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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
49/240

四十九節、提供者との小競り合い

「むぅ、ずるいよ!」

頭上の太陽がそろそろ夕日に変わろうかという時間、公園内にシンシアの不満そうな声が鳴り響く。

「私とニーニアちゃんはずっとモンスターと戦ってばかりだったのに」

表情にも不満さがありありと滲み出ており、机を挟んだ真向かいで隣り合うダインとティエリアを恨めしそうに見た。

いつものダイン部の時間だった。相変わらず公園の外に人気は無く、公園なのに子供もいない。

監視ルームではどんな様子だったのかとシンシアが聞いてきたので、ダインが正直に話したところ、途端にむくれだしたのだ。

「そっちでは楽しいおしゃべりばかりして。それも先輩を抱っこしながらだなんて…」

シンシアにとっては、ダイン達はずっと遊んでいたように聞こえたのだろう。事実その通りだから、シンシアは羨ましくて仕方ないようだ。

「私も監視役やりたかったなぁ」

何とも正直にいうシンシアに、「ふふ、そうですね」、と紅茶を飲みつつティエリアが笑う。

「午後からは、ラフィンさんとディエルさんの可愛らしいお姿をずっと拝見しておりました」

お互いの過去の話や暴露合戦、ディエルの力のことなど、色々と話した気がする。

恥ずかしがるディエルとくすぐってじゃれあっていたとティエリアが続けると、「むーーー!!」、シンシアは我慢できずに叫んだ。

「こっちも癒やしてもらうもん!」

と彼女が手を伸ばしたのはニーニアで、どういうわけかニーニアを引き寄せて膝上に座らせる。

「わ、わわ、シンシアちゃん」

ニーニアの驚きの声を無視して、シンシアは力いっぱいニーニアを抱きしめ、感触を堪能していた。

「んふ〜」、とすぐに機嫌をよくするシンシアに、「も、もう、そういうことは私が…」、世話好きのニーニアは不服そうだ。

そんな二人を笑顔のまま見つめながら、「何はともあれ、みんな無事でよかったよ」、ダインは下克祭の閉会式を振り返った。

「お前たちペアは学年十位内に入ったんだよな」

グラウンドの壇上でシンシアとニーニアが表彰されていたのを思い出し、「私も見ていました。さすがです」、ティエリアも笑顔でいった。

「メガクラスと肩を並べて表彰されていたのは、私としてもとても誇らしく思っておりました。クラスメイトの方々に、私のお友達ですといって回りたかったほどです」

と自分のことのように喜ぶディエリアだが、シンシアは照れているようだがニーニアは顔を落としている。

「表彰されるなんて聞いてなかった…」

彼女はティエリアと同じぐらい、根っからの人見知りだ。

初対面の人を前にするとまず隠れるニーニアが、一番注目を浴びるであろう壇上に上がったのは恐怖でしかなかったのだろう。

ずっとうつむいたままそわそわしており挙動不審だった。顔は燃えるように真っ赤で、ニーニアの性格を知っているからダインは内心不憫に思っていたのだ。

「あんな大勢の人たちに見られて…ら、来年からは、絶対に頑張らないように…」

数時間前のことだったので、まだ記憶に鮮明に残っているらしい。体が僅かに震えていた。

「わ、分かります」、とニーニアに一番同情を寄せたのはティエリアだった。

「私も去年は壇上に立たされました。午前中の時点でトップになってしまい、そのせいで注目されてしまったから…」

生徒会長の座を渡されてしまった、となかなか衝撃的な発言をする。彼女の人見知りはこの学校へ来てからより酷くなってしまったようだ。

とそこでダインは気づいたことがあり、「あれ、でもさっきの表彰のときは先輩いなかったよな?」、と聞いた。

「午前中の段階で得点が上限達したんだったら、そいつらこそ表彰されるべきなんじゃないのか?」

「あ、いえ、一年間で確実に実力を上げた二年生の方々は、簡単に点数が上限に達してしまうので、どれほど優秀な成績を収めても表彰はしないことになっているのです」

「新入りの一年生に花を持たせるってわけか」

「そういうことですね」

笑顔を見せるティエリア。

表彰は今回だけなんだと分かり、ニーニアは安堵の息を吐いていた。

「しかし、シンシアたちが壇上に上がったときのどよめきはちょっと面白かったよ」

表彰での一幕を思い出し、ダインは顔をにやけさせる。

「ギガクラスは当然としてさ、そのすぐ後の成績優秀者にシンシアとニーニアが呼ばれたのはみんな驚いていたよ」

