六十五節、小競り合い
『久しいな、我が息子よ』
メイド型ロボットの頭部にあるモニターでは、ダインの父ジーグの姿が映し出されていた。
『よもやこのような場で見えることになろうとはな。久しき再会に乾ぱ…』
「いやそんな話はいいから」
ダインは困惑しながら尋ねる。「そこどこだ? というかニーニアの爺さんと知り合いなのか?」
次々と投げかける息子の疑問を、手にしていたワイングラスを優雅に回しつつ、ジーグは答えた。
『ここは首都庁内の貴賓室。先日このトルエルン大陸で発生したドラゴン復活での対策チームが組まれ、私たちはゲストとして招かれたのだ』
『あなたには話したでしょ?』、そのとき画面の下からにゅっとシエスタの顔が出てきた。
『みんなも久しぶりね?』
ジーグたちにもこちらのことは見えているようで、シエスタがシンシアとティエリアに手を振っている。
「おば様!」
二人はばっとモニターにかぶりつき、同じように手を振り返した。
『二人は今日も可愛らしいわね?』
「おば様こそ、そのドレスとてもお似合いです!」
『ふふ、ありがとう』
再会の喜びに女性陣は沸いているようだが、ダインの質問はまだ終わってない。
「確かにドラゴン復活についての調査を頼まれたってのは聞いてたけどさ…よく俺がここにいるの分かったな」
『可愛い息子の行動はサラから毎度報告を受けていたからな。大体把握している。この場で偶然居合わせたギベイル殿とペリドア殿から話を聞いて、こうして連絡を取った次第だ』
『ワシは驚いたがね』
後ろにいたギベイルがいった。『孫娘が連れて来た男友達が、よもやルチル王が懇意にしているジーグ殿の息子だとはな』
どうやら親たちは親たちで色々あったようだ。
「んでいまは何してんだよ? 見たところ懇親会のように見えるけど」
ジーグたちの背後では様々な種族の人たちが会話しているのが見える。
『ああ、いまは明日の本番に向けて打ち合わせ中だな』
「本番?」
『詳細については守秘義務が生じるものだから、この場ではいえんが…まぁ、なかなか重大な打ち合わせであろうな』
確かに、ジーグの背後の人たちはみんな真剣な顔をしている。
貴賓室の場の空気も決して軽いものには見えなくて、だからこそワイングラスを持っているジーグが浮いて見えた。
「で、親父は酒を飲んで呑気にくつろいでると?」
緊張感のかけらも無いジーグを軽く睨むと、『これはぶどうジュースだ』、そんな返事が返ってきた。
「紛らわしいんだよ!」
ダインが突っ込んでいるところで、またモニターの下部からシエスタが顔を覗かせてきた。
『ねぇ、良かったらみんなこっちに来てみない? ちょっと面白いものが見れるかもしれないわよ?』
「面白いもの?」
『ドラゴンの映像だ』
ジーグが答え、ドラゴンと聞いてダイン達は一気に興味が湧く。
『封印地にカメラが仕掛けてあってな、こちらで見ることができるのだ』
確かに面白そうではある。
何も無ければ二つ返事でジーグの誘いに乗っていたところだが、いまから首都庁に向かうと帰りは夜になってしまう。
「止めとくよ」
ダインは首を横に振っていった。「今日はニーニアの家でゆっくりさせてもらう予定だし、晩御飯作ってもらってるしさ」
あくまでニーニアが組み立ててくれた予定が優先だ。
『ふむ、そうか?』
「ああ。それにいまはそれどころじゃないしさ」
神妙な面持ちになるダインに何かを感じ取り、ジーグは『どうかしたのか?』、と尋ねてくる。
ダインが考えているのはもちろん自身にかけられた、ルシラの魔法のことだ。
シンシアとティエリアも察してくれたようで、ダインから少し距離を置いた。
「ちょうどいいからちょっと相談したいことがあるんだけど…ここじゃまずいな」
