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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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九十三節、バベル島

バベル島━━

そこは絶海の中にぽつんと佇む、こじんまりとした島だった。

難攻不落、到達不可能といわれる所以はその景観にあり、海面から見るその島は岩肌しか確認できない。

島とは言え、それは高層ビルや塔よりも天高くそびえ立っており、その果ては海上からは見えなくて、陸地は雲が届くほどの距離にある。

ゴッド族によって作られたというその不可思議な島は、地上から見れば確かに熟練の冒険者でもまずたどり着けないような険しい外観をしている。

しかしひとたび頂上に出れば、そこには穏やかで、平和そのものの景色が広がっていた。

雲間の中に浮かぶ木々。石の階段は宙に浮いており、重力を完全に無視したかのようなバランスで石像や建造物が並んでいる。

人工物は少なく、緑や小川といった自然物が多い。

ゴッド族の絶大な聖力があらゆる物質に影響を及ぼしているためなのか、物質化された雲の上では鹿や羊が心地良さそうに日向ぼっこしている。

噴水の近くでは小鳥たちが水浴びに興じており、マダラシマウマ、マックスラマ、ヤワラカンガルーなど、多種多様な草食動物たちが芝生の上でたむろしていた。

動物も景色も、何から何まで陽光に照らされ光り輝いており、まるで楽園のような光景だ。

動物たちも、空を飛んで移動しているゴッド族たちも、みな穏やかな笑顔を浮べている。

そんな楽園でしかないバベル島は、普通の街と同じく結界によって区分けされており、自然区、保養区、禁止区、と、それぞれ立ち入り制限が設定されている。

ティエリアの住居がある“中央居住区”には、『ルシフィル』という結界名がつけられており、その結界を抜けるのにも当然入国審査のようなものがある。

とはいえ難しい試験や厳しい試練があるわけではなく、住人の招待状が必要なだけだ。それがパスポート代わりとなっており、期限付きではあるものの、所持者は出入りが自由に出来る。


中央居住区なだけあって、辺りには住居が多い。

独自の文化が発達しているため家の外観は様々だが、初めてその地に降り立ったシンシアとニーニアがまず疑問に思ったのは、辺りに建物はあるが、ほぼ全てが誰かの家で店らしい店がないことだった。

店の名前が書かれた看板やのぼりがなくて、案内板もどこにもない。

エレンディアの石像の前で待っていてくれたティエリアと和やかに挨拶を交わしつつ、そのことを尋ねようとしたが…遅れてやってきたダインを見るなり、ティエリアたちは固まった。

「だ、ダイン君、びしょびしょだよ!?」

シンシアの指摘どおり、ダインは上から下まで全身がぐっしょりと濡れていた。

「いやぁ、飛ぶ距離を間違えちまってさ、一回だけ海にダイブしちまったよ」

シャツの裾を絞りながらダインは笑う。「でもカバンだけは死守した」

「な、何か乾かすものは…」

自分のカバンを漁るシンシアだが、何もなかったようでついニーニアに目を向けてしまった。

「ご、ごめんなさい、そういうのはいまは持ってなくて…」

準備不足を謝るニーニアだが、「あ、でも魔法でどうにか…」、火の魔法を使おうと思ったようだ。

「すみません、結界の中ですので魔力魔法は恐らく使えないかと…」

というティエリアの言葉どおり、ニーニアはいくら集中してもその手に火が点ることはなかった。

「自然に乾くのを待つよ。今日も天気がいいし、太陽が近いから乾くのも早いだろ」

ダインはそういって、「でも海水で濡れたから服を洗えるところがあったら…」、辺りを見回す。

「あ、あちらの公園の中に噴水がございます」

ティエリアは近くにある小さめの公園を指差した。

「お水は綺麗ですので、いまの時間帯なら誰もいらっしゃらないかと…」

「悪い、ちょっといってくる」

ダインは荷物をティエリアに預け、小走りで公園の中に入っていく。

「…ダイン君、ほんとに転移魔法使わずここまで来れたんだね…」

彼の背中を見つめながら、シンシアは呟くようにいった。

「大陸からこの島までは何千キロって距離があって、周りは海しかなくて…しかも地上からこの陸地まで数キロの絶壁があるのに…」

「あ、あはは。そうだね。よくよく考えたらものすごい話だよね」

「快挙だって言いふらしたいところだけど、きっと誰も信じてくれないんだろうなぁ」

そう会話しているところで、ダインがすぐに戻ってきた。

先ほどよりも衣服の皺が目立つ。恐らく海水を洗ってから強く絞ったのだろう。皺が寄ってしまったものの、ほぼ乾いた状態に近かった。

「しかし噂どおりの難所だな。普通の奴だったらなかなかたどり着けないと思うよ」

笑い混じりにダインがいうものの、「も、申し訳ありません、無理をいってしまって…」、ティエリアは申し訳なさで胸が一杯のようだった。

「だからいいんだって」

彼女にも笑顔を向けながら、ダインは続ける。「バベル島は一度は来てみたかったところだし、険しい道のりの後に見るこの景色は格別だ。着いて間もないけど、来てよかったと思ってるから」

