五十九節、リステン邸
「あれが私のお家だよ」
やや高台にある隣り合った二軒の邸宅を指差し、ニーニアがいった。
ダインは「おお」、と声を出し、「みんないるかな?」、何日かぶりなのだろうか、シンシアはニーニアの親族の顔ぶれを思い浮かべている。
「あ、み、身だしなみをきちんとしませんと…!」
ティエリアはそそくさと髪やリボンの乱れを整え始めた。
「先輩は十分に可愛いよ」
ダインの不意打ちな台詞にティエリアは「ひゃわっ!」、と小さく飛び跳ねてしまい、「もちろんニーニアとシンシアもさ」、二人の格好についても可愛いと褒めだした。
三人が瞬間的に顔を赤くさせてしまう中、前方を見たニーニアが「あ」、と何かに気付いたような声を出す。
ニーニアが自宅だといっていた家から、一台の車がこちらまで走ってきていた。
その車がダイン達のところまでやってきて、ブレーキ音と共に止まる。
車の後部座席のドアが開き、そこから出てきた二人の男性を見て、ニーニアが「お父さん、お爺ちゃん!」、と声を上げる。
やや小柄な男性と、その男性以上に小柄で背中も曲がった白髪の男性。
どうやらニーニアの父と祖父のようで、「よく来たね」、朗らかな表情でダイン達の前までやってきた。
「ニーニアから話は聞いているよ。私はペリドア・リステンという」
スーツ姿で髪をオールバックにさせた男性は、細目でメガネをかけておりいかにも利発そうな顔つきだ。
「ワシはギベイル・リステンだ」
隣に立つ初老の男性は、ペリドアと同じスーツ姿でいるものの、上に白衣を纏っている。
技術者然とした姿でいるその男性が、かの名工といわれたギベイルなのだろう。
「孫娘が世話になっているようで、ワシからも礼を言わせてもらおう」
真っ白な頭髪は短く刈り揃えられており、皺だらけながらもややガンコそうな顔つきをしているが、目はくりっと大きく愛嬌を感じた。
反射的にティエリアも挨拶を返そうとしたが、「ああ、すまない」、腕時計を確認し、ペリドアがいった。
「ちょっといま立て込んでいるんだよ。夕方頃戻ってくるから、そのときに改めて話そう」
ダインが口を開く前に、「だな」、と頷いたギベイルは、挨拶もそこそこに車に搭乗する。
「すまないな。おもてなしの用意は済ませてあるから、楽しんできてくれ」
車の窓から顔を出したギベイルがそれだけをいって、無人運転の車は走り出して見えなくなった。
「なんか忙しそうだな」
ダインがいうと、ニーニアが「ドラゴンの件があるから」、と意外なことをいってきた。
「封印が破かれたのは国内で相当な衝撃だったから。だから封印の強化と維持の方法について、お爺ちゃんに依頼があったみたいなんだ」
国宝級だと噂されるリステニア工房の技術力なのだ。彼らに頼るというのはベターな方法なのかも知れない。
「やっぱりすごい人なんだねぇ…」
シンシアがいい、「ドラゴンの封印地までいってるの?」、と続けてニーニアに訊いた。
「ううん。特別対策研究室ってところにいってるよ。ドラゴン騒動の直後に急ごしらえで作られた部署なんだけど」
「へぇー。首都庁の中?」
「そうだね。他にメンバーも沢山いるよ」
「どんな人たち?」
「お爺ちゃん含めて技術者が何人かと、まとめ役に首相の側近級の人が一人いて、後はドラゴンの再復活とか、脅威が発生した際に武力的に制圧できる戦闘技術者が数人ぐらい…だったかな」
「あ、それと」、思い出したニーニアは続ける。「ドラゴンの生態や特徴を調べるための調査チームが外国から派遣されていて、研究者とか…あとは特別ゲストの人もいたかな」
「特別ゲスト?」
「誰だかは分からないけど」
何にせよかなりの大所帯なのは間違いなさそうだ。
