五十二節、明るみになった真実
「どういうことか、説明してくれないか」
校長室に隣接する応接室から、中年男の野太い声が木霊する。
その狭い一室に集められたのは、昨日の一件に関係したメンバーたちだった。
壁際にずらりと並ぶように立たされていたのは、“事件”の目撃者であるダイン、シンシア、ニーニア、ラフィン、ミーナ。
彼らの前に当事者であるディエルが立たされており、感情の無い表情でいる彼女を、ソファにふんぞり返っている男が睨みつけるように見上げていた。
事前に連絡も無く学校に押しかけてきたその男の名は、『ロアン・キリノフ』。顔面に包帯を巻いた娘のミレイアを引きつれ、関係者を集めろと騒ぎ立てていたのだ。
公務でもないのに、高価そうな茶色いスーツにこれ見よがしに議員バッジをつけており、薄い頭髪をオールバックにした額には青筋が浮き出ている。
「黙っていては分からんよ」
ロアンの一声に誰も反応しないことに、彼はまたさらに青筋を増やす。
「私の大事な一人娘が怪我をした。それも顔面に。そうなるに至った経緯を説明してくれないかね」
対面で座るグラハムを通り越し、彼の視線は背後にいるディエルに向けられていた。
どす黒い思惑や熾烈な情報戦を潜り抜け、あらゆる手段を尽くし都市部近郊の知事という立場を得た男の眼光だ。
恰幅のよさからまるでモンスターに睨まれているような様相だが、元来気が強いディエルは目を逸らすことなく無言のままロアンを睨み返している。
年下の、それも女に睨まれたことでさらに苛立ったのか、ロアンは舌打ちをしながら、気分を落ち着かせるためタバコに火をつける。
「校内は全て禁煙なのですが」
ノマクラスの担任としてこの場に呼ばれていたクラフトが口を開くものの、ロアンは「あ?」、と彼を睨んだ。
「部外者の私が校則を守る義務は無いだろう。それに校則違反をしているのはこの女生徒だ。どう処罰するつもりなのかね?」
ディエルを指差しながら、ロアンは前に座るグラハムに視線を戻した。
セブンリンクスの校長だというのに、ロアンの態度は傲慢なものだ。
だがその態度を気にする様子も見せず、グラハムは「校則違反、ですか」、静かに声を出す。
「それはどのような?」
「生徒間での喧嘩、並びに怪我を負わせた場合は謹慎か退学処分とする。生徒手帳にそう書いてあるじゃないか」
「模擬戦や授業中を除いてという注意書きがあるはずですが…」
事件が起こったのは下克祭の最中だ。
グラハムはそう伝えたようだが、ロアンは目を見開き「怨恨だろう!」、激昂した。
「この女に前から目をつけられ恐怖していたと娘がいっている! 下克祭に便乗し追い込もうとしていたに決まっているだろう! 違うのか!!」
ロアンの背後にいるミレイアは、目鼻と口以外は全て包帯で覆われているため感情が分からない。
見るからに痛々しそうに“演出”している彼女は、無感情にこのやりとりを見つめていた。
「ディエル、どうなんだ」
一番端に控えていたクラフトが、ディエルに問いかける。
「感情的になり殴ってしまったことは素直に謝ります」
言葉にしただけで、ディエルは謝罪する素振りは無い。
感情が無いまま、「ですが」、と続けた。
「そこまで追い詰められるほど、私もミーナも危険な目に遭わされていました。あなたの娘さんに」
無機質にいったが、それがロアンの逆鱗に触れることとなった。
「どっちも怪我してないじゃないか! 証拠もないのにでたらめいうんじゃない!! そもそも私の娘がお前たちを追い込む必要がどこにある!?」
脂ぎった頬を揺らしながら吼えるロアンに、「私もそうです。理由無く殴ったりはしません」、ディエルは反論した。
続くディエルの言葉を封じ、「娘の人気に嫉妬し、粗探しのため嗅ぎまわっていたそうじゃないか!」、ロアンは懐に忍ばせていた白い紙を取り出した。
「クラスメイト全員から証言が出ているんだぞ!!」
四つ折りにされた紙をテーブルに叩きつける。
グラハムが手にとって広げてみると、そこには生徒の名前と証言が事細かく記されていた。
