五十四節、お昼にて
「ま、これでしばらくは大丈夫でしょ」
昼休みの時間、いつもの場所、いつものメンバーがいる中、サンドイッチをかじっていたディエルはいった。
「証拠は押さえて身柄は確保したし、後は家の人たちが上手にやってくれるはずよ」
「はー…何だかすごいことになってたんだね…」
一連の出来事をいまようやく聞き終えたシンシアは、深く安堵の息を吐いていた。
「あ、危ないところだったんじゃ…」
心配そうにニーニアがきいてくるものの、「余裕だったわよ」、とディエルは笑って見せた。
「アミュレットが反応して勝手に信号送っちゃったから、私のお付きの護衛が駆けつけてきてね」
「え、そ、そうなの?」
「ええ。だから終盤はちょっといいづらい状況に…」
言いよどむディエルに、「おいおい、まさか無茶なことしたんじゃないだろうな」、怒りに任せて滅茶苦茶したのではとダインが心配する。
ディエルは答える代わりに、「聴く?」、と何故か携帯を差し出してきた。
「何をだ?」
「いや、いまのあいつ等の状況。録音してもらったんだけど」
差し出された携帯を耳に当ててみる。すると、
『ごべんなざ…ごべんなざいいいいいいぃぃぃ…!!!』
…悲鳴に似た男と女の声が聞こえてきた。
悲痛なその叫び声を聴いただけで、その光景は見るに堪えないものなのだろうということが伝わってくる。
「写真も見てみる?」
「い、いや、遠慮しとくよ…」
すぐさま断るダインだが、「でもちょっとやばくないか? この声、どう聞いても拷問してるような…」、血みどろの凄惨な現場を想像して聞いた。
「血が出たり怪我するようなことはしてないわよ」
そう答える彼女は嘘をついているようには見えない。「ただくすぐってるだけなんだから」
「くすぐる…?」
「ええ。でも容赦の無い本気のくすぐりだけどね。それも拷問といえば拷問になるのかしら。とてもお見せできない顔してるんだもの」
携帯を操作し画像を見ているのか、ディエルは何とも満足そうな笑みを浮かべている。
「相変わらず子供みたいなことしてるのね、あなたのところ…」
そこで呆れるようにいったのはラフィンだ。「拘束した上で詰問すればいいのに」
「まどろっこしいじゃない」
ディエルはいった。「それにこれはお父様がしてることなんだし。私にちょっかいをかけてきたことに相当怒ってたみたいだからね。この拷問、まだまだ続くんじゃないかしら」
「ま、マジか…」
「いまも“接待”されてるはずよ? デビ族の本気の“接待”をね?」
先ほどの悲鳴を思い出し、ダインは思わず身震いする。
「ま、まぁ、穏便に済みそうならそれに越したことはないですから…」
と、苦笑いでいったのはティエリアだ。「今回のことをきっかけに改心してくだされば…」
それは難しいかもしれない、とダインは思った。
連中は性根から腐っているというのもそうだが、延々とくすぐられぐちゃぐちゃになった顔面を映像として記録されているのだ。普通の尋問よりも怨恨を残しそうな気がする。
「それにしても、よくミレイアの本当の狙いを見抜くことが出来たわね?」
ラフィンはやや感心したような目をディエルに向けた。「シンシアたちに噛み付いたりラビリンスに突入したり、自分を見失って周りを見てないとばかり思ってたんだけど」
「それはまぁ、否定しないけど…いえ、否定できないけど…」
ディエルは気まずそうな表情で顔を落としているが、すぐに気を持ち直して「あいつの一連の行動に疑問を抱けたのは、これのおかげよ」、といった。
彼女がスカートのポケットから取り出したのは、パンの包装紙だった。
ゴミとして捨てるつもりだったのか、くしゃくしゃに丸められていたそれは、広げると中央に何か文字が書いてある。
「昨日の昼食の後、ダインから一緒に捨てるように渡されたものなんだけどね」
