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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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八十八節、守りたいもの

「もっと強くなりたい?」

目の前で神妙な面持ちでいるシンシアにいわれたことと同じことを、姉のリィンは聞き返す。

そこは破魔一刀流の道場だった。夜の時間であるため門下生はすでに練習を終え帰宅しており、人が少ないためリィンの声がやけに響く。

「うん。もっともっと、強くなりたい」

先ほどまで木刀で素振りをしていたからか、胴着に着替えていたシンシアは全身から汗を流していた。

「どうして?」

シンシアから一通り闘技場での出来事は聞いていた。その上で、リィンは尋ねた。「こうして直接お願いするなんて、いままでなかったのに」

リィンにとっては意外なことだった。幼少期のときは妹と一緒に父ゲンサイの修行を受けてはいたものの、思春期になるにつれて独学で修行に励んでいた彼女なのに。

殺生に対する“躊躇い”があったシンシアなので、相手を傷つける技はあえて学ぼうとはしなかったのだ。

「このままじゃ中途半端なままだから」

なおも真剣な表情のまま、シンシアは答えた。「強くなりたい。強くならないと駄目なの」

「それは私に早く追いつきたいから?」

リィンは尋ねるが、シンシアははっきりと首を横に振る。

「大切な人を守るために。守りたいから」

彼女の声は道場の静けさに沈みこんでいく。

声が小さいのは、シグに勝つことが出来なかった…いや、ダインを守ることが出来なかった悔しさによるものに他ならない。

だからシンシアは力を欲した。誰かに勝つためではなく、誰かを守れる力を。

しかしリィンはすぐに返事をしなかった。しばし、シンシアの表情から覚悟を読み取ろうとしていたのだ。

向き合って座布団に座る二人から離れた位置にゲンサイがいたのだが、彼は相変わらず腕を組んで瞑目したまま、まるで銅像のように動かない。

姉妹の会話に自分が出る幕は無いと思っていたのだろう。

「だからお願い、お姉ちゃん」

シンシアは姉のリィンに頭を下げた。「もっと強くなるために、稽古をつけてください」

そういってから顔を上げたシンシアの目には、強い意志が宿っていた。

それは、大切な人を守るため、自分の技で相手を傷つけることを厭わないという、強い目だった。

その彼女と視線を合わせていたリィンは、やがて「分かったよ」、笑顔になって頷いた。

「そこまでの意思があるんだったら、稽古をつける。まぁ元より、可愛い妹の頼みなんだったら、聞かないわけにはいかないからね」

笑いながらリィンがいうと、シンシアにも笑顔が広がった。

「それじゃあ…」

「うん。でも厳しくいくよ。ダイン君にどれだけ聖力を吸われて疲弊してたとしても、遠慮はしないつもりだから」

「うん」

シンシアは大きく頷き、座布団から立ち上がって「お母さんの夕飯作りお手伝いしてくるね」、といって道場を出ていった。

その姿が見えなくなってから、リィンは胴着の袖からタオルを取り出し、汗を拭う。

「いやぁ、妹の成長を間近で見れて、姉として嬉しいなぁ」、そう声を出した。

「お父さんもそう思うでしょ?」

振り返り同意を促すが、相変わらず微動だにしなかったゲンサイは、どういうわけか眉間に皺が寄り微妙そうな表情をしている。

「あれ、どうしたの?」

「…うぅむ…」

ゲンサイは唸る。喜ばしいことであるはずなのに、彼は別のことを考えているようだ。

「もしかして、まだ認めてないの? ダイン君のこと」

リィンは父の考えを先回りして呆れたようにいった。「シンシアがあれだけ真剣に稽古して欲しいっていったのは、彼のおかげといってもいいのに」

お父さんはダイン君にコテンパンにされたのに。と追い打ちをかけると、「い、いや、そちらではない」、ゲンサイは目を開けて首を横に振った。