まさかノマクラスの生徒に表彰される奴が出てくるとは誰も思ってなかったのだろう。

どよめきの中に驚愕の声も聞こえ、ダインとディエルは顔を見合わせて笑っていたのだ。

ちなみに午前中にトラブルを起こしたハイクラス五組は、そのままでいけば表彰されるべき高得点を稼いでいたのだが、外部からモンスターを呼び寄せる方法が疑問視され保留となった。

改めて後日発表されるらしいが、いじめのことが教職員全員に知れ渡ったいま、表彰はおろか得点が無効となるのはほぼ確定しているとみていいだろう。

「ノマクラスが学年で十位以内に入るというのは、前例がなかったことですからね」

先生方が驚いておられました、とティエリアがいった。

「グラハム校長先生は快挙だととても喜んでおられましたし」

「まぁ、とはいっても実力でいえばシンシアもニーニアもハイクラス以上だったからな。所属がノマクラスなだけで、そこまで驚くようなことでもないと思う」

ダインの私見に、「ふふ、そうですね」、ティエリアが笑う。

「ですが、ノマクラスというクラスができた当初からみなさん忌避されておりました。誰もが気にも留めなかったクラスが、メガクラスと並ぶ好成績を収めた。これほど下克祭という名目を体現されたものはないでしょう」

「確かにな」、ダインはまた笑った。「クラス単位で考えれば、シンシアとニーニアは快挙だというしかない。みんな喜んでたしなぁ」

閉会式が終わり教室に戻った瞬間、シンシアとニーニアはほとんどのクラスメイトに囲まれていたのだ。

どうやって表彰されるまで点数を稼いだのか。どんなモンスターを倒したのか。ペアでいた意味とは。とにかく質問責めで、シンシアもニーニアも笑顔ながらも始終困惑していた。

「道場で修業していたことをそのままやっただけなんだけどね」、とシンシア。

「私はシンシアちゃんの後ろについていってただけだし…」、ニーニアはぼそぼそという。

謙遜する二人だが、表彰された以上、他のクラスからも彼女たちを見る目が変わるのは避けられないだろう。

それに優秀な成績を収めた者に対する、下克祭本来の“特典”はまだある。

「二人が望めば、ノマクラスから上へ移籍可能らしいが…」

「行かないよ」

シンシアはきっぱりいう。

「前もいった通り、ノマクラスにいたら魔法を覚えるよりももっと大事なことを教えてもらえそうだから」

同意見らしいニーニアは何度も頷いている。

「そうはいっても、お前等の実力が知られた以上、勧誘はひっきりなしにくるんじゃないか?」

下克祭は個人戦だが、クラス単位で競うイベントも今後あるらしい。

有能なクラスメイトが欲しいというのは、内申のためにも誰もが考えることのはずだ。

「断るよ。卒業するため進級はするつもりだけど、そこまで高望みするつもりはないから」

「わ、私も…ハイクラスの人たちとか、みんな目がぎらぎらしてて怖いから…」

あれだけの成績を収めておきながら、シンシアもニーニアも向上心がない。

「はぁ…もったいねぇなぁ」

ダインは思わずいってしまった。「何のために名門であるセブンリンクスに通ってるんだか」

そこでティエリアがくすくすと笑い出す。

「学校にそれほど執着してないと仰ってらしたダインさんがそれを仰いますか」

まさに正論だった。

「いやまぁ…」

「私はダインさんの方が心配です」

笑顔でいた彼女だが、不意に真面目な顔になる。

「下克祭は進級査定において重要項目の一つ。その下克祭に参加できず、救済措置もないとあっては、このままでは進級が危ぶまれます」

それはダインにとってかなり痛いところだった。

確かに彼はそれほどセブンリンクスに執着してはいない。

魔力の無さを自覚しているためノマクラスのままでいいが、入学した以上は卒業したいとは思っていたのだ。

だがその道のりは他の誰よりも険しい。魔力が無いというハンデ以上に、障害も数多く出てきたのだから。

「いよいよもって、進級テストの対策を考えた方が良いと思うのです」

ダインの成績を懸念しているのはティエリアだけではない。シンシアとニーニアも真剣な様子でダインをじっと見ていた。

ティエリアは続ける。

「今回、ラビリンス施設内の一部損壊の件がどのような処分になるのかは分かりかねますが、進級に直接影響のある実力テストは主に闘技場内で行われます。そのテスト対策はラビリンス内で行うことが許されている現状、継続してラビリンスへの立ち入りが禁じられるようなことになっていては、対策や訓練すらできません」

