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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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七十六節、午前会談

「一通り見てくれた?」

ジャガイモの皮を剥きながら、シエスタがシディアンに尋ねる。

ベーコン菜を一口サイズに切り分けていたシディアンは、「ええ」、その顔に笑顔を広げていく。

キッチンでは早速シエスタたちが昼食の準備を始めていた。

父親三人衆が減ったとはいえ、メンバーは総勢八名もいる。

気を取り直したシディアンは張り切って野菜の下処理を始めていて、「のどかで良い村よね」、と村を視察した感想を正直にシエスタに伝えた。

売店、レストラン、宿泊施設と、サラの案内でシディアンとカヤはエレイン村を見て回っていたのだ。

「村の人たちはみんな優しくて、サラさんの人柄が良いからか道行く人みんな挨拶してきてね。畑には野菜が沢山育っていて頭上では可愛い鳥が沢山飛んでいた。私たちが住む地下都市はみんな忙しなく動き回っていたけど、ここではゆったりとした時間が過ぎているようだわ」

その言葉は、おだてているわけでもなんでもなく、本心からそう思っているのだろう。

確かに、いち村民であるシエスタから見ても、このエレイン村という村はいいところだ。

村民が少ないからみんな顔見知りで、仲が良いから争いや犯罪なんてまず起きない。

人口減少を打破しようとみんな一丸となって物事に取り組んではいるのだが…。

「これといった特徴がなかったでしょ?」

シエスタは笑いながらズバっといった。「のどかでいい村。それぐらいしか感想が出てこないほどにね」

「う、う〜ん、そんなことは…」

「はっきりいっていいのよ。特徴がないという自覚は持っているつもりだし」

シエスタもカヤも工芸品を作る作業場を見てきたはずなのに、その感想が出てこなかったことをシエスタは指摘し、「この村が抱えている問題に気付いてくれたと思う」、そう続けた。

「まぁ、そうさねぇ」

カヤは手際よく煮物料理を作り始めながら、「売り物を見せてもらったが、確かにシンプルすぎて決め手にかけるねぇ」、ぽつりといった。

「孫の手や耳掻きといった日用品は、世の中にごまんと溢れかえっている。そういったものは機械で大量生産できるから、売値の面でも物量面でも、他所には適わないのかも知れないねぇ」

カヤははっきりといい、シディアンも同意見だったのか少し申し訳なさそうに黙り込んでしまう。

「我々ヴァンプ族は基本的に不器用ですから、あれが限界なのです」

シエスタの料理を手伝いながら、サラが割り込んできた。「そもそもモノづくりに向いてないのかもしれません」

「あ、でも職人の人たちはみんなすごい真面目だったわよ? 独自のマニュアルを作って壁や机に沢山レシピが貼られてあって」

ヴァンプ族は真面目で勤勉だとシディアンはいうが、「だからこそです」、サラは小さくため息を吐いた。

「真面目に、真剣に、本気でモノづくりに取り組んでくれているのに、作ったものは売れない。在庫の山を見るたびに、宣伝部長でもある旦那様や奥様は申し訳なさで胸を痛められているのです」

サラの言葉は、過去に同様の経験があったのかシディアンとカヤにも突き刺さったらしい。

二人は深刻そうな表情になってしまい、包丁でまな板を叩くスピードが遅くなる。

「ああ、ちょっと待って、別に何とかして欲しくてこんなことをあなた達にいったんじゃないのよ?」

場の空気が重くなってきたことを感じ、シエスタは声のトーンを上げて明るくいった。「うちの村はこんな感じって伝えたかっただけ。私たちもそこまで深刻に捉えてないし、モノがまったく売れないわけでもない。コアなファンもいてくれるようだしね?」

