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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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七十五節、無自覚爆弾

「さて、まず状況を整理しようか」

ダインたち一行はカールセン邸のダイニングルームに集まっていた。

下座にダインを始めとしたシンシアたち若年層の子供たちが四名。

上座にはジーグやシエスタといった大人たち四名。総勢八名が椅子にかけている。

ちなみにカヤとシディアンはまだサラが村内を案内しているようだった。

ダインたちが戻ってくると聞きサラがルシラに屋敷内での世話を言いつけたようで、メイド服に着替えていたルシラが忙しなく動いている。

人数分の飲み物をトレーに乗せ歩いてくるが、手元が震えており見るからに危うい。

「あ、ルシラちゃん手伝うよ」

たまらずシンシアたちが立ち上がるが、「るしらのおしごとだから!」、ルシラは笑顔で断った。

「これもしゅぎょうだから!」

と、自分のためだからというルシラにシンシアたちは何もいえなくて、そのまま大人しく椅子に座りなおす。

「すまないね」

ギベイルはルシラからお茶を受け取り、一口飲んでから視線をダインとニーニアに向けた。

「まずはお前たちだな」

この場を取り仕切るギベイルが最初に問いかけたのは、朝から融合してしまっていたダインとニーニアの容態についてだ。

「二人はもう大丈夫なのだな? 体の感覚や体調などはどのような感じだ?」

そこでダインは顔を動かし、同じくこちらを見ていたニーニアと視線を交わす。

先ほどまで状況が飲み込めず戸惑いっぱなしだったニーニアだが、シンシアが丁寧に説明してくれたのもあって、いまようやく自身に何が起こっていたのか理解してくれたらしい。