そこには、ダインの文字でこう書かれてあった。
“狙いはお前だ”
「…ダインは気付いてたの?」
ラフィンは本当にびっくりしたような顔をダインに向ける。
「犯行に及ぶ寸前に監視カメラ越しにこっちを見たり、入念な下準備とか、あいつの行動にはきな臭さしか感じなかったからな」
だから昨日、信頼できる人物に調査依頼したとダインは続けた。
「信頼できる人物…じゃあその人があの書類を?」
証拠書類のことをディエルが尋ねると、ダインは「ああ」、と頷く。
「一日も無かったはずなのに、あんな社外秘に近い書類をどうやって…」
確かにサラの行動力には驚かされる。
ダインも昨日のうちにサラがその書類を持ってくるとは思わなかった。
「独自のルートか何かあるらしい。細かいことは話せないけどさ、でも間に合ってよかったよ」
「すごい人なのね…」
しきりに感嘆する彼女に、ダインは「で、例の書類はどうするんだ?」、と訊いた。
扱いようによっては数日間地元紙のネタになる。ロアンのお膝元である街がめちゃくちゃになるかもしれない。
「お前に渡したから好きなようにしてくれていいんだけど、慎重に扱ったほうがいいんじゃないか?」
「それもお父様に一任したわ」
ディエルはいった。「あいつ等から聞き出さなきゃいけないことが色々あるから、揺さぶりにあの書類は持ってるままだと思うけど、まぁ世間をにぎわすようなことはお父様も良くは思わないでしょうし、乱用はしないと思うわよ?」
「そうか」
ダインがやや安心しているところで、「ま、ダインのおかげであの親子との決着はついたってことね」、ラフィンがいった。
「ダインの協力がなかったら、こうは上手くいってなかったかもね?」
そうディエルに強調している。
台詞の裏には、何でも一人で解決しようとした彼女を責めているのだろう。
ディエルは一瞬言葉に詰まるものの、すぐに「はぁ」、と息を吐く。
「まぁ、それはそうね…証拠がなきゃ、全部私の推測に過ぎなかったからいくらでも言い逃れできたでしょうし…」
その台詞を聞いて、「あら、やけに素直ね?」、ラフィンは意外そうな顔でいった。
「以前なら、一人でも対処できたっていってそうなものなのに」
「もうやめたの」
使い捨てのコットンで口元を拭きながらディエルはいう。「気付いたの。ダイン達の前で強がっても意味が無いって。ここまでされちゃ、素直になるしかないじゃない」
ミーナとの仲も改善したとディエルがいったところで、シンシアたちは嬉しそうに笑う。
そのミーナはいまノマクラスの教室にいて、シンシアと仲の良いクラスメイトから歓迎を受けている。
「強がるのはやめた、ねぇ…。これまで何度あなたから聞いて、何度裏切られたかしら」
ディエルと付き合いの長いラフィンはまだ懐疑的だ。
「多少はマシになったと思うぞ」
そうディエルにフォローを入れたのはダインだった。
「マシって、どうしてそう思うのよ?」
「少しだけだけど、吸えたからな」
「吸えた?」
「ディエルの魔力をな」
ヴァンプ族の性質を勉強していたラフィンは、ダインの台詞がどういう意味のものなのかを理解し、「え」、と驚く。
「おおー、ディエルちゃんもようやく…」
シンシアと、ずっと聞き役に徹していたニーニアとティエリアもにこにこ顔でディエルを見た。
ヴァンプ族についてそれほど知識が無かったディエルは、「いや、あの…ちょっと話が見えないんだけど…」、とやや困惑している。
「吸魔は信頼関係がトリガーになっている」
ダインは簡潔にいうが、「ダイン君がディエルちゃんから魔力を吸えたっていうことは、つまりお互いに信頼関係が確立したってことなんだよ」、シンシアが補足した。
「へー、なかなか面白い能力ね」
ディエルは素直に感心したようだが、全員の視線を受けている間に、心境の変化がシンシアたちに筒抜けだったということが分かり、みるみる顔を赤くさせていった。
