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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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四十節、浮かぶ輪郭

「ではダイン坊ちゃま、調査結果のご報告を始めてもよろしいでしょうか」

書斎に呼ばれるままやってきたダインに向けて、サラはダインの前に飲み物を置いて何かの資料を見せてくる。

いつもの報告会の時間だった。

ちなみに今日からジーグとシエスタはトルエルン大陸に向かっているため、またサラと二人で始めなければならない。

「調査結果?」

資料のトップページには教会のような建造物がプリントされている。

「レギリン教についてです」

どうやらその資料はレギリン教のパンフレットのようだ。

サラがちゃんと調べてくれたことに内心驚きつつ、「宗教、なんだよな?」、中を閲覧しながら尋ねるダインに、サラは「いえ」、と首を横に振る。

「名称に“教”とありますが、一応は研究機関のようです」

「研究機関…?」

「世界に散らばる謎を解明する機関。拠点はエティン大陸にあり、地元でテレビ局を持つほど大きな団体のようです。そちらではかなり有名なようでした」

「エティン大陸か…」

確かフェアリ族が統治しているところのはずだ。

“神秘の大陸”といわれているそこには、エレンディア関連の物品が多数出土されているらしく、活動拠点はそのエティン大陸なのではないかというのがもっぱらの噂だ。

大陸全土が神聖視されパワースポット化された結果、いくつかの宗教団体が大陸の一部を間借りし宗教活動を始めているらしい。

レギリン教もその中の一つだとサラはいった。

「エティン大陸の神秘性にあやかって立てられた組織。魔法技術の父と称される、研究者であり建立者でもあるレギリウス2世という方の名称をもじって、レギリン教と名づけられたそうです」

パンフレットの内容はすでに頭の中にインプットされたのか、サラは資料を見ずに紹介文をいった。

「現在はテレビ放送にも力を入れているようでして、局として多数のタレントを抱え、番組内容もバラエティやドラマ、アニメであったり、娯楽色の強いものが多いそうです。そのため人気も高く、株価も上昇の一途を辿っており、潤沢になった資金は研究費用に当てられているとか」

「至極真っ当な組織に聞こえるが…」

パンフレットを最後まで読み終えダインが感想をいうと、サラは「私も始めはそう思いましたが」、すっと、別の資料をダインに寄こしてきた。

それは何枚かの写真で、どれも地面に魔法陣のようなものが描かれてある。

「これが、レギリン教のもう一つの顔です」

「どういうことだ?」

「それらに描かれている魔法陣は、全て禁忌種を呼び寄せるためのものです。つまり使用が禁止されている魔法ということになりますね」

「禁忌? レギリン教が?」

「全ての関係者というわけではないのでしょうが、そちらが主な活動のようですよ」

そこでサラは声を潜める。「レギリン教は、邪教という裏の顔があるようなのです」

さらに数種類の写真と、文献のような分厚い本もダインに差し出してきた。

「エティン大陸で他の真っ当な宗教団体から得られた情報です。邪教というのはまことしやかに囁かれている程度のものですが、信憑性はあるかと」

「どんなタイプの邪教なんだ?」

「典型的なカルト教団の一つですよ」、サラは答えた。「多くの異なる種族があるからこそ争いが起きるという主張を持っています。多様性を排除し、一つの種族、一つの思想になれば争いも無く皆平等に過ごせると考えているようです。種族を減らすべきという過激的な思想も持っているようで、その手段としてそれら禁忌種の召喚の実験と、召喚したモンスターの操り方を研究しているようです」

