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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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六十四節、ドワ族の隠された生態

次の予定は読書だ。

ニーニアの手書きの進行表を思い出したダインは、ニーニアに案内を頼んだ。

「あ、うん、行こう」

隣家だよ、とリビングを出て行くニーニアに、ダイン達はぞろぞろとついていく。

「あっちの方にはいったことなかったな」

シンシアは思い出していった。「あっちにもニーニアちゃんのお部屋あるんだよね?」

「あ、う、うん」

振り返って返事をするニーニアは、やや顔を赤くさせている。

「このお家の部屋より素材とか試作品でごちゃごちゃしてるから、あんまり見せられないんだけど…」

散らかっている部屋はあまり見られたくないらしい。

工作好きな彼女が散らかっているといっているのだ。本当に部屋の中は踏み場もないほど散らかり放題なのかもしれない。

現代とほぼ同じ内装をしているリステン邸の内部には、一見整理整頓されているようだが、随所に用途の分からない道具や機械が置かれている。

側を通りがかると突然七色に発光する置物もあって、ティエリアは行きと同じく帰りもびくっと飛び跳ねていた。

人気のないリステン邸から外に出て、畑を通り過ぎてほぼ同じ外観の隣家へ向かう。

先に祖父母の家の中を確認してきたニーニアから、「ちょ、ちょっと待っててね」、と玄関から顔を出しつついってきた。

「片付けておいてっていったものが全部そのままで…ごめんね」

「ああ、待ってるよ」

苦笑しつつダインがいい、「あ、ここ日光当たって暑いから、こっちで」、ニーニアに案内されるまま、玄関から回りこんで軒先へとやってきた。

そして彼女は再びダイン達に謝り、家の中へ入っていく。

「もー」、そんな不満げなニーニアの声が中から聞こえてきた。

「ニーニアちゃん、忙しそうにしてるね」

「ふふ。でも嬉しそうです」

確かに、今日のニーニアは初めて見るぐらいに生き生きしている。

「来てよかったよ」

ダインが笑っていったところで、「そういえばダイン君、もう大丈夫なの?」、シンシアが聞いてきた。

「例の現象はもう落ち着いた?」

「あーいや、どうなんだろ」

体調に変化はない。暑さも感じず、違和感も無かった。

「まだ効果は続いてるとは思うが…」

そう話すダインに、「あの、その症状に関してお心当たりがあるとお聞きしたのですが…」、いまがそのタイミングとばかりに、ティエリアがきいた。

「魔法の詳細などが分かるということでしょうか?」

「何の魔法かは分からないが、“誰が”使ったのかは分かるよ。予想の範囲は出ないけど」

シンシアとティエリアはじっとダインを見つめている。

興味のある彼女たちに向け、「ルシラだよ」、ダインはいった。

二人には全く予想すらしてない人物だったのだろう、目を丸くさせている。

「ど、どういうこと? あのルシラちゃん?」

詳細を知りたがっているシンシアとティエリアだが、説明するには夢のこと、本体のルシラのことなど、なかなか理解してもらうのに時間がかかる。

細かいことはもっと落ち着いてから話すとダインがいい、シンシアとティエリアは素直に頷いてくれた。

しかしいまも魔法の効果は残っているのか知りたかったシンシアは、ダインに断りもいれずに彼に触れた。

すると途端にダインの全身が縮んでいき、子供体型になる。

「あー、やっぱまだみたいだな」

ダインはずれ落ちそうになる服を咄嗟に掴んだ。

「小さくなるサイズはこれで固定されてるのかな?」

シンシアは単純に魔法の効果が気になったようだ。「二人同時に触れた場合とかは…」

シンシアの視線がティエリアに向けられ、察した彼女もダインの腕に触れる。

しかしダインの身長はそのままだ。どうやら人数や魔法力の性質、強弱に関係なく、効果量は一定らしい。

「あれから結構時間が経ったように思うけど、ずっとこのままなのかなぁ」

やや不安そうにいうシンシアに、「さすがにそれはないと思うが…じゃなきゃ不便すぎる」、ダインも心配を口にした。

「あの、念のためサラさんに連絡した方がいいのではないでしょうか?」

と、ティエリアはいった。「サラさんでしたら何か解決法をご存知かも知れませんし」

確かに彼女のいう通りだ。サラも事情を知っているので、これがルシラのサプライズだということもすぐに分かってくれるはず。

