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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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六十九節、絆の力

そこはリステン邸のニーニアの自室よりもぬいぐるみに溢れていた部屋だった。

見るからに可愛らしくて触り心地の良さそうなそれらを、シンシア、ティエリア、ルシラは両手一杯に抱えている。

「はぁ〜…たまんないよぉ…」

シンシアのとろけるような顔はティエリアやルシラにも伝わっており、同じように息を吐いていた。

「今日はもうこのまま寝よう…すごく良く眠れそうだよぉ…」

「ふふ、確かに」

笑顔のティエリアは、そのまま椅子に座って恥ずかしそうにしているニーニアを見る。

「ニーニアさん、無理をいってすみません」

ペリドア邸のニーニアの部屋に押しかけるように来てしまったことを詫びると、ニーニアは顔を赤くさせながらも、「い、いえ」、と首を横に振る。

「みんな来てもらってるんだし、色々と見てもらいたい気持ちもありますから…」

そう話す彼女の背後には勉強机があり、その上には見覚えのある特徴を持ったぬいぐるみが並んでいる。

それはニーニアが一番のお気に入りだったぬいぐるみたちだった。その髪型と背丈、服装から、シンシアたちを模したものだというのが分かる。

「ダインさんには内緒にしておきますから」

そのぬいぐるみだけは秘密にしておきたかったのだろう。シンシアたちが入室する直前まで、ニーニアはあたふたしていた。

特にダインにだけは本人のぬいぐるみの存在を知られたくなかったようだ。その理由は、まさにそのダインのぬいぐるみにある。

「音声再生機能つきのぬいぐるみは珍しいよね」

ニーニアの特別製だった。ぬいぐるみの中に仕込まれた小さな再生石には、ダインの声が入っている。

その声は機械音声ではなく、彼の声をこっそり録音して、その断片を違和感のないように繋ぎ合わせたものだった。

「おはよう」、「おやすみ」、といった挨拶の声から、「頑張れ!」、「さすが!」、といった応援系まである。

盗み録りした上にそんなものを作ってるなんてと、ダインに知られたら絶対に引かれる。何としてでも秘密にしておきたかったようだ。

だから散らかってると適当なことをいって、彼だけ入室を拒んでいたのだ。

ダインには悪い事をした。ぬいぐるみをどこかに隠して、後日ちゃんと招き入れよう。

「それで、ニーニアちゃんはいつもこの私たちのぬいぐるみと一緒に寝てるの?」

シンシアがそう尋ねてきて、ニーニアは顔を赤くさせたまま頷く。

ベッドの周囲にはシンシアとティエリア、ルシラのぬいぐるみを置き、胸にはダインのぬいぐるみ。

そうして彼女たちに囲まれて寝るのが日課だと正直に告白したところで、シンシアたちの顔はにんまりとした笑みを広げていった。

「ほんっとに、可愛いなぁ、ニーニアちゃん」

シンシアはたまらずニーニアを抱きしめ、ティエリアとルシラも彼女の周囲に集まる。

「じゃあ今日は、実際の私たちに囲まれながら寝てみよっか!」

笑顔のままシンシアがいうと、「い、いいの?」、ニーニアも嬉しそうな顔になった。

「というか最初からそのつもりだったし」

「ふふ、よろしくお願いします、ニーニアさん」

ティエリアも笑っていったところで、「るしらも!」、一番小さなルシラが、ニーニアの胸に飛び込んだ。

「あはは、うん」

ニーニアは笑ってルシラを抱きとめる。

もうそろそろ就寝時間だ。彼女たちはフリフリのパジャマ姿で、どれも可愛らしい。

「ほんとはこの中にダイン君もいたら最高なんだけど…ダイン君恥ずかしがりだから、さすがに難しそうだよねぇ」

シンシアのその台詞により、ニーニアたちはダインと同衾という状況を想像し、途端に顔を赤らめていく。

「あ、そういえば、ニーニアちゃんがダイン君を寝かせる計画も果たせなかったよ」

思い出したようにシンシアがいうと、「う、ううん、それはもう…」、ニーニアはいった。

「子供になったダイン君を、いっぱいお世話させてもらったから…」

