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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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五節、ラビリンス

「ダイン、君のおかげだよ」

登校して自分の席に着席するや否や、前の席にいた男子生徒が話しかけてきた。

この男の名前は確かカイゼルだ。ちゃんと会話するのは今回が初めてのはず。

だがそのカイゼルが言っていることが分からない。

「何の話だ?」

率直な疑問をそのままぶつけると、カイゼルは涼しげな笑顔のまま言った。「君のおかげで枠が出来たんだよ」

「枠?」

「ああ。正直、このクラスのままでもいいかなと思ったところなんだが、転がり込んできたチャンスはちゃんと掴まないとね」

表情の端々から野心が見え隠れするカイゼルだが、やはり言っていることが分からない。

「分かるように話して欲しいんだけど」

「すまないな、手続きもあるからもう行かないと」

説明するつもりがないのか時間がないのか、カイゼルはカバンを手に教室を出て行った。

「何だ…早退か…?」

疑問を抱いているところで、カイゼルと入れ替わるように教室に見知った人物が入ってきた。

シンシアとニーニアだ。いつものようにダインのところまで向かってきているが、シンシアは笑顔だが彼女を見るニーニアはどこか深刻そうな顔だ。

「だ、大丈夫…? 嬉しいけど…」

「いいんだよ。あっちはみんな目が血走ってて、ちょっと怖かったんだ〜」

そのまま2人はダインの前で立ち止まる。

「おはよう、ダイン君!」

シンシアが元気に挨拶してきた。

隣のニーニアも挨拶してくるが、シンシアと違って浮かない顔をしている。

「ああ、おはよう。何の話をしてたんだ?」

「ん〜? んふふ…」

また含み笑いだ。

昨日も見たその表情に、ダインは目を細め訝しげな表情で言う。

「なんか俺の周りで知らないことが起こってる気がするんだが」

「いまに分かるよ」

そう笑うシンシアの全身を見て、彼女の手にカバンが持たれていることに気がついた。

「あれ、今日は遅かったんだな」

普段は教室にカバンを置いてノマクラスまで来ていたはず。

指摘すると、シンシアはまた笑った。

「んふふ〜」

いよいよもってシンシアが怪しくなり始めたそのとき、予鈴が鳴った。

「じゃあまたね」

ダイン達に手を振りつつ彼女は振り返り、教室を出て行く。

「あいつ何を企んでるんだ…?」

疑問をニーニアに向ける。

「あの、実は…」

彼女が真相を話そうとしたとき、すぐに教室のドアが開き担任のクラフトが入室した。

「日直ー」

今日の日直当番に挨拶を促しつつ教壇へ立つ。

口を開きかけていたニーニアはダインに小さく謝り、そそくさと自分の席に戻っていった。

「起立! 礼!」

日直当番の挨拶と共にノマクラスの生徒達は一礼し、椅子にかける。

「さて、早速授業を始めたいところなんだが、その前にお前等に伝えておくことがある」

クラフトは言い、教室を見回した。

「以前にも言ったはずだが、この学校は能力に応じたクラス分け制度が導入されている。基本的にテストや特定のイベントでの査定により変動があるんだが、魔法力の著しい向上が認められた場合はその限りではない」

そこで彼の視線はダイン…ではなく、ダインの前にあるカイゼルの席に向けられた。

「カイゼルと仲の良かった何人かはすでに知っているかも知れないだろうが、カイゼルの能力に著しい向上が見られ、本人も希望したのでハイクラスへの編入が決まった」

教室全体が少しざわつく。

ダインも改めてカイゼルの机を見てみると、机の中はすでに空になっていた。

「学校の中で一番ハイクラスが割合を占めているため、今回の編入により向こうの定員がオーバーしてしまったんだ。だから奴より実力の低い…」

途中で、クラフトの台詞が止まる。

「いや、つまらん嘘はよそう。ノマクラスのお前等に言ったところで面目も何もないからな。実はハイクラスの生徒一人が、たっての希望によりこのノマクラスへ編入することになった。カイゼルはその入れ替わりだ」