「い、いやっ…前からダインのことは信頼してたし…!」
今更弁明しだすものの、「前は吸えなかったってダイン君いってたよ?」、シンシアが追い打ちをかける。
「た、たまたまよ。そのときは調子が悪いとかなんとかでたまたま吸えなかったはずで…」
どういう種類の照れ隠しか分からないが、ディエルはしどろもどろだ。
そんな彼女が面白いのか、シンシアはにやつきながら追求を始めている。
二人のやり取りに笑いつつ、ダインは「そういえば」、とラフィンに顔を向けた。
「ラフィンはもう大丈夫なんだな」
「え、何のこと?」
「昨日のアレだよ」
まだ分かってなさそうなラフィンに、「あの後、ぐったりしてたじゃん」、とダインが続けたところで、昨日の吸魔のことだと思い出したラフィンは、ディエルと同じぐらい顔を赤面させていく。
「あ、あぁ、あれのこと…ま、まぁ、大丈夫、よ? 私、エンジェ族だもの」
突然ギクシャクしだす。
「いや、大丈夫には見えないんだが…」
「お、思い出させるからでしょ。ずっと我慢してたのに…」
その顔面の赤さは昨日と全く同じだ。
エンジェ族ですら、甘毒はすぐには排除できなかったのだろう。
昨日の話をしたと同時にヴァンプ族の説明のことも思い出したダインは、ラフィンに予定を尋ねようと思い口を開く。
が、途中で強い視線を感じた。
見ると、ニーニアと視線がぶつかる。
「ん? どうかしたか?」
尋ねると、彼女はすぐに首を左右に振った。
「な、なんでもないよ」
というが、その視線には何かいいたげなものを感じる。
あまり突っ込んで欲しくなかったのか、「あ、そ、それより、明日は私のところに来てくれるんだよね?」、話を逸らしてきた。
「ああ、そうだな。シンシアと先輩とな」
「ふふ、うん。歓迎の準備しておくね」
ニーニアのことだから無理をして気合を入れてそうだと察し、「いや、いつも通りで良いよ」、ダインは笑っていった。
「俺としちゃ、半分職場見学みたいなもんだしさ」
特別なことはしなくていい。そういったのに、「駄目だよ」、ニーニアも笑顔のままいってきた。
「この前招待してくれたときのお返ししたいから」
「大したことはしてなかったろ?」
「すっごく楽しかったしご飯も美味しかったよ」
そう笑顔で話し合っているところで、「あの…」、ラフィンが割り込んできた。
「あ、あなた達、お互いの家に行き来しているの?」
どこまでが友達付き合いなのか、その線引きが分からない真面目なラフィンは驚愕の表情だ。
「いや、ニーニアのところに行くのは今回が初めてだ。俺のところに来てもらったのも一回だけだ」
そういったものの、「ふ、不純な類のものじゃないでしょうね?」、と彼女は真っ赤ながらも訝しげな顔になる。
エッチという単語は知らないのに“そういうこと”は知ってるんだなとダインは内心思いながら、「みんな一緒だった」、と弁明を始めた。
「先輩もシンシアも一緒だったし、なんなら俺の両親もいた。お前が想像してるようなことはなかったよ」
「な?」と、ダインはそのままシンシアたちに顔を向けた。
ニーニアは笑顔のまま「うん」、と頷いたが、ティエリアはどういうわけか顔を赤くさせ俯いている。
「先輩?」
ダインが再度聞くと、「あ、い、いえ、そ、そうです、ね」、微妙そうな返事が返ってきた。
「な、何も無かった、です…はい」
「…何も無かったような反応には見えないんだけど…」
ティエリアの反応がラフィンの疑惑をさらに深めることになってしまい、ダインをじとっとした目で見る。
「い、いや、マジで何も無かったんだって。事故っつーか、ちょっとしたアレはあったけど…」
「あれって何よ?」
誤解の無いような言い訳を考えているところで、シンシアが弁当箱の蓋を閉じ、お茶を飲んで一息つきながら、
