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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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九十二節、晩餐2

食後のデザートタイムに入ってからは、話題は再びドラゴン退治のことに戻っていた。

「残りのドラゴンも、あのジグルっていう人が倒していくことになるのかな」

フルーツの沢山乗ったパフェを食べながら、シンシアがいう。

「ヴォルケインのときは単独だったし、次のシアレイヴン? も、あの人単体なのかな」

「まぁそうなるんじゃない?」

コーヒーを飲みつつディエルが答える。「自分たちの技術力や組織力をアピールしたいのなら、あえて不利な状況で戦った方が効果は高そうだもの」

ヴォルケイン討伐をテレビ中継したこと。世界的に休日の多い週末に討伐のスケジュールを組んだこと。それらから考えて、ガーゴは宣伝に力を入れていることは明らかだった。

「たった一人でドラゴンを倒せるウチはすごいだろっていいたいんでしょ。調子乗ったバカな男子がオラついてるのと同じよ」

早速ガーゴをディスり始めるディエルだが、「まぁでも、気になることがあるっちゃあるわな」、ダインはいった。

「気になること?」

「ほら、ヴォルケイン討伐が中継されてあいつが出てきたとき、ジーニだったかサイラだったかがいってただろ。ただの一般人だって」

「いってたけど…でも特殊な訓練を受けた一般人なんでしょ? それがどこまで信憑性があるのか分からないけど」

「いや、注目したいのは訓練方法とか強さの秘密じゃなくて、一般人…つまり誰にでもジグルほどの強さを手に入れられるっていうところだ」

ショートケーキを少しずつ崩し食べながら、ダインは続ける。「要は、訓練か何かを受けて誰でも強化できるのなら、ドラゴンを倒すのは別にジグルじゃなくてもいいっていうことだ」

「確かに…」

呟くティエリアは、「ではその特殊訓練の技術か、それに近いものの宣伝が目的ということも…?」、ダインにきいた。

種族や能力関係なく、誰でも強くなれる方法がある。七竜に匹敵する力を手に入れられるのならば、大金を積んででもその力が欲しいと思う奴は沢山いるだろう。

「結局はお金、なのかな…?」

やや不安そうにダインを見るニーニア。

「まぁ全て憶測だから断言はできないけど、平和や平等とか綺麗事を並べ立てる奴の中にだって、金目的に活動してる奴はいるってことだ」

「悲しいことですが、事実ですね…」

ティエリアはパフェを食べる手が止まってしまっている。「平和主義を謳い私たちゴッド族に近づいてきた方のほとんどが、私欲にまみれた人たちでした。宗教の広告塔に仕立て上げられたり、何でもないアイテムにゴッド族の付加価値をつけて、法外な値段で売りつけたり…」

見聞きした情報なのか、彼女は憂えた表情をしていた。

「まぁ、お金が欲しいっていうのは誰でもあると思う。問題はその儲け方よ」

ディエルはいった。「誰かを騙したりして儲けるようなやり方には悪意しか感じない。世のため人のためドラゴンを討伐するといいながら、大金目的に動いていたっていうのはそれに近いことだわ」

「連中のやり方は犯罪スレスレ…いや、犯罪を犯してるようなもんだからな」

ダインが続ける。「ヴォルケインの復活騒ぎを起こしたり、人を尾け回したり、反社会組織と手を組んだりさ」

「そういう犯罪を犯して手に入れたのが、ドラゴンを倒す力っていうこと?」、と、ディエル。

「断言できる材料は少ないが、大方そうなんじゃね?」

ダインがそういったところで、「あの、そもそもの疑問なのですが…」、ティエリアがゆっくりと手を挙げた。

「ガーゴ組織とジグルさんはどのような繋がりがあったのでしょう?」

根本的な疑問だった。「ラフィンさんとこっそりジグルさんについて調べていたのですが、先生方からはあまり評判の良くない生徒だったようで…そのような方が、何故ガーゴ組織と手を組んだのか…」