「そうなんだよなぁ」

ダインは腕を組み、紙コップに視線を縫い付けたまま考え込んでしまう。

ラビリンスへの入場制限もそうだが、実力テストの対策も大事だ。

現状で思いつく案としては、テスト前日までにシンシアたちから魔力なり聖力なり補充させてもらうこと。

当日にオリジナルの魔法を編み出し披露すれば、突破できる可能性はある。だがそこへ至るまでにはシンシアたちから一定量の魔法力を吸わせてもらわなければならない。

シンシアたちに過度な負担を強いない程度の吸収量の調整に、限られた魔法力を使っての独創性のある魔法の開発。

難題ばかりがダインの前に立ちはだかっている。難易度でいえばウルトラ級だろう。せめて後もう一人ぐらい、魔法力を提供してくれる人がいれば…。

誰もが同じ事を考えていると、頭上から翼を羽ばたく音が聞こえてきた。

「やっと終わったわ」

そういってダイン達の前に降り立ったのはラフィンだった。

カバンを机の上に置きつつダイン部の面々を見回した彼女は、「ディエルはいないのね。てっきりあいつも来てると思ってたんだけど」、といった。

「ああ、ディエルなら速攻で家に帰ったぞ。何か用事があったらしい」

ダインが答えると、「呑気なものね」、その表情が険しくなる。

「明日呼び出されることは確定してるっていうのに。ヒアリングの対策を考えてあげなくもなかったのにね」

やはりラフィンは面倒見がいい。置かれた彼女のカバンからはメモ帳とペンケースが見えていた。

ニーニアは早速ラフィンのためにと紅茶を紙コップに入れ、椅子にかける彼女の前に置いた。

「あ、ありがと」

素直にお礼をいって紅茶を一口飲み、下克祭の後処理の大変さを愚痴ろうとしていた彼女だが、

「ん…? どうしたの?」

ダイン達の間に流れる空気の重たさに気付いたようで、不思議そうに彼らを見回した。

「ついさっきまで話していたことなんだけど…」

シンシアが率先して口を開き、ダインが現在置かれている状況を改めてラフィンに伝える。

一通り説明を受けたラフィンは、「確かにそうよね…」、シンシアたちと同じく、深刻そうな表情になっていた。

「魔法がほとんど使えない時点で、ダインは窮地に立たされているようなものだもの。いますぐにでも有効な対策を講じるべきよ」

「つっても入学前から分かりきっていたことだし、進級テストまでまだ大分時間があるしさ」

呑気にいうダインだが、「そんな悠長なことをいっていては駄目よ!」、ラフィンの檄が飛んだ。

「ティエリア先輩がいっている通り、下克祭に参加できない上に、ラビリンスへの立ち入り制限がある。得点を稼ぐ機会が少ないんだから、もっとやる気を出さないと駄目じゃない!」

「そういわれてもなぁ…魔力が少ない体質だからどうしようもないし…」

現状での対策とその問題点をラフィンに伝えると、彼女はため息を一つついた。

「どうせあなたのことだから、シンシアたちに過度な負担をかけられないって遠慮してるんでしょ?」

図星だった。ダインは思わず「あー」、と笑って誤魔化してしまう。

「まぁ、あなたの気持ちも理解できるけどね」

お菓子を食べるシンシアたちを見回し、ラフィンは続けた。

「この子達もある程度の魔法力を確保しておかないと、この子達のテストも危ぶまれることになるから。実技テストに向けた練習も魔法力が必要だし、あなたは吸いすぎないようにしてるってことね。ティエリア先輩は無尽蔵に聖力があるんでしょうけど、バリアがあって思うように吸えないでしょうし」