ダインにとっては羞恥しかなかっただろうが、ニーニアにとっては夢のような時間だったことだろう。

夕食後、ニーニアは本当にダインと一緒に風呂に入ったのだ。

子供状態のダイン相手ならば、羞恥心よりも母性本能が前面に出ていたニーニアには、裸を見られることにそれほど抵抗はなかったらしい。

ルシラも交えて風呂に入り、体を洗わせてもらい、そしてパジャマに着替えさせ、歯磨きまでさせてもらった。

お世話の連続にルシラは身も心も満たされたような気分でいて、現在の彼女はもうその余韻で胸がいっぱいだ。

何しろ、子供のダインの世話ができたのだ。短い時間だったが、幸せでしかない瞬間だった。だからこれ以上の高望みはしてはいけない。

本音を言うならば、シンシアのいう通り確かに一緒に寝られれば最高なのだが…。

「今度は私たちもお世話したいですよね」

シンシアがティエリアにいうと、ティエリアは「はい」、と大きく頷いた。

「ですが、ダインさんが次にお子様になる魔法がかかる機会は訪れるのでしょうか…」

つい先ほど、ダインにかけられた不思議な魔法の効果は解けたようだった。

何かきっかけがあったのか単なる時間切れかは分からないが、誰が触ってもダインは大きいままになってしまった。

肩を落とすシンシアたちは明らかに残念そうにしていて、ダインは喜ぶに喜べない表情をしていたのだが…。

「…ルシラちゃん、“向こう”のルシラちゃんに、もう一度あの魔法をダイン君にかけるよう呼びかけてみてくれないかな?」

シンシアはルシラに向かって頼み込んだ。「いますぐにとはいわないし、タイミングが合えばでいいんだけど」

“本体のルシラ”については、シンシアたちはダインから説明を受けていた。その上で、子供のルシラに頼んでいるのだ。

「う〜ん、むこうのるしらと話せたことはないけど…」

難しそうな表情で首を捻るルシラだが、「でもやってみるよ!」、シンシアたちの頼みならばと、笑顔でいった。

「ありがとー!」

嬉しくなったシンシアたち三人はルシラを抱きしめ、全員の笑い声が部屋の中に響き渡る。


うら若き乙女たちのその笑い声を一階で聞いていたダインは、客室で晩酌を嗜んでいたジーグとシエスタら両親と会話中だった。

下克祭のこと、ルシラのこと、サラから報告を受けていたはずだが、ダインからも改めて説明していたところだ。

「楽しい毎日が送れているようで何よりだな」

ジーグは呑気にいい、紅茶で薄めたブランデーを口にする。

「もう心配はいらなそうね」

ベッドメイキングを済ませたシエスタは、旅行カバンの中身を確認している。

「それでダインよ、明日は何か予定があるのか?」

話題を切り替え、不意にジーグが尋ねた。「先ほどもいった通り、明日はヴォルケインの再封印を施す予定だ。それが終われば私たちも帰路につく予定なのだが」

一緒に帰ってはどうだろうと尋ねているのだろう。

「あー、じゃあ終わるの待たせてもらおうかな」

別々で帰る理由もないと思ったダインはそういった。

「何だったら、再封印の現場を見学してみるか?」

と、ジーグは予想外なことを言い出した。「規制線が引かれるとはいえギャラリーも来てしまうだろうし、見学程度なら認めてくれるはずだ」

明日の予定はニーニアから特に聞かされてなかったことを思い出したダインは、「いいのか?」、ときいた。

「守秘義務だのなんだの聞いた気がするんだけど」

「知られてならないのは封印を施す決行日だけだ」

ジーグは答えた。「封印方法については特殊なので真似ができないだろうし、大規模なものになるから隠し通すことも難しいだろうしな」

「ドワ族の技術力をアピールする狙いもあるでしょうし、むしろマスコミ各社にリークしてるかも知れないわね」

そういいながら他に買うべき土産はないか確認していたシエスタは、手帳のリスト表にチェックをつけている。

「悪巧みを考える人たちが事前に何か仕掛けてくる可能性を考慮して、決行日だけは隠していたのよ」

「なるほどな」

「それでどうする?」

ジーグにきかれ、ダインは「う〜ん」、と考え込んでしまう。

伝承上の存在を目の当たりにできるのだ。シンシアたちも興味があるだろうし一緒に行く気ではいるのだが、問題はルシラだ。

マスコミやギャラリーが集まってしまうのなら、連れて行かない方がいいのではないだろうか。