「入れ」その先生の一言で教室のドアが開けられる。

中に入ってきたのは、まさかのシンシアだった。

「よろしくお願いします!」

頭を下げ笑顔を振りまいてくる。

ほぼ毎日ノマクラスに訪れここでの友達も何人かいるので、もはやこのクラスに対して緊張感めいたものはないのだろう。

だが、まさか編入してくるとは…。ダインと同じ思いでいたクラスメイトの半数以上が、口をぽかんと開けたままでいる。

「降格以外で、望んで下のクラスへ編入など聞いたことがないんだが…」

クラフトも同じ感想を抱いていたのか、頭をかいた。

「ま、うちは来るもの拒まずだ。みんな仲良くしてやってくれ」

クラスから戸惑い交じりの拍手が沸き起こる。

シンシアは照れたように頭を下げ、クラフトがカイゼルがいた空席に行くよう告げる。

「よろしくね☆」

満面の笑顔でダインに言ってきた。

「お前━」

いいのかよ、と言おうとしたところでクラフトが手を叩き、拍手を止めさせる。

「実はもう一人降格希望者がいる」

そこでまたクラスがどよめく。シンシアも知らないようで、カバンから取り出した教科書を机にしまおうとした手を止め、「ふぇ?」と顔を上げた。

「通常はあり得ないんだがな。メガクラスからノマに編入など…」

クラフトはもう一度教室のドアに向かって「入れ」と声をかけた。教室に入ってきたのは…

「よろしくお願いしま〜す!」

ショートヘアに背中に黒い翼。デビ族のディエルだった。

「ディエル・スウェンディだ。先日の生徒会選挙で覚えている奴もいるだろう」

クラフトが言うと、クラスのどよめきはさらに大きくなった。

シンシアは頻繁にノマクラスに来ていたし友達も多かったので、編入を希望したのはまだ分かる。

だがディエルはメガクラスだ。上から二番目の階級でありハイレベルな授業を受けられるところから、一番下のノマクラスに来るのはまずあり得ない。

クラフトにとっても長い教師歴の中で初めてのことだ。

「どよめくのは分かる。俺も訳が分からん。だが本人が希望している以上、こちらとしては断る理由はない」

どよめきを落ち着かせつつクラフトは言う。

ディエルを横目で見るその目には、懐疑的な視線しか感じられない。

「面白そうだから来ちゃいました☆」

クラフトの疑問に明るい調子で答えるディエルだが、その理由はふざけているとしか思えなかった。

だが元来からデビ族は好奇心旺盛だ。楽しそうなことや面白そうなことには率先して突っ込んでいき、場を乱す。

悪戯好きで、よく言えばムードメーカー。ディエルはそんなデビ族の特徴が顕著に出ている。

クラフトは再度頭をかきながら、困惑した表情のままディエルの席を探す。

「お前の席は、そうだな…」

「あそこで良いですよ」

ディエルはいくつかある空席の中から、ダインの横にある窓際の席を指差した。

「そうか。じゃあそうしてくれ。早速出席番号を呼ぶ」

遅れた時間を取り戻すためにか、ディエルが移動を始めたと同時にクラフトは出席を取りはじめた。

「よろしくね、シンシア」

こそっとシンシアに挨拶し、困惑したまま頷く彼女に笑いかけ、ダインの隣までやってきた。

「ダインもよろしくね?」

こちらにも笑いかけてくるが、彼女を見るダインの目はクラフト以上に懐疑的だ。

「今度は何が狙いだ?」

机から筆箱を取り出しながら思わずそんなことを尋ねてしまう。彼女には前科があるから無理もない。

だがディエルは笑いながら「何もないわよ」と答えた。

「言ったじゃない。ノマクラスが面白そうだって」

「上位クラスからハブられてるこのクラスのどこが面白そうなんだよ。それに俺、知ってるぞ」

「何を?」

「この間、公園でシンシア達と俺がいたところ、覗いてただろ」

ディエルにだけ聞こえるよう言うと、教科書を取り出そうとしていた彼女の手が止まる。

ダイン部を立ち上げようと話していたときのことだ。

「そっちが何もしてこなさそうだったから何も言わなかったけどさ」

ディエルは小さく笑い、教科書とノートを広げる。覗いてたわけじゃないと言い訳されるかと思いきや、

「気配消してたはずなのに、流石ね…まぁ強いてあげるなら、それが編入の理由かな」

そう言ってきた。

「どういうことだ?」

クラフトに名前を呼ばれ返事をしてから、ディエルに顔を向ける。

「クラスじゃなくて、面白そうなのがいそうな気がしたからね」

好奇心に溢れた目はダインに向けられている。

ダインは再び疑心暗鬼の表情を浮かべた。

「まぁお前が勝手にしてることだから、俺から言うことは何もねぇけどさ…邪魔はするなよ」

真面目な顔になり忠告するものの、

「うん、ほどほどにね」

そんな返事が返ってきた。

「話を聞け」

そう言っても彼女はけらけらと笑うだけ。

午前中はディエルにどんな悪戯をされるか警戒していたが、編入初日だったおかげか彼女は大人しくしている。

それでも休憩時間には積極的にクラスメイトに話しかけ、昼休みに入った頃にはもうノマクラスに馴染んでいたようだった。







「私も混ぜてもらっていい?」

昼食時お決まりの場所になりつつある体育館裏にいつものメンバーが集合したとき、空からディエルが舞い降りてきた。

手にはビニール袋がぶら下がっている。

「別のグループから誘われてたじゃねぇか。そっち行かなくていいのか?」

昼休み前に漏れ聞こえた会話の内容を指摘すると、ディエルは「大丈夫大丈夫」と勝手に芝生の上に腰を下ろしてきた。

「あっちは明日お邪魔させてもらうわ」

ビニール袋からパンを取り出し、早速食べ始める。

「え、でぃ、ディエルさん…なのですか?」

ティエリアは困惑した顔をディエルに向け、それからダイン達に向けられる。

不本意ながらも、ディエルとは選挙で争った仲だ。ティエリアがディエルを知っているのも当然のことである。

「あー、先輩にはまだ言ってなかったな」

ダインは彼女に今朝の出来事をかいつまんで説明した。

一通り話を聞いた先輩は、その内容に驚いたのか箸を持つ手が止まっている。

「の、ノマクラスに移籍ですか…」

「面白そうだからって理由らしい」

「ずるいですよね」

突然シンシアが口を開く。

玉子焼きのサイズ以上に彼女の頬が膨らんでいる。

「私もノマクラスにサプライズ編入して、ダイン君をびっくりさせようと思ってたのに…」

思惑が外れたシンシアは不機嫌そうだ。

「せめて別の日にして欲しかったよ」

「ごめんね、思い立ったらつい行動しちゃうのがクセなのよ」

「もう…でもディエルちゃんもいたら楽しそうだからいいけど」

すぐに機嫌を直すシンシア。

「私はどっちでも驚いていたよ」そう言うニーニアと目をあわせ笑い合っていた。

「先輩も、よろしくお願いしますね!」

ディエルは元気にティエリアに頭を下げる。

「あ、こ、こちらこそ…」

彼女も頭を下げ返すが、ディエルがティエリアを見る目は始終細目だ。

「先輩もいつもここでお昼を?」

「は、はい、そうですね。ダインさん達とここで食べる約束をしていまして」

「ほほー! お友達というわけですか。ゴッド族で元生徒会長様と知り合いになるだなんて、あなたやっぱり面白いわねぇ」

眩しさに両目を覆いながらダインの方を向く。

「眩しがるのか話すのかどっちかにしろ」

経緯を知りたがっているディエルにそう突っ込みつつ、ダインは箸で掴んだウィンナーを口に放り込んだ。

「あ、す、すみません、やはり眩しいですよね」

ゴッド族の放つバリアは魔を跳ね除ける性質がある。

そのため、ダインやニーニアもそうだが魔族であるディエルには特に眩しく感じてしまうことは彼女も知っているようだ。

「な、何か抑える方法があればいいのですが…」

光を抑える魔法を模索する先輩に向け、ディエルは目をぎゅっと閉じたまま笑った。

「あはは、可愛いから全然オッケーです!」

良く分からない理由のまま光に慣らした目を開け、再びパンにかじりつく。

その様子にティエリアもホッとした様子でチーズ菜を食べ始めた。

「う〜ん、でも変な感じだよね」

穏やかな日常会話が一段落したところで、シンシアが感慨深そうに言った。

「ティエリア先輩以外はみんなノマクラスなのに、元生徒会長の人と現生徒会副会長の人がいるなんて」