「彼については認めるもなにもない。もはや次元が違う」

「じゃあ何?」

「いや、その…何故シンシアはワシではなくお前に稽古をつけてもらうよう頼んだのか、と思っていてな…」

父としての軽い嫉妬があったのかもしれない。

「前科があるからに決まってるじゃない」

リィンはさも当然だという表情で答えた。「あの子まだ根に持ってるようだし。門下生の人たち悲しんでるよ? 試合のときのお弁当が明らかに質素なものになったって」

「ぬ…ぬぅ…」

ゲンサイは気まずそうに眉間に皺を寄せる。

「何かしら手を打たないと、この微妙な距離はずっと縮まらないと思うよ?」

「…考えておこう」

どうすればシンシアの溜飲は下がるのか。ゲンサイが考えを巡らせたとき、「それよりも」、とリィンは別の話題を振ってきた。

「お父さんはどう思った?」

「うん? 何の話だ?」

「シンシアのことだよ」

リィンはゲンサイに、シンシアから聞いた闘技場でのことを改めて説明した。

「シグのことは何度も顔を合わせたから知ってるけど、彼の創造魔法も相当なものだよ」

リィンは退魔師という仕事柄、モンスター対策も行っているガーゴからよく討伐の依頼を受けることがある。

鎮圧部隊と行動を共にすることもあり、そのため幹部である“ナンバー”の面々とも面識があった。

有名人で実力もあるリィンにはガーゴも信頼を置いているようで、いまや本部の出入りも自由に出来るほどだ。

なのでカインやジーニ、サイラにシグのこともよく知っているし言葉を交わすこともある。

どれも個性的な面々だが、特にシグについてはその個性が突出している、とリィンはいった。

モンスター群の鎮圧や凶悪な犯罪者組織の摘発など、通常のガーゴ隊員だけでは対処できないような事件の、武力を用いた制圧に向けて組織された特殊部隊『ジャッジメント』。

特殊な訓練を受け戦闘のスペシャリストとして鍛え上げられた彼らを取りまとめているのが、そのシグ・ジェスィだ。

退魔師としてその名を轟かせた父を持つ彼も、幼いときから運動神経は神がかり的なものがあるようだった。

どれほど強大なモンスターも疾風迅雷の速さで成敗し、対人戦においては無類の強さを誇る。

創造魔法を使えることも彼が特別視される一因で、ガーゴ内ではそのシグこそが最強だと囁かれることが多い。

確かに、リィンもシグと共に禁忌種とされるモンスター討伐に赴いたとき、彼の人外に近い強さを目の当たりにしたことがある。

大退魔師として名を馳せた自分でも、まともにやりあって倒せるかどうか分からないほどの相手だ。

シグは強い。それが分かっているからこそ、シンシアの話を聞いてリィンは驚いたのだ。

「シグが使った創造魔法を、シンシアは無意識ながらも砕いた」

通常ならばありえない話だ。創造魔法によって創り出されたものは、召喚された英霊そのものの力といってもいい。

ともすればゴッド族のバリアに匹敵するほどの強度があるはずで、それはいかなる魔法を使ったとしても壊せるはずが無い。

「特殊部隊の隊長を務めるほどのシグの武器を、シンシアは打ち破ったんだよ。以前私とやりあったときのようにね」

リィンが創り出した聖剣も、あの時のシンシアは破壊した。

当時のことを思い出しながら、リィンは父ゲンサイに真っ直ぐな目を向ける。「あれ、『壊魔』じゃないよね。だからあの時お父さんも驚いてたんでしょ?」

リィンが聞いても、ゲンサイは返事をしない。

組まれた腕は太く、座布団にどっしりと腰を据えるその様は歴戦の武人そのものだが…、

「あの子に何か秘密があるの? それとも…一子相伝の壊魔ではない、別の才能が開花した?」

リィンが持論と共に尋ねたところで、ゲンサイの眉がぴくりと動く。

リィンの推測と同じことを考えているような反応だった。

「…まだ何ともいえんな」

しかしゲンサイはそういって、極論を話すことは控える。

「あ奴について気になる部分はあるにはある。しかしそれが分かったところで、あ奴がどのように成長するかは、本人次第であることには変わりない」

ゲンサイの言葉に、「ま、確かにね」、リィンはくすくすと笑った。