「いわれてみれば…どうしてだろ」

シンシアとニーニアは考え込み、「まだアイツだっていう確証はないんでしょ?」、ディエルはまだドラゴンを屠ったのがジグルだということに懐疑的だ。

「仮に奴だとしたら、大方の予想はつく」

ダインは推論をいった。「ああいうグレた奴は無駄にプライドだけは高い。格下だと思い込んでいた俺が強く反発したもんだから、そのプライドに傷がついちまったんだろ」

「どういうことよ?」

「見た目からして喧嘩っ早い奴だったからな。安易に力を欲したんだろうよ。そこにジーニだかサイラだかが目をつけた」

プライドの高い不良というものは厄介なもので、傷をつけられた相手にはどんな手段を使ってでも復讐をしたがる。

感情のみで相手を貶し、粘着質に、狡猾に、後先のことを考える頭も余裕もないから、犯罪を犯してしまいがちだとダインは続けた。

「でもそんな奴は他にもごまんといるでしょ? あんなやさぐれた奴じゃなくてもいいじゃない」

ディエルが反論する。「純粋に力を欲しがっている真っ当な人もいるはずで、そんな中でわざわざ不良のジグルを選んだのはどうしてよ?」

「俺が考えられる理由は二つあるな」

ダインは静かにいい、ケーキを食べ終え空になった食器を後ろに控えていたメイドに手渡す。

空いたコップに紅茶を注いでもらい、ずずっと一口啜った。

「二つの理由って?」

続きを聞きたがっていたディエルたちに、「一つは、その“ドラゴンを倒せる力”が公に出来ないものだったんじゃないか、ということだ」、ダインはそう答えた。

「禁呪なのか禁忌の秘術なのか分からないが、その方法が公になるとまずいから、そういうのを気にしない…または頭になさそうな単純な奴を選んだんじゃないか」

なくはない話だった。

仮に強くなれる方法が真っ当なものだとしたら、ここまで隠す必要はない。その方法をもっとオープンにし、自分たちの技術力の高さをアピールすることだってできたはずなのだ。

「とにかく力が欲しい、何でもいいから強くなりたいと思っていた奴だから、あいつが選ばれたんじゃないか」

「もう一つは?」

ダインの推論に興味が湧いたディエルは、そのまま続きを促す。

「もう一つは、後腐れのない手近な奴がジグルだったんじゃないか、ということだ」

「後腐れ?」

「考えてもみろよ。ドラゴンを倒すほどの力を、まったくノーリスクで手に入れられると思うか?」

ダインは声を潜めて、ディエルたちを声の届く範囲に集める。

「資質も実力もない奴が突然強大な力を手にすると、必ず何かしらの反動が生じるはずだ」

「…確かに、そうね。ボールに限界を超えて空気を入れると破裂してしまうものね」

「そう。つまり力を得ることによるリスクはあるんだよ。ジグルの見た目的には何もないようだったが、内面か、もしくは精神に何かしらの異常を来たしているはず」

「異常…」

呟いたシンシアは、はっとしてダインに顔を向ける。「もしかして、試験的な意味合いも含まれてるっていうこと…?」

「そうだ」

頷いたダインは、そのままディエルたちに目を向けた。「その禁呪か秘術が最近開発されたものだとしたら、開発者側としても図面上の効果しか分からないはず。どんなリスクが生じるかまでは分かってないと思うんだ」

