四十八節、平和な午後
ゴッド族であるティエリアの加入は、下克祭全体のバランスを崩す。
そのダインの説明に納得したクラフトは、彼らの提案をすんなり受け入れてくれた。
ティエリアが監視ルームへ入ることを許可してもらい、ダイン達はそのままモニターだらけの部屋へ入室する。
「す、すごい数ですね…」
ティエリアは珍しそうに部屋の中を見回しており、モニターの多さに驚いているようだった。
「だろ? これを三人でっていうのは無理があるっていうのも分かるだろ」
ダインは定位置に腰掛けようとしたが、椅子が三つしかなかったことに気付く。
「ああ、私が別室から…」
出て行こうとしたラフィンを、「いいわよ」、と止めたのはディエルだった。
「先輩はここで」
椅子にかけていたディエルは、そのまま自分の足をぽんぽん叩いている。
「あのねぇディエル…少しはティエリア先輩に敬意を払ったらどうなの?」
呆れてラフィンはいうが、ディエルは「もちろん払ってるわよ」、といいつつも態度を改める様子はない。
「敬意と同じぐらい、先輩には愛着もあるもの。仲良くなりたいの」
「そうは見えないんだけど。ギガクラスで先輩な上に、ゴッド族の方を足に座らせるだなんて。デビ族がそんなことしてるの見たことないんだけど」
魔族中の魔族であるデビ族は、魔法力の相性の問題からあまり聖族に近寄れない傾向にある。
聖族の中でも最上位といってもいいゴッド族に、そのデビ族が密着すること自体ありえないことであるはずだった。
「先輩のバリア、私以上に眩しく見えてるんでしょ。大丈夫なの?」
信じられないという顔でラフィンが尋ねるが、「問題ないわ」、ディエルはいった。
「眩しいだけなんだもの。こんなの気合で我慢すればいいだけよ」
聖族のバリアは魔族にとって妨害されてる感があるはず。
物理的に近寄れないものもいる中、気合でどうこうできるというのはさすがディエルといったところだろうか。
「ほんと、デビ族の中でもあなただけはとりわけ変わってるわよね…」
ラフィンが肩をすくめていると、「あ、あの、私はそれでも構いませんので」、ティエリアがいってきた。
「ほら! 先輩もこういってるし!」
ディエルは前のめりになってラフィンを見る。
「えぇ…? 良いんですか、先輩…。何か悪戯されるかもしれないんですよ?」
「しないわよそんなの!」、というディエルの反論が聞こえる中、ティエリアはまた頷く。
「私も、ディエルさんと仲良くなりたいので…」
「先輩!!」
感極まったのか、ディエルが立ち上がる。そのままティエリアに抱きつき、「ひゃぁっ!?」、と驚く彼女を持ち上げ再び椅子に座った。
ティエリアの小柄な体を太ももの上に乗せ、早速後ろから抱き付いている。
「ん〜、ふかふか〜! 髪もさらさら…! はー、先輩気持ちいい…いい匂い…」
ティエリアの頭部に頬擦りし、腹部に回された腕は強弱を繰り返して彼女を抱きしめ、ティエリアのあらゆる場所の感触を思う存分堪能している。
ティエリアは反応に困っているが、くすぐったさもあったのかずっとくすくす笑っていた。
「ねぇダイン、あれ本当に敬意払ってるように見える?」
ラフィンがダインに尋ねてくる。
「まぁ、ペットにじゃれてるようにしか見えないな…」
率直な感想を漏らすと、「でしょ?」、ラフィンの目がまたつりあがった。
「絶対ゴッド族だってこと忘れてるわよね。そのくせ眩しそうにしてるし、意味が分からないわ」
「はは、確かにな。まぁでも先輩が良いっていってるんだから、好きにさせとこうぜ」
ギガクラスで、しかも一学年上の先輩を抱っこしているという光景は確かに妙だが、微笑ましくもある。
それにティエリアの感触は相当な癒し効果でもあるのか、未だに頬擦りするディエルはすっかり元気を取り戻している。
何も問題ないと判断し、ダインとラフィンは椅子にかけ、監視を再開する。