ハイクラス五組、全員の証言だ。文面は若干違うものの、内容はほぼ全てが同じ。秘書か誰かに書き起こさせたものなのだろう。
「これは立派な傷害罪だ!」
ロアンはなおも吼えた。
「校内で罰することができないのなら、国として罰してやる! 政治家の娘に手を上げたらどうなるか、思い知らせてやるから覚悟しておくんだな!!」
娘を怪我させられた父の怒りは凄まじく、応接室に収まりきらないほどの人がいるというのに、ロアン以外はしんと静まり返っている。
ひとしきり叫んだロアンは、肩を怒らせたまま再びソファに身を沈めた。
「名門で名高い学校と聞いていたが、こんな暴力生徒を抱えているとは、この学校も地に堕ちたものだな」
苛立ちは募る一方のようで、早くもタバコは二本目に突入している。
用意されていたお茶を飲まずに灰皿代わりにしている辺り、あまり人に好かれる政治家でないことは窺い知れた。
タバコの煙は部屋に充満しており、シンシアたちは息苦しそうに咳き込んでいる。クラフトはため息を吐きつつ窓を開けた。
「後ろのお前たちも止めなかったそうだな」
怒りの矛先はダイン達にも向けられた。
「全員、その女の知り合いだったと聞いている。私が問題提起しなければ、事件は無きものとして扱うつもりだったのかね? 記憶の操作など、エリート学校の生徒なら容易いだろうしな」
ダイン達を非難し始めたことに我慢しきれず、「彼らは関係ありません。私がしたことです」、ディエルはいった。
続けて真相を口にしようとしたが、「黙れ!」、ロアンは一喝してディエルの話を遮る。
「由緒ある学校とのことで安心して娘を預けていたが、ここまで腐っていたとはな。問題児は反省する素振りすらなく、教師はあろうことか加害者を庇おうとしている。往年の学校事情はその隠蔽体質が問題視されているが、まさかここも同じだとは思わなかったよ。由々しき事態だとは思わんかね?」
ダイン達の意見は始めから聞くつもりなど無かったのだろう。ロアンは鼻を鳴らしてグラハムに鋭い言葉を投げた。
傲慢とした態度を目の当たりにしてもなお、グラハムは冷静に、かつ場をなだめるような口調で話す。
「どのような学校に通っていたとしても、子供は子供です。子供同士の喧嘩などよくあることではないですか。その結果手を出してしまったとしても、反省の念があるのならそれでいいと思うのですが」
穏便に済ませようとの意見だったのかもしれないが、ロアンの怒りは収まらない。
「自分の娘が同じ目に遭ったとして同じ台詞が言えるのかね? その一発で後遺症の残る怪我を負ったとしても、仕方ないと言えるのかね? 放っておけばいじめに発展することもあるんだぞ!」
いじめと聞いて、ディエルの表情が険しくなる。
怒りの感情を乗せたまま口を開こうとしたが、クラフトが咄嗟に手で制した。
「ではどうしたら納得していただけるのでしょう?」
率直に聞くと、ロアンは三本目のタバコに火をつけ、不機嫌そうなまま、
「厳格なルール作りを提案する」
といった。
「ルール作り?」
「長年の学校経営で、校則が曖昧なものになってきているのが問題だ。現行の教職員の大半を外部へ移籍させ、ルール作りの得意そうな…そうだな、有能なガーゴの誰かを引き入れろ」
そこでグラハムは少し驚いたように眉を吊り上げ、クラフトも意外そうな顔をする。
そんな要求をしてくるとは思ってなかったような表情だ。
「学校システムの改造というわけですか」
「改造というより改善案だこれは。政治にもいえることだが、腐りきったものは排除せねば正常に機能しないだろう。澱んだ臓器を放置していては、病気は深刻になるだけだ」
まるで学校が病気にかかっているとでもいうかのようないい方に、聞いているだけだったラフィンの目に怒りが宿る。
「良い案だと思うがね。病原菌は早急に取り除かねばならん」
ロアンは再びお茶でタバコを消し、その太い指をディエルに突き出した。
「もちろんその女生徒の退学処分と、そこに並んでいる奴らが在籍している、ノマクラスとかいうくだらんものの解体も含めてな」
