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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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九節、ヴァンプ族という種族(後)

同じ頃、校舎二階にある家庭科室では民族料理研究部に混じり、シンシア、ニーニア、ティエリアの女3人がキッチンを囲んで料理の勉強に勤しんでいた。

「材料はこれだけしか準備できなかったんだけど…これでいいかな?」

研究部部長の女生徒、デビ族のジェラがふんだんに食材が乗せられたトレーを持ってくる。

これだけ、と言いながらもその食材は野菜類や肉類、魚介類など多種多様だ。

「わぁっ! ありがとうございます、十分すぎます!」

シンシアは目を輝かせお礼を言った。

ニーニアとティエリアと視線を合わせ喜び合っている。その様子に満足げに頷くジェラだが、副部長で同じくデビ族のエリーゼが彼女の脇腹を肘で小突いていた。

(ちょっとジェラ…! 肉! 肉は駄目じゃない!)

非難するような視線でこそっと耳打ちしているのが聞こえる。

(え、どうして?)

(ティエリアさんはゴッド族でしょ! 肉類は禁忌って授業で習わなかった!?)

(あっ!?)

しまったという顔をするジェラ。

料理研究部の2人は、最近何度か家庭科室にやってくるティエリアをどうにか部に引き入れようと画策していたのだ。

ゴッド族の部員がいる。それが事実となれば、料理研究部としての地位も名誉も磐石なものになる。

フリーであるティエリアを勧誘できるのは今しかないと、相当に気を使っていた。そのため、普段ならばノマクラスなど見向きもしない彼女たちであったが、ティエリアと仲が良いらしいシンシアとニーニアにも笑顔を振りまいている。

(これで機嫌悪くしちゃったらどうすんの! いいから早く肉だけ下げて…!)

「あ、あの、大丈夫ですから」

2人の会話がばっちり聞こえていたティエリアは、申し訳なさそうにそう言った。

「禁忌は昔の話ですし、食べてどうなるということはないので…少しぐらいなら、食べても…」

「そ、そうですか? やーすみませんねウチのバカが」

エリーゼが頭を掻きながら詫びる。

「バカってなんじゃい! これ持ってけって言ったのあんたじゃろがい!」

激昂したジェラは即座に噛み付く。

「盛り付けたのあんたじゃなかと!? うちのせいにするんじゃなかとね!!」

エリーゼもすぐに興奮し反論した。

方言丸出しで掴み合いになりそうになったが、別の女生徒が飛んできて2人の首根っこを掴む。

「喧嘩禁止つったばい! ティエリア様怯えとろーが!」

華奢な見た目の割りに力持ちだったようで、そのまま別のキッチンまで引きずっていった。

「…う、う〜ん、ある意味ですごく面白いところだよね、ここ…」

呆気に取られていたシンシアが呟く。

「あ、あはは。でもほら、気にしないでって言ってるから、続けよう?」

ニーニアは笑いながら、用意してくれていた食材を水道水で洗い始めた。

「や、やはりご迷惑をおかけしてるのかもしれません…場所を移した方が良いのでしょうか…」

ティエリアは少し落ち込んでいるが、「大丈夫です」とシンシアとニーニアが笑いかけてくる。

「せっかくの好意なんですから、素直に甘えましょう。私たちの郷土料理を勉強して、オリジナルの料理を編み出してダイン君に食べてもらうって決めたんですから」

それはダインのいない間に、彼女達で企画したダインに対するサプライズだった。

「うん。そうだね。これまで色々お世話になってるから。ちゃんとしたお返ししたいよ」

力強く頷くニーニアの目はかなり真剣だ。

ティエリアも頷き、全員でそれぞれの得意料理に取り掛かる。

シンシアは慣れた手つきで魚を卸し、ニーニアは豆の不要な部分を器用に取り除いていく。ティエリアは包丁を使って野菜を刻み、ベーコン菜と一緒にフライパンで炒め始めた。3人とも今回は煮物料理を作るようで、ほぼ同じタイミングで鍋に具材を放り込んでいく。

「でも…ダイン君って、ほんとに力持ちだよねぇ…」

鍋が煮立つのを待つ間、世間話の合間にシンシアがふとそう言った。

「そうなのですか?」

ティエリアが意外そうに尋ねる。

そう言えば、ニーニアとはラビリンスでの事を話したが彼女にはまだその詳細を話してない。

ニーニアもここだけの話、と前置きし、シンシアと一緒にラビリンスで起こったことをティエリアに簡単に説明した。

モンスターの大量湧きに、魔法の効かないモンスターの出現。経過だけ聞くと不幸でしかない内容だが、ティエリアが一番食いついたのはそこではない。

「お、お姫様抱っこ、ですか…」

シンシアとニーニアも一番印象に残っているのはそこだったようで、2人同時に「はい」と頷く。

「私を抱えながら、あんなに沢山いたモンスターをひょいひょいかわして…すごかったなぁ…」

惚けたような表情で言うシンシアに続き、ニーニアはどこか夢見がちな表情で「かっこよかった」と呟く。

「だ、ダインさんが…そのようなことを…」

ティエリアも同じような表情をしている。ダインにお姫様抱っこされたところを空想しているのかもしれない。

文学少女であり恋愛小説が愛読書である彼女にとって、お姫様抱っこというワードはかなり上位にあるようだった。

「ダイン君のことだから、きっとお願いすればすぐにしてくれると思いますよ?」

ティエリアの表情が羨んでいるように見えたのだろう。シンシアが笑顔と共に言ってくる。

「で、ですが、危機的状況でもないのにしてもらえるのでしょうか…?」

素直に不安がるティエリアだが、ニーニアは「してくれます」と答えた。

「ダイン君、優しいですから」

ニーニアの顔は、鍋の中で煮立ってきたデカエビと同じぐらい赤くなっている。

「すごく優しい人だから、きっとしてくれます」

「そ、そう…ですね…」

顔の赤みはティエリアにまで感染してしまったようで、すっかり2人は黙り込んでしまった。

鍋からぐつぐつと音がし始め、スパイスや出汁の効いた匂いが辺りに立ち込めていく。

2人の様子にシンシアは笑っていたが、ダイン関連で思い出したことがあり「そういえば」と声を出す。

「今日も用事あるから先に帰ってって言ってたけど…どこ行ってるんだろうね、ダイン君」

「気になる部活動でもできたのかな」懸念を言うニーニアだが、「恐らく」と答えたのはティエリアだ。

「生徒会に用向きがあるかと。昨日も、生徒会室に行ってらしたようですし」

「え、何でまた…?」

意外な答えだったのか、シンシアは驚いた声を出す。

「それは私にも分かりかねますが…」

ティエリアは首を振る。鍋に視線を縫い付けたニーニアは、そのまま考え込んでいる。

「でもディエルちゃんからは何も聞いてない…っていうことは、ラフィンさんと何かしてるっていうことでしょうか」

「断言はできませんが、恐らく…」

シンシアは難しい表情に変わり、腕を組む。

「昨日も今日も…そういえばこの前も、放送で呼び出されていたよね…」

ニーニアも同じことを考えていたようで、固い表情のまま「うん」と頷く。

「何してるんだろ…今日は帰るけど、明日聞いてみよっか。ラフィンさんに何かされてるかも知れないし」

シンシア達の、ラフィンに対する共通認識は“怖い”というもの。

全ては入学式の当日、ダインに暴言を吐いた姿が強烈だったからに他ならないが、そんな彼女がダインを呼びつけているというのは嫌な予感しかなかった。

無理難題を言われてるんじゃないだろうか。理不尽な叱責をされてるんじゃないだろうか。

「仮にそれが本当だったらどうしよう」

ニーニアが不安をそのまま口にする。

「それは大丈夫だと思うのですが…引継ぎの際、私の説明を真剣に聞いてくださってますし…」

生徒会長職の引継ぎなどでラフィンと接することの多いティエリアは言う。

「でも、ティエリア先輩はゴッド族だから…確か大昔、エンジェ族はゴッド族に仕えていたんですよね? その遺伝子は主従関係のなくなったいまも受け継がれているって何かの本で読んだことがあります」

