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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
4/240

四節、吸ったもんだ

「ディエルちゃんに投票すべきだよ!」

登校し教室に入ろうとしたところで、いつの間にか教室の入り口まで来ていたのかシンシアが詰め寄ってきた。

「ディエルちゃんは可愛いし優しいしかっこいいし…!」

「…とりあえず事情を説明してくれるか」

どうにかシンシアを落ち着かせ、自分の席に着こうとしたところで先客がいたのを見つけた。

「やほー☆」

こちらに笑顔で手を振っているのはディエルだ。昨日と同じようにダインの机に足を組みながら座っている。

その傍にニーニアがおり、やや困ったような表情でダインに挨拶してきた。

周囲のクラスメイトたちもざわついており、みんなそれぞれに学校に似つかわしくないものを持っている。

高価そうな手帳に分厚い辞書、マンガ本やブランド物っぽいバッグ、携帯ゲーム機まで。

「…これは何事なんだ?」

とりあえず席に着き、ニーニアに視線を向ける。

「な、何から話せば良いかな…とりあえず、朝来たときディエルちゃんが教室に沢山の物を持ってきててね」

「物?」

「昨日、みんなに欲しいものを聞いて回ってたのよ」

と、ディエル。

「なかなか数が多かったけど、みんなに回ったようで良かったわ」

「うんうん、さすがだよディエルちゃん!」

シンシアは満面の笑みで言ってくる。

欲しいものを手にしたクラスメイトたちも、ディエルにお礼を言いたいがために行列までできていた。

「いいのよいいのよ、私に投票さえしてくれれば〜。あ、先生に見つかったら大変だから、ちゃんとしまっておくのよ?」

そういってひらひらと手を振っている。

「シンシアちゃんは、ユニコーンの特大ぬいぐるみもらってたよね…」

ニーニアが言う。シンシアは大きく頷いた。

「ずっと欲しかったんだよ! でも高くて手が出せなくて」

「…なるほどな」

そこでようやくこの騒ぎが何なのか理解することができたダイン。

「つまり懐柔したってことか」

「まぁそうとも言うわね?」

「そうとしか言えねぇだろ。と言うか、よくこんな金あったな。他のクラスにも渡して回ってたんだろ?」

尋ねると、ディエルは不適に笑う。

「まぁそりゃ? スウェンディ家の財力はトップクラスに近いですし? その財力と使用人の行動力を駆使すれば、何のことはないわよ?」

…なんて奴だ。

「そういうの、賄賂って言うんだぞ。選挙や利権の絡むものだと罰せられる法律がある国もあるんだぞ」

ため息混じりに忠告するが、ディエルは問題ないとへらへらと笑う。

「この学校じゃそんな校則ないしねぇ? 欲しがってたからあげただけだし?」

クラスは全体が沸き立っている。「ディエル様万歳!」とまで叫びだしていた。

その様子を満足げに眺めるディエルは、ふと裏の顔を見せ始める。

「財力に物を言わせて懐柔…ふふ、この発想まさにデビ族的発想だわ…あの生真面目バカエンジェには絶対にできないことね…」

ダインはまたため息を吐いてしまう。

「お前が生徒会長になるのが一番やべぇ気がするわ…」

学校の校則や校風、何もかもが根こそぎ変革させられそうな気がする。

「要はあいつに勝てればいいの!」

と本心をひけらかしてから、ニーニアに体を向ける。

「さ、ニーニア。あなたにはまだ欲しいものを聞いてなかったわね。何が良い? 何でも言って良いわよ?」

ニーニアまで巻き込むつもりのようだ。

だが彼女は「ううん」と首を振った。

「欲しいものは、大体は自分で作れるから…」

「おっとさすがリステン家の子ね」

「でも」とニーニアが言ったところでディエルは「んん?」と耳を寄せる。

「と…友達なら、欲しい、かな…それは作れないから…」

何とも可愛いことを言う奴だ。

ディエルは笑顔になった。

「うんうん。じゃあ私が友達になってあげるわね」

「ほ、本当?」

「ええ本当」

ダインはすかさず「おい」と声を出す。

「そんな打算的な友達は本当の友達じゃねぇよ」

そう言うと、ディエルは「あはは」と笑った。

「うそうそ、選挙云々は別にして、友達になりましょ、ニーニア」

「う、うん。えへへ」

ニーニアは何とも嬉しそうだ。

騙されやすそうな彼女のことが一気に心配になった。

「はい、最後にダイン。何が良い? お金そのものでも良いけど?」

彼女の一連の振る舞いを見たダインは、内側で渦巻いてきた感情そのままを口にしようとする。

「あのさぁ…」

続けて言おうとしたところで学校のチャイムが鳴り響いた。

「おっと始業時間ね。みんな! はやくしまって! 先生に見つかったら大変よー!」

そのディエルの号令で、クラスメイト達は慌ててカバンや机の中にもらったプレゼントを隠していく。

「さ、シンシアも早く教室に行かないとね。途中まで一緒に行きましょ」

「うん!」