ディエルとティエリアもモニターを見始め、「はぁーあ」、ディエルの口からため息が漏れた。
「みんな楽しそうよねぇ。さっきラビリンスに潜ってたとき、もっと暴れてればよかった」
ディエルの口調もいつも通りだ。今朝のような尖った雰囲気は欠片も無い。
「もう散々暴れたでしょ」
姿勢良くモニターを見ながらラフィンがいった。
「血の力まで使ったんだから、あのまま暴れていたら昔みたいに意識失って倒れてたわよ」
昔の話を持ち出すが、ディエルは「あのときよりは力の使い方分かってきたし大丈夫よ」、少し真面目な顔になっていった。
「血の力…?」
ティエリアは不思議そうにいい、ダインも「何だそれ?」、ラフィンとディエルに顔を向ける。
「えーとね…」
思案するラフィンは、説明してもいいのかどうか、ディエルに視線を送っている。
ディエルにとってデリケートな問題だったのだろう。しかし、ディエルは「別に良いわ、もう」、と小さく笑った。
「ダインには半分ばれちゃってるようだし、先輩は知っても平気そうだし」
「そう」
「畏怖の一族だっていっても分からないでしょうし、知ったところでダインはどうとも感じなさそうだしね」
「まぁダインだからね」
そこでラフィンも小さく微笑み、ディエルの血筋について説明を始める。
「ダインは少しだけ聞いたことはあるでしょうけど、ディエルがエンド族の末裔だっていうのは本当よ。といっても他の血が混じっていて純血じゃないけど、エンド族の特徴である魔力の高さは限定的ながら使えるようなの」
「へぇー」、分かったような分からないような返事をするダインとは違い、ティエリアは「え、エンド族、ですか…」、目を丸くさせている。
ティエリアのリアクションを見て、「やはり先輩は知ってるんですね、エンド族のこと」、とラフィンがいう。
「すごい種族なのか?」
いまいち分かってないダインに、ラフィンは説明を続けた。
「すごいどころか、ゴッド族と対を成す種族だったのよ。ゴッド族の聖力は創造する力、エンド族の魔力は破壊の力。レギオスに近い存在だといえば、そのすごさが少しは伝わるかしら」
「マジか。すげぇじゃん」
ようやく驚いてダインはいうが、ラフィンは真顔のまま特に顔色を変えない。
「魔力の高さはそれだけで一目置かれ、脅威に感じる人もいる。混乱期に暴れまわっていたレギオスのせいもあって、エンド族はそれと同じぐらい聖族に危険視されていた過去があったのよ。第一級の討伐対象にされたこともあって、公にできなかった」
ラフィンがそこまで説明してから、ディエルが真面目な顔で続きを話し出す。
「混血だからかどうかは分からないけど、高魔力は容易にコントロールできるものじゃなかったの。感情の起伏が引き金になっているおかげで、小さな頃はよく暴発させていた。いつ爆発するか分からない爆弾を抱えているようなものね」
そこまで聞いて、畏怖の一族の意味を理解したダインは、「そういうことか」、同時にディエルの苦悩も分かり、腕を組む。
「友達を信用できないってのはそういうところからきてるんだな」
いきなり核心を突くようなことをいわれ、ディエルは気まずそうな顔をする。
初耳だったティエリアはまた驚くが、昔からディエルのことを知っていたラフィンは、「一人のときが多かったものね」、とディエルにいった。
「財力を使って無理やり友達を作ったところも見たことあるし。あの時はさすがに私も同情を禁じえなかったけど…」
ディエルはさっと顔に赤みが差し、「う、うっさいわね。あなただって似たようなものでしょ」、と反論した。
そういえば、ラフィンとティエリア、ディエルで生徒会長の座を求めて支持を集めていた頃、ディエルは財力に物をいわせてプレゼントを渡し歩いていたことがあった。
支持を集める目的が半分、顔と名前を覚えてもらい友達を作る目的も半分だったのだろう。
