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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
55/240

五十五節、暖かい夕焼け

「だるーん…」

公園にたどり着いても、シンシアはぐったりしたままだった。

木の椅子にかけるなり、テーブルに伏している。

「あー、やっぱり体育の授業で調子に乗りすぎたかしら…」

シンシアの隣に座るディエルも、同じような体勢で魔力回復に専念しているようだ。

「あの、やっぱりドリンク飲む?」

ニーニアは再び道具袋から回復ドリンクを取り出している。

「後でお金払うよ〜」

間延びした声で受け取ったシンシアに、「お家に沢山あるから大丈夫だよ」、とニーニアは笑いかけた。

同じくドリンクをもらい瞬く間に回復したディエルが、「どうして沢山あるの?」、とニーニアに尋ねている。

「アイテム製作で魔力使うこと多いから」

「ああ、なるほど。あなたのところで作ってるものって、魔力を動力源にしたものが多いものね」

「うん。でも最近は魔力以外の動力を採用したアイテムの開発に取り組んでてね、将来的には魔法力に頼らないものメインで生産していきたいみたい」

「へぇ〜。どんなものかちょっと気になるわね」

「アイデアがなかなか閃かないみたいだから、まだ試作品も出来上がってないんだけどね」

そう会話するディエルとニーニアの後ろでは、ミーナが少し居心地が悪そうにしたまま立っていた。

知らない人ばかりなのでどうしたらいいのか分からないのだろう。

「ディエル、そろそろ紹介してくれ」

ダインがミーナを顎で指しながらディエルにいうと、「あ、ええ、そうね」、彼女は立ち上がってミーナの隣に移動した。

「本当は全員揃ってからの方が良かったんだけど…」

とディエルがいったそのタイミングで、上空から人影がやってくる。

「すみません、お待たせしました」

そういってダイン達の前に降り立ったのはティエリアとラフィンだった。

「何かトラブルでもあったのか?」

ダインがきくと、「いえ、次の学校行事についてね」ラフィンが答える。

「その詳細をティエリア先輩から説明を受けていて、ちょっと長くなってしまったのよ」

ふ〜ん、といいつつも興味のありそうな視線を向けると、彼女は少し申し訳なさそうに「ごめんなさい、これはダインでもいえないことなの」、といった。

「当日まで教えられないのよ」

ダインはすぐに“奇襲戦”のことが浮かぶが、内容の読めなかったディエルは「私は?」、とラフィンに詰め寄っていた。

「あなたは口が軽そうだから、一番教えるわけにはいかない」

冷たい目線でラフィンがいうと、「副会長なんですけど!」、ディエルがすかさず突っ込む。

「私にこそ聞く権利があると思う!」

「その副会長が生徒会室に顔を出さずに真っ先に帰るのはどうなのかしら」

ラフィンの冷静な反論に、ディエルは「うぐ」、と言葉を詰まらせ大人しくなってしまう。

「まぁ今日は何も業務がなかったからいいけど、でもサボりは良くないわね。来てなかったのあなただけよ?」

どうやら召集はかかっていたらしい。ディエルの表情からして忘れていたようだが、正直に話すわけにもいかなかったらしく、「しょ、しょうがないじゃない。今日は変に疲れてるの」、と言い訳じみたことを言い出した。

