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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
8/240

八節、ヴァンプ族という種族(前)

「お、おはよう、ダイン君」

登校中、並木道を歩いているところでニーニアに声を掛けられた。

「ああ。おはよう」

ダインは笑顔で挨拶を返す。

ニーニアの顔は若干赤い。“昨日のこと”はどうにかニーニアが起きないよう体を離し事なきを得たんだが、抱きつく夢でも見ていたのだろうか。

「い、一緒に行こ?」

彼女の提案に頷き、ニーニアと一緒に学校までの道を歩く。

授業のこと、家のこと、とりとめのない世間話をしていたが、ニーニアは始終恥ずかしそうにしている。

もしかして昨日のことは口に出してないが、全て覚えているのだろうか。

「あ、あの、ダイン君はよく食べる方、だよね」

世間話に間ができた頃合を見て、ニーニアが言ってくる。

「ダイン君のお弁当箱、大きいから…」

確かにノートサイズぐらいある弁当箱には、いつもおかずをぎっちり詰めてきている。

「食べ盛りだからな」

笑いながら言ってから、昨日の約束を思い出したダインは普段より重量のあるカバンをニーニアにかざして見せた。

「約束どおり、全員分の弁当を作ってきた。楽しみにしててくれな」

「う、うん」遠慮がちに頷いて、「あ、あの!」と声を張り上げる。

「ん?」

「あ、あの、私も、お弁当…お、おかず、余ったから…」

そう言ってカバンから取り出したのは、ハンカチに包まれた弁当箱だ。

「え、作ってきたのか? 昨日俺がちゃんと作ってくるって言ったのに」

「しゅ、習慣で…」

無意識で弁当を作ってきてしまったらしい。

「だ、だから、良かったら…」

ニーニアも弁当はいつも自分で作ってきてる。

これまでに何度かつまみ食いをさせてもらったが、美味しかったのは覚えてる。

「食べ切れなかったら捨てて…」

「んなことするわけねぇだろ」

ダインは即座に言った。

「全部食べさせてもらうよ。ありがとうな」

頭を撫でながら笑いかけると、ニーニアも笑顔になり大きく頷く。

「あ、あの、良かったら…これからも私がダイン君のお弁当作ってきても…」

遠慮がちに、しかしそれが彼女が言いたかったことなのだろう、はっきりとした口調で言ってきた。

そのとき彼が思い出したのは、昨夜サラから聞いたドワ族の特徴についてだ。

「あー、ニーニア、少し真面目な話をする」

ダイン自身も真面目な顔になりニーニアに顔を向けると、彼女はびくりと体を震わせた。

眉を八の字に曲げ不安そうな顔をしている。

「あ…こ、こういうの、迷惑…」

「そうじゃない」ニーニアの台詞を遮って、ダインは歩みを止め膝を曲げて目線を彼女と同じにする。

「作ってくれるのは大歓迎だ。ニーニアが作ったおかず食べさせてもらったことあるけど、全部うまかったしさ。でもだからといって毎日自分の分以上の弁当を作ってくるのは止めたほうが良い」

「ど、どうして…」

「ニーニアの負担になるからだ。俺も作ってるから分かるけど、毎朝の弁当作りは大変だ」

ニーニアは無理するなと言っても無理するタイプなのは、これまでの付き合いで分かった。

しかも単純に無理をする奴ではない。無理してるという自覚がない、厄介な方のタイプだ。

「おかずが本当に余ってて、ついでで作ってくれたのなら、ありがたく頂戴するよ」

負担になるようなことはするな。例え相手の喜ぶことでも、自分をまず大切にして欲しい。

そういう意味を込めて言ったつもりなんだが…世話好きなニーニアならば、自分を大切にしろという言葉は届かないだろう。

中途半端なことを言うと、返って頑張ってしまうかもしれない。ニーニアならきっとそうしてしまう。

そんな予感があったダインは、中途半端なことは言わずストレートな言葉に変えた。

「ニーニアのこと、大切に思ってるからさ」

「…っ!」

ニーニアの顔が真っ赤になっていく。

「親友としてさ」とダインは照れながら後付した。

「頑張り過ぎない程度で頼むよ。少しでも疲れたとか体に異常を感じたら止めてくれ。絶対に無理をするな。じゃないと、心配しちまうからさ」

ニーニアから返事はない。

ただ顔は真っ赤なままで、カバンを持つ手は少し震えている。

「う…うん…」

遅れて頷いた彼女は下を向いたままで、長い髪に隠され表情は分からない。

だが、その短い台詞の中に強い嬉しさがこもっているのは、ダインにも感じ取ることが出来た。

━もう、心配をかけ合える仲なんだ━

その事実が、ニーニアの中で渦巻いている。

ただのクラスメイトではない、もう一つ上の友達になれたような気がして、それが彼女にとってはこの上ない喜びだったのだ。

「さ、行こうか」

「うん…!」

頷き、今度ははっきりとした笑顔でダインの後をついていこうとする。

「君も中々やるねぇ」

ニーニアが口を開き何事か口走ってしまいそうになったとき、背後から誰かの声がした。

「おはよう」

ダインとニーニアの前にやってきたのは、ロングヘアーで端正な顔立ちをした男子学生。

2年生でエル族のユーテリアだった。

「君の事は度々見ていたんだ。女の子達とよく一緒にいるのを見かけたりしていたんだけど…君は僕と同じ匂いがするね」

笑いかける口元は太陽に反射して白く輝いている。何とも分かりやすい優男だ。

困惑するダインとニーニアに、まともに話すのは今回が初めてだと思い直した彼は自分の名前を名乗った。

「ユーテリア・アラインだよ。急に話しかけてすまないね」

「あぁ、あの先輩っすか…」

校内一のモテ男だと噂されるユーテリアは、一年女子連中にもその噂が広がり早くもファンクラブが出来始めている。

スポーツ万能で精霊魔法も得意で、勉強も出来て生徒会役員。温和な性格で人見知りせず、分け隔てなく誰にでも優しく接し聞き上手。

美形が多いとされるエル族の例に漏れず、彼は細身の長身ですらりと長い手足に、女性に負けないほどのさらさらの髪をしている。

数多くの女性が思い描くような外見と内面をしており、これで女生徒が放っておくわけがない。

常に2年の女子連中が囲っている状態なので1年がお目にかかる機会は滅多になかったが、名前が一人歩きしている状態なので、人の名前をなかなか覚えられないダインでもユーテリアという名前だけは噂と共に知っていた。