その提案は無茶苦茶だという他無い。
一瞬視線を交わすグラハムとクラフトは難しそうな顔をしていた。
「できないといえば、どうするおつもりで?」
「マスコミにこの事実を公表する」
ロアンはいった。「由緒あるセブンリンクスで暴力事件が発生。スウェンディ家の長女が首謀者など、奴らが喜びそうなネタだ」
口の端に笑みを浮かべるロアンは、なんとも醜悪で邪悪さすら感じる。
「長年信頼と実績を積み上げてきたこの学校に、初めて傷がつくことになるな。信用は失墜しマスコミが殺到するだろう。おまけに私の娘を殴ったという事実も、大富豪で知られるスウェンディ家にあらぬ噂を書きたてられることになるだろうなぁ」
マスコミを利用し、どんな小さな事柄でも尾ひれを付け足し脚色を交えて大事件のように報道させる。
一部報道機関と繋がりのあったロアンの、卑劣でしかない常套手段だった。
協力するものにはアメを。反抗するものには罰を。
報道機関の重役は、もはやロアンの手足といってもいい。
「どうするんだ? 私はどちらでも構わんぞ?」
ロアンは半笑いのまま、グラハムに判断を仰ぐ。
背後にいたミレイアは相変わらず黙りこくったままだが、包帯の下では笑みを浮かべていた。ざまぁみろとでも思っているのだろう。
グラハムは静かに眼を閉じ、しばし思案する。
「ロアン殿は、改善案の受け入れか拒否か、そのどちらかしかないというわけですな」
「そうだ。何しろ私の娘が傷つけられたのだからな。ここまでせんと納得がいかん」
「なるほど…」
「どっちも聞き入れる必要は無いですよ」
ディエルが割り込んでくるが、ロアンはまた血相を変え「うるさい!」、一蹴した。
「私の娘を殴っておきながらよくそんなことが言えるものだな!」
「だからこっちにも…」
「私の娘がそんなことをするわけがないし、する必要が無いだろう! それで何のメリットがある!」
ディエルが反論しようとしたところで、「分かりました」、低い声を響かせ、グラハムが口を挟んだ。
「では改善案を受け入れる方向で検討しましょう」
その言葉に、ダイン達のみならずクラフトも顔に驚愕を浮べる。
「先生、それは…」
クラフトが前に出ようとするが、グラハムは手で制しつつ「しかし」、話を続けた。
「どちらにしろ、この事案はこの狭い密室だけで済ませていい問題ではありませんな。ロアン殿の仰る通り、隠蔽は良くない」
「ふん、分かってるじゃないか」
ロアンは鼻を鳴らしつつ、どこか満足げに腕を組む。
「膿は出し切らねばならん。暴力生徒はもちろんのこと、実力が並以下のノマクラスなど膿の温床になるに決まっている」
ラフィンの表情がまた怒りに染め上がるが、「分かりました」、グラハムは冷静にいった。
「ではその改善案に反対する先生や生徒諸君に納得してもらうための、明確な証拠を用意しましょう」
「証拠だと?」
そこでロアンは意外そうな顔をする。
「この書類で十分じゃないか」
テーブルの上に置かれた紙を指差すが、「いえ、紙では不十分です。捏造したとか虚偽証言だと指摘されてはそれまでですので」、グラハムはいった。
「もっとはっきりとした証拠が必要です。現場を録画した映像でもあれば…」
思案したとき、「おお」、何か思い出したようにぽんと膝を叩いた。
「そういえば、事件が起こった当時の映像記録が残っていたのであった」
「なに?」
「施設内の監視カメラは壊れていたが、ある生徒が開発した機械が機能していたらしく…」
周囲を見回すグラハムに、「先生、これでは」、クラフトはテーブルの下の棚に仕舞いこんでいたタブレットを取り出した。
「そうだそうだ。これだ」
「…どういうことだ。映像記録?」
そこで初めてロアンの表情に戸惑いが浮かぶ。後ろのミレイアも目を見開いていた。
「いやなに、以前から監視カメラの挙動がおかしかったので、機械に詳しい生徒に録画を頼んでおいたのですよ」
グラハムはテーブルの上にタブレットを置き、起動スイッチを入れる。
