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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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七十一節、一夜の大冒険(中)

「ニーニア、おい、ニーニア!」

肉の柱に埋め込まれていたニーニアをどうにか引き剥がし、助け出すことに成功したものの、パジャマ姿の彼女はぐったりしたままだった。

何かの内臓にいるような奇妙な状況にダインは困惑するばかりだが、何度揺らしても起きる気配のないニーニアを見て心配を募らせていく。

危険な状態なのではと思ったが、彼女の胸はしっかりと上下を繰り返していた。

口からは寝息が吐き出され、表情に苦しいものは見られない。全身をくまなく見てみるものの、傷や打撲した形跡もなかった。

よく耳を澄ませればその寝息は穏やかなものだったようで、ダインは一応は安堵する。

ニーニアに危険はない。しかし、この状況は一体何なのか…。

疑問に思ったときだった。

「う〜ん、ちょっと想いが強すぎたかなぁ」

突然、近くから声がした。驚きつつそこに顔を向けると、真横に立っていたのは…成長したルシラだった。

「え、る、ルシラか?」

「ん? うん。私だよ?」

返事をする彼女は、夢の中でしか会えなかったはずの“向こう”のルシラだ。

「え? ってことは、ここは夢なのか?」

困惑したまま彼女に尋ねると、「う〜ん」、腕を組んで首を捻ってしまった。

「現実半分、夢半分、といったところかなぁ」

意外な一言が漏れ出した。

「半分?」

「うん。ここはね、味気なくいうとダインの精神世界だよ」

「え、と…どういうことだ?」

「現実にはないところだけど、存在することのできる世界。ダインの心の中」

「…ここがか?」

ダインは周囲を見回す。

「生物の腹の中みたいな、奇妙な世界が…俺の心?」

俄かには信じられない…いや、信じたくもない話だが、ルシラは笑顔で「うん!」、と頷いた。

「周囲に見えるのは、多分触手の中をイメージしたものなんじゃないかな」

「ま、マジかよ…俺、別に触手のことばっか考えてるわけじゃないんだけど…」

「ダインの性格とか考えていることとかと、精神世界の構造はまた別だからね」

「そう、なのか…」

ダインは再び周囲を見回し、呟くようにルシラにきいた。「俺たち、ずっとこのまま…ってことはないよな?」

気になりだしたら、次々と質問が浮かんでくる。「そもそも、どうしてこうなっちまったんだ?」

どうして自分自身の精神世界に迷い込んでしまったのか。

そして何故ニーニアまで連れてきてしまったのか。

「多分、ニーニアちゃんを飲み込んじゃったんだろうね」

ルシラは答えてくれた。「経緯まではよく分からないけど、多分ダインとニーニアちゃん、いまは一緒のベッドで寝てるはずだよ」

「一緒に寝てる?」

「うん、それで何かきっかけができちゃって、ダインから触手が伸びて、その触手がニーニアちゃんを飲み込んでこの世界に引き込んでしまった」

「きっかけ…」

それが何なのか考えていると、「これも多分だけど、原初の石に触れたせいかも」、ニーニアは笑顔で説明してくれた。

「あの石はほんとに不思議な石でね、だからダインが触れたのをきっかけに、触手能力がまた一つ進化したんじゃないかな」

「またそっち方面での進化になるのかよ…」

吸魔衝動に逆吸魔。ついには誰かを飲み込むところまできてしまった。

シエスタが予想していたことが見事的中してしまい、ダインは思わず息を吐き出してしまう。

「私もこんなことになるとは予想してなかったなぁ」

意外だといいつつも、彼女は相変わらずの笑顔だ。「さすがダイン…ううん、ニーニアちゃんの想いが強すぎたからかな」

「ま、まぁそれはともかくさ、結局俺たちはどうなるんだ?」

一番気になっていたことをルシラに尋ねた。「ずっとこのままってことは流石にないよな?」

「あ、うん、それは大丈夫だよ」

ルシラは安心させるような笑顔をダインに向ける。「時間の進み方は違うけど、朝が来ればいつもどおりに目を覚ますはずだよ」

ダインはホッと安堵するものの、「でもあまりジッとしないほうがいいかも」、とルシラはいった。

「いまここにいるダインもニーニアちゃんも、精神体のようなものだから。実体はここの“外”にあって、そこではいまもダインがニーニアちゃんから魔力を吸い取ってるみたいだよ」