ダインが渋ったところで、『ペリドアさん、ちょっといい?』、どういうわけか、シエスタは後ろにいたペリドアと何か会話を始めた。
一言二言言葉を交わし、再びモニターに顔を向ける。
『分かったわ。いまからそっちへ向かう』
「え?」
『今日はリステンさんのお家に泊めてもらうことにしたわ』
夕方まで数時間あることを確認したダインは、「いや、急すぎないか?」、と突っ込んだ。
「そもそも今日は日帰りのつもりでいるし…」
『あら、どうして?』
「説明が長くなるから端折らせてもらうけど、諸々の理由だ。母さんなら分かってくれるかと」
ダインは含みを持たせていった。
ルシラとのこともサラがジーグたちに報告しているはずで、ダインのいまの心情を察してくれるはずだ。
『泊まればいいじゃない』
だがシエスタは簡単にいった。
『ペリドアさんもギベイルさんもいいっていってくれてるんだし、ご厚意に預かるべきよ』
「いやでもな…」
「そうするべきだよ!」
と、突然シンシアが身を乗り出してきた。
「おば様もこういってるんだし、嫌がってるのダイン君だけだよ?」
どうやら彼女たちも説得の機会を窺っていたようだ。
「ルシラさんのことは、ご連絡差し上げればご理解いただけるはずです」
ティエリアまでそういってきた。
「ニーニアさんもすごく喜んでいただけるはずですし、二世帯住宅なのでお部屋もあるはずですし」
ここぞとばかりにダインを説得しにかかってくる。
『じゃあそういうことで。シンシアちゃん、ティエリアちゃん、頼んだわね』
シエスタはそういって、一方的に映像を切った。
「あっ、くそ…!」
ダインはすぐに通話を復活させようとしたが、動き出したメイドロボはそのままリビングを出て行ってしまった。
「ダイン君」
「ダインさん」
ずいっと、ダインに立ちふさがるようにしてシンシアとティエリアが距離を詰めてくる。
「い、いや、だから…」
断る理由を考えたダインは、ピンときていった。「ほら、いま俺厄介な魔法かけられてるしさ、ひょっとすれば迷惑かけることになるかも知れないし…」
「迷惑なんて全くかからないよ」
シンシアはいい、また断りも無くダインの両手を握り締めた。
「可愛いだけだもん」
再び子供化してしまったダインを見るなり、笑顔を向ける。
「で、でも着替えとか持ってきてないしさ…」
「グレイトウォッシャーがあるじゃない。着替えは必要ないよ」
どんどん退路を断たれているような気がしたダインは、たじろぐばかりだ。
そんな彼に追い打ちをかけるように、ティエリアは「お願いします、ダインさん!」、と頭を下げてきた。
「ご両親も来られますし、お断りする理由はないと思うのです」
「う、う〜ん…」
これ以上断り続けるのは、さすがに彼女たちにも失礼じゃないだろうか。
そう思ったとき、リビングに誰かが入室してきたのが見えた。
「仕込が終わったから、これからみんなで…」
入ってきたのはニーニアだった。
ダインを説得することに夢中だったのか、シンシアの反応は一歩遅れてしまい、子供化したダインをニーニアにばっちり見られてしまう。
はっとしたシンシアは即座にダインを解放し元の姿に戻すが、ニーニアはしばし固まっていた。
「あ…あ、ああ、また魔法の特訓かな?」
また空気を察したニーニアがいう。シンシアとティエリアは乾いた笑い声と共に「そうそう」、と頷いていた。
「ちょ、ちょっとびっくりするね」
「あ、あはは、ごめんね、ダイン君がどうしてもっていって…ね?」
「あ、ああ、そうだな」
取り繕うようにダインがいい、「あ、そ、それで、ニーニアさん、どうされました?」、ティエリアが話題を変えた。
