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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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八十二節、新情報

ミーナの歓迎ムードが一段落したところで、ダインはディエルに向き直った。

「もう一つ、ディエルにいっておきたいことがあるんだけどさ」

西日はさらに傾いており、オレンジの光が強くなっている。

「え? 何?」

「うちのモンが世話になったな」

そこで何の話かすぐに分かったディエルだが、「って、来てたの?」、驚いてダインにきいた。

「ああ。三日ぐらい前かな。そっちに行ってたぞ」

「全然知らないんだけど…」

「そりゃ他のメイド隊に紛れ込んでたからな。大体沢山いたんだし、お前全部のメイドを把握してないだろ」

「それはそうだけど…いつの間に…」

ディエルもラフィンに負けず劣らずのお嬢様だ。家は城ほどに大きいらしく、その分セキュリティーも厳重だ。

バリアに監視カメラに、二十人以上に及ぶ警備隊に、軍人レベルに鍛え上げられたメイド隊。

ねずみどころか小さな虫すらも入り込めないような厳重な警備を掻い潜って、サラは城の地下にある尋問室へ潜入を遂げたのだ。

「見かけたら挨拶ぐらいはって思ってたんだけど…」

「変装してるし分からなかったと思うぞ」

「そ、そりゃ勝手に来ていいとはいったけど、誰も気付かないなんて…何者なの? その人」

「単なるうちの使用人だ」

笑いながらダインはいって、「いや、話すのはそこじゃなくてさ」、話を戻した。

「昨日そいつから色々聞けたんだけど、何か進展あるのかなって思ってさ」

ダインとディエルが何の話をしているのか、事情を聞かされてないラフィンとミーナは不思議そうな顔をしている。

そんな彼女たちにシンシアたちが丁寧に説明しており、状況を把握してもらってから全員の視線がディエルに集中した。

「あ、見たい?」

ミレイア親子の“歓迎パーティ”に興味が向いたと思ったのか、ディエルは携帯を取り出す。

「動画と画像と、音声データもあるわよ? どれもものすごく面白くてお勧めよ」

「い、いや、聞きたいのはそっちじゃない」

ダインはやんわりと遠慮していった。「押収した“ブツ”の情報だ。何か分かったか?」

「そっちか」

ディエルはどこか残念そうに、携帯をスカートのポケットにしまう。

「どこまで知ってるの?」

尋ねるディエルに、ダインは昨日サラから聞いた情報そのままを彼女に伝えた。

「なるほど」

頷くディエルは、「じゃあ、あのことはまだ知らないのね」、といった。

「どのことだ?」

「あいつは色んな意味で“私たち”の敵だったということよ」

そういった意味が分からず、ダインだけでなくシンシアたちも顔に疑問符を浮べる。

紅茶を飲み干し、ニーニアに「ごちそうさま」、といってティータイムを終えたディエルは、真剣な表情でダインたちを見回した。

そして腕を組んで、片付け終わったテーブルの一点を見つめながら、

「あいつ…地下の事務所で女を飼っていた」

と、いった。

「…は?」

ディエルが何をいったのか一瞬では分からなかったダインは、また不思議そうな声を出してしまう。

「何かクスリでも打たれたのか、生気のない若い女数人が地下の一室に閉じ込められていたわ」

発見したのはメイド隊だろうが、そのメイド隊から詳細を聞いたディエルは嫌悪を滲ませている。「まるでペットのように首輪をつけられていてね。中には子供もいたわ」

その発言を聞き、シンシアたちからどよめきが起こる。

「…クズ中のクズだな」

ダインも思わずそういってしまった。

「往年稀に見る悪党よ。あの醜い見た目そのまま、中身も醜かったみたい」

その閉じ込められた女性たちがどんな仕打ちを受けていたのか。

「自分の非常時に秘書に証拠隠滅を頼んだ中に、その女性たちも含まれていたそうよ」

ディエルの険しい表情からして察するに余りあるため、その詳細を尋ねることは止めにした。

ディエルもそれ以上語ることは差し控え、「で、その女性たちをどこから“仕入れた”のか入手ルートを調べている段階」、ディエルは続けた。

「昔は横行していた人身売買も、いまはどこの国でも重罪が課せられてるようになっているからね。暴くことが出来ればロアンの人生をぐちゃぐちゃにできるんだけど…」

怖いことをいってのけるディエルだが、難しそうな顔で唸りだす。

「今回ロアンとミレイアを幽閉してるのは、私にちょっかいをかけた報復措置としてだけだから、人買いの疑惑や捜査は完全にそれから逸脱してるのよね…」

