表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
95/240

九十五節、ハイリス天上国神殿

特に目的もなく街中をぶらついていると、広い道に出た。

左右にはピンク色の花を咲かした木々が立ち並んでおり、一番奥には一際大きな建物が見える。

「あれはなんだ?」

気になったダインが指差しながらティエリアに尋ねた。

「“ハイリス天上国神殿”ですね」

白で統一され、どこよりも光り輝いているように見える神殿を見ながら、彼女は答えた。「このバベル島の主要施設。他国でいう首相官邸のようなものです」

「へ〜。建物からして神々しいですね」

眩しさに目を細めながらシンシアがいった。確かに虹でも架かってそうな外観だ。

「そうですね。神殿の中央には天界へ続く階段がありまして、女王神さまはその階段を使って天界とここバベル島を行き来しておられます」

「近づくことすら恐れ多いような…」

ニーニアがいうと、「ふふ、そのようなことはございませんよ」、ティエリアは笑顔でいって、そして「そうだ!」、突然声を張り上げた。

「よろしければ、中に入って女王神さまと謁見しませんか?」

突然そういいだした。

「ええっ!?」

ダイン含めて全員が仰け反ってしまう。

「い、いや、女王神様ってゴッド族の長だろ? 全世界のラスボスみたいな人なのに、んな気軽に…」

慌てて遠慮しだすダインだが、「大丈夫です。私のような者でも、女王神さまは気さくに話しかけてくださいますから」、とティエリアはいう。

「ひょっとしたらおられないかも知れませんが、行くだけ行ってみましょう」

「いや、でも先輩は同族だから会ってくれるわけで、俺とニーニアは魔族だから…」

「そのような隔たりも、あのお方はありませんから」

やけにティエリアの押しが強い。

「面白そうだし行こうよ!」

シンシアはすっかり乗り気のようだが、ダインもニーニアも簡単には頷けない。

「俺たちはいいから二人でさ…」

と彼はいうものの、「さぁさぁ」、ティエリアは二人の手を取って、神殿まで躊躇いなく歩いていった。


入り口に門はあるものの、そこは開けっ放しで、門番のような人もいない。

何故か人気のない門を抜けると、目の前に横幅が数十メートルはありそうな長い階段が現れた。

「足元にお気をつけください」

笑顔のティエリアは宙に浮いており、未だ躊躇っているダインとニーニアの手を引いて、後ろ向きに階段を上っている。

「ごーごー!」

後ろにはシンシアがいて、二人の背中を押していた。

「ちょっ…わ、分かった、分かったから」

彼女たちを落ち着かせつつ、長い階段を駆け上ってやがて頂上にたどり着く。

目の前に大きな神殿の入り口が見える。どこもかしこも広いのに、やはりどこにも人の気配は感じられなかった。

「誰もいないぞ?」

「普段からこうなので」

ティエリアはそのまま神殿の中に入ろうと、さらに二人の手を引いていく。

「い、いや、入館許可とかアポとか取らなくていいのか?」

「一般開放されておりますので問題ありません」

「で、でも無断はさすがにまずいんじゃ…」

ニーニアもたまらず声を出すが、「私がついておりますので」、と、そのまま神殿の中に入れられてしまう。

神殿の中は、とにかく円柱状の柱が沢山並んでいた。