始終機嫌の良さそうなシンシアを連れ、ディエルは彼女と手を繋ぎながら教室を出て行った。

「お、お友達、増えた…良かった…」

ニーニアは嬉しそうだ。確かに友達が増えるのはいいことだ。だが…。

ダインは、友達になろうというディエルのあの軽々しい態度がやけに気がかりだった。







「お、おい、あの人ってまさか二年生じゃね…?」

昼になっていつものメンバーで昼食を食べようとしたとき、教室内からそんな誰かの声が聞こえてきた。

「え、なんでこんなクラスに…」

「体光って、どこかで見たこと…せ、生徒会長…!?」

ダインは他のクラスメイトと同じように教室の入り口に目を向ける。

そこでは先輩とは思えないほどの小さな人物が、教室の前を行ったり来たりしていた。

手にはハンカチに包まれた小さな弁当箱。

「どうしたのかな?」

シンシアとニーニアはまだ事態を飲み込めてない。

弁当箱を開けようとする彼女達を一旦制止させ、ドアの前でおどおどしているティエリア先輩の元へ向かった。

引っ込み思案で知らない人がいたら逃げるとまで言っていた彼女だ。ここへ来るまでに相当な勇気を要したはずだ。

早く安心させてやろうと、俯き加減で周囲を見回しダインを探しているであろう先輩に声をかける。

「先輩」

「へぇっ!? あ、あ…! だ、ダインさん!」

目の前まで来たのに、声をかけた瞬間にびっくりした様子でこちらを見上げた。

「あ、あああの、その、え、えと、お、お友達…なので、お、お友達なので…その…」

先輩が何を言いたいのか分かっていたダインは笑いながら頷き、未だ不思議そうにこちらを見ていたシンシアとニーニアを手招きして呼んだ。

「あんまり人目のつかなさそうなところに行こうぜ」

察しの良い2人はすぐにダインの意図を理解し、4人で教室を出る。

人気のなさそうな場所を探した結果、日陰になった体育館裏が誰もいなさそうだったのでそこで食べることにした。



「は、初め、まして…ティ、ティエリア・ジャスティグと言います…」

弁当を食べ始める前に、まずは自己紹介だと先輩がシンシアとニーニアに頭を上げてくる。

「あはは。初めましてじゃないですよ」

シンシアが笑って言った。

「入学式のとき会ってますよ。ダイン君の隣に私たちいましたよ?」

「え、あ、あ…あ!? あ、あのときの方々でした!! そ、その節はどうも…」

本当に誰に対しても礼儀正しい先輩だ。

ダインは思わず笑いをこぼしてしまった。

「先輩とは昨日友達になったんだ」

ティエリアがどうして昼食を一緒に摂りに来たのか、シンシア達にその事情を簡単に説明する。

「はぇ〜…ギガクラスでゴッド族で、しかも先輩なのに友達って…想像つかないことやるなぁダイン君は…」

シンシアはしきりに驚いているが、ダインは笑いながら「まぁ成り行きで」と言った。

「でもよく後輩のクラスに来れましたね?」

ティエリアの性格を知った上でダインが尋ねると、彼女は顔を赤くさせて俯いてしまう。

「お、お友達と、一緒にお昼ご飯を食べるの…ゆ、夢でしたから…」

緊張を耐えてでも、友達と一緒にお昼という夢を実現したかったらしい。

「私たちでよければいつでも付き合いますよ」

「ね?」とニーニアに笑いかけるシンシア。ニーニアも大きく頷いていた。

「じゃあこれから昼はここに集合することにするか。毎回先輩に教室に来てもらうのも気が引けるし、俺らから先輩のとこに行くのも目立つだろうしさ」

「そうだね」

笑顔のシンシアに、ティエリアは「い、良いのですか?」と少し驚いている。

「お手数をおかけしてしまうのでは…」

「いや、昼は教室の外がいいなと思ってたんだよ。シンシアもクラス違うから、教室の中でも目立っててさ」

とそこまで言って、シンシア達のことをまだ先輩に紹介してなかったことに気付く。

「こっちも自己紹介した方がいいんじゃねぇか?」

「あ、そうだね」

シンシアとニーニアは手短に先輩に名前と種族を名乗る。

「こ、これはどうもご丁寧に…」

ティエリアが頭を下げる。

「ああ、ぎ、ギガクラスの方にそんな…」

ニーニアは恐縮しながら頭を下げ返していた。

そのやりとりを満足げに眺めつつ、ダインは言う。

「うん、じゃあこいつらとも先輩は友達だな」

「へぇ!?」

ティエリアは素っ頓狂な声と共にこちらを見た。

「そ、そのような…い、良いのですか?」

「はい、よろしくお願いします」

シンシアが元気に先輩に頭を下げる。

ニーニアもそれに習って同じ動きをした。

先輩は喜んでくれるかと思いきや、赤い顔をさらに真っ赤にさせて瞬きする。

まるで眩暈でも起こしたかのように上半身が揺れた。

「こ、これまで誰一人といなかったのに…い、一度にお二人も…」

どうやら急な友達の増加に戸惑っているようだ。

いちいちオーバーなリアクションをする先輩に、ダインの笑いは止まらない。

やっぱり可愛い人だ。

こんな面白い人にどうしてこれまで友達がいなかったのか不思議だったが、人見知りな性格の上にゴッド族という誰もが一目置いてしまう種族も相まって、近寄りがたい存在だったのだろう