ものを渡して友達作りはどうなんだとダインは憤っていたが、ディエルもラフィンのように不器用な奴だったのだ。
彼女の心情を理解しているところで、「あなた達は大丈夫のようだけど、私の力を見て怖がる子はこの学校にも沢山いると思う」、とディエルが言い出した。
「余計な噂広められることも考えられるから、この話は…」
ディエルの話を遮り、「分かってるよ。話さない」、と察していったダインは、すぐに笑い出した。
「つってもまぁ、話せるような友達はいないからなぁ」
友達が少ないという点においては、ダインもラフィンと同じだ。
「わ、私もそうですので」
呟くようにティエリアもいい、自虐的に笑う。
そういえばティエリアも友達が少ない。昼食のときも放課後も、プライベートな時間はずっと後輩と絡んでいる。未だにクラスに友達らしい友達はいないのだろう。
「もう一年間もこの学校にいるのに、未だに馴染めなくて…」
と続ける彼女は深刻そうな顔をしている。
「クラスメイトはバカですよね」、突然ディエルが鋭くいった。
「見た目も性格もこんなに可愛いのに」
改めてティエリアをぎゅっと抱きしめ、その感触に満足そうに息を吐いている。
「家柄や魔法力の高さしか見てない人が多いからね。ギガクラスなんてそんな人ばかりよ」
ギガクラスの実情を知るラフィンは、複雑そうな表情でいった。
「家柄も魔法力も確かに大事よ。けど、それだけで付き合い方を考えるなんてバカらしいことこの上ないわ。気が合えばどこの誰だろうと関係ないじゃない」
その台詞を聞いてディエルは信じられないといった顔をラフィンに向け、ティエリアは嬉しそうに、ダインは意外そうにラフィンを見る。
「え…何? 何か変なこといった?」
視線に気付いたラフィンは不思議そうな顔を返してくる。
「いや…家柄や魔法力しか見てないって、まさにお前のことだと思ってたんだけど…」
とダインはいう。
「昔のラフィンそのものだったんだけど…何か変なもの食べた? 催眠系の魔法でもかかってるのかしら」
驚愕したままディエルが続くと、「ば、バカにしないでよ!」、ラフィンは顔を真っ赤にして反論した。
「分別ぐらいあるわよ! 就職や仕事の上では大事なことかも知れないと思っていただけで、そんな表面上のことだけで相手のことを判断したことなんて無いわよ!」
「程度が知れるとか、愚民がっていうのが口癖だったのに?」、と、ディエル。
「か、勝手に口癖にしないでよ! そんな台詞いったこと…す、少しだけある程度なんだから」
「あるんかい」
思わずダインが突っ込んでしまうが、「わ、若気の至りだから!」、といってきた。
「無理もない話よ」、ディエルはさらに続ける。
「大財閥の一人娘でエレンディアの証もあって? その上多方面で才能があるとなれば、自分は何でも出来ると思っちゃうわよね。自分と同じことが出来ない周りの人たちは愚かだと決め付け、会話すらしようとしなかった。初めてあなたと話をしたとき、あまりに典型的な高飛車お嬢様キャラで少し笑っちゃったわよ」
「だからキャラとか設定付けしないでったら!」
「でも事実でしょ? 聖セラフィエ学校時代も生徒会長をやっていて、随分偉そうに振舞っていたの、ずっと見てきたんだから」
「そ、それは…だらしないのが多すぎたから手当たり次第に注意していただけで…」
「あなた見てくれだけは良いから、注意されても話しかけてもらったって喜ぶマゾ生徒が多かったからそこまで疎まれてなかったようだけど、この学校でも通用するとは思わない方が良いわよ?」
「そんなつもりで注意していたわけじゃないわよ!」
そこでまた口論が始まった。
本当に、この二人は顔を合わせるたびに口ゲンカを始めている。
ダインは知り合ったときからラフィンとディエルのやり取りを見ていたのでもう慣れたものだった。いや、いまとなっては微笑ましくさえ思える。
暴露は、暴露するだけ相手のことを見てきたということなのだから。