真面目なラフィンならここで叱責するところだが、「まぁ、昨日から今日の朝まで色々あったからそこまで責めるつもりはないけど…」、ディエルに一定の理解を示す。

それでも生徒会長としての立場上、叱らないわけにはいかなかったので、「でも副会長なんだという意識はもっていて欲しいものね」、と説教した。

その台詞でむっとしたディエルは「だ、大体、なんであなたがここにいるのよ…」、反抗をつぶやく。

「それは私の台詞なんだけど」

すぐさまラフィンが反論し、口論になると予感したティエリアは、「それより、こちらの方は?」、と笑顔で割り込んできた。

ラフィンと喧嘩してる場合じゃないとディエルは気持ちを切り替えたようで、改めてミーナをダイン達に紹介してくれた。

メガネをかけ、おさげ髪をした彼女の名前は、ミーナ・レィンス。

親は著名な考古学者で、両親の背中を追いかけミーナも同じ道を目指している。

種族分野での知見を広げるため、他種族が通うセブンリンクスに入学したらしい。

ディエルから一通りミーナについて紹介を受けた後、「よろしくね」、とシンシアが改めて握手を交わそうと手を差し出す。

だがミーナは応じず、

「あ、あの、先日は本当にご迷惑をおかけしました」

ダイン達に向けて深々と頭を下げた。

申し訳なさそうな彼女に少し意外そうな表情をしたシンシアは、「迷惑なんてこれっぽっちも思ってないよ」、すぐに笑顔になりいった。

「私たちが勝手にしたことなんだし」

と続けた台詞にニーニアも笑顔のまま頷いており、気にすることは無いとミーナに安心させるような笑顔で笑いかけた。

そして、「次は私たちの番だね」、とミーナへ向けて各々が自己紹介を始める。

ニーニア、シンシア、ティエリアと自己紹介が進み、ダインはミーナをまた余計なことに巻き込みたくないとの思いからヒューマ族として説明する。

彼らから自己紹介を聞いたミーナは、何故か驚愕の表情でダイン達を見回していた。

「す、すごいで…すごい、ね。こんな、色んな種族がグループになってるなんて…」

控えめな仕草ながら、その目は輝いている。学者の卵として血が騒ぐのだろうか。

「グループになっても、大体一つか二つぐらいの種族で固まっているはずなのに…」

いじめに遭っておきながらも、ミーナはクラスの行動を観察していたようだ。意外と根性のある奴なのかもしれない。

「そういえば珍しいわよね」

ディエルがダインにいうと、「まぁ流れでな」、ダインは意図的ではないことを強調していった。

「考え方に種族による差はそんなにないってことだろ。少なくとも、このメンバーはみんな種族がどうのとかあまり気にしてない奴らばっかだし」

「特にダイン君はね」

笑顔でいったのはシンシアだ。

「種族どころか、家柄とかも全く気にしてないもんね」

その意見にはニーニアだけでなく、ティエリアやラフィンまでもが同意する。

家柄、とシンシアがいったところでダインは改めて彼女たちの顔ぶれを眺めてみた。

文明の王と囁かれるリステン家の一人娘ニーニア。

大陸最強の肩書きを持つゲンサイの娘シンシア。

一大ブランドとなりつつあるウェルト家の生まれで、エレンディアの証を持つラフィン。

デビ族の次期王と噂される父を持つディエル。

そして実家は普通の出だと本人はいうが、その存在自体が奇跡だといわれているゴッド族のティエリア。

確かによくよく考えてみればものすごい顔ぶれだ。

彼女たちの中には、将来国を動かすことになる奴も出てくるのかもしれない。

「気付けばこうなってたんだよな」

俺は普通にしてるだけなんだけど。とダインがいったところで、「楽しいから」、そう返したのはニーニアだった。

相変わらず嬉しそうな笑顔だった彼女は続ける。

「前の学校では遠巻きに見られたり敬遠されることが多かったけど、ダイン君は私として見てくれるから。私に接してくれるから。だからここにいるの」

その台詞に、ラフィンは「そうね」、頷きつつ話を引き継いだ。

「ダインと話していると、種族がどうとか家柄がどうとか、考えるのバカらしくなるときがあるのよね。もう慣れたけど」

そういいつつ、彼女は机に置いていたカバンから、そのカバンサイズの大きくて四角い箱を取り出した。

その蓋を開けると、中にはお菓子の詰め合わせが入っていたようで、個包装されたクッキーやチョコをテーブルに広げていく。

「え、な…な、何してる、の?」

そこでディエルが心底驚いたようにラフィンを見た。

「何って、ここ数日この子達のお菓子をご馳走になっていたから、せめてものお返しで持ってきただけなんだけど」

「いや、そんな…それ学校に持ち込んでいたの? あなたが?」

「そんなわけないでしょ。ちゃんと一度家に帰って、そこから持ってきたに決まってるでしょ」

めんどくさいことしてるなとダインは一瞬思ったが、転移魔法を使えるラフィンなら造作も無いことなのだろう。実際ティエリアと一緒にやってきたわけだし。

「にしたって、あなたがそんなもの持ってくるなんて…」

ディエルは信じられないという顔だ。

確かに、以前のラフィンなら考えられない行動だったのかも知れない。エンジェ族として、生徒会長として、他の者の模範となるように振舞っていた彼女は、徹底して規則を守っていた。

