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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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七十節、一夜の大冒険(前)

━━それから数十分前。

眠気が頂点に達したジーグとカヤは寝室に向かい、ガーネも帰宅したが、リビングではまだシエスタとシディアンが談笑していた。

話題はダンナの愚痴から子供の話、学校の話へと流れ、やがて込み入った話題へと切り替わっていく。

姿勢良く優雅にお茶を飲むシエスタは見た目にも麗しく、そんな彼女自身に興味が湧いたシディアンは、二人きりなのを確認してシエスタとの距離を詰める。

「ねぇシエスタさん。ニーニアちゃんから話を聞いて、機会があれば質問したいなって思っていたことがあったんだけど…」

シディアンの表情からあまり人に聞かせられない話なのだと察したシエスタは、「何かしら?」、同じく声を押さえ気味にしてシディアンを見た。

「吸魔って、気持ちいいんでしょ?」

唐突な質問に思わず「え?」、と声を出してしまったが、隠すことでもなかったので「ええ、まぁ…」、素直にいった。

「その…どんな感じなの?」

「どんなって?」

「例えば、ほら…旦那さんのジーグさんと…ね?」

シディアンの表情は興味に満ちている。

そこでシディアンが何を聞きたかったのか理解したシエスタは、思わずくすくすと笑いを漏らしてしまう。

現代に溢れる女性週刊誌には頻繁に性の特集が組まれたり、少女漫画でも性描写が頻出している。

性に関する興味は男女差がないことの表れであり、世界的に有名なリステン家の地盤を支えているシディアンにおいても、ゴシップ好きな主婦と大した違いはなかったのだ。

「毎日の家事は楽しくて発明品のモニターもさせてもらって充実はしているんだけれど、刺激がない毎日に飽きてきたのは否定できないの」

「ふふ、なるほど」

「他種族の人が来てくれてじっくりお話できる機会なんて滅多になかったし、だから…駄目かしら?」

確かに、安直な方法かもしれないが、猥談で刺激を得ようとするのは悪くない。

それにいまは女同士。ガーネもいっていたが、女が集まればそんな話になることもある。

少しも気取らず、下品とも取れる話に興味を抱くシディアンに、また一つ好印象を得たシエスタは、「別にいいけど…」、といったあと、口の端に笑みを結んだ。

「でも、引かないでよ?」



一方その頃、リステン邸の自室でニーニアはシンシアたちと就寝中だった。

薄明るい光りに包まれた中、シンシア、ティエリア、ルシラに囲まれながら目を閉じていたニーニアはゆっくりと上半身を起こす。

シンシアたちはすやすやと寝息を立てていた。

川の字で寝ていた彼女たちはお互いに手を握り合っており、夢の中でも一緒に遊んでいるのか、みんな笑顔になっている。

ニーニアも小さく笑い、彼女たちの眠りが深いことを確認して、そっと部屋を出て行った。

廊下を進み、リビングを通り抜け、彼女が向かった先はトイレではない。

そのまま家を出て行き、周囲を見回しつつコソコソと入ったのは隣家のギベイル邸だった。

そして玄関を上がって、忍び足でニーニアが訪れたのは…。

「ぐがー…ぐがぁ…」

その客室のドアを開けた瞬間、飛び込んできたのは重低音の響く大きなイビキだった。

あまりの声量に内心驚いたニーニアだったが、口元を手で押さえつつ部屋に入ってすぐにドアを閉め、周囲を窺う。

“目的”を見つけた彼女は、そのままソロリソロリとその人物の元へ向かった。

ベッドに入り、ジーグの大きな寝息に迷惑そうな寝顔をしているのはダインだ。

ニーニアはまだ諦めていなかったのだ。

ダインを寝かせるというチャンスは今日しかないと思っていたから、緊張を押し殺し、誰かに見つかったらどうしようという恐怖も堪えて、こうしてダインの眠る客室までやってきた。

勘の鋭い母のシエスタがいないのが少々気にかかるが…でもいないならいないで好都合だ。

ダインが深い眠りに入ったということは、偵察を頼んでいた祖母のカヤから連絡を受けていたので間違いない。

なんでも祖父のギベイルと話し込んでいて、それから急に寝落ちするようになったらしいが、恐らくルシラの魔法の影響か何かで珍しく疲れていたのだろう。

シエスタが戻ってきてもすぐに隠れられるようポジションを移動し、ジーグが起きる気配がないことを確認した後、ニーニアはダインの腕に触れてみる。

がしかし、やはり彼の身長は変わらなかった。やはりもう魔法の効果は切れてしまったのだろう。

これだと計画を実行できない。いまこの場で“それ”をするのは可能ではあるが、すぐ近くに彼の父親がいるため相当なリスクがある。

だからニーニアは強く念じた。

(お願い…お願い、ルシラちゃん…!)

それは願い事に近いものだった。

計画を実行するため、ダインと自らに至上の癒しを得るため、彼女は強く強く願った。

(一回だけ…一瞬だけでいいから、ダイン君を…もう一度、奇跡を…!!)