確かに、そこから先はちゃんとした取り締まり機関に依頼すべき内容だろう。スウェンディ家のメイド隊は警察ではないのだから。

だが本来の機関に依頼するにしても、それは自国を取り締まっている組織がすべき案件だ。

「なぁ、ロアンが住んでいる場所って…」

懸念を持ったダインが尋ねると、問題点はまさにそこにあるとばかりに、「オブリビア大陸よ」、眉間に皺を寄せたままディエルがいった。

「仮にロアンに容疑がかけられて、本格的な捜査を実行するとするならば、その担当は…ガーゴになるわね」

そこでシンシアたちの表情も曇りだす。

「ガーゴとキリノフ家は繋がっているのよね…」

ラフィンが顎に手を添えていった。「ガーゴに関するマズい証拠がまだあるのかもしれないし、内々に処理される恐れもある、というわけか」

「え、そ、それって…人身売買も?」、と、シンシア。

「ええ。最悪、全てをなかったことにして政治家を続けさせる可能性も十分に考えられるわ。ガーゴにとっても、あのロアンという人物は扱いやすいはずだもの」

ラフィンの想像は、半分は事実だったのかもしれない。

「実際に、ガーゴから何度もお父様に連絡がきてるわ」

テーブルの一点を見つめるディエルは、深刻そうにいった。「ロアンを当局に引き渡せって。捜査して裁くのはこっちの管轄だってね」

確かにガーゴの要求は最もだ。いまや国ごとに自治組織があることは当然で、何か問題が起こればその国の自治組織が処理しなければならない。

ディビツェレイド大陸にいる、ディエルたちスウェンディ家はまったくの部外者なのだ。

なのに他国の要人を勝手に幽閉し、接待と称した拷問を日々繰り返している。事実のみを並べ立てれば、国際問題に発展しかねないことだろう。

しかしロアンを引き渡せば、さすがに全ての罪をなかったことにはできないだろうが、可能な限り刑を軽くすることは可能だ。ロアンはガーゴに守られているのだから。

取り締まるのも裁くのもガーゴが一貫して行っている。情状酌量の余地や量刑の取り決めなど、如何様にも出来る。

「お父様もいよいよ頭を悩ませ始めたのよね…」

ロアンをどうにかしてガーゴ以外の組織が取り調べることはできないのか。

全員が考え込んでいるところで、「あ、あの、ディエルちゃん」、またおずおずとミーナが声を上げた。

「その閉じ込められていた人たちは、みんな同じ種族なのかな?」

質問の意図が分からないながらも、「いえ、ばらばらだけど…」、ディエルは答えた。

「あんな小汚いナリのくせしてやけに面食いだったようだから、ヒューマ族だけじゃなくてエル族にデビ族…ドワ族とか色々いたらしいわよ」

「あ、じゃ、じゃあ、中立機関の“グリーン”に捜査を代行してもらったらどうかな」

ダインだけでなくディエルにも聞きなれないものだったようで、「なにそれ?」、不思議そうに尋ねた。

「大陸をまたいだ凶悪事件や、犯人たちが種族混在していて責任の所在が分からなかった場合に、国家間の垣根を飛び越えて独自に捜査と裁判ができる機関だよ」

シンシアもニーニアも、ティエリアですら知らなさそうな表情だ。

だが博識であるラフィンだけは記憶にあったようで、「あそこか…」、小さくいった。

「知ってるのか?」

「ええ」

それからラフィンは口下手なミーナに代わって、ダインたちに均衡保持国際組織“グリーン”について説明を始めた。

それはかつて種族間で頻繁に諍いがあった時代、国家間での領地問題や両者が抱える認識の差など、二つ以上の国が絡む問題の解決に向けて組織された機関だった。

戦争といった暴力なく、あくまで平和的に、双方が納得、あるいは痛み分けという“落としどころ”を目標に、超寿命であるエル族が先導して作られたものだ。

エル族が統治する広大なマレキア大陸を三つに分類し、その三人の長老によって構成されたもので、いまもなお世界規模の難事件や不可解な謎の解明に尽力している。

彼らの存在があるからこそ種族間戦争が起きていないといっても過言ではなく、エンジェ族とデビ族の仲を取り持ったのも彼らだ。

エージェントと呼ばれる構成員は数千人ほどいるらしく、内訳の種族はバラバラ。普段から市民に紛れて生活しており、何か問題が起こった際にはいち早く調査に乗り出す。

立案者は、かつてエレンディアに仕えていた七英雄の一人、エル族の男性のようだった。

法治国家の最上位を意味する“エレンディアの指輪”を持っており、全権を所持、執行することができる。

そのためグリーンによって下された判決は絶対的な力があり、いかなる種族、地位にいる者でも従わなければならない。

「ロアンが地下に幽閉していた女性がバラバラの種族なら、大陸をまたいだ事件としてグリーンが動いてくれるんじゃないか、ということね」