「ルシラはシディアンさんとカヤさんが送り届けてくれるらしいわよ」

シエスタがこれまた意外なことをいった。「あの子を連れて海や山を私たちが飛び越えていくわけにはいかないからね」

確かに彼女の言う通りだ。背負ってはいけるのだろうが、乗り物酔いや気候の変化など、移動中にルシラに何かしらの悪影響が出てしまうかもしれない。

「連れて来たのはニーニアちゃんだから、責任を持って帰してくるっていってくれたわ」

「そのついでに村の見学もしたいそうだ」

グラス片手に、ジーグが微笑む。「主に土産物屋や作業場を見て回りたいそうだぞ」

どこかうきうきとして見えるジーグの様子に、彼が何を期待しているのか分かったダインは肩をすくめる。

「ニーニアの友達がどんなところに住んでいるかの、単なる興味本位だろ。過度な期待はしない方がいいんじゃないか?」

「発展の取っ掛かりはどこに転がっているか分からん。リステニア工房の裏ボスといわれるあのお二方に覚えていただけるだけで、我々は大満足なのだから」

ジーグは早速村の職人達に全力でアピールするよう伝えたらしい。

「うまくいけば業務提携なんてことも…」

思わず野望を口にするジーグに何か忠告してやりたくなったダインだが、彼は村のことを第一に考えているのだ。

仕事の話は子供が口出しすべきじゃないと思い直し、土産を整理するシエスタの手伝いを始める。

「ああ、それで、ルシラの魔法の方はどうなったの?」

シエスタがダインに尋ねた。「まだ効果残ってるの?」

「いや、ようやく落ち着いたよ」

と首を横に振りつつダインがいうと、「結局なんだったのだ?」、ジーグも考えを切り替えて彼にきいた。

「あのような不可思議な魔法、何か目的があってのことだとしか思えないのだが」

事情を知らない両親に向け、「あいつなりの恩返しらしいよ」、ダインは小さく笑いながらそう答えた。

「恩返し?」

「ああ。普段のお礼にってさ」

夢での内容をかいつまんで両親に説明する。「何もしなくていいって伝えたんだけど、何かしたいって聞かなくて、あんな形になっちまったんだ」

「ダインを小さくさせることが恩返しに…?」

不思議がるジーグだが、野外で夕飯を食べていたダインの姿を思い出したシエスタは、「そういうこと」、くすくすと笑い出す。

「確かにあれだけの女の子達に囲まれて、ダインは嬉しそうにしてたものね」

「い、いや、嬉しくないことはないけどさ…」

うろたえるダインに、良く分からない表情でいたジーグ。

「“向こう”のルシラは、意外と策士かもしれないという話よ」

シエスタがヒントを出すものの、やはり彼は分からなかったようだ。

だが答えを知ったところで嫉妬しかされないと思ったシエスタは、「でもどうやったのかしらね」、と話題を少し逸らした。

「私たちヴァンプ族は、どんな魔法も一切受け付けなかった。多少の効果はあるものの、身長が伸び縮みするほどの影響を受けたことはないはずよ」

確かに、その点については謎だった。

ゴッド族の魔法すら退き、どんな強力な攻撃魔法を浴びせられても傷一つつかなかったヴァンプ族。

その血が濃いダインこそ、魔法とは最も縁遠い存在であるはずなのに、ルシラはどのような方法を使ってその影響を及ぼすようにしたのだろうか。

もしかしたら、これまで魔法の効かなかったヴァンプ族の歴史が塗り替えられるかもしれない。

そう真剣に考え出すジーグとシエスタに向かって、「多分、だけどさ」、ダインは予想を口にした。

「俺とルシラが何度も接触してきたせいじゃないかなって」

「接触?」

「ああ。精神論じゃなくて、物理的な話でさ」

ダインの仮説は単純なものだった。「俺が寝ている間、あいつから何度も吸魔されていた。ルシラにも“甘毒”に似た何かがあって、それが原因じゃないかって」

それは十分に考えうる話だった。

「内部での接触…内側からルシラの魔法の影響を受けるように変化させられたってこと?」

「じゃねぇかな。現状、その説が一番濃厚じゃないかと」

「なるほど、なくはないな」

ジーグが反応した。「色を混ぜた水で植物を育てると、葉や花の色が変わることがある。ダインの内部に接触することができるルシラならば、そのようなことができても不思議はないな」