「平和のために殺せってか」、ダインは憤った。「やろうとしていることが滅茶苦茶だな」

「同感です。しかし彼らは本気のようです。種族減らしのために禁忌種の召喚を繰り返している彼らですが、その最たるものが…その資料にあります」

サラが回り込んできて、分厚い本を捲る。

付箋でとめられていたページには魔法陣の絵があり、サラが新たに寄こした写真と酷似していた。

ある“災厄”が出現するときに浮かび上がってきたものだというそれは、ページの上部にその災厄の名称が書かれてある。

「…レギオス…」

呟いた瞬間、ダインの脳内で点と点が繋がったような気がした。

「…改革派のクラフト先生は、レギリン教について調べてみるよう俺に言ってきた」、ダインは腕を組む。「つまりガーゴと連中が関係してるってことをいいたかったんだろう」

「ですね」

「いつからかは分からないが、過激な思想を持つレギリン教と手を組んでいるっていうことは、お互いの組織にとって利点が合致…あるいは目標が重なったと考えるべきか」

「そのようです」、頷くサラは、再び本を捲り始め、あるページで止める。

「文献によると、七竜復活がレギオスを封印するバリアを破る鍵となっているようです」

その文献はかなり古いものらしく、黄色く変色したページに七竜の絵とレギオスの関係図が描かれてある。

「裏ルートを使い魔法の反作用装置のようなものをガーゴが作り出した、と仮定しますと、彼らが目下の目標として設定しているのは…」

「七竜を封印するバリアの破壊…そして復活か」

ダインが続きを言うと、サラは無言のまま頷いた。

奴らの狙いがようやく見えてきた。そのことにダインの目は細められるが、しかしまだ不明な部分は多い。

「可能なのか? こんなこと」、夕方ティエリアから聞いたことをそのままサラに伝えた。「七竜の封印はかなり強力なものだって聞いたぞ」

「ええ。確かに、創造神エレンディアの施したバリアは、この地上に存在するあらゆる力を受け付けないといわれております。いくら反作用装置を作り出したところで、それはこの世界で生み出されたものなのですから、どれだけ強力なものだったとしても効かないでしょう。反作用を促す力が、この世のものであれば、ですが」

サラの言わんとしてることが分かったダインは口を開く。「つまりこの世のものではないもの…特異な魔法力を用いれば、封印を破壊することも可能かもしれない、ということか」

「はい」、頷くサラは、ダインの危惧するところと同じことを考えていた。「狙いがルシラであることはもはや疑いようがありません。いつから、どのようにしてあの子の魔法力を認識できていたのかは分かりませんが、レギリン教は昔からレギオス復活の手段を探していたようです。その中でルシラの魔法力を検知し、利用できると考えた」

「どういうわけか、エル族にはルシラの力を感じ取ることが出来るらしいからな…見つけるのは案外簡単かもな」

ダインはそう話しつつ、別の疑念も沸き起こってきた。

「なぁ、まさかとは思うが、ルシラの魔法力が枯渇してるっていう原因は…」

「それは分かりかねますね」、サラはすぐに首を横に振った。

「ルシラ自身に謎が多すぎるので、いくらでも推察できてしまいます」

「だよな…」

「ですが、推察でしかないのですが、ルシラの魔法力が減っているのは彼らが関係しているように思えてなりませんね」

ルシラに関する謎はますます深まるばかりだが、しかし奴らの狙いが見えたのは大きな進歩だろう。

「ルシラをレギオス復活の道具にするっつーのは、ちょっと許せそうにねぇなぁ」

台詞以上に表情に怒りを浮べているダイン。

「同意です」、とサラも憤然とした様子で散らばった資料をまとめていく。

「ですが、向こうは未だにルシラが物であるか人であるかは計りかねている段階でしょう。対象が子供だと分かったときどう出てくるかは分かりませんが、計画が動き出している以上、それが何であれ利用する気でいるでしょうね」