伝承上の存在が復活したのだ。国内外が騒ぐのは当然のことだろう。
「ヴォルケインだったっけ? そいつの封印地の情報は? 国内じゃ知れ渡っているのか?」
ダインは気になって聞くと、ニーニアは「大体は」、簡単に答えてくれた。
「フレイムマントルっていう、この大陸の最西端にある孤島だったはずだよ。近づけないほど熱い島らしくて、行ったことはないんだけどね」
「へー」
そんな会話をしつつ歩き出し、ものの数分ほどで目的地に到着した。
そこは豪邸とまではいかないものの、裕福な家だと分かるほどの敷地面積だった。
塀を囲った中では二世帯住宅なのか二軒の似た家が建っており、その中央にはコンクリートしかない街並みには珍しく畑がある。
「あの、お家の中は発明品の機械とかでいっぱいだけど、危険はないから安心してね?」
ダイン達の前に立ったニーニアはそういって振り向いて、どちらがどちらの家なのかを説明しようとしたときだった。
突然、頭上から風船を割ったような派手な破裂音がする。
「ひゃぁっ!?」
驚いたティエリアが飛び上がり、ダイン達の頭上に紙ふぶきが舞い降りた。
そして行進曲に似た軽快な音楽がどこからともなく聞こえ始め、同時に二つの家の玄関が開く。
そこからずらずらと出てきたのは、ブリキで出来たロボットたちだった。
角張った胸部に『歓迎』のプラカードをぶら下げていたロボットたちは曲に合わせて行進しており、機械的な動きでダイン一行を取り囲んでいく。
それぞれに楽器を手にしていた彼らは、ラッパの音やハーモニカ、シンバルまで打ち鳴らしておりなかなかの音量だ。
始終面食らっていたダイン一行だが、初めて見るロボットに興味を引かれるばかりで、ニーニアをやや大きくさせたような女性が前方にいたことに気がつかなかった。
「いら…っ…い…!!」
ニーニアの母と思しきそのおっとりとした女性はダイン一行に何か声をかけているものの、歓迎部隊の曲にかき消され何も聞こえない。
「何すかー!?」
ダインが聞き耳を立てるもののやはり何も聞き取れなくて、どうしようかと思ったとき、
「うるっさいね!!」
厳とした声と共に、動力源と思しきロボットの頭を激しく叩いた人物がいた。
そこでロボットたちの動きはぴたりと止まり、音楽も止む。
静かにさせたのは、ニーニアの母と思しき人の隣にいつの間にか立っていた、ニーニアと同じぐらい背の低い初老の婦人だった。
「まったく、ろくなもん作りゃしないよ」
ギベイルほどに厳つさを感じる見た目そのままにいい、婦人はダインたちに顔を向けた。
「す、すごいっすね、ロボットなんて…」
驚いたままダインがいうと、そのお婆さんは「ふん」、と鼻を鳴らす。
「ここらにあるのはガラクタばかりさ。何の役にも立ちゃしないよ」
大名工であるギベイルをディスるお婆さんは、そのまま彼らに向けて名乗った。
「私はカヤってんだ」
物言いはきつそうだが、根は優しい人なのだろうというのが、その雰囲気からどことなく伝わる。
「私はシディアンっていうの。みんなよろしくね〜?」
そう朗らかに笑いかける女性は、温和そうな見た目そのままの喋り方だ。
「よく来たわね〜。シンシアちゃんは一週間ぶりで、そちらのお二人は初めましてよね?」
のんびりした口調ながらも、停止したロボットを片付ける動きは手馴れている。
「あ、は、初めまして。ティエリア・ジャスティグと申します」
ティエリアが改まって頭を下げる。
「はい、初めまして。ふふ、とても可愛らしい子ね〜」
シディアンがティエリアに笑いかけると、「そ、そのようなことは…」、ティエリアは顔を赤くさせ俯いている。
「聞けばゴッド族だそうじゃないか」