「連絡とってみるよ」

そういって、ダインはズボンのポケットから携帯を取り出そうとする。

しかしズボンがずり下がったままなので中々取り出せない。

手元を見ると、シンシアとティエリアはダインの腕を掴んだままだった。

「あの、悪いんだけどそろそろ離してくれないか?」

動きにくいと伝えるものの、彼女たちはどうしてか動かない。

二人は子供化したダインをどこか惚けたような表情で見下ろしている。

「ん?」

どうしたんだろうかと見上げるダインに向かって、「ダイン君…」、シンシアが口を開く。

「抱っこ…」

「え?」

「抱っこ、していい?」

よく分からない申し出にダインは一瞬固まるものの、「いやいや、そんな場合じゃないだろ」、冷静に突っ込んだ。

「とにかくサラに連絡はしないとさ」

「抱っこしたままでもできるでしょ?」

「いや、ニーニアが戻ってきたらどうするんだよ」

「ちょっと、ちょっとだけだから。気配感じたらすぐに離れるから」

食い下がるシンシアの目つきは割と本気だ。

冷静になってもらおうとティエリアに協力を求めるものの、

「あ、あの、次は私もダインさんを抱っこ…」

どうやら彼女もおかしくなってしまったらしい。

「だ、だからそんな場合じゃなくてだな」

説得しようとしたが、子供になったダインを見て完全に理性を失ってしまった彼女たちには、ダインの声は届かなかったらしい。

「はーい、抱っこしまちょうねー」

シンシアがさらに手を伸ばしてきて、ダインの両脇を掴む。

「ちょ、お、おい…!」

簡単に持ち上げられ、本当に抱っこされそうになったとき、シンシアは不意にダインを降ろし手を離した。

同時にティエリアもダインから少し距離を置き、そこでようやく背後の家の中から足音が聞こえてきたことに気付く。

軒下の大きな窓を開け、そこから顔を出したニーニアは、「お待た…せ?」、ダイン達を見るや、やや驚いたような顔になった。

どうやら、元の姿に戻る直前の現象をニーニアにまた目撃されたらしい。

言い訳を考えているところで、「あ、また幻視の魔法?」、とニーニアがいってくれた。

「あ、う、うん、そうそう、ダイン君が使い方教えて欲しいっていってね」

すぐさまシンシアが乗っかる。

「す、すみません、また驚かせてしまいました」

ティエリアは申し訳なさそうに謝るものの、「あはは、いいですよ」、ニーニアは笑った。

「それより片付きましたから、どうぞ上がってください。そのまま入ってきて大丈夫ですから」

「真っ直ぐ行けば書斎です」、入り口に人数分のスリッパを用意して、ニーニアは奥へ行く。

彼女の姿が見えなくなってから、「…だからいったじゃん」、ダインはシンシアを咎めるような目で見た。

「あ、あはは、ごめんごめん。ちょっと我慢できなくなっちゃって」

「す、すみません」

どうやら子供姿のダインを見ておかしくなってしまうのは、シンシアとティエリアも同じらしい。

今後彼女たちの動きにも注意する必要があると思ったダインは、警戒ランクを一段階上げて家の中へ上がらせてもらった。


書斎は整頓されてはいるが、並べられた本棚には書物が隙間なく押し込められていた。

あまりの多さに、「うわぁ…すごいねぇ」、シンシアは息を吐きつつ、辺りを見回している。

ものづくりをする上で知識を取り入れることは必要だ。

その重要性を分かっていたギベイルだからなのか、書斎はそこそこの広さがあった。

「魔法力学の専門書に、服飾資料に…あ、これは郷土料理のレシピ集…!」

本好きなティエリアは、目をキラキラさせながら本のタイトル一つ一つを興味深く眺めている。

「あんまり統一感無いんだけど…」

本棚を見つつ、ニーニアは息を吐いた。「おじいちゃん、アイデアに繋がりそうなものは一通りかき集めちゃう人だから」

確かに並べられた本のジャンルは一つもまとまりがない。

漫画、小説、辞書に同人誌。

鉱物図鑑に歴史書に、料理のレシピ集に新聞の切り抜きファイル、アイドルの写真集まで。

続刊のあるものなのに飛び飛びな巻数しかないものもある。ニーニアのいう通り、本当に気になったものを手当たり次第に買い集めていたのだろう。

ジャンルは様々で本の規格も色々あり、ダイン達でなくとも“刺さる”本は必ずあるような書斎だ。

「気になる本は自由に手にとってくれていいから」

そんなニーニアの言葉を合図に、シンシアは様々な図鑑をかき集めていき、ティエリアは料理に関する本を書斎中央のテーブルの上に積み上げていく。

本棚を見ているだけでもシンシアたちは楽しそうにしており、書斎なんてつまらないかもしれないと思っていたニーニアは、ホッと安心したように息を吐いていた。