かつて、ガーゴは世の発展のためという大義名分の下、様々な種族を秘密裏にさらい人体実験を繰り返していた。

いつだったかティエリアから聞いた話を思い出したダインは、眉間に皺を寄せる。

「何だってあいつ等はレギオス復活だなんて考えてるんだ? 邪教と噂されるレギリン教と手まで組んでさ」

もし世間に知れたら信用は失墜するだろう、と続けるダインに、サラは考えながら口を開く。

「レギリン教の最終目標は種族統一による平和実現ですが、ガーゴは別の目的があるように思えますね」

「別の目的、ねぇ…」

しばらく二人で考えてみたものの、まだ材料が少ないため答えにはたどり着けそうに無い。

とりあえず明確に邪魔してこない限りはルシラの居場所を突き止めることに専念しようという話になり、報告会は終了した。


寝室に戻ると、ダインの勉強机にルシラが座っていたのが見えた。

机の上には何冊もの教科書が広げられており、それを参照しつつサラが買い与えたらしい問題集を解いている。

彼女は集中するあまりこちらに気付いてない。

後ろに近づき覗き込んでみるが、その問題集はダインでも解くのに数分はかかりそうな難問だった。

ダインより頭のいい同学年ですらなかなか解けそうにない問題を、ルシラはすらすらと解いていっている。

鉛筆を走らせ答えを書き込む手に迷いは無く、考えたり思い出そうとしている素振りは一切無い。

まるで答えをそのまま丸写ししてるかのようなスピードだが、当然ルシラはカンニングなどしていない。

本当に確認作業みたいだな…。

そう思っていると、影に気付いたのかルシラが振り向く。

「わぁっ!? だいん!!」

彼女にとっては突然ダインが背後にいたものだから驚いたのだろう。椅子に座りながらも飛び上がっていた。

そのリアクションに笑いつつ、「頑張ってるところ悪いんだが、もう寝る時間だぞ?」、と声をかける。

「え、わ、ほんとだ!」

いつもなら彼女はとっくに寝てる時間のはずだ。

慌てたように教科書や問題集を閉じていく。

「寝よう、だいん!」

「ん、ああ…いや、でもすげぇな」

ダインは閉じた問題集を再び開き、中を見ていく。

訂正も無く書き込まれているその解答は、全て正解していた。

「お前マジで天才か…?」

思わずそういってしまったダインだが、ルシラに対し天才という言葉は正しくないかもしれない。

たとえ勉強の才能が天才的だったとしても、誰しも最初は何も知らないはずのだ。

知識というものは自動的に頭の中に入ってくるものではないし、どんな天才でもまずは知識を取り込むところから始めるはず。

にもかかわらず、ルシラの解き方はまるで本を読まずとも初めから知識が頭の中に入っているかのような解き方だ。

「なぁ、どこでこんな知識を手に入れたんだ?」

ダインは気になって聞いた。

「んーとね、うまくいえないんだけど、問題を見ていると答えが浮かび上がってくるんだよ」

「浮かび上がる?」

「うん。自分でもよく分からないんだけど…でも、けいさんとかはまだむずかしいよ」

確かに計算問題の方は手書きの計算式が多数乱立している。年長クラスの問題のようだが、なかなか手こずっているようだ。

だが彼女が苦手なのは計算問題ぐらいだ。他の教科の伸び方が桁違いで、このまま学者になりそうな勢いだ。

「すげぇな…」

再び驚愕の言葉を口にしていると、ルシラは嬉しそうに呟きだす。

「もう少し。もう少しで追いつくよ…」

「何にだ?」

尋ねるものの、隠したいことなのか椅子から飛び降りた。

「寝よう!」

両手を広げながらダインの腰にしがみついてくる。

「はいはい」

ダインは笑ってルシラを抱っこした。

ルシラの謎の知識量に年上説を提唱しているサラだが、ルシラの言動や思考は全て子供そのものだ。

食べ方は汚いしよく遊ぶし、用事があるというと嫌そうな顔をする。

規格外なルシラの能力や知識に、つい話を難しくしてしまいがちだが、ルシラの根本的な部分は可愛い子供でしかない。

甘えたがりな彼女なのだ。そこだけは、今後どうなろうとも変わらない気がする。

「んふー」、と満足げにダインにしがみついてくるルシラを抱えなおし、改めて気付いたことがあったダインは「ん?」、と声を出してしまった。

「どうしたの?」

「いや、またさらに成長したなってさ」

日に増して体重が増えているような気がする。身長が伸びているようだ。

「ほんと!?」

ルシラはすぐにダインから飛び降りて、部屋の隅まで走っていく。

そこには木の柱があり、デフォルメされた熊のシールが何箇所か貼られてある。

ルシラの成長の記録だった。彼女の身長に合わせた位置にシールを貼り付けていたのだが、前回よりも一段上の場所にシールを貼っている。

「伸びてるよ、だいん!」

「だろ?」

「こんどこそけっこんできる!?」

「いやいや、だからまだ早いって」

「むー!」

ルシラは不満げにしながらもダインの元へ戻り、両手を伸ばして抱っこをせがんでくる。

抱き上げた途端に彼女の表情は緩み、機嫌を直してくれたようだ。

「焦らなくていいんだよ。時間なんていくらでもあるんだから」

ルシラの急成長の原理は未だによく分からないが、成長していること自体は喜ばしいことだ。

少なくともルシラにとって、現状快方へ向かっているということなのだから。

しかし、それはそれで問題もある、とダインは考えた。

それはある意味彼自身の問題でもあっただろう。

ルシラが成長するということ。それはつまり、体が女の子らしくなってきたということ。

初めの頃よりルシラの体つきは丸みを帯びてきた。柔らかさも増したように思え、特に抱きついてきたときに感じるルシラの“ふにっとした”感触は、ダインをひどく思い悩ませていたのだ。

