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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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五十八節、地下都市

時代の最先端を行くトルエルン大陸は、かつては他の大陸と同じく緑溢れる肥沃な土地だった。

それが工作好きなドワ族が住み着いてからというもの、文明の発達と共に緑の数は減っていき、いまや地上は砂漠と化してきている。

地中には珍しい鉱物が沢山眠っており、地上ではなく地下に向けて街が発展したのは当然の流れだった。

緑が減ったおかげで地上の環境はがらりと変わってしまったが、地下も地下で独自の進化を遂げていた。

初めは、それこそ他の大陸と大差のないこじんまりとした村のようだった。

農地開発が進められ畑が多かったのだが、開発力や生産力が高いというのはそれだけで資金源となる。

もっと画期的なアイテムの発明を。もっと大規模な開発を。

地下はどんどん掘り進められ、村は町となり、開発は次々に繰り返され街には発明品で溢れ…そしていつしかトルエルン大陸の地下は巨大都市へと変貌を遂げていた。

その都市は、他のどの大陸の街よりも外観からして別物だった。

地面はコンクリートが敷かれており、周囲にはビルが建ち並んでいる。

真っ直ぐに伸びた道路には魔力を動力にした車、“マジックカー”、通称“マジカ”が行き交っており、地下であるはずなのに天井には青々とした大空が映っている。

道を歩く人々はスーツ姿の人が多く、道の所々には花壇や林道といった植物もある。景色は本当に現代の街並みのようだった。

工作好きなドワ族の技術が集結したその地下都市はいま現在も発展を続けており、そこを訪れる者にとっては別世界のように感じられただろう。


そんなトルエルン大陸平野部、地下都市の出入り口であるゲートを、いまシンシアとティエリアが招待カードを手に潜り抜けてきた。

「あ、おはよー!」

ゲートを抜けた先にある噴水広場にいたニーニアを見つけるなり、シンシアが走り出していく。

ニーニアも彼女たちの姿を見つけるなり、笑顔になった。

「おはよう、シンシアちゃん。おはようございます、ティエリア先輩」

「おはようございます」、挨拶し返すティエリアも笑顔だ。

ちなみにダインの姿はまだない。

遅刻しているというわけではなく、彼女たち女性陣はあえて集合時間をダインとはずらしていた。

『報告したいことがある』

ニーニアが、シンシアとティエリアに内々にメールを送ったのだ。

内容はもちろん、ダインに関することだ。

昨日、彼が悩みを抱えていたことに気付いたのは、ニーニアだけではない。

ティエリアとシンシアも気付いており、その悩みの内容を共有しようと思い、ニーニアは集合時間を繰り上げて彼女たちを呼んだのだ。

早速話をしようと近くのベンチに腰を下ろすものの、ティエリアはしきりに周囲を見回し「はー」、と息を吐いている。

「す、すごいですね。これが最先端の技術を行く街並みですか…」

初めてトルエルン大陸に訪れ、初めて目にする地下都市の景色は、彼女がこれまで見てきたどの風景よりも一線を画すものだった。

コンクリート仕立てのビル群に、足元はアスファルト。

道路上を走る箱型の機械は最初は車だと分からず、頭上を飛び回る鳥の大群は配送ドローンだと気付くのに少々時間を要した。

どこを見ても驚くばかりのティエリアを見て、シンシアも最初は自分も同じリアクションだったと笑っていった。

「独特な景観してますよね」

「は、はい…噂には聞いておりましたが、これほどとは…」

ティエリアの反応は、ニーニアには想定済みだったのだろう。くすくすと笑っていた。