ダインは植物関連の書籍を積み上げており、適当に切り上げて椅子にかける。

シンシアとティエリアも思い思いの場所に腰を下ろしたところで、ニーニアは一冊の種族図鑑を手に上座の椅子にかけた。

「本を読む前に、みんないいかな?」

ダイン達の注目を集めたニーニアは、「ドワ族のことをもっと知ってもらいたいから、ちょっとした講座を…あ、堅苦しいものじゃないんだけど」、といった。

ニーニアのプランだ。

ドワ族について講座があると思い出したダイン達は、テーブルの上で両手を組んだまま、ニーニアが話し出すのを待った。

「も、もうみんな知っていることだとは思うんだけど…」

そういうニーニアに、「詳しいところまでは知らないよ」、とシンシアがいった。

「可愛い種族っていう理解しかなかったからなぁ」

「ふふ、そうですね」

ティエリアは笑いながら頷き、「俺もそうだな」、ダインがいった。

「ものづくりが得意ってこと以外は、俺もそこまでの知識は無い。ドワ族がどうして地中暮らしが多いのか、手先が器用なのか、背が低いのか、疑問に思っていた部分はある」

「あ、そ、そうなんだ」

じゃあ、と、図鑑を片手にニーニアの講義が始まった。

堅苦しいものにしたくないというニーニアの話の通り、その内容は簡単なものだった。

ドワ族に地中暮らしが多いのは、モノづくりに於いて気温や気候によって出来の良し悪しが左右されたくなかったから。

細かな作業をするために背丈が小さく進化してしまい、手先が器用なのもそのためだ。

人の役に立ちたいとの思いから、モノづくりだけでなくサービス業に従事する人もいるらしい。

ドワ族の説明を聞けば聞くほど、彼らは優しい種族なのだということが分かり、ダイン達は顔を綻ばせていった。

「さすが、愛着が湧く種族アンケートで殿堂入りを果たしたドワ族なだけはあるよねぇ」

シンシアはいった。「細かい作業をするために小さくなったっていうのが通説だけど、別の説では必要とされたい、愛されたいとの思いから小さな姿になったっていう説もあるんだよ」

それはダイン達には初耳だが、しかしなくはない説だ。

「実際のところ、みなさん可愛らしいですからね」

と、ティエリアは笑う。

「まぁドワ族にも色々いるんだろうが、ニーニアは間違いなくドワ族らしいドワ族だな」

ダインも笑いながらいった。「可愛いのも含めてさ」

そこでニーニアは顔を真っ赤にさせていき、「え、えーと、他には…」、手元の資料に顔を落とした。

「さ、最近じゃ、ドワ族の主食は小麦が多いよ。特にパン食が多めかな」

「何か理由があるの?」

「ぱぱっと食べられて、すぐに製作に戻れるからだと思う」

「寝ても醒めてもものづくりか。好きじゃなきゃできないな」

もちろん全てのドワ族が人の役に立ちたいからモノづくりに精を出しているわけではないのだろう。

働く理由なんて人それぞれだ。仕方なくその仕事をしていたり、製作の楽しさ自体に魅入られた奴なども沢山いるはず。

だが、それを差し引いても、ドワ族が世の中を潤せた度合いは大きい。

混乱期を経て、物が無い時代から便利な時代へ。

便利というのはそれだけで人の心に余裕を与え、その余裕が平穏を生み、他人に優しくする気持ちを作り出す。

自国のため、金儲けのためにモノを作っているという奴もいるだろう。

実際はその通りかもしれないが、しかし彼らが作り出したのは道具だけではないはずだ。

心の豊かさ、平和。ドワ族が成し遂げたことは、何よりも大きいのかもしれない。

「ま、まぁ最近は誰かのためというよりも、創作意欲ばかりが先行しちゃってるような気がするけどね」

褒めたおしていることに我慢できなくなったのか、ニーニアは顔を赤くさせたままいった。

「定期的な供給を狙って、あえて消耗品にしたりとか、自分の意思に反してクライアントの要求をそのまま呑んじゃってる人もいるし」

ドワ族の中にも、やはり悪い人はいる。

そう話すニーニアは、「戦争のための武器を作ってる人もいるし…ね」、と、どこか物憂げな表情になっていた。

「ルイン・スミスですね」

そこでティエリアが口を開いた。「より強力で、恐ろしい武器を作っている方々がいらっしゃるとか…」

その話は事実なのだろう。ニーニアは真剣な表情で頷いた。

「武具の製作はドワ族の歴史ですし、それ自体に問題はありません。ですが、戦争の発端となるような破壊兵器の開発、製造は法律で禁じられています。過去の種族間戦争を繰り返さないために徹底されてはいるんですが、規制の緩い他国に大金を積まれて引き抜かれていったりして、破壊兵器の開発に手を染めるドワ族がいるのも事実です」