そんな彼の困惑に精神の幼いルシラが気付くはずも無く、体が成長しても相変わらず無邪気にダインにべったりしている。

胸板に頬擦りをしたり、後ろから抱きついたり、片時も離れようとせず成長途中の女体を彼に押し付けている。

いまはまだ大丈夫だろう。若干の戸惑いはあるものの、ルシラのいかにも子供らしい言動のおかげで、可愛さが先行して妙な気持ちなどは起こらない。

間違いは決して起こらないし、起こさせない自信もある。

それはこれまでに精神鍛錬に勤しんできたという自負がある故だったのだが、『いまのところは』、としかいえないのが情けないところだった。

断言は出来ないのだ。今後、ルシラがどう成長するか分からないから。

もし仮に、このままルシラの体がさらに成長してしまったら。

シンシアのような、モデルばりの女体に成長してしまったら。

その上で、思春期真っ只中なダインに押し付けてきたとしたら。

さすがにいくら鍛錬を積み鋼鉄の精神力を持っていたとしても、ルシラの可愛さも相まってひびの一つくらいは入ってしまうかもしれない。

綻びが広がり、やがて瓦解し、“間違い”を犯してしまうかもしれない。

衝動を抑え、吸魔の刺激すら耐え凌いできたダインとて、所詮は男なのだ。

日々の鍛錬以上に本能を刺激される毎日が続けば、そこに絶対はなくなってしまう。

悩ましい問題だった。

せめて間違いが起きないよう離れて寝てくれといっても、きっとルシラは聞き入れてはくれないだろう。

理由をいってもルシラは理解してくれないだろうし、理解したとしてもその上で一緒に寝てこようとするのは目に見えている。

ルシラは甘えたがりなのだから。ダインからの愛情を一番欲しているのだから。

だから、結局は耐えるしかないのだ。

しかしルシラの無知であるが故の誘惑に、果たしてどこまで耐え切れるだろうか。

「だいん、何か考えごと?」

間近でルシラが聞いてくる。

彼女のくりっとした目は、ダインをジッと見つめたまま離さない。

本当にルシラは可愛い。可愛いからこその悩みだろう、これは。

「そうだんに乗るよ?」

ルシラがそういってしまうほどに、ダインは思い悩んだ顔をしていたようだ。

「気持ちだけ受け取るよ」

ダインは笑っていい、電気を消しつつ一緒にベッドに潜り込む。

とりあえず今日だけは何も考えないようにして、ダインに抱かれ気持ち良さそうにするルシラと目を閉じた。

「だいすき…」、といういつもの彼女の台詞と共に、ダインも眠りに落ちていく。




「良いんだよ?」

突然、耳元からそんな声がした。

驚いて目を開けた瞬間、視界に広がる緑を見てダインはまた驚く。

そこは見知らぬ…いや、もはや見知った森の中だった。前方には成長したルシラがいる。

どうやらまたルシラの夢の中に入ってしまったらしい。

「好きなようにしてくれていいんだよ?」、笑顔のまま、彼女はいった。「大好きなダインになら、何をされても嬉しいだけだもん」

成長したといっても、その背丈は中等部ほどしかない彼女だが、その照れたような表情は女のそれに近い。

「また逢えたね!」

立ち尽くすダインの目の前までやってきて、ルシラは満面の笑みを向けてきた。

「あそこ、座ろうよ」

ルシラに手をつかまれ、そのまま近場に転がっていた岩石の上に座らされる。

今日はいつも以上にはっきりとした夢だった。周りの景色も、ルシラの顔もよく見える。

「んふふ、ダイン〜」

抱きつかれる感触も良く分かる。

ダインは思わず笑ってしまった。彼女の言動が、“元の”ルシラと変わりなかったからだ。

やっぱり外見が違うだけで、中身は子供のままなのだろうか。

「む、ちゃんと成長してるよ?」

ダインの考えが伝わったのか、ルシラは少しむっとした表情になる。

「見学頑張ってるし、観測も続けてるし」

何の見学で何の観測をしているのか分からないが、彼女は得意げだ。

しかし少しだけでも意思の疎通ができたことに、ダインは驚いてしまう。

ルシラも「そういえば」、と不思議そうな表情だ。

