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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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八十節、不信契約

「えっと…いきなりどうしたんすか?」

ダインは思わず驚いてきいた。「ガーゴに入隊しろ、と?」

「別にそこまでいってないわ」

姿勢よく椅子にかけていたジーニは、そういってメガネを光らせる。

「今回のことはあくまで特例よ。その上であなたに依頼してるの」

「いや、でも急にいわれて一体何の話だか…」

分からないというダインは、これまで“色々と”やりあった相手なだけに、表情に明らかな警戒色が浮かんでいる。

「始業のチャイムまでもうすぐだから、ここで押し問答している時間はないのは分かっているでしょう?」

ジーニは短く息を吐き、そしてダインを真っ直ぐに見ていった。「私たちガーゴ組織に、ドラゴンの討伐依頼が続々と来ているの」

「…はぁ」

「昨日現場にいたあなたなら、ドラゴン…七竜に何かしらの“秘密”があったことは知っているでしょ?」

ダインは一瞬固まってしまう。その脳裏にはピーちゃんのことが浮かんでいた。

「私たちにとってもあの“秘密”は想定外のものだった」

ジーニは続ける。「アレこそ七竜のリンク元だと私たちは睨んでいる。下手に刺激したら何が起こるか分からない。だから、あなたにはその保護をお願いしたいの」

なるほど、なくはない話だとダインは思ったものの、

「俺が…っすか?」

顔には疑問が浮かんでいる。「そんな重要な役割を、何故完全に部外者の自分に?」

ジーニの…いや、ガーゴの考えがいよいよ分からなくなってきた。ダインとガーゴは、ある意味で敵対関係にあったはずなのに。

「多くは語らないわ」

相変わらず冷ややかな視線だが、彼女の声には以前にはなかったやや柔らかな色合いが含まれている。「見ていた…といえば、分かってくれるかしら」

「見ていたって…」

「あのときの“彼”は暴走中で誰も止められないはずだったんだけどね」

そういったきり、ジーニは黙り込んでしまう。

見ていたとは、つまりフードの男とダインとのやり取りを目の魔法か何かで目撃したということだろう。

暴走していた男をダインは止めた。彼らはそこに目をつけたようだ。

イレギュラーで現れたドラゴンの赤子には、どんな危険が孕んでいるか分からない。ダインならば、暴走する男を抑制しつつそれを保護できるのではと考えたのかも知れない。

「あの状態になった“彼”は、見境なく攻撃してしまうから」

「確かにそんな感じはしたけど…」

ダインは思い浮かんだ疑問をそのまま口にした。「でも保護した“アレ”はどうするんすか?」

お互いドラゴンの赤子がいたことは知ったのだ。いまさら隠すことでもない。

「研究用に渡せとかいうんじゃないんすか?」

「そんなことしないわよ」

ジーニは興味なさげにいった。「下手に刺激できないっていったでしょ。保護したものについては、あなたに任せるわ」

その提案も意外だった。

「え、いいんすか?」

「アレは世間体という面で見ても危険物に近い。私たちガーゴが保護してるというのが知られたら、詐欺だ何だと責め立てられるのは目に見えてるから」

確かに分かりやすい話だ。事情を知らない世間の人たちは、赤子のドラゴンを巨大化させ、あの倒すパフォーマンスを見せられたと勘違いするだろう。エレンディア信仰の深い人たちからも、何故殺さず保護するのかという批判の声も出てくるはずだ。

あの赤子は想定外の危険性を孕んでいるため研究できず野にも放てない。しかし保護すると全てが茶番だったと騒がれる恐れがある。

一般人であるダインにならば、上手に隔離できると判断したのだ。

ジーニの狙いが概ね見えてきたダインは納得した表情を見せるものの、しかしそれでガーゴに対する不信感が晴れたわけではない。

「一体どういう心境の変化っすか」

ダインは少し鋭い目つきで尋ねた。「俺の通信網に何か仕込んだり、一昨日には“お宅の”客人がやってきてガサ入れされたりと、色々ちょっかいかけられてたように思うんだけどなぁ」