休憩時間ですら私語は慎み、装飾品の類は一切身に着けず、その立ち居振る舞いに乱れは無い。

そんな彼女がお菓子を持ってやってきて、挙句談笑を始める姿はディエルには想像すらできないことだったのかもしれない。

「手作りじゃないけど、地元ではかなり名店の、それもなかなか手に入らないものらしいから、美味しいはずよ」

ラフィンがそういったところで、「おー! ラフィンちゃんがいうんだったら間違いないね!」、シンシアが早速人数分に仕分けていく。

「あ、じゃあ私のも出すね」

ニーニアはシフォンケーキをカバンから取り出し、シンシアはタルトを、ティエリアはチョコ菓子を並べていく。

彼女たちはてきぱきとお茶会の準備を進め、ラフィンも協力しながら「ミーナ、こっち来て座りなさい。沢山持ってきたからあなたの分もあるわよ」、とミーナを呼び寄せる。

すごすごと歩き出したミーナをシンシアが捕まえ、隣に座らせお茶会が始まった。

それぞれお菓子を頬張っては、その美味しさに幸せそうに頬を緩めている。

「…ダイン、あなた何したの」

ディエルは未だ驚いた様子のまま、ダインにきいた。

彼女の視線は談笑に混じるラフィンに釘付けになっており、目の前で何が起こっているのかいまも理解できていないのだろう。

「いや? 俺は何も」

ダインは首を横に振った。

「ただあいつがシンシアたちののんびりした空気に順応してきただけじゃないか?」

「でもそんな簡単に変わるだなんて…昔はアイスクイーンなんていわれてたこともあったのに」

「いまのあいつが、素のあいつなのかもな」

ダインがいったところで、ディエルは再びラフィンに顔を向ける。

お茶会ではラフィンとミーナの出会いの話に話題が向いたようで、ラフィンは真面目な顔つきながらも正直にシンシアたちにミーナと出会った経緯を伝えている。

何か面白い展開でもあったのか時折笑い声が聞こえ、その笑い声につられてラフィンもくすくすと笑っていた。

「元からラフィンは接しやすい奴だったんだよ」

お茶会の風景を眺めながら、ダインも同じく笑顔でいった。

「多少不器用なだけで、話せば良い奴なんだってすぐに分かる。ディエルの方がその辺のことよく分かってんだろ?」

「それは、まぁ…でも、何いっても変わろうとしなかったのに…」

ディエルはそのまま、視線をゆっくりとダインに向けた。

「やっぱり、ラフィンがああなったのはあなたが原因のような気がしてならないわ」

確信じみていう彼女に、「いや、マジで何もしてないっての」、ダインはいやいやと手を振る。

そんな彼をじっと見つめつつ、「何もしてないから、なのかもね」、ディエルはぽつりといった。

「無理やり変えさせるんじゃなく演技させるでもなく、素のまま接すればよかっただけか…」

「ん?」、と不思議そうに自分を見るダインに何かいおうとしたとき、お茶会の場からダインとディエルを呼ぶ声がした。

「何してるのよあなた達。なくなっちゃうわよ?」

そのラフィンの声に、「そりゃ困る」、ダインは優しい笑顔をディエルに向けた。

「ディエル、行こうぜ」

「あ、え、ええ」

歩き出すダインの背中を見つめながら、ディエルはまた呟いてしまった。

「ほんと不思議な人ね、あなたは…」

ラフィンのことだけではない。昨日のラビリンスでのことや、ミーナのこと、ミレイア親子とのことにまでダインは手を貸してくれた。

信用してないといってしまったのに、シンシアたちに救援を要請したり、駆けつけてモンスターを排除してくれた。

突き放すようないい方をしながらも、彼はしっかりと自分を見ていてくれたのだ。

「…ありがとう…」

その呟きはダインには届かなかったようで、「ん?」、とまた不思議そうな顔で振り向いてくる。

ディエルは突然駆け出し、「全部食べてやる!」、と彼を通り過ぎお茶会の場まで走っていった。

「ちょ、おい!」

追いかけてくる彼に振り向き、舌をべっと出す彼女は満面の笑みだ。

それは裏表のない、ディエルの本当の笑顔のようだった。



「放置できない問題よ」

お茶会が終わり、先にディエルとミーナを帰した後だった。

ダイン部を始めようとした直後、ラフィンは真剣な顔でいった。

テーブルに散らばったゴミを片付けながら、「問題って?」、ダインはラフィンに顔を向ける。

テーブルの上をウェットティッシュで拭いていたシンシアたちも、何の話か分かってなさそうな表情だ。