お互いの顔色や身体を見てしまい、「ま、まぁ…」、シンクロしたように同時に顔を赤らめ、ギベイルに顔を戻した。

「何ともないっすね」

「わ、私も…」

「そうか。ならいい」

ギベイルは二人に笑いかけるが、「しかしいきなりお互いの意識が分離したのはどういうことなのだろう」、不思議そうにダインに問いかけた。

「俺自身も良く分かってないんすけど…」

ダインは頭をかきながら先ほどの出来事を思い出す。「多分、声が聞こえたからじゃないかと」

「声?」

「誰のものかは分からないんすけど」

そこで彼は“声”が聞こえた経緯をギベイルたちに説明した。

「例のフードの男がドラゴンの赤子を殺めようとした瞬間に、か…」

呟くジーグは、半信半疑の表情を浮かべている。

「親父のその様子だと、誰もあの声を聞いてないようだな」

ダインがいうと、周囲にいた全員が頷いた。

「それであなたはその声に押されるようにして、半ば突発的にドラゴンの残骸がある場所まで飛んでいったということ?」、と、シエスタ。

「ああ。だからニーニアから離れたきっかけはそれなんじゃないかって」

ダインが答えたとき、「あー」、と納得したような声を出したのはシンシアとティエリアだ。

「ニーニアちゃんの身体を絶対に傷つけるわけにはいかないって、ダイン君びくびくしてたもんね」

「ふふ、そうでしたね。赤ちゃんとニーニアさんを守るために、無意識ながら体と心を切り離すことができたのかも知れません」

二人の言葉に信憑性があると思ったのか、ジーグたち大人連中は深く頷いた。

ニーニアだけ顔を真っ赤にしたままだが、あえて反応せずギベイルはダインたちの背後に顔を向けた。

「赤子のドラゴンか…」

ギベイルにつられるようにして、全員がそちらへ顔を向ける。

リビングにあるソファの隣には底の浅い木箱があり、巣のように枝が敷き詰められた上に一匹の小さなドラゴンがいた。

木箱の淵に手をかけたルシラがそのドラゴンをじっと見ており、そんなルシラにドラゴンは口を開けてピィピィと鳴き声を上げている。

「…そもそも、どうして他国の管理下にあるドラゴン問題に、あのガーゴが押しかけてきたのかしらね」

シエスタは疑心たっぷりに呟いた。「何が狙いなのかしら」

「一番考えられるのは宣伝だろうな」

ギベイルが答える。「自分のところはこれだけの力を持っていると誇示したかったのだろう」

「宣伝?」

「うむ。簡単にいえば、他国への兵力の売り込みだ。次々と他国に投入し、重要機関を乗っ取る気でいるのかも知れん。これは完全なる穿った憶測だがな」

「このオブリビア大陸を牛耳るだけじゃ足りないというわけか」

シエスタはつまらなそうにいい、呆れたように息を吐く。「あれだけマスコミが集まって全世界に向けてテレビ中継していたんですもの。宣伝効果は抜群でしょうね」

「実際にたった一人のヒューマ族があのドラゴンを倒したのだからなぁ」

ジーグは腕を組んで唸るものの、「僕が疑問に思ったのはその特殊部隊に対してだけどね」、ペリドアが口を開く

「新しい防具のアイデア探しに僕も格闘技観戦することはあるけど、あそこまで強いヒューマ族は見たことないよ」

戦闘の知識にも詳しかったペリドアは、どんなトレーニングを積んでも到達し得ないものだと語った。

「確かにあれは妙だな」

ギベイルはいい、ジーグもシエスタも考え込んでしまう。

「どのような強化魔法にも耐えられるよう肉体改造を施したのか、はたまた肉体に影響しない全く新しい強化魔法が開発されたのか…」

う〜ん、とダイン達まで唸り始め静かになったところで、またリビングからピィピィというドラゴンの鳴き声が聞こえてきた。

「あはは!」

早くも打ち解けあったのか、ルシラが頭の上にドラゴンを乗せている。落ち着ける場所だったのか、ドラゴンは嬉しそうに翼をはためかせていた。

「…あれ、ヴォルケインなのだよ、な?」

ジーグが誰に問いかけることもなく呟いた。その表情は困惑混じりだ。

「姿が実物と全く同じだから、そうだと思うが…」

ギベイルも同様に困惑している。「本体ではなく、ヴォルケインの子供ということも考えられるが…」

「七竜の…歩く天変地異の、子供…」

シエスタが呟くようにいったところで、その場にいた誰もが、今回の一番の問題点に気付き始める。

消えぬ炎で何もかもを焼き尽くす灼熱の竜、ヴォルケイン。

数多あるエレンディアの関連書籍に登場し、どの文献にもヴォルケインは何千、何万と人の命を奪ってきた恐るべき存在だと書き記されている。

きっとそれは事実なのだろう。だからこそ、エレンディアが自身の身体を使ってドラゴンに封印を施したのだから。

その伝承上の存在が、いま目の前にいる。ダインが保護し、家に持ち帰ってきた。

これはとてつもない大問題だ。一国の中で収まるものではない。

膨れ上がる難問に全員が眉間に皺を寄せそうになったとき、「いえ、そもそもあれがヴォルケインなのかという疑問が残ってるわ」、重い空気を払拭するようにシエスタがいった。

「目覚めたばかりで実力を発揮できなかったとはいえ、先ほどのあの戦い方ははっきりいって弱すぎる」

本物のヴォルケインじゃないのではないか。シエスタはその点が気になっているようだった。

「本物かどうかについても、ガーゴの邪魔がなければ調べられていたはずなのに…」、彼女は悔しがっている。

「ルチル王がドラゴン対策をガーゴに一任したからな。その後の処理も含めているそうだから、残骸の回収は難しいだろう」

ジーグがいったところで残念そうにシエスタが肩をすくめるが、「ふふ」、ギベイルが何故か髭を揺らして笑い出す。

「大丈夫だ。その点については抜かりない」

ギベイルがおもむろに懐を探り出す。

そこから取り出したのは、こぶし大の岩だった。

「ん? 単なる岩にしか見えないが…」

「それが?」、不思議そうにするジーグに、「良く見てみろ。鱗があるだろう」、ギベイルがその岩を手渡した。

確かに、良く見てみればその岩には一枚の大きな鱗が貼り付けられていた。

「ドラゴンの残骸だ」

ギベイルは怪しく笑う。「結果論だが、ダインがあの場に突っ込んでくれてよかったよ。その際に拝借させてもらったよ」

「さすがね」

シエスタも同じように笑みを浮かべ、ジーグから岩を受け取る。

「手触りも見てくれも岩のようだけど…こうなっちゃったのは、魔法の影響なのよね?」

シエスタはティエリアに尋ねた。

「あ、は、はい。シャイン系の魔法ですね」

ティエリアはフード男が使った浄化魔法の映像を思い出しつつ答える。「英霊の下す神罰と浄化を織り交ぜた爆撃かと。相手がモンスター種であれば、そのように固まってしまうのが特徴です」