「その通りです」

サラは頷き、カヤが切り終えた食材を鍋に入れる。

「単純作業は得意ですし、人力にはできないような力のいる作業も我々ならば可能なのですから」

悲観しているわけではない。

そんなシエスタとサラの表情を見ていたシディアンは、「ねぇお母さん」、カヤの方に顔を向けた。

「アレ…このお二方に提案してみてもいい?」

そこでカヤの動きも止まる。その表情は、珍しくやや躊躇ったような顔だ。

「引かれやしないかい?」

カヤがきくと、「大丈夫よぉ」、シディアンは優しく笑ったまま手を振った。

「シエスタさんとは昨晩色々と語り合ったし、まだそんなに日は経ってないけど、分かり合えた仲だと思ってるもの」

「ね?」、と彼女に笑顔を向けられたシエスタは、二人の会話の内容が見えなかったのだが、「まぁ、それは…」、とりあえず同意した。

「もしかしてお仕事の話でしょうか?」

直前の会話の流れからサラが察すると、「ええ」、シディアンは今度は真面目な顔になって頷いた。

「駄目なら駄目でいいの。でもお話だけは聞いて欲しいなって」

シエスタとサラは互いに視線を交わす。

「聞くだけなら構わないけれど…」

それからシディアンはシエスタとサラの二人に、自身が構想していたある“新事業”について説明を始めた。

始めは料理をしもってシディアンの話に耳を傾けていた二人だが、次第に話の内容に聞き入るようになる。

その表情に徐々に浮かび上がってきたのは驚きで、シディアンが話し終えた頃には完全に動きが止まって固まってしまっていた。

「…ね、どうかしら。できるだけ公にはしないから…」

そういわれても、シエスタとサラはしばし反応することができない。

鍋に入れられた食材は煮詰まっており、フライパンで焼かれている肉は半分ほど焦げてしまっている。

それほどに、シディアンのその構想はシエスタとサラにとっては驚愕するものだった。

そう、魅力的なものではない。あくまで、“驚愕”する内容だったのだ。

「な…なるほど…そうきましたか…」

普段は冷静沈着なサラも、さすがに困惑した表情で首を捻っている。

腕を組んでいたシエスタは顔を落とし、口元を手で覆っていた。

二人のリアクションが芳しくないものに見えたシディアンは、「あ〜、やっぱり難しいかしら?」、やや残念そうにいった。

「誰にでも頼めるものじゃないけど、ここならひょっとしてって思ったんだけれど…」

顔を落としたままのシエスタの肩が揺れている。

傍目にはショックを受けているような仕草でいた彼女だが、その口元からは、

「ふ…ふふ…」

次第に声が漏れ始めた。

そして、

「あっはっはっはっは!!」

顔を上げた瞬間、大きな笑いを上げだした。

「あはは、あははははは!」

クール美人な外見に似合わず、派手に笑い転げている。

「え? ど、どうしたの?」

予想外の大笑いにシディアンは困惑するが、「ご、ごめんなさい」、謝るシエスタは、どうにか笑いを押し殺す。

「べ、別に、あなたのその案がバカらしくて笑ってるんじゃないの」

「そうなの?」

「ええ。ただ、ギャップがね。あなたの口からまさかそんな大胆な構想が出てくるなんて思わなくて。それにその事業に、堅物の村の職人たちが手をつけるって思ったらもう我慢できなくてね」

シエスタの話を聞いて、サラも想像してしまったらしい。シエスタのように口元を手で押さえ「ぶふっ!」、と肩を揺らしている。

ひとしきり笑った後、シエスタは改めて、「良いわね、すごく面白そう」、シディアンに向けてそういった。

「え、そ、そう?」

「ええ。気に入ったわ。確かにニーズがありそうだし」

「あ、そうでしょ? でも“ソレ”を作るには専用の機械とか素材とか色々とコストがかかりそうだったから、構想段階で止まってたのよ」

「それに私たちが加わってもいいの?」

シエスタが聞くと、シディアンは「是非」、再び笑顔でいった。

話がまとまりそうだと思ったようで、カヤは小さく嘆息しながら調理を再開する。

「ちなみに聞きたいんだけど、エレイン村の窮状を救いたいからっていう理由でいってるんじゃないのよね?」

ダインがニーニアの友達だから。その温情だけで仕事を依頼しているのではないか。

金銭の絡む仕事はあくまで対等でいたいというシエスタの質問に、「もちろん」、シディアンも調理を再開していった。

「あなた達の力を借りられれば、莫大な費用をかけて新しく専用の機械を作る必要はなくなるんだもの。硬いものを素手で曲げたり、密度の濃い原料を棒一本で攪拌することだってできるのよね?」

