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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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八十三節、漂う思惑

校長室の外は、いつの間にやら暗闇に包まれていた。

外から聞こえるのは虫の鳴き声ぐらいで、さえずっていた小鳥たちはもう巣に帰ったのだろう。

書類仕事を中断したグラハムは、グラウンドで下校時間ギリギリまでいた生徒たちの背中を眺めていた。

部活に精を出し汗だくだった彼らは、帰路につきつつこれからの予定を話し合っている。

グラハムは出来心でつい“黄金色の妖精”を放ってしまい、彼らが何を話しているのかを盗み聞きしてしまった。

どうやらこれから近郊の城下町へ繰り出し、一人の男子学生お勧めの巨大ロールウィンナーを食べるつもりのようらしい。

下校時の買い食いは校則で禁止されてるはずなのだが、もう楽しみで仕方ないとばかりに腹を押さえている彼らを見て、グラハムは思わず笑みを浮かべてしまった。

「失礼します」

そんな彼の背中に向けて、校長室に入室した人物が声をかけてきた。

クラフトだ。

「いま、お時間は大丈夫でしょうか?」

手には『クラス日誌』と書かれた薄めのファイルが持たれている。

校長室には関係のないものだが、彼の表情から何事か悟ったグラハムは、「ああ」、窓から顔を背け、大きな椅子に再びかけた。

クラフトにもソファにかけるよう勧めつつ、「魔法で防音してある。“奴ら”には聞こえないから安心してくれ」、そう続けた。

ジーニとサイラはすでに帰宅しているが、念のためにとグラハムが仕掛けていた魔法だ。

「彼から連絡がありました」

しかしクラフトはソファにかけず、そのままグラハムの前に移動し、持っていたクラス日誌をデスクの上に置いて寄こした。

「彼…?」

疑問に思いつつも、グラハムはその日誌を手にとって広げる。

授業の内容や、日直が何を感じたかが書かれてある。

連絡事項には何も書いておらず普通の日誌のように見えるが、クラフトが何か呪文を唱えた瞬間、その空白の部分から文字が浮かび上がってきた。

そこには、丁寧な字でこう書かれてあった。

“ちょっくらガーゴのアルバイトにいってきます”

その砕けたような文言は、見ただけで誰のものであるか、グラハムはすぐに分かった。

「どうも今朝方、ジーニの方からコンタクトがあったようで…」

クラフトはやや戸惑ったような表情をしている。「あのカインとも話をしたそうです。納得した上で、特例制度適用の書類にサインしたとか」

「…そうか」

日誌を閉じたグラハムは、それをクラフトに返しつつ目を閉じた。「やはりそうなるか」

その表情に焦りや落胆といったものは見られない。まるで予見していたかのように落ち着き払っている。

「どうしますか」

しかしクラフトにはなかなか衝撃的なことだったようだ。

「止めるならいまのうちだと思うのですが…」

特例制度の適用までは想定外だったが、「いや、彼が決断したことなのだろう」、グラハムはそういってクラフトを落ち着かせた。

「彼は何か考えがあってサインしたのだろうし、我々が口を出すべきではない」

「しかし…いいんですか?」

グラハムに詰め寄ったクラフトは、彼…ダインから文面で伝え聞いた“ガーゴの目的”を、グラハムに説明した。

「奴らは、我々が想定した通りのことをしようとしている。その中で、あいつを利用しようと考えているんですよ。利用した後はどうするか。これまでのガーゴがしてきたことを考えれば、明らかじゃないですか」

「確かに、その辺りのことは憂慮すべきだが…」

瞑目していたグラハムは、ゆっくりと目を開け、生徒を心配するクラフトを見上げた。「だが、彼が…いや、奴らが成し遂げようとしていることは、上辺だけで捉えれば、別段やましいことをしているわけでもない」

いくらエレンディアの強力な封印が施されたといっても、それは数千年も昔の話だ。

七竜の影響がいまもなお地上に出ている時点で、彼らの力は衰えてはいないということ。

復活を遂げ、混乱期のような大災害に見舞われる危険性は、いついかなるときであっても存在している。

それならばいっそのこと七竜を討伐してしまおうという考えは、誰しもが思っていたことなのだ。

「俄然奴らの本音は見えてないがな。しかし、不安要素を取り除けるのであれば、企みはさておいて身を委ねるべきではないだろうか。七竜の存在に頭を悩ませているものたちが望むのであれば」