するとホログラムのように空中に映像が浮かび、グラハムがその場にいる全員に映像が見えるようタブレットを操作し拡大させた。
「これまで対応に追われ確認できなかったのですが、この映像を見せれば、誰もが納得せざるを得ないでしょう」
各フロアごとに分割で映し出されている映像の中では、大量のモンスターに囲まれているディエルとミーナの姿が確かにあった。
隣のフロアではハイクラス五組が集結しており、ミレイアが指揮を執ってそれぞれ魔法陣を作り大量のモンスターを沸かせている。
明らかにそこだけ異様な光景が繰り広げられており、ディエルはモンスターを薙ぎ倒していくものの、ほぼ無尽蔵にモンスターが湧き出して追い込まれているのが見える。
その湧き方は、隣接するハイクラス五組の召喚魔法と連動しているようだ。
「ふむ…」
事情を知らない誰が見ても、ミレイアがクラスメイトを扇動し、ミーナのいるフロアにモンスターを召喚させているのは明らかだった。
そうして映像は進み、シンシアたちが救援に駆けつけ、ミレイアが禁書を用いて魔獣シャドウケルベロスを召喚し、ダインがそのモンスターを排除している。
そしてラフィンとクラフトが駆けつけ、その後ディエルがミレイアを殴り飛ばしたところで映像は終わった。
「…おかしいですな」
見終えたグラハムは、不思議そうな視線をロアンとミレイアに向ける。
「ミレイア含むハイクラス五組の証言と証拠映像の状況がかなり乖離している。この紙には、いきなりディエルが殴りかかってきたと書いてあるようですが」
「い…いや、それは…そんなはずは…」
さっきまで威張り散らしていたロアンは、途端に語気を弱めていった。
背後のミレイアもひどく動揺しているようだ。
そんなとき、タブレットはまだ動いていたのか、何か音声が聞こえてきた。
「━━うざったいわよね、あのミーナって奴」
全員が再びそのタブレットへ注目した。
「どうしてあんなパッとしないデビ族の女がクラスメイトなのかしら」
その声は明らかにミレイアのもので、誰かと会話しているのを録音したものらしい。
「魔力もない雑魚のクセに同じクラスだなんて納得いかないわ。どうにかして排除できない? 協力してくれたら悪いようにはしないから」
ミレイアの声には悪意がありありと伝わってくる。
「あなたの両親って、私の地元でお店やってるんでしょ? 最近客入りが悪いらしいけど、人気が出るようにしてあげなくもないから。簡単よ。パパに頼めばその通りになるんだから」
音声の聞こえる場面が頻繁に切り替わるものの、その内容はクラスメイトを巻き込み、ミーナを排除するために策を考えるミレイアの声だった。
いじめの方法や実行犯の選別、懐柔など、冗談や笑い声交じりに、なんとも軽いノリで他のクラスメイトと話し合っている。
やがてタブレットからは何も聞こえなくなり、そこでグラハムは起動スイッチに触れタブレットを停止させた。
困惑に表情を歪めるロアンに、ミレイアは視線を泳がせている。
そんな彼らに向け、「映像では確かにディエルがミレイアに失礼を働いていましたな」、グラハムは一切動ずることなくいった。
「あの映像だけでは確かに証言の通りだ。だが…」
グラハムの眼底が鋭く光る。うろたえ、狼狽するミレイアを真っ直ぐに射抜いていた。
「別の問題が露見しましたな。殴ったことは確かに悪い。が、この前後の映像を見ていると、ディエルの行動に納得できる部分もあるのではないだろうか」
「特に禁書を用いて召喚した、あのモンスターは第一級の危険種だ」
クラフトがいった。「街中に現れれば軍隊が動くほどのモンスターで、被害は計り知れない。あれを利用したということは、殺人未遂容疑をかけられてもおかしくない」
彼もまたミレイアと、萎みだすロアンを睨みつけている。
「場合によっては大災害が起こっていた可能性もある。傷害どころでは済まなくなっていたかもしれん」
グラハムはミレイアから一切視線を逸らさず、その真意を問うた。
「…どういうことなのか、説明してもらえるかな、ミレイアよ」
グラハムの重い声と眼光に貫かれたミレイアは、「こ、これは…その…」、ついに声を出した。