シンシアの言っていることは事実で、未だにエンジェ族はどんな立場の者でもゴッド族には頭が上がらない。

ラフィンももちろん例外ではなく、表情こそ出さないものの、ティエリアを前にするとつい背筋が伸びてしまう。

思い当たる節は多々あったようで、ティエリアは「それは…」と言い淀んでしまった。

「じゃ、じゃあやっぱりダイン君何かされてるんじゃ…」

ニーニアの不安はますます大きくなっていく。

「大丈夫だよ」シンシアが首を振って笑った。「いざとなったらとっておきの技があるから」と続ける。

「技…ですか?」

「ら、乱暴なのは駄目だよ?」

「そういうのじゃないよ」

だったら何だという2人に、シンシアは両手を大きく広げて見せた。

「種族関係なくね、みんな“こう”されると、何も言えなくなるんだよーーー!」

そのまま椅子に座る2人に飛び掛る。小さなニーニアとティエリアを両手で抱えるように抱きしめた。

「ひゃぁ!?」

「わぁ!?」

驚く2人に構わず、シンシアは「ん〜〜〜!!」と同級生と先輩の頭に何度も頬擦りしている。

「っは〜、可愛い、気持ちいい…ずっとこうしたかったんだよ〜」

何とも満足げなシンシアだ。

「も、もう、シンシアちゃん、火があるんだから危ないよ」

ニーニアは軽く怒るが、夢見心地なシンシアには伝わらない。

「くすくす。確かに何も言えなくなりますね」

「私も心地いいです」というティエリアの言葉に彼女はより嬉しそうな顔になり、抱きしめる腕に力を込める。

ほんわかとした空気は家庭科室内にも充満し、遠巻きに彼女達を見つめていた他の学生たちもシンシアと同じような表情になっている。

まるでじゃれ合う愛玩動物を見ているような光景は、もはや平和としか言いようがない。

シンシアは一向に2人を離す気配はなく、ティエリアはくすぐったそうに笑い続けており、ニーニアもいつしか笑顔になってシンシアの抱擁に甘受する。

鍋の中はすっかり煮えたぎっていたが、3人が慌てだしたのは鍋から焦げ臭い匂いがし始めてからだった。







何が起こったのか、立ち尽くすラフィンの前には一人の女生徒が降り立っていた。

黒いショートヘアをした、コウモリのような翼を生やした彼女は…、

「ディ、ディエル?」

ディエルだった。ラフィンは目を見開き驚いている。

「ど、どうして…何であなたが…」

うろたえる彼女に向かって、ディエルはさばさばした様子で言う。「こっそり後をつけてたのよ」

「つ、つけてた?」

「ええ。私が見ても、このラビリンスの異常は単なる機材故障だけでは説明つかないほどのものだった。放っておいたら、ろくなことにならないのは目に見えてるもの」

世間に露呈したら、最悪学校が閉鎖される事態になりかねない。

副会長としての責務を果たすだけだという彼女は、ラフィンを見つめる目が不意に険しいものに変わった。

「公にしたくないって気持ちは分からなくもないけど、いくらなんでも2人だけでこの中を突破しようだなんて無謀よ。せめてあと2人か3人ほど誘って下層を目指すべきだわ。この惨状を目の当たりにしたなら尚更。エレンディアの証だか何だか知らないけど、調子に乗るのも大概にして欲しいものね。ダインにとってもいい迷惑でしかないわ」

ラフィンは悔しそうに表情を歪ませる。反論しないのは、ディエルの言うことが正論だと思ったからだろう。

「光魔法だけじゃ、抵抗力の高い相手に効かないときどうしようもなくなるじゃない。私じゃなくても、魔力魔法を扱える奴に頼むべきだったわね。自然を操るものなんだから、抵抗力はある程度関係なく効果的よ」