「少し前から話してみたいなと思ってたんだよ」

ユーテリアは言い、肩のカバンを担ぎなおす。

「昨日はラフィン君がいる生徒会室に入っていったようだし、今日はその可愛らしい子と一緒か。将来は苦労しそうだねぇ」

何とも不穏なことを言う人だ。

「少なくとも、先輩みたいにとっかえひっかえみたいなことはしてないつもりっすけど」

ダインは呆れ顔で反論した。

「ははは、言うねぇ」

また眩しい笑顔が返ってくる。ゴッド族ではないはずなのに、全身が光っているかのようだ。

「僕も別にふらふらしている訳じゃないんだ。ただ、来るもの拒まずのスタンスでいたらいつの間にかこうなっちゃっててね」

ニーニアはダインの背後に隠れ、影からユーテリアの様子を伺っている。

男が見てもモテるだろうと分かるほど、彼の顔立ちも仕草も色っぽい。

そんなユーテリアの魅力だが、ニーニアの極度の人見知りスキルには効果がないようだった。

「君も気をつけたほうが良いよ」

「気をつける?」

「ああ。色恋沙汰は厄介なものが多いから。本当に」

そう話す彼の頬には絆創膏が貼られてある。

良く見れば手の甲や腕にも引っかき傷のような跡があり、台詞通り女性関係に苦労してそうなのが傷跡を見て推察できる。

「しかし、それにしても…」

ユーテリアの笑顔が一転し、表情を不思議そうなものに変えた。

「君からさ、何やら不思議な匂いがするんだよねぇ」

「匂い…っすか?」

ユーテリアに言われ、思わず自分の制服の匂いを嗅いでしまう。

ニーニアと目が合い、彼女が首を振って見せてきた。気にならないと言いたいのだろう。

「いや、そういうのじゃなくてね」ユーテリアが手を振る。

「なんて言うのかな、すごく大きな匂い…って言ったほうがいいのかな。そんな感じだよ」

「大きな匂い?」

言ってることが分からなくなってきた。ユーテリア自身も上手に表現できなかったようで、困った顔をしている。

「上手く言えないんだけど、すごく大きな誰かに会ってないかい?」

「そんな抽象的なこと聞かれても…」

困惑しつつも一応記憶を探るが、学校と家を行き来する毎日なので直近で特別な誰かと会ったことはない。

ルシラと出会ってはいたが、少なくともあいつは大きくはない。

「ま、少し気になっただけだよ。気にしないでくれ」

またユーテリアが笑いかけたとき、背後から走る足音が聞こえてきた。

「じゃあまたね!」

片手を挙げ、振り向かずに突然走り出していく。

そのすぐ後に数人の女生徒がダイン達を通り過ぎ、そのままユーテリアの背中を追いかけていった。

何だか入学式の時に見た光景と似ている。

「…何だったんだろうな」

結局ユーテリアは自分に何を言いたかったのだろう。

「な、何だったんだろうね」ニーニアも不思議そうにしていた。



「ダイン、あなたに決闘を申し込むわ!」

廊下でシンシアと合流し、教室に入ったときだった。

ドアを開けた瞬間、先に教室にいたディエルがこちらを指差し叫んでいる。

「…は?」

突然のことに反応できないでいると、彼の頭に軽い衝撃が走った。

視界が一瞬白い煙に覆われる。下を見ると、黒板消しが転がっていた。

「良く分かんねぇけど、これお前がやったのか…?」

呆れ顔で言うダインに対し、「これは宣戦布告よ!」とディエルは険しい表情を崩さない。

「も〜、汚れるような悪戯は駄目だよディエルちゃん」

一見シリアスなやり取りの最中でも、シンシアはのんびりとした口調で注意しつつ黒板消しを拾い上げる。

「詳しくはお昼休みに!」

シンシアの言葉はディエルに届かなかったのか、そのまま窓から飛び立っていく。

取り残された周囲のクラスメイトから不思議そうな視線を感じるが、ダインが一番困惑していたのは間違いない。

「何なんだあいつは…」

「だ、ダイン君、ちょっと屈んで」

ハンドタオルを手にしたニーニアが、ダインの下で何度もジャンプしている。

汚れを払い落とそうとしているのだろう。

「悪いな」

ニーニアに汚れを落としてもらいながら、ダインはディエルが飛び去った窓を見る。

「勢い良く飛び出して行ったけどさ…」

「もうすぐ授業だよね」

シンシアの言うとおり、予鈴が鳴った頃に戻ってきたディエルの気まずそうな顔は何とも面白く、しばらく忘れられそうになかった。



午前の授業が終わり、昼の休憩時間に入った。

「先に行っててね」というニーニアを教室に残し、ダインとシンシアだけでいつもの場所へ向かう。

その途中、シンシアはしきりにニコニコ顔でダインの方を見ていた。

「いや〜、とうとうダイン君にまで来ちゃったか〜」

何度も頷く彼女は、やたらと嬉しそうだ。

「ニーニアちゃん、すごいでしょ?」

「面食らったよ…」

そう答えるダインはブラウス姿で、上着はない。ボタンが取れかけていることに気付いたニーニアが、他のほつれも直すといって教室で裁縫してくれていたのだ。

それだけではない。授業で分からないところはないか聞いてきたり、暑そうだからと冷気を込めたペンダントを渡されたり、書き取り忘れたノートを代筆で書いてくれたり。とにかく、ダインの世話をしようという意識が強いのだ。