「確かに仰る通りです。本当に七竜を討伐することができるのであれば、したらいい」

ですが、とクラフトは続けた。「文献でも語られている通り、あの存在の危険性については誰もが知りえていること。先日倒されたヴォルケインやこの地下にいるダングレスはまだマシですが、激雷の“ディグダイン”、毒魔の“プノー”といった、封印地に近づくことすら不可能なドラゴンまで相手できるとは思えません」

倒すためとはいえ、あんなのを復活させるんですか、というクラフトは、ふとこわい顔になった。

「…絶望のドラゴンも、倒せるんですか」

そこでグラハムの顔つきも変わる。

「…“ダイレゾ”か…」、小さく、そう呟いた。

死を呼ぶ絶望のドラゴン、ダイレゾ。

エンジェ族の命を最も多く奪ったというそのドラゴンは、その存在自体があまりに危険すぎるため、封印地の情報を知っている者は皆無といってもいい。

一説にはゴッド族が管理しているらしく、封印地も地上から隔離した場所にあるという噂だ。

「そんな奴らとの戦いに、いくら本人が希望したとはいえウチの生徒を送り込むことには反対です」

長年ノマクラスを担当してきたからか、授業をするときはクラフトはいつも気だるげだ。

授業プログラムを組むのもめんどくさそうにしており、禁止されている校内での転移魔法も頻繁に使っている。

だが、生徒が何か問題を抱えたときや悩みがあったときには、彼は親身になって彼らの話を聞いていた。

生徒間でケンカがあっては割って入り、両者の言い分を聞いた後に両成敗と称して沈黙魔法で黙らせる。

テストの成績が悪い生徒には下校時間ギリギリまで付き合うこともあるし、クラブ大会の結果が悪く落ち込んでいた生徒を、違反だとは分かりつつも帰りにメシを驕ってやったりもした。

生徒にものを教える教職員としての才能だけで見れば、クラフトはそれほど有能というわけではないかもしれない。

しかし、教科書に書かれている以上に大事なことを、彼は多くの生徒に教えてきたはずだ。博識で教え方が上手な先生など世の中に沢山いるが、心と心で対話できる教職員はそれほど多くない。

そういえば、彼は昔もそんな“熱い目”をしていたこともあったか。

新米教師として自分の目の前にやってきた、かつて教え子でもあったクラフトのやる気に満ちた熱いまなざしを思い出したグラハムは、真面目な会話をしているにも関わらず小さく笑い声を上げてしまう。

