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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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六十七節、夕食会

「大体、話は分かったよ」

そう話すダインは、トロサンマの握り寿司を食べても眉間に皺が寄ったままだった。

「親父たちはドラゴン対策チームでこの大陸に来ていて、ルシラはニーニアが必死に説得して連れて来たと」

「そうだ」

ワイングラスを片手に椅子にかけていたジーグは、チーズを食べ満足そうに微笑んでいる。

大人数ということもあり、その日の夕食会はリステン邸の広い庭で行われていた。

野外ということで自動組み立て式のキッチンがあり、カヤ、シディアン、シエスタの婦人たちに混じって、シンシア、ティエリア、ニーニア、ルシラがちょこちょこと動いている。

簡易式のカマドではロボットが火の番をしており、アミに並べられた肉や野菜を定期的にひっくり返している。

立ち上った煙は夜空に向かっていて、真っ暗な空には星が輝いていた。

「ダイン君もなかなか面白いことになっているようだね」

焚き火の明かりにメガネを光らせながら、ジーグと酒を交わしていたペリドアがいう。

「限定的な退化の魔法か…う〜ん、研究したい」

ドワ族としての血が騒ぐのか、正直に発言する彼に、ジーグが笑い声を上げた。

「まぁ、調べたところで何も出はせんと思うがな。ダインですら辿れない魔法のようだし」

そう、ジーグのいう通り、ダインは何度かルシラの魔法力の出所を探ってはみていた。

しかしいくら糸を手繰り寄せてみても、その先にたどり着くことはなかった。

それほど遠いところにルシラがいるということなのか、分かりにくいようにルシラがカモフラージュしているのかは分からないが。

ちなみにいまのルシラは料理ロボットの動きが気になるようで、シンシアたちの手伝いをしながらジッと見ている。

「こんな動きも出来るぞ?」、とビール片手にギベイルがロボットのボタンを押すと、突然ダンスを始めていた。

驚くルシラは徐々に目を輝かせていき、「おもしろーい!」、きゃっきゃと喜んでいる。

もう一人孫ができたように感じたギベイルは、調子を良くして家から色んな発明品を持ち出してきた。

それらをルシラの前で披露し始め、ルシラはさらに笑い出す。

その見てるだけで可愛らしい笑い方は、以前のルシラに戻ったかのようだ。

しかしダインの視線に気付き目が合った途端、彼女は顔を赤くさせしおらしくなってしまう。

シンシアたちといるときは元気にはしゃいでいるくせに、ダインの隣に立つと恥ずかしそうにしている。

ルシラの“心の変化”は、その場にいた全員が気付いていたようだった。

“子供”と“少女”の間で揺れ動くようなルシラの態度に、シンシアたちはたまらないといった様子でルシラを取り囲んでいた。

「しかし意外だったよ。息子がこうも罪作りな男だったとはな」

ジーグがからかうようにいうと、ダインは「そんなんじゃねぇっつの」、咄嗟に突っ込む。

「あいつ等の優しさに甘えさせてもらっているだけだ。近々お礼しようと思ってたところだし」

「ほう、お礼?」

「久々に本気の料理でも振舞おうかと考えててさ」

そう話すダインの目は真剣だ。「ジェイルさんから“マルットウニ”のフルコース料理を教わったから、それやろうかなって」

ダインは不器用だが、不器用なりに努力してどうにか料理として形になるものを作り上げることができた。

ジェイルの丁寧な教え方とスポンジのように吸い込むダインの努力が実を結んだ結果、先日ようやくそのジェイルから人前に出せる料理だと認めてくれたのだ。

「調理器具も揃ったし、後は通販で素材を購入するだけだ」

「それはいい試みだな」

ジーグがそういったところで、簡易キッチンからダイン達の所へ新たな料理が運ばれてきた。