「研究や技術開発に没頭するあまりか、こういう景観になってしまったらしいです。他にも説は色々あるらしいですけど」

「それよりも」、と、ニーニアはダインが来る前に本題に入りたいといった。

「あ、そ、そうでしたね」

ティエリアは改まってニーニアに聞いた。「ダインさんからは、どのような…?」

「深刻な悩みだったのかな?」

相談に乗る気満々なシンシアとティエリアに、ニーニアはまた笑顔を向ける。

「可愛い問題だったよ」

それから彼女は、ダインの悩みの元を彼女たちに打ち明けた。

逆吸魔によりルシラは未知の感覚に晒され、翌日からダインに対する態度が変わってしまったこと。

気味悪がられたのではと不安がるダインに、きっと大丈夫だと安心させたこと。

ルシラの態度が変わったのは決して悪いことではないと、ダインから話を聞いてニーニアは直感した。

シンシアとティエリアもまた、ニーニアと同じ結論に至ったのか、安心したように息を吐いた。

「ルシラちゃん絡みだったかぁ…」

シンシアは笑いながらいう。「ダイン君、すっかりルシラちゃんのお兄ちゃんになっちゃったね」

「ダイン君のことだから、多分昨日のうちにルシラちゃんとお話したと思うんだけど…」

結果を考えるニーニアに、「きっと良い方向へ流れたと思います」、とティエリアがいった。

「ダインさんへは心から信頼を寄せているルシラさんなのですから。正直に打ち明け、以前よりもさらに絆は深まっているはずです」

予言めいたことをいうティエリアだが、きっと間違いではないだろう。

確信を持って頷くニーニアとシンシアだが、シンシアはすぐに頭上を見上げる。

その天井には、物体を透過して実際の空を見ることのできるミラクルシートが張り巡らされてあった。

晴天の空を眺めながら、「これでまた一人ライバルが増えちゃったなぁ…」、と呟く。

「そうだね」、頷くニーニアは笑顔で、そのまま「でもルシラちゃんなら、きっと…ね?」、含みを持たせてシンシアとティエリアに視線を送った。

あの子も“同盟”に入れよう。

ニーニアの提案がアイコンタクトで伝わった彼女たちは、お互いに頷き合う。

ライバルではなく仲間。そう笑顔で話す彼女たちは、やがてお互いの服装の品評会を始めた。

プライベートな場でダインと会うからか、今日も彼女たちは気合を入れた服装をしていた。

前回ダインが可愛いと褒めてくれたので、彼は女の子らしい服装が好みなのだと判断し、どれもふわふわとした衣装に身を包んでいる。

頭には帽子やリボンが添えられ、派手過ぎない程度にペンダントやブレスレットといった装飾品も身に着けている。

あまりに可愛らしい服装に、通行人の何人かが彼女たちに視線を向けていた。

そうして品評会を始めて数分後、携帯でお互いの服装を撮りあっているところで、シンシアの携帯が視界に入ったニーニアは昨日のことを思い出した。

「シンシアちゃん」

「ん?」

「昨日いってたエクスペストーンって、まだ携帯に貼ってあるんだよね?」

「え? これのこと?」

携帯を差し出してくるシンシアに、「ちょっと借りるね」、と受け取り、改めてよく見せてもらった。

「ニーニアちゃん、もしかしてエクスペストーンを作ってみたいとか?」

シンシアの質問に、「ううん、そうじゃなくてね…」、まじまじとそのアクセサリーを観察していたニーニアは、「やっぱり…」、ある結論に達した。

「特殊な加工が施されている」

「特殊?」

「うん。普通の売り物には絶対につけないような加工で…これだけなのかな…」

ニーニアが一人で考え込んでいると、ティエリアもおもむろに自身の携帯を差し出してきた。

「私の携帯にも貼られているのですが、これにも特殊な加工が?」

「あ…これもそう、ですね…う〜ん、この商品はこれが仕様になっているのかな…でも…」