「な、何かの間違いで…その…」
口の中が渇ききっているのか掠れたような声で、口を開いたことにより包帯が解ける。
「ほう、間違い?」
高度な回復魔法を受けたのか、ミレイアの顔面は綺麗なものだった。
落ちていく包帯には目もくれず、グラハムは穴の開くほどミレイアをねめつけている。
「どのような間違いか、我々に納得できるよう説明して欲しい。ここまで問題が大きくなったのだ。言い逃れできるとは思わない方がいい」
「い、いえ、ですから…その…」
「捏造だろう!!」
突然、ロアンが叫ぶ。
「所詮子供が作った機械だろ! そんなオモチャでこんな映像が残せるものか! それに映像などどうとでもなる!! こんなまがい物でこの私を騙せると思っているのか!? なんだったら名誉毀損で訴えても…」
「だったら映像の解析を外部の専門家に頼みましょうか」
そこでロアン以上に声を張り上げていったのはクラフトだった。
「このデータが捏造なのか事実なのか、大々的に解析してもらいましょうよ」
ずかずかとロアンまで歩み寄る。
「マスコミに公表する? いいですよ、やってくださいよ。危険種の召喚など、魔法学校として看過できない問題だ。事実ならば決して許すことは出来ない。それにいじめを示唆する音声データもある」
普段は冷静沈着なはずのクラフトだが、いまロアンを睨む目つきには凄まじいものがあった。
「おたくの娘さんのせいで俺の生徒が大変な目に遭ったんだ。殴ったどころの怪我では済まなかったかも知れない。映像が真実で、なおも自分の非を認めず娘を庇おうというのなら、こちらもそれ相応の対応をさせてもらう。そこに政治家がどうのは全く関係ない。訴訟に発展し泥仕合になったとしても、こちらは一向に構わないから覚悟してくださいよ。いつまでも同じ方法がまかり通ると思わないことだな」
あまりの剣幕に押されたのか、ロアンは顔を歪め黙り込んでしまう。
「ぐ…こ、こんな茶番に付き合ってられるか! くだらん、帰るぞ!!」
堰を切ったようにロアンが立ち上がり、大きな腹を揺らしながら応接室を出て行く。
ミレイアは慌ててその父の背中を追いかけていった。
騒がしいのがいなくなり、応接室は途端に静寂に包まれる。
が、先ほどのような緊迫した空気は無い。
「…確かに、茶番だな」
タブレットを拾いながら、クラフトは薄く笑った。
「悪かったな。こんなことに付き合わせて。本来なら大人だけで話し合う場だったのだが」
「え、映像…残ってたんですか?」
始終呆気に取られていたディエルは、驚いた表情のまま聞いた。
「いや、残っていたというか、撮っていたらしいな。不可視のバリアを張った超小型ドローンでずっと記録していたらしい。そのデータを今日もらったんだ。そいつからな」
そいつ、といってクラフトが顎で指したのはダインだった。
「え…ダイン、あなた何かしたの?」
全く予想外の展開に驚きっぱなしだったラフィンがダインを見る。
全員の注目を受けたダインは、「いや」、笑ったまま首を左右に振った。
「俺はデータをもらっただけだ。ドローンを作って記録してくれたのはこいつのおかげだ」
と、彼は隣にいたニーニアの頭にぽんと手を置く。
「に、ニーニアちゃん…いつの間に…」
シンシアもさすがに驚きを隠せないようだ。
「あんな高性能なやつを作れるなんて、さすがリステン家の子だよ」
ダインがいうと、ニーニアは顔を赤くさせ俯いてしまった。
「だ、ダイン君が相談してくれたから…しばらくあの人の言動を、気付かれないように監視できないかって…」
そこでラフィンは、昨日ダインがニーニアから何かを受け取っていたことを思い出す。
「切り札ってこのことだったのね…」
感心したように肩の力を抜く彼女に、「向こうが暴行の事実だけで責めてきたなら出すつもりは無かったんだがな」、ダインはまた笑っていった。
「事を大きくするつもりなら、証拠は用意しておくべきだと思ったんだよ」
「そうだったんだ…ずっとひやひやしてたよ…」