カヤがいった。「生きてる間にゴッド族に相見えることになるとはねぇ。それも引っ込み思案な孫娘がつれてくるなんざ、長生きしてみるもんだよ」
ティエリアはさらに恐縮してしまう。
世にいるゴッド族はそんなに数は多くない。存在自体がレアなので、遭遇しないまま一生を過ごす人もいるのだろう。
「自分はダイン・カールセンっていいます」
ダインも改まって二人に頭を下げた。「今日はよろしくお願いします」
職場見学のつもりできたダインだけは、粗相の無いようにと注意を払っていた。
「ええ、ええ、よろしく。あなたのことはニーニアから聞かない日はないわ。この間だってね…」
シディアンが何かいおうとしたとき、「お、お母さん!」、と大声で止めたのはニーニアだ。
親子だからか、母が何をいおうとしたのか分かったのだろう。ニーニアの顔は真っ赤になっている。
「ふふ、ごめんなさい」、シディアンは柔らかく謝り、「話に聞いていた通りの、かっこいい男の子ね?」、ダインに向けそういった。
「いや、そう…っすかね? 割と避けられがちな顔つきしてるみたいなんすけど…」
「見た目だけの話じゃないよ」
ダインの下から声がした。いつの間にかカヤがダインの目の前まで来ていたようだ。
そのままダインを覗き込むようにじっと見上げている。
「…あの…?」
何かおかしなことでもあったのかと思っていると、仏頂面でいたカヤの口元に笑みが浮かんだ。
「ふ…なるほどねぇ…」
感想が漏れる。「引っ込み思案なニーニアだったけど、鑑定眼はしっかりしていたようだねぇ」
満足げな様子でいった。
「え〜と、どういう意味っすか?」
尋ねるが、「そのままの意味だよ」、カヤは気にするなと手を振った。
「鑑定眼…もしかして、ニーニアから見て、俺は便利な道具のように見えていたと…?」
ボケてみると、「そうかもしれない」、カヤは乗ってくれた。
「お前さん、魔力が無い代わりに力持ちなんだろう? 純粋な力っていうのは、モノを作る上で何かと便利だからねぇ」
「まさかニーニア…」
ニーニアに向けるダインの目は疑惑に満ちている。「俺をここに連れて来たのは、単純に俺の労働力に期待して…」
「ち、違うよ!」
咄嗟にニーニアが大真面目に突っ込んできたところで、カヤは「ははっ」、と声を上げて笑った。
「なかなか面白い子だね。さ、立ち話もなんだ。早く中に入りなさいな」
カヤが先導し、新築に見える右側の家に入ろうとしたところで、中央にあった畑に小さなロボットが徘徊していたことにダインが気付いた。
小人のようなロボットたちは手に如雨露を抱えており、日光に照らされカラカラになった部分に如雨露を傾けている。どうやら畑仕事をしているらしい。
「お、おぉ…こんなところにも自動化の波が…」
一気に興味が引かれたダインはそのまま畑へ近づき、何の野菜を育てているのか観察した。
「ゼンカイソウに、カラカラ豆っすか」
品種をいうと、「お、良く知ってるね」、カヤが反応した。
「野菜には詳しいのかい?」
「ええ、うちも畑持ってるんすよ。自分家庭菜園が好きで、色々育てていましてね」
「じゃあそこの野菜は何か分かるかい?」
カヤの指し示す畑をダインが一瞥し、「お、あれは…!」、珍しい品種の野菜にさらに興味をかき立てられそうになったところで、
「だ、ダイン君、汗たくさんかいたんだよね?」
ニーニアが割り込んできた。「シャワー浴びたいっていってたはずだけど…」
「おっとそうだった。グレイトウォッシャーだ」
目的を思い出したダインは、中腰から立ち上がる。
「家の中にいくつか売れ筋の便利道具置いてあるから、良かったら見ていって」
「マジか」
「ふふ、こっちよ〜」