せっかく他種族がいるセブンリンクスに入学したのに、無為な一年を過ごしていたのかもしれない。

俺たちとの縁が出来たことで、先輩の学校生活が少しでも華やかになれば…。

そんな思いを込めつつ、ダインは「早く食べようぜ」と自分の弁当箱を開けた。

「昼休み終わっちまうよ」そんな彼に急かされるように、彼女たちもそれぞれ弁当箱を開けて食べ始める。

二年生の授業内容やギガクラスはどんなものなのか、興味の赴くまま会話をしていたが、やがて話題は生徒会選挙のことに切り替わっていった。

「投票はいつになるんだ?」

「あ、ら、来週の頭…ですね」

「来週?」

ダインは思わず目を見開いてしまう。今日は週末だ。明日から二日間の休みがあり、そこから来週になる。

つまり選挙が決まって実質今日しか期間がない。

「え、早いですね?」

シンシアも驚いていた。「選挙なんて今朝聞いたばかりなのに」そう続ける。

「来週は部活動関係の会議や近々行われるイベントの準備などがありまして、交代するならできるだけ早い時期がいいだろうと校長先生が仰られまして…」

確かに選挙結果はまだ分からないが、交代するとすればまだ入学したてといってもいい一年生だ。

生徒会の仕事なんて何も知るわけがないし、一週間かそこらで覚えきれるはずもない。

覚えるのなら早い方が良いというのはその通りだ。

「ですので、生徒の方々には考える猶予がなくて申し訳ないのですが、半ばイメージだけでも良いので投票していただければ…」

「い、イメージ、ですか…」

ニーニアが考え込んでいる。

何となくだが、彼女はディエルのことを考えているように見えた。

「選挙活動とかしなくていいんだな。演説とかさ」

「と、ととととんでもありません!!」

突然先輩が大きく首を振る。

「え、演説なんて、そんな…ほ、本当に、倒れてしまいます…」

確かに先輩には絶対にできないだろう。

そもそも辞退したがっているのだから、演説なんてやる意味がない。

「まぁ仮にやったとして、万が一にでも続投になる可能性もあるからなぁ」

「そ、そのはずはありませんよ。入学式のときに、ラフィンさんによろしくお願いしますと言いましたし」

どこか楽観した様子で先輩は言う。どうも彼女は自分にどれほどの人気があるのか分かってないようだ。

先輩に友達がいなかったというのは嘘ではないのだろう。だが、その可愛らしい見た目とゴッド族という圧倒的なブランド力から、先輩に憧れを抱く生徒は相当数いるのだ。

交代劇の話は未だに後を引いてるし、先輩が良いという話も聞かない日はない。

演説や選挙活動などしなくても、生徒会長の選任方法に選挙が選ばれた時点で、先輩が生徒会長を続投する可能性は出てきてしまった。

そう言おうと思ったが、先輩が現実を知っても慌てるか暗くなるだけだと思いダインは口をつぐむ。

「う〜ん、誰にしようかなぁ」

玉子焼きを口にしながらシンシアが青空を見上げる。

「あれ、ディエルじゃないのか?」

賄賂をもらっておきながら、と続けようとしたが先輩に聞かれるのはまずいと思い言わなかった。

「ん〜、ディエルちゃんは学校を良くしようとして生徒会長に立候補したように見えなかったからねぇ…」

欲しかったぬいぐるみをプレゼントされて完全に目が曇ったかと思ってたのに、案外シンシアはまともだ。

「い、良いの? シンシアちゃん、ディエルちゃんからプレゼント…」

ニーニアが口を滑らせてしまった。

当事者が真横にいるのに気付き「しまった」という顔をするが、シンシアはさして気にしない様子でこう言った。

「返したよ」

意外な台詞に、ニーニアもダインも弁当を食べる手を止めシンシアの顔を見てしまう。

彼女は驚く2人に笑いかけた。

「最初は嬉しかったけど、後になってこれはちょっと違うんじゃないかなって。投票だけじゃなく、他にも色々要求されたらどうしようとか」

ディエルとはまだそんなに話してない。

昨日初めて知り合った仲なので、そんな奴からいきなり高額なプレゼントは確かにある意味で怖いことだ。

「私の地域には、『タダより高いものはない』っていうことわざもあるし、だから返したよ」

少し残念そうな彼女だが、次に見せたのは箸を握った手で拳を作り、気合を入れる姿だ。

「ほんとに欲しいものは自分で買うしね! お手伝い頑張れば手が届きそうだし」

ダインはほっとした顔で食べ終えた弁当の箱を閉じる。「そうか」

「見た感じ簡単そうな作りだったから、私作れるかも…」

と、ニーニア。

「え、ほんと!?」

シンシアが詰め寄る。

「う、うん。工房に素材があれば、だけど…」

「私揃えるよ! リストアップしてくれればすぐにでも!」

「あ、じゃあちょっと待っててね。素材の在庫見てから、改めてリストアップしてくるよ」

「お願い!」

必死なシンシアの姿に、ダインはまた笑ってしまった。

ティエリアは始終きょとんとしている。話の展開が見えてないのだろう。

正直に話してみるか。

そう思い先輩に朝のことを言おうと思ったが、視界の端にその張本人の姿が映った。

ダイン達の反対側。木立を挟んだ向こう側の闘技場外壁に、ディエルが座り込んでいる。

彼女の近くには女生徒がおり、ディエルに頭を下げて走り去っていく。

呆然としたようにも見えるディエルの周囲には、箱や袋に包まれた沢山の物があった。

「…シンシア。朝のこと、先輩に説明しといてくれ」

「ふぇ?」

「ちょっと席外すな」

そう彼女たちに伝え、ダインは草むらをかき分けディエルの元へ向かう。

「よう」

彼女の前まで行き声をかけるが、呆然とした視線がこちらに向けられただけで返事がない。

「それ、新しいプレゼント…じゃなさそうだな」

明らかに開封した形跡のある箱や紙袋がある。数はそんなに多くないが、少なくもない。

「…返された…」

信じられないといった表情で、ようやく口を開く。

「あの時はみんなあんなに喜んでいたのに…」

「そりゃそうだろ」ダインは言った。

