六十節、未来のこと
世界に革新的なアイデアを届け続けるリステニア工房は、世界の注目を浴びている割りにはこじんまりとした広さだった。
四角い建物の外壁はレンガで組み立てられており、上部には煙突がいくつも生えている。
重厚な鉄扉を開けると、中からむわっとした熱気がダイン一行を襲ってきた。
歯車が回るような機械音や蒸気を吐き出す音、鉄や油の匂いなど、視覚以外から伝わる情報はイメージどおりだ。
しかしその内装は、工房という割りにはまるで新築の工場のように整然としていた。
工房や鍛冶場といえば、大体は何かの素材や部品が足元を転がっていたり、壁にはダンボールや用途の分からない工具など、使い古されて真っ黒になった色々なものが乱雑に置かれていたはず。
だがリステニア工房の中は何とも綺麗で、足元は平らででこぼこした場所はなく、壁にある棚にも新品かと思うほどピカピカな工具が並べられている。
鉄と油の匂いもそれほどきついものではなく、内壁は全て白塗りで統一されており、天井には開閉式のガラスが張り巡らされている。
おかげで全体的に明るくて、工場というよりはまるで研究室か何かのような、清潔感の溢れる場所だった。
「意外だな…」
素直な感想を漏らすダインに、「昔は散らかってたんだけどね」、とニーニアが笑った。
「足場もないほどごちゃごちゃしてて、油とか何かが焼けるような匂いとかずっとあったよ。作業効率を重視していたからね」
「最近リフォームでもしたのか?」
「うん。作業場の一部を私が貸してもらえることになったとき、せっかくだからって改装したみたい」
そう話している間にも、各々の作業場にいた職人たちはハンマー片手に何かの部品を叩いたり、透明な容器にギアのようなものを入れて魔力を込めたりしている。
作業に没頭するあまりこちらの存在には気付いていないようだが、どの職人もそこそこ年を重ねた外見をしており、ドワ族以外の種族の人や女性はいないようだ。
「前にニーニアから人材不足だって聞いたけど、やっぱドワ族以外は募集してないのか?」
ダインが尋ねると、「そんなつもりはないみたいだけどね」、ニーニアは難しそうな顔で答えた。
「やる気がある人なら種族も性別も問わないみたいだけど、あんまり応募がないみたい。他の工房にはそれなりに人は来てるはずなのに」
「リステニア工房っていうブランドイメージが先行してるからだと思うよ」
シンシアが割り込んできた。「どれだけ志が高くても、ドワ族でもない自分がリステニア工房に雇ってもらえるなんて思わないはずだし」
「あり得る話だな」
ダインが頷くと、「難しい問題ですね」、ティエリアがいった。
「細かいことは分かりかねますが、このような現場を見てしまったら、その技術力の高さに物怖じする方もいらっしゃると思います」
ティエリアの言う通り、職人たちの動きにはほとんど無駄がない。
ハンマーを使う動きは大胆に、しかし機械を使う動きはミリ単位に繊細だ。
小さな金の円盤に、針のような細い金具で動線を引く動きはまさしく職人技で、どの職人も目を見張るような手先の器用さだった。
「見習いからでもいいって書いてあるはずなんだけどね」
人材不足の話をしながらさらに奥へ突き進み、やがて何かを見つけたシンシアが「こっちこっち」、とティエリアとダインの手を取った。
シンシアはもう何度も訪れた場所なのだろう。迷うことなく歩みを進め、突き当りの右側にある白いドアを開けた。
そこは畳三十畳ほどはありそうな広い空間だった。
壁の左右にいくつもの棚が並んでおり、様々な素材や教材が立てかけられているのが見える。
試作品と思しきものも棚の中に収められており、実験器具や炉のようなものまである。
「ここが、ニーニアちゃんの作業場だよ!」
両手を広げてシンシアがいった。
「ほう、ここが…」
その一室も物は多いが、整理整頓されていた。
几帳面で細々とした作業が好きなニーニアの性格がよく現れている。