「そうねぇ…あの子にしか為し得ない芸当か…」

どうやらヴァンプ族の歴史が変わるほどではないと思ったシエスタは、一瞬残念そうな顔をする。

しかしすぐに「ふふ」、と笑みを漏らし、ダインを見つめた。

「何だ?」

「いえ、我が子ながら、相変わらず面白い子ねって思って」

「ん?」

「これはあなただけに限った話じゃないけど、あなたは無限の可能性を秘めているわ」

その台詞の意味が分からず、ダインは「どういうことだ?」、ときいてしまう。

「無限の可能性を秘めるようになってしまった、というべきかしらね」

「え〜と?」

「あの子の魔法力よ」

笑顔のままでいたシエスタは続けた。「あの子からの度重なる吸魔を受けて、あなたの体内にはあの子の不可思議な力が流れるようになった。それは、悪く言えば侵食されたもの。よく言えば絆の力を得た」

「絆…」

「ええ。その絆の力を持ったおかげで、あなたはルシラの魔法を受けるようになってしまった。もしかしたら、魔力と聖力を同時に取り込んでも平気なのも、逆吸魔ができるのも絆の力のおかげかも知れない」

「これはすごいことなのよ」、シエスタの目は、ジーグのように輝きだす。

「他の種族の人であれば、その絆の力を得たとしても自分の中だけで終わってしまうでしょう。でも、あなたは吸魔という能力を持ち、触手を使えるヴァンプ族。信頼を寄せ合う人と、肉体を超えて繋がることができる。心を通わせあうことができる」

シエスタの隣でジーグは何度も頷いている。その満足げな表情は、息子に淡い期待を寄せているかのようだ。

「あなたの…いえ、ヴァンプ族の能力というものは、単純なものではないのよ。ともすれば他人に迷惑をかけてしまうものだから、これまであまり前に出ようとしなかったけれど、その気になれば大多数に影響を及ぼすことができてしまうかも知れない」

「つまり、その絆の力を別の誰かに分け与えることもできるかも知れないっていうことか?」

結論を尋ねると、シエスタは「ええ」、と頷いた。

「あくまで推論だけどね。絆の力というものがどのような力か分かってないし、あの子の魔法力とあなたの魔力が特殊な反応を起こして、ヴァンプ族の常識を覆す変革があなたの中で起きているだけかも知れないし」