「初めてに近い相手から突然高価なプレゼントもらったら、あとでどんな要求があるんだって怖くなるのが普通だ」

「投票してくれるだけでいいのに…」

「それだけで済むのかって疑う奴もいたんだろ。本当にお前にその気がなくてもさ。お互いまだよく知り合ってないわけなんだし」

ディエルは眉間に皺を寄せ、少し不服そうな顔をしている。

「今までこれで大体なんとかなってたのに…」

懐柔は得意技だったと言ってのけるディエルに、ダインは呆れたように首を振る。

「デビ族の中じゃそうだったのかも知れねぇけど、ここは環境が違うからな。どこでも通用するとは思わない方がいいんじゃねぇか?」

そう言いつつも、まともな奴が学校の中にいたことに少し安堵するダイン。

「勝ちに拘るのもいいけどさ、何より公平性を重視する選挙でプレゼントはさすがにまずいだろ」

「そう…かしら…」

残念そうに息を吐き、携帯を取り出しどこかと連絡を取る。

「ええ。返品しといて」

短く言って電話を切った。どうやらスウェンディ家の使いの誰かを呼んだのだろう。

「はぁ…分かったわよ。実力で勝負するわよ」

「それで良いんじゃね? つっても、ラフィンに勝ちたいためだけの選挙なら分が悪いと思うが」

「悪い?」

「プレゼントを配り歩いたことでもあらぬ噂が立っちまってるかも知れねぇし、ほぼ期間のないイメージだけの投票だからさらに不利だろうしな」

不安材料を並べ立てていくと、ディエルは頬を膨らませ不満げな表情になっていく。

「分かってるわよそんなこと。デビ族が生徒会長なんて様にならないしね。いい加減でだらしないってイメージはどこに行っても同じね」

これまでのデビ族に対する扱いを見聞きしてきたのか体験談なのか、ディエルは諦めに似たため息を吐く。

「どうせあなたもそうなんでしょ? 私がデビ族だから、生徒会長にはふさわしくないって思ってるんでしょ?」

投げやり気味に言う彼女を、ダインはまっすぐ見返しながら言った。「いやデビ族がとか、そんな話してねぇよ」

「え?」

「お前の行動がまずいんじゃねってことを言ってんだよ俺は。もっと考えて行動してりゃラフィンにも先輩にも勝てたかもしれねぇよ」

それから彼は持論を言う。

「確かにデビ族は地位も名誉もあるエル族やエンジェ族から下に見られてることは否めない。他の大陸で色々見てきた。だがここは他種族が通う一つの学校だ。プライドの高い生徒の中にはデビ族自体をバカにしてる奴もいるだろう。だが同じ学校の生徒って枠組みで見りゃ、種族なんてさしたる問題じゃねぇよ」

返されたプレゼントを見回し、再びディエルを見る。

「ディエル。お前の行動がまずかったんだよ。投票して欲しかったんなら物を配るんじゃなく、そいつと良く話すべきだった。お前のことを良く知ってもらうべきだったと思うね俺は」

言ってから、矛盾点に気付いたダインは頭をかく。

「まぁ今回は期間が今日しかないわけだから、それは難しいけどさ…とにかくさ、良く話してほしかったよ。ニーニアのこともそうだけど」

「…ニーニア?」

意外な名前が挙げられたと思ったようで、ディエルが顔を上げる。

「あいつさ、人付き合いとかあんましてこなかったらしいんだよ。この学校に入学したときは不安で仕方なかったらしい。だから友達ができるのが、すげぇ嬉しいんだよ。嬉しそうなあいつを見てる俺も嬉しくなる」

ダインは膝を曲げ、ディエルと目線を同じにした。

顔の前で右手を垂直にし、謝りのポーズで頭を下げる。

「だから、打算的なものを求めてニーニアと友達になろうとするなら、止めてくれな」

ディエルから返事はない。きょとんとした顔なので、何を言ってるのか分かってないかもしれない。

だがダインは続けた。

「見返りを求めて友達になるもんじゃない。そういうのは後で絶対に後悔することになる」

それが、今朝軽々しくニーニアと友達になろうと言ってきたディエルに言いたかった事だった。

「お前人当たりは良いんだし、会話とか得意だろ。こんなことしなくても楽に勝てたかも知れねぇのにさ」

そういって立ち上がる。

「それだけだ。んじゃな」

ダインは再びシンシア達の元へ戻っていく。

彼の後姿を見ていたディエルは、ふと眉を寄せ表情を不満げなものに変えた。

「何よ…何も知らないくせに…」

そう呟く声は低く、少し怒っているようにも見える。

その姿が彼女の“本来”の姿であるということに、そのときのダインはまだ気付かなかった。







ティエリアが言っていた通り、選挙は休みを挟んだ週明けに行われた。

朝礼の前に投票用紙を渡され、体育館の壇上に用意された木箱にその用紙を入れる。

自動で中を読み取るギミックを施された木箱によって、開票を待たずとも最後の投票が終わった瞬間に得票数がバックモニターに表示された。

結果は誰もが予想していた通りだった。

得票数44票のディエルは最下位で、得票数249票のティエリアも落選。

得票数355票という100票以上の差をつけたラフィンが見事生徒会長に選ばれた。

無記名や名前違いなど無効票がいくつかあったものの、それらを加算してもラフィンには届かない。

「では新しく生徒会長を務めることになったラフィン・ウェルト。こちらへ」

拍手の中ラフィンは壇上へ上り、生徒たちに体を向け一礼する。

「まだ入学間もない私ですが、この学校をより良いものにするため尽力させていただきます」

その表情は凛としており、緊張や不安げな様子は微塵も感じられない。

先輩連中を前にしても堂々たる振る舞いだ。

“生徒会長に相応しい”というのは、校長先生からの賛辞に表情一つ変えることなく礼をする彼女を見ただけで、その場にいる生徒全員の心に刻み付けられた。

「では次に生徒会役員の人事案を提案させていただこう」

ヒューマ族の男性教師が校長先生からマイクを受け取り、メモを読み上げる。

「特に生徒会長からの要望がなければ、教職員側で厳選した生徒を振り分けるのがこの学校の通例になっている。君はまだ一年生で入学したばかりだ。なのでその通例が人事の決定事項としたいのだが、それでよろしいか?」