「なるほどね」

まじまじとその岩を眺めてから、シエスタはギベイルに返却した。

「今日にでも調べてみるつもりだよ」

そういってペリドアと頷きあってから、ギベイルはルシラの頭にいた赤ちゃんドラゴンに顔を向ける。

「ヴォルケインの子供なのか別種のものなのか、できることならそのドラゴンも検査してみたいところなのだが…」

しかし相手はヴォルケインかもしれない存在。検査の過程で下手に刺激してどんな災害が起こるか分からない。

「爪でも唾液でもなんでもいい。そのドラゴンのものが何かないだろうか」

ギベイルがいったところで、「あ、うろこならあるよ!」、ルシラが木箱の中に手を突っ込み、そこから小さくて赤い鱗を取ってきた。

「おお! これはありがたい」

ギベイルはルシラからその鱗を受け取って、常備してある小袋に慎重に入れた。

どうにか調査はできそうだ。彼らは安堵したように椅子の背にもたれ、ルシラが用意してくれたお茶を飲む。

「それで、そのドラゴンが仮に本物だったとしたら、アレはどうするべきなのか」

ジーグがまた別の問題点を挙げた。「さすがに外に放つわけにはいかんだろう」

「できるなら、今後のために研究をしてみたいところだが…」

ギベイルのその台詞を聞いて、ダインは複雑そうな表情を浮かべる。

自身が研究対象にされた過去のトラウマから、研究というもの自体にあまり良い印象を抱いてなかったのだろう。

ダインのその表情と、ルシラの頭上で嬉しそうに翼を動かすドラゴンを一瞥し、「ヒューマ族の間で、触らぬ神になんとやらという諺がある。下手な刺激はしないことにするよ」、ギベイルは笑っていった。

「所有権…というのはどうかと思うが、ソレの扱いについてはダインに一任しようと思う」

「じゃあ当面の面倒は俺が見させてもらいます」

ダインは安心したようにドラゴンを見る。「拾ってきたの俺だし」

「犬猫を拾ってきたような感覚でいっているが…まさか育てる気か?」

ジーグはやや驚いたような表情だ。「成長後は“あの”姿になるのだぞ?」

ジーグの言葉は、諸々の問題を孕んでいる。

「全世界に生中継されたし、ドラゴンが倒されたというニュースはいまも広まっている最中だ。ルチル王も胸を撫で下ろしている頃だろうし、そのような中、ヴォルケインがまだ生きていたとあってはルチル王だけでなくドワ族全体の信用問題にまで発展しかねない」