「むしろそっちの説が濃厚かも…」、と呟くシエスタは、かつてヴァンプ族の謎に迫る研究者だった頃の血が騒ぎだしたのか、さらに続けた。

「そもそもダインはヴァンプ族の血が濃いのだし、吸魔のさらなるステップアップという可能性が…いえ、触手の変革ということも…」

「しれっと怖いこといわないで欲しいんだけど…」

ダインがいったところで、ドアの外から賑やかな声が聞こえた。

どうやらまだみんな起きているらしい。

「…ふむ、まだ寝るにはちと早い時間か」

グラスを手にしたまま、ジーグがふらりと立ち上がる。

「我々の報告会は一段落ついたし、種族間交流をまだもう少し続けよう」

リビングにいるギベイルたちの会話に混ざるため、彼はそのまま部屋を出ていった。

「酔った勢いで妙なこと言い出さないか見張らないと…」

夫を心配して、シエスタも廊下へ出る。

ダインはそのまま寝ようかと思ったが、夢の中でルシラにいわれていたもう一つのことを思い出し、彼もリビングへ向かう。


広いリビングには、ギベイルとカヤとシディアン、そして見知らぬ婦人が談笑していた。

「あら〜、いらっしゃい」

ジーグたちを見つけるなりシディアンは笑顔を向けてきて、椅子を勧めてくる。

「邪魔ではないだろうか」

椅子にかけながらジーグがきくと、「邪魔なもんかい」、カヤは人数分の飲み物を用意してくれた。

「ありがとう」、一言礼をいったシエスタは、「こちらの素敵な方は?」、隣で一瞬固まったようになっていた、ポニーテールの婦人を見た。

「ああ、この人はご近所さんだよ」

カヤが答えてくれた。「職人の主人のために、眠気覚ましにいいものはないかといつもこの時間に尋ねてきてくれてね、モニターとして試作品を使ってもらってるんだよ」

「こんばんわ。ガーネと申します」

その婦人はジーグたちに顔を向け、優しげな顔つきで丁寧に頭を下げてきた。

「こんな夜分遅くに押しかけてしまって申し訳ありません。騒がしかったでしょう?」

「いや、押しかけているのはこちらだよ」

ジーグは笑って酒を飲み干し、カヤが淹れてくれたお茶に切り替えた。「楽しい話なら我々も混ぜて欲しいと思ったまでだよ」

そしてジーグとシエスタ、ダインはそのガーネに自己紹介を済ませた後、「う〜ん、楽しいかしらねぇ」、ガーネは小首をかしげた。

「ジーグさんにとっては耳が痛い話かも知れないわ」

「ほう、何故だろうか?」

理由を尋ねるジーグに、「周りを見て欲しい」、ガーネはいい、ジーグは素直に周囲の面々を見渡す。

「ギベイルさんはいつも聞き役だから数に入れずに、私と、カヤさんとシディアンさん。みんな夫を持っている」

そこでガーネはにこりと微笑んだ。「このように婦人が集まれば、話題は自ずと決まってくるものよ」

そこで同じく微笑んだのはシエスタだ。

「ダンナの愚痴ね」

察してシエスタが笑うと、ガーネもその通りだとばかりにまた笑い声を上げる。

「家事を手伝ってくれないとか、手伝ってくれたとしても食器の洗い方が甘いだの、部屋の片付けは子供の方が上手だの、ジーグさんが聞いていて果たして楽しいのかしら」

「た、確かに耳が痛いな…」

ジーグは素直にいい、顔をしかめる。

「しかしまぁ、不満があるということは改善の余地はあるということだ。妻が隣にいる手前でこういっては何だが、他人事の面白話として聞きに専念するよ」

「ギベイル殿のようにな」、というジーグに、「ダンナの愚痴と聞けば私も黙ってられないんだけど、それでもいいのかしら?」、シエスタが鋭い目つきでそう切り返した。

「う、うむ」、ジーグは覚悟を決めたように、椅子に深く座りなおす。

「何でもいうがいい!」

でんと構えるジーグ。

「よし、じゃあいわせてもらいますけど」

シエスタが口を開いた瞬間、「いや待て!」、ジーグはすかさず止めた。

「何よ」

「その切り出しは私への直接の文句になってしまうのではないか?」

「愚痴をいって良いってあなたいったじゃない」

「愚痴と文句は違うであろう!? お前の文句はいつも私の心を抉るから聞きたくないのだ!」

「ええ、だから愚痴のつもりなんだけど」

「そういいつつこちらにしっかりと体を向けているのはどうしてなのだ?」

