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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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四十三節、予兆

それから数日後━━

その日始業のチャイムが鳴った頃には、学校のグラウンドには全生徒が集められていた。

学年、クラスごとに整列した生徒たちを壇上から一瞥していたグラハムは、マイクの前に立って声を発する。

「おはよう、諸君」

グラハムの声につられ、生徒達は大声で挨拶を返した。

元気のいい返事を聞き満足げに頷くグラハムは、再び生徒達に向けて「皆も知っての通り、明日は下克祭だ」、話を始める。

「心してかかって欲しい。下克祭の成績如何によっては君たちは一つ上のクラスに上がるか、降格になることもあるだろう」

どの生徒も、真剣な様子でグラハム校長の話に聞き入っている。

誰にとっても重要なイベントなのだ。クラスが変わるというのは、各々の今後の進路すら左右するということなのだから。

下克祭に対する心構え。その意義を唱え生徒たちの機運を上げたグラハムは、「先ほどもいったように降格も起こり得る」、やや口調を穏やかなものに戻して続けた。

「しかし例えそうなったとしても落胆はしないで欲しい。降格は、現時点での君達の実力であるということであるだけだ。降格したが、そこから這い上がった者はこれまでに何人も見てきた。降格は自身の弱点を見つめなおし、さらなる力を身に着けるきっかけを得られたと思って欲しい」

グラハムの言葉には実際に見てきたという重みがあり、生徒達は静かに耳を傾けている。

どのようなことになったとしても希望は捨てるな。そんな彼の言葉に、在校生たちは徐々に目を輝かせていった。

「いまの実力を知り、そこからさらなる活躍を見出せることを切に願う。この中から賢者と呼ぶに相応しい、聖魔導士が現れることを期待している」

そうグラハムが締めたところで、生徒達は雄叫びと共に腕を振り上げた。

みんな気合は十分なようで、みるからに体をうずうずさせている生徒もいる。早く始めてくれといわんばかりだ。

グラハムは壇上を降り、入れ替わりに現れたのは生徒会長のラフィンだった。

マイクの位置を口元に来るよう調整し、「今日は、明日行われる下克祭の最終リハーサルです」、説明を始めた。

「開始から終了までの全工程を行います。各々、実行委員からの指示に従って行動してください。ラビリンスに潜り実戦も行いますので、そこで本戦に臨むパーティを編成していただいて構いません。戦い方の指導は行いませんし基本的に自由にしていただいて結構ですが、リハーサルだということを念頭に置き、怪我や事故のないようにお願いいたします」