男性教師の言葉に、ラフィンは「はい」と頷く。

「では発表する。下から順にクラスと名前を読み上げるので、呼ばれたものは壇上へ来るように」

男性教師は手にしていたファイルを開き、役職名にクラスと名前を読み上げ始めた。

「まずは庶務。2年メガクラス1組、ウォート・ジェイル」

「はい!」

名前を呼ばれたヒューマ族の男子生徒は、手を挙げながら返事をし、緊張した面持ちで壇上へ上がる。

「次に会計。2年メガクラス3組、セレス・アナスタ」

「はーい!」

次に呼ばれたのは子供以上に小さな女…フェアリ族の女生徒だ。

空中に飛んだままの彼女だが、一応といった様子でラフィンたちが歩んだルートを通って壇上に移動する。

「そして書記は、2年ハイクラス2組、ユーテリア・アライン」

名前を呼ばれた生徒の返事が来る前に、一部女子生徒連中からわっと歓声が沸き起こる。

手が上がった方向を見ると、長い髪を後ろでまとめたエル族と思しき男子生徒がゆっくりとした足取りで壇上に上っていくのが見えた。

「ユーテリア様〜!」

先輩連中の一団から黄色い声がする。

呼ばれた男子生徒が笑顔と共に手を振ると、また女子生徒達から歓声が沸き起こった。

「あー静かに。まだ終わっとらん」

そう注意しつつ、先生はファイルを読み上げる。

「では最後に、生徒会副会長…」

ふと、ダインの視界の中にディエルの姿が見えた。いかにもつまらなさそうに壇上を見ていた彼女。

その表情から、ディエル自身も結果が見えていたのだろうというのが伺える。

まぁ昨日の今日じゃな…。

ダインがディエルの心情を察していたそのとき、突然ディエルのつまらなさそうな表情が一変し、目が大きく開かれ驚愕の表情に変わった。

「1年メガクラス2組、ディエル・スウェンディ」

名前を呼ばれたからだ。

遠目からでも、彼女が「は?」という声を出したのが分かる。

「どうした。ディエル・スウェンディ」

返事がないので先生はもう一度名前を呼ぶ。

渦中のディエルは周囲を見回している。

「呼ばれてるぞ」クラスメイトの誰かに言われたのか、ディエルは困惑したまま「は…はい」と手を挙げた。

「こちらへ」

男性教師に言われるがまま、おずおずと壇上への階段を上る。

周囲からはぱらぱらと拍手が鳴っていた。友達だろうか。

「君はこっちだ」

そう先生に案内されたのは、ラフィンの真横だ。ディエルは「げ」と表情を歪めている。

先ほどまで凛とした表情で少しも動じなかったはずのラフィンも、顔を引きつらせているのが分かった。

「以上が生徒会役員のメンバーだ。一年生も混じっているが、困ったことがあれば必ずやこの者達が力になってくれるはずだ」

先生が締める。また拍手が鳴り響き、校長先生が祝福と応援の言葉を述べ始めた。

「す、すごいね。ディエルちゃん、副会長になったよ」

ダインの傍にいたニーニアが言ってくる。

「そう、みたいだな…」

恐らくディエルが立候補したことでやる気のある生徒だと見なされ、副会長に選ばれたのだろう。

落ちてそれで終わりだと思っていたダインの予想は、半分は外れたことになる。

それはディエル自身にも言えることだが。

そこかしこから「おめでとう」という声が聞こえる。

生徒会役員に選ばれた面々は照れた表情で頭を下げているが、ラフィンとディエルの二人だけは表情が硬いままだった。

「よ、良かったね」

ニーニアも喜んでいる様子だが、恐らく彼女を含めほぼ全ての生徒があの二人の間に何があるのか知らないのだろう。

「大丈夫かよ…」

祝福の拍手が鳴り止まない中、ダインだけ一人呟く。

彼の脳裏には、闘技場で本気で決闘していた二人の姿が浮かんでいた。







「う〜ん…」

ノマクラスの教室に戻りダインの席に集合するなり、シンシアは腕を組んで考え込む。

放課後、一緒に部活を見て回りたい。

その日の昼にシンシアからそんな要望があり、ニーニアも入れての3人で部活動を一通り見回った後だった。

「どこかいいところあったか?」

ダインが尋ねても、シンシアは「そうだねぇ」と言ったきりなかなか答えが返ってこない。

「ダイン君は良さそうなところあった?」逆に聞き返してきた。ダインは首を振る。

「半ば予想はしていたけど、この学校の部活って魔法を使ったものばっかだからさ」

運動関係のクラブがあり、創作系のクラブもある。