「ダインのおかげだね」、また笑顔になり、ダインの手を握り締めてくる。「ダインから沢山吸わせてもらったから、維持できるようになったよ」

それは良かったよ。ダインも笑い返し、元ネタの分からないルシラの鼻歌を聴きながら、ダインは改めて周囲を見回す。

辺りに広がるのは緑ばかりで、建造物らしきものはどこにもない。

頭上は青々とした空が見えており、そこでも遮蔽物や鳥が飛んでいる姿は無かった。

本当に不思議な場所だ。森の中なのに動物や虫の鳴き声すらなくて、風で木々がさわさわと揺れる音しか聞こえない。

まるで二人きりの世界にいるような非現実感があり、夢の中だからか浮遊感もある。

「うん、そうだね」、ダインの思考を読み取り、ルシラはいった。「ほんとの意味で、ダインは“ここ”にはいないから」

「こうして逢えることは逢えるけど、期限があるしなぁ」、そう話すルシラは寂しそうだ。

彼女の表情を見て、ダインはふと数日前に見た一人ぼっちで佇んでいたルシラの姿が浮かぶ。

あのときもいまと似たような景色だった。

ひとり岩石で座り込んでいたルシラは、俯き加減で寂しそうにしていたのだ。

周囲には誰もおらず、動物すらいなくて、孤独そのものだったルシラ。

ルシラが何者で、どういった理由で“ここ”にいるのかは分からない。

分からないが、寂しがる彼女はあまり見たくない。現実のルシラがずっと笑顔なだけに、余計にそう思う。

だからだった。ダインは自然と『会いたいな』と思ってしまったのだ。

「え?」、と、ルシラが驚いたようにダインを見上げる。

そんな彼女にダインは笑いかけ、再び「会いたいな」、と念じた。

「あ、逢いたい…?」、みるみるルシラの顔が赤くなっていった。「ほ、ほんとにそう、思って…る…?」

ああ。

「そ、そう、なんだ…わ、私も…」

どこに行けば会えるんだ?

「えと、それは…」、いいかけて、「あ!」、と声を上げる。

「ま、待って、来てくれるならお片付けしなきゃ…!」

そう彼女はいうが、周囲には緑があるだけで少しも散らかっているようには見えない。

「あ、ここじゃなくてね、えと…」

慌てたように、どう説明すれば分かってもらえるか考えている。

どんな仕草も表情も可愛くて、ダインはたまらず、慌てなくていい、と思いながら彼女を抱き寄せた。

「はふ…だ、ダイン…」

途端に力が抜けたようで、ダインに寄りかかってくる。

「あの…ごめんね、ダイン…」、彼に身を預けながら、彼女は謝った。「ここがどこだかは、ずっと動いているところだから説明できないの…」

そうなのか?

「うん。ちょっと特殊な場所だから…でも、“そっち”で一緒に寝てる私なら、きっと分かると思う」

あのルシラが居場所を知っている?

内心驚いたダインだが、しかし現実のルシラはどういうわけか外に出たがらない。

何かのっぴきならない事情があるのでは…。

その気持ちすら見透かしたルシラは、「そうだね」、どこか納得したように頷く。

「まだもう少しだけ時間が必要なのかも。苦しくて怖くなって、ここから出て行ってしまった“私”だから」

…大丈夫なのか?

「ふふ、うん、大丈夫。毎日すごい楽しそうだし、すごい嬉しそうだし、何よりダインと一緒にいられることがものすごく幸せそうなんだもの」

屈託無くそういわれ、ダインは照れたように笑ってしまう。

同じく笑いかけてくるルシラをさらに力を込めて抱きしめてしまい、それなら良かったよ、と彼女の頭を撫でてやる。

ルシラは再び力の抜けたような声を出し、体を震わせた。

「も、もう少し時間かかるかもしれないけど、こっちに来れたときは案内するね」

ああ。片付けも済ませといてくれよ?

「あはは。うん」

しばしダインに撫でられ心地良さそうにしていたルシラは、薄目を開ける。

「感謝しないとな…ダインにめぐり合わせてくれたこと」

ぽそりと、そう呟いた。

誰かから紹介でもされたのだろうか。考えていると、「そうだよ」、ダインの胸元から顔を上げ、いってきた。

「面白そうな子がいるってね、あの子…っていったら怒られるかもしれないけど、光の子から教えてもらったの」

光の子?