「この双眼鏡とかロボットみたいなやつとか、ニーニアが作ったのか?」
棚の一部を指差しながらダインが尋ねると、「え? うん、そうだよ?」、ニーニアは頷く。
「では、このブレスレットや髪飾りも…?」
別の棚を指差すティエリアにも、「この部屋にあるものはほとんど私が作ったものです」、ニーニアはいった。
ダインとティエリアはお互いに視線を合わせてしまう。
ニーニアが作った試作品の数々を見てようやく、彼女は名工と謳われるリステン家の子供だったのだということを痛感した。
「小さい頃からの作品もあってね」
シンシアはいう。「ペリドアおじさんもギベイルお爺ちゃんもいってたけど、ニーニアちゃんは間違いなく天才だって」
「そ、そんなことないよ。ほとんど見よう見まねだし、友達とかいなかったから一人でそうして遊んでいただけで…」
ニーニアが謙遜している間に、シンシアは作業台から何かを持ってきた。
それは密閉された円柱状のガラス容器で、中に光の粒が沢山浮かんでいる。
「こんなの、普通作れないよ」
どうやらその光の粒は純粋な魔力のようだ。
中ではその魔力がランダムに水を生成したり、火を起こしたり風が吹いたりしている。
人体にしか留められないはずの魔力を、ニーニアはどうやったのか容器の中に閉じ込めることに成功したようだ。
魔力魔法自動発生装置と名づけられたそれは、ニーニアが作った別のアイテムにも採用されている。
腕輪の中心部に特殊なガラスでできた球体が組み込まれており、そこでも火や水が巻き起こっている。
綺麗な光景にティエリアはうっとりとした表情で眺めており、「魔力を閉じ込めるなんて画期的なんじゃ…」、ダインは驚いたままいった。
「あ、ううん、そのガラスは割れやすいっていう難点があって、実用化は多分無理だと思う」
そうニーニアはいうが、他にも持っただけで水が沸いてくるコップや、触れた人の魔力を感知し同じ動きをするロボットまである。
どの試作品も触るだけで楽しくなるようなギミックが施されており、まるでオモチャ箱の中にいるようだ。
「見よう見まねってニーニアちゃんいうけど、ほとんど基本から応用して作られてるものばかりだし、ここにあるの全部独学なんだよね? そんなの天才としか言い様が無いよ」
シンシアの言葉に、「そうですね」、ティエリアも素直に賞賛した。「これほどまでの技術力を持った方を私はいままで見たことがありません」
「ど、ドワ族なら、これぐらいのことはできます」
ニーニアは恐縮していう。「まだどこにでもあるようなものしか作れないし…」
「いや、素直にすげぇなって思う」
ダインも流れに便乗した。
「独学ってことは何も無い状態から、これだけのものを作り上げたんだろ? 無から有へ変える難しさは俺も良く分かってるつもりだし、それを成し遂げられてるニーニアはやっぱ天才なんだろ」
「だ、ダイン君まで…」
「胸を張って良いと思う。そんな友達を持てて俺も誇らしく思うし、何より目標にしたいよ」
最後にはダインはニーニアに笑顔を向けた。「良かったら、作り方とかレシピとか、教えてくれな?」
ずっと恐縮しきりだった彼女だが、彼の最後の台詞を受けて笑顔になって大きく頷いた。
二人のやり取りを微笑ましく見ていたティエリアは、部屋の右隅にあるもう一つの作業台を発見し、「あ、可愛い」、と呟いてしまう。
その作業台に並んでいる作品は、ロボットや盾といった無機質に見えるものとは全く違うものが並べられていた。
小動物を模したぬいぐるみや、そのぬいぐるみに着せるフリルまみれの服。煌びやかな光を放つ髪飾りに、指輪や腕輪といった貴金属、アニメに出てきそうな可愛らしい人形の数々。
そこはまるでファンシーショップのような、『カワイイ』アイテムたちが大量に置かれてあった。
「ここが、ニーニアちゃんの本当の作業場なんだよ」
もふもふのモンスターを模ったぬいぐるみを抱き上げ、シンシアがいう。