そういう人たちをまとめてルイン・スミスと呼称していると、ニーニアはダインとシンシアに説明した。

「これまで表立った動きはなかったからそこまで問題視されてませんでしたが、兵器の存在は確認されています。徹底した排除論者と伝統維持派による小競り合いはいまも続いているし、ルイン・スミスが減らないどころか増えているのが現状なんです」

「確かに作った奴も悪いけど、需要があるのが一番の問題だろうけどな」

ダインはいった。「平和になったとはいえ、まだ何が起こるか分からない世の中なんだ。自衛のため、牽制のためと強力な兵器を持っていた方が良いと考える奴は沢山いる」

簡単に解決しないテーマだと続けるものの、ニーニアはまだ暗い表情のままだ。

「でも私たちドワ族が作ったものが、軋轢の原因になってしまうのは嫌だな…」

兵器を持つということは、それだけで持たない者にとっては脅威となる。

脅威は不安を生み、こちらも兵器を持とうとするものだ。

そうしてあらゆる国が兵器を持ち始め、探り合いや騙し合いが始まる。

「結局は一番の悪は武器を作った奴じゃなくて、それを使う側だ。軋轢の原因なんざ、何にでも当てはまるから考えないほうが良い」

ダインがいうと、「創作物に罪はありませんから」、とティエリアが口を開いた。

「ドワ族の方々の創作意欲というのはとても大切なものなのですから、それを阻害するわけにはいきません。世界の発展と平和の維持に、最も貢献している方々なのですから」

「その通り!」、大きくいったのはシンシアだ。

「ザ・ツールシリーズもそうだし、携帯やテレビもそうだし、利便性が増して娯楽も沢山出てきたおかげで、人々の心は豊かになった。相手のことを知りたいという人たちが増えてきたおかげで、種族間のいざこざも減ってきた。ニーニアちゃんたちドワ族は、誰よりも世界の平和に役立っていると思うよ」

たとえルイン・スミスだろうと、ものづくりに罪は無い。

そう話すシンシアたちに、ニーニアは「て、テレビとか携帯は私じゃないけど…」、謙遜していった。

「大発明とか、まだできてないし…」

“まだ”といっている辺り、彼女も大発明を狙ってはいるのだろう。

創作意欲は強い彼女なのだ。名工のギベイルすら天才だといわしめたニーニアなので、いずれ本当に画期的な発明をしてしまうのかも知れない。

いや、それも近い将来のことかもしれない。ニーニアの作業場にあった試作品は、どれも見たことのないものばかりだったのだから。

そこで話の流れはニーニアのことに向いた。

「ニーニアなら早くに大発明できるんじゃないか?」

ダインが笑いながらいった。「作業室にあった試作品はどれも見たことないのばかりだったし、扇風機とかすごい涼しかったしさ」

「扇風機って…あの凍るやつ?」

「そうそう。マジで涼しかった。何だったら売って欲しいぐらい」

ニーニアなら押せば譲ってくれそうなものだったが、「あれは駄目だよ」、と少し真面目な顔で拒否された。

まさかの言葉に面食らったダインに、「あれはあくまで未完成品だから」、ニーニアはいう。

「ダイン君にあげるものなら、自分で納得したものしかあげたくないよ」

妥協したものはあげたくない。それが職人としてのニーニアのプライドなのだろう。

「あの扇風機が気に入ってくれたんなら、ちょっと待っててね。ちゃんとしたものを作って渡すから」

ニーニアがそういう以上、ダインは試作品でいいから、とはいえない。彼は素直に「期待してる」、とニーニアに笑いかけた。

その二人のやりとりを眺めていたシンシアは、「でもちょっと珍しいかもしれないね」、ふとそういい始めた。

「珍しいって、ニーニアが?」

「うん。ドワ族の話に戻るけど」、と前置きしたシンシアは、ニーニアが持っていた種族図鑑を借り受け、目を通す。

「一般的にね、ドワ族の女の人で職人を目指す人は少ないらしいよ」

とシンシアが開いて見せてきたページには、ドワ族が将来どのような仕事に従事しているか、パーセンテージで記されている。

ドワ族の男性は、家具や機械などジャンルは様々だが、そのほとんどが職人だ。

対する女性は、看護士や保母さんといった福祉関係や、サービス業が多い。

「もちろん全ての女性がそうじゃないんだろうけど、全体の八十パーセント以上の女性がものづくり以外の仕事に就いているよ。ニーニアちゃんを見てるとドワ族の女性だけが不器用ってことはなさそうだし、昔から疑問だったんだよね」