「お手の物よ。小手先を使った細かい作業は苦手だけれど、材質や大きさ問わず硬いものは曲げられる。図面ごとに、臨機応変に形状を整えることは可能よ」

シエスタの話を聞いて、「ああ素敵!!」、シディアンはより一層の笑顔を浮かべ、彼女の手を取って少女のように飛び跳ねた。

「機械は単一の作業しかできないけれど、人の手なら想像通りに形を変えられる。私の構想に、あなた達の力は必要不可欠なの!」

興奮するシディアンを見て、シエスタも笑顔を浮べる。

「構想段階だからいますぐにっていうわけにはいかないけれど、年内にはスタートさせるからそれまで待っててね?」

「ええ。こっちも職人の人たちと相談したり、他の仕事との兼ね合いとか色々決めなくちゃならないしね」

「じゃあ定期的にお邪魔させてもらうわね? 夕飯でも作りながら会議しましょうよ」

「良いわね」

笑顔で話し合うシエスタとシディアン。

どこからどう見ても二人は仲が良さそうで、とても昨日知り合ったばかりとは思えない。

「私も混ぜていただければ」

若干嫉妬心が芽生えたサラが身を乗り出すと、「もちろんよ!」、シディアンはサラとも手を取り合い、嬉しそうに跳ねだした。

「ニーニアちゃんに感謝ね。まさかこんな繋がりが出来るなんて」

娘に感謝まで抱くシディアンに、「ダインと出会えた学校に通わせたのはカヤさんでしょう? だったらカヤさんに感謝すべきよ」、シエスタは笑いながらいった。

「私ゃなんもしとらんよ」

シエスタたちを振り向きもせず、カヤはいった。「誰がこんな展開を想像できるってんだい」

その横顔には若干笑みが浮かんでいるが、「だが」、ふと真剣な表情に戻る。

「何事も手探りの段階だ。計画が頓挫することもあるだろうし、形になったとしてもまったく売れない可能性もある。過度な期待はしない方がいいよ」

「もちろん心得ているわ」

シエスタは笑みを浮かべながらカヤに返した。「新しく何かを始めるときは、まず失敗を想定して始めていかないとね。その経験なら沢山してきたんだもの。後になって後悔するようなことはしないわ」