「実際に人に使ってみて、効果やそのリスクを調べているっていうこと? 治験的な?」

ディエルの問いかけに、「じゃねぇかな」、ダインはさらに続けた。

「強大な力を手に入れるリスクなんて、考えるだけで相当なもんだとは思わないか? 俺だったらまず断るし、シンシアたちだって嫌だろ?」

「でもあの人は…ジグルさんは受け入れた」

ティエリアがいった。「どのようなリスクが生じても責任を問わず、口外しないなどと契約を交わした…と」

「ああ。ガーゴ側としても扱いやすい奴だと思ったんだろうな。だからジグルが実験体として選ばれた」

ディエルたちは黙り込んでしまう。

それぞれ真剣な表情をしており、シンシアはうんうんと唸っていた。

「憶測だし確証もない。本人に聞いても正直に答えるはずもないだろうが、可能性としては近いとは思わないか?」

「まぁ…そうね…」

ダインの推論に納得できる部分が多々あったのか、ディエルは黙ってコーヒーを飲み続けている。

「この憶測を延長するようだけど、仮にそうだったとしたら問題はもう一つ出てくるんだ」

「問題?」

「いまジグルは実験されている。実験っつーことは色々データをかき集めているっていうことで、それは終わりのある作業だ」

再び紅茶を飲み、テーブル中央に置かれた花瓶を見つめながら、彼は呟くようにいった。「一通りデータが揃ったら、あいつはどうなるんだろうな」

そこでシンシアたちは押し黙ってしまう。

「…用済み、か…」

ディエルがぽそりといった。

「あいつがどんな契約を結んだのか知らないけど、実験させられているのだとしたら、その契約は恐らく限定的なものでしょうね」

「だろうな。通常、契約というものが切れたらお互いの関係も切れる。無関係の間柄に戻るが…だがジグルの場合はそう簡単にはいかないよな」

ダインがいうと、「ええ」、と頷いたディエルが引き継いだ。

「ジグルには“特殊な訓練”に関するガーゴにとってマズイ記憶が頭にも体にも残っている。聖力魔法の中には記憶を操作できる魔法はあるけれど、体に残っている“リスク”は強いものでしょうし、きっとどんな回復魔法でも癒すことはできないでしょうね」

「そうだ。一発で世論がひっくり返るようなマズイものだったなら、あいつは辺境の地に飛ばされるか、最悪…ジグルごと“証拠隠滅”させられるか」

一気に暗い話題になってきたので、シンシアたちは相変わらず言葉を発することが出来ない。

青い表情になり、「で、ですが人権を無視するようなことはさすがに…」、ティエリアが口を挟んできた。

「ガーゴには人権を無視した人体実験を繰り返してきた後ろ暗い過去があるんだろ?」

ダインは真面目な顔でいった。「その後ろ暗い過去の清算はされてない。現在までの華やかしい実績が隠れ蓑となって、誰からも追及の声が上がらない」

「良く考えたら、無茶苦茶な話だよね…」

残念そうな表情でシンシアが呟く。「人体実験で得られた技術が将来どれだけ世の中の役に立ったとしても、過去の過ちは消えることはないのに」

「その技術があったから将来的に死亡率が減っただの、終わらない論戦はいまも仮想世界の中で巻き起こっているが…それについてはいまはいいんだ」

ダインは逸れそうになった話を戻す。「オブリビア大陸の法律も政治も、裁判に至るまで、ガーゴは全権を握っている。単なる不良一人、どうにでもできるんだよ」

過去と同じ過ちを繰り返し、その事実すら隠蔽することが出来る。

ダインの言葉に全員がまた押し黙ってしまい、後ろにいたメイドたちも、表情こそ崩さなかったが内面はざわついていた。

「まぁ結局は全て自己責任なんだけどな」

紅茶を飲みつつダインは続ける。「あいつだってガキじゃないんだし、その辺のことは承知しているはずだ。俺たちが心配する義理も道理もないんだが、しかしあんまり気持ちのいい話じゃねぇわな」

「とはいっても、その謎の秘術というものが、リスクのない強化魔法という可能性は捨てきれないんでしょ?」、とディエル。

「そうだな。だがそんな都合のいい秘術があるのなら、隠す必要はないんじゃないか? むしろそっちを大々的に宣伝した方が稼げるだろうし」

そのダインの言葉に、「それは確かにそうね…」、ディエルは再び考え込んでしまった。

「禁忌の秘術を売り込むためにジグルを使って実験を繰り返し、リスクを徐々に減らしていってるんじゃないか。ディエルがいっている通り、奴は治験されてんだよ」

「リスク…ねぇ…」

「ま、ともかく現状俺たちにはあまり関係のない話だ」

見も蓋もないことをダインがいった。「ガーゴは儲けたくて秘術を開発し、ジグルは強くなりたくて実験体になることを了承した。俺たちにはまったく蚊帳の外の話だ。今後交わることもないかもしれない」