「昔からの知り合いでね、そのときはお互い干渉できなかったんだけど。きっかけはなんだったかな…」

記憶を辿らせるものの、思い出せなかったのか時間がもったいなかったのか、「とにかく感謝しかないよ」、また笑顔を向けてきた。

「これだけ優しいダインにめぐり合わせてくれて。ずっと私を嬉しくさせてくれて…」

ダインの腕に顔を寄せつつ、「ダインに恩返ししたいな」、といった。

「何か私に出来ることないかな?」

いや、いいよ。と笑顔で遠慮するダインに、「私がしたいから」、と考え込み始める。

「相手が喜んでくれるようなことが恩返しなる。ダインが喜んでくれるようなことは…」

だからいいって。

ダインの心の声を無視し、何か思いついたのかルシラは「あっ!」、と顔を上げた。

「そういえば聞いたよ。ダインって、女の子の胸が好きなんだよね?」

あまりに予想外な台詞だったので、ダインは口をあんぐりと開けてしまう。

「ママ…でいいんだよね。ダインのママから、小さい頃はずっと胸から離れなかったって聞いたよ。大きさも関係ないって」

まさかこのような場所でそのような暴露をされると思わなかったダインは、固まったまま反応出来ない。

「私のこんな体でも…いいよね?」

ダインから少し離れ、白いワンピース姿のまま、胸を強調するように背中を反らせる。

決して小さくは無かった膨らみが視界に飛び込み、ダインはまたどきりと胸を鳴らしてしまった。

「さっきもいったけど、ほんとに良いんだよ? ダインになら…」

ルシラが移動し、対面になるようにダインの足の上に座る。

これからルシラが何をしてくるかは、大体分かる。

平常時であればやんわりとはぐらかしているところだが、夢の中であるためかルシラのテリトリー内であるためか、思うように動けない。

これはまずいんじゃないだろうか…。

そう思ってる間にルシラはダインの両肩に手を置いた。

「私だってダインに触れたいし、感じたいし…え、エッチな子だって思わないでね? ダインが好きだから、なんだもん」

真っ赤なままいい、そのままルシラはダインを抱き寄せた。

また、彼女の胸に顔を埋めてしまった。極上の柔らかさと体温に顔面が包まれてしまい、同時に森の濃い匂いもする。

嗅いでいるだけで爽やかな気持ちになる匂いだが、ルシラに抱かれている感触で緊張してしまい、体はさらに硬直してしまった。

そんな彼をルシラは笑いながら見つめており、「可愛い…」、彼を抱く腕に力を込める。

「人型でよかった…」

そういいながらダインの頭を撫で続け、嬉しそうな笑い声を漏らしているルシラ。

「でも…少し、ずるいかも知れないね」、そのまま、ルシラは呟くようにいった。「シンシアちゃん達もダインにこうしたいはずなのに。私だけ抜け駆けしてるよね」

思いがけない人物の名があがり、ダインは見上げてしまう。

間近でルシラと視線がぶつかり、そんな彼にルシラはまた笑いかけた。

「私ももちろんシンシアちゃん達のことは知ってるよ? だって、ダインからもらった魔法力から感じるから」

「全部分かるよ」、微笑む彼女は、全てを見透かしたかのように透き通った目をしている。

「みんなどれだけお互いのことを思い合っているのか。どれだけ優しいのか。そしてどれだけ、ダインのことが好きなのか…ね?」

ダインは反応できず、どぎまぎしてしまう。

そんな彼に可笑しそうに笑ってみせたルシラだが、すぐに「あの子達の想いは、ほんとに強いから…」、ふと、ダインと同じように顔を赤くさせていく。

「可愛くて気持ちいいシンシアちゃん達の魔法力なんだけど、ダインに対する想いが強すぎて、だから私も色々とダインにやりたくなっちゃうんだよ?」

色々…って?

