三十九節、伝承
「あっはっはっは! それは災難だったわね!」
夕暮れ間近の放課後、ほとんど誰もいなくなった教室内でディエルの笑い声が響く。
先日のエーテライト一家との一件のことだった。
朝からダインに謝り倒しだったシンシアを不思議に思ったディエルが、しつこく詳細を求めてきたのだ。
仕方なくついさっき説明したところだが、彼女にとっては笑い話だったらしい。
「そりゃ年頃の娘を持つと、親心としては心配になっちゃうわよね」
親心に理解を示すディエルの手にはプリントがあり、今週末まで差し迫った下克祭のプログラムが書いてある。
今日もディエルと二人で下克祭のプログラム進行を確認していたはずだが、早くも脱線してしまったようだ。
とはいえ、やることは分かってるし今更確認の必要も無いほど簡単だ。
「あのリィンさんともやりあったんでしょ? 強かった?」
ディエルの興味は尽きなさそうで、目が輝いている。
「ああ。さすが大退魔師っていわれてるだけのことはあるよ」
ダインがリィンの戦い方を説明している中、隣で聞いていたシンシアは面白くなさそうな顔をしている。
「拳で語り合うだなんて前時代もいいところだよ」、我慢できず口を挟んできた。「そういうのじゃないって何度も言ってるのに、お父さん全然聞く耳持たなかったし」
また数日前のことを思い出しているのか、シンシアは憤っている。
ダインとディエルの打ち合わせが終わるのを待っているのは彼女だけでなく、ニーニアとティエリアもいた。二人は「まぁまぁ」、とどうにかシンシアをなだめようとしている。
「もう大丈夫だって」
シンシアが目を覚ました直後にダインの携帯に送られてきた怒涛の謝罪のメールを思い出しながら、ダインは笑った。「破魔一刀流のこととか聖剣のこととか、貴重な体験できたしさ」
「そうですね。独自に進化した魔法の使い方なども、色々と勉強になりましたし」
ティエリアと揃ってそうフォローを入れるが、シンシアは眉間に皺を寄せたままだ。
「そういうことさせたかったんじゃないんだよ? ほんとは、お父さんとのお話はすぐに終わらせて、その後は街を案内したりお勧めのお店を紹介したり、もっとゆったりとした時間を過ごして欲しかったのに…」
せっかく自分の家に来てもらったのに、何のもてなしもできなかった。
ダインに招待されたときは色々とお世話になったのに。恩を仇で返してしまった。
破魔一刀流の堅苦しいしきたりや、門下生や父の嫉妬。嫌なところばかりをダインに露呈してしまう形となり、そのことにシンシアはひどく落ち込んでいるようだった。
「いや、面白かったのはほんとだって。親父さんや門下生の人たちにはどう思われてるか分からないけどさ」
「深く反省を促したから大丈夫だよ」、シンシアは憮然とした表情でいった。「といっても、簡単に許すつもりは無いけど」
どうやらまだ家庭内での不協和音は続いてるらしい。
「ダイン君を傷つけようとしたこと…どんな理由があったにしろ、ほんとに許さないんだから」
シンシアはダインの強さを知っている。門下生がいくら束になったとしても、傷一つつけられないだろうということも分かっている。
リィンも最初から本気ではなかった。その目的も後日知らされたが、シンシアが怒っているのはそういうことではない。
ダインに対し敵意を向けた。攻撃を仕掛けた。そのことに、彼女はひどく憤っていたのだ。
問題ないとダインはいうが、しかし彼女の気持ちも分からないでもない。
逆の立場なら、どんな理由であれシンシアを傷つけるようなことがあれば、確かに冷静ではいられなくなるだろう。
「まぁ、ほどほどにな? 俺は何とも思ってないからさ」
穏便に済ますよういうが、シンシアは頑なだ。
「ダイン君が許してくれても、私は当分口を利くつもりは無いよ」
どうやらシンシアはなかなかに根に持つタイプのようだ。
ちなみにゲンサイとの“後日談”はシンシアは知らない。ゲンサイからも何も伝えてない辺り、知られたら再度問い詰められるだろうことは予感しているのだろう。
ダインも空気を呼んで…というより、ゲンサイの“恐怖”を汲んで黙っておくことにした。
「相変わらずあなたの周りには面白いことばかり起こるのね。私も着いていけば良かった」
にやにやしながらディエルが割り込む。
「お前がいたら余計ややこしくなる」