「でも同じ学校の中でそんな人がいるのはちょっと…」

シンシアは心配そうな表情で、ニーニアもティエリアも不安げにダインを見つめている。

「もちろん、一瞬でもあいつと面識を持っちまったから、関わってくる可能性の方が高い。俺はガーゴに目をつけられているし、力を得たジグルも何か仕掛けてくることは十分考えられる。降りかかる火の粉は、早く払わないとお前らにまで伝播していっちまうかも知れない」

ポケットをまさぐっていたダインは、「だから…」、そこから何かを取り出し、テーブルの上に置いた。

それは小さな鉄製のリングだった。

「これは?」

ディエルは五つあるリングの一つを掴み、不思議そうに眺める。

「ニーニアとの合作だ」

にやりと笑ったダインは、隣に近寄っていたニーニアの頭にぽんと手を置いた。

「それぞれ、微量だが俺の魔力が込められてある」

「え? ダイン君の?」

シンシアはすぐさまそのリングを手に取り、ティエリアもリングを掴んでそっと握り締めた。

「あ…確かに、感じます…」

嬉しそうに呟く彼女の隣で、「あなたの魔力があるだけ?」、ディエルはそのリングがどのような効果があるのか、今ひとつ分かってないようだ。

「ヴァンプ族の魔力は少々特殊でな」

ダインは自身の右手中指にリングを嵌めながら続けた。「魔力を通じて、お互いの意識を繋げることができるんだよ」

「は…? なにそれ…」

「もちろん吸魔されたことのある奴じゃなきゃ効果はない。精度はかなり低いし、明確に意思疎通ができるものでもない。強く集中して、ぼんやりと分かる程度のものだが…まぁ保険みたいなもんだ」

「…なるほどね」

ディエルは納得したようにそのリングをダインと同じ右手中指に嵌める。

ニーニアの技術によって特殊加工されたそれは、装備者の指のサイズに合わせて自動的に変形した。

「何が起こるか分からないんだもの。お互いの連絡手段は少しでも多く持っていた方がいいっていうことね」

「精度が低いから、相手に異常が起きていることをキャッチできるぐらいだけどな」

「それでも十分だよ!」

左手の薬指にリングを嵌めていたシンシアが、満面の笑顔でそれを掲げて見せてきた。「大切にするね?」

「ん? ああ、ありがとう…な?」

左手の薬指。

ヒューマ族の中では、そこに指輪を嵌めるのは何か特別な意味があったのではと逡巡したダインだが…思い出せないのでスルーすることにした。

「ここで良いのでしょうか…」

ティエリアはニーニアに問いかけており、「あ、はい、大丈夫です」、そう返事をするニーニアもティエリアも、どちらも左手薬指にリングを嵌めている。

「ミーナの分はないの?」、と、ディエル。

「吸魔できる間柄にないからな。巻き込みたくないし、だからあえて作ってないんだよ」

ダインは彼女を真っ直ぐに見て、「だからあいつのことはお前が守ってやってくれ」、といった。

「あの子はもう十分、私のことで色々と巻き込まれ続けてきたものね。完全に部外者でいさせるわ」

ディエルの言葉に、「そうしてくれるとありがたい」、ダインは安心して笑いかける。

ちょうどそこでシンシアたちはデザートを食べ終え、話題は雑談に戻った。

窓の外は完全に暗くなっており、シンシアたちの携帯には彼女たちを心配する親から連絡が着ていたようだが、この楽しい時間を終わらせたくなかった三人は限界まで粘ることに決めたようだった。