挑むような口調でジーニにいうものの、彼女から返って来たのはため息だ。

「何の話をしているか分からないけど、円滑に進めたいだけよ」

何か作業でもしていたのか、手元のタブレットを操作していた手を止める。「七竜の討伐計画は始動したばかり。足踏みしてる場合じゃないの」

「足踏み…っすか」

「で、どうするの」

興味のなさそうな視線は、ダインにも向けられている。「私はどっちでも構わないんだけど」

そこでダインは口元ににやりとした笑みを浮かべる。「何か見返りとかあるんすかね」

「なに、お金? お金だったら…」

「いや、知りたいこと教えてくれるのかな〜って」

協力関係になるんだし、とダインが続けると、「それはあなた次第じゃない?」、ジーニの返答は始終つれないものだった。

「信用してくれればこちらも信用する気でいる。まぁ、個人的にはあなたのことは信用したくはないけど」

「いうっすねぇ。先に仕掛けてきたのはそっちなのに」

ダインは冷笑を浮べるものの、「まぁ、そういってくれる分にはまだありがたいか。無条件の信用ほど怪しいもんはないっすから」、と続けた。

「それで?」

ジーニは再びダインに尋ねる。「できるならいますぐ返事が欲しいところなんだけど」

「いや、そんな急にいわれても…」

そのとき、タブレットから軽快な音楽が流れ出す。

「あ…」

タブレットを見つめるジーニに一瞬笑顔が浮かんだ。

「ん?」

ダインの視線に気付き、すぐに表情を引き締める。

「待って、あなたと話をしたい人がいるの。その人から話を聞いてから判断して」

「え、誰っすか」

ジーニはタブレットを操作し、ダインに向けてそれを立てかけるようにテーブルの上に置いた。

タブレットにはどこかの一室が映し出されており、中央に大きな執務デスクがあって、その椅子に誰かがかけている。

長いブロンドヘアー。紺碧の目をした、まるでエル族のように整った顔立ちをした男━━エンジェ族のカインだ。

これまた意外すぎる登場人物に内心「お」、と思ったダインは、「久しぶりっすね」、警戒心を隠しながら愛想笑いを浮べた。

“ナンバー”幹部の最高位であるカイン相手に、相変わらずの砕けたようなダインの口調にジーニは苛立ちを覚えたようだが、そのまま押し黙ってカインが話し出すのを待った。

「この間はお世話になりました。まぁ世話になった記憶はないんすけど」

社交辞令を述べるダインだが、

『挨拶などどうでもいい』

カインも相変わらず氷のように冷たい口調だった。『そこのジーニ君から一通りの話は聞いただろう』

「えぇまぁ」

ダインも相変わらず愛想笑いのままだが、心の扉は硬く閉ざされている。「何をそんなに躍起になっているのか分からないんすけど」

『君は七竜の存在をどう捉えている』

突然そう切り出してきた。『七竜の封印地から遠く離れた君たちには、些か考えられない話かもしれないが…アレは困った存在なのだよ』

カインはタブレット越しに真っ直ぐとダインを見つめている。『コンフィエス大陸を氷の大地に染め上げているのは“アブリシア”が封印されているためだ。オブリビア大陸に度々地震が起こるのは“ダングレス”の影響で、マレキア大陸に封印された“シアレイヴン”は終わらない暴風域を所々に巻き起こしている』

どれも聞いたことのある話だ。七竜にはそれぞれ特殊な“属性”を持っており、封印されてもなおその属性による影響を地上に及ぼしている。

『混乱期に七竜が巻き起こした甚大な被害は伝承として語り継がれ、その影響下に置かれた人々は七竜の影に怯えて暮らしている。そのような者たちのために、誰かが奮起しなければならない。喉に刺さった小骨は取り去らねば、痛みが癒えることはないのだよ。君もそう思わないか?』

突然話を振られたダインだが、彼が話す内容は確かにその通りだったので、「まぁ、そりゃ…」、とりあえず同意して見せた。

『昨日現地にいた君なら分かってくれると思うが』

カインはさらに続ける。『我々は七竜に匹敵しうる力を手に入れた。そういった小骨を除去することができるのだ。国内を問わず、七竜の対策に頭を悩ませている方々を救うのも我々の役目だと思う』