「ブローチや指輪や髪飾りにも可愛いモンスターの装飾があしらわれていてね、もうこのままお店開けるんじゃないかな」
「ふふ、確かにそうですね。もし近くにそのようなお店がありましたら、絶対に立ち寄っています」
ティエリアも別のぬいぐるみを抱いており、そのもふっとした感触に酔いしれている。
確かにそのファンシーな作業台こそ、ニーニアがメインで使っている台なのだろう。試作品の数が中央の台と倍ほど違う。
「…いや、マジですげぇわ」
ダインはその試作品の可愛さよりも、まずそのクオリティの高さに驚いていた。
「このモフギツネの髪飾りとかって、どれぐらいの期間で作ったんだ?」
質問を始めた。
「それは二日ぐらいかな」
「ここに並んでるぬいぐるみは?」
「ぬいぐるみは簡単だから、一日あればそこにあるのは全部作れるよ」
ぬいぐるみの展示用として置かれた本棚には、十体ほどある。
「これも全部独学なのか…?」
信じられないといった顔でダインが尋ねると、「あ、じゃあ何か作ろうかな」、ニーニアは作業台の前に座り、下の棚を開けぬいぐるみを作るための道具を取り出していった。
何のぬいぐるみを作ろうかと思案する彼女に、すかさずシンシアが「可愛いのがいい!」、とリクエストする。
「ちょっと待っててね」
ニーニアはいい、そのまま一番下段の棚を開け取り出したのは、真っ白な毛玉と大きさの違う数個の茶色いゴムボールだった。
「簡単なものだけど…」
ダイン達が見てる前で、彼女は慣れた手つきで作業を始める。
火の魔法を使ったのか、ニーニアが大きさの違うゴムボールを重ねた瞬間、それらは引っ付きあい、まるで溶け合うように一つの塊となった。
そのまま粘土のようにこね回し、何かの動物を形作っていく。
「このゴムは熱を加えている間は粘着性があるから、いまのうちに…」
出来上がった形を崩さないよう、風と火の魔法で温風を作り出し、ゴムを宙に浮かせた。そして用意していた毛皮を不安定に浮かぶそれに丁寧に巻きつけていき、毛皮の重なり合う部分を糸と針で器用に縫合していく。
黒いボタンのようなものを顔の辺りに埋め込み、目と鼻を作った。
そして爪楊枝のような細く尖ったものでぬいぐるみの手足の先をいじり、毛を掻き分け肉球を形作る。
尻尾や耳といった細部もその楊枝で整えていき、最後に水と風の魔法でぬいぐるみ全体を洗い、毛皮に付着していた油分を落とす。
それは真っ白な毛皮の、ホワイトベアーを模ったぬいぐるみだった。
「うん、こんなものかな」
ゴムボールからぬいぐるみの完成まで五分とかからなかったので、ダインは思わず「はやっ!」、と突っ込んでしまう。
「ぬいぐるみは、本当は中綿を軸に作っていくのが基本なんだけど、このゴムを使うと綿以上に感触が本物に近くなるから」
ニーニアの説明を聞きながら、シンシアは早速そのぬいぐるみを手に取っている。
毛皮のもふもふ感と、柔らかいゴムのぷにぷに感。その極上の感触に、シンシアの頬はとろけてしまったようだ。
「んはぁ…今日も最高の出来だよぉ…」
ダインもその感触を確かめさせてもらうが、しばしリアクションが出来ない。
驚愕の顔はニーニアに向けられたままで、何か気付いたのかニーニアは「あ、ご、ごめんなさい」、と謝ってきた。
「魔法で作ったんじゃ、参考にならないよね?」
確かにニーニアの作り方は、魔法の使えないダインには全く参考にならない。
しかし彼が驚愕しているのはそこではない。
「いや…すげぇなって…」
ニーニアの手さばきはもちろんのこと、何も見ずに即興でぬいぐるみを作り上げた、彼女の記憶力や再現力の高さに驚いていた。
簡単なものといって作ったそのぬいぐるみは、細部にまで作り込まれており、店で売っているものと遜色の無いクオリティだ。
魔法を使っての作業であるため、仕上がりが早いのは分かる。
だがいくら早くても、出来映えは職人の技術力にかかっている。
ドワ族がものづくりが得意なのは、世に普及している便利グッズから考えて、もはや説明するまでもないことだ。