特大サイズの一つのギョーザだ。鉄板ごと持ってきてくれたようで、皮がジューと焼き音を響かせている。

「ダイン君は料理人を目指しているのかい?」

聞き役に徹していたペリドアが、ナイフでギョーザを切り分けながらいってきた。

ナイフを入れた瞬間肉汁が溢れ、さらに熱そうな焼き音がする。

肉と野菜、香草類の香りが男三人の鼻腔を刺激し、腹も刺激された男たちは、しばし会話を中断させてギョーザの味を堪能した。

旨みの凝縮された肉汁は、口に入れただけで「ふほ」、とその美味しさに息を吐き出してしまう。

「料理は趣味ですよ」

ギョーザをかみ締め、味わうように飲み込んでからダインはいった。

「本職に出来るほど器用じゃないし、でも覚えておいて損はないですから」

「確かにな。野宿するときとか、ダインの料理に頼りきりだったからなぁ」

思い出すようにジーグが目を細めていると、「その辺りのお話、詳しく聞かせてもらえないかな」、何故かペリドアが興味を示した。

「実は次の企画はアウトドアシリーズにしたいんだけど、如何せん経験がなくアイデアがなかなか湧いてこなかったんだよ」

経験者の話を聞いてみたかったと彼が続けると、また新しく料理が運ばれてきた。

ウマミキャベツを使ったあんかけ焼きそばだ。魚介類が沢山転がっている。

「ダイン君、ちゃんと食べてる?」

ニーニアがダインのところまでやってきた。彼女が持つ取り皿には、おにぎりや唐揚げが乗っている。

ダインの分を取り分けて持ってきてくれていたらしい。

「おお、サンキューな」

ジーグとペリドアは野宿談義に夢中のようだ。

「調理終わったんなら一緒に食べようぜ」

そうダインが誘うものの、「ううん、まだ途中だから」、ニーニアは空の食器を重ねていった。

「またすぐに次の料理持ってくるね」

と立ち去っていったニーニアは、もはや戦場と化した簡易キッチンに割り込んでいき、魚を焼いたり野菜を茹でたりしている。

調理場に立って動き回るニーニアは始終笑顔だった。

料理を作るのも運ぶのも楽しそうで、ルシラと同じぐらい笑顔を振り撒いている。

事実、彼女は嬉しくて仕方なかったのだ。

元の姿に戻ったダインを見て正気に戻ったニーニアは、やや強引にルシラを連れ出したことに後悔の念はあったのだが、結果ダインは泊まってくれることになった。

おまけにジーグとシエスタまで来てくれて、これほどの知り合いに囲まれたことはない。

ニーニアのテンションはいまも爆上げ中で、彼女の熱気に当てられシンシアもティエリアもずっと笑顔のままだった。

そんな彼女たちを微笑ましく見ていると、「あ、あの…だいん…」、と、近くから声がした。

側で立っていたのはルシラだった。ギベイルの作ったロボットから散々歓迎を受けていたのか、頭にオモチャの王冠が乗せられ、首にも金のネックレスがぶら下げられている。

「どうした?」

「い、いっしょに食べても…」

「ああ、もちろん」

先ほどまでルシラの相手をしていたギベイルはいない。

彼は仕事の匂いがするとすぐに食いついてしまうのか、ジーグとペリドアの会話にいつの間にか混じっていたようだ。

酒を片手に料理にがっつき、真面目な顔で難しい話をしている大人の男たちを一瞥しつつ、ダインは別の場所から椅子を取り寄せ、そこにルシラを座らせた。

あんかけ焼きそばを取り分けルシラに渡すと、相変わらず恥ずかしそうにしながらも食べてくれた。

「手伝った飯はうまいだろ?」

ほお杖をつきながら笑いかけると、口周りをべたべたにしながら、「う、うん」、ルシラは素直に頷く。

「俺もできれば手伝いたいところなんだが…」

ダインは再び調理場に目を向ける。

そこでは女六人がひしめきあっており、全員が忙しなく動いていた。

知識の豊富なカヤは指示役で、シディアンは調理担当。シエスタは残った材料から別の料理を作り始めていて、手伝いを申し出たシンシアとティエリアは工程を盗み見ており、時間が出来てはノートを開き、使った調味料や焼く時間などをメモしている。