シディアンはダインを案内し始め、浴室へ向かうため家の中に入っていった。
「ここまでは予定通り…」
ほっと息を吐くニーニアは、スカートのポケットから手帳を取り出している。
「えと、発明品を見てもらった後は、ドワ族の代表的な朝ごはんを紹介して…」
手帳の内容に目を通しつつ、カヤに顔を向けた。
「お婆ちゃん、準備は…」
「ああ、出来とるさね。支度してくるよ」
「うん、お願い」
離れへ入っていくカヤを見送ってから、ニーニアはシンシアとティエリアに顔を向けた。
「私たちはリビングに行こう」
「はーい!」
笑顔で頷いたシンシアは、我先にとリステン家の玄関に上がりこんでいく。
「お邪魔しまーす!」
「お、お邪魔します…」
ティエリアもすぐに続き、おずおずとスリッパを履いてシンシアに手を引かれるままリビングへ向かった。
用意されていた椅子へそれぞれ腰を下ろし、ニーニアは「後は…」、再び手帳に目を通し始める。
彼女が何を見ているのか気になったシンシアとティエリアは、そっとその背後に忍び寄り手帳を覗き込んでみた。
そのページには、『おもてなし案』と題名がつけられてあった。
箇条書きで、時系列でダインに何を見せてどこに案内するかが書かれてある。手書きなので、恐らくニーニアが自分で書き込んだものなのだろう。
「うわー、律儀だねぇニーニアちゃん」
思わずシンシアがいってしまい、覗き込まれていたことにニーニアはびくっと肩を震わせた。
「せ、せっかく来てもらったから、ドワ族のこととかよく知ってもらいたくて…」
ニーニアは相当気合を込めている。きっとダインと約束をした日から今日まで、ずっと案を練っていたのだろう。
「とても良い方法だと思います!」
ニーニアのやり方に激しく同意を示したのはティエリアだ。
「私も、来週お越しいただいたときには、ゴッド族のことをご紹介するために予定表を作ってみたいと思います」
そういってニーニアと笑い合う二人だが、「ダイン君なら、種族のことはそこそこ知ってそうですけど…」、とシンシアがいった。
「色んな大陸渡り歩いてきたようだし、私の知らない種族の特徴も色々知っていますし…」
実際に色々な種族を目の当たりにしてきたダインだから、ひょっとすればシンシアよりも種族について詳しいのかもしれない。
しかしティエリアは、ダインに知って欲しいのはそれだけではないといった。
「流行のものやファッションなど、種族の特徴だけでない“いま”を知っていただきたいので」
「あー、トレンドは確かに頻繁に変わりますからね」
シンシアは納得したようにいった。「ダイン君のところは雑貨も色々作ってるから、各国のトレンドを知っておくっていうのもかなり重要なことかも」
「うん。だから、後でダイン君にこれをプレゼントしたいなって」
そういって、ニーニアは肩に提げていた道具袋からもう一冊の手帳を取り出す。
「手帳、ですか?」
尋ねるティエリアに、「はい」、頷くニーニアは、それは普通の手帳ではないと続けようとした。
「え、これマスブ!? マスブだよね!?」
見覚えのある手帳だったのか、シンシアが強く反応した。
マスブ。正式名称は“マスターオブワールド”。
見た目は普通の手帳のようだが、しかしその紙にはエンジェ族と共同開発した特殊な記憶水晶が編みこまれており、膨大な量の情報が記録されている。
所持者の現在地から周囲の情報が紙に自動で映し出されるようになっており、地図や周辺施設の詳細、現在催されているイベントに、クーポンの情報まで教えてくれる、いわばかなり高性能なナビゲーションアイテムで、旅行者には必須のアイテムだ。