ラフィンには分かりきっているであろうことを改めて説明するディエルだが、魔法にあまり詳しくないダインが「そうなのか」と反応した。

「ある程度、はね。現に、周りの奴らには効いてるでしょ?」

壁に押し付け、氷漬けにされたモンスターは微塵も動く気配はない。

自然現象にはモンスターにも影響はある。とは言え、下層のモンスターだから防御力は高いはずだ。ディエルの魔力が強いからできたことなのだろう。

「ここから先は光魔法はほぼ効かないと思った方がいいわ。魔力魔法か、肉弾戦でならいけるはずよ」

「そう」

ラフィンが制服を払い、ほこりを落としている。

ディエルの叱責のおかげかは分からないが、一度大きく深呼吸をした後の彼女はすっかり落ち着きを取り戻したようだ。

「肉体の強化…エンチャント系の魔法で肉弾戦に持ち込めばいけるというわけね」

ディエルが「ええ」と頷いている間に、また足元が光り敵が出現する。

「はぁっ!!」

ラフィンは即座に強化魔法で自分の筋力を上げ、モンスターに殴りかかった。

彼女の細い腕からはありえないほどの大きな衝突音がし、弾かれたモンスターは壁に激突し動かなくなる。

すぐにまた別のモンスターが襲い掛かってきたが、ひらりと身をかわし通り抜けざまに膝蹴りを放った。

後ろにいたモンスターごと吹き飛ばし、敵は塵となって消えていく。

「…ふぅ」

足を開き、拳を構えるその姿はまるで武道家のようだ。

「体術もできるのか?」

ダインは驚かずにはいられなかった。お嬢様然としたラフィンの容姿からではとても想像できない。

「私はウェルト家の長女よ?」

ダインにちらりと視線を向ける。

「何が起きても対処できるようにするなんて、当たり前のことで…っしょ!!」

殴りかかってきたゴーレムにクロスカウンターを決め、一撃で粉砕した。

「ワンパターンね。相手の動きを良く見れば何のことはなかったわ」

先ほどの慌てたような様子はどこへやら、彼女はすっかりいつものラフィンだ。

「はは。頼もしいな」

そう笑うダインだが、ディエルは小さく息を吐く。

「努力してるのが自分だけとは思わないことね!」

彼女も即座に移動し、群がり始めたモンスターを殴り飛ばしていく。

戦闘スタイルを体術に変えたラフィンに対抗し、自分も肉弾戦に切り替えたのだろう。

風の魔法を全身に乗せ、そのまま相手に突進していく。

攻撃を受けたモンスターは魔法で追撃されていたようで、炎に包まれたり氷で固められたりされている。

一匹ずつ倒していくラフィンとは違い、ディエルは一団体をまとめて相手にする派手な戦い方だった。

「こんなときにまで対抗意識燃やさないでよ!」

大きな獣型モンスターを殴り飛ばしながらラフィンが叫ぶ。

「一匹ずつしか相手できないなんて、地味なラフィンらしいわね!」

ディエルは笑いながらいくつもの大群を壊滅させていく。

「あいつもやっぱ強ぇなぁ」

素直に感心するダインだが、ラフィンの矛先は彼にも向けられる。

「いいから早く行くわよ! 時間ないんだから、ボーっとしてるんじゃない!!」

「ああ!」

彼女たちの熱気に当てられ、ダインは沸き起こってきた感情をどうにか押さえ込みながら後をついていった。

エレンディアの証を持つラフィンに、あらゆる属性を高レベルで扱える魔力を持つディエル。

まだ新入生と言ってもいいほどしか学生生活を送ってない2人だが、現段階で一年生の中ではまず間違いなく最強クラスだろう。

「何手こずってるのよディエル! 調子に乗ってるからじゃないの!?」

「そう言うんなら、こっちも手伝って欲しいものね!」

2人が手を取り合うと、どれほど強力で大きなモンスターが出てきても相手にならない。

「今だけは協力してあげる! この私がエンチャント他人にかけるなんて滅多にしないんだから、感謝しなさいよね!」

「ふん、どうも!」

どれほどモンスターが湧いても、2人が駆け抜けた後は残骸すら残らない。

進むスピードもこれまでより段違いで、どんどん下層へと降りていく。そしてある階層を境に、壁の色が金色になった。

「この先はこれまでの歴史の中で数えるほどしか進入した人はいない区域だから、注意しなさいよ!」

「分かってるわよ!」

ラフィンが先導し、モンスターが沸いてはディエルと一緒に対処する。

最下層付近はさすがにモンスターの強さも半端じゃないレベルになっており、一匹ずつしか相手に出来ない。

それでもラフィンもディエルも臆することなく立ち向かい、大量に湧いたときは互いの背中を預け、蹴散らしていく。

「こりゃ今度こそ俺の出番はなさそうだな」

これまで彼女達からはお互い嫌いあうような発言しか聞いてこなかったが、どう見ても2人の戦い方は息が合っている。

小言はあるものの的確に互いをカバーしあっており、油断も隙も全くない。

「やっぱ仲良いじゃねぇかよ」

戦闘音に混じってダインが呟く。いよいよもって、ダインが来た意味はなくなりそうだった。

だが、やはり最高峰の技術力を持って作られたラビリンスだけはある。

彼女たちも相当奮闘していたが、予想外の長期戦が続きどちらもさすがに息が上がってきていた。

「はぁ…はぁ…さすがに…疲れてきた、わね…」

動きが鈍くなっており、進むスピードも緩まっている。

「どこまで、続いてるのよ…これ…」

ディエルは足を止め、膝に手をつきながら呼吸を整えだす。

「も、もう少しよ…あと、5階ほど下れば…最下層のはず…」

ラフィンはもはや息も絶え絶えだ。

「ちょっと休もうぜ」

ちょうど近くにセーフティゾーンがあったのを発見したダインが言った。

「だ、駄目よ…本当にあと少し、なんだから…」

なおも進もうとするラフィンを、彼は少し強く呼び止める。

「下に何が待ち受けてるのか考えろ。そんな状態でまともに戦えんのか?」

ダインの言うことはもっともだ。

ラフィンは「仕方ないわね」と言いながら、休憩したがっていたディエルと一緒にセーフティゾーンの中に入る。

「ふぅ…ふぅ…ほんと…こんだけ動いたの何年ぶりかしら…」

ベンチに腰を下ろすディエルは、そのまま伸びてしまいそうな体勢だ。よほど消耗していたのだろう。

「下に行くほど湧き方がえげつなくなってきたな」

2人を休憩させている間、ダインは状況を分析する。

「はぁ…はぁ…ほ、ほんと…何者なのよ…あなた…」

呼吸を乱しつつも、ラフィンは呆れたように言う。

ラフィンもディエルも体力には自信がある。人知れず努力はしてきた。

そんな自分達がこれほど消耗しきっているのに、同じぐらい動き続けていたダインは全く呼吸を乱してない。

底なしにすら思えるダインの体力は、もはや驚き以外の何物でもない。

「ふふ…さすがね…ダインは…」

ディエルの呟きに、呼吸が落ち着いてきたラフィンが反応する。

「あなた、何か知ってるの? ダインのこと」

「まぁね。知らないのはラフィンだけじゃない?」

ディエルは少し胸を張って偉そうにする。

「格が下だと思ったら相手にしない主義だものね」

「そんな主義持った覚えないんだけど」

すかさず反論するラフィンだが、ディエルはやれやれと肩をすくめた。

「事実でしょ。あなたは典型的なエンジェ族だもの。見た目で優劣を作り無能だと決めつけ、見下すのが好きな、ね」

「見下したりなんかしてないわよ!」

さすがに無視できないと思ったのか、ラフィンは吼えた。

だが意に介さない様子のディエルは「態度に出てるもの」と発言を撤回しない。

「それを言うならあなただって私を高飛車エンジェだのなんだの言ってバカにしてるじゃない!」