だがこうして実際に作業の過程を見せてもらい、その手際を目の当たりにすると、改めてドワ族という種族の凄さを実感せずにはいられない。
そんなドワ族の中でも、ニーニアに至っては手際が群を抜いているような気がする。
魔力が薄いと彼女はいっていたが、魔法の使い方は職人が機械を扱うように繊細なものだった。
特に空中に浮かせながらぬいぐるみを作るのは、同じドワ族の職人でもかなり難しい部類の技ではないだろうか。
作業スピードに正確性に技術力、そして発想力。
ものを作る上で欠かせない全ての要素が、ニーニアには備わっているのだろう。それも天才の域に達する水準で。
「ニーニア…いや、師匠」
ダインはおもむろにニーニアの両手を掴む。
「え、え? し、師匠?」
「是非とも、その技術力や発想力をうちの村に根付かせて欲しい」
かなり期待を込めた目で彼女にいうものの、少し申し訳なさそうにニーニアはいった。
「で、できることなら協力したいけど…でも、私の作り方は独特で真似しづらいっておじいちゃんにもお父さんにもいわれたよ?」
「そうなのか?」
「独学だから…独学っていうのは、自分にしか分からない方法で技術や知識を学んできたっていうことだから…」
確かに彼女のいう通りかもしれない。
作業台の上にはニーニアのものと思しきノートがあるが、何の素材をどう加工し何が出来上がるかが書かれてあるものの、略語や計算式が多すぎてほとんど理解が出来ない。
「基本的な技術は学んだから教えることはできるけど、それ以上のことは難しいかも…」
そもそも誰かに教えたことはないし、人見知りな自分にそこまでのことができるだろうか。
不安そうに表情を暗くさせる彼女に、「教えるのは俺だけでいいよ」、心情を察してダインがいった。
「村の職人たちには俺から伝えていく。教えてくれるのは基本的な技術だけでいいし、こっちで勝手に応用の幅を利かせていくつもりだからさ」
リステニア工房の作業風景を見せてもらったが、やはり魔法がメインの工作だったので、参考にはならなかったとはっきり伝えた上で、ダインは続ける。
「ぶっちゃけ、俺のところも完全に独学でマニュアルを作ってあるから、基本知識すらままならないんだ。どんな種類の素材があって、それはどんな加工が可能なのか、職人なのに知らない奴はかなり多い」
「そ、そうなんだ」
「ああ。だからその基本知識を教えてくれるだけでいい。村の職人たちが作ったマニュアルは魔法を使わない完全に独立したやつだけど、独自のものだけに変更は自由自在だ」
そこでニーニアはほっと息を吐く。
基本知識をダインに伝えるだけなら、そう難しいことではない。
だが、彼女はまたすぐに申し訳なさそうな顔になった。
「せっかくの機会なんだし、私にしかできないこと、したいな…」
ものづくりの基礎を教えるのは、そこそこ精通している者ならば誰にでもできることだ。
ニーニアは考えていた。もっとダインの役に立つには、どうすればいいか。
何を教えれば、エレイン村の発展に繋がるのか…いや、もっと端的に言えば、何をすればダインは喜んでくれるのか。
答えの無い問題を考え込んでいるところで、「そういえば、この間エレイン村にいったときの話だけど」、シンシアが会話に混じってきた。
「エレイン村の特産品とか見せてもらったけど、置物とか日用品とか多かったよね」
それはニーニアも記憶していた。土産物屋といえば工芸品ばかりなイメージだが、エレイン村には爪楊枝や割り箸といった日用品が沢山置いてあった。
「基本的に魔法使えないからさ、ドワ族が作ってるような魔法ギミックが仕込まれたようなものは作れないんだよ」
「どのようなものがあるのでしょうか」
尋ねるティエリアは本当に知りたそうな表情をしている。
前回シンシアたちがエレイン村の朝市を見て回っていたとき、ダインの吸魔で寝込んでいた彼女は買い物ができなかったのだ。
「私が見たのは…」