また深く考えるニーニアは、ふと顔を上げて、「お家で調べてみてもいい?」、といった。

「お家に細かく分析できる機械があるから…」

「それは別にいいけど…」

ニーニアは昨日からどうしてそれほどエクスペストーンのことが気になってるのか、シンシアには今ひとつ分からなかった。

「私の勘違いだといいんだけど…」

難しそうな顔をしたニーニアはいう。「これ、あんまり良くないものかも知れないから」

「え、そうなの?」

「あ、う、ううん、細かく調べてみないと分からないから。だから分析機で見てみようかなって」

「でしたらお願いします」

ティエリアがいい、シンシアも頼んだところで、彼女たちに声をかける人物がいた。

「悪い、遅刻しちまったか?」

やってきたのはダインだった。

片手を挙げながら近づいてきていた彼は、全身に滝のような汗を流している。

「ほ、ほんとに走ってきたんだね!?」

シンシアは早くに来ていたことを説明するよりも、彼が走って大陸を渡ってきたことに驚いた。

ダインの家はシンシアと同じオブリビア大陸だ。

仮にシンシアの家からニーニアのいるトルエルン大陸まで魔法を使わず行くとすれば、大体800キロほどの距離を移動することになる。

ダインが何時から出かけたのかは分からないが、走ったとしてもとてもじゃないが一日で移動できる距離ではない。

「ダイン君なら乗り物使わなくても、世界中を一日で飛びまわれるんじゃないかな」

「いや、さすがにどこまでもってわけにはいかないよ」

そう笑った後、彼は「あーここ涼しいな」、着替えたばかりのシャツの裾を掴んではためかせ、ハンドタオルで溢れ出る汗を拭っている。

「地下だから空調効かせてるのか?」

「うん。マグマも近いからね」

ニーニアとティエリアはすぐさま彼の近くまで向かい、ズボンに付着した枝葉や砂埃を払っていた。

「ああ、悪い」

森を駆け抜け砂漠地帯も抜けたのだから、服はどうしても汚れてしまう。

トルエルン大陸から地下都市までは砂漠地帯を抜けなければならず、地上は予報どおりの暑さだったので、ダインの汗はまだ止まりそうにない。

早くもシャツが濡れてきたので、着替えを取り出そうとしていると、「私のところに瞬間浴室があるから」、とニーニアがいった。

「ウォッシャーっていうんだけど…」

「おお、あのウォッシャーか!」

ダインはすぐに反応を示す。

正式名称、グレイトウォッシャーとは、カプセル型の簡易入浴機だ。

人が一人入れるほどの大きさで、体の洗浄と共に身に着けた衣服の汚れをも落とすというスグレモノだった。

人体や衣類だけでなく、あらゆる汚れを落とすその機械は、リステニア工房の主導により作られた“神器”シリーズの一つ。

ダインが興奮しているのは当然で、最新式なだけに高価で、あまり市場にも出回ってない伝説上の代物だからだ。

「早く行こうぜ!」

興奮した彼にニーニアはくすっと笑いながら、それだけ汗をかけば喉が渇いてるはずだと思い、近くの自販機から人数分のジュースを買ってきた。

「え、いいのに」

遠慮するシンシアたちに無理やり握らせて、「今日は私に任せて」、とニーニアは笑顔を向ける。

シンシアとティエリアは魔法でひとっ飛びだが、ダインは遠いところからわざわざ走ってきてくれたのだ。

彼らには絶対に楽しんでもらいたい。

そんな強い意志のもと、ニーニアは「行こう」、と一歩先を歩き出す。



地下都市は、見回すほどに不思議な光景が広がっていた。

道行く物体はほとんどが何かの機械で、どこを見てもコンクリート仕立ての建物しかない。

現代のような景観はダイン達にとっては珍しいものでしかなく、側を走る無人の車や、大声で宣伝して飛び回るドローン、高層ビルの中腹に巨大なテレビがあったり、ホログラム映像を自身に投影させて格闘ゲームに興じる子供たちまでいる。