ニーニアは別のキッチンを組み立てており、そこでシンシアとティエリアは自分たちの料理を振舞おうと調理を開始していた。

「よくあんな場所に割り込めたな」

とても入り込める隙は無いように見える。

「う、ううん、あれ以上はるしらもめいわくかなって…」

よく見てみれば、ほんわかしたシディアンは手際よく調理するシエスタをちらちら見ている。

シエスタはシエスタでカヤの指示に的確に動き、先読みして包丁を振るうシディアンの挙動に注目している。

一見すれば穏やかな料理教室だが、“料理上手な母”としてのプライドがせめぎ合っているように見えた。

二人の背中にはカマドの炎以上に真っ赤な闘志が燃え上がっており、交差する視線の間には火花が散っているようだ。

その光景はもはや一流レストランのキッチンさながらのようで、シディアンもシエスタもまるでダンスしているかのように動き回っている。

テーブルにはその死闘の証が次々と現れていった。

トロサンマの揚げ物、エビダシタマゴのオムレツ、十種新鮮野菜の煮こごり。

出来上がった料理を早速味見するシンシアとティエリア、ニーニア。

彼女たちは一口ごとに「んまぁ!」、と叫び、頬をとろけさせていた。

「ま、まぁあれはさすがにな…」

「う、うん。もっとしゅぎょうがひつよう…」

静かに気合を入れるルシラは、もうその様が可愛らしかった。

周囲の喧騒を心地よく聞きながら、「それでさ」、ダインはルシラに改まって話しかける。

「外に出ようと思ったのは、どういう風の吹き回しだ?」

優しい口調できいた。「俺やサラがいくら誘っても外に出ようとしなかったのにさ」

「そ、それは…」

玉子焼きを食べる手を止め、ルシラはもじもじしだす。

「だ、だいんに…はやく、あいたくて…」

と、顔を赤くしたままいった。

「朝まで一緒だったし、俺はすぐに帰る予定だったのに?」

「う、うん、それでも…はやく…」

叱られていると思ったのか、ルシラは小声で「ご、ごめんなさい」と謝ってきた。

「怒るわけないじゃん」

ダインは笑いながらルシラの頭に手を置く。

「俺だって早くルシラに会いたかった。だから純粋に嬉しいよ」

「来てくれてありがとうな」、そう言いながら頭を撫でると、彼女はまた真っ赤なまま俯いてしまった。

恥ずかしそうだがその口元にははっきりとした笑みが浮かんでいて、仕草も表情も恋する乙女そのものだ。

ルシラのリアクションがいちいち可愛くて、ダインは人目もはばからず抱きしめそうになってしまう。

堪えているところで、ルシラの背後に忍び寄っていたシンシアが先に抱きしめてしまった。

「わっ!? し、しんしあちゃん!」

「二人だけで良い雰囲気なんかにさせないよ!」

そのままシンシアがルシラをくすぐり始め、「んやはははは!」、ルシラは手足をばたばたと動かし笑い始めた。

「今日みたいな楽しい日は、ルシラちゃんは笑ってる方が似合ってるよ」

「やははは! や、やめ…しんしあちゃ…あはははは!」

ルシラの笑い顔はやはり無邪気なままで、ダインも「確かにな」、と頬を緩める。

「私たちもご一緒していいでしょうか?」

取り皿を手に、ティエリアもやってきた。ニーニアがいそいそと人数分の椅子を用意している。

カヤとシディアン、シエスタはまだプライドを賭けた“ママ戦”の最中のようだが、いい加減シンシアたちは腹ペコだったのだろう。

「大人は大人で楽しんでるようだし、俺らもそうしようぜ」

ジーグとペリドア、ギベイルも酒を飲み交わしながら仕事談義しているようだし、ダイン達子供も各々楽しむ時間だ。

新たなテーブルをダイン達で取り囲み、大皿料理を並べていく。

どの料理も笑顔になってしまうほど美味しくて、ダイン達はしばし無言のままかき込んでしまっていた。

「で、でも、びっくりしたな…」

シンシアとティエリアに挟まれていたルシラは、口の中のものを飲み込んでからぽつりと呟く。「だいんが、小さくなってて」