「確かに…」、本を覗き込んでいたティエリアは、そのまま不思議そうな視線をニーニアに向けた。

「何故でしょう?」

全員の疑問を向けられたニーニアは、「う、う〜ん…」、何故か難しそうな表情をしている。

「もしかして、ドワ族界隈に男尊女卑の意識が根付いているとか?」

ダインは予測してきいた。「女は作業場に立つんじゃねぇとかさ」

「う、ううん。そういうのはないよ」

ニーニアはすぐさま否定した。「どちらかといえば寡黙な男の人が多くて、女性はお尻に引いてるぐらいだし…」

確かにカヤの性格はきつそうだったと思い出したダインは、「じゃあ…」、再び同じ疑問をニーニアに向けた。

問われたニーニアは、「えと…あ、あれがあるから…ね…」、ぼそぼそと何かいった。

「そのせいで作業できなくて…私はその…まだない、けど…」

ニーニアが何の話をしているのか分からなくて、シンシアとティエリアも首を傾げてしまう。

気付けばニーニアの顔は真っ赤だ。どうしたのだろうか。

言いにくいことなのだろうかと思っていると、

「ホワイトピュアだね」

書斎のドアが開くなり、そんな声がした。

部屋に入ってきたのは、買い物を終えたばかりのカヤと、シディアンだ。

「良かったらこれ食べてね〜」

シディアンは両手にお盆を持っており、テーブルの上にお菓子の饅頭と飲み物を置いていく。

お勧めにと爽やかな香りを漂わせる香炉をダインが受け取りつつ、「ホワイトピュア?」、率直な疑問をカヤに向けた。

「ドワ族の女にしか現れない現象のことだよ」

とカヤは答えてくれたが、よく分からない。

「説明してやってもいいが…」

ダイン達の後ろで何度も首を横に振っているニーニアを見て、カヤは口元に笑みを浮かべながら「やめておくよ」、といった。

「孫娘が恥ずかしがっているようだからね」

ニーニアの気持ちを汲んだようだが、「ドワ族の女性にとっては少し言いづらいのかもねぇ」、というシディアンの台詞で、気にしだしたのはシンシアだ。

「私知らないんだけど…ニーニアちゃん」

可愛いもの好きなシンシアは、可愛い種族であるという認識でいたドワ族のことはこと細かく知っておきたいらしい。

「ホワイトピュアって何? どういうジャンル? 恥ずかしいのはどうして?」

シンシアの怒涛の質問攻めにニーニアはたじろぐばかりで、「そ、そそそうだ!」、突然立ち上がった。

「ゆ、夕飯の仕込みしてくるね!」

カヤの手を取って、慌てるように書斎を出て行く。

「…逃げられた」

シンシアが残念がっていると、シディアンはくすくすと笑い出した。

「普段は大人しい子なのに、今日はやけにきびきび動くわねぇ」

「おばさん、さっきの話って…」

シンシアはそのシディアンに的を絞った。

「ホワイトピュアね。ドワ族の中じゃ人知れず機密事項とされているから、シンシアちゃんでも知らないと思うわ」

「どういうものなんですか?」

「私も知りたいです」

そういって身を乗り出してきたのはティエリアだ。

「教えてくださいませんでしょうか? 秘密は守りますので!」

シディアンに詰め寄る勢いのティエリアに笑顔を向けながら、「秘密厳守ってわけでもないから大丈夫よ〜」、とシディアンは柔らかい口調でいった。

どうやらドワ族の隠された生態について話してくれる気でいるようだが、ダインはこのまま聞いてもいいのだろうかと一瞬躊躇った。

「あー、俺、席外した方がいいっすかね?」

ニーニアの恥ずかしがりようから想像するに、性関連の生態のような気がしていたのだ。

立ち上がろうとするダインを、「本当に大したことじゃないから」、シディアンはそういって引き止めた。

「隣の部屋に行きましょうか。リビングだからここよりは落ち着けると思うわ」

各々がかき集めた本は後で読むことにして、ダイン達はシディアンの後に続いて書斎を出て隣の部屋に入った。


そこはこじんまりとした和室のような一室だった。

下は畳張りで、中央に木目調の高そうなテーブルがある。

掘りごたつ式のそこにダイン達が並んで座り、対面にシディアンが腰を下ろした。

「ホワイトピュアというのはね、ドワ族の女性にしか起こらない現象なの」

そこでシディアンはその“ホワイトピュア”について説明を始めた。