「あなたのことよ」

腕を組みつつ、ラフィンはいう。

「吸魔、だったかしら。あれ」

ラフィンの頬が少しずつ赤みを帯びていく。また昨日のことを思い出してしまったらしい。

「あ、あの不思議な感覚、吸魔の度にシンシアたちはずっと感じていたんでしょ?」

「ああ、多分…」

ダインがシンシアたちに顔を向けると、彼女たちも同じように顔を赤くさせていた。

「私が吸魔のことを知る前から、ずっとでしょ?」

「まぁそうだな。それをどうにかして和らげられないかってのも、この部としての一つのテーマになってるんだよ」

「そうなの…そうよね…」

考え込む彼女は、やや上目遣いに再びシンシアたちを見た。

「大変…よね?」

どうやら吸魔時に感じる感覚を、ラフィンは問題視したらしい。

シンシアたちの心情を推し量るように問うと、問われたシンシアは「べ、別にそこまでは…」、とニーニアとティエリアに視線を送る。

「だ、ダインさんのためですから」

ティエリアは顔を赤くさせたままそういった。

負担ではない。彼女たちはそういいたかったのだろうが、ラフィンにはその彼女たちの姿が我慢しているように見えてしまったのだろう。

シンシアたちが我慢している。恥ずかしいのを我慢して、ダインに吸魔されている。

エンジェ族としての使命感が湧き出てしまったラフィンは、シンシアたちに我慢を強いる状況は良くないと思い、ダインに向き直って宣言した。

「ダイン。昨日もいったと思うけど、今後魔法力が欲しくなったのなら私にいいなさい」

そのとき「えっ!?」、と大きく反応したのはダインではなく、シンシアたちだった。

「あの感覚に全員が晒される必要は無い。効率の観点から見ても、私が請け負うべきよ」

その表情には、自分の都合でダインの評判を落としてしまった責任感や、シンシアたちに我慢させ続けるわけにはいかないという使命感が見て取れる。

「昨日のことで懲りたんじゃ…」

呟くシンシアは、諦めてなかったのかという表情だ。

「あの感覚は確かに強い」

ラフィンはいった。「立ってられなくなるほどのものだけど…でも、ダインを窮地に追いやったのは私にも一因があるのだから、私が引き受けるべきなのよ」

「で、ですが、ラフィンさん一人に任せるわけには…」、ティエリアはやや焦ったようにいう。

「た、大変なのはラフィンさんも変わらないよ」、ニーニアはどうにかラフィンを止めようとしていた。

「聖力が減るだけだから大丈夫。普段魔法の練習をしているのと変わりないから」

本格的な吸魔を体験した上での、ラフィンの決意だ。

エンジェ族はゴッド族ほどではないが、自己犠牲が強い。

そこに責任感や義務感が生じると、多少のことでは決めたことを曲げないという傾向がある。

ラフィンもそんなタイプなのだろうとダインは思ったが、

「ま、まぁ? そ、そんなに負担にも感じなかったし、その…べ、別に、嫌な感じでも全くなかったし…?」

腕を組んだいつもの強気なポーズを見せつつも、やぶさかではないという表情だ。

その仕草と台詞から、どうも単純な使命感だけでそういってるようには見えなかった。

「だ、だから今後は私だけに吸魔を…」

「駄目だよ!」

突然そう声を上げたのはシンシアだ。

「順番は守らなきゃ!」

「じゅ、順番?」

「突発的な場合を除いて、ダイン君からは順番に吸魔してもらうことになってるの。次はニーニアちゃんの番だもん」

ティエリアとニーニアは「あ」、と声を出し、ダインとラフィンは固まっている。

「ど、どういうこと?」

ラフィンは困惑していた。「私はあなた達のためにこの役目を…」

「そう思ってくれているのなら、割り込みはしないで欲しい」

シンシアがぴしゃりと言い放ってから、ラフィンの困惑した顔はダインに向けられる。

「いや、順番があったとかは俺も初耳で…」

ダインも困惑しているところで、「シンシアちゃん、それは私たちだけの決め事だって…」、ニーニアがシンシアにいっている。

どうやらダインには内密にしたまま、シンシアたちの中で順番を決めていたらしい。

ニーニアに咎められたシンシアだが、「だってちゃんといわないとラフィンちゃんも分からないよ」、といった。

「ラフィンちゃんの言うとおりにしちゃったら、私達も困るでしょ?」

「そ、それはそう、だけど…」