だからダインにとって、二人の喧嘩は仲の良さをアピールしているようにしか見えなかったのだ。
「もうさっさとハグなりなんなりしちまえよ」
ダインの台詞に、「と、突然なに!?」、ラフィンは驚いたまま彼を見る。
当たり前だが、ラフィンもディエルもお互い仲が良いとは思ってないのだ。
「私、楽しいです!!」
笑顔でいたティエリアも突然そういった。彼女もダインと同じ感想を持っていたようだ。
「な、何故このやり取りが楽しいと…?」
ラフィンは困惑しっぱなしだ。みんな会話に夢中で、もう誰もモニターを見ていない。
「喧嘩するほど仲が良い、ということわざをどこかでお聞きしました」
満面の笑みでいたティエリアは続けた。「まさにいまのお二人はそれを体現なさっていると思うのです」
「い、いやいや〜先輩? その見方はどうかな〜って思いますよ?」
ディエルも表情に戸惑いを浮べている。
が、ティエリアは「ふふ」、と笑うだけだ。
「私、そういうのは良く分かる方だと自負しております。お二方は喧嘩しているように見えて、実はそれがコミュニケーショ…っ!?」
突然ティエリアの台詞が途切れる。
その小さな口はディエルの手で覆われていた。
「先輩はそのまま大人しく私を癒やしてくれていたらいいんです」
その先輩の口を塞ぎつつ、ディエルはいった。「余計なことを口走ったら、その度にもっともっと抱きつきますからね!」
ディエルはそのままティエリアの至る所に頬擦りし、手を這わせていく。
「ふ、ふふ、ふふふ…でぃ、ディエルさ…! そ、そんな…!! 待ってくださ…ふふ…!!」
くすぐったいのか、ティエリアは身をよじって笑い転げている。
そんなやりとりを眺めつつ、ラフィンはため息をついた。
「ま、全くもう、ディエルは昔のことばかり持ち出すから困ったものね。監視できないじゃない」
ラフィンはダインを見ていった。昔のことを暴露され、ダインの反応が気になっていたのだろう。
「でもあいつがいってるのは事実なんだろ? 昔があっていまがあるんだから、否定ばっかりはしない方がいいんじゃないか?」
笑顔のままいうダインに、ラフィンは「それは…そうかも知れないけど…」、口をもごもごさせた。
「高飛車だったのは昔で、いまはもう違うんだろ? だったらそれで良いじゃんか。素直に認めないから余計に突っ込んでくるんだし、自然のままが楽だぞ」
「だ、だって、ディエルのいい方が悪意あるから、変に誤解されたら嫌だし…」
誰に誤解されたら嫌かという主語が無いが、その視線はダインにちらちらと向けられている。
本当に可愛いやつだなと内心思いながら、「昔がどうだったかなんてのはあまり気にしないよ」、ダインはいった。
「というか、マシないまと比較できるから、聞いている身としては面白いぞ? なんだったらもっと聞いてみたいって思ってる。お前の過去」
「んなっ!?」
驚くラフィンだが、
「え!? いいの!? いっちゃって!!」
顔に喜色を浮かべながらディエルが身を乗り出してきた。
「よーし、モニターの中は平和っぽいし見てて退屈だから、ここは一つラフィンのこっぱずかしい過去の小話を…」
「ちょ…! だ、駄目よディエル!! 絶対駄目!!」
それだけは何としてでも阻止しようと、ラフィンは立ち上がる。
「ダインが聞きたいっていってるんだから、断る理由は無いじゃない」
「私が駄目っていってるの!」
「先輩だって聞きたいですよね?」
「はいっ!!」
「はい、多数決で続行が決まりました。じゃあまずは…」
ディエルが話し出そうとしたところで、
「それ以上暴露するんだったら、こっちだってあなたの恥ずかしい過去を暴露するわよ」
ラフィンは低い声でいった。
「クール系美女に憧れていたあなたは、私の真似をしようと…」
「はいストップストップ!! 超ストップ!!!!」
今度はディエルが大声で遮る。
