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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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七十八節、少女たちと一匹

「奥様にはご報告済みなのですが、昨晩客人が来られましたよ」

昼食後の昼下がり、中庭のテーブルでシンシアたちと談笑していると、人数分の飲み物を用意しながらサラがいってきた。

「客人が?」

ダインはつい顔を上げてサラを見てしまう。

知名度が致命的に低く旅行客も訪問者もほとんどいないエレイン村。

村長であるジーグの顔は広いが、大陸の外に限ったことであるので、ジーグ目当ての客人などここ数年ではいないに等しい。

「何かのセールスマンか?」

だから客人など珍しくて仕方なかったのだが、サラは「ダイン坊ちゃまにですよ」、といってシンシアたちの注目を集めた。

「まぁお客様というよりも、偵察しに来られたという感じでしたが」

そこでその客がどこの組織の者かに気付いたダインたちに緊張が走る。

「とうとう乗り込んできやがったのか」

「だ、大丈夫だったんですか?」

心配そうにシンシアがきくと、「ええまぁ」、サラは表情を崩すことなく答える。

「疑惑を晴らすチャンスともいえますからね。招き入れて、部屋の中を見てもらった後にお帰りいただきました」

「ふ、普通に招き入れたんですか?」

ニーニアは驚いた表情だ。「素性の分からない人で何をしてくるのかも分からないのに…」

「断ったら断ったで何か仕掛けてくることも考えられますからね。だったら小細工無しで招いたほうが手っ取り早いというわけです」

「な、なるほど…ですが、何か見られたりしたのでは…」

ティエリアも心配そうな表情だが、「ニーニア様のおかげで大丈夫でしょう」、といった。

「え、わ、私ですか?」

「ええ。ルシラを連れ出していってくださったので、気配に勘付かれることはなかった」

「でも服とかオモチャとかあるんじゃ…」

「絶対に見つからないところに隠してありましたし、見つかったところでそれが直接彼らが探しているものだとは結びつかないと思いますよ? そもそも、自分たちが探しているものが何なのかも分かってないようなのですから」

確かにサラのいう通りだった。よほどの名探偵で無い限り、どこにでもある衣類や玩具といったものから答えを見つけ出すのは至難の業に近い。

「ですから侵入されても問題ありません。それに結構楽しませてもらいましたし…」

と話すサラは、中庭の出入り口付近に立てかけられた大きめの板を見ている。

裏向きに立てかけられていたそれは例の“画伯”の絵で、その絵を見せたときの客人の顔を思い出し、思わず笑みを浮かべてしまった。

「それより、私が気になったのはドラゴンとの一件ですね」

表情を真面目なものに戻し、「どの辺りだ?」、尋ねてくるダインに、「フードの人物ですよ」、サラは続ける。

「ドラゴンとの戦闘記録を拝見させていただきましたが、仰る通り常軌を逸した強さです」

「ああ、そうだろ? 俺もその辺りのことは気になっていてさ」

「何かお気づきになられたことはないのですか?」

サラはきいた。「ダイン坊ちゃまがあのドラゴン…ピーちゃんを回収しようとしたとき、そのフードの人物が攻撃を仕掛けてきたのですよね?」

ダインは謎の男と対峙した。殴りあったわけではないが、それに近いことになった。

「何か会話したり相手の声や息遣いなど、何か気付いたことはございませんでしたか?」

「う〜ん…」

ダインは腕を組み、吹き抜けの天井を見上げる。

「奴の容姿とか体格がさ、どっかで見たことある気がしていたんだよ」

そのときのことを思い出しつつ、ダインは続けた。

「ずっと考えてて、ふと思い出したんだけど…シンシアたちにはいってなかったけど、下克祭前日にラビリンスを監視していたとき、似た体格の奴がありえないスピードでラビリンスの中を駆け回っていたんだよ」