足元は鏡面のように磨かれた大理石が敷き詰められており、壁にはほぼ全面にカーテンが垂れ下がっている。

床も天井も全てが白で統一されており、踏み入るのが躊躇われそうなほどに、神聖さしか感じられない場所だった。

「ささ、こちらです」

ダインとニーニアの手を掴んでいたティエリアは、さらに突き進んで奥へ向かおうとする。

どこまでいくのかと思ったとき、彼女は右側の通路に顔を向け、その足が止まった。

「ちょうど良かった。あちらの建物も後で伺う予定でした」

ティエリアの視線の先を追う。通路の奥はすぐ出口になっており、庭のような道の先にまた別の荘厳な建造物が見える。

「入室許可を申請してきますね」

このままここでお待ちください、と言い残し、ティエリアは小走りでその建物へ向かっていった。

人気のない神殿の中に取り残されたダインたち。

「…何か先輩、急にテンション上がったな」

ティエリアの変わりようを思い出し、ダインがいった。

「何度も来たことあるような口ぶりだったし、私たちを連れてきたかったんじゃないかな」、と、シンシア。

「じょ、女王神様ってどんな人なんだろ…」

偉い人の中の偉い人、という認識でいたニーニアは、怖い人だったらどうしようと軽く身震いしている。

「こんにちは」

ニーニアを落ち着かせようとしているところで、別の方向からダインたちに声をかける人がいた。

ダインたちは一斉にそちらに顔を向ける。そこには、真っ白なローブを身に纏った、シンシアよりやや大きな女性が立っていた。

「お客様でしょうか」

笑顔をたたえたその女性はブロンドの長い髪をしており、開けっ放しの出入り口から吹き込んでくる風で常に揺れている。

「あ、え〜と、ティエリアせんぱ…あ、いえ、ティエリアさんの案内を受けているところでして」

シンシアがかいつまんで事情を説明し始めると、「まぁ、ティアちゃんの!」、女性はさらに笑顔になって、胸の前で両手を叩いた。

「じゃあお客様ですね。私、この神殿の受付嬢をしている者でして」

「あ、そうなんですか」

「はい。ささ、こちらへどうぞ」

受付の女性に案内された先には、確かに来場者の受付コーナーがあった。

台の上にペンがあり、女性は備え付けの簡易的な箱の中から三枚の小さな記入用紙を取り出し、ダインたちの前に並べていく。

「ご記入をお願いいたします。お名前と種族だけで構いませんので」

「あ、はぁ」

一般開放とはいえ、やはり申請は必要のようだ。

ダインたちはとりあえずいわれた通りに、その枠も何もない単なる用紙に名前と種族を書いていく。

「これでいいんですか?」

三人分の用紙を差し出すと、「はい、受け取ります」、そういった女性は、早速その用紙に目を通し始めた。

申請はすぐに終わるかと思ったが、

「う〜ん…」

何故か、女性の表情が曇り始める。

「あの、何か問題が…?」

やっぱり魔族はまずかったんじゃないだろうか。

同じことを考えたシンシアが問いかけると、「ええ、略称をどうしようかと思いまして…」、女性はそんなことを言い出す。

「略称?」

「シンシアちゃん…シンちゃんはちょっと違うような気がするし、ニーニアちゃんをニーちゃんって呼ぶのも変だし…。ダイン君をダイ君ってすると、大工さんみたいにならないかしら…」