裏のない真っ直ぐな願いだったからか、その願いが可愛すぎたからか。

はたまたダインが寝ていて“向こう”のルシラと繋がっていたからかは分からないが、そのときダインの全身が一瞬だけ白く光った。

そして彼の身体がみるみる小さくなっていく。

「あ…!」

ニーニアは思わず驚いた声を上げてしまう。


“ちょっとだけだよ!”


そんな笑い混じりの声がどこからか聞こえてきた。

不可思議な現象が多発して自分も夢を見ているのではないかと錯覚したが、確かに彼の身体は小さくなっている。

(あ、ありがとう…!)

時間的に余裕がなかったため、ニーニアは急ぎ気味に心からの感謝を念じて伝える。

そしてタオルケットをダインの全身に包み、そのまま彼を抱っこした。

「ごめんね、今日だけだから…」

そう彼に囁きかけ、熟睡するジーグに一礼して寝室を出る。

ダインを抱っこしながら廊下を歩いていると、リビングから明かりが漏れているのが見えた。

そこからは楽しげな話し声がする。

覗き込んでみると、そこにいたのはシエスタとシディアンだった。二人は向かい合って笑顔で何やら話しこんでいる。

シディアンの視界に自分が入っているのが分かり、ニーニアはすぐさま身を引いてしまう。

二人の居場所が分かったのはいい。でも自室がある二階への階段はリビング前を横切らなければならず、どうしても見つかってしまう。

できるなら目を放した隙を狙って移動すべきだろう。しかしいつ魔法が切れるか分からない現状、待っている暇などない。

急がなくては。ここで魔法が切れてダインの姿が元に戻ってしまうと、さすがに抱っこ状態を維持できない。

こちらを見ないよう祈りつつ、ダインをギュッと抱きしめたニーニアは、ソロリソロリと移動を開始するが…、

「あら? ニーニアちゃん、眠れないの?」

ばっちりシディアンに見つかってしまった。

思わず悲鳴を上げてしまいそうになったが、さっと顔を背けたニーニアは、そのまま「う、ううん」、と答えた。

「み、みんな狭そうにしてたから、私はこっちの部屋で寝ようかなって」

近づいてこないよう祈っていると、「あら〜、そうなの?」、シディアンの間延びした声が響く。

「別のお部屋用意すればよかったかしらねぇ〜」

「う、ううん、もう大丈夫だから。ほんとに」

そのまますり足でリビングの前を横切っていく。

シディアンたちに背中を向けつつ移動している様は不審でしかないが、もうなりふり構っていられなかった。

「そ、そういうわけだから、私もう寝るね!」

と早口でそういって、リビング前を横切った瞬間、目の前にあった二階の階段を駆け上がっていく。


「う〜ん、十分な広さがあると思ってたんだけど…」

悪いことしちゃったかしら、と続けるシディアンに、「いいんじゃない? 本人が大丈夫だっていってるんだし」、シエスタはそういう。

再びお茶を飲む彼女の肩は揺れていた。笑いを必死に押さえ込もうとしているようだ。

「どうしたの?」

不思議に思ったシディアンが尋ねると、「い、いえ、ニーニアちゃんって、本当に可愛いわねって思って…」、答えるシエスタは、今度は優しげな表情になる。

「息子のことを気に入ってくれて良かったわ」

「え? ええ、まぁ…」

ニーニアが何をしていたのか。シエスタは気付いていたのだが、シディアンはいまだ良く分かってなさそうな表情をしている。

紅茶を淹れなおしつつ、「それで何の話だったかしら」、シエスタは脱線した話を戻した。

「ヴァンプ族の夜の営みについてだった?」

「あ、ええ、そうそう、触手を絡めあって魔力の交換だなんて、すごく刺激的よね」

「まぁ傍目にはあまり見てくれの良いものじゃないでしょうけど…」



そんな母親同士の猥談は確かにニーニアの耳にも届いていたはずだが、緊張のあまり聞いている余裕はなかった。

ギベイルとカヤが寝ていることを確認した後、ニーニアはようやく自室にたどり着くことができた。

部屋に入り、そっとドアを閉めてから、ベッドの前に。

そこに子供化したダインを寝かせる。手を離すと、彼の姿は元通りになった。

自室で眠るダインを見て、ふと冷静になったニーニアの頭に浮かんだのは、一種の罪悪感だった。

犯罪行為に手を染めたわけではない。悪い事をしてるつもりもない。

でも、ニーニアの頭の中は、「やってしまった」、という言葉で埋め尽くされていた。

ものづくりの延長線上で色々と妄想しがちだったニーニアは、ダインとこの部屋で一緒に寝ることを夢想するばかりで、その気持ちが先行して音声入りのぬいぐるみまで作ってしまったわけだが…。

