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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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五十一節、朝

外は明るく、部屋の中にまで朝日が差し込んできている。

遠くから小鳥のさえずりが聞こえる中、目が覚めたばかりのダインはしばしそのままでいた。

脳裏には、先ほどまで見ていた夢の内容が思い起こされていた。

知らない景色に知らない人物。

夢というものは、基本的に記憶にある物や風景、人物しか登場してこないはず。

なのに、さきほどの夢は翼のある少女以外は全く知らないものばかりだった。

会話も通常の夢であれば脈絡のないものばかりだったはずなのに、少女の口調はしっかりしていたし、風景もよく見えていた。

場面も切り替わらずずっと同じだった。ルシラのときと同じく、あれも単なる夢ではなかったのだろう。

そう、夢ではない。誰かの記憶なのだ。その記憶を、ダインに“視せた”。

何の目的であの夢を見せたのか。そして何故自分なのか。

考えているところで、誰かの視線を感じた。

上半身を起こし顔を向けると、半開きになっていたドアからルシラが覗き込んでいた。

「ああ、起こしにきてくれたのか?」

すっかり元通りになったルシラに内心ほっとしながら声をかける。

「もう大丈夫なのか?」

いつもならそのまま寝室に入ってきて、ベッドにダイブしてくるルシラだったはずだが、

「う、うん…」

部屋に入ってこない。ずっとそのままだ。表情にも声にも普段のような元気さが無い。

「? どうした?」

心配に思いまた声をかけるが、それでも中に入ってこようとしない。

よく見ればボーっとしたような表情のまま赤くなっており、足をもじもじさせている。

まさか昨日のあれが治ってないのではないだろうか。

しかしルシラは、

「あ、朝ごはんできてるからっ!」

突然そういって、逃げるように立ち去っていった。

「…ん…?」

これまでとは明らかに違う対応に、ダインはしばし固まってしまう。

疑問を抱きながらベッドから降り、ダイニングへ向かった。



「いえ、特別変わったところはなかったと思いますが」

朝食の席で、早速ルシラの様子をサラに尋ねてみたところ、何も変わりないと彼女は答えた。

「朝の準備体操に朝食の手伝いと、普段どおりにしていましたが…」

「そうか…」

ルシラはいまは中庭へ水をやりにいっている。

だが、それももう十分以上前のことだ。いつもならすぐに戻ってきてダインの隣に座ってくるはずなのに。

気のせいではなく確実にルシラの様子がおかしい。

そう訴えかけると、サラはトレイを胸に抱きながら、「ふむ…」、ルシラがいるであろう中庭に顔を向けたまま思案する。

「顔も赤いままだしさ。やっぱ何か病気にかかってるんじゃないのか?」

「その点に関しては全く問題ありませんよ。しかし…」

再び思案した彼女は、「顔が赤い…」、と呟き、「…なるほど」、やがて何か合点がいったように一人頷いた。

「お、何か分かったのか?」

「そうですね。大体のことは」

その台詞が冗談でもなんでもないということは、自信に満ちた彼女の表情を見るに明らかだ。

こんなヒントもほとんどない中で、彼女は答えを見つけたのだろう。

「何なんだ?」

ダインは尋ねるが、サラはどういうわけか首を左右に振った。

「本人の、それも割りとデリケートな問題です。ダイン坊ちゃまが知ったところで解決するようなことではありませんね」

良く分からない返答だった。

「どういうことだ?」

