五十六節、静かな夜
サラからは問題ないといわれ、ニーニアも大丈夫といっていたが、やはりルシラの様子はダインが学校から帰ってきてもおかしいままだった。
ダインが帰ってくる前に夕飯を済まし、サラの精神鍛錬を受けている間は勉強のため部屋にこもりきりで、ダインが風呂から上がってもルシラはダインの前に出てこない。
結局ルシラとは、ただいまとおかえりの挨拶を交わした程度で、寝る前の報告会の時間になっても会うことはなかった。
「なるほど。ガーゴ中央事務局に出向いた甲斐がありましたか」
ダインから今日の報告を受けるサラだけは平常運転で、ディエルの問題が解決したこと、罰則の件も不問になったことに、表情は崩さないながらも喜んでいる。
「まぁですが、スウェンディ家のような巨大財閥ですと如何様にも対処の仕方がありましたでしょうし、些か差し出がましいことをした感は否めませんね」
「いや、身内が出てきたら余計にややこしいことになっていただろう。奴らもそれが狙いだったかもしれないし」
あり得る話だと考えたサラはいう。「何事も無かったらそれに越したことはありませんからね」
そこで、ふと気になったことが浮かんだ彼女は続けた。
「しかし、彼らのその後はどうなったのでしょう? あそこまで大胆にスウェンディ家に喧嘩を売ったのです。ちょっかいをかけられるネタは、色々と隠し持っているような気がするのですが」
「それについては取り調べの最中だろうな」
携帯を眺めながらダインはいった。
「デビ族の伝統ある“おもてなし”と共に、奴らから本当の動機や隠し持っているネタを調べようとしているらしい」
「いまもな」、といいつつ、ダインはサラに携帯の画面を見せる。
それはディエルからダイン宛に添付されてきた画像データで、ある意味で凄惨な光景が映し出されていた。
筆舌に尽くしがたい表情と格好でいるミレイアとロアン親子の手前に、満面の笑みでいたディエルがこちらにピースサインしている。
苦笑いするしかないその画像データを見た瞬間、サラは全身に雷が打たれたような衝撃が走った。
「…ダイン坊ちゃま」
静かに、しかし燃え上がるような瞳をダインに向ける。
「この現場に私も同席したいのですが」
サラもなかなかの悪戯好きだ。今後の暇つぶしのためなのか、何が何でもデビ族の“おもてなし”というものを勉強したいのだろう。
「掛け合うことは可能でしょうか。誰にも気付かれないようにしますから」
その悪戯はダインに返ってくる可能性もなくはないのだろうが、今回の騒動の一番の功労者であるサラの願いとあれば、聞き入れないわけにはいかない。
「この取調べが何日続くのかは知らないけど、明日にでも聞いてみるよ」
「ありがとうございます。是非にと、お伝えください」
「分かったよ」
ため息と共にダインがいうと、サラはどこか軽い足取りで自室へ戻っていった。
あいつもデビ族みたいな奴だな…。
ダインはリビングの明かりを消しつつ寝室へ向かい、ドアを閉める。
やはり部屋にはルシラの姿はなかった。今日はサラの部屋で寝るつもりだろう。
これは明らかに避けられてる。
「はぁ」、と思わずため息を吐いてしまいながら、ダインは明日の準備を進めていく。
タオル、着替え、財布とカバンに詰め込んでいき、念のため仮想通貨をトルエルン大陸で流通している通貨単位に携帯を使って両替し、明日着ていく服を適当に見繕う。
そうしてる間もダインはルシラのことで頭がいっぱいで、またため息を吐いてしまった。
「う〜ん…」
思い浮かぶのは、ルシラに聖力を流し込んでいる映像だ。
未知の感覚に戸惑いっぱなしだったルシラは、あのとき怖かったのだろうか。苦しかったのだろうか。
避けているのは、あのことがまた起こってしまうのかもしれないと、不安に思っているからなのだろうか。
いつまでこの気まずい感じは続くのだろう。
サラもニーニアも、ルシラが話し出すまで待っていろといっていたが…しかしこの空気にはとても堪えられそうに無い。