「本格的な稽古をつけることになったし、間近から妹の成長を見届けることにするよ」

「よろしく頼んだ」

「お父さんも、早くどうにかしてシンシアの信頼を取り戻してね」

「う、うむ」

そのとき、カツオ出汁の効いた美味しそうな匂いがどこからかやってきて、道場の中を充満していく。

「ああ、良いにおい…今日は茶碗蒸しかな?」

リィンは嬉しそうに呟きながら道場の掃除を始め、ゲンサイも立ち上がろうとした。

「まぁでも、私が一番気にしてるのはそこじゃないんだけどね」

濡れたモップで床を拭きながら、リィンはいう。「どうして妹に手を出したのか、シグ君とはちゃーんと話し合う必要がありそうだなぁ…」

そう話す娘のリィンの横顔を見て、ゲンサイは思わず身震いしてしまった。

確かに、シンシアからシグとやらとやりあったと聞いて、笑顔でいたリィンはしばし固まっていた。

娘の考えていることは相変わらず見透かすことは出来ないが、きっとその心中は穏やかなものではなかったのだろう。

「明日話に行こうかな…どこにいるんだろうなぁ…」

そう呟くリィンの声を聞きながら、ゲンサイは名前だけしか分からないシグの安否を案じずにはいられなかった。







「ドラゴン討伐の情報を仕入れてきましたよ」

静まり返ったダイニングルームで、サラはいう。

いつもの報告会だ。テーブルにはジーグとシエスタが椅子にかけており、晩酌していた二人はほろ酔い気分でサラの話に耳を傾けている。

「早いな」

香りの良いアップルティーを飲みながら、ダインは驚いてきいた。「ガーゴとは昨日契約交わしたばかりなのに。資料でも発見したのか?」

「ええ。奥様が家事を率先してやってくださったおかげで、パートの時間を増やすことができましたから」

つまり調査をする時間も増えたと彼女はいいたいのだろう。

「ちなみにどこの大陸の何というドラゴンなの?」

シエスタが促すと、「マレキア大陸の“シアレイヴン”というドラゴンのようです」、サラは答えた。

「シアレイヴン…」、文献を思い起こしたダインは、「確か暴風のドラゴン、だったよな」、と、誰にいうこともなく呟く。

「そうだな」

頷くジーグは、そのマレキア大陸がどこにあるかを思い出す。「マレキアというのは、確かエル族が統治している大陸だったな」

「そうですね。緑と水の多い大陸です」、サラはいった。

「湿地帯や熱帯雨林もある。自然が多く時代に取り残されたような大陸ですが、森暮らしを主とするエル族にとっては住みやすい大陸なのでしょう」

「日取りは分かっているの?」、シエスタが尋ねた。

「はっきりとは決まってないようですが、週末になるかと思われます」

恐らくですが、とサラは付け加えていった。「またテレビ中継をするようですし」

「ああ、やっぱり。週末は全国的に休みが多いから、宣伝効果高そうだものね」

「ちなみにどのような流れで封印地へ向かうのだ?」

ジーグはダインにきいた。「まとまって転移魔法で現地に向かうとなると、お前がヴァンプ族だということがばれてしまう恐れがあるのだが」

「いや、大陸に現地集合して、そこから目的地までは団体で歩いて行くらしい」

封印を解除してからの戦いは非戦闘員なので説明を受けてないが、現地に着いてからの一連の流れは書類に書いてあったとジーグに伝えた。

「ふむ。本当に回収だけなのだな…」

軽く考え込んでいたジーグは、再びダインに顔を向ける。「ダインよ。もし可能ならば、子供と同時に残骸の回収も頼めないか?」

「またギベイル爺さんに調べてもらうのか?」

「うむ。伝承の存在を調べるために、サンプルは沢山あったほうがいいからな」

「やってみるよ」

「今回もあまり回収する時間はないかも知れませんけどね」

そういいだしたのはサラだ。

「連中は己の組織力の高さをもっと世の中に知らしめたいようですし、ドラゴンをも迅速に対処できるとして、七竜の討伐計画は年内に終わらせたい意向のようです」

その彼女の台詞に、「年内に?」、ジーグは目を剥いた。

「はい」