彼女の台詞を聞いたダインは、改めて自分の周囲にいるメンバーを見回す。

確かによくよく考えてみればすごいことだ。

「まぁ先輩は分かるけど、ディエルが副会長なのは今も信じられないけどな」

おにぎりをフォークで崩し食べながら、ニーニアがまた笑う。

ダインと同じ感想を抱いていたようで、ダインを見ながら「そうだね」と頷いた。

「私もそう思ってるわよ」

コーヒー牛乳のパックを飲んでからディエルは言う。

感情を消したようなその顔は、副会長になったことを喜んでいるようには見えなかった。

「あの人選には異論しかないわね。あいつの下につかせるなんて、嫌がらせとしか思えないわ」

先ほどまでの懐っこい表情から一転して、言い方も表情も怒りを滲ませている。

それほどに副会長を任されたことが不服なのだろう。

「で、でもすごいことだよ?」

ニーニアが割り込んできた。

「生徒会長と同じぐらいの権限を持つって聞いたけど…」

「面倒なことが増えるだけよ。権限なんて大したことないわよ」

ディエルは手を振ってニーニアの台詞を否定する。

「品行方正であるようにとか校則厳守とか、身だしなみとか求められるばかりで何も良いことないわよ」

文句を並べ立てる彼女だが、「辞退する」という一言が出てこない。

「務める気なのか? 副会長」

てっきりやる気がないものと思っていたダインは、率直な疑問を投げかけた。

「生徒会に入ってそれなりの役職につくなら、ノマクラスの編入認めるって、パパがね」

どうもディエル側でやり取りがあったようだ。

確かに時期王女と噂される彼女が、下位クラスにいて何の役職にも就いてないとなれば世間体が悪い。

彼女の父親の気持ちは分かるが、だがそれならそれで別の疑問が湧く。

「そうまでしてノマクラスに来たいもんかねぇ」

ダインは言いながらパック牛乳を飲み干し、弁当箱を閉じた。

「メガクラスにいても大した刺激はなさそうだったからね」

再びダイン達を見回しながらディエルが言う。

「生徒会副会長が最下層のノマクラスに在籍してるなんて、面白いじゃない」

デビ族は常に刺激と面白さを求めるもの。

悪戯っぽく笑うディエルを眺めながら、ダインはそんなことを思い出していた。

「でも副会長に任命されたときは嫌そうにしてたよね?」

着任式でのディエルの態度を指摘するシンシア。

「あいつがいるからね。今日の放課後、生徒会メンバーで集まって色々取り決めるらしいし、これから毎日あいつと顔合わせなきゃならないなんて…」

再び憂鬱そうな顔になったディエルは、そのままため息を吐いてパンの包装紙をビニール袋に詰めていく。

「あいつって?」

「一応、オフレコでお願い」

シンシア達に小声で言い、彼女はラフィンとの関係を打ち明けた。

もちろん闘技場でのことは伏せつつだ。

「あ…そ、それで生徒会メンバーの発表があったとき、ラフィンさんとディエルちゃんの顔硬かったんだね」

口の中のものを飲み込みながら、ニーニアは先日の二人の態度に合点がいった様子だ。

「エンジェ族とデビ族の仲が悪いのは有名な話だしねぇ」

種族関係に詳しいシンシアも、納得した様子で水筒のお茶を飲んでいる。

「で、ですが、改善はしてきていると思うのですが…私の同学年で仲の良い方もいらっしゃいますし」

記憶を巡らせながら言うティエリアに、ディエルは「デビ族によります」と補足する。

「ただ、私はあいつ等とは合いませんね。何かにつけて規則規則。ふざけたりちょっかいかけるとマジ切れするし、冗談も通用しない。話してても面白くないし楽しくない」

ディエルの中では、面白さや楽しさが最優先なのだろう。真面目な奴が多いエンジェ族とは、確かにそりが合わないのかもしれない。

「でもゴッド族は良いんだな?」

ダインがティエリアと隣り合っていることを指摘すると、彼女は「相手によるから」と言ってきた。

「私だって、種族だけで嫌ってるつもりなんかないのよ? エンジェ族の中にも面白いのいるでしょうし、冗談が通じるのもいるのも分かってる」

「ただあいつとは合わないだけ」その嫌そうな声を聞いただけで、ディエルがどれだけラフィンを嫌っているのか分かる。

「その点ティエリア先輩は見た目にも優しそうだし冗談にも笑ってくれそうだし、眩しいだけで全然話せるわ」

「あ、ありがとうございます」

弁当を食べ終えたティエリアは、弁当箱を閉じながら頭を下げる。

「私とお話して楽しいかどうかは分かりませんが…」

「楽しいですよ!」

言って、突然彼女に抱きついた。

「ひゃっ!?」と驚くティエリアだが、ディエルを振りほどこうとはしない。

「何より可愛いですから!」

「え、え〜と、えと…あ、ありがとう、ございます…?」

ディエルに抱きつかれながらも、またお礼を言ってきた。

その姿に嬉しくなったのか、ディエルが先輩の頭に頬擦りまでしている。

「っは〜…ほんと…いいわねぇダインは…」

眩しそうな表情のまま目を開け、ティエリアに抱きついたディエルがこちらを見てくる。

「こんな可愛い子達に囲まれて、さぞや良い気分でしょう?」

ハーレム状態の気分はどうだと言いたげだ。

「まぁそうだな」

ダインは恥ずかしがる様子もなくそう答えた。

彼女たちに対して可愛いと思っているのは事実だからだ。

「どの子がお気に入りなの?」

と、突っ込んだことまで聞いてくるその目はやや悪戯っぽい。

本人たちを目の前にしてそんなことを聞いてくるんだ。単純にダインがしどろもどろになるところを見たいのだろう。

「友達にお気に入りも何もねぇだろ。友達の時点でお気に入りだ」

「男女の友情は同性の友情とはちょっと状況が違うと思うのよね。私が聞きたいのは、シンプルにダインはどの子がタイプなのかってこと」

さらにストレートに言ってきた。

シンシアもニーニアもティエリアも、二人のやり取りに口を挟んでこない。

顔を赤くさせたまま遠慮がちにダインの方を見ているところ、気にはなっている様子だ。

年頃の男子であれば、彼女たちの視線に押され答えをはぐらかせたり逃げてしまうものだろう。

だが親から特殊訓練を受け精神的に成長していた彼は、変に照れたり包み隠すようなことはせず素直に答えた。

「タイプとかは考えたことねぇな。こいつらみんな可愛いと思ってるし、それぞれの魅力的な部分も知っている…つもりだ。まだ知り合ってそんなに日は経ってねぇけどさ」

「例えば?」

「例えばニーニアだと、友達想いなのは伝わってくるし、シンシアは会話が楽しくて明るくなれる。ティエリア先輩は普段おどおどしてるけど、芯の強さも見え隠れする。みんな良い奴で優しくて面白い。こういう言い方は卑怯かもしれないが、みんな魅力的だから俺のタイプだといえばタイプになるよ」

ディエルがふいにつまらなさそうな顔になったのは、ダインの答えが優等生じみたものだったからではなく、ひとつも恥ずかしがってないからだ。

彼女の気持ちを見透かしていた彼は、笑いながら「期待に沿えずすまねぇな」と一応謝る。

その短いやり取りだけで、ダインに精神攻撃は通用しなさそうだと思ったディエルは「ふーん」と気のない返事をした。

だが、彼の言葉を真に受けたシンシア達は顔をさらに赤くさせ俯いてしまっている。一様に嬉しそうだ。

「お前も、最初はあんまり良くない心証もってたけど、話してみたら良い奴なのは分かったよ」

ダインの褒め言葉がディエルにまで及ぶ。

まさか自分のことまで言われると思ってなかったのか、ディエルは「は?」と身を固まらせた。

「表裏はあるかも知れねぇが、悪い奴には見えない。面白そうな奴っていうのは、お前にも当てはまるよ」

「い、いや、急にそんなこと言われても困るんだけど」

反応に困った様子のディエルは、さっさと話題を変えようとするかのように周囲を見回す。

すると遠くにいた誰かの姿が目に入り、「あ」と声を上げた。

「ラフィンが歩いてるわね…」

その声につられ、全員が校庭側に目を向ける。

確かにブロンドの髪をなびかせた女子生徒が、一人で校舎を離れ反対側の建物へ歩いていくのが見えた。

「あいつどこ行ってるんだ?」

昼休みは半分ほどが過ぎている。生徒会長として校内の見回りでもしてるんだろうか?