「何もしないわよ。思わせぶりなことはいったかも知れないけど」
「だからそれが…いやそれが狙いか」
突っ込むと、ディエルは悪戯っぽく笑った。
「ほんと、お前はデビ族そのものだな」
ダインはやれやれとした仕草でいうが、とはいえ、ディエルはいうだけで本当に来はしなかっただろう。
一見ざっくばらんな彼女だが、謎である部分も多い。こちらのことは色々訊いてくるくせに自身のプライベートな話題はあまり口にしないし、時折見せる横顔が冷たく感じるときもある。
何となくだが、ディエルの中で一線があるような気がする。線引き以上に接触してこないのだ。
未だに彼女から吸魔できないのが何よりの証拠で、確かに彼女は友達は多いようだが親密な間柄の友達はいないらしい。
クラブや生徒会の用事が終わればすぐ帰るし、休日誰かと出かけたという話も聞いたことが無い。
これだけ話しやすく笑顔が多いディエルなのだから、当然友達から遊びの誘いは沢山あるはずなのに。
最近は放課後しきりにグラウンドを睨むように見ているし、なかなか彼女の全容は見えそうに無い。
「デビ族か…」
ダインは自分でいいながら、ふと二日前のことに記憶が飛ぶ。
ディビツェレイド大陸にヒントがある。
確か、その大陸を統治しているのはデビ族のはずだ。
自分の住む大陸のことなら答えてくれそうだし詳しそうだしで、早速尋ねようかと思った。
しかしすぐに教室内の至るところに耳の魔法が仕掛けられていたことを思い出す。
ダインはしばし考え、プリントの裏にペンを走らせディエルへの質問を書き込んでいく。
「下克祭のプログラム表に宣誓ってあるんですけど、何を宣誓するんですか?」
ディエルがティエリアに質問を始めており、途中でダインが彼女の肩を叩いてその質問文を見せた。
“ディエルはディビツェレイド大陸に住所があるのか?”
文章を見て、彼女は不思議そうな顔をダインに向ける。何故口頭で質問してこないのか疑問に思ったのだろう。
ダインが身振り手振りで耳の魔法の存在を伝える。あまり聞かれたくない内容だとディエルは察してくれたようで、頷きつつ同じプリントにペンを走らせた。
「安全宣言のようなものですね」
ティエリアの返答に「なるほど」、と納得したディエルは、プリントをダインの前に滑らせてくる。
“そうだけど?”
「ディエルちゃんは下克祭の間何をするの?」
シンシアの声を聞きつつ、ダインは返事を書く。
“未踏の地について何か知らないか?”
「私はダインと一緒に別室に閉じ込められて、ラビリンス内の監視ね。異常を発見したら速攻で担任に報告するの」
ディエルは会話を続けながらもプリントに文字を書く。なかなかに器用な奴だ。
“未踏の地って、大陸の奥地にある?”
“そう。ちょっと調べたいことがあるんだが、基本的に立ち入り禁止だろ?”
「報告する基準とかあるのかな?」
「一応ガイドラインみたいなのがあるらしくてね、このプリントに書いてあるのは、生徒が何かズルをしてないか、事故に巻き込まれてないか、生徒同士で諍いが起こってないか、等などね」
“かなり広いわよ? しかもエリア別に区分けされてて、入るにはそれぞれに申請が必要よ。認可条件も割と厳しめだから、一般学生に認可下りるのはまずありえないと思う”
“あーそうなのか”
「ラビリンスの中は割りと広いよ? 二人だけで監視するのって大変じゃないかな?」
「スイッチ一つで見渡せるらしいから大丈夫でしょ。半日座りっぱなしっていうのが私には苦痛だけど」
“ちなみに何を調べたいの?”
“あーっとな。ちょっと長くなる。書くのめんどくさいし”
“確かにそうね。学校の外でなら話せるんじゃない?”
“今日は部活とかないのか?”
“ええ。ほんとはこの後七不思議の続きしたかったんだけど、ダインの話の方が面白そうだし、そっちにしましょう”
ダインが返事を書こうとしていると、いきなり隣から手が伸びてきた。
それはニーニアの手で、プリントにピンク色の可愛らしいペンを走らせ始める。
“カオスエリアのことなら知ってるよ”
カオスエリア? 疑問に思いつつ彼女を見るが、筆談に途中参加したのが照れくさいのか、顔を赤くさせている。
「えっ」
その文章を読んだディエルだけが、やや驚いたような声を上げた。
“カオスエリアってS級に指定されてる進入禁止区域じゃない! 入ったの?”