買い替えやアップデートの必要はなく、各地で生活しているスタッフからリステニア工房近くの統合ステーションに流動的な情報が送られてきており、そのため常に最新の情報を知ることが出来る。
ちなみにワンランク上のマスブも存在し、現地の為替や流行、政治や芸能といった込み入ったことまで網羅したものもある。
名称が長く仰々しいので、一般的にマスブと省略されて売り出されているようだった。
ニーニアから説明を受けたティエリアは、「お、お高いのでは…」、と目を丸くさせている。
確かに高機能、高性能のそのマスブは、通常であれば100型の魔法テレビが買えるほどの高価なものだ。
「試作品の一つだから大丈夫です」
ニーニアは笑っていった。「ダイン君って基本的に足で移動するから、これ地図つきだし便利かなって…」
「あー、それは確かにいいかも知れないね」
そういいながら、シンシアはニーニアが持っていた手帳を借りる。
手書きの今後の予定表に目を通していった。
始めの方は、職場見学やリステン家の歴史の説明など、真面目なものが多い。
だが後半にいくにつれ、ダインに何を食べさせようか、お勧めの音楽を聴いてもらおうとか、ダインを如何にして世話をさせてもらおうかという、半ば希望のような項目が目立つ。
前半とのギャップにシンシアは思わず笑ってしまったが、一番下を見たところで「ん?」、と声を出してしまった。
「ニーニアちゃん、これ…」
「え、どうかした?」
シンシアが指摘したのは、予定表の一番下。
そこにはニーニアの可愛らしい字で、“ダイン君を寝かせる”、と書いてある。
「あ、わ、え、えと、これは…」
消し忘れなのか無意識に書いていたのか、ニーニアは慌てたように顔を赤くさせていく。
「しょ、正直に話すね」
ちらりとティエリアを見てから、彼女は告白した。「えと、ティエリア先輩が、ダイン君と一緒に寝たのが羨ましくて…」
どうやらその最後の一文は、今回ダイン達を招待したニーニアの、最大の目的だったようだ。
「あ、そ、そうですよね。ニーニアさんも、お世話することが嬉しく感じる方ですし…」
ティエリアはニーニアの心情を理解したようで、難色を示した様子はない。
「ん〜、確かにニーニアちゃんの気持ちも分かるけど…」
しかしシンシアは難しそうな顔をしていた。
「え、だ、駄目…かな?」
「ううん、駄目とかじゃなくて、私たちはそのつもりだけど…ダイン君、泊まるつもりないと思う」
「え…」
ニーニアが固まっている間に、さっぱりした様子のダインがリビングにやってきた。
「いやー、グレイトウォッシャーってマジですげぇな。服着たままで、その上あんな風に全身洗濯される体験なんて初めてだったよ」
ダインは興奮した様子で、衣類が新品同様になったとシンシアたちに見せびらかせている。
だがそんな彼を見上げるニーニアは反応できなくて、固まったままだ。
微妙な空気を感じ取ったダインは「ん? どうかしたか?」、と尋ねる。
「ダイン君、今日は何時までいられるの?」
ニーニアに代わってシンシアが聞いた。
「え、何時までって、夕飯までにはって考えてるけど…」
「ど、どうして…」
ニーニアは思わず立ち上がりそうになる。
おもてなしでダイン達を呼んだのだ。当然みんな泊まってくれるものだと思っていただけに、相当なショックを受けているようだ。
「ちゃんと話しておけばよかったな」
ダインはニーニアに申し訳なさそうに笑いかけ、「家の人忙しそうだしさ、ただでさえ本来は立ち入り禁止の製作現場見せてもらえるんだから、そこまで世話になるわけにはいかないよ」、といった。
「だ、大丈夫だよ? お母さんとお婆ちゃんにはもういってあるし、その準備だって…」
いいかけて、ダインの気持ちに気付きハッとする。