冒頭部分だけでラフィンが何を暴露するのか分かったのか、ディエルは顔が真っ赤になっていた。
「止めましょう。これはどちらにとっても損にしかならない」
大真面目な顔で休戦を申し込むディエルに、同意見だったらしいラフィンも憤然としたまま椅子に座りなおす。
「俺としちゃ、どっちの話も得にしかならないんだけどな」
ニヤついたままダインがいうと、ディエルは赤くさせたまま睨んできた。
「ダイン。女には、知られたくない過去の一つや二つ、あるものなのよ」
「お前の反応見る限りだと、面白そうな匂いしかしないんだけど」
ダインは笑いながら、ディエルに抱っこされたままのティエリアを顎で指した。
「先輩だってかなり聞きたがっているぞ?」
彼女は背筋をピンと伸ばしお行儀良くディエルの足に座っていたが、その目はきらきらと輝いている。
体を包むバリアまで神々しく光っており、ラフィンとディエルの恥ずかしい過去話をいまかいまかと待ち望んでいるようだ。
「もー先輩、大人しくしててっていったじゃないですか!」
罰を執行するといい、ディエルはティエリアの体をまさぐり始める。
「そ、そんな、ディエルさ…ふふ…! ま、待ってくださ…ふふふ…! し、してました…! 大人しくしてました、のに…!!!」
「もう駄目で〜す!」
身をよじって抵抗するティエリアを無視して、ディエルはここぞとばかりにティエリアの全身をくすぐっていた。
その顔は未だに赤い。話を逸らせるいい切っ掛けが見つかったといわんばかりだ。
「ふふ、ふふふ…! も、もう、ディエルさん! これでは監視ができません!!」
我慢しきれなくなったのか、驚いたことにティエリアが反撃し始めた。
「きゃぁっ!? ちょ、せ、先輩!? あ、あはは、あはははは!!」
まさか大人しいティエリアが攻撃してくるとは思わなかったのか、ディエルは驚きつつもくすぐったさに笑い転げている。
そのままじゃれあっているゴッド族とデビ族。何とも微笑ましい光景だが、ラフィンはまた深くため息を吐いていた。
「こんなところ先生に見られてたら、絶対怒られるわよね…」
確かにみんな監視そっちのけだ。ティエリアは別にして、罰として監視役をさせられているということをディエルは覚えているのだろうか。
だがモニターの中は相変わらず平和だ。真剣に点数稼ぎしているパーティがいれば、呑気にモンスターと戦っているパーティもある。
休憩しそのままだべりだしているところもあるようだし、シンシアとニーニアペアはフロアに自分たちしかいないと見るや、モニター越しにダイン達に向けてピースサインしている。
午前とは打って変わって、午後の下克祭は平和でのんびりとしたものだった。
「ま、いいんじゃないか? 見たところトラブルは全くなさそうだし、午前は一応みんな頑張ったんだ。俺たちは下克祭で点数稼げないんだから、鬱憤晴らしとはいかないまでも、ここでぐらいは好きに遊ばせてもらおうぜ」
そう呑気な口調でダインがいうと、ラフィンは「まぁ、目の魔法でも監視はしてるからいいんだけど…」、と姿勢を正す。
相変わらず真面目すぎる彼女に向け、「たまにはお前もこんな息抜きが必要だ」、とダインがいった。
「普段門限ギリギリまで生徒会の仕事やってるんだしさ、こんなことぐらいで怒られやしないって。先生もそこまで徹底しなくていいっていってたんだしさ」
「そういってくれるのはありがたいんだけど…」
本当にこのままのんびりしていていいのか考えていると、「あの…」、とラフィンの隣から困惑したようなティエリアの声がした。
見ると、先ほどまでじゃれあっていた二人は大人しくなっていた。
ティエリアは相変わらずディエルの足の上に座らされたままだが、そのディエルが動かない。
ティエリアを抱きしめる腕に力が入ってないようで、そのまま首が折れたように頭を垂れていた。
「くぅ…くぅ…」
ショートの黒い髪に隠れて顔は見えないが、その口元からは明らかな寝息が聞こえていた。