そんな、賑やかな声の響くゲストルーム。

隣接する部屋には、怪しげな動きを見せている者がいた。

月明かりのみが照らされた青白い壁に、その誰かは携帯のような小型の機械を押し付けている。

「くく…」

メイド服でいたその女は、ディエルたちの笑い声が響く壁にべったりと張り付いていた。

月が動いたことにより明かりの位置も移動し、暗闇に紛れていた彼女の顔が青白く映し出される。

…ミレイアだった。

壁から携帯を離し、録音機能がしっかり作動していたことを確認し、顔にいつもの意地悪な笑顔を浮べる。

「壁に耳あり…ってね」

含み笑いを漏らすミレイアは、録音された音声を再生し、その内容を確かめた。

ぶっちゃけた話、ダインたちのその会話にどんな意味があるのかは、ミレイアには分からない。

しかしかなり重要そうな会話だということだけは分かっていたので、これは切り札になる、と大事そうに携帯をポケットにしまった。

「これをガーゴに持っていって揺さぶれば、きっとお父様の復帰と復権も叶うはず…」

そんな野望を呟いたときだった。

「何をしているのです」

すぐ背後からやけに通った声がした。

「うおあぁっ!?」

心底驚いたミレイアはそのまま飛び上がってしまう。

慌てて振り向くと、そこにはやけにガタイのいい、サイドテールの女が立っていた。

「相変わらずお行儀が良くないですね、先ほど注意したばかりでしょう?」

困ったように見つめてくるその女を、ミレイアは睨み返そうとした…が、面食いだったミレイアにとっては少々分が悪い相手だった。

「な、何だよ変態」

声が上擦ってしまう。女のミレイアが見ても、デビ族の彼女はエル族並に整った顔立ちをしている。

しかし彼女が『変態』といったように、その“女”…クリスティーナには、ある“公にされた”秘密がある。

「変態は失礼ですよ。このご時世、女装男子や男装女子は珍しいことではなくなってきたのですから」

そういってクリスティーナは自分の頭を触る。ウイッグが取れると、そこにはメイド服を着た美麗なる男性がいた。

「さ、携帯を出してくれないか?」

声が低くなり、優男が発するような言葉遣いになった彼は、さらに一歩ミレイアに近づく。

「か、カツラを取るなよ。うざいんだよてめぇは…」

その声にはいつもの覇気はない。クリスティーナの素の顔はミレイアにとってはドストライクだったのだ。

「その顔でいちいち注意してきやがって。メイド隊のクセしてなんで男が紛れてるんだよ…」

「スウェンディ家の当主、サフォン様はどのような趣味を持つ方も受け入れてくださる偉大な主様だからね。僕のメイドとしての能力のみを評価して下さったから、ディエルお嬢様の護衛隊も任せて下さったんだよ」

クリスティーナは一歩ずつ下がっていくミレイアを追いかけ、やがて壁際に追い詰めた。

「うげ…!」

壁に背中がぶつかり、ミレイアは固まる。

そんな彼女にさらに詰め寄ったクリスティーナは、ミレイアの頬のすぐ横で腕を突きたて、俗にいう壁ドンをした。

「うひょっ!?」

「さ、ミレイア」

ミレイアに顔が迫ってくる。イケメンとしかいいようがない顔が。

「ち、近い近い近い…っ…!! 近ぇんだよ…!!」

ミレイアはますます顔が赤くなっていき、クリスティーナから顔をそらせてしまう。

「口の悪さはなかなか治らないね」

息のかかる距離まで顔を詰めたクリスティーナは、そのまま優しく笑った。「でもそういうところも君の魅力だよね」

「は…は? わわ、訳分かんねぇし…」

「君が迷惑をかけた人たちへの謝罪回りは終わったんだし、もう罪を重ねる必要も、悪ぶれる必要もないんだよ?」


政治家である父ロアンの威光を存分に振り回し、ミレイアはこれまで様々な悪行を重ねてきた。

主な悪行はいじめが多く、無理やりいじめ行為に加担させていた者も含めると被害者は相当数に上る。

いじめなど相当悪質な行為になるのだが、しかし直接手を下してないことや、重大な過失に及んでないこと。さらにはロアンが裏で行っていた人身売買や監禁にもまったく関わってないことなどから、ミレイアだけは逮捕に至っていなかった。