「あ、夕飯の仕込が終わったので、そろそろみんなでこの周辺を散歩しようかなと…」
「おお、そうだね、そうしよう!」
シンシアは手を叩いて立ち上がる。
「ご飯美味しく食べたいから、少しでも動いてお腹減らさないと!」
といってリビングを出て行った。
「い、行きましょう!」
ティエリアも続き、「行こう」、ニーニアに笑いかけつつ、ダインも玄関へ向かう。
「うん…」
その場はとりあえず頷いたニーニアであったが、しばしダインをじっと見ていた。
閑静な住宅街ということもあってか、さんさんと太陽の光が照りつける散歩道に人通りは少なかった。
頭上にあるドローンのモーター音が聞こえるほど静かで、車も一台か二台ほどしか見かけてない。
そんな中をダイン一行はのんびりと歩きつつ、シンシアたちはニーニアにダインの両親が泊まりに来ることを伝えた。
「え? そうなの?」
驚くニーニアはすぐさま携帯を取り出し、「晩御飯のメニュー増やさないと…」、慌てたように祖母と連絡を取ろうとする。
「あ、大丈夫だよ。カヤお婆ちゃんには伝えてあるから」
シンシアがそういってニーニアを落ち着かせ、ジーグとシエスタが来ることになった経緯を説明した。
「向こうは向こうで色々盛り上がってるようだし、流れ的にダイン君も泊まるべきだと思うんだよ」
と、彼女はまた先ほどの話の続きをいいだした。
「シエスタおば様が、ペリドアお爺ちゃんにちゃんと確認とってたよ。だからダイン君が遠慮することはないと思うんだけど」
「いや、遠慮とかじゃなくてさ、世間体とか色々とな…」
ここで三人に詰め寄られたら、さすがにダインも断りきれそうに無い。
ダインは身構えていたのだが、ニーニアは何故か参戦してこなかった。
「う、ん…」
呟く声はどこか上の空で、シンシア達を先導する歩みは遅い。
「ニーニアちゃん?」
シンシアが話しかけたところで、はっとして「あ、う、ううん」、と首を横に振っていた。
ニーニアの様子がおかしいのは、散歩を始めてすぐのことだった。
会話には混じってくれるのだが、時折考え込むようにして黙り込んでいる。
歩みが遅くなり、ダイン達が追い抜かしてしまうと、慌てて先を行こうと早歩きになる。
シンシアとティエリアは不思議そうに顔を見合わせていたのだが、ダインだけは彼女の気持ちに気づいていた。
足を止めたときに向けられた、ニーニアの視線。
じっと、ダインの身体を食い入るように見つめている。
彼女は怪しんでいたのだ。ダインの身に何か起こっているのではないかと。
あれだけ何度も小さくなった姿を目撃したんだ。流石におかしいと思い始めたのだろう。
幻視の魔法だというシンシアの説明も怪しく思えてきたようで、シンシアたちを見る目は訝しげだ。
どうしてシンシアたちが正直に話してくれないのか疑問に思ってはいるのだろうが、何か理由があってのことだろうと配慮して、直接尋ねようとはしてこない。
だが気にはなるようで、独自に推理をして“当たり”をつけていたのだろう。不意にダインとの距離を詰めようとしていた。
察しの良いダインはのらりくらりとニーニアの無言の追求を避けつつ、彼女の後をついていく。
言葉無き攻防にシンシアとティエリアも察してくれたようで、ニーニアとダインの間に自然な動作で割り込み、盾になった。
「でもほんと、今日も良い天気だよね」
笑顔でシンシアはいい、「そうですね」、ティエリアも空を仰ぎ見ながら微笑む。
「曇りでも、それはそれで風情があるんだけどね」
ニーニアも笑いながら、いつもの散歩道を歩いてダイン達を先導していく。
傍目にはのんびりとした散歩に見えていたことだろう。
しかしその裏では静かな戦いが繰り広げられていた。