「そ、そういっていただけると…」

ややほっとしたようなティエリアにもう一度笑いかけてから、「で、早速温泉にいくのか?」、これからの予定をきいた。

「あ、いえ、みなさんお荷物がございますし、一度私のお部屋にそのお荷物を置いてから向かおうかと」

「じゃあそうするか」

「ごーごー!」

シンシアはニーニアとティエリアの手を引いて歩き出す。


「ちょっと他にはないところだよな」

歩き始めて早速、辺りを見回しながらダインがいった。

「建物が浮いていて雲の上には動物たちが眠っていてって、メルヘンチックな世界に見えるよ」

古民家のようなものや現代風の建物など様々な建造物が宙を漂っており、遠くには沢山の虹が見える場所もある。

整地された道路というものはなく土の道しかなくて、そんな中でもドローンや最新の携帯ゲーム機で遊んでいる子供たちがいる。

「確か、ゴッド族の強すぎる聖力が影響してる…んですよね、先輩」

その情報に自信がなかったのか、シンシアが隣にいるティエリアに声をかける。

「あ、は、はい、そうですね」

脳内で予定を復習していたティエリアは、はっとして答えた。「集中すれば本来の姿に戻るのですが、私のように気が緩んだ方が多いので…」

「独特の文化がありますね…」

ちらほら見えるゴッド族の人たちを見つつ、ニーニアがいった。「建造物もそうですけど、着ている服装も色々あるような…」

確かに、行き交うゴッド族の人たちはヒューマ族が着るような現代風な服装や、ゴスロリファッションのような服を着ている人もいる。

景観も人々も文化上の統一感がまるでなくて、ダインたちは不思議でならなかった。

「ゴッド族の方々は、基本的にあまり島から外に出ることはありませんので」

それからティエリアはゴッド族の生態について語りだす。

「閉鎖的…といえばそれまでなのですが、主にみなさんはこの島内で一日を過ごされているのです」

「どうしてですか? もしかして外が怖いから…とか?」

シンシアの問いかけに、「それもありますね」、ティエリアは小さく笑った。

「先日もお話した通り、私たちゴッド族は他の種族の方々から利用されやすい傾向にありまして…ゴッド族の方々もおおらかな性格の方が多いので、利用されているということに気付かない方も多く…ですので、無用なトラブルを避けるためにも、島からはなるべく出ないように、出てもあまり他種族の方と交流しないようにとのお触れが女王神さまより出ておりまして」

「あー、確かに、おおらかっていうのは分かるな」

ダインは頷きつつ、右側頭上を眺める。

その雲の上には成人男性と思しきゴッド族が寝転がっており、周りの動物たちと戯れていた。

「先輩も騙されやすそうだからなぁ」

笑ってティエリアに振ると、「そ、そのようなことは…」、否定の言葉をいいかけた彼女だが、思い当たる節があるのかそれ以上の否定はいってこなかった。

「私たちがちゃんと見張ってるから大丈夫ですよ」

背後からニーニアの肩を抱きながらシンシアがいうと、ニーニアも「うん!」、と大きく頷いた。

「あ、ありがとうございます」

一応謝意を述べるティエリアに、「で、外に出る人が少ないから、他の文化に触れる機会がなくて、結果として独特な街並みになっちまったってことか?」、ダインがきいた。

「あ、はい、そうですね。マジカルネットやテレビなどで情報を仕入れることもできるのですが、それは最近のことですし、深く調べないまま他国の文化を取り入れる方もいらっしゃいまして…」

「なるほどねぇ。統一感がないのはそのためか」

ダインが納得していると、「でもみんな外に出ないんじゃ、外貨を稼げないんじゃ…」、ニーニアは独自の疑問をティエリアにぶつけた。

「外国と交流無しでは、自国の経済に限界があると思うんですが…」

確かにニーニアのいう通りだった。どれだけ聖力があって種族的に上の存在だったとしても、お金がなくては生活が成り立たない。

にも関わらず、道を歩いたり空を飛んでいるゴッド族にはどれも焦燥感めいたものは感じられない。裕福な暮らしをしているようには見えないが、かといって困窮しているようにも見えなかった。