「え、そうなの?」

と、シンシア。

「ああ。制服を着てはいたんだけど、黒いパーカーを着ててフード被ってた。顔は分からなかったけどな」

「で、ではドラゴンを一人で倒したあの方は、ガーゴの関係者ではなくて、セブンリンクスの生徒…?」

予想だにしない推理にティエリアは目を大きくさせるが、「まだ結論付けるのは早いよ」、ダインは首を横に振った。

「はっきり顔を見たわけじゃないしな。同じような体格の奴なんて沢山いるし、俺がそう感じただけに過ぎない」

「声のほうはどうでしょうか?」

サラがダインにきいた。

「それなんだけど…」

ダインは難しそうな顔で唸る。「声どころか、息遣いすらよく聞こえなかった。仮面の奥に目は確認できたんだけど、感情といったものはまったく感じられなくてさ」

「感情がない…?」

「ああ。まるで無機物な何かを相手にしてるような感覚だった。声がけも何もなくいきなり殴りかかってきたし」

「そう、ですか…」

サラは顎に手を当て考え込んでいる。

「他には何かございませんでしたか?」

「他か。他は…糸、みたいなものが見えたな」

「糸?」

「魔力か聖力かは分からないが、魔法力で作られたような糸が奴の身体に巻き付いていた。まるで操り人形のようだったな」

「それは…怪しいね」

シンシアはいい、ティエリアとニーニアもすっかり真剣な表情でコップを見つめていた。

日は傾き始め、中庭の中央にある談話スペースからややずれた位置に天窓の丸い陽だまりがある。

今日も暑い一日だったが、中庭は常に風が吹き込むよう設計されているので、ダインたちはそれほど汗をかいていなかった。

再び一陣の風がダインたちの髪を泳がせていく。

「操り人形…確かエル族が使う精霊魔法の中に、依り代に精霊を宿らせホムンクルス化させる魔法があるらしいですが…」

考え込むあまりか、サラは緑の晴れやかな匂いを気にも留めていない。

「その人物が、そうして作られたものか、または召喚された何かという可能性はないのでしょうか」

「いや、妙な雰囲気を纏ってはいたが、ヒューマ族なのは間違いなかったよ」

サラの推理は可能性が低いとして続けた。「それにいくらそういうのを作れたとしても、ドラゴンを倒すほどのやつは無理だろ」

「まぁそれは確かに…」

「服の下に特殊な何かを装備していたのかもしれないし、強化魔法に耐えられる特訓をしていたってことも考えられる。むしろそっちの方が可能性が高いと思うよ」

ダインがいっても、サラから返事はない。

「特殊な素材…特殊な訓練…開発…実験…」

サラはぶつぶつ一人で呟いている。

「何か思い当たる節でも?」

ダインがきくと、「ないとは言い切れないことが一つ…」、お盆をテーブルに置き、シンシアとティエリアの間に余っていた椅子に腰を下ろして続けた。

「先日、ダイン坊ちゃまの口添えもありまして、晴れてスウェンディ邸にお招きいただけたときの話です」

そこでシンシアたちから「えっ」、という声が上がる。

「ま、まさかディエルちゃんのお家に行ったんですか!?」

ここでディエルの名前が飛び出すとは思わなかったのだろう。

「い、一体どのような流れで…」

「あーいや、そのまま受け止めるな」

ダインは手を振りつつ彼女たちを落ち着かせる。

「ここだけの話、サラはうちのメイド兼特務係…要は諜報員みたいなもんでな。ミレイアとの件で決定的な証拠を持ってきてくれたのもサラなんだよ」

「そ、そうなのですか?」

「ああ。その繋がりでディエルに俺から頼んだんだ。お忍びでミレイア親子の“招待パーティ”を見たいっていってるって。そしたら事情を理解してくれたらしく、好きなときに見に来いって返信してくれてさ」