生徒達は早くもざわめきだしている。周囲を見回し、誰とパーティを組もうか考えているようだ。

上級生にとっては久々の、新入生にとっては初めての大規模な模擬戦だ。生徒達は浮き足立ったように活力を全身から溢れさせている。

気力ややる気に満ち溢れたグラウンド内だが、そもそも参加権の無いダインとディエルだけはつまらなさそうにラフィンの説明を聞いていた。



「はぁ〜、いいわねぇみんな楽しそうで」

先日と同じく監視ルームへと連れてこられたディエルは、早速不満を口にした。

「戦い方に制限はないようだし、暴れ放題じゃない」

モニターの中では早速模擬戦が行われていたようで、どの画面にも色とりどりの攻撃魔法が炸裂しているのが見える。

「まぁ遊びではないんだけどな」

モンスターと戦闘している生徒達は真剣な表情をしており、少しの油断もなさそうな立ち振る舞いだ。

学校の恒例行事として下克祭なるものが行われるのだが、生徒達にとってそれは単なる行事ではないのだろう。

まさに人生をかけて臨むべきイベントなのだ。

さらに上にのし上がるため、箔をつけるため、将来のためにと中には必死な形相でモンスターと対峙している生徒もいる。

とは言え、全ての生徒が死に物狂いで戦っているわけではなさそうだ。

別のモニターでは明らかにランクが下の弱いモンスターを相手に、適当な戦いぶりを見せている連中がいる。

始終だるそうな様子で、パーティメンバーと談笑して同じフロアをぐるぐる回っているだけだ。

皆が皆、明確な目的を持ってセブンリンクスに入学したわけではない。中には親に無理やり入学させられた奴もいるのだろう。

ディエルは参加したくても参加できないので、そんな適当に歩いている奴らを忌々しそうに見ていた。

「あんなつまらなさそうにしてる奴らこそ、監視役任せれば良いのにね」

確かにそれはもっともな話だろう。「だな」、とダインが返事したとき、別のモニターに顔を向けたディエルは「お」、と声を出す。

「あの子達頑張ってるわね」

ディエルの視線の先には、シンシアとニーニアの姿があった。

モニターの位置からして下層辺りのようで、彼女たちの前に立ちはだかるモンスターはそこそこ強そうだ。

ノマクラスとしてはとても太刀打ちできないモンスターだっただろう。しかしシンシアの聖剣によって敵は一撃で霧散し、ニーニアの攻撃アイテムによってまとめて氷で固められている。

二人は戦闘に於いても相性は抜群のようだった。攻撃だけではなく補助アイテムもニーニアは持っていたようで、エンチャントをかけられたシンシアが段違いの動きを見せている。

そんな彼女たちのもとに、やっとの思いで追いつけたのか、クラスメイトが声をかけていた。

顔ぶれから見るにパーティのお誘いだろう。しかしシンシアもニーニアも申し訳なさそうに頭を下げており、断っている。

そして別のフロアに行きモンスターを処理していると、そこでもまた別のクラスメイトからの熱烈な勧誘を受けていた。

「モテモテね、あの二人」

ディエルが可笑しそうにいう。

「実力を見りゃ当然だろ」

ダインは自分のことのように自慢げにいった。

「でもどうしてペアのままでいるんだろうな」

パーティは四人までなら組めるはずだが、シンシアとニーニアはペア以上のパーティを作ろうとしない。

効率や有利性を考えれば、人は多ければ多いほどいいはずなのだが…。

そう思ってるところで、「可能性にかけてるんでしょ」、ディエルがいった。

「可能性?」

「ええ。私とダインが下克祭に参加できる可能性」

「ん? いや、それはもう無理だってあいつ等も知ってるんじゃ…」

リハーサルですら参加できてないのに、可能性などゼロといってもいいはず。

そう言ったが、「それでもよ」、ディエルは彼女たちの気持ちを汲んでいってきた。

「ひょっとしたら明日解禁になるかも知れないって可能性よ。まぁ事前連絡もないしリハにも参加してない時点で私も無いとは思うけど、あの子達は健気にも待ってるらしいわ」

友達とそう話してるのを聞いた、というディエルの情報は本当なのだろう。

クラスメイトからの相次ぐ誘いを断り続けているのがその証拠だし、それにシンシア達なら可能性は無くてもダイン達を待っていそうだ。

「きっと明日本番でも、ペアのままでいくつもりでしょうね」

「あー、悪いことしちまったかなぁ」

残念がるダインに、ディエルも「ほんとよ」、パイプ椅子の背にもたれ、腕と足を組む。

「私たちがパーティを組んだら、きっとラビリンス最下層までいけたはずなのに。これまで誰一人として達成したことの無いラビリンス踏破は、放課後探検隊の最終目標といってもいいのに」