「あの、こういってはダインさん方に申し訳ない気持ちで一杯になるのですが…」

そう前置きし、ティエリアはいった。「私たちゴッド族には、働かなくてもいいほどの収入源というものがあるのです」

「収入源?」

「はい。信仰心の厚い方々や、女王神さまを心より崇拝している方…そのような他種族の方々から、供物として様々な食材や資材の提供を受けておりまして…」

と、彼女はいった。

働かなくていいとは驚きだが、しかしよくよく考えてみれば別段おかしくもない話だ。

彼らは曲がりなりにもゴッド族。天上神エレンディアと種族的な繋がりのある人たちで、崇拝されるべき存在なのだ。

信仰心があって敬虔な信者はそれこそ世界中にいる。何かいいことがあってはゴッド族の思し召しだと感謝し、せめてもの気持ちだと自らが得た利益を供物として供給する。

全世界からの寄付を受けているとあっては、確かに働かなくても生活は確保できる。

「あ、そっか、それでどこにもお店がないんだ」

そこで納得したようにシンシアがいった。「無収入でも問題ないんだったら、お店で働く人もいないですもんね」

「趣味でお店を経営する方はいらっしゃいますけどね。お料理好きの方が、その延長で食べ物屋さんを始めたり」

「自由気ままなんだな」

ダインがそういうと、「もらうばかりで何もお返しができないので、心苦しく思っているのですが…」、ティエリアはやや落ち込んでいった。

「供え物を下さる方の力になりたいと思っているのは私以外にも沢山いらっしゃるのですが、お触れのこともあって無闇に手を出せなくて…」

「ん〜、まぁ無理に返そうとしなくてもいいと思うけどな」

それほど気にすることは無いと、ダインは続ける。「そりゃゴッド族の特別な力を頼る人もいるだろうが、崇拝させてもらえる存在がいること自体に感謝する人もいると思うしさ」