「ほえ〜、招待パーティ…」

どんなものか想像するシンシアに、「それもそのまま捉えないで欲しい」、やんわりと、そのパーティが穏やかなものでないことだけは伝えた。

「で、何か分かったのか?」

ダインは再びサラに顔を向ける。

「ええまぁ。パーティはまだ続いておりましたよ」

サラがスウェンディ家のメイド隊に紛れて潜入したのは昨日。

つまり数日間にわたってキリノフ親子は手厚い歓迎を受けていたということになる。

「マジか…長いな…」

ひょっとすればいまも続いているのかもしれない。

「奴らもなかなか強情だったからな。すぐに口を割りはしなかったんだろう」

「仰る通り。ですが抵抗すればするほど、悪戯好きなデビ族の方々は喜ぶわけですから、彼らにとっては恐怖でしかなかったでしょう。結局口を割ったそうですし」

「そうなのか」

「ええ。スウェンディ家の風評被害になりうるあらゆる証拠を吐き出させ、金輪際逆らわないこと、逆らった場合にはまた招待させてもらうという契約を交わさせておられました」

「徹底してるな…」

「長い時間“歓迎”を受けてらしたのか、椅子に座った例のお二人はずっと小刻みに震えておりまして、近くにあった拘束具には汗やら涙やら分からない体液で水溜りになっていまして…いやぁ、ヒューマ族というのは、限界を超えてくすぐり続けるとああなるんですね」

そのサラの台詞により、歓迎パーティがどのようなものか、その片鱗が見えたシンシアたちは軽く身震いしていた。

「じょ、状況説明はいい。何か分かったことがあるなら教えてくれ」

ダインは続けようとしたサラを封じつつ、話を戻させた。

「そうでしたね」、というサラは、テーブルに両腕を乗せる。

「一つ、気になる情報を仕入れることができました。これは先方で懇意にしていただいた方から教えてもらったことなのですが…」

ひそひそ話をするかのように声を小さくさせていった。

サラからとんでもない話を聞けると思ったのか、シンシアとティエリアが耳を寄せる。

「ロアン様の証言の裏を取ろうと、私と似た職業の方々がキリノフ邸に訪問したそうです。奥方とは別居中のようでして、お屋敷の中はもぬけの殻だったそうですが…そのロアンという方、さすが政治家だけあって中々の切れ者だったようでして」

「というと?」

「秘書の方を数人抱えていたようなのですが、自分に何かあったとき、明るみに出来ない“モノ”は持ち出して内々に処理するよう頼んでいたようなのです。スウェンディ一門に捕らわれ数日主人がお屋敷に帰られてなかったのですから、その秘書の方々はすぐに実行に移したらしく、証言どおりの証拠はお屋敷の中からは見つからなかったとか」

「まずいじゃん」

「いえ、ですがそこは大財閥に雇われてる精鋭のメイド隊ですよ。“できる”方々の手により、様々に散った秘書の方々を見つけ出し、処分する直前だった“モノ”を押収することに成功したようです」

「へぇ、よかったじゃん」

デビ族が統治するディビツェレイド大陸の次期王とされている、ディエルの父なのだ。それぐらいは造作もないことだったのだろう。

「それで?」

「その押収したものの中に、一つ面白い資料が紛れ込んでいたとか」

「資料…?」

「ある研究資料です。魔法力に関しての」

サラの対面にいるニーニアもダインも、つい前のめりになってサラの話に聞き入ってしまう。

ダインたちがしっかり聞いていることを確認し、サラは続けた。

「聖力にも魔力にも属さない魔法力を、どのようにして物質に閉じ込めるかの研究をしているようでした」

「魔法力の研究?」

「はい。何故そのようなことをしているのかまでは聞いてませんでしたが」

「いや…でもあのロアンがか? あいつって政治家だろ?」

研究にまで手を出していたのかと驚くダインに、サラは「いえ、その資料は外部のものでした。恐らくガーゴの関連会社に勤める研究者が書き記したものでしょうね」、といった。