ちゃんと現実を見据えて進行していく。

シエスタの表情から、そんな商売人としての気概を感じたカヤは、「ならいいさ」、シエスタに説くことを止め、煮物作りに集中し始めた。

「細かいことは今後の会議で決めていくことにしましょうか」

「ええ」、と頷くシエスタは、次第ににんまりとした笑みを浮かべていく。

「あー、いますぐにでも夫に報告したいわ。どんな顔するかしら」

その笑顔は悪戯心に溢れている。

夫の喜ぶ姿を想像しているのではなく、夫のびっくりする姿を想像しているようだ。

「ダイン坊ちゃまは如何致しましょう」

サラが尋ねると、「伝えない方がいいわね」、シエスタはきっぱりといった。

「あの子もこれ以上問題を抱えたくないでしょうし、折を見て伝えましょう」

「油断しているところで驚かせるわけですね」

サラもシエスタのような下心のある笑みを浮かべる。「ダイン坊ちゃまのリアクションが楽しみです」

くくく…と、二人して笑い声を漏らしている。

「まったく、カールセン一族というのは変わり者ばかりだねぇ」

カヤは少し呆れたように、「孫娘だけでなく、シディアンも気に入ってしまったようだよ」、といった。

「お母さんも私たちと同じクセに」

シディアンが反撃していうものの、「ふん」、カヤは鼻を鳴らすだけで否定や反論はしなかった。

「じゃあ、早速来週辺りに、暫定的な契約書を持ってくるわね」

シディアンがシエスタに向けていうと、「早いのね?」、展開の早さにシエスタは驚いた。

「業務提携する上での、形式的な取り決めよ」

シディアンは簡単に契約内容を説明した。「守秘義務の他に、業務が滞っても労働者へ賃金が支払える保険の加入と、準備資金の援助に場所の提供とかね」

労働者の保障も必要経費も、全てこちらで用意するというシディアン。

「え、いえ、ちょっと一方的過ぎない?」

シエスタはまた固まってしまう。「契約って、通常は双方に損のないように取り決めるはずなんだけど…」

シディアンの決め方では、リステニア工房にしか負担がいってない。

エレイン工房側も負担を被るべきだと提案するが、「うちではいつもこうなの」、シディアンは優しく笑ったまま首を横に振る。

「こちらがお願いした場合には、企業だろうと同様の内容で契約してもらってるわ」

「そうなの?」

「ええ。それに見合った内容を依頼してるんだもの」

「とはいっても、場所の提供まではしてないけどね」、と、シディアンはまたにこやかに笑う。

「これには別の考えもあるの」

不思議そうにするシエスタに顔を寄せ、「サラさんから村の案内をしてもらっていたとき、道中で面白いもの発見しちゃってね」、といった。

「面白いもの?」

「ええ。“支柱”だとサラさんから聞いたものなんだけど…」

そこでシディアンが何を見たのか、シエスタは理解する。

「あれって、何かしら考えがあってつけられたものなんでしょ?」

「まぁ…そうね」

シエスタが頷いたところで、シディアンはさらに彼女に歩み寄る。

大人の女性とはいえ、ドワ族のシディアンは子供ほどに背が小さい。くりっとした可愛らしい目がこちらを見上げていた。

「いまは状況が状況なんだし、よければ“そっち”の面倒も見させて。“先”まではまだ決めてないんでしょ?」

「いえ、けれど迷惑をかけることになるかもしれないし…」

「仕事上でも関係を持っちゃったんだもの。見て見ぬふりはできないわ」

困惑するシエスタだが、シディアンは彼女の返事も聞かず、「決まりね」、そういって料理の盛り付けを始める。

「お皿のじゅんびおわったよー?」

そのときルシラがキッチンにやってきて、「ありがとう」、シディアンが彼女の頭を撫で、ついでに抱きしめた。

「んわぷっ」

シディアンの胸の中でもごもごするルシラ。

可愛らしい様を眺めながら、「意外と強引な人なのね」、シエスタは笑みを浮かべながら彼女にいった。

「新事業の件も、“そのこと”を前提に考えたんじゃないかって邪推しちゃうわよ?」

抜け目のないシエスタの視線を受けつつ、「どっちも本当よ」、シディアンの笑顔は崩れない。

「あの企画を始めたいと思ったことも、ニーニアちゃんが好きだというこの村を守りたくなったのもね」

そう話しつつ、ルシラを抱きしめたまま離さない。「ルシラちゃん本当可愛い…」

「うみゅ、し、しでぃあまま〜…」

やや苦しそうなルシラの声を聞いて、さらにとろけたような顔になったシディアン。「ホワイトピュア出ちゃいそう…」

「もしかしたらとんでもない契約を交わしちゃったのかもね」

肩をすくめるシエスタの視線を受けつつ、「そのようです」、サラも同様のリアクションをして笑った。

そんな二人に、シディアンはまた優しく笑いかける。

「私たちに目をつけられたのが運の尽きよ。だから、大人しく諦めてね」

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