料理部なんてものも見たが、やはりどのクラブにも魔法をメインにしたものばかりだった。

魔法を使えることが前提としてクラブがあり、そこに魔法の使えない彼が入り込める隙はない。

「仮に入れたとしても、そこでボロが出ないとは限らないしなぁ」

種族がばれるわけにはいかない。どこかつまらなさそうに言うダインの表情には、諦めに似たものを感じる。

「シンシアはどこでもやっていけそうだよな」

「う〜ん、でも運動部は毎日道場でお稽古してるし、料理やお裁縫だってやってるからなぁ」

これまでの繰り返しにしかならないとシンシア。

「ニーニアは? 歴史探求部や映像部とか、なかなかクリエイティブっぽいクラブあったじゃん」

「わ、私は…何かものを作ってるほうが楽しい…かな」

ニーニアもいまいちピンと来るものがなかったらしい。

「当分は帰宅部のままでも良いかもしれないね〜。クラブに入らなきゃならないってこともないんだし」

シンシアの言うとおり、クラブ活動は強制ではない。

ただ将来を見据えるなら、入っておいた方が役に立つ。興味の分野が広がることもあるかもしれない。

だがダインもシンシアもニーニアも、現状特にやりたいことはない。

3人はそのままカバンを手に、学校を出ることにした。



「あ、あの…これ…」

校外の公園に着きベンチに腰を下ろしたところで、ニーニアがダインとシンシアに何かを差し出してきた。

「お、遅くなっちゃったけど、お近づきの印に…」

見ると、それは手作りのキーホルダーのようだった。

シンシアには金色の剣を模ったキーホルダーだ。

「こ、この間シンシアちゃんに見せてもらった聖剣をイメージしたもので…」

「わ、ありがとう!」

キーホルダーを受け取ったシンシアは、嬉しそうにそれを眺めている。

「ダイン君のは、えと…」

小さな手に握られていたのは、小さなリングを三つに重ねた、それぞれが七色に光るキーホルダーだ。

「これは、えと…絆をイメージしたもので…」

「絆?」

「う、うん。私たちの絆…」

「それも綺麗だね!」

シンシアが言う。確かにそのリングは特殊な塗料でも使っているのか、傾ける度に様々な光を放つ。

「ありがとうな。大切にするよ」

「私も大切にするよ!」

と、シンシアはまたニーニアに抱きついていた。

最早見慣れた光景にダインは笑いながら、ニーニアの小さな頭を撫でてやる。

嬉しそうに笑っていた彼女だが、ふとその表情が崩れ、口から「ふぁ」という声が漏れた。

「あ、わ、悪い、まただ」

無意識に彼女から魔力を吸っていたことに気付いたダインは、すぐに手を引く。

「う、ううん、大丈夫」

そうして笑いあう二人を見ていたシンシアは、突如として「そうだ!」とニーニアから離れつつ両手を広げ声を上げた。

「ダイン君部にしよう!」

突拍子もない発言に、ニーニアは不思議そうな表情を浮かべ、ダインは「は?」と声を漏らす。

「俺の部ってのはどういうことなんだ?」

「ダイン君は、これまで吸魔をしてこなかったんでしょ?」

「ん? まぁ…」

「で、初めてのことに戸惑っている。吸魔がどういったものなのか、取り入れた魔法力をどうやって使うのかもいまひとつ分かってない」

ダインの揺れ動く心情を察したように、シンシアは続ける。

「ダイン君は吸魔と魔法の特訓。そして私たちは吸魔の刺激に耐える特訓。良いテーマなんじゃないかな」

ニーニアは真剣な表情でシンシアの言葉に聞き入っている。一気に興味が引かれたようだ。

だがダインは手を振った。

「特訓っつーことはお前達から魔法力を吸うってことだろ? 負担ばっかかけるようなことはしたくねぇよ」

始めから吸魔自体に引け目のあった彼には、シンシアの提案に否定的だ。

「大事なことだよ」

シンシアは不意に真剣な表情で言い、ダインを見つめる。

「色んな種族のことに精通したお姉ちゃんでさえ、ヴァンプ族のことはあまり知らなかった。希少種と言われるほど極端に知っている人が少なかった。それはつまり、ダイン君たちヴァンプ族はこれまで他の種族とは密接に関わろうとはしなかったっていうことだよね?」

ダインは少し考え、言った。「そう、だな」

「どうして関わろうとはしなかったか。それは、ダイン君のような考え方の人が多かったから。負担をかけちゃうなって思ったり、気味悪がられるのが嫌で避けていたからっていうのは、間違いかな?」