「まぁ、その通りだよ」

ダインは素直に認めた。

「だからシンシアたちから供給を受ける以外の方法をな…」

続けようとしたところで、

「私も協力するわ」

と、ラフィンがいった。

「…ん?」

何をいったんだという顔をラフィンに向けると、

「私も協力するっていったの」

自分の胸に手を当てたラフィンは、ダインを真っ直ぐに見て繰り返す。

そこでシンシアたちも「え」、という声が上がり、一斉にラフィンに向けられた。

「元はといえば、ラビリンスのバグを解決するためにあなたを誘ったのが始まりだったんだもの」

ドーナツを食べ紅茶で流し込んでから、ラフィンは続ける。

「あれが無ければ謹慎処分なんて受けなかったでしょうし、下克祭にも参加できていたはず。ある意味で、ダインが窮地に陥っているのは私のせいでもある。私が一番、あなたに協力しなくちゃいけないのよ」

思わぬ申し出だった。「いや…」、と口を開きかけたダインを制し、ラフィンはさらに話を続ける。

「シンシアやニーニアより少しは聖力の蓄えはあるし、ティエリア先輩のようなバリアも無いから、吸魔の障害は無い。供給者としては私が一番適任のはずよ」

確かにラフィンの言う通りかもしれない。

それにエンジェ族は聖力の回復力が高い。吸いすぎによる枯渇もそれほど心配しなくていいはずだ。

「いや、でもだな…」

しかしダインは難色を示した。

一番適任だとラフィンはいうが、吸魔に関して最も懸念すべき“問題”を、まだ彼女は知らないのだ。

「吸魔っつーのは、その…」

「何よ?」

ダインが気まずそうにしていると、「吸われる感覚がエッチなんだよ」、シンシアがすぱっといった。

「えっち…って?」

ラフィンは不思議そうな顔をしている。その単語すら分かってなさそうな表情だ。

清廉潔白なエンジェ族だからか、それともお嬢様育ちだからかは分からないが、ラフィンにはまだよく分かってない領域の話のようだ。

だが説明の必要があると思ったティエリアが、「あの…以前、ダインさんから聖力を吸われたときの感覚を覚えてますか?」、と訊いた。

「え? あ、はぁ、まぁ…覚えてますけど…」

頷くラフィンに、「あの感覚が、もっと強く感じる…といえばご理解いただけますでしょうか」、ティエリアはいった。

「あの感覚…」

テーブルの何もない一点を見つめながら、ラフィンは過去にダインから吸魔された感覚を思い起こす。

ガーゴ視察団がやってきて、叱責されティエリアと共に落ち込んでいたとき、話を聞けとダインに吸魔されたことがある。

びくりと体が震え、口から自分でも聞いたことのない声を上げてしまったのだ。

「な、なるほど。あの感覚、ですか…力が抜けるような…」

感覚がどのようなものかを明確に思い出したラフィンは、顔を徐々に赤く染め上げていく。

「ヴァンプ族がする吸魔行為にはね、ちょっとエッチな意味合いも含まれてるんだよ」

シンシアがいった。

「エンジェ族はそういうことあえて避ける傾向にあるし、ラフィンちゃんには少し難しいんじゃないかな」

と、シンシアが否定的な意見を寄せる。

「あ、甘毒のこともあるし、中毒症状に陥る心配もあるから、まずいと思う。ラフィンさんはエンジェ族だし、ウェルト家のお嬢様だし…」、ニーニアが援護した。

「確か、堕天…でしたよね。堕落に溺れ、快楽に飲み込まれたエンジェ族の方は、その聖力を失ってしまうことがある、と聞いたことがあります」、ティエリアまでそんなことを言い出した。

シンシアたち三人がこぞってラフィンには難しい役割だといっている。その表情にはやや焦燥感が表れていた。

ラフィンの加入に彼女たちが否定的なのは、何もエンジェ族のプライドを守らせたいがため、というわけではない。単に、ラフィンが供給者として自分が一番適任だと言い出したからに他ならなかった。