“うん。あそこだけでしか採れない希少素材があるって、昔おじいちゃんとね”
“よく無事だったわね。大災害地帯とかトラップ地獄帯とかあったでしょ?”
“高耐久メイルの試用も兼ねてたから、大体なんとかなってたよ”
“すごいのね、リステニア工房の作る武具って…”
そこでまたさらに別の手が伸びてくる。
“希少素材ってどんなものだったの?”
シンシアが質問を書き込んでおり、終わった瞬間に今度はティエリアが手を伸ばしていた。
“そのカオスエリアに向かったのはお二人だけなのですか?”
いつの間にか全員が筆談に加わっており、文章を書いて読むことに集中しているため会話が無い。
筆談を持ちかけたのはこちらだが、全員が急に黙り込んだままでは逆に怪しい。
ダインは笑って「帰るか」、と彼女たちにいった。
ダインの意図をすぐに汲み取った彼女たちは頷き、それぞれカバンを手に立ち上がる。
校門から外に出て行く五人の姿を、三階の教室から眺めているある教師の姿があった。
彼女はジーニ・ジルコン。
ガーゴの中で重要機関とされている、ナンバーと称されるメンバーの一人だ。
魔法に関連した犯罪を取り締まる“聖魔犯罪対策課”の部長である彼女は、ダイン一行の姿が見えなくなった後、小さく息を吐いた。
「どうしたものかしら…ね」
鋭い目つきをした彼女の脳内では、あるシミュレーションが浮かんでいる。
それは邪魔なものを如何に排除して目標物を手に入れるかの、姦計に似たシミュレーションだった。
あの男は思いのほかガードが固い。
目標物を持っているのは確かなのだが、それが何であるかはいまのところ分かってない。
目標物が人物であれば、あらゆる容疑をかけ取り戻すことは容易だが、物体であれば所有権の証明に難儀しそうだ。
とにかくあの男が何を隠しているのかを突き止めなければならない。
ジーニはつい歯痒そうに親指の爪を噛んでしまう。
どういうわけかあの男がいる村には“目”が届かなかったのだ。それどころか様々な斥候魔法すらも排除されてしまう。
あの村には何か秘密がある。ガーゴの力さえ及ばない何かが。
「呪われた村…ね…」
エレイン村について調査を始めた部下が、一番近い町の住人から聞いた情報だった。
エレイン村は全体が呪われている。だから魔法が効かないのだと。
そこの村人も呪われているため魔法力を持たず、それどころか他種族から魔法力を奪う力を持っている。
禁忌種であるサキュバスやインキュバスの末裔だと噂されており、周囲の町民や市民はその村を忌避しているらしい。
だが都合が良いことに彼らは容姿がヒューマ族に酷似しているため、一般住民に紛れて生活している者もいる…という話だった。
噂のみで証拠がない。だが、魔法力の低さを考えるなら十分にありえることだろう。
「卑しい劣等種というのはどこの大陸にもいるものね」
忌々しそうにジーニが呟く。
彼女には選別意識が根強く残っていた。
マレキア大陸で法を作り取り締まってきたというジルコン一族の血がそうさせたのかも知れない。
聖力の高さを見込まれ、セブンリンクスを卒業後ガーゴに所属し、これまでに数多くの犯罪者を捕らえてきた彼女。
中にはガーゴの発展を邪魔する者もいた。
ガーゴの裏の顔や真実を暴こうとしたマスコミもいたが、ガーゴの理念に強く賛同していたジーニは、それら抵抗勢力を犯罪者として仕立て上げ、思いつく限りの容疑をかけ断罪してきた過去がある。
正義の名の下に行動する彼女に迷いは無く、青年期に入ったばかりの若さだというのに、気付けば多数の部下を従えるまでになった。
オブリビア大陸の法とまで噂され始めた彼女のプライドは高く、選別意識も相まって、劣等種は何かしらの犯罪に手を染めているのだという間違った認識を持っていた。
そのため、ガーゴからのコンタクトをかわし、抵抗し続けるダインは、きっと違法な方法で目標物を手に入れたに違いないと思い込んでいたのだ。
“アレ”は何としてでも取り返さなければならない。
どうやるのが一番確実なのか。
思考を巡らせる彼女に、誰かが声をかけてきた。
「入り口が見つかりました」
教室にやってきたのはエンジェ族のサイラ・キーリアだ。
一仕事終えたとばかりに息を吐きつつ、同僚であるジーニの隣に並ぶ。