ルシラは、昨日までは本当にダインにずっとべったりだったのだ。何をするにしてもダインの後ろをついてきていて、振り返ると満面の笑顔がそこにある。
だからこそ、避けられているいまが余計にダインの不安を煽っていた。
やっぱり自分から聞きに行こう。それでまた逃げられたなら、もう待つしかない。
「…よし」
心を決め、立ち上がってドアを開けようとしたとき、そのドアから遠慮がちにノックする音が聞こえた。
サラだろうかとドアを開けてみると、そこにはパジャマに着替えていたルシラがぽつんと立っていた。
まさかドアをノックしてすぐに開くと思ってなかったのか、驚いた顔でダインを見上げている。
「おっと、ルシラか」
ダインも内心驚きつつも、「どうしたんだ?」、優しく尋ねた。
彼と目が合ったルシラはみるみる顔を赤くさせ、「あ、あの…あの…」、同じ言葉を繰り返すばかりで、見る限りかなりの緊張状態にある。
どうやら意を決し部屋に訪れたのだろうと察したダインは、「とにかく入ろうか」、ルシラを部屋の中に招き入れた。
そうしてテーブルを間にしてお互い座布団に座り、ルシラが話し出すのを待つ。
しばし、部屋の中は針が時を刻む音しか聞こえなかった。
彼女は枕を抱きしめ、真っ赤な顔のまま「あの」、とまた繰り返し始める。
「ゆっくりでいいよ」
ダインはそう笑いかけ、ルシラが話し出してくれるのを静かに待った。
「あの…あのね…」
そうして待ち続けていると、やがて彼女の口から語られたのは、
「あの…ご、ごめん、なさい…」
という、謝罪の言葉だった。
謝られた意味が分からなかったダインは、「ん?」、と不思議そうな顔を彼女に向ける。
「あの…きょ、今日、さけてて…ごめんなさい…」
そういったところで、意味を理解したダインは「あー」、といって笑顔を浮べた。
「やっぱりそうか」
原因が分かっていたダインは、「昨日のあれのせいなんだよな? 俺の方こそ…」、謝ろうとしたとき、
「ち、ちがうよ!!」
ルシラは声を上げてダインの台詞を遮った。
「あ、ち、ちがうことは、ない、けど…で、でも…ちがうよ…」
それから彼女はぽつぽつと語りだす。
「へ、変なかんじだったけど、ぜんぜん、嫌じゃなかったし…くるしいの、取れたし…」
避けているのはそれが原因じゃないときっぱりいって、別の要因だとルシラは続けた。
「あの後…朝、だ、だいんのかお見たら、なんか、るしらの顔があつくなって…よく、見れなくなって…ずっと、どきどき、してたから…」
もしかしてルシラにも甘毒の影響が出てしまったのだろうか。
心配に思い色々聞こうとしたが、まだ話は終わってなかったのか彼女は続けていった。
「からだじゅうがあつくなって、だいんに近づくことも、よく見ることもできなくなって…どうしたらいいか、分からなくなって…」
ルシラが抱えていたのは戸惑いだった。
昨夜の一件からダインに対する見方が変わってしまい、その変化が自分の中で処理できていなかったのだ。
彼を見ているうちに沸き起こる感情が何なのか理解できず、そのせいでまともにダインの顔を見ることも、話しかけることも、いつものように抱きつくことも出来なかった。
結果としてダインを避けるようになってしまい、彼の困惑した顔を見るたびに、ルシラの心に何かが突き刺さるような思いを感じていたのだ。
いつも優しく接してくれるダインを、大好きな彼を困らせてしまった。
苦しくなっていたところを助けてくれたのに。そのお礼もいえなくて、それどころか避けて傷つけてしまっている。
嫌われてしまっただろうか。もういいと、突き放されてしまうのではないか。
「だいん…とらうま、あるのに…思い出させちゃ、いけない…のに…」
申し訳なさと不甲斐なさに、ルシラの目にみるみる涙が浮かんでいく。
「う、うええええぇぇぇ…!」
そしてとうとう声を上げて泣き出してしまった。
「これ、やだぁ…! このきもち、いやだよぉ…! だいんにさわれないし、かおも見れないし、だいん、かなしそうにするからぁ…!!」
溢れる涙を拭おうともせず、ルシラは泣き続けている。限界まで溜め込んだ不安が堰を切ってあふれ出してしまったかのようだ。