始終驚くダインとティエリアを、ニーニアは得意げな様子で一つ一つに説明を始めており、なかなか目的地へたどり着けそうに無い。

話題も会話も尽きなくて、自然な流れで昨日の話になり、ニーニアはダインの悩みの内容をシンシアとティエリアに打ち明けたと正直に報告した。

シンシアもティエリアもダインが悩んでいたことは知っていたようで、「バレてたか」、ダインは申し訳なさそうに笑う。

その後どうなったか知りたがっている彼女たちに、ダインは包み隠すことなく、大丈夫だったと伝えた。

ルシラの気持ち、ダインの気持ちを正直に伝え合い、その上でルシラの戸惑いを丸ごと受け止め、そのままでいいとルシラには伝えた。

翌日になってもルシラの恥ずかしそうな態度は変わらないものの、普段どおりに接しようとする姿勢は感じた。

だからダインはいつも通りにルシラを抱きしめ、彼女の感触を思う存分充填してから、トルエルン大陸までやってきたのだ。

想像通りの展開だがやはり不安もあったニーニアは、「良かった」、とホッと息を吐く。

そんな彼女に、「ニーニアのおかげだな」、とダインは笑いかけた。

「え? わ、私は何もしてないよ?」

「昨日勇気付けてくれたじゃん。だから正直に打ち明けられたんだよ」

ニーニアがダインを勇気付けたシーンを思い出し、ニーニアは瞬く間に顔を赤くさせていく。

その表情だけでニーニアがダインに何をしたのか、大体察したシンシアとティエリアは笑った。

ダイン関連のことは全て共有しようと同盟を結んでいたシンシアたちだが、その全てを打ち明けて共有しているわけではない。

それは何も思い出を独り占めしたいというわけではなく、単純に恥ずかしいからに他ならなかった。

ティエリアはダインと一緒のベッドで眠ったその詳細を語らなかったし、昨日ダインをどのようにして勇気付けたのかも、ニーニアは恥ずかしさの余り報告できないでいる。

どちらも、思い出すだけで赤面してしまうような恥ずかしい内容だったが、大切な記憶なのだ。

前を歩くニーニアとダインを見つめながら、最後尾を歩いていたシンシアは、

「私も何か欲しいなぁ…そういうの…」

と、思わず呟いてしまっていた。

彼女には、ダインとの“友達にも言えない思い出”がなかったのだ。

自宅に呼んだときは父ゲンサイとのごたごたで帰ってしまったし、数日前にダインに襲われたときも、後一歩のところで中断させられてしまった。

仮にあのまま行き着くところまでいっていたら、きっとティエリアやニーニアのような濃い思い出ができていたはずなのに。

自分も何かそういう特別なものが欲しい。ダインとの濃密な何かが。

しかし、その希望に似た欲望は、今回も叶わないだろう。

ニーニアの自宅に招待されたのだから。今日は、そのニーニアがメインといってもいい。

もしかすれば、またニーニアとダインの人に言えない思い出ができてしまうのかも知れない。

「良いなぁ…」

人知れず呟いた、そのときだった。

(大丈夫だよ━━!!)

…どこか、遠いところから声が聞こえたような気がした。

「え?」

自分にその声がかけられたと思ったシンシアは、思わず声を上げながら周囲を見回す。

「どうかしましたか?」

少し先をいっていたティエリアは、立ち止まってこちらを振り向いていた。

「シンシア?」

ダインとニーニアも、不思議そうにこちらを見ている。

「あ、え、えっと、いま誰かが声を…」

「声?」

ダインは周囲を見回す。が、行き交うのは車ぐらいで、人通りはない。

「知り合いでもいたのか?」

「ううん、知り合いとかじゃなくて…」

知ってるような、知らないような不思議な声だった。

気のせいだろうか…。

そう思ったシンシアは、「やっぱりなんでもないよ」、とダイン達に笑いかける。

「そうか?」

不思議そうにしつつも、彼らは再び歩き出す。

地下都市で地上の空気は入ってこないはずなのに、そのときどういうわけか風が吹き、近くの木々が揺れていた。

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