ある意味で彼女は無罪放免なのだが、しかしいじめという悪い事をしていたのは間違いない。

少しでも“禊”になればと、クリスティーナは嫌がるミレイアを数日間連れまわし、迷惑をかけた人たちへ謝罪周りを強行していたのだ。

ミレイアの突然の来訪には驚く人がほとんどで、ミレイアの口だけの謝罪に気をよくする人などもいなかったのだが…、

「どうぞ、“こちら”を見て許していただくわけにはいかないでしょうか」

と、クリスティーナが差し出したある“映像”を見せられ、ほぼ全ての人たちがミレイアを許す…いや、気の毒に思ったようだった。

アヘ顔ダブルピース謝罪とは、それほど威力があるものだったらしい…。

結果としてミレイアには“一応の”禊は済んだようで、だからこそクリスティーナはミレイアの改心に執心していた。


「素直になってさえしてくれれば、ディエルお嬢様も認めてくださるはずだし」

「な、何であいつに認めてもらわなければならないんだよ。そんなの私が望んだことじゃねぇし」

「でも君には帰る場所がないんだよ? ここを追い出されたらどこに行くの?」

クリスティーナに問われ、「そ、それは…」、ミレイアは顔を赤くさせながら視線を泳がせる。

「友達に頼りたくとも、みんな政治家の娘である君しか見てなかったんだよね? 君の友達同士の間では、君に対する悪口が絶えなかったそうだし…」

「か、関係ねぇよ。人は一人でも生きていける。誰かに頼るほど弱く…」

「強がらなくていいんだよ」

またぐいっとイケメンの顔面が迫ってきた。

「だ、だーも! 近ぇから…!!」

ある意味で天敵のクリスティーナに迫られては、ミレイアはろくに反論できず、逃げることも出来ない。

月夜のおかげか、クリスティーナの強い眼光に射抜かれ、彼女は束縛の魔法にかかったように動けなかった。

「データは消させてもらうね?」

ポケットから携帯をゆっくり抜かれても、ミレイアは羞恥に体を震わせるだけで、取り返すことができない。

「ついでだし、君が知っていることは洗いざらい話して欲しいな」

クリスティーナは唐突にそういった。「禊の意味も含めてね?」

「な、なんで変態なんかに…」

視線を逸らしつつミレイアがいうと、「あれ、知ってることはないっていわないんだね?」、クリスティーナは間近で微笑んだ。

「ちっ…ま、マジうぜぇ…」

悪態をつくミレイアだが、彼はその顎を掴んで上にあげさせた。

「ちょま…!? な、何すん…」

クリスティーナの唇が迫ってくる。

動けず、何も出来なかったミレイアはぎゅっと目を閉じたが…、

「何もしないよ」

唇が触れ合うギリギリのところで、クリスティーナは止まった。

「このまま何もしないつもりだけど、君がもっと素直になってくれたら…不意の事故が起きてしまうかもしれないね?」

彼の声もドストライクだったミレイアは、彼に囁かれるたびに全身を震わせてしまう。

一センチの距離もないところに好みの顔がある。

その微笑みも囁く声もどこまでも優しくて、その目は自分の望みを見透かしているかのようだ。

「な…何なんだよ…」

親は牢屋の中にいて、住んでいた家は閉め出されている。

誰からも嫌われすぎていたため親類も友達も頼ることが出来ない。

行く当てのないミレイアに優しくしてくれるのは、女装した彼…クリスティーナだけ。

ミレイアが陥落してしまうのは、もはや避けようのないことだった。







「どうやらクスリを作っていたようです」

ダインたちが帰宅し、ディエルも自室に戻っていた深夜、彼女の目の前にいた長身のメイド…いや、男のクリスティーナはそういった。

「クスリ?」

椅子に座って彼の報告を受けていたディエルは、「どんなクスリなの?」、と尋ねる。

「効果のほどについては定かではありませんが…それが“彼”に投薬されていたのは間違いないでしょう」

「あいつの強さの秘密はクスリだった、というわけね」