少し前まで遠慮がちにダイン達の後ろを歩いているだけだったはずなのに、その姿が霞むほどにかなり積極的に接しようとしてきている。

「一度ああなっちゃったら、誰にも止められないよ」

と、シンシア。

「お前もそうなのか?」

尋ねると、彼女は笑顔のまま「うん」と頷く。

「これまで何度か遊びに行ったりしてたんだけど、色々とね。驕ろうとしてきたりお土産買おうとしてくれたり、金銭が発生するところはさすがに止めたけどね」

「そうなのか…」

昨日、サラからドワ族の世話好きの話は聞いていた。だがこれほど世話焼きが強いとは想像できなかった。

「でも今日のダイン君ほど一心にお世話されたことはないかなぁ。異性だとまた違うのかな」

「あんま無理して欲しくないんだけどな」

朝、ニーニアに念押しで言ったつもりなんだが、効果がなかったのだろうか。

「あれも一種のドワ族の習性みたいなものだからね」

言っても聞かないだろうというのは、シンシアも分かっていたようだ。

とは言え、自己を犠牲にしてまで世話されるのも心苦しすぎる。

「私達も私達で、ニーニアちゃんのことちゃんと見てようよ。疲れてそうだったり大変そうだったら、すぐに止めさせよう」

「ああ。特に金に関することだったり、貴重なアイテム使いそうだったりしたら即座に引きとめよう」

シンシアと確認しあい、頷きあったときには体育館裏に着いていた。

「あ、ダインさんにシンシアさん」

そこにはすでにティエリアがおり、ダイン達の到着を待っていたようだ。

ダインはずっしりと重いカバンを石段の上に置く。

「約束どおり作ってきたぞ」

中から人数分の弁当を取り出し、ティエリアとシンシアに渡していった。

「わぁ、きたきた!」

「あ、ありがとうございます。あの、ニーニアさんは…」

「ああ、遅れて来る…」

ダインが言い切る前に、前方の小さな広場から怒るような声がした。

「こらーー! ダイン、早く来なさーーい!!」

そこにはディエルがいた。手を振り上げ存在をアピールしている。

「あの、先ほどからディエルさんがあちらに立っているのですが、呼びかけても人を待っていると仰り動かない様子で…」

ディエルの謎の行動はティエリアも困惑しているようだった。

ニーニアとのことに気をとられすっかりディエルとの決闘を忘れていたダインは、「何なんだよ…」とため息を吐きながら立ち上がる。

「2人はそのまま食べてくれ。結構量あるから、食べるだけで時間かかると思うしさ」

「ん〜!」

ダインが言うまでもなく、シンシアはすでに水菜の出汁焼きを口に含んでいる。

ティエリアが両手を合わせ食べ始め、「美味しい」という2人の幸せそうな姿にダインは笑ってしまった。

ニーニアが来たら弁当を渡してもらうよう彼女たちに告げて、ようやくディエルの元へ向かう。

「食べなくて良いのか?」

ディエルと対峙したと同時にそう声を掛けると、腕を組みこちらを睨む彼女の腹から盛大な音が鳴った。

「食べたい…けど! まず優先することがあるのよ」

空腹を食いしばって我慢し、ディエルはダインを指差す。

「聞いたわよダイン! あなた、あの高飛車エンジェに取り込まれたってね!!」

一瞬何のことか分からず、ダインはしばし表情に疑問符を浮かべる。

数秒後、昨日ラフィンと約束を交わしたときのことを思い出し、「あれか」と言った。

「別に取り込まれたわけじゃねぇよ」

そう弁明しても、ディエルの表情は変わらない。

「前の学校のときも生徒会長やっているだけに、あいつ口だけはうまいからね。あなたも騙されるとは思わなかったけど」

疑心暗鬼の視線を向けられている。

本当にこいつは…ラフィンのこととなると冷静でいられなくなるのだろうか。

「誰から聞いたんだよ」

「ラフィンしかいない生徒会室に、あなたが入っていくのを見かけた人がいるの。友達は多い方だし、私に見えないことはないのよ」

「だからとぼけても無駄」とディエルは言うが、話の内容までは聞いてないのだろう。

誰かに聞かれると混乱するだけだから、とラフィンは防音障壁の魔法を張っていたんだが…。

ここで黙っていても良かったんだが、ディエルの機嫌を損ねると後々面倒なことになる予感しかなかったので、彼女には正直に打ち明けることにした。

「あのな、」

ラビリンスの異常。その原因として、地下深くに封印されたダングレスが影響してるかもしれないということ。

今日、ラフィンと一緒にラビリンスに潜入し、バグの原因を突き止め、可能なら除去して機材を修復させる。

仕方ないという表情ながらもダインの説明には筋が通っており、嘘を言っているようにも見えない。

疑うところはないようだと思ったディエルは、ようやく矛を収めてくれた。

「なんだそうだったの」

納得した様子で警戒を解き、組んでいた腕を下ろす。

「ま、バグの解決は良いんじゃない? また封鎖されて持て余してたところだったし」

「だろ?」

しかし、とダインはラフィン絡みで態度を一転二転させるディエルのことを考える。

普段は本当に面白い奴なのだ。嘘は多分に含まれるが、クラスメイトの意外な一面や先生の裏の趣味など、話題に事欠かない。

だがラフィンの話題になると途端に不満そうな顔になる。イメージダウンを狙ってありもしない噂話まで言い出す。

嫌いは嫌いなんだろう。だが裏を返せば、その分ラフィンのことを意識しているということでもある。

「なぁ、お前ってもしかしてさ」

あるひとつの可能性が見えてきたダインは、またラフィンの悪口を言い始めたディエルを遮った。

「仲悪いって言ってたけど、それは表向きで本当はあいつと仲良くなりたいって思ってねぇか?」

ディエルから「はぁ?」という意外そうな声が返ってくる。

「何言ってんのよ。そんなはずないじゃない」