…この人は何をいっているのだろうか。

受付の女性の対応に困惑しているとき、あっ、という声がダインたちの後ろから聞こえた。

そこにいたのはティエリアだ。どうやら申請が終わったらしく、手にはカードサイズの許可証を持っている。

彼女はダインたちの目の前にいる女性を見て、驚いた顔からたちまち笑顔を広げていった。

「ソフィルさま!!」

そういった。

「良かった、今日は円卓議会はなかったのですね!」

たたっと走り出したティエリアは、そのままソフィルという女性に飛びついた。

ティエリアの小さな体を優しく抱きとめ、ソフィルは「はい」、と柔らかく笑う。

「こちらの方々が、ティアちゃんのお友達なのですね?」

「は、はいっ!」

「ふふ。あなたから初めてお友達ができたと聞いたときには、いつ会えるのかと心待ちにしていたのですが…」

女性の目がダインたちに向けられる。「清らかで真っ直ぐな心をもった、良い方々ですね」

その言葉に、「みなさん、本当に良くしていただいて…」、ティエリアはさらに嬉しそうな顔でいった。

そのままダインたちを差し置いて世間話でも始めそうな雰囲気だったので、「あのぉ…」、ダインが声をかける。

「薄々分かってきたんだけど、先輩」

「はい?」

「この人…いや、お方か? まさかこのお方が…」

続きをいう前に、「はいっ!」、ティエリアは元気よくいった。

「この方は、ソフィル・ハイリスさま。このバベル島を取り仕切り、天界におわす一級神の方々と交信をなさられている、女王神さまです」

「ええっ!?」

驚愕するシンシア。

ニーニアは目を丸くしたまま固まっており、なんとそのまま気を失ってしまったようだった。



「すみません、少し驚かせすぎてしまいました」

どうにか気を持ち直したニーニアを見てから、ソフィルは反省の弁を述べた。

ダインたちが通されたのは、謁見の間の奥にあるソフィルのプライベートルームだった。神殿の最上階に位置するため、大きく開かれた窓からは雲海を見下ろすことができる。

その広い部屋もやはり白で統一されており、仕切りのない窓には白いカーテンが風に煽られひらひらと舞い続けており、室内からは自然の良い香りを集めたような、青々とした匂いがする。

部屋には基本的な家具は揃っており、極上ともいえる感触のソファに、ダインたちは座らされていた。

「もう大丈夫ですか?」

ニーニアに尋ねるソフィルは広い部屋であるにもかかわらず、ダインたちと足が密着しそうなほど近い位置に座っている。

「は、はい、大丈夫です」

「結局受付嬢っていうのは、俺たちを驚かせるために…?」

ダインが尋ねると、「いえ、受付嬢を兼任しているのは本当ですよ」、ソフィルは優しげな表情のまま答えた。「本来受付嬢をなされている方が非番のときに限り、ですが」

代役がいない以上、自分で受付をしなければならない。

女王神に会うために来た人を女王神自らが手続きをしているということだろう。

「あの、島民でもない俺がいうのも何なんですけど、ちょっと無防備すぎやしませんか…?」

たまらずダインがいった。「警備らしい人もいなかったし、そもそも人自体がいなさすぎるような…」

彼の突っ込みに、「ふふ、そうですね」、ソフィルは相変わらず優しげに笑っている。

「悪巧みを考える方がいたのなら、確かに警備の方は必要だったのかもしれません」

ソフィルはいった。「ですが過去も現在も、悪いゴッド族の方はいませんでしたので、警護が必要だという発想がなかったのです」

バベル島ならではの話だろう。経済的に余裕があるため犯罪に走る島民がおらず、昔もいまも他種族の流入は認められていないから軋轢もない。

「でも流石にこれほどの主要施設を開けっ放しは…俺たちが先輩に招かれたように、他の種族を招きいれたこともあったんすよね?」

完全に無防備は流石にどうだろうといったところで、「あ、それについては大丈夫です」、と、ソフィルの隣にぴったりと張り付いていたティエリアが代わりに答えてくれた。

「大勢の方がお越しになられたときや、会議や会談など厳粛にしなければならないときなどは、立ち入りを制限して非常勤の守衛の方をつけておられますから」

襟を正すときは正す。

彼女のその台詞を聞いて、「まぁ、それならいいんだけどさ…」、これ以上は差し出がましいと思い、ダインは口を閉じた。

「それよりも、ティアちゃんが色々お世話になってるそうで」

ソフィルに張り付きご満悦でいた彼女の頭を撫で、ソフィルはダインたちにいった。「私からお礼をいわせてください」

「ありがとうございます」、突然すっと立ち上がり、ダインたちに頭を下げだす。

「い、いやいやいや!!」

これにはダイン含め全員が一斉に立ち上がった。

「一国の、それも女王神様が市民でもない私たちに頭を下げるなんてそんな…」

恐縮しまくってシンシアがいい、ニーニアもこくこく頷いている。

「女王神である前に、私はティアちゃんの保護者のようなものですから」

ソフィルは続ける。「ティアちゃんがいまよりもずっと小さなときから、知り合いなのですよ?」

「ティアちゃんは昔から気の弱い性格でした」、そこで彼女はティエリアとの出会いについて語りだす。

「恥ずかしがり屋さんで人前に立つことがすごく苦手で、その性格が災いして神校時代にも友達がおりませんでした」

自身の過去を暴露され恥ずかしかったのか、ティエリアは何かいおうとしたが、ソフィルに笑いかけられ押し黙ってしまう。

「お弁当を食べるのも外で遊んでいるときも、ティアちゃんはずっと一人だった。それを見かねて、私が話しかけてみたのです」

顔を赤くさせたティエリアの頭を撫でながら、彼女は続ける。「人見知りのようでしたがお話しすること自体は好きだったようで、気付けば何でも話し合える仲になっていました」