「ティエリア先輩、ダイン君と一緒に寝ちゃったんだよね」
すぱっといった。
そこでラフィンの顔は再び驚愕に染まり、「はぁ!?」、という甲高い声を上げる。
「ちょ、おま…言い方!」
「ダイン、どういうことよ!!」
ラフィンは激しい剣幕でダインに詰め寄る。
「ゴッド族の、それも何も知らなさそうなティエリア先輩と一緒に寝たって…!」
「ご、誤解だっての! 事故みたいなもんだっつってんだろ!」
「事故ってどんな」、興味ありげに尋ねてきたのはディエルだ。
「どういった経緯で、どんな体勢でティエリア先輩と寝たの?」
ディエルの目はやたらきらきらしている。さすが面白そうなことには誰よりも敏感なデビ族だ。
「いや、あー…、ま、まぁ、ちょっと俺の血の特性が暴走しちまった故っつーかさ…」
「その説明だけじゃよく分からないんだけど」
ラフィンはすかさず突っ込み、
「詳細! 詳細を求めます!」
ディエルは取材対象をティエリアに変えた。
「ダインに何をされたんですか?」
口を拭いていたコットンを丸めてマイクに見立て、ティエリアに差し出している。
「い、いえ、何もされてはおりません。ただ…」
「ただ?」
「その…だ、抱かれながら、寝てしまっただけで…それ以上は何も…」
…嘘をつけないのはいいことだ。
後ろめたいことがあるわけでもないし、正直に話してくれるのは身の潔白にも繋がる。
しかし、正直に話すにしてもその言い方に気を遣って欲しいと思うのは自分勝手だろうか。
「…ダイン?」
彼を見つめるラフィンの目つきは、いまや冷たさを通り越し凍えるようだ。
まるで出会ったばかりの頃のような目つきでいた彼女は、「これはじっくり問い詰める必要がありそうね」、と静かにいった。
「シンシアとニーニアは何もなかったの? ダインに何かされてない?」
その聞き方はもはや職務質問のようだ。
「ほえ? うん、無かったよ」
と答えるシンシアだが、「ただ、ちょっと羨ましいなーとは思ったけど」、何とも正直にいった。
「あ、あはは。そ、そうだね、うん」
ニーニアも照れながら頷いており、二人の反応を見てラフィンの疑惑は確信に変わってしまう。
「ダイン」
ラフィンは立ち上がり、改めてダインに顔を向けた。
「どうしてこんなことになったのか、本当は何があったのか。悪行を正すエンジェ族として、道を外れた生徒を改心させる生徒会長として…そしてあなたの友人として、あなたを断罪する義務を請け負う必要が私にはある」
太陽を背にダインを見る彼女は、まるで後光が差しているかのようだ。
「良いわね?」
その目はすっかり疑心に満ちている。
「い、いや…義務とかないから…」
「良いわね!?」
再度尋ねる彼女は真剣な表情をしており、ダインを何が何でも更正させてやるという強い意思を感じた。
ダインの弁明にディエルが言葉尻を捉えて強調するものだから、ラフィンの目つきは鋭くなる一方だ。
どうにかディエルを押さえ込み説明を続け、ラフィンがようやく納得してくれた頃には昼休み終了のチャイムが鳴り響いていた。
※
「ふぅ…」
ダインの前の席で、シンシアが軽く息を吐いている。
こちらに向けられた表情にはどこか疲れが見え、教科書をカバンにしまう動作も普段よりゆっくりだ。
ようやく今日の授業が終わったところだった。
これからプライベートな時間だと途端に元気になるはずだったのに、シンシアには覇気が無い。
「どうかしたのか?」
昼間とはまるで違う様子に、ダインは心配に思ってきいた。
「んー、さっきの実技でちょっとはりきりすぎちゃったみたい」
今日最後の授業は体育だった。
魔法を用いたやや激しめの授業内容で、シンシアは確かにはりきっていた。
強化魔法をフルに使っての徒競走ではぶっちぎりだったし、球技でも一人で十点以上の得点を収めた。