口では否定している。だが、見て分かるほど彼女の顔が赤みを差していく。

「まぁ俺の思い込みなんだったら悪いけどさ。これまでのディエルのラフィンに対する態度見ていたら、そうなんじゃねぇかなぁってさ」

会議の際ラフィンが口を開けばディエルは噛み付き、議題の根底を覆そうとする。

相談にやってきた生徒もディエルがでしゃばって解決し、ラフィンの手柄を横取りする。

どれもディエル本人から聞いた話なのだが、本当だとすれば嫌いだから妨害しているのではなく、構って欲しいから余計なことをしているようにしか聞こえなかった。

「心底嫌いってわけでもないんだろ。実は憧れていた部分があったとかさ」

余計なことを言ってるかもしれない。火に油を注いでしまっているのかもしれない。

強く反論されればすぐに間違いを認めようと思っていたが、やや顔を俯かせたディエルからは、

「エンジェ族とデビ族って性格上相容れないところがあるとは思うけど…でもやっぱりエンジェ族って綺麗じゃない…」

と、意外な言葉が飛び出した。

相変わらず怒ったような顔だがその横顔は赤い。ダインの読みどおり、心からラフィンを憎んでいるわけではないという心情が見え隠れする。

例外もあるが、髪の色は種族ごとにある程度定められている。デビ族は基本的に黒髪なので、ブロンドヘアーというものに憧れがある者も少なくない。

ディエルもエンジェ族の容姿に憧れていた一人なのだろう。ラフィンに対しても初めは好意的な気持ちだったのかもしれない。

「あいつがそっけない態度してるのが悪いのよ。髪ぐらい触らせてくれたっていいのに、穢れるだの何だの」

だが、次に浮かべた彼女の表情は険しく、怒りに満ちている。

ちょっかいを掛ける度に冷たくあしらわれていた。同じことを繰り返すうちにいつしか逆恨みへと発展し、結果として嫌い合うようになってしまったのだろう。

ディエルは基本的に悪戯好きだ。対するラフィンは真面目で冗談があまり好きではない。

性格の差でずれが生じ、ここまでこじれてしまったのは何となく分かってきた。

2人の関係とそのきっかけがある程度理解できたダインは、改めてディエルに尋ねる。

「で、ディエルはどうしたいんだ? ラフィンと仲良くなりたいのか、このままでいいのか」

彼女は赤い表情から途端に感情を消し、そっぽを向いたまま答える。「別にどっちでも」

両手を上げ、どうもしないという素振りで首を振った。

「なるようになるだけよ。私の邪魔にさえならなければ、どうでもいい」

無関心を決め込むディエルだが、ダインは思わずこみ上げそうになった笑いを押さえ込んだ。

「仲良くなりたいってのは否定しないんだな」そう言いたかったのをどうにか飲み込む。

「ま、お前とラフィンのことだ。俺が口出しすることじゃねぇわな」

これ以上のお節介はしない、と言うと、追求を警戒していたディエルも表情を緩める。

「で〜、ダングレスだっけ? 本当に地下にいるの?」

話を戻してきた。

「確証はない。でもラビリンス内で召喚されているモンスターの形状はかなり事細かだ。これまで似たような施設は見てきたが、あそこまで正確なものは見たことがない。直接データ吸い上げてでもしなきゃ、レベルや強さだって簡単に弄れるもんじゃねぇだろ」

モンスターと模擬戦ができる施設があるのはセブンリンクスだけではない。軍事や単純な魔法力のレベルアップのためなど、訓練施設は世界各国にある。

だがラビリンスほどの再現力がある施設は他になかった。

「まぁそうね。お父様も似たもの作れないかって多額の資金を使って委託したことあるけど、できなかったわね」

種族間で協力しあい、当時の最高峰の技術力を集めラビリンスは建てられた。

莫大な資金、希少な素材、特殊な魔法。それらが融合した施設など、そう易々と作れるものではない。

「特定の地域からは出られず、倒すと消えてしまうレギオスの残滓も再現できてるんだ。そこんところ考えりゃ、どこからデータを抜いてるかは見えてくるだろ」

ディエルは再び腕を組む。

「ダングレスはレギオスが使役する七竜の一つ。そのドラゴンとレギオスの魔力という繋がりがあると考えれば、そのダングレスからレギオスの残滓のデータを抜くこともできる、というわけね」

「データを引き抜く方法は分からないが、確立された引き抜き方法じゃなかったんだろ。機材の劣化もあって、バグが頻発していた」

「そのバグが吸い上げ元であるダングレスにまで影響を及ぼし、さらにバグの内容が複雑化し予想外のことが起きている…」

ラビリンス内での一連の出来事を推理し、真相が分かってきたのか彼女は改めてダインを見る。

「七竜は基本的に魔法が効かないからね。そこであなたに協力を申し出てきた、というわけか」

「でも」と、まだ分からないことがあると疑問を口にする。

「ノマクラスのあなたに頼るっていうのは、あいつの性格から考えて意外すぎるんだけど」

「なりふり構ってられないんだろ」ダインは答えた。

「お前も言ってたじゃん。あのラビリンスは、ウェルト家が資金援助と共に提案し、建てられたって。設計も担当したんだろ?」

ダインの言いたい事が分かったディエルは、察しよく「そっか」と上を向く。

「不具合が起き生徒を危険に晒したことに責任を感じてるってところか…」

納得した様子で息を吐く彼女は、どこか呆れたような表情だ。

「ったくあいつは…自分が建てたわけじゃないのに…。正義感だけは強いっていうか…」

相変わらずラフィンのことはよく見ている。

今度こそダインは笑ってしまい、そのまま「そうだな」と頷いて見せた。

「とにかく、これで分かったろ? 俺は別にラフィンに取り込まれたわけじゃない。生徒会長としての真っ当な依頼に応えただけだ。まぁ、俺に頼んだところで事態が解決するとは思えないけどな」