説明が終わりついでにラフィンがいうと、ミーナは「うん」、と頷く。

「国際組織のグリーンが動き出したら、さすがにガーゴも手を出せないんじゃないかなって思うんだけど…」

「…なるほど」

興味深く話を聞いていたディエルは、「それはいいわね。お父様に進言してみる」、といった。

「中立っていってるぐらいなんだからちゃんとした判断をしてくれるのよね?」

「それは間違いないわ。過去のどんな難事件も、誰もが納得する公明正大な判決を下していた」

ラフィンの台詞を聞いて、「そう」、と安心したようにディエルはいう。

「あ、でも…」

ミーナが口を挟みかけた。

「え、何?」

ディエルがミーナに顔を向けると、「えと…う、ううん、なんでもない」、ミーナは口をつぐんでしまう。

「何でもって…気になるんだけど」

「ご、ごめんね。でもこれ、ディエルちゃんが抱えている問題とはまったく別のことだから」

「別?」

「うん。グリーンの過去の話だから。いまは大丈夫」

ミーナが何をいいかけたのか。

「…“タランチュリーの悲劇”、ね…」

ラフィンが何事か呟く。

「あ、ラフィンちゃんも知ってるんだ」

「まぁ、ね」

「何それ?」

ディエルが尋ねるものの、「説明してもいいんだけど、そろそろ時間切れだわ」、携帯を見せながらラフィンはいった。

そこに表示されてる時間は割りといい時間だ。気付けば頭上の空はもう暗くなり始めている。

「この話はまた機会があれば、ということにしましょう」

ラフィンがベンチから立ち上がると、ダインたちもそれに続いた。

「じゃあまたね」

ラフィンがいい、「うん! またね!」、シンシアたちが元気よく手を振って、彼女の姿は光に包まれて消えていく。

「私たちも帰りましょうか」

ディエルはミーナにいい、「じゃ、じゃあ…」、ミーナはシンシアたちに向け手を振った。

「これからよろしくね、明日また学校で!」

明日も同じ教室で一緒の授業を受けられる。ニーニアの台詞でそう思ったミーナは、「うん!」、また嬉しそうな顔で頷いた。

そして二人の姿も転移魔法の光に包まれ、風音と共に消えた。

「じゃあ、みんなもまたな」

ダインはいつものようにシンシアたちが帰るのを見届けようとしたのだが、彼女たちは誰一人として転移魔法の魔法陣を展開しなかった。

「ん?」

どうしたんだと見回すが、彼女たちはダインを真っ直ぐに見つめたまま。その表情は、一様に心配そうなものだった。

「今日も色々聞いたけど…やっぱり一番気がかりなのはダイン君のことだよ…」

と、シンシア。隣にいたニーニアとティエリアは大きく頷いている。

「口車に乗せられたのではないか、何かとんでもないものに巻き込まれてしまったのではないか。ラフィンさんから契約書による退学の説明を聞いて、とても不安で…」

辺りが薄暗くなってきたせいか、ティエリアは少し涙ぐんでいるように見える。

「どうにかして、破棄することはできないのかな…? ダイン君が退学だなんて、絶対に嫌だから…」

ニーニアに至っては、心配の余りいますぐ何か行動を起こしそうな気配だ。

ダインは軽く嘆息すると同時に、思わず笑みを浮かべてしまった。

何度も大丈夫だといったはずなのに、彼女たちの心配は拭えない。それほど大切に思われているからだ。離れたくないと思ってくれているのだ。

…やっぱり恵まれすぎてるな、俺は。

そう思ったダインは、お礼をいって彼女たちをまとめて抱き寄せた。

「わわっ」、という彼女たちのやや驚いた声に再び笑ってしまったが、もう一度「ありがとな」、といって腕に力を込める。

本当にシンシアたちはどこまでも優しい。優しくて、思いやりがあるからこそ、不安も大きい。

もし彼女たちが憂えていることが現実に起こってしまったら、立ち直れなくなるのではないか。

優しすぎる彼女たちの方にこそ、ダインは心配に思う部分もあった。人は一度不安に駆られると、思考がマイナス方面へばかり傾いてしまうものなのだから。

「…このままでいいから、聞いてくれ」

だから、ダインは話すことにした。

「いまから俺が話すことは、俺たちの中でだけにしておいてくれ」

シンシアたちを不安にさせないために。

「実はさ…」

屈託なく笑うシンシアを、思いやりのあるニーニアを、自分より相手の幸せを願うティエリアを。

彼女たちを誰一人として不必要に悲しませないため、ダインは打ち明けることにした。

そのダインが打ち明けた“あること”は、驚愕と共に彼女たちの心の奥深いところまで沈みこんでいったのであった。

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