「いや、合ってると思う」

同じ見解を抱いたダインを満足げに見てから、シンシアは「うん」と頷く。

「だから、ダイン君部だよ。異種族間で親交を深め合って、ダイン君…ひいてはヴァンプ族と私たちの種族との、良い付き合い方を一緒に探していこうっていう部活動」

「それは壮大すぎるだろ」

恐縮して言うダインに、シンシアが照れたように笑う。

「種族の付き合いっていうのは確かに壮大かもしれないけど、でもその気持ちもあるよ」

決してふざけて提案してるわけではないという彼女に、反論の余地が見つからない。

「ニーニアちゃんもそう思わない?」

「思うよ!」

ニーニアにしては珍しく声高に言った。

「ダイン君部、良いと思う。入りたいよ。種族のこともそうだけど、単純にダイン君のこと…ヴァンプ族のこと、知りたいから」

ニーニアの目に力強さを感じる。

シンシアの言葉に深い感銘を受けたかのようだ。

「も、もちろん種族のことは明かせないから公に出来ないけど…でも、すごく良いと思う。駄目、かな?」

遠慮がちに見てくるその目に、もはや抗う術をもてないダインは頭をかくしかない。

「お前ら二人が良いって言うんなら、俺から断る理由なんてねぇけど…でも良いのか?」

ダイン自身、吸魔の仕組みをまだよく分かっていない。どういった条件で作用し、どの種族から吸えるのか。デメリットはないのか。

不確定要素が多すぎるために遠慮していた部分もある。

「良いよ」

答えたのはシンシアだ。

「だって定期的に聖力の提供約束したんだし、そういうのに慣れておくことに越したことはないよ」

魔法を使えなければ学校の授業についていけない。

彼女たちから魔法力をもらうしかない現状、せめて吸魔の感覚には慣れてもらった方が良いのは明白だ。

ダイン部には、吸魔の仕組みを体感しつつ調べていこうという意味も含まれている。

シンシアのその台詞には説得力しか感じず、ダインは頷いた。

「ということで、改めてよろしくね?」

「よ、よろしくね?」

シンシアとニーニアが頭を下げてくる。

「よろしくを言うべきなのは俺の方なんだがな」

ダインは笑ってニーニアからもらったキーホルダーを握り締め、大切そうにカバンの中にしまった。

「じゃあ早速特訓しよう!」

そういってシンシアが手を差し出してくる。

「え、今からか?」

「まだ日が落ちるまで時間があるし、それまでね?」

「早い方が良いよ」というシンシアの言葉はその通りなので、ダインはまずシンシアの手を握り締めてみる。

できるだけ吸わないよう集中して触れてみたものの、やはり触れた部分から聖力を吸い上げてしまったようで、シンシアの口から「はぁ」というため息が漏れた。

ダインがすぐに手を離すが、シンシアの顔は赤いままだ。

「つ、次はニーニアちゃんだよ」

「う、うん」

ベンチに座り込むシンシアを一目見て、赤い表情でダインを見上げるニーニア。

「あ、あんま無理すんなよ?」

「だ、大丈夫。無理してないよ」

差し出してきた小さな手を握ってみる。

するとまた魔力を吸い取ってしまい、ニーニアの足が崩れそうになった。

そして彼女もベンチに座り込んでしまう。二人の顔は赤く息が上がっており、数日前に見た光景と全く同じだ。

「か…回復アイテム、いるねぇ…」

「う、うん…」

そう話し合う二人を見て、ダインは申し訳なくなると同時に嬉しくなった。

本当に良い奴らだ。自分のために、ここまで協力してくれるなんて。

せっかくの好意だ。彼女たちの思いに応えるためにも、手探りでも良いから吸魔の上手な利用方法を考えよう。

思案をめぐらせたダインは、やがてまず最初にすべきことはコントロールだという結論に至った。

集団生活をしている以上、誰かと触れ合ってしまう場面は避けようがない。

だとすれば、触れても吸ってしまわないようにするのが先決だ。

慣れてくればコントロールできるようになるとサラは言っていた。

つまり気の持ちようなのだ。平常心を保てば大丈夫なのでは。

「あ、私から触れた場合はどうなるのかな」

少し回復したシンシアが言ってくる。まだ続けるつもりらしい。

「よし、来い」

ダインは意を決してシンシアに手を差し出す。

シンシアは両手を出し、彼の手を上下から包むように握り締めてくる。

相変わらず優しい感触にダインの心は一瞬揺らいだが、すぐに気を強く持ち平常心を保った。

その結果シンシアから聖力が流れ込んでくる感覚はせず、彼女も素の表情のまま…ではなかった。

「あ、あれ? 吸っちまってるか?」

思わずダインが言う。シンシアの顔が赤いままだ。

「う、ううん、大丈夫だよ。吸われてはないんだけど…」

と言ったきり、彼女はダインの手を包む自分の手元を見つめている。

「ど、どうかしたの?」

シンシアの様子にニーニアも疑問を抱いたらしく、立ち上がって近寄ってきた。

「す、吸われてる感覚はしないよ。ダイン君、いま頑張ってる?」

「ああ。平常心保てばどうってことなさそうだ」

「そ、そうなんだ…」

またシンシアが黙る。

ダインの手を握ったり撫でたりしていた。

「あ、あの〜、シンシア?」

何を…と尋ねたところで、彼女ははっとしたような顔になる。

「わ、私だけなのかな…ニーニアちゃんも触ってみて」

「え? う、うん」

シンシアの手が離れる。

差し出したままの彼の手に、今度はニーニアがおずおずと触れてきた。

幼少期の“特殊訓練”を思い出しながらダインは努めて冷静にいたはずだが、

「ふぁ…!?」

ニーニアから妙な声が上がる。肩がびくりと震えた。

やっぱり吸ってしまったのだろうかと思ったが、彼女から力が抜けた様子はない。

どうも単純にダインの手の感触に驚いているように見える。

「あ、ニーニアちゃんも?」

シンシアが尋ねる。主語のない疑問だが、ニーニアはこくりと頷いた。

「な、何かおかしかったか?」

解放してもらった自分の手を見る。その造りは彼女たちとなんら変わり無いように見えるが…。

「え〜とね、うまく言えないんだけど…ダイン君の手…かな…ううん、お肌なのかな…すごく心地良いんだよ」

全く予想してなかった言葉に、ダインはしばし混乱してしまう。

「心地良い…?」

「うん。他の種族の人に触れるときとはまるで違っててね、なんていうのかな…触れた瞬間に、ふわってなるの」

自分で自分の手に触れてみる。

もちろんシンシアが説明してくれたような感覚はない。

「多分、それもヴァンプ族の特性の一つなんじゃないかな」

シンシアがそう予測を立てた。

「吸魔という目的を達成させるための機能かも知れないよ。他に思いつかないからこう表現するのは悪いかもしれないけど、ベビードッグは体温調節のために鼻先が濡れてるし、モフギツネは外敵から身を守るためにもふもふの体毛で身を隠す」