「残り六匹を?」、ダインも思わず驚いてしまう。

「ええ」

サラが頷いたところで、「どこまでも顕示欲の強い連中だな」、ジーグは鼻を鳴らして酒をあおった。

「伝承のドラゴンを中級モンスター並の扱いとは…」

確かにジーグがいいたいことも分からないでもない。

相手は仮にも数多くの文献に名を残す、混沌の神レギオスの使途たちだ。

様々な創作物にも登場し、最悪、最強と散々いわれてきたはずなのに、いざ対峙してみれば一人の男によって倒されてしまった。

人類にとって脅威である以上、天敵はいない方がいいのは当たり前な話だが…しかし、それがあっけなく倒されてしまったとあっては、どことなく虚しさを感じてしまうのも事実。

「完全に別物だろうから尋ねても意味はないのだが、ピーちゃんはどう感じているのだろうな…」

ジーグは呟くようにいった。

そのピーちゃんはリビングのソファにいて、ルシラの腕の中で一緒に寝息を吐いている。

「確かに不思議よね」

今度はシエスタが呟いた。「あの自信は一体どこから来るものなのかしら…」

自信? とダイン達が顔を向けたところで、シエスタは続ける。

「何度もいうようだけど、相手は伝承のドラゴンでしょ? 前回のヴォルケインはたまたま弱かっただけで、次に相手をするのはもっと強いかもしれないって、普通は思わない?」

確かに、彼女のいう通りだ。

「あのガーゴの人たちからは、ドラゴンに対する警戒心がまるでないように感じるの。淡々とドラゴン討伐を計画しているのも然り、討伐隊の人員が少なすぎることも然り」

「…そう、だな。不思議な話ではある」、と、ジーグ。

「しかし己が強いからドラゴンを侮っているという感じではなかったな」

まるで…と続けたジーグの台詞は、シエスタが感じていた疑惑をさらに深めるものだった。「まるで、封印されたドラゴンの力量が、()()から分かっていたような…」

そこでダインも、ガーゴがヴォルケインと戦っていた映像を思い起こす。

「ドラゴンを倒せるほどの実力があったとしても、普通は外への被害を考えて慎重に計画を進めるべきなのよ。相手が弱いという絶対の確信がない限りは、下手な行動はできないはずだし、してはならない」

シエスタの台詞に、「確信、ですか…」、思い当たる節でもあったのか、思案していたサラが顔を上げた。

「そういえば言い忘れていたのですが、ガーゴが秘密裏に購入していた反作用装置についてですが、どうやらドラゴンを封印するバリアに“傷”をつけることが目的だったようです」

そういった。

「傷?」

尋ねるシエスタに、「はい」、と頷いて、サラは続ける。

「照射型の巨大兵器“ダイス”に転用し、僅かながらバリアに傷をつけることに成功したと、たまたま発見した研究資料にそのように書かれてありましたね」

「…そうだったのか」

合点がいったと、ジーグは口を開く。「前回のヴォルケインの復活騒ぎはその傷が原因だったのか」

「恐らく。ですがその研究資料によると、目的はあくまでバリアに傷をつけることで、復活してしまったのは想定外だったようです」

「想定外…?」

「はい。この辺りに、何か秘密があるのかもしれませんね」

それが何であるか。

思わず全員が考え込んでしまった。答えは依然として見つかりそうにないが、しかしガーゴの真の狙いが影まで見えてきたことは大きな進歩だ。

シエスタたちは尚も推理を摺り寄せ真相に近づこうとしたが、「最近ガーゴにかかりきりだな」、ダインは息を吐いてそういった。

「連中の企みを暴くのはいいんだけどさ、ルシラについては一向に進展がないのはどうなんだって思うよ」

ルシラのことを調べるために、彼女を付け狙うガーゴを調査していたはずなのに、いつの間にか逆転していた。

「この間ニーニアの家にいって素材白書見せてもらったけど、結局何も分からずじまいだったしさ」

ルシラの居場所を特定することが最優先であったはずなのに。

誰のせいでもないが、ダインは愚痴らずにはいられなかった。「俺たちはルシラを一時的に保護しているという立場は変わってないし、もうちょっと焦るべきなんだけどな、本来は」