「ああ、そっか。奴らって繋がりがあったんだっけ」

「そのようですね。表向きはよくある政治家とその支援者という間柄なようですが」

「でも何だってそんな資料がロアンの家に?」

「それはまだ分からないようで何とも言えませんが…でも気になりませんか?」、サラはダインたちを再び見回し尋ねた。

「何ものにも属さない魔法力の研究。それを究明したとして、どのように運用するのか」

ダインはシンシアたちに視線を移す。彼女たちも眉間に皺を寄せて考え込んでいた。

「もし研究した結果、まったく新しい魔法力の開発が可能になり、運用することが出来るとするならば…」

サラがいいかけたところで、「まったく新しい効果を持つ魔法を開発できるようになる…?」、と、ティエリアがいった。

「例えば常識を覆すような…人体に影響が及ばないような強化魔法などが…」

そこでティエリアたちの脳裏に浮かんだのは、フードの男とドラゴンが戦っている映像だ。

ドラゴンに踏みつけられても無傷で、放つ拳はドラゴンの硬い皮膚をも粉砕する。あの巨体を浄化させるほどの強力な魔法まで使っていた。

どれもヒューマ族ができることではない。どれほど鍛え上げ、才能があったとしても不可能なことだ。

「いま現在も押収した“ブツ”の確認作業は続いているようですし、まだまだ新情報が出てくるのかもしれません」

「その場にディエルもいるはずだよな。明日聞いてみることにするよ」


そこで会話が一段落し、ダインたちは紅茶を飲む。

「はぁ…何だか、最近週末はいつも何か大きなことが起こってるよねぇ」

感慨深そうにシンシアがいった。

確かにここ最近色々起こりすぎている。

ルシラを保護し、ガーゴに目をつけられ、触手の能力が開花してしまいシンシアたちに襲い掛かってしまった。

破魔一刀流の一門ともひと悶着あったし、昨日はニーニアと融合までしてしまい、挙句に七竜の一つであるヴォルケインを持ち帰ってきてしまった。

そのほとんどがダイン自身によるものかも知れない。

反省すべき点も色々あるかも知れないが、彼は本来静かな環境が好きなのだ。

朝早くに起床しゆっくりと朝食を摂りつつ昼からは中庭へ。青々とした緑に囲まれながら読書し、新緑の匂いを嗅ぎながら寝落ちする。

それがセブンリンクスへ通う前のダインの日常だったのだが、最近は一変してしまった。

とはいえ、シンシアたちと遊ぶ休日は、他の何ものにも代えがたいほど楽しいものであることは否めないのだが。

「来週こそは何事もないようにしたいよな…」

思わずダインが呟いてしまう。

「お、お任せください!」

ティエリアは声を上げてメモを見せてきた。

「私もしっかりとした癒しプランを考えておりますので!」

まだ暫定ですけどと見せてきたそのメモには、ニーニアが書いていたような予定表が丁寧に書かれてある。

「ご期待ください。決して退屈になるようなことにはしませんので」

「いや、あんま気合入れ過ぎなくていいよ」

熱心に考えてくれたことにお礼を言いつつ、ダインは笑った。「いつも通りでいいんだよ。このメンバーならどこだろうと楽しいし」

「ふふ、そうだねぇ」

シンシアは笑って、ニーニアは何度も頷いている。

「お水のじかんだよー!」

そのとき、中庭に小さな人物が飛び込んできた。

メイド服と長い髪をひらひらさせながら、如雨露を手にしていたルシラは中庭に広がる植物に水を撒いている。

「ピィ?」

彼女の頭に鎮座していたピーちゃんは、不思議そうな目でルシラの行動を見つめていた。

「この植物たちはね、このお水がごはんなんだよ!」

ルシラはピーちゃんに説明しているようで、植物の種類や特徴まで話し始めていた。

突然始まった可愛らしい光景にダインたちが頬を緩めていると、水遣りを終えたルシラは如雨露を置いて花壇の前にしゃがみ込む。

雑草を抜き、手入れを始めたようだ。

「ピィ?」