悔しがるディエルは、その原因ともなったラフィンのことに言及した。

「あんなバカエンジェなんか助けに行かなきゃ良かったわ。あいつ生徒会長だから、罰則緩いらしいし」

「なんで私たちだけがこんな狭いところに…」、文句がヒートアップしそうになったところで、

「悪かったわね」

そんな声が背後から聞こえた。

振り向くと、監視ルームに入ってきたのはそのラフィンだった。

「おお」、と声を出すダインとは反対に、ディエルは「うげ」、と露骨に嫌そうな表情を向ける。

「サボってるんじゃないかと思ってたんだけど、ちゃんと見ていたようね」

片手にノートサイズのボードを持っていたラフィンは、そのままダイン達の近くまでやってきた。

「何、監視の監視? 生徒会長様は何かと大変ね」

早速ディエルが毒づくが、ラフィンはさしたる反応を見せず、モニターに顔を向ける。

「機材が正常に動いてるか、チェックしに来たの。古い機材だからバグが多いようでね」

確かに沢山あるモニターは全てが稼動しているわけではない。中には映像が乱れてるものや、真っ暗で作動してないモニターもある。

ラフィンが持つボードには数字を当てられたモニター表があり、持っていたペンで故障箇所にチェックをつけていた。

「そんな雑用まで押し付けられて可哀想なこと。せっかく生徒会長になれたのに、地味な仕事ばかりね」

数日前携帯のデータを消された恨みなのか、ディエルはここぞとばかりに小言を並べ立てていく。

「学校の環境整備に生徒の服装チェック。私だったら投げ出してたわ」、彼女の舌鋒に、「生徒の活動を円滑にするのも生徒会長の務めよ」、冷静さを欠くことなく、ラフィンは模範的に答えた。

「どんな内容であれ、それが必要なことならかってでるべきよ」

「数ヶ月前までは手が汚れる雑用は嫌がってたくせによく言うわ」、ディエルの口撃は止まらない。

「あなたのわがままに、付き人たちは困り果ててるってよく聞いたものだけど」

過去の話まで持ち出されたことで、ボードに走らせていたペンの動きがぴたりと止まる。

一瞬表情にぐっと詰まったものが浮かんだが、「…昔の話でしょ。いまは違うの」、再び冷静さを取り戻した。

「果たしてそうかしら?」、ディエルは疑わしげな表情で続けた。「プールが欲しいと作らせては、出来上がったときには気分が変わったと取り壊させて、ある超高級ブランドの服を取り寄せさせては、これじゃないと職人を悩ませた。あなたは昔もいまもわがままなままよ。大財閥のお嬢様は、贅沢暮らしが染み付いてるんですもの。大変よねぇ?」

からかうようなその声色に、ラフィンが持つボードが震えだす。

その目が一瞬ダインの方に向けられ、目が合った瞬間顔を赤くさせた。目をカッと見開き、「でたらめよそんなもの!!」、我慢ならなかったのか、ディエルに体を向け噛み付いた。

「大体あなたの方がわがままだったじゃない! 新鮮な魚が食べたいって料理人に釣りに行かせたり、フェアリ族の合唱祭の特等席チケットが欲しいって言い出して転売騒動起こしたり!」

「そ、それはもっと昔の話でしょ! 似たようなことはもう起こしてないわよ!!」

ディエルもつい立ち上がってラフィンを睨みつける。

「この際だからいっておくけど!」、ラフィンはチェックボードを机に叩き付け、反撃に出る。

そこからはもう口論という名の暴露合戦だった。

ディエルもラフィンも火がついてしまったようで、次々と過去の失態を暴露してはどちらかを赤面させる。

取っ組み合い寸前の位置で激しく言い争い、ダインの頭上に何度も唾が飛んできた。

傍から見ればいますぐに止めるべき殺伐とした光景に見えるが、彼女たちの暴露話に静かに耳を傾けていたダインは、モニターに顔を向けながらも「はは」、笑い声を上げてしまう。