両手を挙げ、お手上げのようなジェスチャーをして見せるダインだが、ディエルは地面を向いたまま何やら思案している。

「あ、言っとくけど、他言無用だぞ。今回の話は他の奴らに聞かせても混乱しか招かないからな」

釘をさす彼に、「わかってるわよ」と再びため息と共に言ってきた。

「疑惑が晴れたところでいい加減食べようぜ。時間もあんまないぞ?」

所定の場所では、シンシアとティエリアの他にニーニアもいつの間にか到着していた。

シンシアから弁当箱を受け取る彼女だが、ダイン達を発見するなりこちらに小走りでやってきている。

「ほら、行こうぜ」

「ええ」

ようやくディエルも歩み始め、シンシア達の元へ向かう。

「何の話してたの?」

上着の返却と共に尋ねてくるニーニアに「大したことじゃない」と笑いかけ、お礼を言いながら小さな頭を撫でた。







「他には誰も来てないわよね?」

闘技場の前、規制線が貼られた入り口前に立っていたラフィンが、ダインを見つけたと同時に言ってくる。

「ああ。大丈夫だ」

ダインの後ろには誰もいない。それどころか、闘技場の周囲には人や動物の気配すらない。

昨日の約束どおり、2人はバグの解決のためラビリンスに突入するところだった。

「後で誰かついてきたりしないでしょうね?」

ラフィンの疑わしげな視線が突き刺さる。ダインの友人関係は魔法か何かで見ていたのだろう。

「みんな料理教室に行ってる。俺は遅くなるから先に帰るよう言ったから問題ないよ」

そう答えた後、「お前は良いのかよ」と今度はダインがラフィンに疑うような視線を向けた。

「規制線張られてるのに、先生にすら無断で入っていいのか?」

「心配無用よ。注意を逸らす領域の魔法張ってるから。正直に話したところで引き止められるのは目に見えてるもの」

注意を逸らす。そんな魔法があるとは驚きだ。

「便利なのな、魔法って」

素直に感心するダインに、彼女は「簡単じゃないけど」と目をつぶる。

「注意を逸らせる時間も限られてる。短時間で決着つけるわよ」

「ああ」

闘技場には、侵入できないようバリアが張られている。

ラフィンが手をかざすとそのバリアは解けた。

「おお、さすが。強力そうなバリアなのに」

先生が張ったバリアすら打ち破るのか。

また驚くダインだが、その反応自体彼女には見慣れたものだったのだろう。

「いちいち驚かなくて良いから。エレンディアの証を持つ者なら、こんなことできて当然よ」

「え? お前証持ってんのか?」

思わずそう言ってしまう。

「だからいいから。時間がないって言ったでしょ」

ダインの質問に答える気はないようで、そのまま中に入っていく。



ラビリンスの中は、一階層の段階ですらモンスターで溢れかえっていた。

ミノタウロスやオーク、オーガなど多種多様で、色違いもいるのでレベルもばらばらなのだろう。

「な、なんてこと…」

話に聞いていた以上の酷い有様に、ラフィンの歩みは止まる。

「お祭り状態だなこりゃ…」

呑気に言うダイン。ラフィンはすぐに駆け出し、フロアの中心で浄化魔法を放った。

周囲のモンスター全てを消し去った彼女は、どこか焦燥感に満ちている。

「このままじゃ、バリアを超えて外にまでモンスターが溢れてしまう…早く対処しないと」

そのまま駆け出し、別のフロアへ行く。

「おい、途中何があるか分からないんだからそんな急ぐなよ」

そんなダインの声も聞こえない様子で、襲い来る敵の群れを次々に浄化していく。

光矢の魔法も使い、浄化魔法の届かないモンスターにも攻撃を浴びせ、消していった。

モンスターの量は異常と言っても良いほど多かった。

これほど種族が混在し、強弱も混ざり合った光景は見たことがない。もはやカオス状態といってもいいだろう。

並みの学生では、とてもじゃないが対処できるレベルではない。先生ですら手を焼いているのも頷ける。

「なぁ、やっぱ引き返したほうが良くねぇか? 上層でこれなんだったら、下層は何が待ち受けてるのか分かったもんじゃねぇぞ」

不穏な予感があったダインは、どうにかラフィンを引き止め助言する。

「設計したのはお前んとこの親なんだろ? 対処法とか知ってそうじゃねぇかよ」

「時間がないのよ」傍にいたモンスターを片手で消し、焦る気持ちそのままに彼女は言う。

「ラビリンスの現状を外部に漏らした子がいるらしいの。そのうちマスコミに知れることになるでしょうし、そうなると何書かれるか分かったものじゃないわ」

ウェルト家は、世界に片手ほどしかいない財団の一つだ。

名声があり地位もあるらしいが、金持ちというのは羨まれると同時に影で妬まれるもの。

過去、ウェルト家が建てた魔法学校で暴行事件が起きた際、その批判が建立しただけのウェルト家に集中したことがある。

生徒を危険に追いやった責任感はある。だがそれ以上に、今回のことで以前と同じようにウェルト家に批判が向けられることは、誇り高きウェルト家の長女としてのプライドが許さなかった。