緊張した場の空気が緩んできたのを感じ、シンシアはホッと胸をなでおろした。
ダイン達は安堵の表情を浮かべるが、「いや」、クラフトは神妙な面持ちでいい、グラハムもソファから腰を上げる。
「これは本来俺たち教員側が解決すべき問題だった。いじめに発展し、挙句危険種のモンスターを使い襲わせるなど、取り返しのつかないことになるところだった」
クラフトの台詞にグラハムは頷き、「ミーナよ」、これまでずっと困惑していた彼女の名を呼んだ。
「は、はい」
突然名前を呼ばれたことに再び彼女は緊張するが、そんな彼女の前にグラハムとクラフトが移動する。
そのまま、改まったようにグラハムが口を開いた。
「ディエルから説明を聞いた今日に至るまで、君が置かれていた状況に気付いてあげることができなかった。辛かっただろう。嫌な思いも沢山してきただろう。脅されていたとはいえ、担任教師が悪行に目をつぶっていたなど、上司の立場として不徳の致すところだ。彼にはしっかり言い聞かせ、反省を促したいと思っている。君が許してくれるのなら、今後も学校に登校してきて欲しい。君の知識や才能は、メガクラスに匹敵するものなのだから」
そうして二人は、
「すまなかった」
ミーナに対し、頭を下げた。
「本当なら、五組の連中や担任教師も引っ張り出し謝らせたかったのだが…」
セブンリンクスの中で最高権力者であるグラハムが、いち生徒に頭を下げている。
ダイン達にとっては驚愕でしかない光景で、ミーナも「い、いえ、謝るなんてそんな…私がもっとしっかりしていたら…」、と慌てふためいている。
なおも顔を上げず深刻そうに頭を下げているのを見て、「ミーナが戸惑うようなことはあまりして欲しくないんですけど」、ディエルがたまらずいった。
彼女はもう昔のようにミーナの保護者感覚でいるのかも知れない。
「ふ…そうか。まぁ許してくれるのなら良かったよ」
クラフトは笑いながら顔をあげ、グラハムも微笑む。
「残った問題はミーナがどうするかだな。今回のことが明るみになった以上、クラスメイトとの関係はギクシャクしたままだろう」
ミーナの今後の学校生活を心配するクラフトは、「別のハイクラスへの移籍はどうだ?」、と提案した。
「元の五組には戻りづらいだろうし、しばらくの間あのクラスは事情聴取などで当面活動は停止する予定になっている。とはいえ移籍には手続きが必要だから、仮としてしばらくは五組以外のどこかのクラスに在籍してもらうことになるんだが」
「そ、そうなんですね。えーと…ど、どうしましょう」
困るミーナに助け舟を出したのは、「ノマクラスでいいならこっちに来なさいよ」、やはりディエルだった。
「い、いいの?」
「良いも何もそのつもりだったし。ノマクラスならややこしい手続きも必要ないから」
「そうだな。それでいいのなら」
クラフトが改めてミーナに訊くと、「じゃ、じゃあ…」、やや嬉しそうにしながらミーナはいった。
「よ、よろしくお願いします」
ディエルは僅かに微笑み、シンシアとニーニアは「よろしくね!」と笑顔で彼女の手を取った。
応接室の空気は一気に明るいものになっていくが、懸念材料はまだ残っている。
校長室へ戻ると同時にグラハムは軽く咳払いをし、ダイン達の注目を誘った。
「さて…そういえば忘れておったが、謹慎を破ったある生徒二名の処分についてもここで言い渡す予定であったのだよ」
そこでダインとディエルは、「げ」という声を出す。
「ダイン、ディエル。ここに並べ」
クラフトの指示により二人は執務用デスクの前に立たされ、椅子にかけたグラハムはデスクに置かれた書類を手に取った。
「では、先日、罰則を放棄しラビリンスに入り、施設の一部を破壊した件について処罰を下す」
重々しく書類の内容を読み上げるグラハムを、ダインとディエルは緊張した面持ちで見つめていた。
やはり謹慎期間の延長…いや、停学もありうる。
覚悟を決めたダイン達に、グラハムははっきりとした声でいった。