暴露の内容が幼稚化してきたからだ。食べ方が汚かっただの子供みたいなクセがあるだの聞けば、笑いを堪えきれるはずもない。

「笑ってる場合じゃないでしょダイン!」

ダインの笑い声が聞こえた彼女たちは、その矛先を彼に向けた。

「いいわ。どっちがわがままだったか、ダインに決めてもらいましょうよ」

そうディエルがいうと、ずっと暴露話を聞いていたダインにはその資格があると思ったのか、「望むところよ」、ラフィンはダインに体を向ける。

どちらも腕を組み同じような姿勢のまま、「どっち?」、声を重ねて訊いてきた。

ラフィンもディエルも、まるでモニターの中でいまも奮闘している生徒たちのように真剣な表情だ。

ダインに公平なジャッジを求め、彼の判決如何によってはさらなる攻撃材料にしようと彼女たちは意気込んでいる。

判断を迫られたダインは、「いやぁ…」、緊迫した空気とは場違いな、呑気な笑みを浮かべた。

「お前ら、相変わらず仲が良いな」

いった瞬間、「どこがよッ!!!」、再び声をそろえて激しい突っ込みが返ってきた。

「何を聞いたのよ、何を見てきたのよ、ちゃんと真面目に…!」

続くラフィンの台詞を笑顔のまま制し、ダインは「どっちもわがままだってことでいいんじゃね?」、といった。

「どっちの話も、俺には同じに聞こえるよ。お前らマジで贅沢な暮らししてたんだなぁ」

ダインも一応、代々エレイン村の村長を勤めるカールセン家の長男だ。

両親の努力によって村はそこそこ潤ってきたが、いくら村が潤沢になってもカールセン家の暮らしは豊かになるということはない。

村の儲けは、インフラの整備とサービスの充実に充てているジーグの方針だったのだ。貧困とまではいかないが、ダイン達カールセン家の暮らしはそこまで裕福なものではない。

食べ物は自家栽培の野菜類が多いし、着ている服だってサラや彼女の母の手作りだ。

高価な魔法家具もなく、ゲーム機のような娯楽もない。毎日の楽しみといえばガーデニングか風呂、最近ではルシラと遊ぶことぐらいだ。

ささやかな幸せを感じる程度の暮らししかしてないダインにとって、彼女たちの話は別次元のものに聞こえていた。

「俺も一度はそんな暮らししてみたいよ。つっても、お前ら見てるとそこまで充実したってもんでもなさそうだけどさ」

ウェルト家というブランドがあまりに強すぎて、いまだにクラスの中で浮いているラフィン。

人を疑うことから始めるディエルには、親友と呼べるものはいない。

どちらも金はあるし生活に不自由はしてないのだろう。だがそんな彼女たちでも、思うように学校生活は送れてないのだ。

「金を持ちすぎるのもあまり良くないのかもしれないな」

どちらがわがままかを聞いたのに、ダインの感想は全く別のものだった。

だが思うところが多々あったのか、ラフィンもディエルも言葉を詰まらせている。

このまま口論は尻すぼみで終わってしまうかと思われたが、

「わ、私、そこまでわがままじゃないんだから…」

絞り出すようにラフィンがいう。

彼女の視線はダインに向けられており、彼にだけは理解して欲しいという表情をしていた。

「分かってるよ」

ダインは笑いながら答えた。「昔はどうだったか知らないけど、いまはよく頑張ってると思うよ」

そこでホッとしたように息を吐くラフィンだが、「ちょっとダイン、あなたどっちの味方なのよ」、ディエルは面白くなさそうにしていた。

「始めはあんなにいがみ合ってたじゃない。急に肩入れしてどうしたのよ」

「いや、肩入れも何も事実だろ。毎日学校の門限近くまで生徒会の仕事してさ。俺には真似できねぇよ」

肩をすくめて見せたところ、「そ、そうよ。事実よ」、ラフィンは再び勢いづく。

「その点、あなたは副会長なのに、自分の仕事だけ終わらせてさっさと帰ってるものね。いまはあなたの方がわがままよ」

勝ち誇ったラフィンを見て反射的に反論しようとしたディエルだが、さっさと帰ってることは事実なだけに何も言い返せない。

徐々に劣勢になってきた。ディエルは悔しそうに表情を歪めていたが、「本当、大変そうよね」、口元にゆっくりと笑みを浮かべる。

「忙しくて他のことに手が回らなくて。そのせいで、ろくな友達もできてないようだし?」

「は?」

「私知ってるのよ? あなた、お昼はいつもどこかに行ってるわよね。一人寂しく食事とか、私は耐えられないわ」

どうやらディエルは口論のテーマを友人関係にシフトチェンジしたようだ。

「生徒会の仕事も大事だけど、自分の一度しかない学生生活を寂しいもので終わらせたくはないわね」

確かにディエルは表向きは友人が多い。浅い付き合いの奴らばかりだろうが、それでも彼女の周りはみんな笑顔だ。

反対にラフィンはいつも一人だ。クールな見た目も相まって、素の表情が怒っているように見えるため誰も近寄らない。

「ウェルトって名前が大きすぎるばかりに、あなたに近づく人はおらずこれまで友達と呼べるものはいなかった。そのおかげで勉強の成績だけは良かったかもしれないけど、羨ましくはないわよね」