「だから、ラフィンちゃんも混ざってくれるのは良いけど、昨日しちゃったんだから次は私たちが終わってからだよ」

まさかの告白にダインもラフィンも反応に困っている。

ある“同盟”を結んでいた彼女たちは、ダインに関するどのようなことも共有しようと決めていたのだ。

ダインにされたこと、いわれたこと。そのときの状況や沸き起こった気持ち。

ダインの母親であるシエスタより“公認”を得られていた彼女たちは、極秘に進めていたある“計画”があった。

共有はそのための布石であり、同盟はその夢を成就するために最も必要なことでもある。

「い、嫌だったんじゃないの?」

その計画を知る由も無いラフィンは、シンシアたちは嫌々吸魔されているものだと思っていた。

「そんなこと一言もいってないよ」

シンシアは大真面目にいう。「恥ずかしさはあるけど、でもダイン君に協力したい、力になりたいって思ってるのはみんな一緒だもん」

暴露されたが、しかしシンシアの言う通りだとニーニアとティエリアは頷いていた。

「だからラフィンちゃん、順番は守ること!」

「え、えぇ…?」

効率を重視するラフィンには、シンシアたちが分担して吸魔される必要性が分からないのだろう。

説明不足が原因だとダインは思った。

甘毒のことやその副作用、深度といったものなど、まだ細かく説明していない。吸魔は吸って終わりというわけではない。

「あー、なぁラフィン。休みの日って忙しかったりするのか?」

サラからいわれていたことを思い出し、聞いた。

「え、休日?」

ラフィンは尋ね返しつつも、「まぁ…習い事やパーティに出席だとか、スケジュール詰まってるはずだけど…」、といった。

「やっぱそうか」

「サリエラに聞いたらもっと細かいこと分かるはずだけど…」

「さりえら?」

「ああ、メイド長で私の専属の侍女なの。スケジュール管理も任せてあるのよ」

「さすがお嬢様だな」

笑うダインを、ラフィンはどうして休日のことを聞いてきたのかと不思議そうに見ている。

「いや、その吸魔について説明することがいくつかあるんだよ」

ダインはいった。「身内に詳しい奴がいるから、そいつから説明受けて欲しくてさ」

自分たちが呼ばれたときと同じだと察するシンシアたちだが、ラフィンだけは「ど、どういうこと? 説明しなくちゃならないことがあるの?」、また困惑したような声を上げた。

「吸魔ってのはお前が思ってるほど単純なものじゃないんだよ」

簡単にだが、ダインはラフィンに説明した。「吸魔を一人で受け続けると少し厄介なことになる。その厄介なことを少しでも軽減するために、シンシアたちは分担してくれていたんだよ。順番があったのは知らなかったけどさ」

「そう、だったの…」

ようやくラフィンは納得した様子を見せるが、すぐに「ん?」、と何かに気付いたような声を出す。

「え、待って、あなたの身内から説明受けて欲しいっていってたけど、それってつまり…」

「ああ、休みの日が暇なんだったら、再来週辺り俺んところ来て欲しいなって考えててさ」

はっきりとそう伝えたはずなのに、ラフィンは反応しない。

口をあんぐり開けたままダインを見ていたラフィンは、突如、

「ええええええッ!?」

心底驚いたようなリアクションが飛び出した。

「え、ちょ、ま…っ! え? だ、ダインのお家に、しょ、招待されてる、の…? 私…が?」

「そうだけど」

「いや…え…? そ、そんな…えぇ…?」

顔を真っ赤にしたラフィンはひどく狼狽している。そこに普段のキリッとした様子はない。

そんなに変なことはいってないはずなんだがとダインが思っていると、ラフィンは勝手に自白してくれた。

「だ、誰からもそんな風に誘われたことなんてなかったのに…は、初めてお邪魔する友達のお家が…ま、まさかダインの…」

ダインは思わず笑ってしまう。その反応がどうにも可愛らしく見えてしまったのだ。

初めて友人宅にお邪魔というシチュエーションは、ティエリアも最近経験したことだったので、気持ちは分かるとばかりに彼女は小さく笑っていた。

「つってもスケジュール詰まってるんだよな?」

ラフィンはお嬢様なのだということを察してダインはいった。「俺のところに来るのは無理そうだし、だったら俺が説明できるようあいつからレクチャーを受けるか、何だったら紙に書き起こしてもらってそれを…」