疑問を向けると、「それほどお気になさらずともいいかも知れませんよ」、サラはいう。

「その問題は、悪いことではなく良い方の問題なのですから」

やはり彼女のいっていることはよく分からない。

疑問を浮かべっぱなしのダインに向け、サラは「今晩の夕飯は少し豪勢なものにしても良いかも…」、とまでいっている。

彼女はどこか嬉しそうだ。

「俺ができることはないのか?」

ルシラの様子を心配に思っていたダインは再び尋ねた。

「勘だけど、ルシラのあの態度は昨日の“あのこと”が原因なんだろ?」

逆吸魔のことまで言及すると、「きっかけに過ぎませんよ」、サラは答えた。

「ダイン坊ちゃまはそのまま自然体でいらしてください。ルシラはダイン坊ちゃまの自然体が一番…いえ、これ以上は余計ですね」

また気になるところで台詞を止めた。

「触手が気持ち悪かったとか、あの感覚が怖かったから避けてるんじゃ…」

心配を口にするダインに、「ですから良い方の問題です」、サラは諭した。

「ダイン坊ちゃまが懸念するようなことは何一つございません」

「だが…」

「女性のデリケートな問題にあれこれ詮索入れるのは野暮ですよ」

とうとう怒られてしまったが、もはや大切な存在となったルシラが思い悩んでいると聞けばダインも黙ってはいられない。

「女性って、ルシラは家族だろ。身内が困っていたら、助けになりたいと思うのが普通だろ」

「その通りです。しかし、ダイン坊ちゃまが出来ることはありませんよ」

サラも頑なだった。

「いずれルシラの方から話してくれるはずですので、そのときをお待ちになさってくださればいいかと」

「解決できるなら早いに越したことはないと思うんだが…」

「あの子も心の整理が必要なのです。急かしてもいい結果は生まれませんよ」

つまり心の問題だとサラはいっているのだろう。

「いや…でもだな…」

コンソメスープを飲みながらなおも食い下がろうとしたところで、「それよりもです」、サラはやや強引に話題を変えた。

「ダイン坊ちゃまは、学校で起きている問題の解決を優先すべきです。こちらは悪い方の問題なのですから」

さきほど学校より校長室へ来るよう連絡がありました、とサラが続けたところでダインは低く唸ってしまった。

確かに現時点での一番の懸念問題だろう。こんな早朝にわざわざ家にまで連絡を寄こすなど、余程のことだ。

ミレイアに関しては直接ダインとやりとりがあったわけではないので、そこまで追及はされないだろう。

ダインに関しては、ディエルがミレイアに暴行した現場を見た目撃者としてよりも、謹慎中に再びラビリンスを損壊させた処罰に比重を置いて呼び出してきたはずなのだ。

結局当日になるまで処罰の内容は分からなかったが、例のジーニとサイラが騒ぎ立てているのかもしれない。

セブンリンクスの教職員としては新米だが、所属は上司であるガーゴなので発言力は他のどの教師よりも強いのだ。

ダインは目の敵にされているようだし、彼の処遇にでしゃばって来ることは容易に想像できる。

サラも同じ事を考えていたようで、ため息を吐きつつ懸念を口にした。

「確か停学だと進級に関して相当なペナルティが発生するとお聞きしました。ノマクラスでの停学は、復帰してどのような優秀な成績を収めたとしても、進級は絶望的だとか」

「らしいな。まぁそこはなるようにしかならないよ」

ダインは別に気にしてない風にいう。

「あいつらに何事も無かったんだったら、俺自身の結果がどうなっても後悔なんてしないしさ」

「あの可愛らしい方々がさぞやショックを受けることになったとしても?」

顔を横に向けながらサラがいう。

その食器棚にはこの前遊びに来てくれたときにサラが撮影したシンシアたちの写真が飾られており、中央のルシラを取り囲むようにしてダインのアルバムを仲睦まじく眺めている。