痛いところを突かれたのか、今度はラフィンが唇を噛んでいる。

入学初日から生徒会長に立候補したのもあって、ラフィンは毎日生徒会の仕事に明け暮れている。責任感があるラフィンだけにその仕事振りは誰もが認めるところだが、その分プライベートな時間は無いに等しい。

対する副会長のディエルは生徒会の仕事は適当に済ませ、捻出した時間はクラブ活動や放課後の談笑に充てている。成績は悪いかもしれないが、彼女の方が笑顔でいるときは多い。

どちらが充実した学生生活を送れてるかで判断すれば、ラフィンの方が圧倒的に不利なのは考えなくても分かる。

「学生の本分は勉強よ。でも学校は友達を作れる最高の場ともいえるわ。あなたは一人寂しいまま二年、三年と過ごし、一人のまま卒業していくのでしょうね」

「ぐ…」

悔しそうな表情でディエルを睨みつけているラフィンだが、反論の糸口を探してるところでダインと目が合った。はっと気付いたような顔になり、「バカにしないで!」、威勢を取り戻したように再びディエルに顔を戻す。

「私はもう変わったの! 友達だってできたんだから!!」

「へぇ?」、ディエルは疑心たっぷりの目で訊いた。「そんな物好きな人、ほんとにいるの?」

「ここにいるわよ!」

ラフィンはダインを指差す。

「それにニーニアもシンシアも、ティエリア先輩ともお友達になれたんだから!」

「…ほんとなの?」、ディエルは珍しく驚いた顔をダインに向けた。

「ああ。まぁ流れでな」

ダインが認めたところで、ディエルはしばし固まってしまう。

そのまま、「誰も寄せ付けなかったラフィンにそんなこと言わせるなんて…」、と、小さく呟いたのが聞こえた。

ラフィンの変化にやや驚愕していたディエルだが、「その人たちなら、私も友達なんだけど」、すぐに余裕のある笑みをラフィンに向ける。

「私の方がもっと友達よ!」

よく分からない理論を振りかざすラフィンに、ディエルは「ハグだってできるんだから」、と絆の深さを表す。

ラフィンは、「わ、私だって…!」、いいかけたものの、ハグはしてないことを思い出し、「その、さ、されるわ。よく」、という。

このまま優勢になりそうだと思ったディエルは、「キスも余裕よ」、友人関係からはみ出した理論を展開した。

これにはさすがのラフィンも目を白黒させ、「き、キス!?」、固まっている。

だがすぐに劣勢を跳ね除けようと、「そ、そんなの私だって…!」、強がり始めた。

何となく先の展開が読めてきたダインは、「その辺でもういいだろ」、だったら証明してみせてよといいそうだったディエルを手で制する。

「どっちもお互いのこと思いやってるんだから、言い争うことなんか無いだろ」

ダインがいったところで、「は?」、とまた彼女たちは声を重ねてきた。

「副会長なのにさっさと帰ってるってラフィンはいってたが、ちゃんと仕事してることは認めてるんだろ? ディエルだってずっと一人だったラフィンのことを気にかけてたんだ。だからいがみ合う必要なんかないんだよ」

これまで見聞きしてきた事実のみを彼女たちに突きつけるダインだが、ラフィンもディエルも困惑した表情のまま簡単に認めようとはしない。

「これまでの言動で何となく見えてきたんだよ」、ダインはさらに続けた。「ガーゴの奴らが提出した、生徒会の再編成案にディエルが外されてたことにラフィンはキレてたし、ラフィンに文句の多いディエルは、文句が出るだけラフィンのことを見てきたってことなんだろ。もう分かってるんだよ」