ニーニアが足を止めてロボットの説明を始めては、ダインとの距離感をキープしつつシンシアたちも足を止める。
ジュースを買ってきたとニーニアが手渡しにやってくれば、「ありがとうございます!」、とティエリアが三人分のジュースを受け取り配っていく。
「あ、ねぇダイン君」、とうとう直接ニーニアがダインに触れようとしてきても、「あ、ニーニアちゃん、あのお掃除ロボット何かな!?」、シンシアが阻止した。
シンシアもティエリアもガードは完璧だった。ニーニアがダインに触れる機会すら与えず、動きにも台詞にも不自然なものはないように見える。
だが一度怪しみだしたニーニアにとっては、そのシンシアたちの自然すぎるガードが逆に怪しく思えてしまったようだ。
やはりダインに何かあるのだと確信し、彼女も自然にダインに近づこうとしたが、ティエリアが割り込んでディフェンスする。
水面下の攻防が激しさを増しそうになったとき、突然前方から波の音が聞こえてきた。
地下都市にはありえないはずの磯の匂いがして、ダイン達は思わず足を止めてしまう。
「あ、ここが散歩道の目的地だよ」
ニーニアも攻防を忘れ、前を指差しながらいった。
「トルエルン海浜公園。私のお気に入りの公園なんだ」
ニーニアに案内されるまま、緑の多いその大きな公園の中に入り、林道を抜けると…なんと視界一杯に大海原が広がっていた。
その光景と心地良い波音を聞いた瞬間、「え、ええ!?」、シンシアは驚きの声を上げる。
「こ、ここ、地下です…よね…?」
ティエリアも驚愕している。
白い砂浜に青い海。少し先の波打ち際では飛沫も上がっている。
ダインまで固まっていると、「全部が本物じゃないですよ」、ニーニアは笑いながらいった。
「前に見えているのは、実際のセブンスクリッド湾岸を映し出した巨大スクリーンで、足元にある波だけが本物です」
横を見て、とニーニアが指差す先を見ると、確かに数百メートル先の海岸は映像が途切れていた。
そこだけを見ると実際は張りぼてなのだということが分かる。
だが中央に立つとスクリーンだとは分からないほどリアルな景色が広がっていた。
スクリーンの中では雲がちゃんと動いているし、奥から手前へ波がやってくれば、本物の浅瀬が連動して波を起こしている。その波に合わせて風も感じる。
再現されたという砂浜と海との境目は全く分からなくて、ニーニアの説明がなければ本物の海が広がっていると信じて疑わなかっただろう。
その広い砂浜にはダインたちの他にもいくつかのグループが来ており、子供たちが楽しそうに水遊びしていた。
「アイデアが行き詰ったときとか、気分転換にここにきてよくボーっとしていたよ」
確かに人工物や遮るものがなにもない大海原の景色は、気分転換には最適だろう。
「私たちも遊ぼうよ!」
興奮した様子でシンシアが言い出した。
「海なんてすごく久しぶり…!」
靴と靴下を脱ぎだし、ティエリアとニーニアの手を取った。
「あ、ま、待ってください、私も…」
ティエリアも海を見るのは久しぶりだったのか、少し慌てたように素足になる。
「ダイン君も行こう!」
裸足になったニーニアはダインに手を伸ばすが、彼は「悪い」、と笑いながら手を振った。
「ちょっと家に連絡とりたいから。靴も見てないとさ」
「え、そう?」
「ああ。涼んどくよ」
気にせず遊んでくれ、というダインと一緒に涼もうとしたニーニアであったが、「早く早く!」、シンシアに手を引かれるまま、浅瀬の方まで連れて行かれてしまった。
「ひゃー!」
海水の冷たさに、女三人が声を上げる。
各々スカートの裾を膝上までたくし上げ、砂浜と同じぐらい真っ白な素足を晒しながら波で遊びだした。