ディエルとの競争が激化したため普段以上に聖力も体力も消耗したシンシアなのだ。ぐったりするというのも分からなくもないが、普段道場で稽古を重ねているシンシアがこれほど疲れているのは珍しい。
「あ、もしかして俺が吸いすぎたせいか?」
こっそり尋ねると、シンシアは笑顔で首を横に振った。
「そっちは全然問題ないよ。いつもより少なかったんだし」
そう彼女と話しているところで、カバンを手にしたミーナがおずおずとディエルの席までやってくる。
「ディエルちゃん、大丈夫?」
そうミーナに声をかけられたディエルは、机に突っ伏したまま動かない。
「あー…魔力切れだから…すぐ回復するから、ちょっとだけ待ってて…」
突っ伏したままディエルはいい、「う、うん」、ミーナは大人しくそのまま待ち始める。
「みんなどうしたんだろうね?」
そこで帰宅準備を済ませたニーニアがダインとシンシアのところにやってきた。
「午後からみんな気だるそうにしてるよ」
彼女の言う通り、シンシアやディエルだけでなく、クラス全体が疲労感に苛まれてるようだった。
みんな動きが緩慢で思考も鈍っているのか簡単な計算すら難しいらしく、所々でディエルのように机に突っ伏してしまっている。
見るからに異常なこの光景は、話を聞くに他のクラスでも同様のことが起きているらしい。
「昨日の疲れが残っているのかな」
ニーニアの説が一番濃厚のように思えるが、それだけではない異常を、ダインは薄々感じていた。
「ニーニアは平気そうだな?」
尋ねると、「私はほとんど道具に頼っちゃってるから…」、ニーニアは少し申し訳なさそうにいった。
他のクラスメイトは己の魔法力のみで勝負している中で、自分だけ道具に頼っている後ろめたさがあったのだろう。
「それがニーニアの得意分野なんだから、それでいいと思うぞ? 先生もそういってたし」
ダインがニーニアに笑いかけると、彼女も照れたように笑い返しながら、シンシアの様子を心配に思ったのかカバンとは別の道具袋を漁りだす。
「シンシアちゃん、回復ドリンクあるから…」
常備していたそれを取り出そうとしたとき、「あーいいよいいよ」、シンシアはすぐに片手を出し止めさせた。
「毎回もらうのは気が引けるし、休めば回復するから」
「そう?」
「うん。消耗品は取っておかないと」
そのときシンシアのカバンから何かのメロディーが聞こえてくる。
彼女が取り出したのは携帯で、そこに表示された文字を見て「あれ、ティエリア先輩だ」、といった。
どうやらメールを送ってきたらしく、文章を一通り読んでからダイン達に顔を向ける。
「ちょっと用事があるから、先に行っといてだって」
ティエリアを待つ必要がなくなり、「んじゃそうするか」、ダインは立ち上がる。
「シンシア、あっちでも休めんだろ」
「ん〜、そうだね〜」
少しは回復してきたのか、シンシアもカバンを手に立ち上がった。
「あの…シンシアちゃん」
そのとき、ニーニアがやや不思議そうな視線をシンシアの手元に送っていた。
「ん?」
「シンシアちゃんの、携帯のそれって…」
ニーニアが指摘した先にはシンシアの携帯があり、彼女はそれを不思議そうに見ている。
その携帯には裏面にハート型の模様があった。
どうやらケースカバーにつけられたシールのようだが、シールにしては一つ一つがややでかい。
良く見ると、それは鮮やかな青色をした宝石の集合体のようだった。
「ああ、これ? エクスペストーンっていうんだけど…知らない?」
「初めて見るよ」
初見だというニーニアに、シンシアは「ちょっと面白くてね」、説明を始めた。
「魔法力に反応して、様々に形を変えることができるんだよ」
「え、そ、そうなの? 接着剤で貼り付けてあるんじゃないんだ」