「聞きに専念するんでしょ? だからしっかり聞いてもらおうと思って」

「愚痴を…なのだな?」

「ええ、愚痴」

「じゃあ、まぁ…それなら別に…」

致し方なしとジーグが構えた瞬間、

「口が臭い」

シエスタの一言が炸裂した。

「文句!?」

ジーグは仰け反るものの、「イビキがうるさい」、シエスタは追撃する。

「食べ方が汚いし下着の趣味が幼稚」

「文句じゃん!?」

「服の表裏をよく間違えるし字も汚いし、ビビリで見た目だけ威厳があって最近薄毛を気にしだして…」

「ちょちょちょちょちょ!! 文句じゃん! 止まらないじゃん! ぐいぐい抉るじゃん!! 胸の穴開いちゃうよ!?」

突如始まった夫婦漫才に、シディアンたちはどっと笑い出す。

「その辺りのお話もっと聞かせてもらっていい?」

目を輝かせながらガーネが詰め寄ると、「ええ、もちろん」、シエスタは頷いた。

「いや、もはや悪口だから…」

ジーグはげんなりしているが、カヤとシディアンも混じってシエスタの独演会が始まった。

「ふふ…」

女たちの笑い声に混じって、ギベイルも声を漏らす。しかしその目は半開きだ。

湯飲みを持ったまま上体が揺れだしており、「そろそろ寝室にいってはどうだい」、とカヤがいった。

「後はやっておくからさ」

「ああ…うむ、そうさせてもらおうか…」

ギベイルはあくびと共に立ち上がる。

立ち去り際に足を止め、「ぺ…いや、ガーネ殿、よろしく頼んだよ」、眠たげな様子でそういった。

「あ、え、ええ、おやすみなさい」

一瞬ガーネはぎょっとした表情を浮かべるものの、すぐに笑顔で手を振る。


「あの、寝る前にちょっといいっすかね?」

寝室へ向かおうとしたギベイルの背中に向け、廊下まで追いかけていたダインはそう声をかけた。

「おお、ダインか。どうしたのだ?」

「迷惑じゃなければ、ちょっと見せてもらいたいものがあるんすけど…」

孫娘の友達が自分に用があるとは意外だったのか、「ほう?」、と尋ねる彼は徐々に目が覚めていく。

「原初の石…っていうの、持ってません?」

ダインがそうきくと、ギベイルは驚いた顔になった。

「ニーニアから聞いたのか?」

情報の出所をきく彼に、夢で見たと正直にいうわけにもいかなかったダインは、「まぁ、はい」、と頷いた。

「珍しい石とか好きだったので、よければと思いまして」

駄目元できいたダインだったが、ギベイルの返事は快いものだった。

「こっちだ」

案内された先は、ギベイルの自室だった。

天才にありがちな光景なのか、その部屋はどこよりも物で溢れかえっている。

本棚に収まりきれない辞典や書物がそこら中に積みあがっており、乱雑に置かれた試作品や何かの部品で足場もないほどだ。

「そこで待っているといい」

ダインにそういって、彼は板や本といった平たいものを足場にして奥へ向かっていく。

そして雑貨の山の手前でしゃがみ込み、がちゃがちゃと漁り始めた。

「ん、これだこれだ」

その中から一つの大きな箱を取り出して、再び足場を選びながら戻ってくる。

その特大の木箱には、中央に大きな字で“鉱物コレクション”と書かれてあった。

「これはワシがこれまで手がけた素材や、かき集めた鉱物をコレクションしていたものなのだよ」

ギベイルはそうダインに説明しながら箱の蓋を開ける。さいの目に区切られた中に小さな鉱物たちが収められているのが見えた。

白や黒、赤に青、緑に紫。濁ったものや透き通ったものまであり、結晶のように尖ったものや表面がつるつるしたものまで様々だ。

「おおー」

まさにコレクションそのものの光景で、珍しい色や形をした鉱物の数々にダインは声をあげてしまった。

「一般的に有名なのは、ルビーやエメラルド、サファイアにダイヤ等だろうな」

ギベイルの説明を聞きながらダインが興味を示したのは、黄色と赤が混ざり合い、黄金色のような光を放つ鉱物だ。

「それはヒヒイロカネだな」

「え、マジっすか!」

驚愕したダインは、「触ってもいいぞ」、とギベイルの承認を得てからその鉱物を触らせてもらった。

その形は道中に落ちている小石と変わらない。ごつごつした石だが、手触りはつるつるしている。

照明の光に反射し、角度によっては赤や橙の色に見える。夕日のように色をグラデーションに分ける角度もあって、思わず見入ってしまった。