眩しくも可愛らしい彼女たちに笑顔になりながら、ダインはポケットに入れていた携帯を取り出す。
いまならサラにルシラの魔法のことを相談できる。
そう思い、携帯を操作して家の通信機にかける。
いつもの呼び出し音が聞こえる刹那━━、ダインは耳に何か違和感を覚えた。
咄嗟に耳から携帯を離し、家の子機に繋がる前に、その携帯を操作して連絡を切る。
「……」
真っ暗になった携帯のモニターを見つめていた彼は真剣な表情をしており、携帯をポケットに突っ込むと同時に、砂浜の上に仰向けに寝そべった。
その一連の彼の行動は、防衛本能といってもいいものだった。
誰しも何かしらの違和感というのは抱くものだが、魔法力そのものに敏感なダインにとっては、その違和感は他人が感じるそれとは少々わけが違う。
つまり、彼が抱いた違和感とは、魔法に関連したものだった。
その違和感は、携帯型通信機を介して感じたものだ。聖力で編みこまれた連絡線に、何かが仕掛けられている可能性がある。
通信妨害、盗聴…様々な可能性を考慮しつつ、違和感の“元”を、集中して辿っていく。
目を閉じると、その光景が浮かび上がってきた。
地表に何も無い大陸。地下の大きな都市。
スクリーンに映し出された海を認識したところで、そこはダイン達のいる海浜公園だということに気付く。
ダインは瞬時に理解した。
あぶり出しだ。通信用の連絡線に罠を仕掛け、ダインが携帯を使った瞬間に現在地情報が分かるようにしたのだろう。
魔法にそれほど詳しくないので方法は分からない。
しかしプライベートに関わることに干渉できるとするなら、相手は相当な術者か権力者ということになる。
どうやらダインを監視していたのはニーニアの父と祖父だけではなかったらしい。
家にいないことが“連中”に分かられてしまった。
相変わらずの姑息な奴らだと心の中で嘆息しつつ、どう対処しようかと考えたダインであったが…少し考えたところで、思考を止めた。
動く必要はないと思ったからだ。
ダインの現在地を特定した“連中”は、そのまま仕掛けてくる可能性がある。
がしかし、彼のいない隙を突いて突撃したとしても、ダイン以上に厄介な存在と相対することになるだけだ。
携帯を使うことは、盗聴の可能性もあるので止めておこう。
それよりも、奴らが乗り込んできたらどのように料理されるかを考えた方が楽しい。
むしろ同情心すら抱いてしまっていた彼は、目を閉じたままその凄惨な光景を想像していたため、周りの状況が見えてなかった。
浅瀬で水遊びに興じるシンシアとティエリアの「あっ!?」という声が聞こえたときにはもう遅くて、どうかしたのかとダインが目を開けた瞬間、
「……」
仰向けに寝そべるダインのすぐ近くに、こちらを真剣な表情で見下ろすニーニアがいた。
ダインが反応する隙も無く、彼女に腕を掴まれてしまう。
その瞬間ダインの全身は瞬く間に縮まっていき、子供の姿になってしまった。
「え…」
驚愕するニーニアに、
「あ…」
しまったという表情を浮かべるダイン。
シンシアとティエリアは遅れてダイン達のところへ走っていた。
「どういうことか、説明して欲しい」
そろそろ夕方に差し掛かりそうだという時間だった。
海浜公園からリステン邸へと戻ってきたダイン達は、グレイトウォッシャーで身体と服を洗った直後にニーニアに自室に呼ばれたのだ。
黄色とピンク色が散りばめられたその部屋は、自作と思しきぬいぐるみやクッションが沢山あり、いかにも女の子らしい内装をしている。
仕掛けが気になる置物やレシピを知りたい文房具などもあるが、ニーニアの真剣な表情からそれどころではない空気が伝わってきた。
ベッドの端に座るティエリアの前では、ダインとシンシア、ティエリアが正座していた。