「うん。原理は分からないんだけど、その人が持つ魔法力によって形が色々変わってね、珍しいし綺麗だから最近流行ってるらしいんだよ」
別クラスの友達につけてもらったというシンシアの説明を聞きつけ、「シンシアもそうなの?」、と会話に割り込んできたのは、いつの間にか回復したディエルだ。
「あれ、ディエルちゃんも?」
「ええ、ほら」
ディエルが見せてきたアクセサリは赤色で、確かに宝石の配置がシンシアとは違う。
「確かに面白いわよねこれ。念じるたびに配置が変わって輝き方も違うから、見てて飽きないのよ」
「そうそう!」
流行り物に敏感なディエルなので、そのエクスペストーンのことはいち早く聞きつけていたのだろう。
「なんか高そうだな。宝石だろ? それ」、と、ダイン。
「宝石だけど、でも商品価値の無い欠片らしいから、そんなにしないらしいわよ? 私も友達につけてもらったクチだから、実際の価格は分からないけど」
「ふ〜ん…でも先生に見つかったら速攻で没収されるんじゃないのか?」
身に着ける装飾品にも学校内では規定があったはず。
遊びにも使えそうなそのエクスペストーンはアウトなんじゃないかとダインが指摘するものの、「大丈夫よ」、ディエルは手を振っていった。
「これ、あの二人もつけてるみたいだし」
「あの二人?」
「ガーゴの」
オシャレに全く無頓着そうなジーニとサイラの顔を思い出し、ダインは「え、マジか」、といってしまう。
「だからこの学校限定だけど流行りだしてるんじゃない? 良く知らないけど。それにシール程度でとやかくいわないでしょ。子供じゃないんだから」
ダインは笑って「まぁな」、といい、「んじゃ行こうぜ」、シンシアとニーニアに顔を向けた。
シンシアは頷きつつも、「ディエルちゃんは今日はどうするの?」、とディエルに放課後の予定を尋ねる。
「あー、ちょっとお邪魔させてもらおうかしら」
そう答えるディエルは、後ろに控えたままのミーナに視線を向け、「この子のことちゃんと紹介したいし」、とダイン達に顔を戻した。
「おお、いこーいこー!」
シンシアは笑顔でミーナの前まで行き、彼女の手を掴んで引っ張った。
「わ、わわ、シンシアさ…」
「シンシアちゃんでいーよ!」
そのまま教室の外まで連れ出していく。
「あの子は相変わらずね」
ディエルも笑いながらその後に続き、「俺らも行こうぜ」、ダインはニーニアに顔を向けていった。
「うん…」
頷きつつも、ニーニアはその場から動かない。
シンシアから借りたままだった携帯を、穴の開くほどじっと見ていた。
そのエクスペストーンがよほど気になっていたのか、様々な角度からその宝石を眺めており、宝石の隊列が変わる様や状況を食い入るように見つめている。
「…ほんとにすごいね」
やがて本心からの感想が漏れ出した。
「この小さな宝石それぞれに、一定の方向に魔法力が流れるように設計されている」
将来はアクセサリーショップを夢見るニーニアなので、その仕様が気になって仕方ないのだろう。
原理や仕組みの分からないものは徹底して分析しようとしているのは、ドワ族の習性といってもいいのかも知れない。
珍しそうに宝石を眺めているニーニアは可愛くて癒やされるが、あまりシンシア達を待たせるわけにもいかない。
「ほら、その辺にしてそろそろ行こうぜ」
苦笑しながらニーニアに声をかけると、「あ、うん」、ニーニアも笑いながら頷いた。
とそのとき、
「ん?」
ニーニアは再びシンシアの携帯を不思議そうに見る。
何かに気付いたような声だったので、「どうした?」、とダインが尋ねるが、彼女は「う、ん…?」、先ほどよりもハテナマークを顔に沢山浮べている。
「ニーニア?」
「あ、う、ううん。なんでもないよ」
「行こう」、というニーニアにこそダインは疑問を抱いたが、廊下にいたシンシアがダインとニーニアを呼ぶ声がしたので思考を打ち切った。