「い、いや…ここで泣くのか…」
初めて見るルシラの泣き顔に、ダインは戸惑ってしまう。
泣きじゃくる彼女をどうあやせばいいか考えたが、ルシラ以外に子供を相手にしたことがないので分からない。
それらしい台詞をいうべきなのか。とりあえず落ち着かせるべきなのか。
色々考えているところで、ふと朝方にサラからいわれた台詞を思い出した。
自然体でいたらいい。
そこで落ち着きを取り戻したダインは、立ち上がって未だ泣きじゃくるルシラに近づき、優しく抱き寄せた。
「だ…だい、ん…」
抱かれるとは思ってなかったのか、ルシラが驚いたことにより嗚咽が止まった。
「泣くようなことじゃない。泣かなくていいんだよ。俺はそこまで困ってない」
落ち着かせるようにルシラの狭い背中を撫でながら、ダインは優しい口調で話しかけた。
「いま、どうだ? どんな感じだ?」
尋ねると、素直な感想が返ってきた。
「あ、う…ど、どきどき、おっきくなって…あ、うぅ…」
ルシラの顔は、夕方に見たニーニアの顔ほどに赤い。
そのまま倒れてしまいそうだったが、それでもダインはルシラをしっかり抱きしめたまま離さない。
「別にいいんだ」
彼は静かにいった。「俺はルシラじゃないからさ、お前がどう感じてどんな気持ちでいるのかは分からない。顔が熱くなってどきどきする原因も、正確に説明してやれない」
甘毒や別の可能性も考えられるが、いまはそういう細かいことはどうでもいい。
「サラに聞いたんだろうが、過去の出来事があって臆病になってるのは否定しないよ」
ダインは続けた。「ルシラに避けられてるのを感じて、ちょっと突き刺さったのは事実だ。だけどそれは原因が分からなかったから。昨日のアレが原因で嫌われたんじゃないかと思っていたからなんだ」
ルシラに、自分の正直な思いを伝えること。
これまでのルシラのように、真っ直ぐな気持ちをぶつけること。
いまはそうすべきだと思った彼は、さらに続けていった。
「でも、そうじゃないんだよな? 俺のこと、嫌いになったり気味悪がってるわけじゃないんだよな?」
問いかけると、ダインの胸元からばっと顔を上げたルシラは、真剣な表情で訴えた。
「きらいになんて、なるわけないもん! だいんのこと、ずっと、ずっとずっとだいすきだもん…!!」
ルシラの嘘偽りない気持ちだった。
ニーニアのいっていた通り、変わらないルシラの真っ直ぐな感情だった。
「ああ。だったらそれでいい」
ダインは嬉しそうに、照れたように笑う。「その気持ちが分かっただけで十分だ。避けられても、もう悲しい顔はしない」
何度も何度も、ルシラの背中を撫で続ける。
「前にもいった通り、ルシラは俺の家族の一員だ。俺にとって、かけがえの無い存在だ」
「だい…ん…」
「大切な人には幸せでいて欲しい。笑顔でいて欲しいと思ってる。お前に泣き顔は似合わないよ」
指で彼女の涙を拭い、再びぎゅっと強く抱き寄せた。
「ルシラの笑顔が、俺は一番好きだからさ」
その瞬間、不思議なことが起こった。
ルシラの全身が突然光りだしたのだ。
「え…?」
眩い光がルシラの体を包み込み、数秒後その光はすぐに収まる。
「な、なんだ…?」
見ると、ルシラの手足がまた少し伸びているような気がした。
「ルシラ…?」
どうかしたのかとルシラに呼びかけるが、彼女から返事は無い。
ルシラはいつの間にかぐったりとしており、目が閉じられていた。
口元からは寝息が聞こえる。先ほどの光のせいなのかは分からないが、どうやら眠ってしまったらしい。
そういえばダインのことを思う余り、日課の昼寝をしてなかったとサラがいっていた。安堵感により一気に眠気に襲われてしまったのだろうか。
成長の瞬間を目の当たりにして面食らったダインだが、目元には涙が残っているものの、安心しきったようなルシラの寝顔を見てホッとした。
今回のことでルシラの心の整理ができたかどうかは分からない。明日も恥ずかしがって避けられてしまうかもしれない。
しかしルシラの気持ちが分かったいま、もうダインが不安になることはない。