「ごめんなさい…」
素直に謝るシンシアに、「あ、べ、別に怒ってるわけじゃないよ」、ニーニアはダイン達が勝手に正座しているこの状況がまずいと思ったのか、座布団に座ってと慌てるようにいった。
「ただ心配なだけで…幻視の魔法じゃないんだとしたら、ダイン君、何か病気にかかったのかって…」
「いや、それは大丈夫だ」
ニーニアの心配を取り払うためにも、ダインはきっぱりといった。「病気の類じゃない。どこも痛くも苦しくもないからさ」
「魔法…になるのでしょうか」
ティエリアはダインに尋ねた。「病気でも何らかの症状でもないということは、魔法以外には考えられないと思うのですが」
「だと思う。どうやってヴァンプ族の俺に通用するようにしたのかは分からないけどさ」
「じゃあどうして黙ってたの?」
ニーニアは率直な疑問を寄せた。「ちゃんと話してくれれば、原因とか一緒に考えることができたのに」
何でも共有しようって決めたのに…、と語る彼女の顔は、怒ってはないものの、やや非難するような表情だ。
「う、ううん、別に独り占めしようとか、意地悪しようとか思ってたわけじゃないよ」
シンシアは顔を上げて弁明した。「ダイン君平気そうだったし、一過性の魔法かも知れなかったから、余計な心配をかけたくなくて…」
続く台詞をいおうとするシンシアを、「シンシアさん」ティエリアが顔を向けて、「ここは正直にお話になられた方が…」、そういった。
もうばれてしまったのだ。取り繕う必要もない。
そう思い直したシンシアは、「心配かけたくないっていうのは本当だよ。でもニーニアちゃんにダイン君の子供化した姿を見せたくなかったのは…」、一呼吸置いて、
「ニーニアちゃん、暴走しちゃうかもと思って…」
と、正直にいった。
「子供のダイン君、抱っこしちゃいたいぐらい可愛すぎるし、あんなの見ちゃったらニーニアちゃん、ホワイトピュア出ちゃうと思ったから…」
「ほ、ホワイトピュア?」
ニーニアの顔がみるみる赤くなっていく。
「シディアンおばさんから聞いたよ」
シンシアはいった。「愛情が強すぎたとき、身体のどこからか魔力の結晶が出てくるって」
「あ…そ、そうなんだ」
「一度発症したら癖がついちゃうものらしいから、そのきっかけは少しでも取り除けたらなって思って…」
ニーニアは職人を目指している。
むずがゆい感覚が製作の障害になるホワイトピュア現象は、未経験なら未経験のままでいた方がいいというシンシアの独断だった。
親友であるニーニアを思っての行動だったのだが、嘘をついたことに変わりは無い。
ニーニアは仲間はずれのように思っていたのかもしれない。
「ごめんね」
もう一度謝るシンシアに、彼女の考えを汲み取ることの出来たニーニアは、ようやく笑顔を見せた。
「ふふ、大丈夫だよ。ホワイトピュア現象は、そう滅多に起こるものじゃないから」
「そうなの?」
「うん。じゃないと、生活する上でも障害になってたよ」
「あの、では暴走の方は…」
ティエリアが口を挟んできた。「お子様になったダインさんを見ても…」
「あはは、それも大丈夫ですよ」
ニーニアはまた笑い声を上げる。「ダイン君との吸魔訓練で成長しているのはダイン君だけじゃない。私にも忍耐力ついてますから」
確かにその話は本当だろう。ダイン部は、元々はお互いの精神力を高めあうために結成されたものなのだから。
放課後だけでなく、実技のある授業でも吸魔訓練は行っていた。魔法力を吸われる感覚に耐え凌いできた彼女たちなのだから、忍耐力も強くなっているはずだ。
暴走なんてしない。そういってのけるニーニアに、「本当に大丈夫?」、推し量るようにシンシアがきいた。
「ダイン君、本当に可愛いよ?」