ニーニアの誘いに乗り、意を決して久々の外出を果たしたのに、到着した先のダインは何故か子供の姿になっていた。ルシラもさぞ驚いたことだろう。

ダインはシンシアたちと同時にルシラにも“不可思議な魔法”の説明をして、彼女は一応は理解してくれたようだが、まだ不明な部分もある。

「“むこう”のるしらが、だいんにまほうかけたんだよね?」

「ああ。証拠はないけど、確信はある。実際あいつのいった通りになったしな」

顔を向けると、シンシアとティエリアはルシラのように顔を赤くさせ俯いていた。

恐らく子供化したダインに何をしたのか、思い出していたのだろう。

「まさかこうも容易くあいつの思惑通りに動いちまうとはな」

してやられたよ、と笑うダインは、そのままオムレツを口にしている。

「私はまだ何もしてないんだけど…」

そのとき、寂しそうにいったのはニーニアだ。

「シンシアちゃんとティエリア先輩がしたんなら、次は私の番だよね?」

テンションが上がったからなのか仲間外れは嫌だったのか、ニーニアはダインに詰め寄った。

「ね、ダイン君」

「い、いやほら、親父さんと爺さんいるからさ…」

「お話に夢中で気付いてないよ」

さらにニーニアが近づいてきた。

ダインがたじろいでいるところで、「あれ?」、とシンシアが声を出す。

「そういえば、さっきダイン君、ルシラちゃんに触れてたようだけど…小さくならなかったよね?」

彼女にいわれてハッとした。確かに身体は小さくならなかった。

「もしかしてもう効果が切れたのでは…」

ティエリアがいうと、「そ、それは困るよ!」、なぜかニーニアが焦った顔になった。

「まだ私抱っこしてないよ!」

本心を打ち明け、確認するためにもダインの腕を掴んだ。

すると瞬く間にダインの体が縮んでいき、「お、おい」、戸惑うダインの声は甲高くなる。

「よ、良かった…」

どうしてか安堵の息を吐いたニーニアは、さらに椅子をダインの真横に移動させ、食事中だった彼を無断で持ち上げた。

「ちょぉ!? に、ニーニア!」

「うんうん、分かってるよ」

そのまま膝上に座らされ、抱っこさせられてしまった。

「お、お前な…やっぱ人格変わってないか?」

「お姉ちゃんだよ」

ニーニアはいって、ダインの腹部に腕を回し、「ん〜!」、とめいいっぱい抱きしめる。

「はー」、と息を吐く彼女はどこまでも幸せそうだ。

シンシアたちには、そんな彼女の全身からハートマークが沢山浮かんでいるように見えただろう。

「魔法の効果はまだ残ってるみたいだけど…なんでルシラちゃんに触れたときは影響でなかったのかな?」

不思議がるシンシアに、「きっと、“あちら”のルシラさんとこちらのルシラさんが繋がっているからでは?」、ティエリアが答えた。

「自身の魔法力では影響が出ないのかも知れません」

「なるほどぉ…」

そんな会話をしてる間、二人の中央にいたルシラは前方でニーニアに抱っこされているダインをジッと見ている。

視線から何かを感じ取ったシンシアは、「ルシラちゃんもやってみたい?」、ときいた。

「元のダイン君相手には緊張しちゃうかも知れないけど、あの子供のダイン君なら割と平気かも?」

シンシアを見上げていたルシラは、再びダインに顔を戻す。

「ダイン君、はい、あーん」

「だ、だから親父さんが…」

「こっち見てないよ。ほら、あーん」

ニーニアに食べさせられているダインは本当に恥ずかしそうにしている。

仕方なく食べ物を口に含み咀嚼する彼は、ニーニアにとってはもう可愛らしくてたまらないようだった。

我慢できず、体をべたべた触ったり頭に頬擦りまでしている。

「う、うん、だいじょうぶかも」

ルシラがいったところで、「よし!」、シンシアは膝を叩いて立ち上がった。

「お邪魔しまーす」

ルシラを連れ、ティエリアと一緒にダインを取り囲む。

「ちょ…こ、これ以上は勘弁してくれ…」

音を上げそうになるダインだが、シンシアたちはにんまり笑ったままだ。