「現場は見てないから噂程度なんだけど」

そう前置きしつつ答えたのはディエルだ。

「お昼はいつも周りに誰もいない空室に行って、呼びつけた使用人から直接料理してもらってランチしてるらしいわ」

漫画か何かのお嬢様設定としてありがちな内容に、ダインは鼻で笑ってしまう。

「部外者呼んじゃってんじゃん」

「使用人ぐらいならオッケーらしいわよ。それにここはウェルト家の息がかかったに近いところだし、あいつに関してはある程度の融通が利くんじゃない?」

何とも適当なことを言うディエルだが、ラフィンのバックに誰がついているのか考えれば、あながち的外れでもないのかもしれない。

「す、すごいね、お金持ちって…」

ニーニアがシンシアに話しかけている。

「でもどんなに良い料理でも、一人よりみんなで食べた方が絶対に美味しいよね」

人付き合いを重んじるシンシアならではの言葉に、一番大きく反応を見せたのはティエリアだった。

「た、楽しいですし!」

それだけを言いたかったのか、慌てたようにお茶を飲み干してから口を開く。

「お弁当のおかずのことを話し合ったり、授業のことを話し合ったり、こうしてみなさんとお昼をご一緒させてもらうようになってから、お昼が楽しみで仕方ありません」

「まったく同感です!」

笑顔になったディエルはまたティエリアを抱きしめる。

「楽しいし面白いし、可愛いし気持ちいいし」

後半の台詞は感想になってきている。

「その点あいつは残念ですよ。前の学校のときもお昼はずっと一人だったし、誰も近寄らず近寄らせず。一人の何が良いのかしら」

昔から知り合いだったからこそ言えるその台詞に、ダインは「良く見てるな」と言いそうになった。

嫌い合ってるのは間違いないのだろう。だが、嫌う理由があるということは、それほど相手を見てきたということでもある。

ディエルにとってはできるだけ攻撃材料を持ちたいから、ラフィンの事を見てきたのかもしれない。

ラフィンも同じかもしれないが…ふと、子供のように地団太を踏んでいたあいつの姿を思い出す。

ただ単純に不器用なだけだったラフィン。ディエルは近寄らず近寄らせずと言っていたが、違うのではないだろうか。

真意を確かめようと思ったが、女達の会話はいつの間にか午後の授業のことに切り替わっていた。

「そういえば午後の授業はラビリンスで実戦だったよね」

シンシアに話を振られたニーニアは、頷きつつも不安げな顔になる。

「この間先生が見せてきたモンスターが沢山出るんだよね…だ、大丈夫かな…」

「ノマクラスは確か上層だけでしょ? 弱いのしか出ないはずだから大丈夫よ」

立ち上がり、早くも準備運動を始めだすディエル。

その表情はやる気に溢れており、遠足前の子供のように目を輝かせている。

「ようやく体を動かせられるわ! ここんところずっと座って勉強ばっかりだったからなまりそうだったのよ」

やっと暴れられる、と意気込む彼女。ディエルも確かお嬢様だったはずだが、割と荒っぽいことが好きなようだ。

「可能なら下層目指してみようかしら。シンシアは名門道場の子なんでしょ? 一緒にどう?」

「そうだねぇ。じゃあニーニアちゃんとダイン君も…」

当然とばかりに誘ってくれるが、ダインもニーニアも首を振った。

「わ、私は足手まといになるだけだから…」

「俺も下手に暴れられねぇからなぁ」

それぞれに事情があることを説明すると、シンシアは残念そうな顔になる。

ダイン達と同じく大人しくしようかと思ったようだが、彼女は退魔師を目指している。

それなりに修練を積んできてるはずなので、ラビリンスでの実戦は楽しみで仕方ないはずだ。

「気にせず行ってこい」というダインの言葉に頷き、ディエルとパーティを組むことを快諾した。

「あ、で、ですが気をつけください」

早めに教室に戻り準備をしようとした2人を、ティエリアが呼び止めた。

「最近、ラビリンスの調子がおかしいようなので、思いもよらないことが起こってしまう可能性があります」

ディエルとシンシアは動きを止め、再びティエリアの周囲に集まりだす。

「何かあったのか?」

代表してダインが尋ねると、彼女は以前の記憶を思い出しながら話してくれた。

「上層でもいきなり強いモンスターが出てきたことがあったのです。そのときはたまたま先生がいたので何事もなく処理できたらしいのですが、別の日にはフロアを埋め尽くすほどのモンスターが湧き出たことがあったり、見たこともないモンスターが暴れまわっていたという報告もあります」

そのときダインが思い出したのは、初めてラビリンスの中に入ったときのことだ。

クラフトが設定してないはずのモンスターが出てきたんだ。あの時も、クラフトは最近機械の調子が悪いと言っていた。

「でも強いのが出てきても、幻視の魔法を織り交ぜたモンスターだからそんなにダメージは受けないんですよね?」

ディエルが尋ねる。

「今のところは、そうですね…」

ティエリアは思わせぶりに言った。

「実のところ、設計者の方以外は原理が良く分かってないらしいのです。安全性に配慮した設備があるとはいえ、見て分かるほどに経年劣化が進んでおります。その上修理できる方はご高齢らしく後継者不足もあって、修復が追いついてないのが現状です」

彼女が話しているのは、生徒会長だからこそ知り得た情報なのだろう。

「つまりその経年劣化が原因でバグが頻発していると?」

「はい。自動回復魔法の装置も完全に動作するとは限りませんし、今は安全性よりも危険性の方が割合が大きいような気がします」

真剣な表情のまま、彼女は続ける。

「このまま異変が頻発するようなら、完全に修復するまで当面の間ラビリンスの使用を控えるようお願いしようか考えていたところなのです」

生徒の安全を考え、生徒会長としての権限を行使するつもりでいたのだろう。

「ですが新学期が始まり新入生の方々もいらっしゃいましたし、魔法授業の要でもあるラビリンスは簡単に封鎖できない事情もありまして、いまは注意喚起するぐらいしかできません」

「あれ、でもそんな中でラフィンさんと生徒会長交代しちゃったんですよね?」

シンシアが素朴な疑問を抱く。ティエリアは頷いた。

「ラフィンさんにはすでに伝えております。安全性と危険性を考え、封鎖か継続か慎重な判断をお願いしますと」

そこでディエルの表情が疑わしげなものに変わる。

「あいつが安全性を考慮するとは思えませんけどねぇ…」

「どういうことだ?」

「だって、あのラビリンスって確かウェルト家が建てたものなんでしょ? いまはこの学校の象徴みたいなものになってるんだし、ラフィンだって毎日自慢げにあの施設眺めてたんだもの。簡単に封鎖するとは思えないわよ」