その仮説に納得できる部分があったダインは、顎に手を添え「なるほど」と唸る。

「つまり肌の感触が良く感じるのは、できるだけ脱力状態になってもらった方が効率よく吸収できるからっていうわけか…」

「あくまで仮説だけどね」

「でもそれだと、同じ種族の…お父さんやお母さんからは何も感じなかったの?」

ニーニアがもっともな疑問を投げかけてくる。

「身内とは確かに触れ合ってきたけど、シンシアが言ってるような感覚に陥ったことはないなぁ」

思い起こしてみても、妙な感覚を感じたことは一度もない。

そういえば吸魔してしまったこともない。

「同族には効果がないのかもしれないね。でも確かにそうだよね。魔法力のない人からは吸魔しても仕方ないもん」

特殊な肌の質感の話はそれまでにして、何か思いついたらしいニーニアが「あ」と声を上げる。

「吸魔の話に戻るけど、肌と肌が直接触れ合わないと吸えないのかな?」

「あ、それ興味あるね」

「肌同士で触れない方向でやってみよう」シンシアがダインの方に向き直り、両手を広げてくる。

「どうぞ!」

最早実験感覚なのだろう。

だがダインとしても知りたい情報だ。

「い、いくぞ」

周囲の人通りを警戒しつつ、ダインは静かにシンシアを抱き寄せる。

「ふにゃ…」

するとシンシアからあられもない声があがった。

「みょ、妙な声を出すな」

そう注意するものの、「あうぅ」という声しか聞こえない。そういえば彼女の髪に触れてしまっている。

髪から手を離すと、シンシアの表情は若干元に戻った。

「っと、大丈夫…みたいだな」

「う、うん。髪でもああなるみたいだけど、服越しならふわっとならないみたい…」

しかし彼女の顔は真っ赤なままだ。

吸魔する前にどうかしたのか尋ねると、シンシアは「えと…」と赤い表情で見上げてくる。

「あ、改めて客観的に考えてみると、は、恥ずかしいことしてるなぁって」

今更な台詞だった。

だが確かに彼女の言うとおりだ。人気のない公園で男女が抱き合ってるなんて。

「ちょ、ちょっと…ちょっといいかな。ちょっと持ちそうにない、よ」

意識してしまったからなのか、みるみる顔の赤みが増していく。当たったシンシアの大きな胸越しに、破裂するんじゃないかと心配になるぐらい大きな心音を感じる。

ダインはすぐさま彼女を解放する。シンシアは胸に手を当てながら何度も深呼吸を繰り返した。

「ご、ごめん、続きはニーニアちゃんで…」

「いや、あまり無理しない方が…」

「が、頑張るよ!」

ニーニアがダインの前に一歩踏み出してくる。

彼女は触れる前から顔が真っ赤だが、ダインのためならとやる気に満ちている。

「だ、ダイン君…」

しかし躊躇うダインに自分から行く勇気はないようで、真っ赤なままその場に立っているだけだ。

「わ、分かったよ…」

覚悟しているのに放置はさすがにまずいので、ダインは意を決しニーニアを抱き寄せる。

「んっ」

小さな体を腕の中に収め、彼女の恥ずかしさが爆発する前に吸魔を試みてみた。

が、特に変化はない。ニーニアの魔力が流れ込んでくる感覚もない。

「だ、大丈夫だよ…な?」

「う…ん…」

ニーニアの返事が遅い。吸えてないはずなのに、体が震え今にも崩れ落ちてしまいそうだ。

支えるために彼女をさらに強く抱きしめる。

「ひゃ…ひゃぁ…」

腕の中から悲鳴に似た声がする。

見ると、赤くなり始めた太陽以上に顔が真っ赤になっており、閉じられた目が開かない。

「…ニーニア?」

呼びかけても返事がない。

どうやらあっという間に気を失ってしまったらしい。

「ど…どうすんだよ…」

ダインは戸惑いっぱなしだ。

そんな彼の姿に、赤みが抜けきらない顔のままシンシアが笑った。

「ふふ、やっぱりダイン君って面白いね」

「いや、面白がってる状況じゃねぇだろ」

とりあえずニーニアをベンチに寝かせる。

戸惑いつつも彼女を優しく介抱するダインを見ていたシンシアは、笑顔のままこう呟いた。

「これはやっぱりあれをするしかないかなぁ…」

「あれって?」尋ねても、シンシアから明確な返事はない。

「んふふ〜、すぐに分かるよ」

その含み笑いの意味は、結局ニーニアの意識が戻り帰る頃になっても教えてくれなかった。



「良いですね、楽しそうで」

夕食の席で、横でダインのおかわりを待つサラが若干とげのある声で言ってくる。

食べる手を止め彼女の方を見ると、いつも以上にジトッとした目つきでこちらを睨んでいるのが飛び込んできた。

「うら若き乙女の方々ときゃっきゃうふふですか。良いですね。気持ち良さそうで」

ダイン部の設立と吸魔の特訓。

生徒会のことも伝えたはずだが、どうもサラには後半のシンシア達とのやりとりが羨ましくて仕方ないらしい。

「楽しいとか気持ちいいとか、そんなこと感じる余裕なんてねぇっての」

そう反論しつつ、ビーフ大根の照り焼きをご飯と一緒にかき込む。

確かにダインには余裕がなかった。未だ慣れない吸魔の感覚は得も言わぬ快感があり、その最中に見せるシンシア達の恥ずかしそうな表情。

滅多に触れることのなかった女の子の感触に、悩ましげな声。親と大陸を渡り歩いていたときはどんな出来事にも対処できていたのに、吸魔だけは戸惑ってしまう。胸が高鳴り、冷静な判断や行動ができなくなる。

「ちゃんと教えてくれりゃこんなことせずに済んだのによ」

食べながら文句を言うダインの横顔は赤い。

空になったコップにお茶を注ぎ足しながら、サラは答えた。

「吸魔のあの感覚は、言葉で言っても伝わりきれないものです。表現のしようがありませんし」

確かにその通りだが…。

反論の言葉を探すダインに、サラが続ける。

「魔法力というのは目に見えない力。それを吸い上げるというのは、肉体を通して精神で繋がっているに等しいということ。昔は吸魔のことを相思融解などと例えられていた時代もあります」

「融解…」

融解という言葉は、吸魔の別称としては相応しいのかもしれない。流れ込んでくるシンシア達の力は、それぞれに感じ方が違ったからだ。

シンシアの聖力は温かみや優しさの中でも強さを感じ、ニーニアの魔力も温もりと優しさを感じるが、献身的な柔らかさのようなものを感じた。

一重に魔法力といってもそれを宿す人物それぞれに特徴があり、性格や思いのようなものも魔法力に乗じて伝わってきていた。

「吸魔についてダイン坊ちゃまに教えられることはございますが、先ほども申し上げた通り言葉で伝えきれるものではありません。シンシア様の仰っておられる通り、様々な実験を通し答えを見つけていった方が身につきやすいですし、何より面白みもありますよ」

「面白いのはサラだけだろ…」

二杯目のご飯を平らげ、「ごちそうさま」と手を合わせる。

サラは食器を重ねていきキッチンへ行こうとしたが、「ああ」と足を止め振り返った。

「ちなみにヒントを申し上げておきますが、吸収量は男女差がございます」

「そうなのか?」

「はい。基本的に異性間での吸魔が最も吸いやすいはずですよ。肌の質感も感じ方に差があったはずです」

サラに言われ、ダインは思わず同性で吸魔した場面を想像してしまう。

目の前で身悶える男の姿を連想してしまい、体を震わせてしまった。

「ま、まぁ見るに耐えないわな…」

「私としてはどちらでもいけるのですが」

「いけなくていい」

ぴしゃりと言い放ち、ダインは椅子から立ち上がる。

いつものように中庭で庭園の手入れをしようとしたが、再びサラに呼び止められた。

「忘れるところでしたが、その吸魔に関してダイン坊ちゃまにお伝えしなければならないことがございます」

「何だ?」

「それは…」

重ねた食器をテーブルの上に置き、サラから吸魔の説明を受けたダイン。

彼は静かに世話係の話に耳を傾け、聞き終えた頃にはまた大きなため息をひとつついてしまった。





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