ルシラの安息そのものの寝顔を見て、彼女の心の問題もなくなったように思えた。
ちゃんと話せて良かった…。
ダインはそう思いながらルシラを抱き上げ、サラの寝室へ運ぼうとした。
が、彼女が枕を持ってダインの部屋に来た意味を考え、自分のベッドに寝かせることにした。
部屋の明かりを消し、ダインも同じベッドに潜り込み、ルシラを抱きしめたまま目を閉じる。
安堵していたのはダインも同じで、その日はすぐに寝付くことができた。
「…何をすればいいのかな」
突然視界が明るくなり、いつもの森の世界に切り替わった瞬間、ダインの真横にいた成長したルシラがいってきた。
またルシラ本体に“夢”へ招かれたようだが、ダインを見上げる彼女はどこかもどかしそうだ。
「こんなに優しくされて、私の思いを受け止めてくれて…何をすれば、ダインは喜んでくれるかな」
“先ほどの”ルシラとのやりとりのことをいっているのだろう。
いつも優しくしてくれるダイン。
そんな彼に、何をすれば恩返しになるのか。考え込むルシラはいつになく真剣だ。
(何もしなくていいよ)
心で念じ彼女に伝え、笑顔を向けながらその頭を撫でた。
そのままでいいといったにも関わらず、彼女は不満げにダインを見る。
「私だってダインが喜ぶようなことしたいよ」
(その気持ちはありがたい。でも、ルシラが笑顔でいてくれれば、それだけで俺は嬉しい)
そうも伝えたのに、ルシラはなかなか納得してくれない。
「美味しいご飯作ってくれたり、遊び相手になってくれたり、不安になったときはちゃんと向き合って話してくれたり…これだけ色々してくれたのに、私からは何も出来ないなんて嫌だよ。私も何かしたい」
真面目にそういってくるが、そもそもルシラに何かを望んでいるわけではないダインは何も思いつかなかった。
それに何も出来ないとルシラはいうが、彼女との出会いによって、ダインのこれまでの生活が楽しくなってきたことは間違いない。
ルシラの笑顔にいつも癒やされていたし、懐いて離れたがらないのも嬉しいし、そのまま寝てしまう姿は可愛くて仕方ない。
側にいて笑いかけてくれる。日々の成長を見せてくれる。
それがすでに恩返しになっていると、ダインはルシラに伝えた。
「む、むぅ…」
しかし返ってきたのはやはり不満そうな表情だ。「それだよ。またそんなこといって私を喜ばせて…恩が溜まっていく一方だよ」
(恩を売っているつもりはないんだけどなぁ)
ルシラに笑いかけたまま、ダインは再び彼女の頭を撫でた。
ルシラは心地良さそうに目を細め、座る彼に身を寄せる。その腕を捕まえ抱きしめて、手を探って指を絡めるように握り締めてきた。
「ダインが喜んでくれるなら、エッチなことでも何でもいいんだけど…」
そのまま、とんでもないことを言い出した。
「あ、ヴァンプ族の繁栄のために、子供を沢山作るっていうのは…私の体でもできるのかな?」
ダインは慌てた顔を向けるものの、「本気だよ」、また真面目な声で彼女はいった。
「ダインが望むのなら、何だってする」
真っ直ぐなその気持ちはありがたい。だが、子供だなんだはぶっ飛びすぎている。
本当に行動に移しそうになっていたので、ダインは慌てて「もう少し軽いものでいい」、と念じて彼女に伝えた。
何が何でもお礼はしたかったのか、「う〜ん、じゃあ…じゃあ…」、また首を捻って考え出す。
あ、と何か思いついたのか、顔を上げてダインを見た。
「明日…って今日か。今日、ニーニアちゃんのお家に行くんだよね?」
ダインが頷くと、「多分、そこで面白そうな本を見せてもらえると思うんだけど、そこにある石も触らせてもらった方がいいと思うよ」、といった。
まるで未来を予知したかのようないい方だが、不思議の塊でしかないルシラなら未来が見えてもおかしくない。
そのことはあまり気にせず、「石?」、と彼女に疑問を向けた。
「うん。片手で握れるほどの小さな石なんだけど、ずっと光り続けている不思議な石でね、触った人の潜在能力を増幅させる効果があるらしいんだよ」
つまりその提案が、彼女なりのお返しなのだろう。