「まだルシラちゃんが残ってるよ」

シンシアがいって、ダインの隣にルシラを座らせた。

子供が隣り合って座っている光景に、シンシアたちは「かわいー」、と声をそろえる。

各々携帯を取り出し、撮影までしだした。

シンシアたちのオモチャと化したダインは、もう諦めたような表情をしている。

「ルシラちゃん、どう?」

シンシアが何事かルシラに尋ね、ルシラはおもむろにダインの腕や頭におっかなびっくり触り始めた。

「あの…ルシラ…?」

「ん〜…ん! へいきかも!」

顔に満面の笑みを広げ、ルシラはいった。

そして、「だいーん!!」、両手を広げ、子供化したダインを抱きしめる。

「おとなのだいんはきんちょーするけど、こどものだいんはいけるみたい!」

間近で笑いかける笑顔は、確かに以前の甘えたがりなルシラだ。

「るしらも食べさせてあげるね!」

とろみ大豆の豆腐揚げをスプーンですくい、戸惑いっぱなしのダインの口元へもっていく。

「あ、ルシラちゃん、それ熱々だから、ふーふーしないと」

ニーニアがいうと、「あ、そだ!」、ルシラは素直に「ふーふー」、と声を出しつつ豆腐に息を吹きかけた。

そして改めてダインにそれを食べさせ、口を動かすダインを見てルシラは満足そうな顔になる。

男の子と女の子が仲良さそうにしているのは、もうその光景だけで癒しになる。

ルシラとダインを取り囲むシンシアたちはなんとも幸せそうな顔をしており、膝に乗せていたニーニアはルシラとダインごと抱きしめている。

「はぁ〜、たまんないよぉ」、そんな三人をシンシアが包み込んでおり、ティエリアは正面に回って全員の抱擁を受けていた。

「いや、あの…食べづらいから…」

そんなダインの声は彼女たちの柔らかな肉体に沈み込んでいき、もみくちゃにされている。ルシラの笑い声だけがやけに響いていた。


「ふ…数ヶ月前までは考えられん光景だな」

シンシアたちに囲まれ身悶えているダインをちらりと見やり、ジーグは静かに笑った。

「女気がなかったのはもちろんのこと、ああして同世代と接する機会もなかった。戸惑う息子はそれだけで酒の肴になるな」

勝手なことをいう父ジーグは、そのままペリドアとギベイルに目を向けた。

「私の場合は息子だからそこまで気にせんが、娘を持つ親の心情としては些か心ここにあらずといったところか?」

果実酒を飲みながらにやついたジーグが尋ねると、「まぁ、あの子も似たような境遇だったからね」、ペリドアがいった。

「いまの学校に通う前は、友達がいなくてずっと一人だった。男の友達ができたと聞いて心がざわめいたのは否定しないけど、まぁ、ダイン君なら、ね」

てっきり顔をしかめるものだと思っていたジーグは、「ほう?」、と方眉を吊り上げる。

「孫娘がああも嬉しそうに彼のことを話していては、認めざるを得ないだろう」

微妙な心情だが、しかし喜ばしいことだとギベイルがいった。「ニーニアは物の見方に優れておる。あの子が見込んだのであれば、例え肉親だとしても我々からいうことはないのだよ」

ギベイルもペリドアも、ニーニアの鑑定眼には信頼を寄せているようだった。

「まぁ、私の息子だからな」

自慢げにジーグはいい、「それよりもだ」、ギベイルとペリドアのコップに酒を注ぎ足し、やや真面目な顔になった。

「此度の件、二人はどう思う?」

あえて主語を伏せて尋ねると、察しの良い彼らもすぐに表情を素に戻す。

「何らかの組織が絡んでいることは間違いないな」

ギベイルが答えた。「現場の痕跡から考えるに、“ダイス”が使われたんだと思う」

そこで料理に向けられていたジーグの顔が上がる。「…あれか」

その表情にはただならぬものが宿っていた。「あれを使うには各所に申請しなければならないはずだが…」

「まぁ無許可だろうな」

ミートパンをかじるギベイルは渋い顔をしている。「法の目を掻い潜り、秘密裏にルイン・スミスが作ったであろうものだ。グリーンでも把握してないもののようだし、故に申請などいらん」

