ってるよ。

ダインのその声に、ティエリアたちは現実を取り戻したようにはっとした。

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