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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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六十八節、円卓

会議室の円卓にかけた面々を見るなり、男は胃が締め付けられるような思いでいた。

声をかけ入室したのに、二回り以上年下である彼らは、こちらを見向きもしない。

「す、すみません、何も分からなかったです…」

ガーゴ組織の“ナンバー”である彼らに、男は怯えた様子で頭を下げる。

「━━そうですか」

会議中だったのか、エル族の女…ジーニ・ジルコンは男を見ずにいった。

「えー? 何も?」

ジーニの対面にいたヒューマ族の男、シグ・ジェスィだけは残念そうな声を出して中年の男に顔を向ける。

夜の遅い時間だった。円卓に座っていたガーゴの幹部たちは、手元に一枚の書類を持っている。

「もう下がっていいですよ」

ジーニがいうと、「は、はい」、ロドニーは肩を落としたまま一礼し、隅で控えていたクレスと一緒に会議室を出て行く。

「これは珍しくジーニちゃんの当てが外れたということかなぁ?」

シグはにやついた目をジーニに向けた。

「本土に帰らずずっと人工物に囲まれていたから、エル族としての感覚が鈍ったとか?」

「静かにしてください」

そういって、ジーニはシグを睨む。

一つも二つも立場が上の彼を見るその目つきは鋭くて、「おーこわ」、シグは軽い調子で椅子の背にもたれた。

集中して“目”の魔法で“屋敷”の内部を思い出していた彼女は、やがて小さく息を吐く。

「向こうにも優秀な詐欺師がいたということでしょう」

ジーニの表情から考えを悟ったエンジェ族のサイラ・キーリアは、やや声を明るくしていった。

「それに“そっち”はついでのようなものですし、議題はあくまで明日のことなのですから」

「その通りだ」

また茶化しそうなシグを遮るように、円卓の上座にかけていたエンジェ族の男、カイン・バッシュがいった。

「明日は予定が詰まっている。どうでもいいことに時間を割いて本番がおざなりになっては意味がない」

幹部組織、ナンバーの“セカンド”であった彼は、トップである総監より二番目に権力のある存在だ。

当然誰も彼に逆らうことなどできなくて、冗談をいえぬ空気にシグはつまらなさそうに頬杖をつく。

「“彼”については、勧誘の件も含めて一旦保留にしよう。下手に刺激して騒がれても厄介だ」

「そのまま潰してもいいんじゃないですか?」

いきなり物騒なことを言い出したのはサイラだった。「色々と勘付かれてるようですし、面倒なら一思いに。そういうのに得意な方がいらっしゃいますし」

ね、とサイラが顔を向けたのはジーニだ。

「カイン様が仰られるのでしたらいつでも」

やる気を見せるジーニだが、カインは「下らん」、と切り捨てる。

「先ほどもいったように、どうでもいいことに時間を割いては本質を見失うだけだ。こちらが動けば動くほど、相手に情報を与えているということを忘れてはならない」

その彼の台詞は、部下のロドニーとクレスを独断で調査に向かわせた、ジーニの行動を暗に責めていた。

「相手のことを完璧に把握し、どのように動いてくるかを予測した上でこちらの行動を決めるべきだ。そこに感情というものを挟み込んではいずれボロが出る」

「…申し訳、ありません」

ジーニは大人しく頭を下げる。気の強い女が屈するのが面白かったのか、シグは息を吹き返したように笑い出した。

「それで? 慎重にいくべきだっていいながら、明日はこんな大胆なことをするのか?」

彼は持っていた書類を手に、それをひらひらと振る。

「“お披露目会”ってわけか。あんたもなかなか面白いこと考え付くねぇ」

「私の考えではない」

カインは眉間に皺を寄せながら、忌々しそうにため息を吐く。「あのお方からの辞令だ。未完成でもいいから経過を見せろというスポンサーの意向もある」

「あれだけ大規模な実験と研究を繰り返してたんだから、さすがに資金が圧迫されただろうしな」