ダインが口を開く前にシンシアが答えた。「木彫りのサンダーシャークの人形に、猫の手形をした孫の手、爪切りや石鹸、シャンプーとかコスメグッズとかですかね」
「色々あったよね」
エレイン村の朝市で売られていたものを思い出し、ニーニアも笑顔になる。「シンプルシリーズっていうのもあって、全部びっくりするぐらい安かったよ」
「デザインやギミックは魔法製のやつには適わないからな」
特産品の傾向がどのようなものか、ダインはいった。「多機能化の流れに逆行するようだけど、用途を一つに絞った簡素なアイテムは、逆に注目してくれるんじゃないかってシフトチェンジしたんだ。コストも製作時間もそんなにかからないしさ。だから安値で提供できる」
「あんまりギミックを詰め込まれすぎると、全部の用途を把握しきれないし、多機能化を目指すとそのモノも大きくなっていっちゃうからね」
と、シンシア。「そうですね」、ティエリアは頷きつついった。
「頻繁に使うものなどはシンプルなもので良いと思います。私のところでは土地柄、魔力魔法は効きづらいですので、複雑なギミックを用いたものは使えないこともあるので」
ティエリアの住んでいる島、バベル島は、かつては伝承にしか存在しないといわれていた島だった。
ゴッド族のみにしか立ち入りを許されなかったその島は、奇襲や乗っ取りを警戒し別種の魔力や聖力を撥ね退けるバリアを張り続けていた。
いま現在その規制は緩くなったものの、排除バリアの効力は島全体に染み付いており、そのため島内では魔力魔法自体使えない場所もあるとティエリアはいった。
「ですからそのシンプルシリーズはとてもいいと思います。その路線を継続してみては?」
そう彼女は提案するが、「う〜ん…」、ダインは腕を組み難しそうな表情で考え込んでいる。
「でもさ、同じ値段のものがあったとして、片方は一つの用途しか使えないもので、もう一つは多機能性のあるものだったとしたら、購入する側としては後者の方選ぶだろ?」
最もな指摘だった。
一般消費者として、「あー、それはまぁ」、シンシアは正直に頷く。
「安さ以外にうちには売りがないんだよ」
ダインはエレイン村の窮状を訴えた。「シンプルシリーズは安いだけに純益が少ない。魔法が使えないから作れるものも限界がある。技術でどうにかカバーできりゃいいんだけど、基礎知識もないから革新的なアイデアなんて生まれるはずがないし、ヴァンプ族は基本不器用だから細々とした作業も難しい。半分詰んだようなもんだ」
でも、と彼は続けた。
「力の強さを活かしたアイテムも、あるっちゃあるんだけどな」
「え、それはどんなもの?」
思い出そうとするシンシアとニーニアに、「この前朝市にいったんだったら、雑貨屋に立ち寄ったはずだ。そこの天井見なかったか?」、ダインがきいた。
思い出したシンシアは、「あ、見たよ。半分透明な天井で、光反射塗料塗ってあったから綺麗だねってニーニアちゃんと話してたよ」、そういった。
「あの素材って、エアマテリアルだよね?」
空気を物質化させた素材のはずだとニーニアがダインに聞くと、「そう」、頷いたダインは続けた。
「でもあれ、天井じゃなくて、馬鹿でかい団扇なんだよ」
「え、う、団扇?」
ニーニアの表情が驚愕に染まる。「百メートル以上はあったはずだけど…」
エアマテリアルは空気を魔法で固めた物質だが、魔力と空気が融合した瞬間、鋼鉄並みの質量が発生する特殊素材だった。
鋼鉄の板金といってもいい素材なので、その板が百メートル以上ともなると十トンや百トンどころの重さではなくなる。
そんな超重量級の団扇など、魔法を使っても扱うことは無理だし、扇げる者などいないはず。
だがダインは、「デモンストレーションで使うこともある」、と簡単にいった。
「一人が空に向けて扇ぐんだ。どれだけ曇天で大雨でも、その団扇使えば一発で晴天になるから結構ウケが良くてな」
ヴァンプ族の力は天候すら左右する。想像しただけでも凄そうな光景に、シンシアたちは目を丸くさせた。