不思議そうにするダインに、相変わらず離れようとしないルシラは、「その…さしあたって…」、なにやらいいづらそうにしている。

ん〜っと、唇を押し出した。

「ちゅ…ちゅう…」

と、いう。

不思議そうにするダインに向け、「ひゅ、ヒューマ族とか、人型の一般的な、愛情表現…してみたいなって…」、視線を逸らしながらいってきた。

ちゅう…もしかしてキスのことだろうか。

ダインの考えが分かったルシラは、「そ、そう。キス」、もじもじさせながら、その視線がダインに向けられる。

「してみても、いい…? 抜け駆け、ついでに…」

…恐らく、ルシラはキスという愛情表現がどういうものか、興味があったのだろう。

“見学”と“観測”を頑張っているとルシラはいっていた。

“人型”とわざわざ言うぐらいなのだから、恐らく彼女は人類というものに興味を持っているということだ。

色々とヒントが出てきて頭の中がぐちゃぐちゃになってきたが、要は彼女は自分ともっと愛情を交わしたいと思っているのだろう。

その気持ちは光栄なことこの上ない。可愛らしいとしかいいようのないルシラに迫られて、嬉しくないはずは無い。

だが、「ちゅうしてみたい」、というルシラにいわれてダインが浮べたのは、はっきりとした動揺だった。

顔は真っ赤になり石像のように全身が固まる。

「あ、あれ? ヴァンプ族ではキスは駄目なこと、だった?」

明らかに別の反応を見せるダインに、ルシラは驚いた様子で聞いた。

ダインはヴァンプ族だが、姿形はヒューマ族と同じ人型だ。

容姿が似通っているため、その生活形態もヒューマ族と似たものになる。

だからというわけではないが、その考え方や倫理観も自然と似たようなものになる。

スキンシップや愛情表現も似ているが、しかしキスという行為そのものは、ヒューマ族のそれとは若干意味合いが違っていた。

それはヴァンプ族特有の性質に起因するものだった。

他種族を骨抜きにさせるほどの肌質は当然唇にも宿っており、唇だけは他の皮膚よりも性質が顕著に現れていたのだ。

強力すぎるが故に“第二の触手”といわれるほどで、場合によっては触れた瞬間に相手を崩れ落とさせるほどの感触を備えている。

触手より効率的に吸魔できるとして、大昔には積極的に用いられていたこともあった。そしてそのまま襲い掛かってしまうこともままあったのだ。

キスして相手が陥落する姿が、愛しく見えてしまっていたから。

いまはそういう“事故”を防ぐためキスの乱用は避けられるようになったのだが、しかしそういった経験則上、ヴァンプ族にとってキスという行為はいやらしいものだと直結してしまっていた。

サラからヴァンプ族としての義務教育を受けていたダインも同様で、キスはエッチなものなんだという認識があった。

恋人か、添い遂げる覚悟を持った人物にしかしてはいけないもの。

そう考えていたダインだからこそ、軽々しくキスなど出来るはずもない。ルシラに迫られたいま、体を硬直し反応できないでいたのだ。

キスの要求は、つまり性交渉に等しいこと。秘め事なのだ。

ダインはヴァンプ族としてのキスへの認識を強く念じ、ルシラに届けたはずだった。

しっかりとダインの“声”が届いたはずだが、彼女は、

「い、いったよ? 私はそうなってもいいって」

構わないといってのけた。

その表情から察するに、“こっち”のルシラは、エッチなことが何であるかを知っている。

顔を赤くしているため、行為の詳細も知っているはずだ。

その上で、ダインとそうなってもいいといっている。

「好きだから…大好きだもん…」

ダインを見つめる瞳は潤んでおり、顔だけでなく全身が紅潮しているように見える。

ぼぅっとした顔つきから、ダインのことが好きだというのは本心で、キスしたいというのは興味本位ではなく本能に近かったのだろう。

「ダイン…」

もはやここから先は聞く耳を持たないとばかりに、ルシラが顔を近づけてくる。

間近で見れば見るほどに可愛らしい顔が、ダインに迫ってきている。

ルシラの夢の中、理性というものを取っ払われた彼女のテリトリーの中では、あらゆる魔法を受け付けないダインであっても為す術が無かった。

瞳と同じように潤みきった、ピンク色の唇がさらに迫ってくる。

固まるダインの唇と、その距離がゼロになりそうなところで…、突然、視界が白みだした。

状況の変化に気付いたルシラは、「あ…」、と小さく声をあげる。

「あうぅ…また…タイミングがぁ…」

心底残念そうな声を出し、大きなため息と共にダインから少し離れた。

「次に逢えたときまでおあずけ、だね…」

どうやら夢の終わりが近づいてきたらしいが、せめて感触だけでもと、ルシラは再びダインを力いっぱい抱き寄せ、彼の顔面に胸を押し付ける。

「ダイン、待ってるね?」

上からそんな声が聞こえてきて、同時に視界はさらに白く染め上がっていった。

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