シグは笑いながら続けた。「資金繰りの解消に、世界各国への宣伝か。いいねぇ」

満足そうにいう彼だが、「しかしこの場に俺もいたらもっとよかったんだけど」、という。

目立ちたがりな一面を覗かせるシグに、「今回も君の出番はないよ」、カインはきっぱりといった。

「面倒ごとは起こしたくないし、何より“君たち”が動くほどのことではない」

「買いかぶりすぎだろ」

笑いを交えてシグは肩をすくめるが、「今回の主な目的は宣伝以外にない」、反論は許さないとばかりに、カインは鋭い視線を彼に向けた。

「“君たち”は秘密兵器とされている。その部隊が動いて解決してしまっては、研究の成果が示せないどころか宣伝にすらなりはしない」

有無を言わせぬ空気に、シグは面白くなさそうな顔で「へーへー、大人しくしてますよ」、顔をそっぽの方向へ向けた。

「大人しく、“こいつ”を使ってりゃいいんだろ」

シグが見つめる先には、明かりの届かない暗がりがある。

その暗がりから、何かがゆらりと動いたのが見えた。

「いまどんな調子だ? 明日は大丈夫なのか?」

ジーニとサイラの視線もそちらへ向けられ、その“何か”へ向けて、シグが声をかける。

「━━ああ」

暗闇から、低く暗い男の声が返ってきた。

「やけに体がけだるいが、頭は妙に冴えている…大丈夫だ」

ろうそくの炎が揺れ明かりが動き、その男の顔を僅かに照らし出す。

両手と両足を放り投げたまま、椅子にぐったりとかけていた男の顔はやせ細っており、目の焦点が合ってない。

顔色も悪く明らかに体調不良のように見えるが、その表情に浮かんでいたのは薄気味悪い笑みだった。

「そろそろ“狩り”にも飽きてきた頃だからなぁ。これぐらいの刺激がないとな」

「刺激っつっても、明日の計画を実行中はほぼお前の意識はないものだと思うんだけど」

「ああ、それがこの副作用なんだろ。別にいいぜ」

間延びした声のまま、男は続ける。「おかげでこれだけ強くなれたんだ。多少のリスクは覚悟していたさ」

「多少、ねぇ…」

シグは薄く笑いながら、前方にいたジーニを見る。

彼の言いたげな視線を受けた彼女は、「本人の承認があるから問題ないです」、目を閉じつついった。

「“パンドラ”の使用に関するいかなるトラブルも、ガーゴ側に責任追及はできないと、彼と契約を交わしておりますので」

「未成年の場合にはその限りじゃないんじゃないのか?」

シグが指摘した。「そもそも未成年を相手に治験するのも大問題だと思うんだけど。どんな危険性を孕んでいるのかもまだ分かってないのにさ」

「本人の意向ですよ」

サイラが答えた。「向上意欲のある素晴らしい生徒ではないですか。将来性のある若者の未来を、大人が邪魔してはいけませんわ」

相変わらず上っ面だけはいい言い方をするサイラに、シグは表情を歪めて「ケッ」、と顔を背ける。

お前等がやってることは、その若者の未来を奪うことじゃないのか。

そういいたかったが、いっても無駄だろうしシグ本人も善人面するつもりもない。

「いまさら怖気づいたんですか?」

小馬鹿にしたようなサイラの視線を感じつつ、「アホ抜かせ」、シグは言い放つ。

「何かあったら俺に損害来るんじゃないかと思っただけだ。契約の細かいところとか、そっちはマジで大丈夫なんだろうな?」

「問題ありません」

ジーニはもう一枚の書類を取り出し、シグの前に滑らせた。

「ご心配でしたら、途中で自動操縦に切り替えて離脱されてはいかがでしょう」

契約内容を読み込んでいたシグは、途中で面倒になったのか「そうさせてもらうよ」、書類から目を離した。

「それよりよぉ、“こっち”でも何か面白いイベント企画してくんねぇかなぁ?」

暗がりにいた男がいった。「狩りは飽きたし、退屈だと感じたら何するか自分でも分かんねぇぞ?」

男から漂う異質な魔法力は、その会議室全体を包み込んでいる。

男の感情によって空間が捩れたようになり、男だけじゃなく部屋からも禍々しいものを感じた。

「安心したまえ」

カインが聖力を発し、男から漂う魔法力を押さえつける。

「来月の初め頃、君の期待に添えられるような催しがある」