「え、マジで?」

ダインはすぐにニーニアの表情を確認してみる。

さっきは焦っていたので分からなかったが、ニーニアの顔は真っ赤になっていた。

時折眉間に皺が寄せられ、電流が流れたように体を震わせ、その口元からは喘ぐような悩ましげな声が上がる。

その反応は吸魔されているときと全く同じだ。

「だから早く目を覚まして止めないと、一日中動けなくなるかもしれないよ」

割と逼迫した状況なのだということを理解したダインは、起きる気配のないニーニアを背負いつつ、「どうすればいいんだ?」、ルシラに助言を求めた。

「出口があるはず。そこを抜ければきっと目を覚ますはずだよ」

「方向は分かるか?」

「こっちだよ!」

ルシラは歩き出し、ダインもその後をついていった。


「こうして一緒に歩くのは初めてだよね!」

歩き始めてすぐ、隣に並んできたルシラがダインに笑いかけてきた。

「ああ、そうだな。声を出して喋るのも初めてか」

「ふふ、何だか楽しい!」

そう話すルシラは確かに楽しそうで、ずっと笑顔のままだ。

精神世界という極めて異常な状況であるにもかかわらず、いつもの場所とは違うところで出会えたことに、ルシラはやや興奮しているようだ。

「でも大丈夫なのか? 外に出てさ」

ふと気になって尋ねると、「大丈夫だよ! “そっち”の私のおかげでね」、といってきた。

「そっちの私が外に出る勇気を持てたから、私もこうして出て来れた。ダインの中にまで、会いにこれたんだよ」

相変わらず不思議な奴だ。どんな方法でどんな魔法を使って精神世界にまでやってこれたのか。全く分からない。

気にはなったが、ルシラはそういうことが出来る奴なのだと割り切って、難しく考えることは止めた。

「良かったよ」

ダインがルシラに笑いかけると、「でもごめんね」、彼女は突然謝ってきた。

「ちっちゃくなったりして、びっくりしたでしょ? ダインなら喜んでくれるかなって思ったんだけど…」

やっぱり例の現象はルシラが仕組んだことだったらしい。

「ああ」、と返事をしたダインは、「びっくりはしたけど、でも嬉しかったよ」、素直にそういった。

「シンシアたちが嬉しそうにしてたからな。だから俺も嬉しかった」

「ありがとな」、と笑いかけると、「えへへ〜」、ルシラは可愛らしく笑った。

「じゃあまたしてもいい?」

その言葉に、ダインはすぐに返事することはできなかった。

脳裏に浮かんでいたのは、暴走するシンシアとティエリアの姿だった。

二人きりになった状況で、次にまた子供化する現象が起きてしまったら、一体どうなることか…。

「ダイン?」

ルシラが不思議そうな視線を向けてきたので、「ま、まぁたまにならな」、ダインはそういうに留めた。

「ふふ、うん! 楽しみにしててね!」

「そ、そうだな」

お互いに頷き合ったときだった。

「あ! ダイン避けて!」

突然表情を変えたルシラの声で、ダインは尋ねるよりも先に身体を動かしてしまう。

飛び退き元いた場所を見ると、肉の天井から細長い触手が伸びていたのが見えた。

「な、なんだこれ?」

「見ての通り触手だよ」

「…まさか襲い掛かってくるのか? 俺に?」

「ううん、狙いはニーニアちゃんだよ」

「え、どういうことだ?」

「簡単に表現すれば、周りにあるこの全部は、ダインの本能みたいなものだから」

ルシラにいわれ、ダインは再び辺りを見回してしまう。

どれも顔のない不気味な肉の塊にしか見えないが、確かにそれらから大きな“意識”のようなものは感じた。

その意識は粘っこく絡みつくような感覚で、ルシラの言う通りニーニアにだけ向けられているような気がする。