「公になる前に解決するの。最優先事項よ」

「素直に外部に依頼したほうが早く解決すると思うけどなぁ」

隠すと余計に批判の的にならないだろうか。

そう言ったが、やはりラフィンには届かないようでモンスターの群れの中に走り出していった。

ダインは仕方ないと思いつつ、彼女のフォローに回る。

浄化し損ねたモンスターを投げて倒し、彼女に攻撃の手が迫れば即座にかばって投げ飛ばす。

だがダインが動く機会は滅多になく、少し冷静さを欠いた状態でもラフィンは上手に立ち回っていた。

自身を中心に、周囲のモンスターの足が遅くなる魔法を常に張り巡らせ、同時に防御魔法も張っている。

遠くにいるモンスターは光矢の魔法を雨のように放ち霧散させ、不意打ちのように近くで沸いた大群は浄化魔法で一気に消滅させる。

フロアを埋め尽くすほどの状況なのに、敵がラフィンに触れることも近づくことも出来ず散っていく。

エレンディアの証というものは、噂以上に凄まじい魔法力が備わっていたようだ。

「やっぱすげぇんだな、お前」

ダインは素直にラフィンの強さに感動する。

だが褒められることも驚かれることも、幼少期からそうして過ごしてきた彼女にとっては当たり前すぎてどうでもいいことだった。

「期待してあなたをパートナーに選んだんだけど!?」

魔法でモンスターを吹き飛ばしながらラフィンは叫ぶ。

「投げ飛ばしてるだけじゃない! それ攻撃って言わないわよ!」

確かに一度に沢山の敵を排除する彼女にしてみれば、近くのモンスターを投げるしかしていない彼は役に立っているように見えない。

「避ける才能だけはあるようだけど、それだけじゃ奥に進めないわよ!?」

強化魔法で限界近くまで移動できる自分についてこれるのは、ダインが初めてだ。

彼が驚くほど速いのは分かる。だがそれだけだ。

「こんなところで力抜かないでよ!」

敵の大群との戦闘が激化する最中、ラフィンの叱咤が飛ぶ。

「今は投げ専門にさせてくれ」

期待に沿えず悪いな、というダインだが、もちろん投げるだけが彼の実力ではない。

ラフィンに頼りきりな現状に歯痒さもある。だが攻撃してはならないという制約があるため、いまはラフィンの周りにいることしかできないのだ。

「聖力切れを起こしたらすぐに言え。お前を守ることぐらいはできる」

「バカにしないで!」

気の強い性格そのままに叫び、同時にフロア中に沸いていたモンスターを一瞬で消し去る。

「ノマクラスのあなたに頼るなんて、ウェルト家のプライドが許さないわ!」

彼女の呼吸は少し乱れている。だが目に力はあり、動きは機敏だ。

「まだいけそうだな」

ダインは笑い、近くで湧いたモンスターを他の敵を巻き込みながら投げ飛ばしていく。

「いざというときは任せてくれ」

「もうっ…! 人選に失敗したかしら!」

自分自身に不満を言い、駆け出して別の一団を消滅させた。

しかしすごい勢いだ。これほどモンスターが埋め尽くしている状況なのに、進み具合はニーニアやシンシアのときの比ではない。

ラフィンが焦っているということもあるが、単純に彼女が強かったのだろう。

強化魔法に浄化魔法、攻撃魔法に妨害魔法。

これほど多種多様な魔法を使える奴は見たことがない。しかも秒間でいくつもの魔法を使っているはずなのに、まだ聖力切れを起こしている様子もない。

膨大な貯蓄量に、強力な魔法。彼女の実力に、ダインは驚くばかりだ。

「次!」

数秒で一フロアを浄化しては、次のフロアまで駆け出しまた数秒で片付ける。

ラビリンスの全体図は完全に記憶してるようで、行き止まりや堂々巡りもなくほぼ一直線でどんどん下層へ降りていく。

短期決戦を宣言した通り、休憩も挟まず魔法力の温存もしない。最初から全力疾走で、一息で最下層を目指す勢いだ。

だがいくらエレンディアの証があり膨大な聖力があったとしても、無尽蔵ではない。

下層に行けば行くほどモンスターも強力なものになってきて、抵抗力を下げる魔法を使ってからでしか浄化魔法が効かなくなってきた。

「はぁ…はぁ…」

おまけにずっと動きっぱなしなので、いくら強化魔法を使っていたとしても体力にも限度がある。

息が上がり、殲滅スピードも徐々に緩やかなものになってきた。

ダインはここから出番とばかりに、その肉体を使いモンスターをまとめて投げ飛ばしていく。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