「へぇ?」

「その件についても我々は動くつもりだし、君にも協力してもらう予定だ」

「へへ。一応、期待しとくぜぇ? そろそろ学校でも暴れたいと思ってたところだし」

「ああ…」

腕を組み、思案した様子のまま、カインは目だけを動かし暗がりに向けた。

「だから、それまでは耐えていてくれ━━ジグル君」



「お疲れさん」

休憩室にある自販機からコーヒーを買ってきたロドニーは、ソファにかけていた部下のクレスに差し出した。

「あ、すみません」

クレスは礼をいって甘口のコーヒーを飲み、ロドニーも缶を傾けつつ彼の隣に腰掛ける。

「もっと華やかなものを期待していたんですけどね」

タバコに火をつけ、もわっとした息を吐き出しつつクレスはいった。

「逃げる指名手配犯を追いかけて逮捕とか、贈賄容疑をかけられた議員を取調べとか、この組織に入れると決まったとき、そういうのを夢見ていたんですけどねぇ」

「最初の頃はみんなそうさ」

同じくタバコの煙を吸いながら、ロドニーは皺の目立ち始めた顔を歪めて笑った。

「俺だって新米の頃は希望を胸にガーゴに入った。この街を…いや、大陸を守るんだと燃えていたこともある」

「だが現実はこんなもんさ」、白い息を吐きながら、天井にある照明を見つめる彼はどこか諦めたような表情をしている。

「ペットの捜索とか住民トラブルとか、困った人がいてその解決になる仕事ならまだいい。だが俺たち末端に押し付けられた仕事は、本部から出た不明瞭な書類の始末や嫌疑がかけられた人物の証拠作りとか、誰のためにやっているか分からないものばかりだ」

愚痴をいい始めたロドニーに、「特に最近はひどいですよね」、クレスも追従した。

「追いかけたくもない男子学生のケツを尾けたり、屋敷を調べろといってきたり。理由も目的も教えてくれないんですから、どうしようもないですよ」

憤るクレスは、「それにいま何時ですか」、さらに続けた。

「本来であれば非番ですよ今日は。休日出勤した上に残業までさせられたのに、上層部からは労いの言葉がないどころか成果がないと睨まれた。どこよりもブラックですよガーゴって組織は」

彼の怒りも尤もだろう。彼のスーツはまだ濡れており、背中や足には泥が付着している。

「安泰した職業だってのは分かります。見入りは良いし、その点に関して文句はありません。でも、ここには…」

「心がない」

新米のクレスの気持ちを代弁して、ロドニーはいった。

「お前には何度かいったかも知れないが、俺には嫁と子供がいるんだよ。チビ二人はどちらも暴れたい盛りの野郎でな、ガーゴに勤めている俺のことが自慢のようでさ」

彼は一呼吸置くようにタバコを吸い、喫煙室の中をさらに白くさせる。

「家に帰ったとき、今日はどんな仕事をしたのか、どんな凶悪犯をどんな方法で捕まえたのか、キラキラした目で聞いてきやがるんだよ。鬱陶しいったらない」

そういいながらも、彼の横顔には嬉しそうな笑みが浮かんでいる。

親馬鹿な一面を覗かせるものの、「本当のこと、いえるわけねぇよなぁ…」

すぐにその表情が曇った。

「嘘がどんどん雪だるまのように大きくなっちまったよ」

見栄と本音。理想と現実に、クレスよりも板ばさみになっていた男の顔があった。

上層部が下す難解な辞令に、ロドニーの白髪と小皺は増える一方なのだろう。

「ロドニー警部…」

思わず憐憫の目を向けてしまったクレスだが、自分より年齢も経験も上だった彼にかける言葉が見つからない。

「…よし、クレス。ちょっくらどっかで一杯ひっかけるか」

「奢るぞ」、というロドニーに二つ返事で頷いたクレスだが、「でも酒は節制させられてるんじゃ…」、ときいた。

「休みが潰れたんだ。今日ぐらいはいいだろ」

灰皿にタバコを押し付け、ロドニーは立ち上がる。

「それにこうして定期的に“毒”を吐き出さないとやってられねぇだろ」

「いくぞ」、ロドニーがいうと、「はい!」、クレスも元気よく立ち上がる。

そして二人肩を並べて、人気のない廊下を歩いていった。

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