ラフィンの反撃にも、涼しい顔をして「だって高飛車だもの」と悪びれない。

「高飛車はあなたの方でしょ! 王族でお金持ちだからって、スウェンディ家のこと知らないって言っただけで機嫌悪くして!」

反撃を続けるラフィンの台詞に、ディエルはついに反応してしまった。

「なっ…! それは昔の話でしょ!」

「あなたのわがままで使用人が何人か辞めていったって、ついこの間聞いたことあるんだから!」

「それ言ったら、ラフィンだって気に入らないからって何十人とリストラさせたの知ってるわよ!」

今にも取っ組み合いの喧嘩が始まりそうだ。

息のあった共闘で少しは距離が縮まったかと思いきや、その関係性は相変わらずのようだ。

「あ〜こらこら、いまそんな状況じゃねぇだろ。周り見てみ…」

剣呑な空気をどうにか収めようと、ダインが彼女たちの間に入ろうとしたときだった。

突然轟音が鳴り響き、同時に足元が激しく揺れる。

「きゃぁっ!?」

かつてない大揺れにラフィンとディエルは悲鳴をあげ、倒れないよう互いをつかみ合う。

「な、なんだ?」

さすがのダインも突然のことに周囲を警戒する。

大地震と言っても良いほどの揺れは数十秒も続き、辺りを見回していたダインは下から言い表しようのない“気配”がせり上がって来るのを感じた。

「━━下だ!」

ダインが叫び、ラフィンとディエルが同時に飛び退いた瞬間、そこに亀裂が生じる。

どんな状況に陥ったとしても絶対に崩れないはずのセーフティゾーンにひびが入り、バリアが砕け散った。

亀裂が大きくなり、その隙間から真っ黒な角のようなものが突き出てくる。

その亀裂が地割れほど大きく開いたとき、岩盤が崩壊する音と共に“それ”は現れた。

「グオオオオオオオォォォォァァァァァッッ!!!」

ラビリンス全体が振動するほどの咆哮が、前方から響き渡る。

「な…あ…!?」

ディエルは固まっている。ラフィンは目を見開いたまま動けない。

前方にいた影は、一個体でありながらフロアの半分以上を埋め尽くしそうなほど巨大な…レギオスが使役する七竜の一つ、文献で見たダングレスそっくりだった。

「こ…こ、このタイミングで!? まだ最下層まであるはずなのに…!」

ようやく事態を飲み込んだラフィンは慌てだす。

「ほ、本当に…本当にダングレス、なの…!?」

大地を引き裂く地獄の竜、ダングレス。

ひとたび歩けば大地震が起き始め、地上にある全てのものを崩落させる。

実物であるならば、いますぐ帰還しガーゴなり何なりに連絡しなければならない。

即座に王に伝え、国家規模の戦力を持って対処しなければならないほどの相手だ。

ラフィンは瞬時に帰還の二文字が浮かぶが、記憶しているものより前方の敵はだいぶ小さいことに気付く。

「い、いえ…本物じゃないわ…あれは…あれこそが…」

自身の予想は外れていたことに気付くが、しかし完全に間違いではない。

「これまでの、全てのバグの原因よ。本体からデータを読み取っていた機材が、あいつを…ダングレスを再現してしまった」

「そ、そんなことってあるの!?」

ディエルが叫ぶが、ラフィンの言うことに間違いはない。

証拠として、先ほどまであれほど大量にいたモンスターはダングレスの出現と同時に全て消えてなくなっていた。

「ど、どうするのよ! ラフィン! 私たちで相手できるの!?」

ディエルはラフィンに判断をゆだねる。

ダインも見つめる中、「どうするって…」彼女は恐怖心を押さえ込み言った。

「ここまで来たんですもの…やるしかないわよ!!」

ラフィンは詠唱を初め、足元に巨大な魔法陣を描く。

「くっ…! 高くつくからね!!」

ディエルはその身に風を集め、炎もまとわせた。

「ッギャアアアアアアアァァァァァァァ!!!!」

相手は戦闘態勢を取ったと分かったのか、ダングレスが再び叫ぶ。

こちらに一歩足を踏みしめた途端、地面が大きく揺れた。

同時に敵の周囲から真っ黒なモンスターの、レギオスの残滓が出現する。

「無理すんなよ!」

ダインの声に、ラフィンとディエルは同時に「分かってるわよ!」と叫んだ。

そしてそれを合図に、モンスターが一斉に襲い掛かってくる。

ラフィンは自身が使える最高位の防御と補助魔法を使い、ディエルと自分を強化した。

ディエルもここが正念場とばかりに魔力を凝縮させ、爆発を巻き起こしていく。

ダインは2人に少しでも隙が出来たらそこをカバーし、敵を押しのけていった。

最初こそ戦況は均衡を保てていた。だが、ただでさえ一体相手にも倒すのに苦労するレギオスの残滓だ。

ダングレスが歩みを進めるたびにその数は増えていき、ダイン達が倒す数よりも倍速で増えている。

まさに無尽蔵だった。気付けばフロアは真っ黒な敵で埋め尽くされている。

「な、何よ…何よこれ! こんなの無茶苦茶じゃない!!」

倒しても倒しても敵が減るどころか増えていく理不尽さにディエルは叫ぶ。

押される一方で、ラフィンの防御バリアも範囲が徐々に狭まってきた。

「く、ぅ…! もう、少しなのに…! あれが原因なのに…!!」

元凶のダングレスに近づくどころか、遠くなっている。

倒せば全て解決するはずなのに、届く距離にいるはずなのに、近づける気がしない。

ダングレスが動くたびに敵は増殖を続けており、もはや地上のみならず天井にまで達していた。

「う、ぐ…だ、ダイン、ディエル! 一点突破でいくわよ!!」

モンスターまみれで満水に近い状況の中、ラフィンは叫ぶ。

「的を一点に絞って、そのままダングレスを突き破りましょう!」

もうそれしか方法はないというのはディエルにも伝わったようで、攻撃の手を止めラフィンの隣に降り立つ。

「ラフィン、あのキマイラみたいな奴を狙えばいいの!?」

「ええ! 防御魔法解いてフルエンチャントかけるから、その間ダインはサポートをお願い!」

「分かった!」

ラフィンの指示通りにダインは動き、襲いかかってきたモンスターを次々に投げ飛ばしていく。

彼女の素早い詠唱によりディエルもラフィン自身も全身が光り輝き、ものの数秒で終わったようだ。

「いくわよ!」

ラフィンが突撃の構えをとり、ディエルも突進のため背中に空気圧を集める。

「せ〜…!」

突撃の瞬間、敵の塊の背後から黄色い光が漏れたのをダインは見逃さなかった。

猛烈に嫌な予感がしたダインは叫ぶ。

「お、おい! 何かやばい!!」

しかしその叫びは大量のモンスターの咆哮にかき消され、彼女たちには届かない。

「のっ!」という合図と共に、ラフィンとディエルは全ての魔法力を動力に変換し突進を始める。

前方から雪崩のような轟音が聞こえ、彼女達が異変に気づいたときには眼前にモンスターの“黒い壁”があった。

ダングレスの地のブレスだった。

崩壊の性質を含んだブレスを、大量のモンスターごとラフィン達にぶつけてきたのだ。

視界が黒のみで埋め尽くされ、上下が分からなくなる。

何かが潰れ、折れ、ひしゃげ、粉砕されるような音が聞こえる。

何もかもが分からなくなり、自分の体がどうなったかすら分からなくなったとき、ラフィンは背中に凄まじい衝撃を感じた。

壁に激突したのだと分かったときには、口から「がはっ!」と息を吐き出してしまう。

そのまま地面に崩れるように倒れる。朦朧とした意識の中、ダインが駆け寄ってくるのが見えた。

「ラフィン、ディエル、大丈夫か!」

ダインだけは別のモンスターを盾にし、どうにか凌げたらしい。

視界の片隅、自分の傍にもディエルが倒れているのが見える。

彼女は打ち所が悪かったようで、うつ伏せのまま動かない。どうやら気を失ってしまったようだ。