「それはないだろ」とダインは否定する。

「生徒を危険に晒してまで身内の威厳を保つようなことはしねぇだろ。生徒会長つっても俺らと同じ一年生なんだし」

そう言っても、ディエルは納得しない。

「どうだか」と首を振るその顔はどこか疑心に満ちていた。






午後からは、予定通り一年全クラスでの実戦が行われることとなった。

上のクラスから順にラビリンスに入って行き、それぞれに適したフロアでモンスターを相手に戦闘訓練を行う。

ラビリンス目当てに入学した生徒も大多数いたので、ようやく実力を発揮できると鼻息を荒くした生徒達が次々に地下ラビリンスへ降りていった。

「先生!」

ハイクラスが移動を始め闘技場に入っていくのを待っていると、ディエルがクラフトに話しかけていた。

「クラスごとにフロアは割り当てられてるっていうのは聞いたんですが、物足りないなと感じたときは下層を目指しても良いんですか?」

ノマクラス全員の出席を確認したクラフトは、名簿を閉じながら「ああ」と頷く。

「物足りなければ別に構わん。割り当ては生徒の実力に応じたものだからな」

ディエルは元々メガクラスだ。

見た目に反して武闘派なところもある彼女なので、クラフトも下層を目指しても良いと言ったのだろう。

「よーっし! じゃあ行くわよシンシア!」

「あ、うん、ちょっと待っててね。今補助魔法の復習を…」

「れっつごー!」

「わぁっ!?」

ディエルは魔法の参考書を読み直しているシンシアの手を掴み、クラフトの制止も聞かずハイクラスの生徒をかき分けラビリンスへ突入していった。

「ったくあいつは…」

我慢できず暴走したディエルに文句を言いつつ、クラフトは突入を待つノマクラスの面々を見回す。

「再度説明するが、ラビリンス内では基本的に2人以上のパーティを作って行動するように。道中何があっても良いようにな」

クラスメイトはもうすでにパーティが出来上がっており、みんな一様に引き締まった表情をしている。

シンシアと同じく魔法の復習に専念したり、戦い方をシミュレーションしてる奴もいる。

ダインのようにボーっとしてる人は一人もおらず、ここからのし上がってやる、という意思が見て取れるようだ。

「だ…大丈夫…だよね…」

隣にいるニーニアはずっと表情を曇らせたまま。

彼女とペアになったはいいが、戦闘自体に不慣れなニーニアには不安しかないようだった。

「大丈夫だって」

そんな彼女に、ダインは笑いながら頭にぽんと手を置く。

不安そうな彼女から「ふぁ」という声が漏れた。

「何かあれば俺が何とかするからさ。好きなように戦え」

頭を撫で、緊張感と一緒に余計な力を抜けさせてから手を離す。

「今日は俺が傍にいるから」

「う…うん…」

ニーニアが頷いたところで、クラフトから移動するよう指示が飛んだ。

「実戦は初めてなんだし完璧にやろうとしなくていい。遊び感覚でやれって先生も言ってたろ? 楽しもうぜ」

ラビリンスへ向かいながら、ダインはニーニアに笑いかける。

彼が他とは違うということは、先日のラビリンスの一件で知ることができたニーニア。

だが彼の実力を目の当たりにしたわけではないので、ダインがどこまで強いのかということは分からない。

実力の分からないパートナーと戦闘に不慣れな自分という状況は、本来であれば不安しかない。

だが、笑いかけてくるダインを見ていると不思議な安堵感に包まれた。

いや、いまだけではない。入学式当日から、彼の笑顔に何度心が救われたか分からない。

傍にいるから。

先ほど彼に言われた言葉を、階段を下りながら心の中で反芻していると、体の震えが収まってくるのを感じる。

「何なら手でも繋いでやろうか?」

「そ、それは恥ずかしいよっ」

「はは。それもそうだな」

冗談を言う彼の笑い声を聞いていると、本当に大丈夫のような気がしてくる。

彼の実力は分からない。強いと言うのは何となく分かるけど、強さだけではない不思議な力のようなものも感じる。

その力に影響を受けたのか、ラビリンスの中に入った頃にはニーニアの肩の力は抜けていた。



ダインの励ましや彼が傍にいるという安心感からか、モンスターがいきなり現れてもニーニアは冷静に魔法の武器を使い、敵を倒していった。

状態異常の魔法を連発するモンスターには、強力な攻撃魔法が込められた武器を用いて短期で決着をつけ、肉体派のモンスターには逆に状態異常の魔法をかけ戦闘不能にさせる。出現するモンスターの特徴に合わせた武器を使い、たまに使用を間違ってしまったときにはダインがモンスターを投げ飛ばしフォローしてくれた。