皆が皆、同じ気持ちでゴッド族を崇拝しているわけではない。

ゴッド族であるティエリア相手に説こうとしたダインであったが、あまり宗教じみた話を続けると色々と危ない気がして、それ以上はいわなかった。

「私たちは純粋な気持ちでティエリア先輩を崇拝していますからね!」

ティエリアの前に回って、シンシアがいった。

「私だけじゃなくて、ニーニアちゃんも。ね?」

「ふふ、うん、そうだね」

ニーニアが同意したのを満足そうに見て、シンシアは、「なまだぶ〜」、とティエリアに両手を合わせた。

「な、なまだぶ?」

不思議そうにするニーニアに、「お祈りの呪文だよ!」、シンシアが答えた。

「ほら、ニーニアちゃんも一緒に。なまだぶ〜」

「な、なまだぶ〜」

シンシアと揃ってティエリアに両手を合わせるニーニア。

「え、えと…」

ティエリアはリアクションに困っている。

「色々間違えてるし、先輩は先輩だぞ?」

ダインが助け舟を出すものの、「純粋な気持ちで崇拝してるだけだよ。可愛い人っていうね」、とシンシアがいってきた。

「ああ、それなら…アリだな」

「え、ええ?」

驚くティエリアに、今度はダインも混じって彼女に「なまだぶ〜」、と祈りをささげる。

「あ、あの…えと…わ、私はどうすれば…」

ティエリアはしばし困惑することしかできなかった。



ジャスティグ家の邸宅は石造りの三階建てだった。

白塗りで現代風のお洒落な外観をしており、ベランダや庭には花が飾られている。

木製のドアも草花で彩られており、ティエリアがそのドアを開けると、「お帰りなさい」、という声が中から聞こえてきた。

出迎えてくれたのはエプロン姿の女性だった。

ティエリアを少しだけ大きくしたような彼女は、後ろにいるダインたちを見て笑顔を浮べる。

「初めまして、みなさん。『マリア・ジャスティグ』と申します。今後ともよろしくお願いいたしますね」

丁寧な言葉と共にお辞儀してきたので、畏まったダインたちもそれぞれ自分の名前を述べて順に頭を下げていく。

「やはり、お優しい方々なのですね」

挨拶を交わした後、マリアは穏やかな笑顔のままいった。

「みなさんのその表情から分かります。娘はいい方々と巡り逢えた。幸運を司る祖先のご加護があったようです」

突然祈りだすマリアに、「ま、ママ様、みなさん困ってらっしゃいますので…」、ティエリアがいった。

「あ、そうでしたね。すみません。ふふ」

笑ったマリアは、「ところでみなさん、ご朝食はまだでしょうか? 娘から今日のことを聞き、少々張り切ってしまったのですが…」、といった。

どうやら朝ごはんを作りすぎてしまったらしい。

ダインは一応食べてきたものの、難所に次ぐ難所を飛び越えてきたので腹は減っていた。

シンシアとニーニアも空腹だったようで、「いただきます」、と声を上げた。

「どうぞおあがりください」

人数分のスリッパを用意し、始終笑顔だったマリアは奥へ消えていく。

「ティエリア先輩のお母さんって感じだったねぇ」

シンシアは隣にいたダインにこっそりといった。

「私たちにも丁寧な言葉遣いだし、年上に失礼かも知れないけど可愛い人だし…」

「確かにな」

ダインたちは笑いながら玄関に上がり、「こちらです」、というティエリアの後に続こうとした。

そのときだった。

「動くな」

突然、ダインたちの背後から鋭い男の声がした。

「ひょっ!?」

びっくりしたシンシアとニーニアは固まってしまい、「両手を上げて頭の後ろで組め」、彼女たちの後ろにいた男はいう。

視界の端に何かきらりと光るものが見えた。

それは鉄製で、丸い形をしており…なんと銃口のようだった。

「え、ええ? こ、これは一体…」

思わぬ展開にシンシアたちがついていけそうになかったとき、「もう、パパ様!!」、ティエリアが声を上げた。

「初対面の方々に失礼です!」

初めて見たかもしれない、ティエリアの怒った顔だった。

「ぱ、ぱぱさま?」

シンシアとニーニアは同時に振り返る。

「はは、いやぁ、悪い悪い」

そこにいたのは、ティエリアの父親…なのだろう。

「驚かせてしまってすまなかったね」

謝る彼だが、その姿を見てまたシンシアたちは思考が停止してしまった。

ティエリアも母マリアも可愛らしい服装でいたはずなのだが、父親だという彼は、その見た目というか服装というか、非常に独特な格好をしていたのだ。

頭は短髪。優しそうなフェイスをしてはいるものの、目にグラサン。やや低身長の上半身はブラウスで、下半身はジーンズ。

そこだけならまだいいのだが、彼の肩からは薬莢がベルト状に連なったものが二つ、クロスされてぶら下がっている。

にこやかにこちらに笑いかけてはいるものの、その手にはマシンガンを持っていて、シンシアたちはまた驚きの声を上げてしまった。

「あ、大丈夫です、オモチャですから」

ティエリアはそういってシンシアたちを安心させる。「パパ様は最近、えふぴーえす? というゲームにはまっているそうでして…」

FPSというのは聞いたことがある。確か主観目線のシューティングゲームだ。彼が銃器を持っている辺り、恐らくガンアクションもののゲームなのだろう。

「うんうん、さすがティエリアが選んだお友達だ。みんな優しそうでいい子達だね」

目にサングラスをかけたまま、彼はいった。「よろしくね。私はゴディアという。ゴディア・ジャスティグだ」

「あ、ど、どうも…」

シンシアたちは再び彼…ゴディアに名前を名乗る。

「パパ様、お家の中ではサングラスを外してくださいといつもいっているはずです」

ティエリアは父にそう注意をしつつ、サングラスを取り上げた。

想像通り優しげな目が出てきたが、「うほ、まぶしっ!」、ゴディアはすぐに手で覆った。

そんな彼の背中を手で押しつつ、ティエリアは「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」、本当に申し訳なさそうに謝ってきた。