「何重にも不可視のバリアが張られてあって、少し骨が折れましたけどね」
「お疲れ様です」、ジーニはそういって少し表情を緩める。「その入り口からは直通で最下層に行けるのでしょうか?」
同僚だがサイラの方が役職は上のため、ジーニの言葉遣いは丁寧だ。
「そうですね」、厳格な家庭に生まれたサイラもまた、物腰は柔らかい。「まだ未解除のバリアがあるので、いますぐというわけにはいきませんが」
「…ようやく、ですか」
ジーニはまた嘆息する。
ようやく、目標の実現に一歩近づける。
ようやく、こそこそしないで済むようになる。
そしてようやく、あの人に褒めてもらえるかもしれない。
普段は冷たいほど無表情だったジーニは、いま少しだけ頬を緩めている。
脳裏にはある男性の姿が浮かんでいたが、すぐに表情を引き締め、再び教室の外へ目を向けた。視線の先には闘技場がある。
「いつ実行に移しましょうか? こちらとしてはいつでもいいですよ」
やや気が早いサイラは、たとえグラハム校長が施したバリアでも、解除に手間取ることはないと豪語する。
先の予定を話そうとする彼女に、ジーニは「いえ」、と首を横に振った。
「慎重に行きましょう。ここで失敗するわけにはいきませんから」
ジーニは静かな声でサイラを落ち着かせる。
「まずは対象物を手に入れてからです。でなければ、いま入り口に入れたところで意味は無い」
「まぁ、そうですね」
「それについて、あの邪魔者を排除する方法を考えたのですが…」
サイラに相談を持ちかけようとしたところで、ジーニの持つ通信機から着信があった。
誰からの連絡であったか確認したジーニは、それが予想外の人物だったのか驚いた顔をする。
「は、はい、私です」
通信機に出たジーニの声がやや上ずっている。
受け答えする様は心なしか緊張しているようだが、どこか嬉しそうでもあった。
鉄仮面の下から浮き出た感情を見て、通話相手が誰なのかを直感したサイラは小さく肩をすくめる。
(結局あなたも面食いですか)
そういいそうになった口をどうにかつぐむ。
別の冗談をいってジーニを困惑させようかと思っていたところで、「えっ」、と彼女が声を上げた。
「そ、それは…そう決められたのですか? はい…いえ、しかし…」
表情には珍しく戸惑いが浮かんでいる。サイラまで声は聞こえないが、かなり意外な何かを聞かされているのだろう。
「そのように判断されたのなら、従うまでですが…はい…それは…そう、ですか…。分かりました」
そこで通話が切れたのか、ジーニは携帯から耳を離す。
「何かトラブルでも?」
尋ねるサイラに、ジーニは自分自身もよく分かってなさそうな表情を寄こした。
「聞き入れてはどうだろうかと…」
「聞き入れる?」
「あの男を…いえ、彼を…」
「彼…彼を?」
徐々にサイラもジーニと同じような表情になっていく。
「協力しても良いといっているのなら、一度その通りにしてみてはどうだろうかと、あの方…カイン様が、仰られました」
夕焼けに染まりだした教室で、ガーゴナンバーである二人はしばし困惑の表情を浮かべていた。
「んっはー! おいし…」
夕暮れの公園で、満足げなディエルの声が木霊する。
お茶会は初参加のディエルだが、早速お気に召したようだ。
「カフェオレあるから飲んでね」
「あ、ありがとー」
ニーニアから飲み物を受け取り、それを一口飲んではまた頬を緩める。
「はぁ…いいわねぇ午後のお茶会…。あなた達、いつもこんなことしてたの」
緩みっぱなしのディエルだが、ふいにダインを睨みつけてきた。
「私だけのけ者にして、こんなところでお嬢様みたいなことしてたのね!!」
「いや、わざとじゃねぇよ。大体、お前いつも忙しそうにしてるじゃん」
そう突っ込むと、事実だったためディエルは「むぅ」、と声を漏らす。
「それにお前活発そうだし、一箇所に落ち着くの苦手そうだしさ」
「そんなことないわよ。こういう落ち着いた時間も好きよ」
そんな世間話もそこそこに、シンシアが本題を切り出してきた。
「前人未踏の地、かぁ。ダイン君は、ここにルシラちゃんのヒントがあるかもって思ったの?」
シンシアの手元には、先ほどダインから返却されたばかりの全人網羅の書がある。
どうして持ってたのかとシンシアが不思議そうにしていたが、姉のリィンが持ってきてくれたという説明に彼女は納得してくれたようだ。