“それ”は、特別な場合において、身体から結晶がとめどなくあふれ出す“もの”だった。

その結晶というのは純粋な魔力が物質化したもので、鏡面のような反射率を持つ。

七色に輝くそれは極宝石と呼ばれることもあるが、所詮は魔力なので長くその形をとどめておくことはできない。

「つまりその結晶化した魔力のことをホワイトピュアって表現してるってことっすか?」

ダインがきくと、「そうねぇ」、シディアンは人数分のお茶を淹れつつ、「その現象が原因で、ドワ族の女の人は作業に集中することができないの」、と続けた。

そのホワイトピュアが出現したとき、魔力が結晶化する過程で身体に痒みが伴うようだった。

人によって強弱に差があり、中には痛みを感じる者もいるようだが、どちらにしろ神経がくすぐられてしまうため注意力が散漫になってしまうらしい。

製作には強い集中力と寸分違わぬ正確性が必要だ。少しでも気が逸れると失敗したり、場合によっては怪我をしてしまう。

ホワイトピュアが起こると製作に集中できなくなる。そのため、ドワ族の女性は職人を目指す人があまりいないようだった。

そこまでシディアンから説明を聞いた後、「あの、ちなみになんですが…」、シンシアがおもむろに口を開いた。

「その現象が現れるのはどんなときなんですか?」

彼女は興味津々とした様子だ。「ニーニアちゃんは、まだっていってましたけど…」

「ホワイトピュアが起こる条件ね」

それはね…と、シディアンはゆっくりとダイン達を見回す。

優しそうなその表情が、また笑顔に変わった。

「強い愛情を持ったときなの」

そう彼女がいったところで、ダイン達は一瞬きょとんとした顔になる。

「愛情…ですか?」

ティエリアが尋ねたとき、「そう、愛情」、シディアンは説明を続けた。

魔力の強さ、年齢に関係なく、ドワ族の女性であれば出てきてしまうもの。

愛情を抱く対象も決まった形はなく、親族であったり、物に対しても条件が揃えば出現してしまうようだ。

ではなぜドワ族の女性にはそのような能力が備わっているのか。

それについてはいま現在も謎とされているが、一説には母性の強さが関係しているのではないかと噂されている。

「それで、どうしてニーニアちゃんが恥ずかしがっていたかなんだけど…」

シディアンはさらに補足した。

「そのホワイトピュアが出てくる場所は人によって違っててね、手であったり足であったりするんだけど、胸から出てきちゃった人もいるのよ」

「む、胸ですか」

その瞬間、ダイン達はみんなが同じ場面を想像してしまった。

三人の考えを読み取ったのか、シディアンは笑顔のまま、「ええ、そう、そんなイメージね」、なんと簡単に認めた。

「だからホワイトピュア未経験の女性にとっては、それは母乳のようなものっていうイメージが定着してしまったの」

「ぼ、母乳…」

そこでダイン達は、どうしてその情報がシークレットとして扱われてるのか何となく察した。要は恥ずかしかったのだ。

「これでホワイトピュアの説明は以上かしら?」

質問は無いか、シディアンがダイン達を見回したところで、「な、なるほど…」、納得したようにシンシアは呟く。

「ドワ族の女性は母性が強い。相手のことを思い浮かべながら製作するから、ホワイトピュアの現象が起こりがちで、手元が狂ってしまう…。結果として、職人の道は諦めている人が多いっていうことか」

「その通りね」

朗らかにシディアンがいったところで、大変そうだと捉えたティエリアが、「治療などはできないのでしょうか?」、ときいた。

女性の中にも本気で職人を目指している人はいるはず。

「方法はないわけじゃないわ」

香炉に魔法で火をつけ、香り立つ煙を確認してから、シディアンはお茶を注ぎ足していった。

「ホワイトピュア発現に関係した感覚線は発見されている。そこを切っちゃえば、現象は起こらなくなるわ」

「そうなのですか?」

「ええ。けれど、それは同時にドワ族の女としての自信を傷つけることになりかねない」

シディアンは不意に真面目な顔になった。「母性の最高峰として、ホワイトピュア現象は位置づけられている。私たちにとっては誇らしいことなのよ。それほどの愛情を持てたということは」