ボケか何かかと思ったが、困惑するティエリアを見ているとどうも本当に寝てしまっているようだ。
「…おい、このタイミングでか?」
驚きつつダインがいうと、「やっぱり」、訳知り顔でラフィンが呟いた。
「血の力を使ったとき、その反動で急に動力が切れたように寝てしまうのよ、この子」
つまりそれほどエンド族の力というのは強力なものだったのだろう。
「今回は“落ちる”まで割りと持った方だから、昔よりは魔力が成長しているっていうことかしら」
「あ、あの、このままで大丈夫なのでしょうか?」
ティエリアの言葉に、「起こすのも忍びないので」、とラフィンが答える。
「急に寝ては急に起きるので、下克祭の終了までまだ時間がありますし、そのままでいさせましょう」
「は、はぁ…」
「職務怠慢ですけどね」
一言付け加えたラフィンだが、その表情は穏やかだ。
「勝手に暴れて勝手に倒れて。デビ族の人たちの行動には理解できない部分が多いけど、この子が一番分からない」
そういってラフィンはまた肩をすくめた。
「マジでよく見てるんだな、こいつのこと」
素直に感心してダインがいうが、ラフィンは再び顔を赤くさせ「そ、そんなことないわよ」、と否定した。
「たまには正直な気持ちを聞かせてくれよ」
ダインは笑う。
「ディエルは寝てるんだし、聞いているのは俺と先輩だけなんだからさ」
ラフィンは複雑そうな表情を浮かべただけで、特に反論しない。
「昔から心配してたんだな、ディエルのこと」
穏やかな口調で続けると、彼女は顔を赤くさせたまま首を左右に振った。
「ただ、目に付いただけよ」
否定の言葉かもしれないが、その口調はどこか優しい響きがある。
「服装はだらしないし、注意しても聞かないし、どれだけすごい家柄なのかとか財力とか、つまらない張り合いを押し付けてきたりして、始めからやたら突っかかってきてたのよ」
昔のことを思い出し迷惑そうな顔をするラフィンに向け、「それがディエルなりのコミュニケーションのとり方だったんだろうな」、ダインがいった。
「お前と知り合う前は有名すぎる家柄の関係で色々とあったみたいだし、幼年期はある意味屈折した学校生活を送ってきた。不器用で友達の作り方がわからなかったから、お前に妙な絡み方をしたんだろうよ。まして、エンジェ族なんてそれまで接点がなかったんだろうしさ」
ディエルの気持ちを代弁するようにダインがいうと、「そう、ね」、ラフィンは意外にも素直に認めた。
「私もディエルが初めて相対するデビ族だった。こんなにいい加減な種族なのって辟易としたことはあったけど、言動の裏にはちゃんとした理由があって、気持ちを込められている事も分かって、そんなに悪い奴じゃないっていうことも見えてきたけれど…」
そこでラフィンは気まずそうな表情を浮かべている。
「お前も似たようなもんだったってことか」
ダインは笑ったまま彼女が気まずそうにしている理由を先読みしていった。
「お前も昔は割と尖っていた。だからディエルの本心は見抜けたが、プライドが邪魔をして素直になれなかったってことか」
ラフィンは反応せず、ちらりとディエルに目を向ける。彼女が本当に眠っているのを確認してから、「ま、まぁ」、これまた素直に頷いた。
「でも基本的に、面白そうだからっていう理由で相手を困らせたりちょっかいをかけてくるから、プライド関係なく逐一注意してきたわ。ディエルにとっては自尊心を傷つけられたと感じたから、私に強く反発してきた。その繰り返しがいまにまで続いてきたのだと思う。ディエルだけじゃなくて、私から注意を受けた他の子達も、私のことは鬱陶しく思ってるでしょうね」
規律の強制に、枠をはみ出た素行の注意。手に負えない場合は先生や校長に報告することもある。
そのような立場上、生徒会長というものは嫌われ役が多い。