その隣には、昨日サラがルシラに描かせたのであろうラフィンの似顔絵があり、それを見つつ「仕方ないさ。無事であるなら、それに越したことは無い」、とダインは答えた。

「友達の命と進級なんて、比べるまでもないだろ」

「それはまぁそうですが…」

「そんなことより、問題はディエルの方だ」

ダインがいま一番懸念しているのは、自分ではなくディエルのことだ。

ミレイアと直接やりあっているし、顔面に怪我まで負わせた。今日は荒れるかもしれない。

「ディエル様ですか。確かスウェンディ家のご息女でしたよね」

「ああ。ウェルト家に次ぐ富豪らしいが、あいつもあいつで色々あったみたいでさ」

ディエルの問題について、昨日ダインから詳細を聞いたサラは口を開こうとした。

だが時間を確認したダインが先に「うげ」、と声を出す。

「もうこんな時間だ。行ってくるよ」

残りの朝食を全て腹に詰め、ダインはカバンを手に立ち上がる。

「行ってらっしゃいませ」

「…ああ」

返事をしつつ、ダインはしばし動かない。

ここでいつもならルシラが元気良く見送りにやってきてくれるはずだが、彼女の姿は無い。

ダインの微妙な表情から心情を読み取ったサラは、「気になるようでしたら、詳細を本人から聞いてきましょうか?」、といってきた。

ダインが本当にそう望むのであれば、ルシラを問いただすことも辞さない。

そう話すサラに向け、ダインは「いや」、と首を左右に振った。

「デリケートな問題で急かしたら駄目なんだろ? あいつが直接いってきてくれるのを待つさ」

「左様ですか」

「だが…」

ダインはそのまま中庭へ続く奥を見る。

朝日に照らされ眩しいダイニングのドアからは、小さな頭が見えた。

ちらっと顔を覗かせてきたのはルシラで、目が合った瞬間慌てたような表情になって頭を引っ込めている。

ダインは高速で移動し、隠れているルシラの正面に立った。

ルシラにとっては瞬間移動しているように見えたらしく、「うわぁっ!?」、と目をまん丸にしてダインを見上げている。

そんな彼女に向け、「ルシラ」、ダインは出来る限り優しく声をかけた。

「今日も水やりありがとうな?」

すっかり定着したメイド服姿のルシラに笑いかける。

「学校行ってくるよ」

そういった。

「な?」

「あ…う…うん…」

ルシラの顔がより一層赤くなっていく。

俯いてしまったものの、「い、いってらっしゃ、い…」、そうダインにいった。

「ん」

そこでダインも嬉しそうに微笑み、カバンを肩に背負いながら踵を返し、そのままダイニングを突き抜けて学校へと向かっていく。


「…はふ…」

ルシラは真っ赤な顔で俯いたまま、胸に手を当てながら息を吐いていた。

必死に落ち着こうとしているルシラに、「さ、今日は二階書庫の掃除の続きとしましょうか」、近づいていたサラが声をかける。

「あ…う、うん…」

そのまま通り過ぎていくサラの後ろを、ルシラはおずおずとついていった。

まだ少しだけ朝靄の漂う通路の途中で、

「ルシラ」

ふと、サラのやや真面目な声が鳴り響く。

「一つ覚えておいて欲しいことがあります」

歩きながら、振り返りもせずサラがルシラに話しかける。

「おぼえる…?」

「ええ。ダイン坊ちゃまに関することです」

サラは続けた。

「ダイン坊ちゃまは、信頼を寄せていた相手に裏切られた過去があります」

ルシラには思わぬ一言だっただろう。

「え…」

ルシラは思わず足を止め、サラの背中を見上げてしまう。

サラもまた足を止めつつ、反射した朝日に照らされた天井を見上げた。

「普段は明るく誰とも優しく接しておられるダイン坊ちゃまですが、裏切られた経験はトラウマとなってダイン坊ちゃまの根底に根付いているのです。そういったことから、怖がりな部分もあるのですよ」

「こわい…?」

「裏切りが…いえ、信頼する相手を失ってしまうことが」

その詳細を、ルシラには難解かもしれないがサラは正直に伝えた。

「裏切られた事件から数ヶ月の間、ダイン坊ちゃまは塞ぎこんでおりました。ご両親のケアのおかげで、いまでこそその影も無く初対面の方にも気さくに話せるようにはなっていますが、信頼する方を失うことへの恐怖はいまも持ち続けており、消えることはないでしょう」

サラはなおも振り返らない。ルシラがいまどんな表情をしているのか分からず、困惑しているだけかも知れないが、彼女の“問題”を解決するきっけかになるかも知れないと思い、続けた。

「また同じことが起きたら。また失ってしまったら。ダイン坊ちゃまの心はまだ脆いのかもしれません。だんな様も奥様もそれを危惧しておられたから、これまで触手のことや吸魔のことは説明されなかった。いえ、できなかった。我々ヴァンプ族の吸魔はお互いの信頼関係が大前提になっている。信頼という目に見えないものが分かってしまう。裏を返せば、信頼を失ったということも分かってしまうということでもあるのですから」

ルシラから返事は無い。

何の話をしているのか不思議そうにする彼女に向け、サラは、

「ルシラも、その一人なのですよ」

そういった。

そこでようやく、ルシラから「え…?」、と意外そうな声があがる。

「信頼を失うのが怖い。失いたくない相手の一人だということです」

サラはそういってから、再び歩き出す。

ルシラはそのまま追いかけることもせず、しばし立ち尽くしていた。

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