そこでようやく、ティエリアがなぜ役所に近い神殿の常連なのか、理由が分かった。

シンシアとニーニアはニコニコしている。ティエリアの過去が聞けて嬉しいのだろう。

「ですから、島内の学校ではなく、下界のセブンリンクスへ進学すると聞いたときには大変驚きました」

ソフィルは続けた。「ここよりも危険が多く、様々な思念の渦巻く下界へ訪れても大丈夫なのかと、心配もあったのですが…取り越し苦労のようでしたね」

彼女はダインたちを見回し、また優しく笑った。

「確か、エレンディア様の証を持つ人を見つけるために、色んな種族の人たちが通うセブンリンクスに進学を決めたんですよね」

ティエリアの志望動機を思い出しつつ、シンシアがいう。「でもまだ半分も見つかってないんですよね…」

そう。ティエリアから証のことを聞いてそこそこ過ぎているが、そちらの進展はほとんどない。

現状で分かっているのは、エンジェ族ではラフィン、エル族ではユーテリアぐらいだ。

「そう易々と見つかるものではないですからね」

笑顔でいたソフィルは、そのままティエリアに顔を向ける。「ティアちゃん、証を持つ方を全て見つけなければならないのですか?」

夢で見た以外に明確な目的はあるのかと尋ねると、「あ、あのときは、夢で何度も声を聞いていたので、使命感に赴くまま、パパ様とママ様に無理をいって進学先をセブンリンクスに変えていただきました」、ティエリアは少し気まずそうにいった。

「ですが、よくよく思い返してみれば、あの夢はきっかけに過ぎなかったのかもしれません」

「きっかけ?」、と、ソフィル。

「はい。ダインさんにシンシアさんにニーニアさん。ラフィンさんにディエルさんにミーナさん…下界にも、これほどお優しい方々がいるのだと、内に閉じこもり外を見向きもしなかった私に気付かせるために、どなたかがあのような夢を見せてきたのではないか、と」

そこでティエリアの顔は赤く染まっていく。「ダインさんたちと知り合えることが出来てよかった。ダインさんたちのいるセブンリンクスを選んで、本当によかったと思います」

出会いのきっかけを作ってくれた夢にすら、彼女は感謝の気持ちを抱いている。

「ふふ、なるほど。そうまで思っているのであれば、もう私からいうことは何もないですね」

もう一度ティエリアの頭を撫でてから、ソフィルはダインたちに顔を向けた。「重ねて御礼を申し上げさせてください。ティアちゃんのお友達になってくれて、本当にありがとうございます」