一人で話を進めようとしていたところで、「ま、ままま待って!!」、大慌てでラフィンが止めに入った。

「ん?」

どうしたとダインはラフィンを見るものの、俯き加減でいた彼女は顎に手を添えなにやら呟いている。

「あのコンクールはもう殿堂入りしたしパスしてもいいはず…そうすると練習時間も浮くし、お父様の後援会だって私には直接関係ないから辞退しても問題は…」

「ラフィン?」

「あ」、と、はっとしたような顔がダインに向けられる。

「いえ、その…」

顔の赤みをぐっと堪えつつ、はっきりと、

「い、行く。行くわ」

といった。

「え? 来れるのか?」

「え、ええ」

「大丈夫なのか? 無理して時間作らなくても、こっちはいつでもいいんだぞ?」

心配に思いそういうが、ラフィンは「だ、大丈夫」、と首を横に振る。

「再来週の用事はそこまで重要なものじゃないから」

緊張した面持ちでそういってくる。

ラフィンの家庭の事情はそこまでよく知らないから何ともいえないが、彼女が大丈夫といっているのならそれを信用するしかないだろう。

「じゃあ再来週の休日にここで落ち合おう。待ち合わせの時間は前日にでも決めようぜ」

「わ、分かったわ」

ラフィンはカバンから生徒手帳を取り出し、スケジュール表に予定を書き込んでいく。

「ねぇダイン君、その日は私達もまたお邪魔していいかな?」

シンシアが割り込んできた。「何だかラフィンちゃんこういうことに慣れてなさそうだし、勝手が分からないかもしれないし。それにルシラちゃんにも会いたいし」

シンシアの嬉しそうな顔に、「あー…そうだな。そうしてもらえると助かるよ」、とダインも笑顔で返した。

ダインはいつも通りにいったつもりだが、返答する前の微妙なダインの表情をニーニアは見逃さなかった。

「今度は何かお土産持っていこうよ。それぞれの地元のものとか面白そうだよ」

シンシアはニーニアとティエリアに向けていい、「いいですね!」、ティエリアはテンションが上がったのか両手を合わせて飛び跳ねた。

そのまま当日の予定を立てていくシンシアたちだが、空はすっかり赤く染まっている。

「盛り上がってるところ悪いが、そろそろお開きにしようか」

ダインがいったところで、「あ、そうだね」、シンシアたちはベンチから立ち上がった。

「ダイン君、明日はゲートの入り口でみんな待ってていいんだよね?」

シンシアが明日の予定を尋ねてきた。

シンシアとティエリアは転移魔法でニーニアのいるトルエルン大陸までひとっ飛びだが、ダインは足を使っての移動だ。

待ち合わせ場所が難儀しそうだったが、トルエルン大陸にはダインも訪れたことはあるので大体の場所は把握していた。

「ああ。ゲートでな」

「あ、あの、本当に大丈夫でしょうか」

そのときティエリアが心配そうな顔をダインに向けてくる。「ダインさんだけ徒歩で移動とは…しかも大陸をまたいで…」

確かに、世の人々はそのほとんどが移動手段は転移魔法だ。

距離も天候も関係なく移動できるのだから、徒歩で移動するなど、景色を見て回りたい観光客でもなければほとんどといっていいほどいないだろう。

だが魔法が使えず、魔法が効きづらいヴァンプ族は、移動は足を使うしかなかった。

面倒なのは確かだが、とはいえ神がかり的な身体能力を持ったヴァンプ族なので、それほど苦という訳でもない。

「これもトレーニングみたいなもんだよ」

何のことは無いと、ダインは手を振りながらいった。「時間には間に合わせるから待っててくれ。もし迷ったら連絡するしさ」

「うん」、と頷くシンシアに、ティエリアも「ご無理はなさらないでくださいね」、と優しい言葉をかけてくる。

ニーニアは、どういうわけか近くからダインをジッと見上げていた。

「ん? どうした?」

声をかけると、「う、ううん」、彼女はぱっと顔を下げる。

シンシアは転移魔法の魔法陣を展開させていた。

「じゃあまた明日ね!」

元気良く手を振りながら、その姿が光に包まれ消える。

「ラフィンさん、そろそろ…」

ティエリアに声をかけられるまで周りが見えてなかったのか、赤い顔でずっとぶつぶつ呟いていたラフィンはハッとする。

当日はどんな格好で行ったらいいか、礼儀作法はどうしたらいいか。ラフィンの悩みは絶えないようだ。

「気が早いし、深く考えないで普段どおりでいいんだよ」

ダインは笑っていった。「そういう意味でも先輩は経験済みだから、何だったら先輩にレクチャー受けたらいい」

「あ、じゃ、じゃあ、よ、よろしくお願いします」

「ふふ。はい、お任せください」

先輩風を吹かせるティエリアにラフィンはようやく安心したようで、ダイン達に別れを告げながら転移魔法で消えた。

「あの、では私も…」

ティエリアも空中に魔法陣を浮べる。

「明日な」

そう声をかけるダインを、彼女はすぐに返事をせずじっと見ていた。

やや反応を遅らせて「では」、といい、その姿が周囲に溶け込むように消えていく。