と、彼女は不意にダインの手を掴む。
「お、おい」、とダインが突っ込んでる間に彼はみるみる小さくなり、子供の姿になった。
「ほら、どう? 大丈夫?」
小さくなったダインをニーニアに見せるが、彼女は、
「うん、平気」
相変わらずの笑顔で頷いた。
「触っても?」
ニーニアの手を引きダインの頭を触らせるが、「うん」、笑顔のニーニアに特段変化はない。
子供化したダインの髪型はマッシュルームカットで、ニーニアを見上げる目はくりっとしている。
ニーニアと同じぐらいぷにぷにした頬は触ってしまいそうなほど可愛くて、手足は短く細い。
見てるだけで守ってあげたくなるような弱々しい外見で、アルバムの中にあった子供時代のダインの姿がそこにあった。
だがそれでも、ニーニアに動揺は見られない。
「アルバム見てたニーニアちゃんが羨ましそうにしてたの、見間違いだったのかな…」
そう小さく呟いたシンシアだが、とにかく問題がなさそうだと分かりホッと息をついた。
「良かったです」
ティエリアも安堵したようで、「よし、じゃあ話も終わったしさ」、ダインは部屋の時計を確認し、彼女たちを見上げていった。
「もう夕飯が近いし、そろそろ帰るわ」
え、という彼女たちの驚きの視線がダインに注がれる。
「夕飯までに帰るっていってあるんだよ」
「あ、そ、そうなのですね…」
残念そうにティエリアはいい、シンシアは説得の途中だったことを思い出し引きとめようとする。
言葉を考えている間にダインはカバンを手繰り寄せ、ニーニアに作ってもらったぬいぐるみが入ってることを確認していた。
「土産はこれでいいな」
満足げにいったダインは立ち上がろうとした。
だが、そんな彼の肩を掴み、上から押さえつける人物がいた。
「ん?」
ニーニアだった。
彼女は子供になったダインを、笑顔のまま見下ろしている。
「どこに行くの?」
「え、どこって…自分の家に…」
「駄目だよ」
きっぱりとそういった彼女は、ダインを押さえつけたまま動かない。
「こんな状態じゃ、走って帰ったんじゃ危ないよ」
「え、いや、別に悪い魔法をかけられてるわけじゃないから、そこまで危険じゃないと思うけど…」
「でも他にどんな影響があるのかも分からないし、途中で体調を崩すこともあるかもしれない」
ニーニアはニコニコ顔だが、声は笑ってない。
ダインを押さえつける手も、その小さな身体のどこにそんな力があるのかと思うほど強かった。
「外は危険がいっぱいだよ。だから今日はうちに泊まっていって」
「いや、それは…」
「シンシアちゃんの言った通り、ダイン君可愛いんだもん。誰かに誘拐されちゃう危険だってあるから」
「んなわけ…」
「駄目だよ」
有無を言わせぬ空気に、ニーニアが突然豹変したように感じたシンシアとティエリアは固まっている。
ダインも戸惑いっぱなしで、「だ、大丈夫か? ニーニア」、逆にニーニアの方を心配に思った。
「お前、急に雰囲気が変わったような…」
「違うよ」
「え?」
「お前じゃなくて、お姉ちゃんでしょ?」
…その場に居合わせたニーニア以外の全員が、一瞬時間が止まったように感じた。
ニーニアはダインをじっと見つめている。完全にロックオンしたかのような視線だ。
「お、おい、シンシア」
ダインはすぐさまシンシアに助けを求める。
「あちゃー、やっぱり…」
シンシアは予想が的中したと、額に人差し指を当てて難しそうな表情をしていた。
「ちょ…先輩」
ティエリアにも助けを求め、彼女に匿ってもらおうとしたが、その前にニーニアに抱きしめられてしまった。
「うお、に、ニーニア」
「うん、分かってる。大丈夫だから」
何が大丈夫なのかは分からないが、ニーニアは自我を失っているようにも見える。