痛みはない。しかし体は動かない。意識は混濁とし、何が起こったのかも理解が追いつかない。

だがいまこの状況はまずいのだけは分かる。このままでは、命の危機さえ起こり得る。

「だ…め…に、逃げ…」

ラフィンはどうにか帰還魔法を使おうとする。

だが長期の連戦に加えダングレスのブレスを浴びた直後では、指先一つ動かせない。

心配そうにこちらを伺うダインの背後では、再び大量のレギオスの残滓が召喚されているのが見える。

先ほどと同じぐらい増殖を続け、またダングレスの姿は黒い壁で見えなくなった。

「だ…ダイン…逃げ…て…」

せめて彼だけでもと、ラフィンは搾り出すように言う。

そんな彼女を真剣に見つめていた彼は…、

「いや」

首を振り、どういうわけかふと表情を柔らかいものに変えた。

「良く頑張ったよ。ごめんな、こんな状態になるまで戦わせてさ」

彼の言っている意味が分からない。

ダインは不思議そうに自分を見上げるラフィンとディエルを抱え、壁にもたれかかるようにさせた。

「ちょっと待ってろな」

2人の頭を労うように撫でる。

「ダイン…?」

立ち上がったときには、彼は再び真剣な表情に戻っていた。

そのまま背後に体を向け、こちらに迫ってくるモンスターの大群へ歩き出していく。

「な、に…してる、の…!」

「そのままジッとしてろ」

歩きながら、ダインはその手を握り締め、拳を作る。

「ガアアアアアアアアアァァァァァァァッッッ!!!!」

モンスターの壁の向こう側から、一際大きなダングレスの咆哮が聞こえる。

「緊急事態だから…しょうがねぇよな」

半身を敵に向け、大地を踏みしめるダイン。

後ろに構えた拳から、青く光る揺らぎのような何かが立ち上る。

大群の背後が黄色く光っている。ダングレスが再び地のブレスを放とうとしたようだ。

轟音と共に凄まじい勢いで迫ってくるモンスターの黒い壁。

フロアを埋め尽くすほどの壁に向かって、彼は大きく息を吸い、胸を反らして後ろに構えた拳を前に突き出す。

それは、ヴァンプ族本来の魔力を解放し、ダインが初めて敵に“攻撃”した瞬間だった。



その頃、ニーニアはノマクラスの教室にぽつんと一人でいた。

彼女が座る椅子の傍には、ダインのカバンがある。

彼がまだ学校のどこかにいると気付いたニーニアは、自分も用があるとシンシアとティエリアを帰しダインが来るのを待っていた。

「今日も一緒に帰れるかな…」

そう呟きながら外を見る。空はすっかり黄金色に染まっており、運動場にも人の気配はない。

もうすぐ下校時間のはずだ。

「ダイン君…疲れてないかな…」

何度呟いたか分からない台詞を言ったまま、ダインの机に突っ伏す。

最近、頻繁に彼のことを考えるようになってしまった。

ダインを見ていると、何か役に立ちたくて仕方なくなってしまうのだ。

世話好きなドワ族の性質は母に言われたとおりで、こんな風になってしまうんだと自分でも驚いてしまう。

きっかけはなんだったのだろう。ふと、ニーニアは考えた。

それはやはり彼の優しさだろう。

引っ込み思案で口調もたどたどしいのに、彼は急かすこともなく自分が話しきるのを待ってくれた。

一緒に歩くときも歩幅をあわせてくれるし、ペアを組まなくてはならない授業でシンシアが誰かに取られたとき、彼は率先して自分をペア相手に選んでくれた。

自作のアクセサリーはずっと大切そうに身につけてくれているし、私が不安がってないか、寂しがってないか常に見てくれている気がする。

ラビリンスに一緒に潜ったときはずっと気遣ってくれていたし、無理させまいともしてくれた。

そしてピンチに陥ったときの、私をお姫様抱っこしながらの脱出。

私のことを、大切だから心配してしまう、と言ってくれたあの人。

あれほど優しい人だから、こちらも何かしてあげたくて仕方なくなってしまうのだ。

「何をしたら…喜んでくれるかな…」

最近、そんなことばかりを考えてしまう。

これまで、異性を好きになったことはない。

引っ込み思案で誰とも話そうとしてこなかったから、これからもずっとこのままでいくんだと思ってた。

でも…この気持ち。きっと、この何かをしてあげたいという気持ちこそが…。

突然教室が揺れたのは、ダインの笑顔を思い浮かべていたときだった。

「わ、わわっ!?」

ガタガタと窓や机が音を立てるほどの揺れで、グラウンド外の木々も大きく左右に揺れている。

と同時に外からものすごい爆発音がした。その衝撃波もやってきて、窓は割れんばかりの音を立てる。

数秒間その揺れは続き、収まった。

「え、え…? な、何かな…」

何が起こったのかと、彼女は小走りで窓際まで行き外の様子を伺う。

運動場の傍で、木に隠れて見えないがどこからか煙が立ち昇っているのが見えた。

「な…何かあったのかな…」

良く見ると、煙が出ているのは闘技場側のようだ。

揺れと煙で先生達も異変を感じたのだろう。慌てたように数人の教師が闘技場へ走っていくのが見える。

「大丈夫…なのかな…」

そう呟いたとき、校舎にダインさんはいないと言っていたティエリアの言葉を思い出した。

校舎に彼はいない。でもカバンはある。

ということは、ラビリンスにいるということになる。

一気に彼のことが心配になったとき、ニーニアのカバンの中から着信音が聞こえた。誰かから連絡が来たようだ。

手にとって見てみると、通信機の画面には『ダイン君』の文字がある。

「だ、ダイン君?」

すぐに携帯を耳に押し当て声をかける。

(ニーニア。今どこにいる?)

通信機の向こうからは確かにダインの声がする。

「え、ど、どこって、教室だけど…」

(あ〜、そうか…)

彼の声に普段と何かが違うことに気付いたニーニアは、「だ、大丈夫?」と声をかけてしまう。

(ん? ああ、俺は大丈夫だけど…悪い、立て込んでくるだろうから、あんま長く話せないけどさ…)

「う、うん」

そういえば通信の用件は何だろう。ニーニアが疑問に思ったところで、通信機から再び彼の少し焦ったような声がした。

(これから、多分ニーニアに迷惑がかかることになると思う。だから先に謝っておくな、悪い)

「え?」

彼の言っている意味が分からない。

(せめて、できるだけ人のいない場所にいてくれ)

「ど、どういうこと?」

(細かいことは後で話すよ)

それきり、通話が切れてしまった。通信機からは何も聞こえない。

「ど…どうしたんだろう…」

内容が良く分からなかった。けど、彼が無事だということが分かりほっとする。

「良かった…」

そう言いながら彼女は再びダインの机に腰を降ろした。

結局彼が何を言いたかったのかは分からないけど、すぐに戻ってくるはずだしそのときに聞けばいい。

一安心して、また机に突っ伏すニーニア。

そのとき、ダインの気配がすぐ近くまで来たような気がした。



「なるほどな…こういうことか…」

携帯をポケットにしまい、ダインは呟く。

彼の前方には、とてつもなく巨大な鉄球が通り抜けたかのような大きな横穴が開いていた。

周囲には何の気配もない。あれほど大量にいたレギオスの残滓も、地獄の竜ダングレスすらも、塵すら残ってない。

地表が剥き出しになった天井からは、ぱらぱらと小石や砂が落ちてきている。

「…な…に…が…」

ラフィンは、目の前で起こっていたことに何もかも理解できないでいた。

全てが一瞬のこと過ぎて、思考が追いついていないのだ。

ダインが拳を突き出すような仕草をした瞬間に、とてつもない大轟音がして、そして気付いたときには大群もろともダングレスはいなくなり、壁や地面すらえぐられたように横穴ができていた。