しかし石のことはさておいて、ダインはルシラのその知識に疑問が沸いた。
いったい彼女はどこまで知っているというのだろうか。
「知らないことはそんなにないと思うよ」
自慢げにいう彼女だが、もちろん嘘などではないのだろう。確証は無いが、彼女は全てを知っている。
信頼を寄せてくれて、ダイン自身もまた彼女のことは信用している。どれだけ不思議なものを見せられても、そういうものなんだと納得できる。
もはや疑うものは何も無い。お互いの絆は、もう切っても切れないほど強固なもので結ばれている。
だが、やはり彼女に対する疑問は尽きない。
結局、ルシラは何者なのだろうか。
なんという種族で、どうして自分は彼女の夢に招かれているのだろうか。
何か目的があるのだろうか。伝えたいことがあるのだろうか。
意識が繋がってるせいか、次々に沸き起こるダインの疑問はルシラに伝わったようで、彼女は少し申し訳なさそうに眉を中央に寄せた。
「初めはね、興味本位だった」
ダインに寄りかかり、彼の感触を確かめたまま彼女は続ける。
「誰にでも優しくするあなたはどんな人なんだろうって、ずっと見てた」
ふとダインを見上げるその顔は赤い。ニコッと彼に笑いかけ、さらに続けた。
「ずっとあなたを見ているうちに、胸の中に温かな何かが広がっていくのを感じてね…会いたくなっちゃった。会いたいって、強く思っちゃった。だから夢の中だけでも会えたときは、我慢できずくっついちゃったの」
そこでルシラは悪戯っぽく笑った。確かに初めてこっちのルシラに会えたとき、視界が真っ暗で音もない中だったが、誰かに抱かれている感覚はあった。
思えば、夢の中で再会する度にルシラに抱きつかれているような気がする。“あっち”のルシラよりも積極的なのは性格にも差があるのだろうか。
そのダインの考えが伝わり、「ふふ、そんなことないと思うよ?」、ルシラは笑っていった。
「そっちの私もすごく積極的だよ。こうしてダインに会えているのは、そっちの私がいまダインから魔法力をもらってるっていうことだから」
(確かにそうか…)
「いつももらっちゃってごめんね?」
ルシラが笑顔のまま謝ってきた。「でも、おかげでこうして会えるようになれたのは素直に嬉しいな」
俺も嬉しいよ、とダインも笑って返すものの、その魔法力の行き先が気になった。
自分から吸った魔法力を、彼女は何に使っているのだろう。
ルシラはすぐに答える。「形の維持に使わせてもらってるよ」
形の維持?
「うん。ちょっと使われすぎちゃってたから。いまもなんだけど。だから、定期的に魔法力をもらわないと崩れていっちゃうかも知れないから」
ルシラのその言葉を、ダインは半分ほど理解できているかどうかは、正直にいって怪しい。
だが深刻な状況ということは伝わった。
心配に思っていると、ルシラは「まだ大丈夫だよ」、と笑ってみせた。
「ニーニアちゃんやシンシアちゃんの魔法力は暖かいから。ティエリアちゃんの力もすごい回復量だったし、ラフィンちゃんの力で一気に元に戻りそうになったから。だから、こうして話せるほど回復したし、当分は持ちこたえられると思うよ」
そうルシラはいうが、根本的な解決にはなっていない。
力になれないかと考えるダインだが、ルシラは首を横に振った。
「必要なことだと私も思うから…あの子のために。このままじゃ、良くないことが起きちゃうから」
さすがに何の話か全く見えなくなってきて、ダインはまた不思議そうな顔をルシラに向けてしまう。
いまのルシラなら、聞けば何でも答えてくれるだろう。
彼女がいま置かれている状況も話してくれそうだったが、ダインは質問を止めた。
まずは目先の問題を解決すべきと判断したからだ。
ルシラの本来の居場所を見つけ出し、先で問題があるのなら順を追って解決する。
山積した問題を一度に聞けば混乱するだけだし、何をすればいいのかも分からなくなる。
気にはなるが、焦っていいことは何も無い。ルシラのためならばこそ、慎重にいくべきだ。