「す、すごいね…」
「魔法を使えないヴァンプ族が、他には絶対に真似できないものは何かって考えたら、やっぱりそういう力任せのインパクト勝負になっちまうのは避けられないんだよ。でも、もちろん他の種族ではあんな団扇扱えないから商品としての価値は無い。客は驚きはするものの驚くだけで、イコール購買意欲に繋がるわけでもないし」
結局インパクトだけではものは売れない。そう話すダインの言葉は、エレイン村全体の苦しい現状を物語っていた。
農業に力を入れていたこれまでは、どうにか野菜や雑穀類を売りさばき生計を立てられていた。
しかし日々進化し続ける機械産業が農業に進出し始め、自動化、低コスト化、生産性の向上を果たし、自分達で畑を持ち野菜を育てられるようになった。
必然的にエレイン村で育てられた野菜は売れなくなり、そのため農産業から製造業へシフトせざるを得ず、文房具や玩具を作り始めてみたはいいものの、ヴァンプ族は手先が不器用な者が多いためシンプルなものしか作れない。
ものづくりの歴史が浅いため、経験も知識もまだ根付いておらず、革新的なアイデアも浮かばない。
エレイン村はいま現在も緩やかにだが発展を続けている。しかし、現状まだ“マシ”なだけで進化はしていない。世の中には様々な便利な“モノ”がいまもなお出続けているというのに、ヴァンプ族の仕事は旧態依然のまま。
ヴァンプ族は時代の流れに取り残されたままなのだ。このままではいずれ世の中から淘汰されることは避けられない。
だからこそ、ジーグとシエスタはエレイン村の特産品の売り込みに世界各国を奔走していた。彼らもこのままでいいとは思っていない。現状を打破しようと必死なのだ。
そんなダインの説明によって、シンシアたちはエレイン村がいま置かれている状況は決していい事ではないと思い始めていた。
「改めてきくと、割と深刻な問題だよね…」
シンシアは真剣にエレイン村は今後どうするべきかを考え始めている。
「ものすごく力持ちなのですから、お仕事自体は探せば沢山ありそうなものですが…」
ティエリアのいっていることも分かる。しかしダインは難しい顔をしたままだ。
「認知度の低い種族だし、厄介な能力のせいもあって出稼ぎに行こうと考える奴も少ないからな。これまで地産地消でまかなえてたし、昔から閉鎖的なところはあったんだよ。近隣の村からは気味悪がられているし、魔力が極端に低い種族だから何も出来ないと決め付けられることも多くてさ、だから就職も難しいんだ」
簡単な問題ではない、ジリ貧だとダインがいったところで、「そういえば」、ニーニアが声を上げた。
「エレイン村の人口って、ちょっと見ただけだけど、そんなに多くなかったような…」
「ああ、いまは三十人ぐらいかな。昔は百人ほどいたらしいが、年々減っていっている」
「さ、三十人ですか…」
ティエリアはやや引き気味にいった。「ゴッド族の人口より少ないですね…」
もちろんエレイン村がヴァンプ族の全てではない。各国、各地に少なからず存在はしているが、限りなく血の薄い親戚であったりするだけで、純血種は多く見積もっても五十人はいない。
「外部との接触を制限してきた上に、俺たちはどうも子供ができにくい体質のようでさ。だから一つの夫婦あたり一人か、よくて二人しか子供を産めなかったからな」
閉鎖的な環境に加えて出生率の低下。ヴァンプ族全体が抱えている問題は種の存続にも関わることだった。
「そ、そんな…」
ショックを受けたようなティエリアだが、ダインの表情にはさして焦燥感や悲壮感は見られない。
「俺の両親ともに頑張ってくれてはいるんだろうが、淘汰の流れはいくら努力しても簡単には変えられないだろう」
諦めにも似た表情でいる彼に、
「そんなの駄目だよ!」
突然そう叫んだのはシンシアだった。
「ヴァンプ族だけは、絶対になくすわけにはいかないよ! 村の人たちみんないい人で優しくて、初対面の私やニーニアちゃんにとっても良くしてくれて、ご当地グルメもすごく美味しかったし…」