過去の体験からそう述べるラフィンだが、「いえ」、と首を振ったのは元生徒会長のティエリアだった。
「恐らく、ディエルさんもラフィンさんのお気持ちは分かっていらっしゃると思います」
ラフィンに笑いかけ、そのまま続ける。
「ラフィンさんは、在校生全ての方の名前と顔を覚えてらして、その方との細かな会話までも記憶している。注意なさるときも、どうして駄目なのか、相手が分かってくださるよう理由付けしておられました。注意した方のその後のことを気にかけてらしたり、様子を見に行かれることもありましたし、私の知りうる範囲では、ラフィンさんのことを疎ましく思っている方はおられませんでしたよ」
そこでラフィンの顔はみるみる赤くなっていく。
自分にも相手にも規律を求め、秩序を守ることが好きなエンジェ族。時には強く出てしまい、そこで衝突してしまうことも多くある。
正義感が強いというその性格上、思ったことをいってしまいがちで、小言や口出しをよくしてしまっている。そのため疎まれがちかと思いきや、いうほどエンジェ族を嫌っているものはそんなに多くはない。
それはその厳しさ以上に面倒見のよさがあったからだった。
口論した相手のことを気にしていたり、犯罪に手を染めそうになったら全力で阻止しにかかったり、本気で落ち込んでいたのを見たときには遊びに連れ出したり、叱りつけはするものの、それで終わらせることはしない。
だから注意された瞬間は萎縮するか反発する者はいるが、その優しさに惹かれて憧れを抱くものも少なくない。
ラフィンも例に漏れず面倒見のよさがあったのだ。一見プライドが高く気が強そうな見た目をしているが、厳しいだけじゃなく優しい言葉をかけることもあり、そのギャップにやられて彼女のファンになってしまった奴はこの学校にも多くいる。
ティエリアもそのことに気付いていたようで、だからディエルもきっと分かっているといったのだろう。
「生徒会選挙のときは色々とありましたが、ですがラフィンさんこそが相応しいと思ったからこそ、ディエルさんは結果を素直に受け入れたのだと思います」
「そう、でしょうか…」
ラフィンは微妙そうな表情だ。
「一緒に生徒会の仕事してるときは嫌味いうし茶化してくるし、邪魔ばかりしてきてるんですけど…」
「ふふ。それも、ディエルさんなりのコミュニケーションだったのでしょう」
そのティエリアの話は事実かもしれない。
でなければ、親に何をいわれようがとっくに生徒会を抜けていたはずなのだから。
「ディエルの行動を要約すると、仕事ばっかしてないでもっとこっちを構ってくれってことだな」
笑いながらダインがいうと、同じくティエリアも笑いながら「そうです」、と返した。
「ラフィンさんを見るディエルさんの目も、ディエルさんを見るラフィンさんの目も、言い争いは多いですがお互いから慈愛を感じますので」
「なるほど」
「あ、あの、そろそろ恥ずかしいんですが…」
ラフィンは限界が来たのか、真っ赤な顔を手で覆っている。
相変わらず打たれ弱いラフィンに笑いかけながら、ダインは「この際だからはっきり認めちまえよ。ディエルのことは憎からず思ってるって」、といった。
「じゃないと、いつまでもこうして外野が騒ぐぞ?」
「騒いでるのはあなただけじゃない。面白がってるようにしか見えないわ」
「そりゃ、うろたえてるお前って見てて面白いからな。可愛いし」
「かわ…っ!?」
思わず声を張り上げそうになったが、ディエルが寝ていることに気付き手を口で塞ぐ。
「も、もう、からかわないで」
赤い顔のままいってきた。
「いやからかってるつもりはないんだけどな」
そんな二人のやり取りを、ティエリアは嬉しそうな顔で見つめている。
ディエルは相変わらず寝息を上げ続けており、ラフィンは顔を赤くさせっぱなし。
午後からの下克祭は何とも平和で穏やかなもので、監視ルームもゆったりとした時間が過ぎ去っていくだけであった。