「先生?」

「ああいや、悪い、思い出し笑いをしてしまったよ」

詫びたグラハムは、自慢の長い白髭をゆっくりと撫でる。

「君のいうことも最もだな。何故戦力にも入れてない彼に、特例を用いてまでドラゴン討伐などという危険な業務に従事させるのか分からん」

「はい。生徒が巻き込まれてる以上、我々教職員が様子見を続けていいわけがないと思うんです」

「確かにな。だが、上司であるガーゴ相手に我々が苦言を呈すると、余計な軋轢を生んでしまう恐れもある。彼本人が契約書にサインをしてしまったし、どうするべきか」

考え込むグラハムに、クラフトは、「先生、私たちは生徒を守る立場にあります」、といった。

「生徒が危険な目に遭わないためにも、できることがあると思うんです」

といってクラフトが見せてきたのはタブレットだった。

そこに書かれている文字を見て、「なるほどな」、グラハムはまた笑った。

「これが現状、我々が彼にしてやれる唯一のことか」

「もっと直接的なことをしてやりたかったんですけどね」

「そうだな…分かった。私も独自に調べてみよう」

「頼めますか?」

「ああ。特にダイレゾについては謎が多すぎるし、一定の権限がないと資料を閲覧できないようになっている。さすがに君も調べられないだろう」

「お願いします」

頭を下げるクラフトに、「生徒が頑張ってるのだ」、グラハムはまた髭を揺らして笑った。

「彼の教師として…いや、同じ世界に住むものとして、協力できることがあるのならばするべきなのだよ」

彼はそのまま、窓の外を見つめた。

「“グリーン第三長老裁判員”ではなく、な…」







その広い執務室の一角では、あるエンジェ族の男が一枚の書類と向き合っていた。

時間はもう定時を過ぎている。

先ほどまで壁を隔てた向こう側から聞こえていた喧騒はいつの間にか聞こえなくなっており、針が時を刻む音しか聞こえない。

そんな静まり返った中、彼が見つめている書類には、ガーゴの今後の予定表が書かれてあった。

視察や会議、研究や訓練など、もう今年いっぱいはそれら行事で埋め尽くされている。

その予定表の右側に、新たにドラゴン討伐の文字がねじ込まれるように書かれてあったのを見て、男…カインは嘆息してしまった。

今年はいままで以上に忙しくなりそうだ。

そういえば休みらしい休みがあったのはいつ以来なのか…。

そう考えているところで、執務室のドアが突然開いた。

「首尾の方はどうだ?」

そう尋ねながら入室してきた人物を見て、カインは思わず立ち上がって敬礼してしまう。

「は、滞りなく」

とりあえずそう答えた後、「何か問題が…?」、まさか“彼”がわざわざ出向いてきたことに驚きを隠せなかったため、そう続けてしまった。

「いやなに、近くを通りがかったものでね」

大柄で顔も大きく、もう少しで老齢といってもいい年齢のせいか、皺の堀は深い。

その見た目はトップに君臨する者として威厳のある顔つきで、白髪の頭髪はオールバックになっている。

彼こそが、ガーゴ組織を取りまとめる者。総監と呼ばれているエンジェ族の男だ。

「滞りがないのならそれでいい」

カインにだけは気を許しているのか、男はそういって笑いかけた。

「とはいえ、隙を見せてはならないのは変わらないがな」

彼の顔つきはすぐに元の険しいものへ戻る。

「邪魔するものは可能な限り排除せねばならん。君も分かっているだろう?」

カインが見ていた予定表をちらりと見てから男はいい、「もちろんです」、カインはいつもの生真面目な表情のまま返事をした。

男は歩き出し、大きな窓の方へ向かう。

「我々が思い描いていた夢の実現までもう少しなのだ」

眼下に広がる街の風景を一瞥しながら、彼は続けた。「差別のない、完全なる平和の実現」

その顔が動き、再びカインに向けられる。「そのために、君はこのガーゴに入り、ここまで尽くしてくれた。そうだろう?」

問われたカインは、「はい」、と、再びはっきりと頷いてみせる。

「君はよく頑張ってくれたよ」

総監は再び柔らかい笑顔になり、続けた。「その手腕にはいつも驚かされているよ。此度のこともな」

「いえ…もったいないお言葉」

恐縮するカインを満足げに見ていた総監は、「近々、イグジリア国王と会食の予定がある」、そうカインに伝えた。

「これまで君には私の護衛に回ってもらっていたが、今回はその場に君も居合わせようと思っている」

そこでカインはハッとした様子で顔を上げた。

「それはどういう…」

「此度の計画が完遂すれば、私が掲げた目標は達成したといってもいいからな」

カインの目の前までやってきた総監は、彼に笑いかけながらその肩に手を置いた。

「我らがエンジェ族の始祖、クィンセス女帝の悲願でもあった。私の役目はそれまでだ」

カインの瞳が揺れ動く。

「後は若い者たちに任せることにするよ」

そのまま歩き出し、後ろ向きにカインに手を振りながら執務室を出て行った。

バタンとドアが閉じられ、靴音が遠ざかって聞こえなくなる。

「…ヴァイオレット総監…」

呟いたカインは再び椅子にかけるものの、先ほど総監にいわれたことがまだ処理できず、しばし惚けた表情でいた。

前総監からいまのヴァイオレットに代わって、もう五代目になる。

カインがこのガーゴ組織にやってくる前までも、ガーゴ全体が目まぐるしい変化の連続だった。

他分野への勢力の拡大。地盤を積み上げ、多数の政治家を取り込んで内政への干渉を可能にし、オブリビア大陸では誰もが知る組織となった。

前回ドラゴンを退治したことによりその名は外国へまで広がっていき、いまその外国からガーゴへドラゴン退治の依頼が殺到している。

長年の研究と実験が実を結び始めたのだ。計画はいよいよ大詰めを迎えてきた。

ガーゴの理想とする世界の実現へ。ガーゴ組織が設立された、その理念を果たすために。

カインはおもむろにデスクの引き出しを開ける。

そこには、一枚の写真が見えやすい位置に置かれてあった。

古びたどこかの施設をバックに、その写真には二人の人物が写っていた。

片方には幼き頃のカイン。そしてもう片方には、左右に六本もの腕を生やした、異様とも思える姿をした一人の男の子。

二人は満面の笑顔をこちらに向けており、肩を組み合っている姿はまるで親友同士のようだ。

「…差別のない、完全なる平和…か…」

呟く彼は、再びデスクの上に置かれた書類に視線を移す。

そこには彼が書き込んだと思われる字で、『ダイン・カールセン』と記されてあった。

「…ヴァンプ一族か…」

彼の静かな声は、執務室の静寂に沈みこんでいく。

「“持たざるもの”の呪いをかけられた、淘汰される一族…」

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