確かに、彼女のいうことは最もだ。

どの種族にもいえることだが、進化の過程において無駄な器官などない。

必要だからこそ、その器官はいまも残っているのだ。邪魔なものならとっくに消えてなくなっている。

「ホワイトピュアかぁ…知らなかったなぁ…」

シンシアはしみじみとした様子だ。

彼女はニーニア以外のドワ族と付き合いはあったのだろう。なのに知らない生態があったことに驚きを隠せないようだ。

「ニーニアさんはどうされるのでしょう」

ティエリアは考え込んでいる。「職人を目指されているのでしたら、その感覚線というものを切られてしまうのでは…」

モノづくりにおいては邪魔でしかない感覚線。

ニーニアはどういう考えでいるのかと思っていると、「切ることはないんじゃないかしら」、シディアンは笑顔でいった。

「感情に直結した器官なんだもの。感覚線を切ることによるデメリットはないけれど、自分の感情が目に見えて分かることだから、例えホワイトピュア現象が起きたとしても、あの子は切らないわ」

断言するシディアンは、どこか嬉しそうな表情だ。「あの子は“気持ち”というものを大切にする子だから」

「気持ち…ですか?」

シンシアがいうと、「ええ」、シディアンは笑顔のままいった。

「これまであの子が作ってきたものは、自分や他人を含めた“気持ち”からインスピレーションを受けて作ったものが多いのよ」

シディアンの話にはダイン達にも思い当たることが多く、ニーニアからもらったものはほとんどが気持ちを込められたアイテムばかりだった。

お世話したいという優しい気持ち。友達になってくれてありがとうという感謝の気持ち。

ニーニアから貰い受けたアクセサリーや手のひらサイズの人形には、触れただけでニーニアの想いが伝わってくるようだ。

彼女は職人を目指してはいるのだろうが、感覚線を切ってまで目指したくは無いのだろう。

今後ホワイトピュア現象で苦労することになるかもしれないが、その現象との良い付き合い方を模索することになるのではと、シディアンは続けた。

「ひょっとすれば感覚線を切らずとも、症状を出さなくするものをあの子が発明するかもしれない。淡い期待だけれど、気持ちを大切にするあの子なら、まずそこを目指すかもしれないし」

見た目に反して芯は強いから、とシディアンはいった。

これまでの付き合いでニーニアのことがある程度分かってきたダインは、「確かにそうっすね」、と笑った。

「変に強引なときとかあるし、ニーニアの行動に面食らうことがなかなか多いんすよね」

「あー、あるある」、そこでシンシアも可笑しそうに笑う。

「お世話関連で多いよね。お返しにこっちが何かしようとすると、真剣に断ってきたり」

ティエリアにも心当たりがあったのか、くすくす笑っていた。

「ニーニアさんは、昔からあのようにお優しい方だったのでしょうか?」

そのままシディアンに質問すると、「いえ、前は違ったのよ」、少し意外な返答が飛び出した。

「昔はね、あの大人しい見た目の通り、遠慮がちな子だったの。部屋に篭りがちで、滅多に外に出なかったわね〜」

「そうなのですか?」

ティエリアと同じくダイン達も驚きの目を向けると、「昔は工房の職人さんとも顔を合わせたことが無かったの」、シディアンはいった。

「ギベイル…私のお父さんなんだけど、ギベイル・リステンという名はこの国内じゃ大きすぎたのよ。その孫娘ともなれば、他の人たちは特別視してしまうものだから」

そこで彼女が語りだしたのは、ニーニアのこれまでの苦労だった。

混乱期に七英雄の武具を作ったといわれるリステン家は、当時から一目置かれる存在だった。

リステンが作る武器に貫けぬものはなし、と国内でまことしやかに囁かれていた彼らを、世界にまで名を轟かせたのはギベイルによるものが大きい。

彼が最初に手をつけた武器が始まりだ。

現在は採掘不可で入手できない伝説の材質、“ヒヒイロカネ”を原料に使った“アカ・シリーズ”はいまも国家予算規模の価格で取引されているし、硬過ぎて絶対に加工できないといわれている“絶金剛石”を使った、“ニジ・シリーズ”の武器を作り上げたことでも有名だ。

世界情勢の流れに合わせて便利なアイテム製作に舵を切っても、彼の革新的なアイデアは発揮され、もはや生活必需品となった携帯型通信機や魔法テレビが普及したのは記憶に新しい。