また頭を下げてきたので、ダインたちもまた慌てだす。

「じょ、女王神さまがそう何度も頭を下げるものじゃないです」

恐縮してニーニアがいったが、「保護者ですから」、ソフィルは聞かなかった。

「お礼の印に、一つ“視させて”いただいてもよろしいでしょうか」

と続けた。

「視る、とは?」

意味が分からずダインが尋ねると、「私の祖先は、かつては運命を司る神でした」、ソフィルは驚くべきことをいった。

「下界に降り立ち五級神となってしまいましたが、力はまだ残っていまして、その方の持つ運命をほんの少し、視ることが出来るのです」

俄かには信じられない話だ。しかし女王神である彼女がいうのだから、事実なのだろう。

「運命を視るとはいっても占いに近いものですので、当たるも八卦当たらぬも八卦、といった次第ではありますが、いかがでしょう」

もちろん断る理由などない。

「ぜひ!」

乗り気でシンシアがいうと、「はい」、と笑顔で頷いたソフィルが、テーブルの上に置かれてあった木製の小物入れを開け、キラキラと光を放つアクセサリーを取り出す。

「集中力を高めます」

そのアクセサリーは宝石が沢山あしらわれたティアラのようで、それを頭部に装着した。

「ではまず手始めに、シンシアちゃんからやりましょうか」

指名されたシンシアは、「はいっ!」、と手を上げてソフィルに体を向けた。

「もう少し、こちらへ寄っていただけますか」

「あ、はい」

ソファから立ち上がって、ソフィルの前に移動して座る。

「あの、もう少しこちらへ」

「この辺りですか?」

「いえ、もう少し、もっともっと」

ソフィルに招かれるままシンシアがどんどん移動する。

その結果シンシアはソフィルの目の前にまで移動させられ、

「いらっしゃい」

ふえ、と不思議そうにするシンシアに手を伸ばし、不意に彼女を抱き寄せた。

「わぷっ!?」

「ふふ、いい子いい子」

抱きしめたシンシアを優しく撫でている。

その様を眺めながら、「あ、やられてしまいましたね」、とティエリアが笑いながらいった。

「どういうことだ?」

「ソフィルさまに抱擁されたら、もうその方はソフィルさまの子供ということになります」

「まさかそんな罠が…」

とダインとティエリアが会話していると、

「ん…視えてきました」

目を閉じシンシアを胸に抱いたまま、ソフィルはいった。

「シンシアちゃ…いえ、シンちゃんは、色々と悩まれてきたのですね」

「え…」

「けれど最近、その方向が定まった。強い目標が出来た」

はっきりとした口調でソフィルは続ける。「その方向は、間違いではありません」

彼女は具体的なことをいってない。だが彼女が視ているものは、きっとシンシアと同じものなのだろう。

「そ、そう、ですか?」

少し自信なさげにいうシンシアに、「ええ」、相変わらず目を閉じたまま、ソフィルは頷く。

「けれど近々、シンちゃんにとって悪いことが起きてしまうかもしれませんが…」

「わ、悪いことですか?」

「はい。放っておけば大変なことになっていたでしょうが、けれど大丈夫」

何故なら…と続けたソフィルは、シンシアをさらにギュッと抱きしめた。

そしてその耳元に、誰にも聞こえないような小声で、「あなたの大好きな人が助けてくれる。気付かせてくれるから」、と、そう囁いた。

またシンシアは「えっ」、と声を上げてしまう。

詳細を尋ねようとしたようだが、「はい、終わりです」、とソフィルは彼女を解放した。

「あなたの運命は光に満ちています」

解放されても、しばしソフィルに頭を撫でられていたシンシア。

何故か顔を真っ赤にさせていたシンシアは、思わずダインの方をチラりと見てしまった。

「ん?」

不思議に思ってダインが声を出すと、「う、ううん」、シンシアはすぐに首を振り、「あの、ありがとうございました」、とソフィルにいって離れていく。

「はい、じゃあ次はニーニアちゃ…いえ、ニーちゃんですね」

もうその略称に決めたらしい。今度はニーニアを手招きした。

「え、えと…」

もじもじするニーニアの背中を押したのはティエリアで、ソフィルの目の前まで連れて行かれ、案の定彼女に捕まってしまった。

「あ、わぷっ!!」

まるで吸い寄せられるように、ニーニアの小さな体がソフィルの腕の中に収まってしまう。

「姉妹が出来ました」

ティエリアはそういってダインに笑いかけた。今日の彼女は本当に嬉しそうだ。

「くすくす、そんなに固まらないでください。このバベル島では、聖族も魔族も関係ありませんから」

何か魔法でも使ったのか、それともソフィルの巨大な包容力が発揮されたのか、抱かれたニーニアはたちまちとろんとした顔になっていく。