随分と大それた話にダインは笑ってしまいそうになったが、表情を引き締めたまま「なるほど」、と頷いた。

封印ではなく排除。七竜の完全なる消滅。カインは…いや、ガーゴはそれを目指していたということだ。

勢力の拡大、という昨日のギベイルの推察が脳裏を過ぎるが、しかしガーゴがやろうとしていることは聞く限りでは悪い話ではない。

アブリシア、シアレイヴン、プノーにディグダイン。大陸ごとに封印されているそれら七竜は、確かにその影響で被害を受けている人もいるのだから。

ガーゴの目標は正しいといえば正しい。しかし疑問点は残る。

「聞きたいんすけど、七竜って倒していいもんなんすかね」

ダインは疑問を口にした。「七竜を倒すことによってまた新たな問題が出かねない。下調べをちゃんとしてから行動に移すべきでは?」

『その点については問題ないだろう』

少しも姿勢を変えることなくカインは答えた。『ヴォルケインを倒した後、各国の守人たちにその他のドラゴンの様子を尋ねたが、これといった変化はなかったそうだ』

「なかった…」

一瞬“古の忘れ形見”のことが浮かんだダインだが、表情には出さずに「ならいいんすけど」、といった。

『だが何が起ころうと、我々ならば対処することが可能だ』

カインは何事にも動じないという面構えだ。『例えどのような強敵が現れようとも…な』

大した自信だ。だがそれは虚勢などではないのだろう。ドラゴンを軽くいなしたフードの男がいるからではなく、“オールキラー”の異名を持つカインもその自信を持つだけの実力があるということなのだ。

「大体の話は分かりました」

始業チャイムまで間もなくということを確認したダインだが、特に焦ることなく「いくつか質問いいっすかね?」、といった。

『なんだ?』

「被る質問かもしれないんすけど、何でそんな話をわざわざ俺に?」

そもそもの疑問だった。「他にも魔法が得意で強い奴は沢山いるはずだし、そっちに依頼すべきじゃ?」

『君は“彼”と対等に渡り合った。それを見込んでのことだ』

カインの真面目な表情から、嘘や冗談をいっているようには見えない。

「じゃあ俺が断ったら?」

『特に何かするつもりはないな』

そういって少し椅子の背にもたれるカインは、『だが』、といって続けた。『君が匿っている“アレ”の同族は可哀想な事になるかもしれないな』

七竜のリンク元で手出しできないとジーニはいったはずなのに、カインは見殺しにするといっている。

何が起こっても対処できるといっている割りには、敵対関係であるダインに頼ることに些かの矛盾を感じたダインだが、あえて反応せず「そっすか」、と、少し考える仕草をとった。

これまで散々腹を探り合ってきた相手なのだ。ちょっかいをかけられ敵視までされていたのに、いまになって友好関係を結ぼう、などとできるはずもない。

ぶっちゃけどんな正論をいわれたところで、ガーゴには不信感しかなかった。正しいことをしていると知れば知るほど、なおさら怪しく思えてしまう。

カイン側にとっても、きっとダインと和解したいわけではないはずだ。お願いする立場であるはずなのに、始終上から目線でいわれているところから明らかだろう。

別の目的があるのかもしれない。ダインに頼らざるを得ない“何か”が。

『協力してくれれば、妙な詮索をいれることは止めておこう。部下にも手出しさせないことを約束するよ』

彼らからは胡散臭さしか感じない。しかしガーゴの目的や、ルシラの正体を知る絶好のチャンスでもある。

…利用されてやるか。

ダインは警戒心を解かず、真顔のまま「いいっすよ」、といった。

「でも学生の身分で入隊はできないっすよね」

そう尋ねると、『特例個別案件制度を利用しよう』、カインは聞きなれない単語をいった。

『特殊なモンスターの駆除や手が回せない案件の解決に、君たちセブンリンクスの生徒に協力を要請することがある。ガーゴへの加入というわけではなく、一時的なものだと思ってくれていい』

つまりアルバイトのようなものだとカインはいいたいのだろう。

『君の場合はさらに特殊なドラゴン対策での協力要請になるので、討伐が決まり次第連絡を入れるという不定期な運びになるが、それでも構わないだろうか』

「はい」

ダインが頷いたところで、『よし、決まりだ』、カインは相変わらず仏頂面のままいった。

『細かいことはそこにいるジーニ君から聞いてくれ』

何か作業の途中だったのか、ダインが返事をする前に映像が切れた。

「じゃあここにサインして」

ジーニがいつの間にかテーブルの上に一枚の書類を用意していた。

「今回の制度を利用する旨が書かれた契約書よ」

ダインが書類に触れた瞬間、何か妙なものを感じたが、そのまま無視して内容を読み込んでみる。

確かに書かれているのは制度に関した注意事項だ。

途中でガーゴから呼び出され授業を抜け出すことになっても、出席日数はカウントされる。

案件に従事した際に発生したいかなる不利益もガーゴ側が負担するなど、書かれている内容に特別おかしなところはない。

ちゃんと隅々までチェックした後にサインすると、ドラゴン討伐に関するダインの役割など、ジーニは簡単な説明を始めた。

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