「もう手に入らないんすよね、これ…相当高いんじゃ…」

「コレクション品としては、この中では一番だろうな」

ギベイルはいい、「絶金剛石を超えるだろう」と続けると、ダインは途端に恐縮して、壊さないよう注意を払いながらヒヒイロカネを元の場所に戻す。

「いや、でも全部綺麗っすねぇ…」

「分かるか?」

「はい。何千年もかけてこんな色と形になったってことでしょ。この世界の全てを濃縮されてるっつーか…ロマンを感じますね」

ダインが目を輝かせていうと、ギベイルは髭を揺らして笑い出す。

そしてダインは当初の目的も忘れ、一つ一つの鉱物を手にとって眺めだした。

「っはー、かっけぇ…ずっと見てられる…」

少年の顔そのものになった彼をしばし見つめていたギベイルは、「ところでダイン。ワシの孫娘であるニーニアのことはどう思っているのだ?」、唐突にそう尋ねた。

「え?」

鉱物を手にしたまま顔を上げたダインに、「どう思う?」、再度尋ねる。

「どうってきかれても…」

突然すぎる質問にダインはしばし困惑したが、それでも「優しくて友達思いの、良い奴っすね」、と答えた。

「初対面のときはずっとおどおどしてて、見てるこっちが心配に思ってたほどなんすけどね」

ダインはさらに続ける。「優しすぎる分不安もあるんすけど、芯は持ってるし相手のことをちゃんと見てるし、気遣いが半端ない。色々とほっとけない奴っすかね」

そのダインの本心を聞きながら、ギベイルは徐々に笑みを浮かべてしまう。

「ふ…そうか」

彼が何より嬉しかったのは、ダインがニーニアのことを“リステン家の娘”として見ていなかったことに尽きる。

ダインは昔からそうだったのだろう。家柄や血筋など、重要視されがちな“外面”は、彼は見向きもしない。相手の性格や考え方、そのものを見ている。

親の教え方が良かったのか、それともそんな親の背中を見て育ってきたからなのか、彼の視点は“その他大勢”のものよりも大分違っているようだ。

「あ、それとこれはいまも変わってない、ニーニアの第一印象なんですが」

ダインはこっそりと、ギベイルにいった。「何より可愛いっす。性格も顔も。全部」

真っ正直な言葉を聞いて、ギベイルは「はっはっは!」、高らかに笑い声を上げてしまう。

「そうか。そうだろう」

すっかり眠気の吹き飛んでしまったギベイルは、「それならいいんだ。ニーニアのこと、よろしく頼むよ」、そういって、コレクション帳の端の出っ張りを押した。

するとからくり式の板が自動で動き出し、二段目が現れた。

一段目よりも光り輝く鉱物たちが目に入り、「うおっ!?」、ダインは思わず驚愕の声を出してしまう。

「それらはワシの“とっておき”たちだ」

照明の光を受けずに発光している鉱物や、透き通った中で水面のように色を変えていく鉱物まである。

「す、すげぇっすね…これ…」

「ワシにとっての宝物だな」

その中で一際輝く鉱物を見つけたダインは、触れようとする前に「それが原初の石だ」、ギベイルが説明を始めた。

「天上神エレンディアが、この世に降り立って初めて触れた物体といわれているが…真偽のほどは定かではないな」

「え、そうなんすか?」

「その石を形成する基本的な粒子は、隣の絶金剛石と変わらないからな」

ギベイルのいう通り、確かに透明度合いや光の反射具合は同じに見える。

「七英雄が使った武具や大魔法使いが愛用していた杖など、伝説の武器として特別な力が宿っていると思われがちだが、その物自体の役割は同様の武器防具と何ら変わりない」

ギベイルはさらに続けた。「そこに付加価値をつけているのは、その豪傑たちの実力なり名声なりを知っている者がつけているだけに過ぎん。もちろんその豪傑に特別な力があり、扱う武器防具がその力の影響を受けてしまうということはあるだろうが」

しかし稀だな、というギベイルの話を聞いて、ダインも「確かに」、と頷いた。

「つまりこの石も、粒子が同種のものと変わりないから、原初の石だという科学的な根拠はないってことっすか」

「ああ。それを初めて手にしたのがリステン家の初代で、触れた途端アイデアが溢れ出てきて七英雄の武具を作るに至ったという話らしいが…それも他所が勝手に広めたもののようだからなぁ」