ピーちゃんはまた不思議そうな声を上げた。

育ててるといいながら、どうして小さな植物を抜いているのか分からないのだろう。

「ざっそうも全部育てちゃうとね、お野菜とかにえいようがいきわたらなくなるから、こうして抜いて、育てたいお野菜にちゃんとえいようがいくようにするんだよ!」

花壇や畑の上をちょこちょこ動き、雑草を抜いていく手際は慣れたものだ。

「庭の世話はいつの間にかルシラに任せっきりになっちまったなぁ」

やや申し訳なさそうにダインがいう。

「ガーデニングの勉強をしているのか、目に見えてスキルアップしてますよ。もはや私やダイン坊ちゃまが教えることはないのかも知れません」

確かに、魔法は使ってないはずなのに植物の成長が以前より早いような気がする。

「先を越されたか…」

そういうダインだが、ルシラを見つめる目は嬉しそうだ。

「きっと、ダイン君が手がけたお庭だから、ルシラちゃんは積極的にお庭のお世話をしてるんじゃないかな」

ニーニアがそういってダインに笑いかける。「ダイン君が好きなものは、ルシラちゃんも好きだっていうことだよ」

「そうだとしたら、俺も嬉しいよ」

「きっとそうだよ」

ルシラはまだ雑草の除去を続けていた。

ピーちゃんはルシラの動きをじっと見つめていて、そして突然、彼女の頭上から降り立った。

「あれ? ぴーちゃん?」

ずりずりと翼を引きずりながら花壇の淵に立ち、土をついばみ始める。

口に咥えていたのは雑草だった。そのまま飲み込んでしまう。

「おお、まさかてつだってくれるの?」

「ピィッ!!」

「あはは! ありがとー!」

ルシラの真似をしてるだけなのか、それとも本当に手伝うつもりなのか、ルシラにぴったりとひっつきながら同じように雑草を抜いていった。

「マジで賢いなあいつ…」

ただただ感心するばかりのダインに、シンシアたちは「はぁ…可愛い…」、うっとりとした顔でルシラとピーちゃんを見つめている。

「動画に撮ってずっと流していたいよ…」

確かにそう話すシンシアの気持ちは分からないでもない。小さなルシラと小さなピーちゃんが中庭を動き回る様は、まるで小動物が戯れているようにしか見えない。

「あ、奥様」

そのとき、気配に気付きサラが声を出す。

ダインたちも顔を向けると、テーブルの側にシエスタが立っていたことに気がついた。

「ねぇシンシアちゃん達、夕飯食べていかない?」

どうやら晩御飯の予定を聞きに来たようだ。

「村の人たちにお土産渡したらお返しをもらっちゃってね、結構豪華なものになりそうだから」

話すシエスタはやけに上機嫌だ。それほどお返しがいい物だったのだろうか。

「ね、どうかしら?」

ちなみにシディアンとカヤはすでに帰宅していた。

やっぱり外食は良くないからと、ギベイル等の軽食を作りにいってしまったのだ。

「あ、す、すみません、夕飯までには帰るよういわれておりまして…」

と、ティエリアは申し訳なさそうにいう。シンシアも、「お姉ちゃんが張り切って夕飯作り始めちゃって…」、と、残念そうだ。

「あら、そうなの。ニーニアちゃんは?」

「わ、私は本当になんともないんですけど、念のため夕飯前に帰ってきて検査受けて欲しいってお爺ちゃんにいわれてて…」

どうやらそれぞれ予定が詰まってるらしい。確かに連絡があったとしても、二日も娘が帰ってこないと身内としては心配するはずだ。

「じゃあ持ち帰れるものを作るから、お家でみんなと食べて」

「あ、そんな…」

「いいからいいから」

身体を反転しキッチンへ戻るシエスタは、ずっと鼻歌を歌っていた。

「…なんか滅茶苦茶機嫌が良さそうなんだけど」

シエスタの姿が見えなくなってから、ダインはサラを見る。「そんないい物もらったのか?」

「まぁ、そうですね」

答えるサラは、ダインだけには分かる笑みを浮かべていた。「とてもいい“モノ”を、もらったと思いますよ」

「なんだ、お高いものか?」