偉人百選のトップ。ドワ族の真の王。

そんな通り名までつけられた中での、孫娘ニーニアの誕生だ。

初めて学校に登校し始めてから、彼女は周りから距離を置かれていた。

名前が大きすぎるというシディアンの言葉通りで、リステンという名前に分厚い壁を感じ、クラスメイトは誰も近寄れなかったのだ。

元来から気弱だったニーニアは、敬遠されたことによりさらにその性格が助長することとなってしまい、気付けば引きこもりになっていた。

自分で作ったロボットや人形と一人で遊ぶ毎日で、登校前は心から憂鬱そうな顔をしていたことは、シディアンはいまも覚えている。

このままではさすがにまずいと思い始めた矢先に、カヤが「多種族の生徒が通う学校がある」、といってきたのはニーニアが卒業して間もなくのことだ。

セブンリンクスに通わせろ、というカヤの進言に従い、進学を渋るニーニアを説得したのは容易なことではなかったと、当時のことを思い出しシディアンは笑った。

「貝のように頭まで布団をかぶって拒否していたあの子を、あの手この手で引きずり出そうとしたわねぇ」

「ど、どんなことしたんですか?」

尋ねるシンシアは目が輝いている。相当な興味があるのだろう。

「くすぐったり、あの子の大好物だったビッグ大豆ステーキの匂いを漂わせたり、人形劇をしたり、色々したわね〜」

当のシディアンは大変だっただろう。しかしその光景はどうにも微笑ましいものでしかなく、ダイン達一同笑ってしまった。

シディアンも笑い声を上げたが、「でもあの頃は笑顔が少なかったの」、と少し悲しそうな表情でいった。

「学校に通っておきながら友達がいなかったんだもの。周りはどんどん仲良くなっていってグループもできてきた中、あの子はずっと一人だった」

「寂しかったんでしょうね…」、そう話すシディアンも寂しそうな表情をしていたが、すぐにぱっと笑顔を広げ、ダイン達を見回した。

「あの頃よりよく笑うようになったのは、間違いなくあなた達のおかげでしょうね」

そういわれ、彼らは照れたように笑ってしまう。

「わ、私たちは何も…」

謙遜するティエリアだが、「本当よ」、シディアンはいった。

「昔はあれだけ嫌がってたのに、いまは嬉しそうに登校しているし、職人さんとも顔を合わせるようになった。私…いえ、私たちにとって、それはすごいことなのよ」

「そうなんすか?」

「ええ。さっきだって、あの子シンシアちゃんたちとモール街行ったようだけど、人ごみを嫌うあの子が行くとは思わなかったから、後で聞いてすごく驚いたわ」

嬉しそうな笑顔のまま、「あの子はあの子なりに変わろうとしている」、シディアンは続けた。

「そのきっかけを作ってくれたのはあなた達。あの子をセブンリンクスに通わせることに不安は正直あったんだけれど、いまはよかったと思ってる。だからありがとうね」

それがシディアンの本心だった。ダイン達が家に来てくれるときいたときから、お礼だけは言おうと思っていたのだろう。

「ま、まぁ、世話されてるのは俺たちの方なんすけどね」

照れ隠しにダインがいうと、シンシアもティエリアも頷いた。

「お礼をいうなら私たちの方です」

ティエリアがいい、シンシアは「可愛いニーニアちゃんと出会わせてくれて、ありがとうございます」、と丁寧に頭を下げる。

シディアンはまた嬉しそうに笑った。「どっちも優しい人たちだから。こうなったのは必然のことかもしれないわね」

そのとき、シディアンの腕に巻かれていた腕輪からニーニアの声がした。

『お母さん、そろそろ焼き調理に入りたいから…』

「ええ、分かったわ〜」

その腕輪は通話機能があるらしく、シディアンはゆっくり立ち上がった。

「じゃあ、ゆっくりくつろいでてね」

笑顔を残し、退室していく。


「俺らは書斎に戻るか」

読書しようかとダインが提案し、シンシアたちが立ち上がろうとしたときだった。

『あ、あ〜、度々すまない。いま少しいいだろうか』

駆動音と共に、また例のメイドロボが書斎にやってきた。

それはダイン達の前に静止し、モニターつきの顔を不思議そうにする彼らの方に向ける。

『ペリドアなんだが…』

声色には少しの困惑が感じられた。

『う〜ん、こんなことあるのだろうか…』

そう独り言を呟いている側で、『ギベイル殿、良いだろうか』、そんな別の声もする。

『ボタンはこの辺りか?』

『ああ…あ、いやそっちじゃ…』

何かを押すような音がロボットのスピーカーから聞こえてきた。

すると突然ロボットの上部から、パァンッという風船の破裂音がし、紙ふぶきが舞う。

「ひゃぁっ!?」

ティエリアとシンシアは飛び上がって驚いてしまい、『すまん、こっちだこっち』、というギベイルの声がした。

『こっちか』

また別の男の声。

どこかで聞いたことのある声だなとダインが思ったとき、真っ暗だったモニターに突然映像が映った。

どこかの貴賓室のような豪華な部屋が映し出され、その中央にいたのは、

「え…お、親父?」

ダインの父、ジーグだった。

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