「認め合ってることを認めたらどうだ?」、ダインがそう提案したものの、「あのねダイン」、ディエルはテーブルに手をつき、身を乗り出して諭すような口調でダインに詰め寄った。

「エンジェ族と私たちデビ族は種族レベルで相容れないの。取り締まる側と自由を好む側が仲良くなんてなれるはずがないじゃない。大昔に起こった種族間戦争の発端は、そのエンジェ族とデビ族の諍いがきっかけだったのは知ってるでしょ?」

確かにその話はダインも聞いたことがあった。論証はまだ確立されてないらしいが。

「大昔の話だろ?」、昔は昔だと、ダインは断じた。「種族間での友好関係は昔より確実に良くなってるんだし、皆が皆相容れないわけじゃない。エンジェ族の中にも不真面目な奴や、デビ族の中にも真面目な奴がいる。種族で線引きすることこそ、お前の最も嫌う選民思想そのものじゃねぇか」

「それは…そうだけど…」

言葉を詰まらせるディエルに、「種族っていうカテゴリに捉われすぎなんだよ」、ダインはさらに続けた。

「こうあるべきって思い込んでるだけなんだよ。そんな考えとっぱらったら、エンジェ族が〜とか、デビ族は〜なんて言葉は出てこないはずだ。種族レベルで仲が悪いと思い込んで、その通りにしてるだけに過ぎない。俺から見りゃ、ラフィンもディエルもいい奴なんだからさ」

正直に思ったことを伝えたところで、ラフィンとディエルは顔に赤みが差す。

「何の取り得も無い俺と友達になってくれた時点で、お前たちには人の良いところを見抜く力がある。優しい考え方を持っている。そんな二人なんだから、認め合うなんて簡単なことじゃないか」

そこまでダインがいっても、ラフィンもディエルも動かなかった。

すっかりしおらしくなってしまいお互いちらちらと視線を合わせるものの、納得は出来るが認めたくない、とどちらも表情に出ている。

ダインは薄く笑いつつ嘆息した。

「ここまでいっても嫌だっていうんなら、種族がどうこうじゃなく単に強がってるようにしか聞こえねぇよ。お前らどっちも気が強いからなぁ」

口喧嘩の末どっちが悪いかをダインに判断してもらったはずなのに、いつの間にか仲裁案を出されている。

ラフィンにもディエルにも予測しない展開だったのか、相変わらず彼女たちは固まったままだ。

「もうさっさと握手でもしろ」

笑いながらダインがいうが、それでも彼女たちは顔を真っ赤にさせたまま、ちらちらと相手の出方を窺っている。

どちらかが動けば、この長かった彼女たちのいがみ合いはようやく終焉を迎えるはず。

ダインにも平和が訪れるはずだった。

もう少しだ。そう期待したダインだが、この空気をぶち壊したのはやはり、

「な…な、流されないんだからね!!」

ディエルだった。

こういうときだけ空気の読めなさを発揮してしまい、「バーカバーカ、ラフィンのバーカ!!」、ラフィンに悪態をつきながら、生暖かい空気に耐え切れなくなったのか部屋を飛び出していく。