「うん。絶対になくすわけにはいかない」
ニーニアも真剣な表情だ。
「私たちに出来ることはきっとあるはずです」
ティエリアは早くも存続の案を考え始めている。
勝手に話が進みそうになったので、「あーいや、俺だって完全に諦めてるわけじゃない」、ダインは先走りそうだった彼女たちを落ち着かせた。
「人口の減少は資金的に余裕が無いところから来てると思うんだ。だからとりあえずいまは村をより発展させることだけに集中して、そのためにドワ族の知識を授かって、知名度が上がるような商品の開発に着手しようと思っててさ」
プランを彼女たちに話すものの、「もっと簡単な方法がないかな」、シンシアは遠回りだといった。
「いまのヴァンプ族の人口を考えると、村を発展させるために特産品を開発するっていうのは遅い気がするよ」
それから彼女たちは固まって、ヴァンプ族の種が途絶えない方法を模索する。
「種の存続…簡単に考えれば、人口の増加っていうことだよね」
ニーニアはいい、ティエリアは「そうですね」、と頷く。
「ですが難しい問題です。子供が出来にくい体質だとダインさんは仰っておられましたし…」
う〜ん、と腕を組んで考えている。集中するあまりか、「いや、あの…」、ダインが声を発しても誰も気付かない。
「あ、じゃあ外の人たちの力を借りればいいんじゃないかな」
ニーニアが顔を上げていった。
「血は混ざっちゃうけど、ヴァンプ族の良さを知ってもらって、その特徴に理解のある人たちに協力してもらえれば出生率も上がるはず」
「いいと思う」
シンシアも賛同した。
「ヴァンプ族に悪い人たちはいないもん。あんなに優しい人たちなんだから、触手ぐらいで気味悪がる人なんてそんなにいないはずだよ」
「そうですね!」
光明の見えたティエリアはいう。「他種族でも何でも、とにかく沢山お子さんを産んでいただければ、それは種の存続に繋がるわけですし」
いい案だ。
彼女たちは手を取り合って喜んでいる。
ダインが思わず目を逸らす中、「出生率を上げるために私たちができることは何があるかな!?」、シンシアはニーニアとティエリアにきいた。
「私たちも協力すればいいんだよ! ヴァンプ族の子供を私たちも身ごも…」
途中でニーニアはハッとする。
シンシアとティエリアも動きを止め、徐々に自分たちが何を言い出しているのかに気付き、みるみる顔を赤くさせていった。
「あ、あ〜…え〜、と…」
彼女たちの視線は自然とダインに集中している。
当の彼は、聞こえないとアピールしてるかのように口笛を吹きながらマジックダストの置物を眺めていた。
「と、とりあえず、こ…子供を増やすとか何とかは、飛躍しすぎている、ね?」
シンシアがいったところで、ニーニアとティエリアは何度も首を縦に振る。
「ま、まずは、ダインさんの仰っていたように商品開発の方に力を入れるべきです、ね」
真っ赤なままティエリアはいった。「ヴァンプ族の知名度を上げ、地道でも良いから理解者を増やす。そうすれば、自然と人口不足の問題も解決へ向かうはずですから」
「そ、そうですね。まずは商品開発の方で私たちが協力できることをするべき…」
顔の赤みを落ち着けつつシンシアは考える。「ファッション関係で何か協力できないかな。服のデザインとか好きだし、勉強もしてきたし」
「あ、良いですね。私はお料理なら手伝えるかもしれません。地元の特産品を使ったお料理の共同開発とか良さそうです」
ティエリアがそういったところで、「あ、共同開発は良いですね! それなら私にも教える以上の協力ができそう」、ニーニアは笑顔になった。
出生率だ子供だのの話は終わったらしい。
ダインは内心ほっとしながら、固まる彼女たちのもとへ戻った。
「ありがとな」、ここまで協力してくれる彼女たちにお礼をいいながらも、「でもこれは完全に俺たちヴァンプ族だけの問題だ」、ダインは彼女たちにいった。