「お荷物は後で部屋に上げておきますので、どうぞこちらへ」

ゴディアを押し出していきながら、彼女はリビングへ向かった。

「何か…お家の中だとティエリア先輩違うね」

ぽかんとしたままシンシアがいう。「珍しいなぁ」

「お家の中じゃ素が出ちゃうのは、種族も関係ないっていうことだよ」

ニーニアは笑っていい、「そうだな」、ダインも笑って、そのままティエリアたちの後に続いた。


テーブルの上には、朝食にしては豪華すぎる料理が並んでいた。

パン、サラダ、シチューにピザ。ヨーグルトやフルーツもある。

窓から朝日が差し込んでいるせいか、朝食まできらきらと光っているように見えた。

「ここには肉食の文化がなくて、お野菜ばかりで申し訳ないのですが…」

確かにその朝食はどれも野菜ばかりで、ピザの上に乗っている具材も葉もの野菜しかない。

「すごく美味しそうです!」

席に着いたシンシアは、早速パンやシチューにがっつき始めた。

「ん、本当に美味しいです」

ピザとサラダを食べたニーニアは、そういってマリアに笑顔を向ける。

「うん。確かに美味い。先輩の料理上手はここからきてるんすね」

ダインまでそういうと、マリアは「良かった」、嬉しそうに微笑んだ。

「朝食一つでその日のテンションが変わる。妻の料理にはいつも感謝しているんだよ」

満足そうにシチューを食べていたゴディアは、「ときにダイン君」、隣にいたダインに体を寄せた。

「君はゲームとかあまりしないクチかな?」

「ゲームっていうのは、テレビゲームの方っすよね?」

「ああ。最新のものからレトロなものまで何でもいいんだが、どうだろうか?」

尋ねてくるゴディアに、「あんまりしたことはないっすねぇ」、ダインは正直に答えた。

「うちってゲーム機とかないんすよ。携帯の方もあんま触ったことないし」

「おや、そうなのか」

ゴディアは意外そうな表情だ。「下界の人たち…特に年頃の男子たちはゲームに夢中だと聞いたことがあるんだけど」

「それは間違いじゃないとは思いますけど、ウチでは遊びといえばもっぱら外でしたね」

「う〜ん、そうなんだねぇ」

やや残念そうな彼だが、「ゲームに興味はないのかな?」、ときいてきた。

「小さな箱一つで、驚いたり感動したりすることができる。一本の映画を視るよりも濃い内容に度肝を抜かれることもある。悪人をばったばったと成敗する爽快感に心が踊り、レベルが上達しかつての強敵を軽く粉砕できたときには、血湧き肉踊る気持ちにもなる。未来永劫残すべきこの神器を、君はやってみたいとは思わないか?」

娘の友達とはいえ、初対面相手に朝からゲームについて熱弁を振るうゴディア。

その熱気にダインはやや押されながらも、「興味はありますよ」、とこれまた正直にいった。

「自分では扱えない武器、使えない魔法を使って世界を救うっていうのは、男なら誰もが夢見ますよ」

「分かってるじゃないか!」

食事中なのに、ゴディアは立ち上がる。「ではダイン君、共に行こう! 世界を救いに!」

後ろに背負っていたマシンガンを差し出してくる。その目には熱い闘志が燃え上がっていた。

「妻も娘も料理しか熱中してくれなくてね、魂の戦友…タマセンが欲しかったんだよ」

「た、タマセンになれるかどうかは分かんないっすけど…いいっすよ」

「おお!」

ゴディアが喜びの声を上げた瞬間、「ですから駄目です、パパ様!!」、別の方向からティエリアの声が飛んできた。

「この後は皆さんで温泉に行く予定なのですから、邪魔しないでください!」

「え〜、少しぐらいいいじゃないか。温泉は別に逃げるものでもないのだし」

「混む時間帯というものがあるのです。ここへ来るのだけでも、ダインさんたちは物珍しそうに見られていたのですから…混んでいる中に入ってしまうと、ダインさんたちは囲まれて進めなくなってしまいます」

押し問答を始める父と娘。

「十分ほどなら構わないのではなくて?」

マリアが父に加勢するが、「ママ様もいけません! 一分一秒を争うのです!」、ティエリアは鋭く噛み付いた。

それから父と母に突っ込んで回るティエリア。

外では想像もつかないその姿に、ダインたちは驚くばかりだ。

それでも可愛らしいことに違いはなかったので、シンシアたちはほんわかとした笑顔を浮べる。

特に和んだのは、ティエリアが肉親をパパ様、ママ様と呼ぶそのいい方だ。

「可愛いなぁ…」

思わずシンシアが声に出してしまい、彼女たちの表情から察したティエリアは真っ赤になって俯いてしまう。

「なんかすげぇ新鮮だよ」

ダインも正直にいうと、「す、すみません…」、ティエリアは謝ってきた。

「いや、先輩のガチなプライベートなんだからそのままでいいんだよ。興味もあるし」

もっと見てみたいと続けると、「よし、じゃあ三十分ほど私とゲームで遊ぼうか」、ゴディアがいってきた。

「家の中にいたら、ティエリアの珍しい姿が沢山見れるはずだしな」

「も、もう、パパ様、いけませんといいました!」

ティエリアはまた突っかかる。

「いまはゲームよりも温泉なのです!」

「私たちは世界を救おうとしているんだ」

「仮想世界の中ではないですか!」

恐らく自分が組み立てた予定を狂わされるのが嫌なのだろう。ティエリアの大きな声がリビングに何度も響き渡る。

穏やかな休日の朝。ジャスティグ邸では、いつもより沢山の笑い声が上がっていた。

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