同様の言葉を思い浮べていたのか、シエスタは神妙な面持ちでダインとドラゴンをじっと見ていた。

「ドワ族の守人に世話を頼むか、人知れず再封印を施したほうがいいと思うのだが…」

そのときドラゴンはルシラの頭上から飛び降り、ダイニングルームのテーブルに不器用そうに胴体着陸した。

相変わらずピィピィと鳴き声を上げながらジーグたちやシンシアたちを見回し、重たそうに翼を引きずりながらたどり着いたのは、ダインの手前だった。

自分を守ってくれた存在として認識しているのか、そのままさらにダインに近づいていく。

「根拠は何もない。完全に憶測だけどさ…」

ダインはそのままドラゴンを両手で掴み、自身の膝に乗せた。

「このまま成長したとしても、文献に出てきたような凶悪な奴にはならないと思う」

ダインの腕の中で、ドラゴンは身体を丸め始めた。鳴き声は止み、目を閉じて寝息を立て始める。

そのときばかりはそのドラゴンが七竜の一つだということはすっぽ抜けてしまい、シンシアたちは「可愛い〜」、と頬を緩めていく。

「まぁ、あなたがそうまで言うのなら、私たちから言うことは何もないけれど…でも、扱いようによっては多方面に迷惑がかかることは忘れないで」

釘を刺すようにシエスタがいった。

「いざとなったら、俺がこいつ連れてどっかに隠れるよ」

最悪の展開を想定してダインがいうと、「私たちも協力するよ」、とシンシアたちが申し出てきた。

「ご飯とか住まいの提供とか…」

「いや、今回のことは完全に俺の独断だし、迷惑はかけられない」

ダインは断るものの、「私たちは運命共同体ですから」、ティエリアはそういって笑いかけてきた。

「半ば衝動的だったとはいえ、ダインさんはそこまで悪いことはなさっていないですし、ダインさんが聞こえたという“声”も気になりますから」

「…確かにそうね」

シエスタはゆっくりと息を吐く。「特大級の爆弾を一つ抱えることになっちゃったけど、調べることは色々とありそうだしね」

「僕たちも出来る限りの協力をしよう」

ペリドアがいうと、ギベイルも深く頷いた。


状況の整理が一段落ついたところで、玄関の方から音がした。

「みなさんお揃いですね」

ダイニングルームにサラが入室し、ギベイルとペリドアに自己紹介しているところでシディアンとカヤも顔を覗かせてくる。

「みんなお帰り〜」

そう笑顔を振り撒くシディアンの手には、大きな紙袋が持たれていた。そこから太ネギが突き出ているのを見るところ、どうやら中身は食材らしい。

「何か収穫はあったのかい?」

カヤが尋ねると、「まぁ、色々とな」、ギベイルは改めて、テレビを見てなかったサラたち三人に朝の出来事を説明しようとした。

「私が聞いてもどうせ分からん」、カヤは突っぱね、「それよりこれだけの人数だ。昼食の準備はいまから始めた方が良い」、サラにキッチンはどこか尋ねた。

「こちらです」

サラが案内を始め、食料を手にキッチンへ歩いていく。

「未曾有の出来事が起きたというのに、相変わらずワシらの女どもは飯の心配か」

やや呆れたようにギベイルがいうと、「家庭を守る女はそんなものよ」、シエスタが笑っていった。

「夫はちゃんと稼いでいるのか。子供はちゃんと食べられているのか。例え世界的な危機が訪れたとしても、家庭を持つ女の心配事は変わらないわ」

その彼女の台詞は真理をついていたのかもしれない。ギベイルとペリドアは同時に笑い出し、「ちなみにリクエストは何かある?」、二人にそう尋ねながらシエスタが立ち上がった。

「甘辛のどろっとしたラーメンが食いたいな」

素直にギベイルが注文すると、「僕はさっぱりしたパスタがいいな」、ペリドアもいつも食べているメニューをいった。

「カヤさんたちに伝えてくるわね」

シエスタもキッチンへ向かい、ギベイルはその背中を見つめてから、「良い人と一緒になれたのだな」、優しげな眼差しをジーグに向けた。

「自慢の妻だよ」

どことなく得意げにジーグがいったところで、ギベイルの胸元からベルのような機械音が鳴り響く。

どうやら誰かからギベイルの携帯に連絡があったようで、「おお、どうした?」、早速携帯を耳に当てた。

通話先の相手の話を静かに聞いていたギベイルは、「ほう、遺物が…?」、何か意外なことでもあったのか、目を大きく広げる。

「分かった。すぐに向かおう」

といって通話を切り、「すまないが急用が入った」、ダインたちに向けていった。

「ドラゴンに関することか?」

察してジーグが尋ねると、「それをいまから調べようとな」、ギベイルは答えた。

「いくら調べても用途も作られた時期も不明だった“古の忘れ形見”が、きっかけもなく突如として反応したらしいのだ」

「ほう?」

「僕も向かいます」

ペリドアが椅子から立ち上がり、「そういうことなら私も参加させていただこう」、ジーグまでそういった。

男たちの目は輝いている。世界中に点在する“古の忘れ形見”は、不明瞭な部分が多すぎるため、そこに魅力を感じる男たちにとっては好奇心の的だったのだ。

「あら? どこか行くの?」

玄関に向かおうとした男たちを見つけ、シディアンが不思議そうな表情でやってきた。

「おお、すまないが急用が入ったので、いまから研究所に戻らなければならなくなった」

「三人も?」

シディアンはペリドアとジーグにも顔を向ける。

「昼は向こうで適当に済ますよ」

ペリドアがシディアンにいい、男たちはぞろぞろと玄関へ向かってシディアンの話も聞かずに飛び去っていってしまった。

しばしあんぐりと口を開けていたシディアン。

「もう、どうして男っていうのはこう勝手なのかしら」

その優しい顔つきに似合わず、シディアンは珍しく憤っているようだった。母性溢れる彼女なので、お世話をする人数が減ったことが不服なのだろう。

「まぁ、今日は朝から色々あったから仕方ないわよ」

キッチンからやってきたシエスタが彼女をなだめ、「みんなはそのまま待っててね」、とダインら子供たちにそういった。

「あ、私も手伝います」

シンシアが立ち上がろうとするものの、「ごめんなさい、さすがにキッチンが狭いから」、とシエスタがやんわりと断った。

「くつろいでてね」

シンシアたちに笑いかけ、シディアンを連れてキッチンへ消えていく。

「あ、みずやりに行かないと!」

ルシラは思い出したように中庭に駆け出していった。

そのままダイニングルームに取り残されてしまったダインたち。

「ちょっと俺の部屋で話すか」

ダインはそういって彼女たちに笑いかける。「ニーニアと話したいことあるし、シンシアと先輩も俺たちに聞きたいことあるだろうしさ」

腕の中のドラゴンはどうしようか考えたが、大人しく寝ているようなのでそのまま部屋まで連れて行くことにした。

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