「もう大丈夫だ」

ラフィンの方を振り返った彼は、いつもの優しい笑顔になっていた。

近づき、「立てるか?」と声をかけてくる。

「な…何…した、の…?」

訳も分からず、顔に驚愕を貼り付けたままラフィンは震える口を開く。

「何って、普通に殴っただけだ」

ヴァンプ族は魔力がほとんどないかわりに、肉体的な強さには制限がない。

鍛えればいくらでも強くなれる。その上で、魔力を込めた一撃はそれだけで凄まじい威力になるのだった。

しかし魔力を使った攻撃にはリスクが生じる。“枯渇状態”というものは、とても厄介なものなのだ。

喉が渇けば水を欲するように、魔力が枯渇すれば魔法力を欲するようになる。

時間が経てば経つほど飢えは激しくなり、自分ではどうすることも出来なくなってしまう。

ヴァンプ族が暮らす村、エレイン村が根付く大地には微量の魔力が含まれており、そこまで飢えに陥ることもなかった。

だから存分に魔力を使い、修行することが出来たのだが、“外”の世界でそれは難しい。

そのため、ダインは両親だけでなくサラからも外での攻撃を禁止されていたのだ。

一度枯渇状態に陥ってしまうと、吸魔衝動に駆られ自分で抑えきれなくなってしまう。

サラから聞いていた通り、ダインの中では単純な喉の渇きではない別の渇きを感じていた。

早く地上に出てどうにかしなければ。

「詳細は後だ。とにかくここを出よう」

何か聞きたがっているラフィンを無視し、動けないようだったので気を失ったままのディエルと一緒にそれぞれ片手で抱えた。

枯渇状態といっても力がなくなったわけではない。

彼は軽やかな足取りでフロアを抜け、階段を駆け上がっていく。

ダングレスのレプリカがバグの原因だったのは間違いなかったようで、どのフロアにもモンスターは湧いてこなかった。

「だ、ダイン…大丈夫、なの…?」

中腹に差し掛かったところで、ラフィンが尋ねてくる。

そう聞いてしまうほど、ダインにしては珍しく余裕のない表情をしていたからだ。

「あ、ああ。お前等には影響ないから気にするな」

額に汗を浮かべながら笑いかけてくる。

両脇に抱えているのがシンシアやティエリアだったなら、間違いなく触れただけで吸魔してしまっていただろう。

しかし彼女たちの間には信頼関係が成り立ってないので、吸ってしまうということはなさそうだ。

ディエルからも吸えないのは少し気になるが…。

「そ、そういうこと聞いてるんじゃないわよ」

なおも心配そうにするラフィンの台詞を遮り、「それより」とダインは言う。

「ラビリンスの一部破壊しちまったからさ、ラフィンの方からうまいこと言ってくれねぇか? 俺はほら、本当のこと言えない事情があるからさ」

ラフィンにヒューマ族ではないと認めたようなものだが、あんな場面を見られてしまった以上隠し通せるはずもない。

彼女はすぐに何事か聞きたそうにしていたが、それでもぐっと言葉を飲み込み頷いた。

「し、仕方ないわね…」

「悪いな」

モンスターと遭遇しなかったおかげで、突入したときよりもかなり早いうちに地上に到達することが出来た。

闘技場では沢山の警備隊や先生がいる。

中からダイン達が出てきたのを見つけた瞬間、何があったのかと詰め寄ってきた。

「あ、あ〜すみません、とりあえず中はもう大丈夫になったとしか…」

「どういうことだ?」

なおも説明を求めてくる先生方に、両脇に抱えたラフィンとディエルを見せる。

ぐったりした様子の2人を見て、先生はぎょっとした顔をした。

「とりあえず今日は帰してくれません? 細かいことは明日話すんで…」

ダインの顔にかなり疲弊の色が浮かんでいたと、先生達も気付いたようだ。

何人かは詳しく知りたそうだったが、後から駆けつけてきたクラフト先生が「分かった」と言い、ラフィンとディエルを預かってもらう。

「お前も保健室に行かなくていいのか?」

「俺はただ疲れてるだけなんで…」

後は任せますと言って、彼はふらふらとした足取りで歩き出す。

人気のない闘技場裏に回ったところで限界が来てしまった。とうとう芝生の上に膝をつけてしまい、そのまま後ろの壁にもたれかかる。

「マジで…やべぇな、これ…」

最初はくすぶっていた渇きが、いまかなり大きくなっている。

魔力が欲しいという思いが頭の中で渦巻いており、次第に視界が曖昧になってきた。

脳裏に浮かぶのは、どういうわけかニーニアの事ばかり。

そのまま目を閉じ、意識を失う瞬間…彼は、数日前にサラから説明されていた本当の“吸魔衝動”がどのようなものかを思い出していた。

『仮に枯渇状態に陥ったときはお気をつけください』

『いや、気をつけるったってどうすれば…』

『そのときに思い浮かべた人物を、できるだけ人気のない場所へ行くよう伝えてください』

『いったい何があるってんだよ』

『枯渇状態からの吸魔衝動。それは、ヴァンプ族最大の特徴であり、最大の弱点でもあります』

『何だそれ?』

『体から“あるもの”が出現するのです。“それ”は、自身が親しいと思っている人物に空間を飛び越え伸びてしまい、聖力なり魔力なりを吸収してしまう』

『あるもの…? それは何だ?』

『触手ですよ』



突然目の前で起こった現象に、未だ教室でダインの帰りを待っていたニーニアはすぐに動けないでいた。

つい先ほどまで、ダインが普段使っていた机には何の変化もなかったはず。

なのに、いま目の前ではその机から透明な管のようなものがいくつも生えている。

「な…何…?」

まるで蛇のように体をくねらせている。

意思があるかのようにそれぞれ別の動きを見せているが、管の先端は先細っていて顔のようなものはない。

一見するとそれは植物のようだ。けれど、生き物のように見えなくもない。

「な、何かの魔法…なのかな…」

自然を操る魔力魔法ではないのは確かだ。

ということは、聖力魔法なのだろうか? 透明な管を召喚する魔法なんて聞いたことがないけど…。

そもそも魔法だとして、何のために目の前に現れたのだろう?