吸魔行為は、ダインにとっては相手に負担を強いるものだという遠慮があったのだが、シンシアたちにとっては特別なものだったのだ。

ダインに触れられる気持ちよさ。必要とされているという幸福感。その温もりに、常に気遣ってくれる優しさも感じられる。

触手に巻きつかれるのは彼に抱かれているのと同義であり、力が抜け骨抜きにされている間でも、触手で頭を撫でられている快感は、他では得がたいもの。

吸魔後ぐったりして意識を失うまでの間も、ずっとダインに抱かれ、労うように撫でられ続けるのは幸せでしかない。

代替のない至上の幸福を得られる機会が、ラフィンの加入によりさらに減ってしまうことをシンシアたちは危惧していたのだ。

ただでさえ、ダインは遠慮して滅多に触手を使った本格的な吸魔をしてくれないのだから。

後から来たラフィンに、その滅多な機会を奪われるわけにはいかない。それも彼女はその提供役を一手に引き受けるつもりのようだ。

シンシア、ニーニア、ティエリアの三人は口裏を合わせているわけではなかったが、思いは同じだったためラフィンの加入には否定的だった。

不慣れな感覚。中毒性のある甘毒の虜。堕天の心配。

不安になるであろう単語を並べ立て、止めたほうが良いと説得するシンシアたちだが、

「堕天なんて全くの迷信よ。私の周りでそんなことになった人なんて見たことも聞いたこともないわ」

ラフィンは頑なだった。

シンシアたちの遠まわしの反対意見が、ラフィンのプライドに火をつけてしまったのかもしれない。

「甘毒が何よ。そんなの我慢すればいいだけなんだし、快楽に溺れることなんてあるはずないじゃない。エンジェ族でエレンディアの証もある私の精神力を侮らないでほしいわね」

胸を張るラフィンはかなり誇らしげだ。

「精神力とか、そういうのじゃないと思うんだけどなぁ…」

と、シンシア。

「エンジェ族の本土のコンフィエス大陸の一部地域じゃ、魔族との関わりを禁じられているところもあるんだよね? ラフィンさんの実家もそういったしきたりとかありそうだけど…」

ニーニアが追従するものの、「昔はあったけど、いまはそんな時代じゃない」、ラフィンは突っぱねた。

「多様性を認めない限りエンジェ族に発展は無いって、彼らの認識も改まったわ。その点に関しては問題ないわよ」

「で、ですが、ラフィンさんだけに負担をかけるわけには…」

ラフィンの身を案じるティエリアの心配も、彼女は「構いません」、といった。

「自慢するわけではありませんが、エレンディアの証があり覚醒にまで至った私には、ゴッド族と同等の聖力があると自負しています。創造魔法はもちろんのこと、召喚数を競うサモナーコンテストにも殿堂入りを果たしました。日々鍛錬にも励んでおりますし、先日行われたエンチャントマスター選手権でも優勝しました。これほどの聖力がある私なので、多少吸魔されたところでどうということはありませんよ」

随分な自信だが、見栄を張っているわけではないのは、彼女のこれまでの功績から明らかだ。

多数の優勝経験を持つのも事実のようだし、自信はその経験を裏打ちするところからきているのだろう。

「その聖力の量が問題だと思うのですが…」

ティエリアは呟き、ラフィンは不思議そうな顔をする。

どうもラフィンは吸魔という行為を軽く見ている節がある。

「しょうがない。一度経験してもらうしかないね」

シンシアが肩をすくめていった。

「やっちゃってダイン君。吸魔というものが…ダイン君がどれほど気持ちい…じゃなくて、危険なものか、思い知らせてやろうよ」

その彼女の台詞を挑戦と受け止めたラフィンは、「へぇ?」、と口元に笑みを浮かべながら方眉を吊り上げる。

「聖力に関することで私に挑もうというわけね。悪いけど、いままで魔法関連で誰かに後れを取ったことはないわよ」

目つきが鋭いものに変わる。本領を発揮してやろうと燃え上がってしまったようだ。

「いくらダインでも、力以外のことなら負けるつもりはないわよ」

「あ、あの、あまりご無理をなさらない方が…」

ティエリアが心配そうにいってくるが、その台詞がまたラフィンのプライドを刺激してしまったようだ。

「心配するのはダインの方だと思いますよ。個体差はあれど、個人には蓄えられる魔法力の許容量は決まっている。魔力の無い環境で育ってきたダインなのだから、その許容量は誰よりも小さいはず。食べすぎで苦しくならないうちに私から離れるのをお勧めするわ」