腕を組んでいたディエルは再度尋ねる。「作り方までは分からない?」

「はい。そこまでは彼女…ミレイアも知らないそうです」

クリスティーナはそういって、自分の隣に立っていたミレイアに顔を向ける。

「本当なの?」

ディエルも疑わしげな目を向けるが、「知らねぇよ。ただお父様が話しているのを盗み聞きしただけだ」、ミレイアはどこか不機嫌そうにいった。

「話し相手がガーゴで、クスリとか研究とかって単語しか聞いてねぇ。後のことは何も知らない」

「ふーん」

つまらなさそうにいったディエルは、キリノフ邸から拝借した研究資料に目を通している。

「まぁいいわ。分かった。後は好きにしていいわよ」

彼女は顔を上げずにいった。「どこへでも行って」

その突き放されたようないい方に、「は?」、とミレイアは思わず声を出してしまう。

「クリスティーナを使ってでも聞き出せたのはこの程度の情報か…」

ディエルの呟きを聞いて、「な…!? て、てめ、やっぱり私を騙して…!」、ミレイアの顔がみるみる朱に染まっていった。

「あなたがこれまでしてきたことに比べれば温いもんでしょ」

ディエルは涼しげだ。「裏切られた気持ちは少しは理解した?」

「いい加減にしろよてめぇ! 散々私たちを弄んだ挙句、あんな映像まで残しやがって…私でもあそこまでのことはしてねぇよ!!」

掴みかからんばかりの勢いだが、「あーうるさいうるさい」、もう用は無いとばかりに、ディエルは背を向けた。

「クリスティーナ、もうそいつ外に放り出しておいて」

「ぐっ…! こ、この…!」

飛び掛ろうとしたミレイアをクリスティーナが制し、「お嬢様、お一つよろしいでしょうか」、声を素に戻した彼はウイッグを取って、ディエルの前に一歩近づいた。

「何?」

「お嬢様の言いつけどおり、ミレイアを懐柔しましたが…この子の今後の扱いは、私に一任していただけないでしょうか」

「え?」、と、ディエルもミレイアも思わず同時に彼に顔を振ってしまった。

ディエルに笑顔を向けたクリスティーナは、「魅力にやられてしまったのは、実は私も同じでして…」、その優しげな笑顔をミレイアにも向ける。

「可愛らしいと思ってしまったのです」

「うえぇっ!?」、驚愕し、仰け反ったのはミレイアだった。

「ですから、その…ご迷惑でなければ、このまま私の側に置いておくというのは…」

クリスティーナには女装癖がある。その趣味が高じてスウェンディ家のメイド隊にまで成り上がってしまったのだが、恋愛対象は女“でも”いいのだ。

彼の女性、男性遍歴を思い起こしていたディエルは何かいってしまいそうになったが、すぐに口をつぐむ。

「い、いやいや、何勝手にいって…」

怒りが消え失せ戸惑い始めるミレイアだが、「まぁ確かに、あなたが世話をしてからはそいつも悪さらしい悪さはしてないようだし…」、ディエルは再び腕を組んで逡巡した。

「いいわ。許可する」

「は!?」

「ありがとうございます。ということで、行こうか、ミレイア」

「はっ!?」

「どうしたんだい?」

「い、いや…だ、騙してたんじゃないのか!?」

「そうだけど、君を気に入ったというのは本当だよ。手放すのは惜しいと思ったんだ」

「ひゃああぁぁっ!? ちょ、い、いきなり手を掴むな! 恥ずい!!」

「ふふ、本当、反応が可愛いね。後で沢山抱きしめてあげるからね?」

「ま、待っ…ちょま…! じょ、女装の野郎に迫られて…ど、どう反応すりゃいいんだよおおおおぉぉぉ…!!」

ミレイアの叫び声が遠ざかっていく。

バタンとドアが閉まってから、ディエルは肩をすくめる。

「まだうるさいのは当分続きそうね…」

一人息を吐いた彼女は、携帯を取り出しダイン宛のメールを作成し始めた。

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