彼は先日ルシラとの関係が改善されたばかりなんだ。
「そ、そうだよね。ルシラちゃんとのこともあるし…」
落ち込んだようにいうニーニアに、「それだけじゃない」、とダインはニーニアに笑顔を向けながら続けた。
「俺の身内はそういうのに寛容で俺が男だから気にもしなかったんだろうが、一人娘の家に男を泊めるのは父親としちゃ気が気じゃないだろうしな」
「え、お、お父さん?」
意外そうに反応するニーニアに、ダインはまた笑う。
「その様子だと、親父さんと爺さんには何もいってないんだろ?」
図星だったのか、ニーニアは気まずそうな表情を浮かべた。
「家の空気とか、親父さんや爺さんのニーニアを見る目とかさ、まだ一瞬の間だけどどれほど愛されてるか何となく分かった。その分、どれだけニーニアに心配を寄せているのかもな」
泊めてくれるつもりだったのは素直に嬉しくて、できるなら自分もそうしたいとダイン。
だが父親と祖父の娘に対する心配や気苦労を汲んで、甘えるわけにはいかないと続けた。
「考えすぎだと思うけどなぁ…」
シンシアが口を挟んでくるものの、「息子を心配するのと、娘を心配するのとでは意味合いが少し違うんだよ。男親なら特にな」、とダインはいう。
もちろんまだ彼は人に親の気持ちを語れるほど人生経験を積んでない。
だが、ルシラという娘のような女の子と一緒に生活し、愛情を感じていたからこそ、親の心配というものをある程度察することが出来たのだ。
娘に変な虫がつきやしないか。何か下心があって娘に接触してきたのではないか。
異性だからというのもあるかも知れないが、娘を心配する父親の気苦労は尽きない。
「親父さんも爺さんもさっき出て行っていないけど、ニーニアのこと、いまも心配なんだろうな。現に…」
続く言葉をダインはハッとして止めた。
その表情は、これ以上はやぶ蛇だと危惧しているようだ。
「現に、どうしたの?」
だが途中で止められたからか、気になったようでニーニアは尋ねる。
「いや、何でも…」
「聞きたいよ」
それがダインが外泊を渋っている原因だと思ったのか、食い下がる。
ダインは仕方ないといった様子で、突然何も無いはずの空中に手を伸ばした。
そして軽く手を握り締め、それを彼女たちの前へ持っていく。
「先輩、キャンセルの魔法って使えるか?」
突然話を振られ、「え? あ、は、はい。一応は…」、驚いたような彼女に、「じゃあこの手にその魔法使ってみてくれ」、とダインはいった。
「は、はぁ…」
ティエリアはダインにいわれた通り、彼の何も無いはずの手に向かって、強化効果を打ち消すキャンセルの魔法を使った。
するとその空間に歪みが生じ、すぐに無くなる。
おもむろにダインはその握った手を開く。
何も無かったはずの手の中には、小型のドローンがあった。
「え、こ、これ…お爺ちゃんの…?」
ドローンを手に取っていうニーニアに、「まぁ、そういうことだ」、ダインは笑いかけた。
どうやら人知れず監視されていたらしい。
「あー、おじさんもお爺ちゃんも、ニーニアちゃん溺愛してるもんねぇ」
心当たりがあるらしいシンシアは笑って続けた。
「隣のお爺ちゃんの家の方にもニーニアちゃんのお部屋あるし、作業場だってニーニアちゃん専用の場所が用意されてあるしね」
「くすくす、そうなのですね」
事情を理解したティエリアも笑った。「そのお気持ちは私も分かります。ニーニアさんはとても可愛らしい方ですし」
そこで恥ずかしそうにするニーニアは、そのままドローンに顔を戻した。
「お爺ちゃん、お父さん、後でちょっと話そうね?」
その顔は笑顔だ。
だが台詞と相まってか、笑顔が逆に怖い。ドローンは即座に機能が停止した。