「厳罰を恐れず、人命救助に尽力したことは多大なる功績である。危険種の排除、並びにその召喚者の無力化など、建造物の一部損壊だけで済ませられた手腕は感服に値する。故に、此度の罰則放棄は不問とする。以上」
そしてグラハムは持っていた書類をデスクに置いた。
「…え? 何も無しっすか?」
やや間を置いて、ダインが間の抜けた声を出す。てっきり何かしらのペナルティがあるものだと思っていたのだ。
「先生がいった通りだ」
グラハムの隣にいたクラフトがいった。「証拠の映像を見た限りだと、そういうしかないだろう。罰則放棄だからもっと重い処罰にしたかったんだがな」
そういいつつも顔はにやけており、どこか嬉しそうだ。
「お前が問題を起こすときはいつも良いことと悪いことが同時だから、毎回判断に困ってるんだよ。悪事は悪事で分かりやすくしてくれたらこっちもちゃんと怒れるんだがな」
「いや、別に悪気があってしてるわけじゃないし…っていうか、悪事前提で話すのは止めてくださいよ」
ダインがクラフトに突っ込んでいるところで、「不問っていうことは、ラビリンスの利用は解禁されたってことだよね?」、シンシアがラフィンに話しかけていた。
「え、ええ、そうなるわね。昨日でちょうど罰則期限が切れたから…」
戸惑い気味にラフィンが答えたところで、「わーい! じゃあまたみんなで探索できるよ!」、シンシアはニーニアの手を取って喜んでいた。
笑顔の彼女たちを満足そうに見つめていたグラハムは、「みんなご苦労だった」、そういって微笑みかけた。
「やや中途半端な時間だが、いまから授業に復帰してもらいたい」
そこでクラフトが「ほら、戻れ」、と指示するものの、ダインは意味ありげな視線をディエルに向ける。
ディエルは無言のままこくりと頷き、「外出許可をもらえませんか」、グラハムとクラフトに向けそういった。
「外出? いまからか?」
「はい。ちょっと忘れ物をしたので」
「忘れ物…」
クラフトは一瞬思案するものの、すぐに頷いた。
「分かった。だが手短にな」
「はい」
「ほら、お前たちは教室に戻れ」
ダイン達にいってから、クラフトはミーナに顔を向ける。「ミーナは申請書の記入があるから、生徒指導室で待っていてくれ」
「あ、わ、分かりました」
「ゴーゴー!」
すっかり息を吹き返したシンシアは、そのままニーニアとダインの背中を押していく。
「ちょ、押すな」
「遅れた分取り戻さなきゃ!」
「一時間だけだろ」
「それでも貴重だよ!」
「ちょ、ちょっと、狭いから! 一気にドアに集まらないで!」
そんなわいわいとした声が校長室を出てからも聞こえ、やがて遠ざかっていった。
「…まったく、小細工ばかり仕掛けてきますね、奴らは」
校長室に残ったクラフトは、同じくデスクにかけたままのグラハムに声をかけた。
やや憤ったようなクラフトに向け、グラハムは髭を触りながら笑い声を上げる。
「しかし今回は人選ミスであろうな。焦りすぎだ」
そのグラハムの台詞を聞いて、「確かに」、とクラフトも笑みを浮かべる。
「あの言い方では、裏に奴らがいると示しているようなものですからね」
「今回その『奴ら』が口出しをしてこなかったのは、関係していると思われたくなかったからだろう」
「そうですね…」
同意を示しながら、クラフトは手に持ったままだったタブレットをおもむろに起動させる。
件の映像を再確認したようだが、彼が見ているのは終盤近くのシーンだ。
ミレイアが禁書を使い召喚した巨大なモンスターを、ダインが別のモンスターを投げつけ一瞬にして粉砕している。
どれだけスロー再生にしても、その衝突の瞬間は早すぎて確認することが出来ない。
コマ送りにしても、モンスターの存在と消滅が一コマで切り替わっていた。
後には衝撃の凄まじさが続いているだけで、ミレイアが腰を抜かしているのが確認できる。
「…底知れない奴ですよ、あいつは…いや、あいつの種族は…」
どんな魔法を使っても為し得ない芸当に、クラフトは舌を巻くしかない。
「我々と相対することのないよう祈るばかりだな」
何か予感めいたものがあったのか、グラハムは複雑な表情でその映像を見ていた。