「自分の身を削ってまで協力しようとするんじゃないぞ? お前たちにはそれぞれ進路があるんだし、お前たちの親はそれぞれの将来に期待してるんだから」
あくまで無理をしない程度に、と釘を刺すようにダインがいったところで、シンシアたちは笑顔のまま首を横に振った。
「もちろん進路とか将来のことは大事だけど、ダイン君のことはそれ以上に大事に思っているから」
シンシアにそうはっきりいわれてしまい、ダインは「む」と顔を赤くさせてしまう。
「ダインさんの友人として、種の存続の危機と聞けば黙っているわけにはいきませんから」
ティエリアは真面目な顔だ。
「ヴァンプ族は絶対に淘汰させないよ。どんな方法を使っても、存続させる」
普段気弱なニーニアにしては珍しく、その目には強い決意が宿っていた。
三人の気持ちは本当にありがたい。
痛み入る話だが、ダイン自身には正直それほどの熱量はなかった。
「そこまで気負わなくていいよ。なるようにしかならないんだしさ」
それはダインだけの意見ではない。ヴァンプ族全体が考えていることだった。
触手や吸魔衝動の問題に、閉鎖的な考え方。
心優しい彼らだからこそ、人に迷惑をかけてまで種を存続させたいという意識が希薄だったのだ。
なるようにしかならない。自然の流れに身を任せるしかない。
魔法力至上主義のこの世の中、魔法力を持たない呪われた一族であるヴァンプ族が淘汰されるのも仕方の無いこと。
そうダインは語るものの、「なるようにしかならないんじゃなくて、なるようにするんだよ」、シンシアが声を上げた。
「こうしてダイン君と私たちが知り合えて仲良くなれたのは、そういうことなんじゃないかな。ヴァンプ族の存続に奔走するダイン君のご両親だけじゃなくて、私たちも立ち上がるべきなんだよ」
奮い立つシンシアにつられ、ニーニアとティエリアも気合を込めるように両手を握り締める。
危機感が薄いヴァンプ族の意識改革。
魔法力が全てでは無いということを世に知らしめること。
村自体の存続を目的とした、知名度の向上のための商品開発に企画に、人口の増加。
ヴァンプ族は窮地に追いやられている。彼らに山積する問題は、どれも一筋縄ではいかないものばかりだ。
まだ学生の身分であるシンシアたちには荷が重過ぎる課題であるはず。
しかし、やる気に満ち溢れた彼女たちはみんな笑顔で、ダインのためになるならと様々な案を出し合っている。
本当なら、シンシアたちには全く関係のないことなのに。
学校では世話になるばかりなのに、こんなところまで彼女たちはダインの…いや、ヴァンプ族の役に立とうと、将来に直結する“いま”という貴重な時間を割こうとしてくれている。
「俺にはもったいなさすぎるな」
小さく笑っていたダインは思わずいってしまった。
「お人よし過ぎるよ、お前たちは。傍から見れば、俺たちは単なるクラスメイトっていう間柄なのにさ」
そこでシンシアたちがダインに向けたのは、やはり笑顔だった。
「だってクラスメイトだけの関係で終わらす気は無いもん」
シンシアは笑顔のままいう。「ダイン君だけじゃなくて、ダイン君のご両親、サラさんやルシラちゃんとか、村のみんなとも今後も繋がっていたいって思ってるもん」
ニーニアは大きく頷いていた。「私も、卒業してからもみんなと一緒にいたい。冒険とかできたら、すごく楽しそうだし…」
ニーニアの展望に、「冒険…」、ティエリアは夢見るように目を輝かせている。
「私一人では冒険など絶対に無理でしたけど、みなさんがいるのでしたら…」
それから話はこのメンバーならどこを冒険しようか、どこへ行きたいかという話題に変わっていった。
その内容はほとんど旅行の話になってしまったようだが、シンシアたちはかなり楽しそうだ。
小説に登場した舞台で行ってみたいところがあるとティエリアが言い出し、会話はさらに盛り上がる。
「エティン大陸の中にある温泉がすごく気持ちいいらしく…!」
突然ドアが開き、“何か”がニーニアの作業室に入室してきたのはそのときだった。