「いいな、やっぱ強ぇなお前!」

たまに派手な攻撃魔法が発動するのを見て、ダインは驚きと共にニーニアに話しかけてくる。

「ぶ、武器がすごいだけだから」

謙遜するニーニアだが、ダインは「それを作れるのも実力だ」とまた笑いかけてきた。

楽しそうに動くダインを見ていると、ニーニア自身も笑顔が増えてきた。

体も勝手に動き、強いモンスターを倒してはハイタッチをして喜びを分かち合う。

階段を見つけては躊躇いなく降りていき、気付けばハイクラスのフロアまで来てしまっていた。

上層とは壁の色が違い赤色で、出現するモンスターも筋肉隆々の明らかに強そうな敵ばかりだ。

「あ、も、戻った方がいいかな…!」

慌てだすニーニアにダインは「いや」と首を振る。

「お前の実力ならまだまだ行ける」

そう言ったところで目の前に頭のない鎧だけのモンスターが現れた。

「灼熱系の魔法だ。高温の魔法なら倒せるはずだ」

「う、うん!」

ダインの指示通りに、ニーニアは炎の魔法が込められた水晶球を掲げる。

剣を手にこちらに突進してきていたモンスターの足元が赤く光り、敵は瞬く間に炎に包まれた。

「オオオオォォォ…!!」

敵が身悶えている間にも炎の威力は増していき、あまりの高温で鎧が解けていく。

ものの数秒でその鎧は原形をとどめられなくなり、液状となって地面に落ちそのまま蒸発して消えた。

「た…倒せた…」

驚くニーニアに、ダインは「ほらな?」と笑顔を向ける。

「お前は自分を過小評価しすぎだ。ハイクラスどころかメガクラス以上行けるはずなんだよ」

セーフティゾーンで小休止していると、ダインがそう言ってくる。

「自信を持て。ニーニアはちゃんと強いんだから」

「そ、それはダイン君がいてくれるから…」

ニーニアが小さく言うと、彼は少し罰の悪そうな顔になり頭をかく。

「いや、俺は何もしてねぇ…っていうかフォローぐらいしかできないからさ」

これまで、ダインはニーニアのフォローに回るばかりで前線に出るようなことはしなかった。

魔法を使わずモンスターを倒すと目立つ上に、“ある事情”により攻撃することを禁じられていたためできなかったのだ。

「ニーニアばかり戦わせちまってごめんな?」

と、ダインはニーニアに謝る。

彼がヴァンプ族ゆえに魔法が使えないという事情を知っている彼女は、笑い返しながら首を振った。

「ちゃんとフォローしてくれてるから大丈夫だよ」

「でも」と、やや視線を伏せる。

「ずっと魔法使ってなかったら他の人達に怪しまれるかも知れないよ? 小さな攻撃魔法でも良いから使った方がいいと思うけど…」

やや顔を赤くしているのは、暗に自分から魔力を奪えということを示唆してるのだろう。

「まぁ、そうなんだけどさ」ダインの返事は曖昧だ。

「人目もあるからなぁ…」

魔力を吸うには相手に触れなければならない。

同学年のいる中、それも戦闘中という切羽詰った状況の中で手を繋ぐのはさすがに目立つし、恥ずかしい。

それに吸魔した瞬間ニーニアは半ば無防備に晒されるので、安全性の面でも躊躇われる。

そんな思いを抱く彼だから、吸魔という選択肢は脳裏をよぎるもののなかなか実行に移せないでいた。

「もっと“アレ”が上手にできるようになったら、そうさせてもらうよ。今回はフォローに徹させてくれ」

「う、うん。ダイン君がそれでいいなら」

お互いの役割を再確認し、セーフティゾーンから出て再びラビリンスの探索を始める。

階段を見つけ次第どんどん下層に下りて行き、壁面の色が紫色になったフロアに出る。

「どうしてあなた達がこんなところにいるの」

小型の索敵ロボを使い別フロアの様子を見ていたところで、背後から聞いたことのある声がした。

ラフィンだ。

腕を組み、こちらを睨むようにして立っている。

「ここはノマクラスが来れるようなところじゃないんだけど」

疑心に満ちた視線だ。

何かズルをしたんじゃないかとでも思われているんだろうか。

「いや、気付けばここにいて…なぁ、ニーニア」

ダインは頭をかきながらとぼけるような素振りで隣を見る。

「う、うん」

ニーニアは頷きながら、ダインの少し後ろへ移動した。

入学式当日の、ダインに突っかかるラフィンの姿が蘇ってしまったのだろう。

「ふん…どうでもいいけど、邪魔はしないでよね」

それだけを言って、ダイン達を通り過ぎていく。

「一人なのか?」

パーティを組む決まりだったことを尋ねると、彼女はこちらを見ないまま言った。

「解散したわ。足手まといなだけだもの」

次の瞬間、彼女の周囲にドラゴンに似たフォルムをしたモンスターが数体現れる。

ラフィンより何十倍も大きなそれは、フロア中に響き渡る咆哮を上げながらラフィンに襲い掛かった。

「あ…!」

ニーニアが何事か叫ぼうとしたとき、そのモンスター達は突然全身が発光しだす。

内側に電球でも仕込まれたかのように体内からまぶしい光を放ち始め、その光の強さが増した瞬間爆発した。

炸裂音と共にモンスターは霧散し、一瞬で消え去る。

その渦中にいたラフィンは、何事もなかったかのように歩き続けており、別フロアに入ったところで姿が見えなくなった。

「…す…すごい…」

ニーニアは目を丸くして驚いている。

「さすがギガクラスだなぁ…」

光魔法は、通常であれば詠唱から発動までにある程度のタイムラグがあるはずだ。

その手順は絶対なはずだったんだが、ラフィンの場合は詠唱したのかどうか分からないほど発動までの時間がなかった。

それから前の方で次々に炸裂音が鳴り響き始めた。

ラフィンが襲いくるモンスターをなぎ倒し、階段を探しているのだろう。

「…少し休憩するか」

また鉢合わせるのも気まずいし、ラフィンが下に降りるまでの間再びセーフティゾーンに入り休憩することにした。

「あ、お、お茶持ってきたんだけど…」

ニーニアは腰を下ろすと同時に持っていたカバンから水筒を取り出す。

「ああ、もらうよ」

「ど、どうぞ」

彼女から水筒を受け取り、お茶をいただく。

そのお茶はよく冷えており、地下にこもりきりでぼやけかけていた意識がはっきりしてきたのを感じた。

「サンキュー。うまいな」

「ふふ、うん」

彼女は笑いながら水筒をカバンにしまう。

その際、カバンに沢山のキーホルダーがついているのが目に止まった。

「それって全部手作りなのか?」

キーホルダーだけでなく、ワッペンやブローチもつけられている。

「あ、う、うん。上手にできたものは身に付けちゃうクセがあって…おばあちゃんによく注意されるんだけど…」

見せてもらっていいか、と尋ねるとカバンごと貸してくれたので一つ一つ手にとって確かめてみる。

動物の尻尾や細工の施された金のリング、傾けると幾何学模様が動き出すペンダント。どれも見ているだけで面白い。

「やっぱすげぇな…」

感心するように言うと、ニーニアは一瞬喜んだ顔をするもののすぐに視線を落としてしまった。

「本当は、武具を作ってきた家系だからちゃんとした武器とか作れた方がいいんだけど…」

伝統作品の傾向から外れ、自分はアクセサリーばかりを作ってしまっている。

視線を落とす彼女の表情からは、このままでいいのかという問答に陥っているような思いが伝わってきた。

「このままじゃ、リステニア工房の跡取りとして駄目、だよね…」

軽く落ち込む彼女に、ダインは笑って言った。

「いや、別に良いんじゃね? これだけのものを作れるんだ。大したもんじゃねぇか」

顔を上げるニーニアを見つめ返し、続ける。

「その家に生まれたからって、伝統通りのものを作らなきゃならないってことにはならないだろ。無理して苦手なものを作って評判を落とすより、これまでにないものを作り上げた方が工房にとっても絶対にいいはずなんだから」