「この迷路のような本能の中にいるあなた…ダインは、理性のようなもの…と思ってくれていいと思うよ」

「俺が理性…ってことか?」

「うん」

そこでようやく、何故こんな奇妙な場所なのにルシラは全く不安そうにしてないのか、その理由が分かった。

目の前にいるダイン自身も、周辺に蠢く壁や床も、彼女にしてみれば全てが大好きなダインだったからだ。

飲み込まれても襲われても、ダインになら全て受け入れるつもりでいたのだろう。

だからどんな光景でも恐怖心などなかったし、むしろ全身でダインを感じられて嬉しかったのだ。

「徐々に本能が強くなってきたから、こうして襲い掛かってくることも増えるかもしれない」

「自分自身なのに油断ならないとはな…」

ダインはニーニアを背負いなおし、警戒心を強く持った。

「行こう、ルシラ」

「うん!」


ルシラの予言どおり、進んでいくたびに触手の攻撃回数が増えてきた。

それは、始めこそ単純で単調なものだった。

前後から触手をムチのようにしならせてきたりして、避けるのは造作もないことだったのだが、奥に進むにつれその攻撃方法も複雑化してくる。

地雷触手や壁から矢のように触手が射出されたりと、特に不意打ちを狙ったトラップ攻撃が増えてきた。

警戒レベルを引き上げ慎重に進んでいたダインであったが、面倒だったので次第に走り出していく。

「っだーも、何だよこれ…いや俺がしてることか!!」

触手をかわしつつダインがいうと、「あははは! たのしー!」、一緒に駆け出していたルシラは笑ったままだ。

ルシラは別種の精神体だったのか、不思議と襲われなかったようで、見落としがちなトラップを逐一報告してくれた。

「またスイッチだよ!」

ルシラが指し示した地面を飛び退き、

「そこは底なし沼だよ!」

その声にまた跳躍し、

「そこの壁は口みたいに開くよ!」

大きく口を開けた壁を咄嗟に避け、とにかく突き進む。

いくらトラップが増えようが、ダインにとって避けるのはそれほど難しいことではなかったのだが、そろそろルシラが彼の動きについて来れなくなったようだ。

「あわわ、ダイン、早いよー!」

少し距離が開いてきてしまったので、ダインは背負っていたニーニアをお姫様抱っこし、ルシラの前でしゃがむ。

「背中に掴まれ!」

「あ、うん!」

ルシラがしがみついてきたところで立ち上がり、再び駆け出した。

「これ、どこまで行きゃいいんだ!?」

突然前方から数十本の触手が伸びてくる。

「まだまだ先だよ!」

背を屈め攻撃を避けつつ、「マジかよ!」、走るスピードを上げた。

射出式の捕縛ネット。捕獲カゴ。粘着液を吐き出すドローンや、地形を変形させ滑り台やトランポリンまで出てきて足止めを図ってきた。

「ちょっと何でもありすぎじゃねぇか!?」

「それぐらいニーニアちゃんを欲しがってるんだよ!」

「必死すぎんだろ俺はよおおおぉぉぉ!!」

周囲にあるのは本能のみ。かけらほど残されたダインの理性が、ニーニアを守っている。

あまりに多勢に無勢な中、突如その足元には何もなくなった。

「ここから落ちていくよ!」

「うおああああああああぁぁぁぁぁ!!」

「あはは、あはははは!! たのしーねー! ダイン〜〜〜!!」

「それどころじゃねぇんじゃねぇかなああああぁぁぁ!?」

どこまでもどこまでも落ちていく、ダインたち。

ダインの精神世界━━“ダイン・ラビリンス”は、まるで巨大なアトラクションのようだった。

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