そう考えるダインをじっと見ていたルシラは、また嬉しそうに笑った。
「優しいね、私のためにそこまで考えてくれて」
握ったダインの手を確かめるようにニギニギさせるルシラに、こんなに好いてくれてるんだ。とダインもルシラの手を握り返す。
ルシラの想いには出来る限り応えてやりたい。返してやりたいと思うのが筋だろう。
そうルシラに伝えると、「でも私、何もしてないのに…」、またダインを見上げる。
「何かないかな? 何でも良いから、お礼したいよ」
再びお礼の話に戻してきた。どうやら提案だけでは気が済まなかったらしい。
ダインも笑って何も無いよと伝えるが、どうしてもお礼がしたいらしいルシラは、突然ダインの正面に回りこむ。
「そんなこといって、私知ってるよ?」
何を? と尋ねる間もなく、前回のようにルシラに頭部を抱きしめられた。
「こうするとね、ダインはすごく気持ち良さそうにするって」
突然の行動にどきりとするダインだったが、彼女のいっていることは間違いではない。
ルシラの胸は相変わらず柔らかくて暖かく、緊張はしてきたものの、その感触に何もいえなくなってしまう。
「ニーニアちゃんにもしてもらってたの、私も見てたんだよ?」
ルシラはどこか可笑しそうにいった。「大丈夫、大丈夫ってあやされて…ふふ。ダイン、子供みたいだった。いまもね?」
やはり彼女には全てお見通しだったのだろう。
現実のルシラにも透視の能力があったのだ。今更驚くようなことでもないかも知れないが、しかしこうはっきりとあの光景をいわれると恥ずかしくなってしまう。
「抱かれるの、気持ちいいよね」
なおもダインの頭を抱きしめながら、ルシラはいった。「私もいつもダインにしてもらってたから、その気持ちはよく分かるよ。ダインも抱かれるのが好きだってことも知ってるよ」
過去のことまで知っている…?
驚いて顔を上げるダインだが、そんな彼をまた力を込めて抱き寄せて、ルシラは続ける。
「ダインが小さかった頃は甘え放題だったけど、物心がついて両親と旅をし始めた頃はずっと我慢してたんだよね。理性の強化は、ヴァンプ族の間では義務化されていたから。特に血の濃いダインの場合は」
…そんなことまで知っているのか。
驚きのあまり心ではなく口から言葉を発しそうになってしまったが、鼻も口もルシラの柔らかな胸に埋まっており動けない。
いや、そもそも体の自由があまり利かなくなってきた。ルシラの能力かと思ったが、理性の弱まったこの夢の中では、彼女の感触に抵抗する気が全く起こらない。
ルシラに誘われるまま抱擁され、ただただその優しさを受け入れるしかない。
「ん〜…!」
ルシラは力いっぱいダインを抱きしめている。
また、夢が醒めるギリギリまで彼の感触を堪能しようとしているようだ。
「ふふ。ダイン、ほんとに胸が好きなんだね…」
そう呟いた次の瞬間、「あ、そうだ!」、ルシラは声を上げた。
「良いこと思いついたよ!」
腕の力を緩め、不思議そうにするダインに向けいった。
「ティエリアちゃんや、シンシアちゃんにも抱かれよう!」
…ん? と、そのときダインの顔には沢山の疑問符が浮かんでいたことだろう。
それでもルシラは笑顔のまま続けた。
「抱かれる気持ちよさは、現実の方が強いから。ダインはもっと喜んでくれるはず。それに、あの子達なら喜んでしてくれるはずだし」
意味を理解するまでに数秒かかったが、理解した瞬間ダインはまた慌てるような表情に変わっていった。
何を言い出すんだと心で突っ込むものの、ルシラはにんまりと笑うだけだ。
「ダインはそのままでいいから。私が何とかするからね?」
嫌な予感しかしない。
しかしそんなダインを、ルシラは再び抱きしめた。
「大丈夫だよ。きっとダインも気に入ってくれる。ほんとは、ダインさえ望めば簡単に叶うことかもしれないけど」
何をどうするつもりなのか教えて欲しいと訴えるものの、サプライズにするつもりかルシラは答えてくれない。
「楽しみに待っててね?」
そういうだけで、制限時間がきても彼女はダインを抱きしめたまま、ヒントすら教えてくれなかった。