「そ、そうかな…」

「そうだよ」と頷くダインは、制服の胸ポケットに忍ばせていた、先日ニーニアから受け取った手作りのアクセサリーを取り出した。

「俺は好きだぜ。ニーニアの作るアクセサリー。種類が沢山あるしギミックも豊富だし、見ていて全然飽きない」

またダインはニーニアに笑いかける。

「あ、ありがとう…」

これまで彼女は相当な数のアクセサリーを作ってきたが、友達がいなかったためまともに誰かに見せたことはない。

武器や防具といった伝統品を作らなかった引け目もあり身内にすら見せたことがない。

つまり、面と向かって自分の作品を褒めてくれた経験がなかった。

好きだ、と言われた言葉が何度も頭の中をリフレインし、みるみる顔が赤くなってしまう。

嬉しさよりも恥ずかしさが勝ってしまい、気持ちを落ち着かせるためにお茶を一気に流し込んでしまった。

遅れてダインが口をつけたところと同じ飲み口でお茶を飲んでしまったことに気付き、より顔を赤くさせてしまう。

「ど、どうした、大丈夫か?」

ダインにとってはいきなりニーニアの顔が真っ赤になったように見えたので、心配そうな目がこちらを覗きこんでくる。

「だ、大丈夫…も、もう行こう!」

このままではどうにかなりそうだったので、恥ずかしさを打ち消すかのように気合を奮い立たせ立ち上がった。

「行けるところまで行こう! もう時間もそんなに残ってないし!」

「お? お、おお、そうだな。ようやくやる気になってくれたか」

ニーニアの急激な変化に驚きはしつつも、珍しく気合に満ちた顔を見てダインも満足げに立ち上がる。

「残ったアイテム全部使っていくね!」

そう意気込んで前に出ようとしたとき、バリアのあるセーフティゾーンのすぐ目の前に巨大なモンスターがいたことに気付いた。

「わぁっ!?」

数センチの距離に敵がいたのでニーニアは飛び上がるほど驚き、後ろに転びそうになる。

「おっと」

ダインはすかさず彼女の背中に腕を回しそれを阻止した。

「大丈夫か?」

ニーニアに再びそう尋ねる。

彼女は「うん」と頷こうとしたが、彼女の口から出たのは「ふゃ」という気の抜けたような声だった。

また無意識に魔力を吸ってしまっている。

ダインは気付きすぐに手を離そうとしたが、数センチの距離にいたモンスターがこちらに気付き咆哮を上げた。

攻撃の手がバリアにぶつかり、激しい衝突音がする。

「ひゅぁっ!?」

突然の物音にニーニアはまた驚いてしまい、思わずダインの胸にしがみついてしまった。

吸魔にまだ不慣れなダインは、どうも咄嗟の行動に上手に対処できないようだ。

特にいきなり触れられたときなどは、無意識に相手から魔法力を奪い取ってしまう。

「はっ…あ、あぁ…」

彼女の小さな口から吐息に似た声が漏れる。

「わ、悪い」

謝りつつ再び彼女を離そうとするものの、どういうわけかダインの制服を掴む彼女の手が離れない。

「だ、大丈夫…だから…そのまま…」

と言い、ニーニアはダインの胸にしがみついたままだ。

触れ合ってる間にも、どんどん彼女から魔力を吸い上げてしまっているというのに。

「に、ニーニア…」

彼女の大胆な行動に驚きつつも、その行動に思い当たる節があったダインは数日前にサラから説明されていたことを思い出していた。

触れるだけで相手を骨抜きにする、ヴァンプ族の肌質。

吸魔の際に伴う快感。

それらは副作用として位置づけられており、麻薬に似た性質があるらしい。

もちろん麻薬ではないので危険性は皆無だが、性質が似ているため常習性が出てしまうこともある。

そのことを今更ながら思い出したダインは、半ば強引にニーニアを離そうとした…そのときだった。

突然目の前で暴れていたモンスターが霧のように消える。

次いで、奥の扉が開きぞろぞろと生徒達が小走りでやってきた。

彼らはどこか焦ったような顔をしており、セーフティゾーンにいるダイン達に一瞥もくれずに上り階段のあるフロアまで戻っていく。

「な、何か…あった、のかな…?」

ニーニアは少し足を震わせながらもダインから離れていく。

「お…何か聞こえるな」

フロアの上部から、機械音声に似た女の声が響いていることに気がついた。

どうも少し前から声は出ていたようだが、モンスターが暴れる物音で聞こえなかったらしい。

彼らが改めて耳を澄ましてみると、

『最下層にある制御装置に異常が見られました。安全のためただちに地上へお戻りください』

そんな声が、一定の間隔で流れ続けている。

サイレンのような警戒音も鳴り響いており、一刻も早い脱出を促しているようだった。

「何だこれ」

ダインとニーニアが戸惑ってる間にも次々と下層にいた生徒達がフロアに入ってきて、慌てたまま上層階へ逃げている。

「わ、私達も早く…!」

言いきる前に、突然足元が揺れた。

「わ、わぁっ!?」

ニーニアが立ってられないほどの揺れで、ダインは再び彼女を抱き寄せる。

何が起こっているかは分からないが、何か良くないことが起きていることは状況から推察できる。

「走れるか?」

尋ねると、彼女は真剣な表情で頷いた。

それほど魔力は吸い取ってなかったようで、走る分には問題ないらしい。

「行こう」

フロアにはもうダインとニーニアしかいない。

他はみんな上層へ行ってしまったようなので、ダイン達もすぐに駆け出した。



「くっ…! なんだこいつ…!」

一階まで上り出口までもう少しというところで、前方のフロアから激しい戦闘音が聞こえてきた。

その広いフロアの中心では、赤や青といった様々な色の爆発が巻き起こっている。

「ゴアアアアァァァァッ!!」

魔法の集中砲火を浴びせられているであろう中心部からはモンスターの獰猛な声がし、爆発の際に巻き起こった粉塵の中から突如として真っ黒な腕が伸びた。

その腕はコマのように激しく回転し始め、周囲にいた生徒たちにぶつかっていく。

あまりの威力だったのかぶつかった瞬間に生徒達は吹き飛ばされ、壁に激突しては地面に倒れていった。

「陣形組んで! ダウン系の魔法は単一属性にして、攻撃魔法も属性を合わせて!!」

フロアから誰かが指示をする声が聞こえる。

その指示通りに生徒達は動いているようだが、どれだけ強力な魔法を浴びせてもモンスターはびくともしない。

出口を塞ぐようにして立っていたモンスターはまた暴れだし、周囲に群がる生徒達に腕を振り回しながら突進を始める。

所々から衝突音が聞こえ、短い悲鳴と共に次々と生徒が沈んでいくのが見えた。

攻撃魔法が効いている様子はなく、どれだけ強力な防御魔法も貫通して攻撃を受けてしまう。

「な、何でよ! こんな上層階にメガクラスの魔法が効かない敵がいるなんて…!!」

動揺する生徒も敵の攻撃により意識を失い、再び陣形を組んで攻撃魔法を繰り出した生徒の群れに突進する。

ダイン達がそのフロアに入った頃には、何十人と言う規模の生徒達が倒れていた。

「ぐぇっ!」

最後まで抵抗していたヒューマ族の男子生徒は太い腕に全身を強打し、天井に打ち上げられた後に地面に激突し、そのまま動かなくなる。

「あ…あわ、わ…」

あまりに凄惨な光景に驚き慄いているニーニアの前に、そのモンスターはゆっくりとした足取りで迫ってきていた。

その敵はまるで影のように全身が真っ黒だった。

ミノタウロスのような容姿をしているが、大きさも筋肉量も段違いだ。

「…なんか、見たことあんな」

足を震わせるニーニアをかばう様にして前に出つつ、ダインは呟く。

全身が真っ黒に覆われたモンスター。確かこいつは…

「ああ…そうか。これがレギオスの残滓か」

ダインの呟きに答えるかのようにモンスターは叫ぶ。

「ゴアアアアアアァァァァァ!!!」

敵が腕を振り上げた瞬間、ダインの背後が真っ赤に光った。

ニーニアが咄嗟に攻撃魔法を使ったようだ。

灼熱の魔法だったらしく、巨大な火球は敵に直撃し激しく燃え上がる。

だがモンスターは燃え盛るまま動き出し、ダインめがけて彼の何十倍もある拳を突き出してきた。

ダインから激しい衝突音がする。

「だ、ダイン君!!」

ニーニアが叫ぶ。

「大丈夫だ」

ダインはその場から一歩も動かない。モンスターの巨大な拳を、彼は片手一本で受け止めていた。

ダインに腕を突き出したまま、モンスターは動かない。