「本人が帰りたがっていたり悲しそうにしていたなら、我々も躍起になっていただろうがな」

ジーグは笑いながらウィスキーを口に含む。「だがこの家に来てからというもの、ルシラは嬉しそうにしかしておらん」

「そうね」

シエスタも笑いながら頷き、「もうあの子は家族の一員なんだもの。本当のご両親が見つかったとしても、もしかしたらあの子の親権を巡って法廷で争うことになるかもしれないわね」

冗談とも本気とも取れるシエスタの発言である。つまりそれほどシエスタはルシラを我が娘と同等に思っているということなのだろう。

「自分は何という種族でどこにいたのか、あの子自身悩んでいたこともあったかも知れない。けれど如何なることがあったとしても、ルシラの帰る場所はここだという事実は変わりないもの。そのことを散々あの子に言い聞かせてきたのだから、もう不安に思うこともないでしょうね」

だから私たちも必死になってあの子の居場所を探す気が起きない、と笑いながら続けた。

「ルシラが嬉しそうならそれでいいではないですか」

サラにまで念押しでいわれ、「まぁ、そりゃそうだけどさ…」、ダインも同意するしかない。

「でも確かに今日のルシラはやけにテンションが高かったな」

何をするにも鼻歌を歌って上機嫌で、ダインが学校から帰ってきたときには彼に飛び掛っていた。

以前のように甘えてきたことに、ダインは驚きを隠せなかったのだ。

「何かいいことでもあったのか?」

ダインが尋ねると、シエスタとサラはお互いに顔を見合わせ、ジーグはグラスを傾け微笑んでいる。

「いいことあったんじゃない? それが何なのかは私たちも知らないけど」

そうシエスタが答えるものの、三人のリアクションに何か含みを感じたダインは、「親父は?」、何か知らないかとジーグに顔を向けた。

「私は書類の整理をしていたから知らないな」

…どうも嘘をいっているように見える。

疑わしいことこの上ないが、しかし追求したところで誰もまともに答えてくれる気がしない。

「さ、明日も早いしこの辺で切り上げましょうか」

突然そういって報告会を打ち切ったシエスタは、サラに後片付けを頼んでリビングに向かう。

ソファで眠りこけていたルシラを、ピーちゃんごと抱き上げた。

「うみゅ…」

もごもごと口を動かすルシラの胸元で、ピーちゃんも安心しきった寝顔を晒している。

「将来が楽しみね」

一人と一匹に笑いかけながらシエスタはいった。「どんな風に育つのかしら」

「何れにせよ可愛らしいものであるには違いないだろうがな」

そういったジーグは、ルシラとピーちゃんの頭を太い指で優しく撫でてから、寝室へ歩いていく。

「…何かまた俺だけ置いてけぼりをくったような気がするぞ」

ダインは一人愚痴ると、「何を仰います」、片づけを終えたサラが戻ってきた。

「ルシラの将来はダイン坊ちゃまにかかっているといっても過言ではありませんよ」

「いや…そりゃ言い過ぎじゃないか?」

「事実ですから」

淡々と答えたサラは、「それだけではございません」、と続ける。

「ルシラの将来のみならず、このエレイン村の…ひいてはヴァンプ族の将来を左右する立場にあられるのです。我々の運命がどのように転ぶのか、ダイン坊ちゃまの腕にかかっています」

「…面白がっているだろ」

「とんでもございません。これは真面目な話です」

相変わらず仏頂面のサラだが、その強い視線はダインを真っ直ぐに射抜いている。

「まぁどのように運命が変わったとしても、ダイン坊ちゃまならいつものように上手に立ち回ってくれることと存じます」

「期待していますよ」、最後にそう付け加えたとき、その口元には笑みが浮かんでいた。

それは、冗談をいったり悪戯したりして相手のリアクションを見た後のような、小悪魔に近い笑みだった。

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