とうとう彼女は両手を膝につき足を止めてしまった。

「平気か?」

襲いかかってきたモンスターを押し返し、牽制しながらラフィンの様子を伺う。

「ここらで休憩しよう」

ダインの提案に、「いえ…!」と呼吸を乱したまま魔法を使う。

足元に魔法陣を広げ、そこから噴出した光が敵にまとわりつき、そのまま締め付け浄化させていく。

「こんなところで…休んでいるわけにはいかないのよ…! こんな奴らに占領されてるなんて、我慢ならない…! この場所は、私の大切な…!!」

再びモンスターが湧く。気力を振り絞ったラフィンは再び広範囲の浄化魔法を使い、まとめて壊滅させた。

「っ…はぁ…はぁ…はぁ…!!」

もはや息も絶え絶えだ。それでも目には力強さがあり、負けるものかという強い意志が色あせることなく燃え上がっている。

「ふっ…はぁ!!」

全身にじっとりとした汗をかき、手の甲で拭いながらも次々と沸き起こるモンスターを排除していく。

普段の冷静で何事にも動じない彼女からは、あまりにかけ離れた姿だった。

使命感や責任感だけではない、別の感情をダインが感じたのはそのときだ。

「他に何かあるのか?」

気になったダインが尋ねる。

「何も…ない、わよ…!」

ラフィンは再び派手な魔法を使い、モンスターを吹き飛ばしていく。

「う…っぐ…! はぁ、はぁ、はぁ…!」

乱れた呼吸を必死で整えながら、独り言のように呟く。

「このことが、公になれば…最悪、ここは取り壊されることに、なる…。やっと、ここまできたのに…見つかるかも、知れないのに…」

唇をかみ締め、背筋を伸ばした彼女は見るからに無理をしていた。

「諦めるわけにはいかないのよ…!!」

「お、おい!」

ダインが制止する間もなく、彼女は走り出してしまった。

突如、彼女の周囲に大量のモンスターが湧く。

「くっ…!」

ラフィンはすぐさま浄化魔法を使うが、光に包まれながらも湧き出たモンスターは消えない。

現れたのは、真っ黒な姿をした…魔法の効かないレギオスの残滓だった。

「なっ…!?」

驚愕の表情を浮かべながらも、彼女は咄嗟に召喚魔法で英霊を召喚し、敵に斬撃を浴びせる。

しかしそれでも敵は動じない。例え英霊でも、レギオスの残滓には効果がないのだ。

敵の突き出した拳がラフィンの全身にぶつかる。

「あぐ…!」

防御魔法でガードしてもそれすら突き破り、衝撃音と共に彼女は大きく後方へ吹き飛ばされた。

ダインは咄嗟に駆け出し壁に激突するのを回避する。

「大丈夫か?」

痛そうに顔をゆがめるラフィンに声を掛ける。

間髪いれずモンスターが襲い掛かってきたが、ダインが片手で敵の攻撃を受け流しそのまま投げ飛ばした。

「はぁ、はぁ…っぐ…!」

体が震えている。動けないようだ。

ちょうど近くにモンスターの侵入できないセーフティゾーンがあったので、そこまで彼女を運んで休ませることにした。

「ふ…不覚、だわ…」

悔しそうに言う彼女に、ダインは落ち着いたら回復魔法を使うよう指示する。

「し、仕方ない、わね…」

今回ばかりは彼の言うことを聞いた方が良いと思った彼女は、素直に呼吸が落ち着くのを待った。

「無茶しすぎだ。無敵ってわけでもないのに…さ…」

少し叱りつけようと彼女を見たところで、制服の胸元が半分以上開いていることに気付き思わず顔を逸らしてしまう。

彼のうろたえに疑問を抱いたラフィンだが、敵からの攻撃で制服がずれていたことに気付いたようで「あっ!?」と声を出した。

「み…見た?」

胸元を隠しながら、やや疑わしげな視線を向けてくる。

「いや、見たっつーか見えたっつーか…」

今更隠すことでも、冗談を言える状況でもないと思ったダインは正直に認めた。

「い、良いわよ…もう…」

制服を直す体力も戻ってないのか、ラフィンは諦めたように息を吐く。

ダインは忙しなく視線を泳がせてしまう。見た目以上にその中身が大きかったことに驚きを隠せなかったが、同時に心配も増した。

「そ、それより怪我してんじゃねぇか。そこ治せないのか?」

ラフィンのはだけた胸元には、一筋の傷があった。

「怪我じゃないわ。傷跡よ」

体力の回復を待ちながらラフィンは言う。

「傷跡…?」

「ええ」

頷き、静かな口調で言ったのはダインの先ほどの質問に対する返答だった。

「これが、ラビリンスを死守したいもう一つの理由よ」

「小さな頃、完成したばかりのラビリンスに訪れたことがあるの」そう言って、ぽつぽつと昔の話を語りだす。

「お父様が手がけた一大プロジェクトの一般公開。私は嬉々としてその中に入らせてもらったわ。見たことのないモンスターに、まるでアトラクションのような多彩なギミック。見るもの全てが斬新でわくわくしていた私は、お父様の制止も振り切って下層まで行ってしまった。湧き出たモンスターは、幼い私でも楽に倒せてたから調子に乗っていたのね。強力なモンスターが後ろに湧いていたのも、慢心していた私は楽勝だと思っていた」

ダインは静かに聞いている。何かを思い出そうとしている彼に一瞬疑問を抱いたものの、気にせず彼女は続けた。

「いつの間にか壁際に詰め寄られ、攻撃されたときに出来た傷なの。モンスターのさらなる攻撃に恐怖して悲鳴も上げられずにいると、それは起こったわ」

傷跡を撫でる彼女はどこか懐かしそうな顔をしている。

「一瞬のことだったわ。何かが衝突するような物凄い音と共に、モンスターは消えていた。すぐ隣にね、“その子”はいたのよ。その男の子が攻撃して、一撃でモンスターを葬り去ったことに気付いたのは彼が笑いかけてくれてから」

ようやく動けるようになったラフィンは、回復魔法を使ったと同時に乱れた制服を正す。

「本当に強かった…一瞬で憧れを抱いた。自分と同じぐらいの年の頃だったのに。天才だのエレンディアの再来だのもてはやされていた私の見識は、まだまだ狭かったということを思い知らされたわ」

そして、彼女は懐かしむような表情のまま言った。

「あの人が見つかるかもしれない…会って、お礼が言えるかもしれない…そう思って、私はここより名門だった進学先を蹴って、この学校にやってきたの」

語り終えたラフィンを見つめるダインの顔は、未だ不思議そうなままだ。

「そう…か…」

何とも微妙そうな顔をしていたので、流石に気になったラフィンは「どうかしたの?」と尋ねる。

「いや…なんでもない」

首を振る彼だが、ラフィンの昔話を聞いてたったいま思い出したことがある。

“初めて”ラビリンスを見たときから感じていた疑問の答えが、いま見つかったのだ。

ラフィンが話していた“あの子”。

彼女が探していた人物というのは…自分のことだと。

ラフィンが話していた“あの日”、彼も父に連れられラビリンスの見学に訪れていた。

モンスターの精巧さやギミックの出来に感心しているところで、声が聞こえたのだ。

ブロンドの髪をした女の子が、大きなモンスターに襲われそうになっている。

それが見えた瞬間、ほぼ無意識に動いた彼はモンスターを攻撃していたのだ。

その後はラフィンの父とダインの父がやってきてそれぞれ別の場所に運ばれ、うやむやなまま解散となったわけだが…。

一瞬過ぎることだったから記憶の片隅に追いやられていた。しかし、確かに覚えている。モンスターに攻撃され、女の子は怪我していた。ちょうど、いまのラフィンと同じ胸元辺りに。