ティエリアが心配そうな表情をしていたことに、「どうしたんだろうな?」、とダインは最後に残ったニーニアに尋ねる。

どうしたんだろうね、とニーニアが切り返してくるかと思いきや、

「私と同じことを考えていたんだと思う」

そういった。

「同じこと?」

不思議そうにするダインの前に、ニーニアが移動する。

「ダイン君」

彼女は改めて、ダインを真っ直ぐに見上げた。

「ダイン君、何か困ってること…あるんだよね」

「え?」

「今日のダイン君、時々何か考えてるようだったから」

その台詞を聞いて、ダインはようやくニーニアが向けてくる視線の意味に気がついた。

自分が無意識に考え込んでいたのを、彼女に見られていたようだ。ニーニアは心配に思っていたのだろう。

「良かったら話して欲しい。力になれるかは分からないけど…」

ニーニアにそういわせてしまうほど、自分は思い悩んだ顔をしていたのか。

「そんな深刻なものじゃないよ」

ダインはそういって笑いかけるが、困ったことがあれば一人で抱え込まないで相談し合おうと自分がいったことを思い出し、ニーニアに素直に打ち明けることにした。

「昨日のことなんだけどな…」

彼が思い悩んでいたのは、もちろんルシラについてだった。

緊急事態とはいえ、半ば無理やり何も知らないルシラに、吸魔のあの感覚に晒してしまった。

訳も分からない中触手に絡まれ、聖力を流し込まれ、混乱した中ルシラには早すぎる性感にまみれ、そのまま意識を失ってしまった。

結果、翌朝は普段と様子が違っており、ダインは避けられてしまった。

ニーニアに細かく説明している間に、ルシラの手前平静を装ってはいたが、自分自身意外とショックを受けていたのだということに彼は気付いてしまった。

ダインから一通り説明を受けたニーニアは、「そんなことがあったんだ」、ダインの落ち込む理由が分かり、納得したようにいった。

「サラは良い方の問題だっていってたんだけど、よく分からなくてさ」

困惑するダインに向け、「簡単だよ」、ニーニアは笑った。

朗らかに笑うその笑顔は、まるで答えが分かっているかのようだ。

「え、あいつの気持ち分かるのか?」

「うん。ルシラちゃんは、変わらずダイン君のことが大好きだっていうことだよ」

「そう、か? でも朝は近寄ってこなかったし…」

「その種類が変わったっていうことだよ。きっとね」

「種類…?」

どういうことか良く分からないダインは、ベンチに座り直しつつも首をかしげっぱなしだ。

ニーニアは彼に分かるよう脳内で言葉を組み立てていくが、その内容が告白に近いものだと気付き顔を赤くさせてしまう。

「どうした?」

「う、ううん。はっきりとこうだって断言していいのかなって思って…多分そうだと思うんだけど…」

「多分で良いから聞いてみたいぞ?」

「で、でも、こういうことはやっぱりルシラちゃん本人から聞いたほうがいいと思うよ。ルシラちゃんならきっと話してくれると思うし」

ルシラが話し出すのを待っていればいい。ダインが出来ることは何も無い。

ニーニアの台詞からそう受け止めたダインは、「ニーニアもそっちかぁ…」、ベンチにもたれ、夕焼け空を見上げてしまった。

「サラにも同じこといわれたんだよなぁ」

「あ、そうなんだ。だったら待つしかないと思うよ」

「解決できるなら早い方が良いと思うんだけどなぁ」

「心の問題は、簡単なものじゃないから」

「それは分かるんだけど…」

空を見上げたままでいるダインは、どこか憂鬱そうにしていた。

「気まずいままっつーのも、少しばかりキツいんだがなぁ」

吸魔行為が背徳的なものだという認識でいるダインにとっては、ルシラが吸魔に良い感情を持っているようには思えなかったのだ。

ルシラが常日頃からダインに対し大好きだといってくれているのは、正直にいってありがたいことだと思う。

天真爛漫なルシラに限って、ダインを嫌ったり裏切ったりということは絶対無いといってもいいだろう。

だが、この気まずい関係が続けばその地盤も緩むことになってしまうのではないか。

嫌いにはならないまでも、大好きから好きへ降格するという可能性もあるのではないか。

過去のトラウマを髣髴とさせてしまったダインは、物憂げな表情のまま、ネガティブな思考に陥り心配事ばかりが口をついて出てしまう。

彼は普段何事もそつなくこなすように見えていたニーニアにとって、弱音を吐くダインの姿は新鮮に見えた。

普段とのギャップからか、その彼の姿はニーニアの母性本能をひどく刺激する。

「ダイン君…」

気付けばニーニアはダインの側まで近づいており、見上げた彼の視界にニーニアの顔が見えた瞬間、彼女はそのダインの頭部を胸に抱き寄せていた。

「え、に、ニーニア?」

思わぬ行動に驚いたダインは、全身をびくりと反応させる。

そんな彼に優しく笑いかけ、「大丈夫だから」、そういって彼の頭をさらに強く抱きしめた。