いや、動けなかった。ダインが掴んだ手の力が強すぎて、押すことも引っ込めることも出来ない。

驚愕するモンスターを、そのままジッと見つめるダイン。

彼にとっても、レギオスの残滓は初めて対峙する相手だった。

その特徴を確かめるようにモンスターの全身を眺める。

「確かに強そうだが…」

「グルアァッ!!」

動けないことにもどかしさを覚えたモンスターは、上体を大きく逸らしダインめがけて頭突きをかます。

岩と岩がぶつかり合うような音がし、背後から「あっ」という声が聞こえたが、ゴーレムのときと同じくダメージを受けたのはモンスターの方だった。

「ガアアアァァァァッ!!」

モンスターは再び仰け反る。再度頭突きをかまそうとしたわけではなく、衝突の衝撃が大きすぎたようだ。

そのまま頭が割れボロボロと崩れだしていく。

「…脆いな。装置で作られたモンスターだからか?」

ダインが誰にともなく呟いている間にそのモンスターは全身まで粉々になっていき、塵となって霧散する。

「本物はもっと強いんだろうな…」そう呟いているところで、ニーニアが近くまでやってきていた。

「だ、ダイン君、大丈夫…?」

「ああ。見ての通りだ」

ニーニアに笑いかけ、静かになったフロアを見回す。

一面に生徒達が倒れており、誰一人として起き上がる気配はない。

「そういや回復魔法装置も動作が不安定だったのか」

「せ、先生呼んでくる!」

走り出そうとしたニーニアを呼び止める。

「サイレンまだ鳴り止まないし、こいつ等の身の安全の方が優先だ」

「え、ど、どうするの?」

「う〜ん…」

ダインはもう一度周囲を見回し、再びニーニアに顔を向け言った。

「10秒だ。ちょっと待っててくれな」

「え?」

ニーニアが不思議そうな顔をした瞬間、ダインの姿が消えた。

代わりにフロア一帯に突風が吹き荒れる。

「わ…!?」

思わずニーニアは目をつぶり、何が起こっているのか混乱している間に、再び目の前に気配がした。

「もう大丈夫だ。終わった」

「え…」と彼女は目を開け、周囲を見回す。

10人以上は倒れていたはずなのに、全てが一瞬で消えていた。

「な、何が起こって…え…?」

「外に運んだ。地上だとラビリンスの影響受けないから大丈夫だろ」

思わず絶句してしまうニーニア。

本当かどうか尋ねるまでもない。数秒で倒れた生徒全てを運び出したのだろう。

「す…すごい…ね…」

もはやそう言うしかできない。

本当に彼の強さは底が知れない。

「それより他のフロアにも誰か倒れてないか見てこようぜ」

ダインの台詞に自分のやるべきことを見つけ、ニーニアは大きく頷く。

手分けしてフロア中を散策し、誰もいないことを確認して回った。

「わ、わぁっ!?」

ニーニアと合流しようとしたとき、彼女がいるであろうフロアから声がした。

ダインが駆けつけると、再び湧き出た黒いモンスターがニーニアに詰め寄っているのが見える。

ダインは即座にニーニアとモンスターの間に割り込み、振り下ろしてきた剣を掴み、後ろへ投げ飛ばす。

壁に激突し、砕け散って煙となるモンスター。

「あ、ありがとう…」

「俺らも早く地上に戻ろうぜ」

「う、うん」

ニーニアと一緒に地上への階段を目指す…が、また前方にモンスターが湧いた。

「またかよ…」

「う、うわわっ!?」

後ろでニーニアが声を上げる。どうやら湧いたのは一体だけではなかったらしい。

地面に魔法陣が広がり、2体目…いや、3体、4体…。

「わ、わわわわ…!」

5、6、7…なんと数え切れないほどのモンスターが地中から湧き出てきた。

どれも黒い姿をしている。メガクラスの生徒が束になっても適わない相手が、あっという間にフロアを埋め尽くしてしまう。

「ど、どどどうしよう! ど、どうしたら…!!」

ニーニアは混乱の極致にいる。無理もないだろう。

「大丈夫だ」

慌てふためく彼女の頭に手を置き、ダインが笑いかけてくる。

何の問題もないというかのような、晴れやかな笑顔だ。

「どうもしなくていい。そのままじっとしてろ。傍にいるって言ったろ?」

それからダインは周囲を見回す。

モンスターの数は数えるのが面倒なほど多い。

こんな中を、ニーニアを守りながら正面突破するのはさすがのダインでも難しい。

“攻撃”しようにもフロアには監視モニターがあるし、下手なことは出来ない。

となると…。

ダインが逡巡している間に、早速モンスターが襲い掛かってきた。

彼は敵の攻撃を咄嗟に避け、避けたついでにニーニアをお姫様抱っこのように抱え上げ、群れに向かって駆け出した。

「ニーニア、そのまま捕まってろよ!」

「わ、わ、わ…は、はい…!!」

モンスター達はすぐにダインの姿を捉え、咆哮を上げる。

フロア全面が震えそうなほどのモンスター郡の叫びに、ニーニアは気を失いそうになった。

彼女が耳を塞いでいる間に、周囲から腕を振り回す風音や突進してくる足音がする。

凄まじい数の攻撃を、ダインは何食わぬ顔でかわしていった。

しゃがみ、大きく跳躍し、天井すら足場にして駆け出す足を止めない。

そのめまぐるしい動きはニーニアがこれまで体験したどれよりも速く、何が起きてどう避けているのかすら分からないほどだった。

そんな中でも、彼の顔だけははっきりと見ることが出来る。もはや感覚だけで敵の攻撃をかわしつつも、時折ニーニアが気絶してないか視線を送ってくる。

回避に専念しながらも、ニーニアの様子を気遣っている。

そのことに気付いたニーニアは、周りの喧騒などどうでも良くなっていた。

ただぼぅっとしたような表情のまま彼を見上げてしまう。恐怖心はすっかり消え失せ、彼に抱かれているという緊張感はあるものの、安堵に支配されていくのを感じる。

「ん? どうした?」

あまりにダインを見すぎていたため、こちらをはっきりと見てくる。

その間にも彼は敵の応酬をことごとくかわしている。

「う…ううん、な…なんでもない、よ…」

視線がぶつかった瞬間、これまでに経験したことのない胸の高鳴りを感じた。

思わず視線を逸らしてしまうが、彼の制服を掴む手に再び力を込める。

「もうちょっと待っててくれな」

そのとき、ニーニアはすでに確信していた。ダインは強いということを。

そして、その強さ以上に彼は…優しいということに。

これだけ激しく動き回っているというのに、ニーニアが振り落とされない程度の力で抱かれている。

こちらが苦しくないように、けれど敵の攻撃があたらないようにと、彼の動き一つ一つに優しさが見える。

大事そうに抱えられているというのがはっきりと分かった。

「あともう少しだ」

出口が見える。道筋は大量のモンスターに阻まれているが、僅かな隙間がある。

しかし面倒だ。最後ぐらいは“攻撃”して道を造るか。

そう思い、拳に力を込める。攻撃を始めようとした瞬間、突然フロア全てが眩しい光に包まれた。

「わっ…!」

ニーニアは思わず目を閉じてしまう。

ダインは目を細めながら、光の中でモンスター達が一斉に光に呑まれるように消滅していくのを見た。

やがてその光は収まり、静かになる。

警告とサイレンはまだ鳴り響いているものの、モンスターの残党や再び出現してくる気配はない。

「え、な、何が起こったの?」

もう大丈夫そうだと判断したダインは、混乱するニーニアを地面に下ろす。

「魔法だな。それもかなり強力な」

「だ、誰の魔法?」

彼女は何もかも分かってないようだが、魔法力の流れを敏感に感じ取ることのできるダインには分かっていた。

「あいつだろ」

ダインの視線の先を、ニーニアも追いかける。

隣のフロアの中心に、白い翼を広げたエンジェ族の生徒…ラフィンが立っていた。

両手を組み合わせたまま目をつぶっている彼女の周囲には、未だに光が放たれている。

「一瞬あいつの詠唱が聞こえた。浄化に成功したみたいだ」

「あ、あの数を全部…!?」

ニーニアが驚いている間に、ラフィンを包む光が消えた。

そして彼女は目をゆっくりと開けていく。

そのまま天井を見上げ、動かないラフィン。

物静かに佇んだままの彼女だが、その目の奥には激しい怒りの炎が燃え盛っていた。 





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