不思議に思いながら、好奇心もあったニーニアはその管を指先で少しつついてみた。

その瞬間だった。管は突如として意識を持ったように動き出し、あろうことかニーニアの体に巻きついていく。

「わ、わわわ…!!」

両腕に絡み、胴体にも蛇のように巻きついてくる。

見た目の割りに強い力で拘束され、思うように動けない。

「な、何で…何が…!」

混乱している間にも管のようなものは机だけでなく椅子からも出現し、ニーニアの腰や足にも巻きついてくる。

傍から見ればグロテスクな光景だったに違いない。

だがニーニアには、驚きはあったもののその触手のようなものが気持ち悪いと思えなかった。

見た目は確かに不気味だ。だが、その触手は見た目に反してぷにぷにとした触感ではない。

吸い付き、こちらの力が抜けるような…ニーニアの記憶にある、“彼の感触”と非常に良く似ていたため、そこまで気持ち悪いとは思わなかったのだ。

触れられるだけで暖かくなる。その不思議な気持ちよさに気分がふわりとする。

この包み込むような感触は、確かに…

「だ…ダイン、君…?」

ニーニアの声に呼応するかのように触手が蠢く。

彼女を拘束したままその先端が伸び、ニーニアの体に向けられた瞬間、先端がまるで口を開けるように上下に分断された。

「え…え…?」

戸惑うばかりのニーニアの腕に、その口を開けた先端部分が吸着する。

そして吸着した部分から、管を伝って光る液体のようなものがニーニアの体から流れ出ていくのが見えた。

「あ…!? あ、あ…」

みるみる力が抜けていく感覚に、ニーニアは声を出してしまう。

「こ…れ…これ、は…」

まだ混乱している。何が起こっているかも正直良く分からない。

けれど、何となく、吸着した部分から吸い上げられているその液体は、自分の魔力だというのが分かった。

管の根元はぼやけており、吸い取られた魔力がどこに流れているのかは目視できない。

けれど、きっと彼は…

「う、あ…あぁ…あ…」

吸われる感覚がこれまで以上に強烈で、艶かしく、彼女は何度も口から吐息交じりの声を上げてしまう。

思考がいちいち削がれてしまう。力はどんどん抜けていき、動くことも出来なくなってきた。

「だ…ダイン…く、ん…だよ、ね…」

確証はない。けれど吸われる感覚も、これまで彼に吸魔されたときと全く一緒だ。

手で触れ合ったときよりも強烈だが、感覚自体は変わらない。

触手はさらにニーニアの体にまとわりついていく。

驚きはあったものの、触れ合った感触は彼に触れられているときと同じ。

まるで全身が彼に抱かれているような感覚に陥り、ニーニアは顔を真っ赤にさせて身悶えてしまう。

恥ずかしさはある。けれど、彼が自分の魔力を欲している。必要とされているということに、身悶えながらも嬉しさがこみ上げてきた。

どうやって触手を伸ばしてきているのか分からないし、そもそも触手があるなんて初耳だったけど、彼は私を頼っている。

「ん…いい、よ…もっと…もっと、吸っていい、から…大丈夫、だから…」

落ち着きを取り戻し徐々に状況を理解してきたニーニアは、触手にも彼の意思が宿っているのか、やや遠慮がちな吸い方をしていることに気付く。

吸いすぎないようにと、配慮されているのが理屈では説明できないが伝わってくる。

「大丈夫…だから…」

吸魔の感覚と抱かれる触感に身悶えながら、ニーニアは笑顔のまま目をつぶり、彼が満足するまで魔力を吸わせ続けていた。



頬に風を感じたところで目を開けたダインは、辺りが薄暗くなっていることに気がついた。

そのまま辺りを見回す。背後にはレンガ仕立ての壁がある。

枯渇状態から気を失っていたことを思い出す彼だが、いまはすっかり体調が元に戻っていたことに気付く。

寝たおかげではないのは分かる。体内に、柔らかな魔力が巡っている。

この感覚は覚えている。ニーニアの魔力だ。気を失っている間に触手で吸ってしまっていたのだろう。

「教室にいるって言ってたな…」

もう下校時間を過ぎているはずなので、ダインは急ぎ足でニーニアがいるであろう教室へ駆け出した。


ドアを開け教室を見回すと、ダインの机にニーニアが突っ伏していたのが見えた。

「ニーニア、大丈夫か?」

そう声をかけながら彼女の元へ近づく。しかしニーニアから返事はない。

肩は激しく上下している。荒々しい息遣いが彼女から聞こえてきた。

「ニーニア?」

再び声をかけ、肩を掴んでそっと起こしてみる。

「あ…だい…く…」

気を失ったわけではないようで、薄目を開けこちらを見てくる。

だが体はぐったりしている。指先すら動かせない様子だ。

「悪い…こんなこと初めてでさ…」

かなりの魔力を吸ってしまっていたことは明らかで、申し訳なさに駆られダインは謝る。

「ん…」と彼女は力なく首を振った。

このまま休ませたいところだが、下校時間が過ぎているため先生に見つかると厄介だ。

とりあえずいつもの公園へ行って、そこで休ませよう。

「ちょっと抱えるな」

動けそうにないニーニアを背負う。彼女と自分のカバンを持って、教室を出ようとしたが…

彼女がついさきほどまで座っていた椅子に異変を感じ、「ん?」と声を出してしまう。

そこには大きな染みが出来ていた。

ニーニアをびっくりさせすぎていたのかと思ったが…ふと、「吸われる感覚がエッチ」といっていたシンシアの言葉を思い出す。

瞬時にダインは顔を赤くさせてしまったが、頭を振る。

とにかくいまは何も考えないようにしよう。今日は色々ありすぎた。無心でいよう。

そう思い直し、ニーニアを抱えたまま学校を出た。

公園にたどり着き、さっそくベンチに彼女を寝かせる。

「ニーニア、マジでごめんな」

ダインは再び詫びた。これほどまで吸ってしまったことは今までない。

それも魔力の少ないニーニアから、全く動けないほど吸魔しただなんて…。

それにもっと人気のない場所に誘導するべきだった。教室なんて誰が来るか分かったものじゃない。

場合によってはニーニアを危険な目に遭わせてしまっていたかもしれないのだ。

「う…ううん…」

悔いるダインに、喋れる程度には回復したニーニアは笑って首を振る。

「ちょっとびっくりしちゃったけど、ダイン君が助かったなら私は嬉しいから…」

本当に、彼女はどこまで優しいのだろうか。

ここまで献身的にしてくれるから、枯渇状態に陥ったときニーニアのことを思い浮かべてしまったのかもしれない。

「ん…と…」

ニーニアが体を起こそうとしている。

上半身を動かすのはまだ難しそうだったので、ダインが手伝って起こしてあげた。

だがすぐに体が揺れ倒れそうになったので、そのまま彼が抱きとめる。

「あ…ダイン君…」

「回復するまで、一緒にいるからさ」

ぐったりしたままの彼女を帰らせられない。かといって、ニーニアの家まで一緒についていくのも気が引ける。

せめて少しでも癒しになればと思って、ダインはそのままニーニアを抱きしめた。

呼吸を整える彼女の体は柔らかく、体温も高い。

改めて、ニーニアの体は小さいんだということに気付かされた。

ドワ族なのでそんなに魔力もない。なのに、彼女に無理をさせてしまった。

「ごめんな…」

ダインは再三謝ってしまう。

「怖くなかったか?」

気を失っていたので、ニーニアがどういう状況で触手に襲われていたか分からない。

何も伝えてない中での出来事だ。訳も分からず触手に絡まれ、動けなくなるほど魔力を吸われ続けるのは恐怖ではなかっただろうか。

「う、ううん、大丈夫だよ。途中で、あの触手がダイン君のものだって、分かったから」

「そうなのか?」

「か、感触とか、吸われる感じとか、ダイン君に触ったときと同じだったから」

だから驚いたけど怖くはなかったと彼女は続ける。

心理面での負担はなかったようだ。本当のことのようで、その点に関しては安堵したダインだが、無理をさせてしまったことには変わりない。

吸われる感覚にずっと晒され、翻弄され続けていたのだ。彼女が動けないのは、何も魔力が減っただけではないはずだ。