「ワシが触ってもなんともない」、とギベイルはその石を握りしめるが、確かに彼には何の変化も見られない。

「ただ他の石よりも輝き方が違う程度で、いくら調べてもそれらしい証拠が出てこないんだよ。立証のしようがない」

「そう…っすねぇ…」

ギベイルの説明を聞くたびに、その石が本当に原初の石かどうか怪しくなってきたが、「これでいいのなら」、とギベイルがこぶし大の石を差し出してきた。

「あ、すみません」

ダインは手のひらを差し出し、その石を受け取る。

確かに触れてみてもなんともない。ただ宝石のように綺麗な以外、特別なものは何も感じない。

やっぱり普通の石なのでは…。

そう思い、ギュッと握り締めてみた…その瞬間だった。

握った石から電流に似た刺激が伝わる。と同時に、強烈な意思のようなものが流れ込んでくるのを感じた。



脳裏に浮かぶのは晴れ渡った青い空。

まるで自分が遥か上空を飛んでいて、眼下に広がる大陸を眺めているような光景だった。

この光景は何なんだと思った瞬間、突如その大陸の至るところから爆発が起こり、煙が巻き上がる。

人々が争っているのが見え、大勢の軍隊と軍隊がぶつかり合っているのも見えた。

攻撃魔法が飛び交い、炎はさらに広がり、魔法の激しい応酬によって大地は歪んでいく。

その凄惨な光景はまさに戦争のようだった。

(これは…いつの時代だ…?)

混乱していたダインがそう思ったとき、突如頭上が真っ赤に光った。

顔を上げると、暗闇に覆われた空から隕石に似た巨大な炎の塊が落ちてきたのが見える。

その塊は争いに明け暮れる人々の上に落ちていき、周囲の何もかもを吹っ飛ばすほどの爆発が巻き起こった。

直撃を受けた兵士たちは跡形もなく消し飛んでいってしまい、逃げ惑う人々の頭上に次々と降り注いでいく。

そこに女子供といった区別はなく、混乱し泣き叫ぶ子供にも炎は迫っている。

森も家々も炎に包まれ、地中から火柱が噴出し、目に見えるもの全てが破壊されていく。その光景は地獄絵図に近い。

一度で多くの人々を焼失させていくそれは、とても常人が扱えるような魔法ではなかった。

その魔法には禍々しいものを感じた。

その気配は頭上から感じていて、ダインは再び顔を上げると、そこには…


━━夜空を覆いつくすほどの、全てを飲み込むような真っ黒な“顔”があった。



「━━っ!?」

ダインはハッとして目を開ける。

彼の胸は激しく脈打っていた。

先ほどの光景が頭から離れず、しばし胸を押さえたまま動揺を落ち着けようと呼吸を繰り返す。

あれは夢…夢なんだ…。

目を閉じて何度も自分に言い聞かせているうちに、ようやく動悸が治まってきた。

きっとあの“石”を触ったせいだろう。あの石に宿るエレンディアの記憶が、ダインにまで流れ込んできてしまったのだ。

つまりあの光景は混乱期のもの。レギオスが出現した瞬間のものだ。

原初の石は本物だったのだ。

ギベイル爺さんに伝えないと…。

そう思って目を開くダインだが、周囲を見回してまた混乱してしまった。

そこはリステン邸ではなかった。

いや、リステン邸どころか、そこは…この目に映る“世界”は、普通ではない。

そう瞬時に悟ったのは、ダインのいる地面、頭上、壁…それらが全て、無機物には見えなかったからだ。

視界に映るもの全てがピンク色をしており、平らな場所はなくでこぼこしている。

それはまるで生肉のようで、生きているのか脈動している。

「な…なん…だ…これ…」

サラの特訓により強靭な精神を持っていたダインでも、さすがにこの光景には驚きを隠せなかった。

まるで何か巨大な生き物の体内にいるかのようだ。

肉壁には体液なのかなんなのか分からないぬめりがあり、自然に発光しているのかてらてら光っている。

おかげで全体を見回せるが、やはりこの状況が何なのか全く分からない。

まだ夢の続きなのかとも思った。

しかし意識ははっきりしているし、いくら待っても目が覚めそうな感覚もない。

そもそも前後の繋がりが分からない。

原初の石に触れた瞬間、エレンディアの記憶を見せられ、目を覚ますとこのような奇妙な場所にいたのだ。

本当にここは何なのだろう。自分に何が起こっているのだろう。

“向こう”のルシラが、また新たなサプライズでも仕掛けてきたのだろうか。

考えながらとりあえず歩みを進めるダインだが、彼がさらなる混乱と衝撃に襲われたのはその直後のことであった。

「ん…?」

前方にぼんやりと見えてきた、ひとつの巨大な肉の柱。

その中腹辺りに、何かが見える。

それが何であるかを理解した瞬間、ダインの思考は全てが吹き飛んだ。

「え…は…?」

肉の柱にある“もの”。

そこに埋められていた誰か。


それは━━ニーニアだった。

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