「お値段がつけられないものかも知れませんね」

「マジかよ…」

「そ、そのような高価なものをいただくわけには…」

遠慮しだすティエリアたちに、「いえ、まだ日の目を見れない“モノ”ですので」、サラはいった。

「しかしいずれティエリア様方にも目にすることがあるのやも知れません。そのときをお待ちくだされば」

「は、はぁ…」

まるでなぞなぞを問いかけられたような表情をするティエリアたち。

「それより、ルシラがお呼びですよ」

見ると、確かにルシラがシンシアたちに大きく手招きしていた。

「どうしたの?」

彼女たちはすぐに椅子から立ち上がり、ルシラのところへ歩いていく。

どうやら習得したガーデニング術を披露したかったらしく、得意げに葉を広げすぎた野菜の剪定方法を説明していた。

「…で? ほんとは何なんだ?」

笑い合うシンシアたちと一匹のピーちゃんを見つめながら、ダインがサラに問いかける。

「いまはまだダイン坊ちゃまでもお話できる段階ではないですね」

サラは淡々と答えた。「ですが、奥様があれほど上機嫌になられた“何か”があったのも事実。いまはそのことだけを留意していただければ」

「悪いことじゃないんだよな?」

「もちろんですよ」

問題ないといってのけたサラは、「ところでダイン坊ちゃま」、改まってダインに顔を向けた。

「向こうでのルシラの様子はどうでしたか?」

質問の意図が読めず、「どういうことだ?」、尋ね返してしまう。

「あの子が以前どこにいたのかは未だ不明ですが、今回外に出たのはかなり久しぶりなことなのですから」

久しぶりに目にする外の世界。ルシラに何か異変はないか、サラは心配に思っていたらしい。

シンシアたちに元気を振り撒くルシラを眺めながら、「普通だったよ」、とダインはいった。

不安げな様子も何もなかった。ダインが小さくなっていたので、そこに気をとられていたのかも知れない。

「そうですか」

やや安心したようにサラはいう。

しかしダインはルシラの心境の変化が気になっていた。

「でもあいつ、よく外に出る気になったよな」

以前までは何度誘ってもルシラは外に出ようとしなかった。

夢の中のルシラは怖くて逃げ出したといっていたので、外でトラウマになるような何かがあり、それで怖がっているのだと思っていた。

「昨日の夕方頃、突然ニーニア様が転送魔法でいらしたのですが」

サラは昨日、何があったのかを思い出しつつダインに説明した。

「例のシールを使って来られたのでダイン坊ちゃまに襲われたのかと思いきや、ルシラちゃんをお借りしてきて良いですかといってきたんですよね」

「へぇ、そうなのか?」

「ええ。向こうには優しい人しかいないのでぜひ来て欲しいと」

「そこであいつは行く気になったのか?」

「いえ、始めは案の定ルシラは怯えた様子だったのですが…」

サラは一瞬ルシラを見て、再びダインに顔を戻した。

「ダイン坊ちゃまが会いたがっているとニーニア様が仰ったところで、ルシラは覚悟を決めたようです」

そういえばあのとき、ルシラはダインに会いたくて勇気を振り絞ったといっていた。

外の世界に対する恐怖心よりも、ダインに会いたいという気持ちが勝ったということなのだろう。

「あはは!!」

中庭の奥からはまたルシラの楽しそうな笑い声が木霊する。

そこで彼女の目がダインを捉え、視線が交差した瞬間、顔を赤くさせしおらしくなってしまった。

急に大人しくなったことに疑問を抱いたシンシアたちがダインの視線に気付き、彼女たちはまた笑い出す。

「ルシラは身体だけでなく心も成長してきたようです」

微笑ましい光景だったのか、少女たちが眩しかったのか、目を細めながらサラはいった。

「ルシラがいた場所を見つけ出す日は近いのかもしれませんね」

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