「つってもドワ族の倫理観はそこまで理解してるわけじゃないけどさ、他人で異性を自宅に泊めるってのはなかなかのハードルだと思うぞ? 俺のところに来てもらったときは客室あったし身内も多かったから問題なんてなかったけど、そうじゃないなら顔なじみになって信用されたりとか、段階を踏んでから出来ることだと思う」
そう語るダインに、「ダイン君って、昔のヒューマ族みたいな考え方してるよね」、とシンシアがいった。
「固いというか、壁が厚いというか…」
「俺の一族は昔からそんな感じだ。厄介なクセがあるから、できるだけトラブルのないようにって教えられてるんだよ。特に異性の異種族相手にはな」
「ダイン君なら良いのに…」
不満げに呟くニーニアに、ダインは彼女の頭に手を置いて笑いかけた。
「そう思ってくれるだけで十分嬉しいよ。ありがとうな?」
頭を撫でると途端に顔を赤くさせ恥ずかしそうにするが、それでもまだ不服そうだ。
「もしかして何か用意してくれていたのか? それだったら申し訳ないんだけど」
「う、ううん、それは大丈夫なんだけど…」
このままではニーニアの最大の目的が果たせそうに無い。
彼女の考えを読み取ったシンシアが、「ダイン君って、休日はお昼寝とかしてないの?」、と彼に聞いた。
ダインが泊まってくれそうに無いのは残念で仕方ないが、要は夜でなくても、彼を寝かしつけられる状況があればいい。
シンシアの狙いに気付いたニーニアは、目を輝かせていった。
「何故いきなり昼寝の話に…?」
疑問を抱く彼に、「時間を有効に使いたいから」、シンシアはそう返した。
「せっかく発明品が沢山あるこのお家に来てもらったんだもん。色々体験して欲しいから、だから癒し家具とかどうかなって」
「癒し家具…?」
「ケアチェアって知ってる?」
その商品名に心当たりのあったダインは、「まさか、ザ・ツールシリーズのあれか?」、と反応を示した。
「うん。『あんみん』の椅子でね、あれに座って寝られない人なんていないほど睡眠効果の高い椅子らしいけど…」
「ザ・ツールシリーズは一通り体験してみたい。テレビでしょっちゅう見ていて気にはなっていたけど、高くて手が出せなくてさぁ」
「お昼寝する習慣があるなら、ちょうど眠気の訪れる時間に座れば、ダイン君も気持ちよく寝れるかもって思って」
「そういうことか。たまにならあるよ。学校から帰ったときたまに遊び疲れたルシラがいてさ、一緒に寝るときがある」
「夕方前ぐらいだね。じゃあその時間にケアチェア使ってみよっか」
シンシアの提案に、「そうだな」、ダインはやや興奮した様子だ。「いや楽しみだなぁ」
「ニーニアちゃん、使えるようにできるかな?」
「あ、う、うん、大丈夫だよ」
頷くニーニアはすっかり元気を取り戻したようだ。
「あの、私も良いでしょうか。純粋に興味が…」
体験してみたいというティエリアに、ニーニアは「もちろんですよ」、と満面の笑みでいう。
ちょうどそのタイミングで、カヤとシディアンがお盆を持ってリビングへやってきた。
「さぁさ、ちと中途半端な時間だが、まずはドワ族の伝統料理を紹介しようかね」
持ってきたのは朝食らしい。テーブルの上に沢山の小鉢が並べられていく。
「お口に合えばいいんだけど〜」
並ぶ料理は豆や根菜が多い。
一見地味だが、煮込み加減や飾り包丁が入っていたりと、かなり手が込んでいる。
「美味しそ〜!」
朝食は抜いてきたのか、シンシアは目を輝かせ、ティエリアはメモ帳を取り出し作り方を学ぼうとしている。
ちょうど良いとダインもカバンに詰め込んでいた朝食を取り出し、ルシラの手作りだといったところでシンシア達を沸かせた。
それからは、ほのぼのとした時間が過ぎていった。