ベンチから立ち上がり、広場に躍り出てダインに余裕のある笑みを向けてくる。

ニーニアがカバンから回復ドリンクを取り出したのを見て、「ニーニア、まさかそれ私のために? そんなもの不要よ?」、とこれまた余裕たっぷりにいった。

明らかに吸魔など大したことはないという態度で、シンシアは少しむっとした表情になる。

吸魔行為そのものが特別なものだと思っていた彼女にとって、それをバカにされたように感じたのだろう。

「ダイン君、もう触手で一気にやっちゃって」

ダインの近くに移動するなり、そういってきた。

そこでようやくダインに発言の機会が訪れたが、「いや、でも…」、顔には戸惑いが張り付いている。

「まずくないか…? ラフィンってエッチって単語を知らないほど潔癖なんだし、いきなりあの感覚に晒すのは…」

ラフィンにはまだ吸魔の詳細を伝えてない。

触手や甘毒といった説明もろくにしてないのに、いきなり本格的な吸魔をするのは悪いのでは。

相変わらず吸魔に消極的なダインに、シンシアは「構わないから」、といった。

「ラフィンちゃんって強情なところあるから、いくら説明しても聞き入れてくれそうにないよ。だから実際に経験してもらったほうが手っ取り早く納得してくれそうだよ」

「それはそうかも知れないが…」

「さぁ、早くかかってきなさい、ダイン! エンジェ族とウェルト家の誇りにかけて、あなたの吸魔に耐え切って見せるわ!!」

ラフィンはもはや受け止める気満々だ。

両手だけでなく背中の翼まで大きく広げている。

その表情は戦いに挑む戦士のように凛々しい。自分に酔っているのか、確かにこちらの説明を素直に聞く姿勢には見えない。

ダインはため息と共に立ち上がり、ラフィンの近くまで移動する。

吸魔を始める前に、「念のためにいっておくが」、これだけは同意してくれと付け加えた。

「今回のことはお前の身内には報告しないでくれよな。娘に傷をつけられたとか何とか騒がれちゃ面倒だしさ」

「? よく分からないけど分かったわ」

「よし、じゃあ…」

「どんと来るがいいわ! 泣きっ面は見せないでよ!」

聖力の貯蓄量には相当な自信があったのだろう。ラフィンはすでに勝つ気でいる。

頭の回転が速い彼女は、勝った後の展開を想像していた。

吸魔のし過ぎで苦しむダイン。

そんな彼を、見かねた自分が介抱する。

これまであまりダインが取り乱したところを見たことが無かったが、苦しむ彼はどんな表情をするのだろう。

可愛いのだろうか。守ってあげたくなるのだろうか。

弱った彼はきっと動けないはずだから、介抱としてまず膝枕をしてあげるべきだろう。

頭を撫で、気持ちいいと微笑む彼は、自分の手を取って笑いかけてきて…。

先のことを予測し、期待に思わず笑みを浮かべるラフィンだが、その願望に似た妄想は━━脆くも打ち砕かれることとなった。


「ふわっ…!? は、ぇ…? ふえ…あ、あ、あ…?」

手を握られそこから吸魔され、体を震わせてしまい、

「え、え…? な、に…? 何、それ…? その細長いうねうねしたの…え?」

ダインの背中から伸びる透明な触手を視認し、

「え? わ、私に巻きつい…え、えええ!?」

彼女の驚愕の声は、あっという間に悩ましげなそれに変わり、

「ふあああああああぁぁぁぁ…!!」

ティエリアが咄嗟に音を遮断するバリアを張り巡らせた中で、ラフィンの嬌声に似た悲鳴がいつまでも響き渡っていた。


それから五分ぐらいが過ぎただろうか…。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

すっかり夕日に染まった公園の中、ベンチではラフィンが仰向けで横たわっていた。

彼女はぐったりしたまま胸を何度も上下させており、垂れ下がった腕や足先がまだぴくぴくと震えている。

「ラフィンさん、これ飲んで」

早速ニーニアがラフィンの介抱を始めており、彼女の頭部を膝に乗せて回復ドリンクを飲ませていた。

「ん、ん…っぷぁ、はぁ…はぁ…」

即効性のある回復ドリンクを飲んでもラフィンの顔は真っ赤だ。指先すら未だに動かせられないようで、喋ることもできないらしい。

「ちょっとやりすぎたよな…」

ろくな説明もされず、ラフィンは触手の吸魔を受けてしまったのだ。彼女にとっては驚きでしかなかったのだろう。

「その…悪かったな」

ラフィンの顔を覗き込み謝罪の言葉を述べると、薄目を開けつつラフィンが口をパクパクさせた。

「あ、う…あぅ…」

何か喋っているようだが言葉になってない。

が、側にいたシンシアは「ふむふむ」、理解できるのか、頷いている。

「こんなの聞いてないって? うん、そうだよね。私も最初はそうだったよ」

翻訳を始めた。

「あう…あう…」

「ずるい? まぁ、そうだよねぇ。あんなの耐え切れる人なんていないよねぇ」

「うあ…うあ…」

「あれだけ吸ったのに、どうしてダイン君がピンピンしてるかって? それはそうだよ。魔法力を吸える能力があるっていうことは、できるだけ貯蓄できるようその器も大きくしてあるはずなんだから。考えたらすぐに分かるはずだよ?」

シンシアは珍しく意地悪そうな笑顔をしている。

吸魔が単純なものではないとラフィンがようやく理解してくれて、満足したような顔だ。

「とにかくこれで魔法力を供給し続けるのは難しいって分かったでしょ? 毎回こんなことになっちゃ身が持たないよ」

ラフィンがろくな反論が出来ないのをいいことに、シンシアは懇々と説得し始める。

ニーニアは苦笑しながらシンシアの話を聞き、ラフィンへの介抱を続けた。

ラフィンは未だに吸魔の衝撃から抜け出せないようで、体は動かせず呼吸を繰り返すのみ。

その様はやはりエッチなものにしか見えなくて、ダインは彼女を見ていると意識していなくてもその大きな胸元へ視線が向かってしまいそうだったので、後はニーニアとシンシアに任せて自分は少し距離を置いた。