「痕跡はほとんど残っていなかったが、数種類の繊維を発見したよ」

ギベイルに続きペリドアがいった。「現場に落ちていただけで確証はないけど、でもどれもこの大陸には流通してないものだった」

「なるほど?」

興味を示したジーグはペリドアに距離を詰める。

酒をあおり、「主なものはレジステ繊維と、グラシテルだろう?」、といった。

「よく知ってるね」

ペリドアは目を見開いており、「どこから情報を仕入れた? つい先日分かったことなのだが」、ギベイルも驚いた顔をしている。

「“当て”はついてたのだよ」

ジーグはいった。「レジステ繊維はエティン大陸にしかないもので、とある宗教団体の法衣に使われている。もう一つのグラシテルは、自国警護組織ガーゴのエンブレムの素材だ」

未だ固まっていちゃつきあっているダイン達に一瞬視線を送ってから、彼は息を吐く。

「どうもそれら二つの組織は、利害が一致したのか手を組んでいるようでな、息子が度々ちょっかいをかけられうんざりしているところだ」

ニーニアからダインのこと、ルシラのことは聞き及んでいたのだろう。ギベイルとペリドアは「…なるほどな」、納得いったという表情で腕を組んでいた。

「ドラゴンの件も含めて追及したいところだが、証拠がないからなんともいえんのだ」

ジーグは難しい表情をしている。

「とある宗教団体とは、レギリン教のことかな」

ペリドアが尋ねると、「何故そう思う?」、ジーグはアマカラサザエの壷焼きを口にしつつ、尋ね返した。

「封印の破壊という、創造神に挑むようなことをしでかすのは奴らぐらいだからね」

レギリン教の噂はペリドアも知っていたようだ。「リステニア工房の製品を分解して殺傷力の高い武器を作ったり、レシピを盗用して資金源にされたり、こっちも色々と迷惑を被っていたんだよ」