目を閉じ小さな頭を撫でていたソフィルは、やがていった。「…なるほど」

その顔には可笑しそうな笑顔が浮かんでいる。「ニーちゃんは、可愛らしいお悩みをお持ちのようですね。親族の企てが分からない、と」

ずばりといわれたのだろう。ニーニアからやや驚きの声が上がる。

「ふふ、ご安心を。その企ては、初めこそ驚いてしまうでしょうが、必要なことだとすぐに気付くはず。気にする必要はございません」

「な、何なのか分かるんですか?」

「ええ、はっきりと。ニーちゃんのご親族の方々は、愉快な方々ばかりですね。次回は是非ともこちらへお連れください。大歓迎いたしますので」

そういってから、ソフィルはニーニアを解放した。しばし頭を撫で満足してから、その優しげな表情はダインに向けられる。

「さ、では最後にダイちゃん、どうぞこちらへ」

「い、いや、俺は一応男なので、普通に視てもらえれば…」

自然な流れに逆らうように遠慮しだすダイン。

背後に複数の気配に気付いたのはそのときで、振り返るとシンシア、ニーニア、ティエリアの三人が立っていた。

「仲間はずれは許さないよ」

「みんな一緒だよ」

「ささ、どうぞどうぞ」

「ちょ…!」

一斉に背中を押され、ソフィルの前まで移動させられてしまう。

「ふふ、はい、いらっしゃい」

とうとう捕まってしまった。ダインが抵抗する間もなく、ソフィルに腕を引かれ一切の躊躇いなく、その胸に顔を埋めさせられてしまう。

魔法が効かないはずなのに、途端にまどろみに似た安堵感に包まれる。何ともいえぬソフィルのいい香りに、緊張することすら忘れ去られてしまいそうだ。

しかし何よりも不思議なのは、彼女の聖力だった。

大体の人物には優しさや温かみといった一方通行の魔法力しか感じなかったのだが、ソフィルの場合は違う。

清流のような透き通った力と、濁流のような強い力。その二種の力を感じた。

魔法力は本人の性格に因る。恐らくソフィルは、優しいだけの人物ではない。

女王神ソフィル。やはり彼女はバベル島だけでなく、全世界の頂点に立つゴッド族の長だったということなのだろう。

感じる聖力から彼女のことを考えていると、

「…ふぅ」

ダインを抱きしめたままのソフィルから、何故かため息が漏れた。

「ティアちゃんからダイちゃんのことは色々聞き及んではおりましたが…なるほど、これは確かに大変ですね」

そういった。彼女の眉はハの字になっている。

「どれも難問ばかり。まるで回答のない巨大なテスト用紙を見せられているかのようです」

ダインの全てを一瞬で理解したわけではないのだろうが、その表情からある程度の情況は分かったようだ。

「何かアドバイスなどは…」

何でもいいからダインの助けにならないかと、彼の運命を垣間見ているソフィルにティエリアが助言を求める。

「そう、ですね…ダイちゃんも分かっての通り、アドバイスのしようがないものばかりで、これは…」

困り果てたようにソフィルはいうものの、「あ、ですが一つだけ、見つかりました」、といった。

数秒間黙り込んでから、彼女は再び口を開く。「近々訪れるであろう大陸で、何か感じることがあるかも知れません」

抽象的な言葉だった。

「何か…?」

「はい。その何かを突き止めることができれば、答えは自ずと見えてくるでしょう」

大陸とはどこのことだろう。明日向かう予定の、マレキア大陸のことだろうか。

ダインが考えを巡らせているところで、突然ソフィルがダインを強く抱きしめる。

「自分の感覚を信じて。あなたの求めるものが、きっとそこにはありますから」

何かを予感させるような台詞だった。

そこでソフィルはダインを解放する。

「ふふ、いい子いい子」

例に倣ってダインも頭を撫でられる。優しい撫で方とその表情は本当に母のように見えてしまい、ダインはなにも言い出すことが出来なかった。

「私の言葉が助けになるのでしたら幸いです」

頭から手が離れたところでダインも動けるようになって、「あ、ありがとうございました」、ソフィルに恭しく頭を下げてしまう。

「あ、すみません、お茶を用意するべきでした」

思い出したようにソフィルはいい、戸棚まで向かおうとする。

「じょ、女王神様にそんな…」

慌ててシンシアたちが止めに入り、「大切な子供たちですから」、そう笑うソフィルとシンシアたちの軽い押し問答が始まる。

そんな微笑ましいソフィルのプライベートルームに、一羽のカラスがやってきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