「ルシラちゃんだよね」
と、意外なことを言い出した。
「ルシラちゃんのことがあるから、ダイン君は帰りたがっている」
「そ、それはまぁ…」
素直に認めたところで、彼女はダインを解放した。
「ちょっと待っててね」
そういって、勉強机まで歩いていった。
その上に置かれていた水晶のペンダントを手に取り、握り締める。
「動いちゃ駄目だよ」
とダインにいった直後、彼女の全身は光に包まれ、浮かび上がった魔法陣と共に姿が消えた。
どうやら彼女は“どこか”に転移魔法で飛んでいったらしい。靴も履かずに。
「…何が始まるんだ?」
ダインは不安な表情をシンシアに向けるが、彼女は「さ、さぁ」、と首をかしげている。
「ま、まぁニーニアさんのことですから、悪いことにはならないかと…」
困惑しつつティエリアがいった。
「あのようになってしまわれるのは少々驚きましたが…」
「そうだな…シンシアのいった通りだな…」
「でもいいよね」
シンシアはダインを見つめながら、「お姉ちゃん」、といった。
「ダイン君が子供になったときは、私たちのことお姉ちゃんって呼んでもらおうかな」
笑いながらシンシアがいい、「ふふ、良いですね」、ティエリアも乗った。
ダインはまた女性二人に腕をつかまれてしまい、子供化させられてしまう。
「可愛らしいダインさんにそのようにお呼びいただければ、この上なく幸福な…」
ティエリアがいいかけたときだった。
コンコンと部屋のドアがノックされる。
『ニーニア殿、すまないがそこにダインはいるだろうか?』
ドア向こうからは聞きなれた声がした。
「うげ、もう来やがったのか…!」
ダインは思わず声を出してしまったが、息子の声を聞きつけ、
『入るわね』
シエスタの声と共に、ドアが開かれた。
シエスタを先頭に、ジーグ、シディアンが部屋に入ってきた。
「久しいな、我が息子よ」
ジーグは威厳を漂わせていう。「しばらく見ないうちにずいぶんと可愛らしく…」
シンシアとティエリアに触れられたままのダインを再確認した彼は、「え」、と一瞬固まった。
「あ、あれ? マジで可愛いのだが!?」
驚き困惑するジーグとは対照的に、「ほんとね」、不可思議な状況だというのに、シエスタは面白そうに笑った。
「あらあら?」、シディアンも呑気そうな表情で部屋を見回す。「ニーニアちゃんがいないわね?」
「あ、ああ、いまさっき転移魔法のアイテム使ってどっかに…」
ダインが説明を始めた瞬間、ニーニアが消えた空間に再び魔法陣が現れた。
光と共にフェードインしたのはニーニアで、知らぬ間に部屋に沢山人がいたことに一瞬驚いたようだが、
「連れて来たよ」
ダインを見るなりそういった。
「連れて来たって…」
「ルシラちゃん」
「え」
ダインが固まっている間に、ニーニアの背後からすごすごと姿を現したのは…これまで外出を渋っていたはずのルシラだった。
「だ、ダインよ、何故小さくなっているのだ? 何か病気か?」
「久しぶりねシンシアちゃん、ティエリアちゃん、ニーニアちゃん」
「あら? その子がニーニアちゃんのいっていたルシラちゃん? これまた可愛らしい子ね〜」
騒ぐ大人たちに、シンシアとティエリアは笑うだけ。
ニーニアはダインの前に立ち、「これで泊まれるね?」、笑顔でいってきた。
「え、だ、だいん、なの…?」
ルシラは子供化したダインを不思議そうに見ており、目を白黒させている。
狭い一室は一気に騒がしくなり、再会を喜ぶ声や説明を求める声が入り乱れている。
説明したいこと、確認したいことが多すぎて、ダインの脳内はしばしフル回転を続けていたが…、
「…ごめん、無理」
とうとう彼は考えることを止めた。