等身の短いドワ族の例に漏れず、ニーニアも子供と見紛うほど背丈が低い。

相対的に手足も短く、同学年であるはずのダインの頭部にしか腕を回せないが、その感触や微笑みはダインの全てを包み込むような包容力があった。

「そんなに深く考え込むようなことじゃないよ。安心して」

ダインの顔面を自らの胸に押し付けるようにしながら、ニーニアは続ける。

「そんな顔してちゃ、ルシラちゃんにも心配かけちゃうよ?」

ドワ族であり、リステン家の長女であるニーニアは、これまで様々なものを作ってきた。

主に装飾品が多かったが、その装飾品を作るのにもある程度の力はいる。

硬いものを曲げたり押し込めたり、時には熱いものを触ったりこねたりして、職人の手は硬く分厚くなるものだ。

だが女性である故かニーニアの手は職人とは思えないほど細くて柔らかく、ダインの頭を撫でる手つきはどこまでも優しい。

瞬く間にダインの胸は早鐘を打ってきたが、同時に安堵感にも満たされていった。

「大丈夫だから」

大丈夫━━

胸に抱かれ、優しい表情と声で言われると、本当に大丈夫のような気がしてくる。

「ニーニア…」

思えば、こうして誰かにちゃんと抱きしめられたのは、かなり久々のような気がする。

夢の中、本体のルシラに抱かれたことはあるが、やはり現実の方が何もかもはっきりしていた。

ニーニアの柔らかな感触に温もり。お菓子を食べていたからか、その胸元からは甘い匂いもする。

「大丈夫だから。ね?」

ダインはこれまでニーニアを子供扱いしてきたつもりはない。

同い年として接してきたし、むしろ色々なモノを作れる彼女を尊敬していた。

だがやはり見た目が幼いので、心のどこかでニーニアを年下のように思っていたことは事実だ。

何かあっては頭を撫でてしまっていたし、抱っこしそうになったこともこれまでに何度もある。

それだけに、ニーニアにこれほどまでの包容力があることにダインは驚いていた。

世のため、人のため、利便性のあるアイテムを生み出し続けているドワ族。

その根底には誰かの役に立ちたいという世話好きな性格があり、それが高じてものづくりを始めたという説まである。

ニーニアのダインを見つめる瞳には慈しみしか感じられず、どうにかして彼を安心させよう、癒やしてあげようという想いを感じる。

「悪い…ありがとうな」

自分にここまで親身になってくれることに感謝が湧いたダインは、目をつぶり静かにニーニアの抱擁を受けた。

自らも彼女に腕を回し、ニーニアの小さな背中を抱き寄せる。とそこで、顔に押し付けられた胸の奥から激しい鼓動の音が聞こえてきた。

思わず顔を上げると、自分を見下ろすニーニアの顔が夕日に負けないほど真っ赤になっている。

「ご…ご、ごご、ごめんね、い、いきなりこんなこと…」

ダインを抱きしめたのは無意識で、いま我に返ってしまったのか。声も上ずっている。

「こ、こんな小さなところに、お、押し付けちゃって…」

混乱するあまりか、コンプレックスまでカミングアウトし始める。

「た、平らで、ご、ごめんね?」

ダインもまた困惑してリアクションしづらい状況だが、何かいわねばと思い「あ、あーいや、胸の大きさがどうこうはコメントしづらいけど…」、正直にいった。

「でも、その…ニーニアのここは…あー…せ、制服の上からでもさ、気持ちいいよ…その…安心するというか…」

そうダインが感想をいったところで、またさらにニーニアの胸の鼓動が速くなる。

顔は真っ赤すぎるほど真っ赤になっており、手にしっとりと汗までかき始めていた。

正気に戻ったことにより極度の緊張に襲われたようだが、それでもダインを離そうとしないのは、安心させてあげたいという気持ちが強かったからなのかも知れない。

「あ、ありがとう…」

お礼までいわれてしまい、ダインは「いや、礼をいうのは俺のほうだよ」、と突っ込む。

「で、でも、ありがとう…」

ニーニアは緊張しながらも続けた。「そ、その、だ、ダイン君さえよければ、いつでも…その…い、いい、から…」

それは彼女の本心なのだろう。

「あ、ああ、ま…まぁ、周りに人がいないときとかに、な?」

ダインもまたそれが本心だった。

「う、うん」

付き合っても無い間柄で、同学年の、それも小さくて可愛い女の子に抱かれるというシチュエーションはそうそうない。

色々と経験したはずなのに相変わらず“そういうこと”に耐性の無かったダインは、緊張しっぱなしだ。

それでもニーニアの胸が気持ちいいのは事実で、その可愛らしい膨らみからなかなか離れることができない。

ニーニアもニーニアで、恥ずかしさと母性本能の狭間でせめぎ合っているらしく、ダインを強く抱きしめたまま。

結局それから会話らしい会話をすることが出来ず、夕焼けが夕闇に変わるまで、お互い無言のまま抱き合っていた。

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