「やっぱやりすぎたよな」

ティエリアの近くまで歩み寄る。

「もうちょっと落ち着かせてからじゃないと、家に帰ったら侍女なり身内なりに気取られて騒がれるだろうな」

とティエリアに顔を向けるが、彼女からは反応が無い。

彼女はどこか惚けたような表情のまま、ラフィンをじっと見ていた。

「わ、私も…また…」

小さく呟きながらスカートを掴む彼女は、ラフィンと同じく真っ赤だ。

「先輩?」

もう一度声をかけると、ティエリアはハッとしたようにダインに顔を向けた。

「あ、な、なんでもない、です」

と彼女はいうが、その表情はどう見ても何でもないようには見えない。

まだ彼女は…いや、彼女“も”甘毒は未だに抜けていないのだろう。ラフィンを見る目は明らかに羨ましそうで、何度も唾を飲み込んでいるのが分かる。

「あ、そ、それよりも」、と、どうにか気を取り直して話題を変えてきた。

「かなりの量を取り込んだように見えたのですが、ラフィンさんの聖力はどう、でしょうか?」

吸った魔法力から、相手の気持ちが僅かながら分かる。ティエリアはその感想をダインに尋ねているのだろう。

「ん〜、ま、大方予想通りだったよ」

ダインは笑っていった。

「ラフィンの聖力はシンシアや先輩と同じぐらい温かさがある。優しい力っていうのかな。感じるよ」

回復されてるわけでもないのに、何かが癒やされるような温もりや“柔らかみ”を内側から感じる。

ラフィンが自負していただけのことはあってかなりの力強さを感じるが、それと同じぐらいの慈愛のような力も感じていた。

ダインの率直な感想を聞いたティエリアは、「やはり」、嬉しそうに笑う。

「ラフィンさんはとてもお優しい方ですから。その優しさを内側から感じることができて、少々羨ましいです」

素直にいうティエリアに、「あ、じゃあ感じてみるか?」、ダインがいった。

「え、できるのですか?」

驚いて彼女は聞いてくる。

「吸魔能力があるんだから、その逆もできるんじゃないかって、この前シンシアたちと試してみたら成功してさ」

ほら、とダインはティエリアに手を差し出す。

ティエリアは内心どきりとしながらも彼の手のひらに自分の手を重ね、彼が握り締めてきた瞬間、その手を伝って軽く身震いするような“力”が流れ込んできたのが分かった。

ダインのいうとおりそれは温かで柔らかく、優しい聖力だった。

「す…すごい、です…」

ラフィンの聖力の感想を言う前に、他者から他者へ聖力を流せるダインの能力に驚いた。

魔法力は目に見えない力だ。魔法を使うとき以外は外に出ないもので、器が無いと流れてしまう水のように、体という器が無いと存在できない力のはず。

それをこうもいとも簡単に為しえるダインは、もはや希少種の一言だけでは片付けられない。

「本当に、すごいです、ダインさん…! この力があれば、どのようなことにも対応できるのでは…」

興奮気味にティエリアがいってくるが、ダインは「いや、信頼関係が前提条件にあるから、臨機応変ってわけにもいかないよ」、と返した。