しかし妄想だけで終わるだろうと思っていたのに、まさか実際に本人を連れてきてしまったとは、自分がしたことながら驚きだった。

後先考えずに行動したので今更ながら軽い後悔が押し寄せてきたが、やってしまったことは仕方ない。

高揚感に後押しされるように、ニーニアもダインと同じベッドに潜り込んでみた。

魔法の効果は僅かながら残っていたようで、彼の頭部に触れた途端縮み始める。

ニーニアはたまらなくなって、そのまま頭を抱きしめてしまった。

胸元に感じる彼の吐息。柔らかな感触を堪能していると、ダインはニーニアの胸に頬擦りしてきた。

夢にまで見たそのシチュエーションは、実際に体験してみると妄想とは段違いの幸福感があった。

体温は心地よく、その寝顔は至上の可愛らしさがあって、こちらに甘えるように擦り寄ってくる。

そのとき、ニーニアがダインに対して抱いていた感情は、愛情そのものといってもよかっただろう。

眠たくなるどころか興奮して仕方なくなってきたそのとき、ニーニアは自身の体の奥から何かむずむずしたものを感じた。

「え…?」

未だかつて味わったことのないもので、体の芯が震えるような感覚に襲われる。

まさか…と思った次の瞬間、ニーニアの腕や胸の辺りから光り輝く結晶が現れた。

薄暗い部屋をぼんやりと照らし出すそれは紛れもないホワイトピュアで、重力のあるものだったのか下で眠るダインの顔に落ちていく。

「あ…あっ…」

慌ててそのホワイトピュアをどかそうとしたが、羽毛のように軽い物質で触感がないらしく、うまく掴めない。

次々とダインに落ちていき、雪が積もるように彼の顔が見えなくなっていったが、次第に雪が溶けるようにして彼の肌に沈み込んでいった。

ホワイトピュアが実際に溶けているわけではない。無意識ながら、ダインがその結晶を吸収しているようだった。

「んん…」

彼にもむず痒さが伝わったのか、ダインが動く。目が覚めてしまうのかとニーニアが焦っていると、突然彼の方から腕が伸びてきた。

ニーニアの後頭部に回され、そのまま抱きしめられてしまう。

「んぷっ」、と声を出してしまった彼女は一瞬何が起こったのか分からなくなったものの、間近で彼の心音を聞いてすぐに状況を理解した。

ホワイトピュアの影響か、いつの間にやら小型化の魔法の効果が切れてしまい、顔面にダインの広い胸板が押し当てられている。

途端にニーニアは頬が真っ赤になり、緊張で胸が高鳴ってきたものの、感情は昂ぶるばかりで止まる気配はない。

結果としてホワイトピュアが次々にあふれ出てきてしまい、触手に絡まれたときのようにダインに吸収されていってしまう。

自身の中から出たものを吸われる。

まるで授乳しているようだと思ってしまったニーニアは、また恥ずかしさに襲われた。

羞恥心の余りどうにかなってしまいそうだったが、母性本能としてはこの上なく満たされた気持ちでいっぱいだ。

授乳するようにダインに魔力を分け与え、そんな彼からは熱い抱擁を受けている。

次第にニーニアの表情はうっとりとしていき、「好きなだけ…いいから…」、と、そのまま目を閉じた。

ダインになら、いくら吸われてもいいと思ったのだろう。

母性が満たされるのなら、例えこの後シンシアたちに見つかったとしても構わないと思ったのだろう。

だが、彼女は気付くべきだったのかもしれない。

そのホワイトピュアをダインが吸収することにより、彼のヴァンプ族としての本能を強く刺激してしまっていたということに。

原初の石に触れ彼の中で“変化”が起きていたことに、ニーニアは気付かねばならなかった。

だがしかし、それはいまの彼女にとって土台無理な話だったことだろう。

授乳している状況に加え、ダインに抱きしめられているのだ。

思い描いていた夢以上の幸せな時間の真っ只中にいたので、そんな彼女が気付く由もない。

ダインから伸びていた触手がニーニアの背後でゆっくりと変形し、まるで一枚の毛布のような形となって、ニーニアの全身に覆いかぶさろうとしていた。



「でもあまり刺激しない方がいいのよね」

シエスタとシディアンの語らいは、深夜直前の時間になっても続いていた。

小腹が空いたので軽いサラダを突付きつつ、「触手を?」、シディアンがシエスタに尋ねた。

「ええ。理性が弱まった中で、触手を刺激し続けるとどんな動きをするか分からないのよ」

同じくサラダを食べていたシエスタは、そのドレッシングの美味しさに驚いて、市販のボトルから成分表を眺めている。

「触手が勝手に暴れだすということ?」

やや不安げに尋ねてくるシディアンに、「もちろん害を及ぼすようなことにはならないんだけど」、シエスタはそう前置きして、続けた。

「自分にも予想の出来ない挙動を見せるから、怖いときもあるのよね」

「例えば?」

「例えば…肌を貫通して内臓まで入り込んだり、内側から直接吸われたりね。丸ごと包まれたこともあったかしら」

「触手に?」

「ええ」

「す、すごいのね…」

想像力豊かなシディアンは、その光景を想像したのか軽く身震いしている。

「実体はないから皮膚が切れたり内臓から出血するということはないんだけれど、それでもねぇ」

なかなかにヘビーな話になってきたが、シディアンにとっては十分に刺激的な話だ。

もっと触手のことを尋ねようとしたが、「ああ、それともう一つすごいのが」、シエスタが触手の珍しい挙動について先にいってくれた。

「丸ごと包まれて、そのまま飲み込まれることもあるそうよ」

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