「なっ!? ちょ…ま、待ちなさいよ! 持ち場離れてどこ行くのよ!!」

ラフィンは慌てて追いかけていった。

「…子供かよ」

ダインは一人笑いながら、再びモニターに顔を向ける。

あの二人は昔からああだったのだ。ダインが何を言ったところで、そう簡単には変わらないのだろう。

とは言え、素直なところもある二人なのだ。いがみ合う二人が握手を交わすのも、そう遠くないことなのかもしれない。

簡単な仲直りの方法を考えながらモニターを見ていると、ふと奇妙なものが画面に映りこんだ。

「ん?」

そこに映っていたのは、一人の男子生徒だ。

何か魔法でも使っているのか、単独でダンジョン内を猛スピードで突き進んでいる。

沢山あるモニターに順番どおりに映し出されていき、ものすごい速さだというのが確認できた。

だがその男子と同じ画面に映っている他の生徒達は、すぐ背後を通りかかったのにその男子学生に気付く様子はない。

不可視系統の魔法でも使ってるのだろうかと思ったダインだが、ラビリンス内ではその系統の魔法は制限がかかっており使えないことを思い出した。

「こいつは…」

担任のクラフトに連絡すべきかどうか迷ったが、別にその生徒は何か悪さをしているわけではない。

それにいまはリハーサル中だし、危険性は感じられないのでわざわざ報告する必要も無いだろう。

だが今後問題が出てくる可能性もあるので、そいつの顔だけでも見ようかと目を動かした。

が、そう思ったときにはすでにその生徒は画面のどこにも映ってなかった。恐らく消えたのだろう。

一体奴は何がしたかったのか。

考えているところで、モニター内に別の動きがあったことに気付く。

ミーナだ。

単独でいた彼女は、大きなモンスター数体に囲まれている。

そのフロアにはミーナ以外誰もいない。またはぐれてしまったのだろうか。

疑問に思ったダインだが、隣のモニターを見て状況を瞬時に理解した。

そこにはミーナのクラスメイトと思しき女生徒が数人いた。

湧いたモンスターを魔法を使ってミーナのいるフロアに吹き飛ばしており、逃げ惑うミーナを見て意地悪そうに笑っている。

声は聞こえないが、かなり逼迫した状況だ。ダインは深くため息を吐いてしまった。

「ハイクラス五組ってのはバカしかいねぇのかよ…」

ラビリンスの異常より何より、このことこそ報告すべき問題じゃないだろうか。

そう思っているところで背後に気配がした。

そこに立っていたのはディエルだった。どうやらラフィンに捕まって戻されたようだが、ダインと同じモニターを見ていた彼女は険しい表情をしている。

その全身から怒りをたぎらせたディエルは、「ちょっと行ってくる」、踵を返す。

「行くってどこに?」、ダインがその背に声をかけると、「そのクラスの担任のところに」、彼女はそのまま監視ルームを出て行った。

「ハイクラスの五組か…」、担任は誰だったか記憶を辿るが、基本的に自分と関わりの無い人物のことは物覚えの悪いダインだったので、思い出すことは出来なかった。

担任が誰かは分からないが、重大な事故にも繋がるいじめ問題は、担任ならすぐに解決に乗り出してくれるだろう。

一瞬安心したダインであったが、ミーナのパーティと思しき奴らが彼女のピンチを救い、薄ら笑いを浮べている面々を見たところで考えが変わった。

ミーナへのいじめを指示した奴がいる。

政治家の親を持つそいつには誰も逆らえない。

ラフィンから聞いた情報を思い出したダインは、狡猾な首謀者ならクラス全体を牛耳っていてもおかしくないのではないかということに考えが至った。

いじめなど、知れ渡ったら容赦の無い社会的制裁が下される重大な事案だ。

親が政治家ならば、まず保身のために自ら動くようなことはしないだろう。実行犯を別に用意して、いじめている様を蚊帳の外から見て楽しんでいるはずだ。

それにこんな分かりやすいいじめなど、今回が初めてではないのだろう。教室でも休憩時間でも、授業中であっても彼女は虐げられてきたはずだ。

ミーナの皺だらけの制服がそれを物語っている。所々刺繍された跡もあった。

いじめを窺わせる証拠はミーナの全身に現れているはずだが、現状何も変わってないということは、恐らく担任ですらその首謀者の手中にあるのではないだろうか。

クラス全体で、担任ですら見て見ぬ振りを決め込んでいるのではないか。

ミーナがいるパーティを凝視しながら、映像の細かなところから情報を拾い上げていくダイン。

どんなヒントも見逃さないようにしつつ、真犯人である首謀者はどこにいるのだろうかと目を凝らしていると、いつの間にか部屋からチャイムの音が鳴り響いた。

惜しいがもう昼休みの時間だ。

胸のつっかえを抱えたまま教室に戻ると、同時にディエルも教室に戻ってきており、そのときの彼女はこれまでの悪戯っぽい笑顔とは全く違い、他者を寄せ付けないほどの怖い顔をしていた。

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