「それよりどうだ? ラフィンの力は」

ダインにいわれ、ティエリアは集中して体内に感じるラフィンの聖力を確かめた。

暖かくて優しくて、慈愛に満ちた聖力。ティエリアは思わず「ふふ」、と笑みを浮かべてしまう。

「とてもお優しい力です。柔らかでゆったりとして…まるでお布団に包まれているような。ラフィンさんは包容力の高い方なのですね」

「だろ?」

ダインと笑い合っていると、

「私もいいかな?」

いつの間に近くにいたのか、シンシアがいってきた。

「私もラフィンちゃんの聖力感じたいな」

「ああ。いいぜ。まだまだあいつの力は残ってるからな」

ダインは笑いながらシンシアの手を掴み、ティエリアのときと同じように聖力を送り込む。

シンシアの手が僅かに光った瞬間、「ふわ」、という声が彼女の口から漏れた。

「はわぁ…まろやかで、甘くて…気持ちいいねぇ、これ…」

とろけるようなシンシアの顔に、ダインとティエリアは小さく笑う。

とそこで、ニーニアの視線を感じた。

彼女はやや羨ましそうに、ラフィンの聖力をかみ締めているダイン達を見ている。

ニーニアもラフィンの優しさを感じたいのだろう。だが聖力なので、魔族であるニーニアに流し込んでしまうと聖力と魔力が反発して気分が悪くなってしまう。

残念そうにするニーニアに、「おいで」、ダインは笑いかけた。

「気分が悪くならない程度に薄めるから、それなら大丈夫だろ」

「え、ほ、ほんと?」

「ああ」

未だぐったりして動けない様子のラフィンにごめんね、と声をかけ、枕代わりにカバンをラフィンの後頭部に置いてからニーニアが近づいてきた。

ダインは差し出してきたその小さな手を包むようにして掴み、出来る限り薄めたラフィンの聖力をニーニアに流し込んでいく。

すると彼女からも「ふわ」、という声が漏れ、小さく体を震わせた。

「これがラフィンさんの聖力…確かに、シンシアちゃんのいっていたように、まろやかで甘いね?」

「でしょ?」

「ふふ、うん。気持ちいい」

ニーニアと頷き合ったシンシアは、ダインに一歩近づいた。

「ダイン君、もう一回いいかな?」

まさかのおかわりだ。「あ、では私も」、とティエリアも近寄ってきて、ニーニアまで詰め寄ってくる。

手を差し出してくる彼女たちは、まるで親鳥に餌をねだる雛のようだ。

可愛らしい行動に思わず笑ってしまったダインは、「順番な」、といってそれぞれ手を掴んでラフィンの聖力を分け与えていく。

ラフィンの聖力を感じるたびに、彼女たちは甘くて美味しいだの、優しくてまろやかだの、まるで食レポのような感想を漏らす。

彼女たちの声がしっかり聞こえていたラフィンは、赤い顔をより真っ赤に染め上げてしまう。

「か、覚醒して、誰もが羨む聖力を、食べ物みたいにいわないでよ…」

まさか聖力を提供してこんなことになってしまうとは、彼女も夢にも思わなかったのだろう。

シンシアたちの食レポはまだ続きそうだった。

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