評判に傷がつけられたり警護団から事情聴取を受けたり、ひどいものだと彼は憤っている。

「考え方や思想は人それぞれだからそこをどうにかしろとはいわないけど、他人に迷惑をかけるやり方には全く賛同できないな」

企画運営担当であった彼はクレームの数々を思い出したのか、急に酒を飲むピッチが速くなる。

「心中お察しするよ」

ジーグは笑いながら彼のコップに酒を注ぎ足していき、新しく料理を持ってきたシディアンにお礼をいって大皿を受け取った。

「欲をいうならば、奴らの真の狙いを知りたいところなのだが…」

「ふ〜む、レギリン教は分かりやすいのだがなぁ」

そこで、同じく考え込んでいたギベイルが口を開く。「種族統一を口実にしたレギオス崇拝教。ガーゴにはそこまでの狙いはないようだし、目的を同じにする意図が見えん」

「ですが義父さん、明日でそれらも少しは分かるんじゃないですか」

ペリドアがギベイルにいった。「明日は一時的な封印解除が決まっていますから」

ドラゴンを閉じ込めている強力な封印を再構築するには、一度古いものを全て撤廃しなければならない。

今日の会議で決まったことだった。創造神エレンディアの魔法力の残滓を、ギベイルが発明した増幅装置によって復活させ、封印を張りなおす。

封印するバリアというものは、どのような大きさであれその構造は変わらなくて、例えるならば一枚の布のようなもの。

先日のドラゴン復活は、その布の一部が破り取られたのが原因だ。

実際の布であれば、その破れた箇所のみを縫い合わせたり、同じ生地を貼り付ければそれでいい。

バリアも似たようなことはできるのだが、しかし縫い付けた場所というのはどうしても強度上の問題が出てきてしまう。

修復方法と、その修復を行った際に今後起こりうることを議論した結果、万全を期すためにも一度封印を解いて再構築しようということに決まったのであった。

「レギリン教にとっては七竜も崇拝の対象。厳重な警戒をしいてはいますが、連中とガーゴが何かアクションを起こしてくる可能性は十分に考えられるかと」

「そうだな。そもそも会議の内容はトップシークレットなので、何故外部に漏れているのかは憂慮すべきところだが…」

息を吐きながら菜っ葉の酢の物を口にするギベイルに、「私が出来る限り押さえておくよ」、ジーグがいった。

「今回私が呼ばれたのはそのためだからな。再構築まで時間を稼いでおくから、調べられるのなら調べておいて欲しい」

簡単にいうジーグだが、ギベイルもペリドアも彼が常人にはとても真似できないことをやろうとしているのは知っている。

「しかしルチル王はジーグ殿に頼りすぎている感があるな」

ギベイルは感心したような、呆れているような表情になった。

「ドラゴンの復活について調査を依頼したり、都市開発における重機の搬入を手伝ってもらったり。自国のことは国民に頼るべきであるはずなのに」

「いや、見返りはちゃんといただいているよ」

ジーグは笑いながらコップを傾ける。「村の特産品を宣伝してもらったり、優先的に野菜を買ってもらったりさ」

「割に合わないよ」

ペリドアが突っ込んできた。「僕がジーグ殿の経理担当だったら、もっと吹っかけてもいい案件だと思うんだけど」

重機の搬入に大量の“魔法廃棄物”の処理。区画長同士の諍いの仲裁に、迷い込んだ危険種モンスターの運搬。地上の清掃と、果てはルチル王との酒の付き合いまで。

どれも危険を伴う作業であり、その報酬が宣伝や優先的な仕入れなどだけでは、とても釣りあわないとペリドアはいいたいのだろう。

「あの方はジーグ殿に甘えすぎている。ジーグ殿にもう少し歩み寄れるよう取り計らってみようか?」

「心遣いは感謝したい」

ジーグは笑顔のまま、彼らのコップにまた酒を注ぎ足した。「だがそこまでしてもらうわけにはいかない。こうして宴席を作ってくれたんだ。それだけで十分なのだよ」

「足りないよ」

メガネの奥にある優しい目を大きくさせ、ペリドアは食い下がった。

「間接的にだが、僕たちもジーグ殿には世話になっている。その上、ダイン君は娘のニーニアと友達だったことも分かった。あの子の笑顔が増えたことも含めて、個人的なお礼をしたいぐらいなんだよ」

男のペリドアなのに母性本能を覗かせる彼に、ジーグは内心驚きながらも、「良いんだ」、首を横に振って笑った。

「息子のダインは見返りを求めてニーニア殿と友達になったわけではないし、私も半分ボランティア精神でルチル王に協力を申し出ているだけなのだ。ルチル王と、彼に追随するあなた方ドワ族の職人たちが、この世の平和に大きく貢献していることは紛れもない事実。私と妻は、少しでもその手伝いをしたいという思いで動いているだけなのだから」

それはジーグの本心だった。村の宣伝も兼ねている為、偽善といえば偽善になるのだが、やらない偽善よりは断然いい。

「しかし、ジーグ殿の村は困窮しているのだろう?」

ギベイルが差し込んできた。「話には聞いているよ。ヴァンプ族の数は毎年減る一方で、絶滅危惧種にまで指定されそうになっていることは」

心配そうなドワ族二人の視線を受けても、ジーグの笑顔はそのままだ。

「私が楽観主義というのもあるかも知れないが、そこまで憂慮してないのだよ」

「いや…そうなのか?」

「ああ」

激しいバトルの末、友情が芽生えたのかシエスタとシディアンはお互いを称えあっている。

ニーニアに抱っこされ子供化したダインは未だシンシアたちに囲まれており、身体を撫でられたり料理を食べさせられたり、本当におもちゃ状態だ。

「何しろ我々には━━ダインがいるからな」

ジーグは困った顔でいるダインをもう一度見て、静かに笑って酒を飲んだ。

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