「よし…回復した。ちょっと喋りすぎたわね。行きましょ」

立ち上がるラフィンに、ダインは「あ、ああ」と曖昧なまま返事をする。

真実を告げようかどうか迷ったが、記憶を美化しているに違いないラフィンの顔を見ると躊躇われた。

憧れの人物が、落ちこぼれのノマクラスにいるなんて知ってしまったら幻滅してしまうのは目に見えている。

その上、再会の印象も決して良いものではなかったのだ。

知らない方が幸せなこともある。

そう思い直した彼は、「ちょっと大丈夫?」と心配そうに見てくる彼女に「なんでもないよ」と笑って返した。



どれほど階段を下りてきたのかわからない。

外壁はずっと紫色が続いている。最下層付近なのは間違いないだろう。

事実、湧き出てくるモンスターは相当に強くなっていた。

これまでずっと単発魔法でモンスターを処理していたラフィンの魔法が、いくつか弱体化の魔法をかけようやく倒せるといった次第だ。

また息切れを起こしかねないので、聖力を温存しておくよう彼女に指示しつつ、ダインが先頭に立って行く手を阻むモンスターの群れを投げ飛ばしていく。

ノマクラスに頼るなんて、と初めこそラフィンは不満そうにしていたが、ダインの殲滅スピードを見てどちらが効率がいいのか悟ったようで、大人しく彼の後をついていくだけだけになっていた。

「何なのよ…」

これまでとは全く逆の立場になったことに、彼女は見るからに不服そうな表情のまま呟く。

「何なのよ、あなた…どうしてその実力隠してたのよ…」

ダインは特殊な強化魔法を使っているわけでも、チートに近いアイテムを使っているわけでもない。

己の肉体のみで、魔法が効かず明らかにランクが上のモンスターを圧倒している。

ラフィンでなくとも、ダインの計り知れない力には驚愕することしか出来なかっただろう。

「おかしいじゃない。どうしてあなたがノマクラスなんかにいるのよ」

「いや」自分より数倍はあろうかというモンスターを投げつつ、彼は涼しそうな顔のまま答える。

「お前も知っての通り、俺は魔力がほぼないから。魔法力でクラス分けされてるんだから、俺がノマなのは当たり前だろ」

そう言われても、ラフィンは納得しない。

どれだけ高度な強化魔法を使っても、彼ほど強くなれることはない。かといって肉体の鍛錬のみでこれほど強くなれるのも、筋力に限界があるヒューマ族には不可能なはず。

ダインの実力を知れば知るほど、彼のことが分からなくなっていた。

「どうしてあなたみたいな人がこのセブンリンクスに来たのか、つくづく疑問だわ」

理解しようとするだけ無駄だと思ったのか、ラフィンは諦めたようなため息を吐いている。

「俺もだよ」

笑いながら答えた彼だが、ラフィンの疑問はそのまま父であるジーグへの疑問でもあった。

ヴァンプ族の実力を知らしめろ。

そう父に言われ、セブンリンクスへの入学を強制された。

後にジーグに問い詰めたところ、彼からはダインが慌てふためくのが面白いからだ、と言われたが…もちろん本気などではないはずだ。

結局はぐらかされたまま答えは教えてくれなかったのだが、ラフィンに問われたいま、改めて思う。

何故、セブンリンクスなのだろう。息子が苦労することが分かっていながら、何故通わせることにしたのだろう。

母であるシエスタも何も教えてくれなかった。学校で上手くやれているか心配はしていたようだが、進学先をセブンリンクスに選んだことに異論を上げなかったらしい。

何かあるのだろうか。自分をセブンリンクスへ通わせた、真の目的か何かが。

ラフィンの問いかけに、モンスターを蹴散らしながら自問自答を繰り返すダイン。

ラフィンと歩幅を合わせるのを失念していたことに気付いたのは、背後から「きゃぁっ!?」という悲鳴が聞こえてからだった。

振り向くと、彼女の姿は突如湧き出たモンスターの群れで見えない。群れの中から光が見え、彼女が咄嗟に防御魔法でバリアを張ったのが分かる。

しかしいま出てきたモンスターは魔法が効かない。防御魔法ですら貫通するのだ。

「やば…!」

走り出すダイン。

それよりもモンスターの攻撃の手が早い。

「だ、ダイン…!」

群れの中からラフィンの声がする。

間に合うか…!?

そう思ったときだった。

突如、ラフィンの周囲に凄まじい暴風が吹き荒れる。

彼女に群がっていたモンスターがまとめて吹き飛ばされていき、壁に押しやった。

風が敵を壁に押し付けたまま、きらきらと光の粒がどこからか舞いだす。

それは強力な冷気だったようで、壁に押し付けられたモンスター達がそのままみるみる白くなり、固まっていく。

ついには氷となり、うめき声や叫び声すら聞こえなくなった。

「…え…?」

ラフィンの周囲には空間が生まれており、彼女が立ち尽くしているのが見える。

何が起こったのか呆然とする彼女に、上から誰かの声が聞こえてきた。

「何やってんのよ。らしくないわね、ラフィン」





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