「ごめんな…これぐらいしかしてやれないけどさ…」

申し訳なさを抱きながら、労いの意味も込めてニーニアの小さな頭を撫でてやる。

すると彼女から嬉しそうな笑い声が漏れた。

「ん…十分だよ。気持ちいい。ふふ…」

「こんなので良ければ、いつでもな?」

そのまましばらく、ニーニアの体力が回復するまで待つことにした。







「だいーーーーーんっ!!」

玄関に入った瞬間、待ち構えていたルシラが突撃してきた。

ダインは笑いながら彼女を受け止め、抱っこする。

満足そうにするルシラだが、それも一瞬のことですぐに頬を膨らませた。

「もー、おそいよ! おなかへったよぉ!!」

ダインの帰りをずっと待っていたのだろう。

確かに玄関の外はすっかり暗くなっている。回復したニーニアが魔法で帰還していくのを見届けた後、急いで帰ったつもりだがルシラの機嫌を損ねてしまったらしい。

ご立腹なルシラも可愛いと思いながら、「まぁ色々あってさ」と靴からスリッパに履き替える。

「いろいろ〜?」

不思議そうにするルシラが続けて疑問を口にしようとしたとき、「そのようですね」と遅れてサラが出迎えに来てくれた。

「“あれ”が出てしまったようですね」

ダインの僅かな変化から、何があったのかを察したらしいサラは言う。

「あぁ、まぁ」

「ん…? あれー? だいん、ちょっとかわった?」

ルシラは間近からまじまじとダインの顔を見つめる。

「変わったって?」

「なんかねー、べつのひとのかおがみえるよー?」

「別の人?」

「うん! なんかちっちゃくて、ちゃいろいかみをしたおんなのこ!」

思わずサラに視線を向けてしまう。

そこまで分かっているのかという表情を彼女に向けたのだが、サラも不思議そうに「そうなのですか?」と聞いてくる。

「かわいいこだねー?」

「ん、ああ、俺もそう思うけど…見えるって、見えるのか?」

「ん? うん」

どうもルシラには常人にはない視点を持っているらしい。

「相変わらずミステリアスな奴だな」

ダインは驚きと共にそういった。

「みすてりあす?」

「神秘的って意味だ」

「しんぴー?」

疑問符を浮かべるルシラも可愛い。

また笑ってしまいながら彼女を抱きなおし、すでに夕飯の準備は済ませているというサラと一緒にリビングへ向かった。



「なるほど…ダングレスですか」

就寝前のいつもの報告で、ダインから今日あった一連の出来事を聞いたサラは顎に手を添えた。

「機材の故障により本体が再現された、と…」

「色々ありすぎて流石に疲れちまったよ」

ダインはそう言いながら、膝の上で寝落ちしてしまったルシラを隣のソファにそっと移動させる。

すぐさまダインの手を掴んできたので起きたのかと思ったが、彼女は寝息を立て続けている。

「ダングレスの幻影の可能性も捨て切れませんね」

ルシラに笑っているところで、サラの台詞に何か意味があったように聞こえたダインは顔を上げる。

「レギオスが使役するドラゴンは七体。各地で封印されていますが、どこかで綻びが生じれば、それは意図せずとも広がっていくということです」

各地の封印は創造神エレンディアがしたもの。つまり封印の根元は一つで繋がっているのだとサラは続けた。

「他のドラゴンも復活する可能性があると?」

「あくまで可能性ですけどね。ダングレスの件は単に機材故障による再現だけかも知れませんし。しかし備えは必要だとは思いますが」

ルシラの手を握り返しながら、ダインはソファに背中を沈める。

サラの言う備えとは、ドラゴンのみならずレギオスの復活も見据えたことを言っているのだろう。

真剣に考えるダインを見て、サラは明るく「まぁ、そこまで身構える必要はないとは思いますけどね」と言った。

「混乱期と今とでは状況も大分違いますし、対抗する術もかつてよりは豊富にあるでしょうし」

「そうだな」

確かにいまレギオスが復活したとしても、そこまで脅威にならないのではないだろうか。

サラの言うとおり昔よりは技術も魔法も進歩した。人口も増える一方だし種族間の仲も良くなってきたんだ。

有事の際の協力協定なんてものも結ばれたし、世界が相手ならばさすがのレギオスもひとたまりもないはずだ。

「幻影かレプリカかは分かりませんが、ダングレス程度でしたらダイン坊ちゃまも仕留められましたしね」

「それはそうなんだが…」

話題がダインが“攻撃”したことに変わり、彼は難しそうな表情で紅茶を飲む。

「あんな風になるとは思わなかったよ」

枯渇状態からの吸魔衝動。

衝動と言う名の如く、理性で抑えられないほどのものだったことに、未だに驚きを隠せないでいた。

「我々ヴァンプ一族は、ただでさえ少ない魔力しか有していませんからね。吸魔衝動はほとんど本能で動いているようなものなのです」

「それで」サラは話の流れに乗って、ニーニアのことに言及する。

「そのドワ族の方…ニーニア様でしょうか。一度こちらにお呼びした方が良いかも知れませんね」

ドラゴンよりこちらの方が問題だと言いたげに、ダインを真っ直ぐ見てきた。

「呼ぶってどういうことだ?」

「ヴァンプ族の触手の餌食になってしまわれた方は、その感触と言いますか感覚と言いますか、クセになってしまう方が多いので。触手での吸魔は、肌と肌で触れ合うよりも強力なものですから」

思わずニーニアのあの時の様子を思い浮かべてしまう。

机に突っ伏したまま微動だにしなかったニーニア。指先一本動かせない様子だった。意識はあったがしばらくぐったりとした様子で、体はあちこちがぴくぴく震えていた。

真っ赤な表情に汗ばんだ体。濡れた椅子…。

触手による吸魔がどれほどの感覚だったのか、ニーニアの容態を思い浮かべれば触れるよりも強烈だったのは容易に想像がつく。

「簡単な問題ではありませんからね。中毒の可能性もあるのですから」

「そこまでか」

ダインは驚いていった。

「最大の弱点でもある、というのはそういうことです」

サラは言い、続ける。

「中毒に陥らないよう、解毒剤とまではいきませんが、似たような効能を持つお薬がございますので、一度お越しいただくようお伝え願えませんでしょうか」

確かにそうしてもらった方が手っ取り早い。しかしそこまでサラを手こずらせるわけにも、ニーニアにも時間を割いてもらうわけにもいかない。

「薬なんだったら、明日にでも渡すぞ? 毎日会うし」

そう思っていったのだが、サラは「いえ」と首を振る。

「シーハス家直伝の秘薬なのです。持ち出し厳禁なのでそれは難しいかと」

「…初耳なんだけど」

「極秘の秘薬ですからね。特許申請中です」

サラの実家にはこれまで何度も遊びにいったことがある。

色んな武器防具があって面白かったが、薬関係のものは何もなかったような気がする。

「秘薬…そんなものがあるのか」

「ええ。あるのです」

「この屋敷に?」

「いまはこのお屋敷に。保存出来ないものなのでいま手元にはありませんが」

「…へぇ」

ダインは目を細めてサラを見る。明らかに彼女を疑うものだった。

中毒だの何だの言ってるが、ニーニアがどんな奴か一目見たいだけではないのだろうか。

何しろダインの初めての友達だ。表情には出さないが、サラも気になって仕方ないはず。

その証拠に、彼女が手にしている画用紙には、ニーニアの顔が見えていたであろうルシラに頼んで描かせた似顔絵がある。

「どうでしょうか」

「あっちの都合がよければな。話してみるよ」

ため息と共にそういったところで、サラは「そうですか」と口元を緩めた。

「ドワ族の女の子ですか…さぞかしお可愛い方なのでしょう…」

再びルシラが描いたニーニアの似顔絵を眺めている。

ルシラには絵の才能もあったようで、若干のデフォルメ化はされてるがかなり似ていた。

「ふふ」と笑うその笑顔は何か企んでいるようにしか思えない。

追求しようとしたが、ルシラが起き出してしまったのでダインは何も言うことが出来なかった。





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