「未確認の魔法力反応ってところが気になってな。他にヒントはないし、そこぐらいしか頼れそうなものがないんだよ」
「未踏の地ねぇ…」
クッキーを頬張りながら、ディエルはテーブルに片肘をつく。
「そもそもなんだけど、魔法技術は日々進化を続けているおかげもあって、この地上で行けないところはもう無いと聞いたことがあるわ」
「そうなのか?」
「ええ」、顔を戻し、カフェオレを啜る。「どんな危険地帯にも対応できる強化服や、毒すら無効に出来るマスク。半永久的に水中にいることのできる空気スーツといった、あらゆる適応アイテムはドワ族のおかげでどんどん開発されていってる。だから行けないところなんてないはずよ」
「それに」、チョコポテチを持った手を振りながら彼女は続ける。「好奇心旺盛なデビ族なのよ? 前人未踏の地なんて冒険心をくすぐられるところ、行きたがらないはずないじゃない」
「そりゃ確かに、な…」、ダイン含め、シンシアたちも納得したように頷く。デビ族の好奇心や探究心は、障害があればあるほど燃えるらしい。
「危険エリアが多いディビツェレイド大陸ですら、もう踏破したってことか」
「そのはずよ。ニーニアが昔行っていたらしいカオスエリアは、危険レベルS級でそれ以上はないとされているわ。そこに進入できたのなら、もう行けないところなんてないでしょ」
肩をすくめつつそう話すディエルに、「でも」、ニーニアが口を挟んできた。
「目的は素材収集と耐久メイルの動作確認だけだから、そこに何がいるのかまでは調べてないはずだよ?」
「あなた達が初めて進入できたその日はね。でもカオスエリアすら侵入可能ということが証明されたのだから、定期的にカオスエリアに調査に入っている人は何人かいるはずよ」
ディエルの言う通りだろう。誰も降り立ったことの無い場所というのは、それだけで冒険心を掻き立てられるし、場所によってはお宝の匂いもするものなのだから。
「だから仮にそのエリアに重要な何かがあったとしたなら、とっくに学会かなんかで大々的に発表しているはずよ」
「それは…そう、だね」
ニーニアも納得した様子だが、しかし何かルシラに繋がるヒントはなかったか当時の状況を思い出そうとしている。
「結局手詰まりか…」
前人未踏の地など存在しないとディエルに言われ、ダインは落胆せざるを得なかった。
ダインだけでなく、シンシア、ニーニア、ティエリアも顎に手を添え考え込んでしまっている。
「…ねぇ、ところで…」
ディエルが口を開きかけたとき、
「あそこはさすがに…ないですよね…」
ずっと黙考していたティエリアが、おもむろに口を開く。
「何か当てが?」
ダイン達の顔がティエリアに振られる。
全員の視線を受けた彼女は、やや緊張させながらも考えていたことを語り始めた。
「確かに、トレジャーハンターを生業とする方々の出現もあって、新しい大陸や珍しい種族の発見など、一時期はニュースが賑わっておりました。世界中で冒険が流行になっていた時代もあり、仰るように未踏の地はもはや無いのではないかといわれております。ですがそれでも、誰にでも入ることの出来ない場所というのは確かに存在しているのです」
「え、あるんですか?」
意外そうに聞いたのはディエルだ。
「はい、ございます。一つ…いえ、七箇所ほど、世界に点在している完全なる未踏の地が」
七箇所、と聞いて「あっ!」、と声を上げたのはシンシアだった。
「断世界のことですか?」
「はい」
頷くティエリアだが、ダインとニーニア、ディエルは不思議そうな顔をしている。
「だんせかいってなんだ?」
「聞いたこと無い? 七竜が封印されている場所だよ」
えっ、と固まるニーニアとディエルだが、ティエリアは「そうです」、再び頷き、話し出す。
「世界各地にある、何人たりとも立ち入ることの出来ない区域。混乱期に天上神エレンディアが、レギオスの力を分散させるようにばらばらに七竜を封印した。その御身を持って施した封印はとても強いもので、世界の摂理を乱すほどの力を持ってしても打ち破ることは出来ないとされています」
そこでダインも、エレンディア創世記の中に七竜とその封印について触れられていたことを思い出した。
「場所によって封印方法も様々のようで、中には認識すらできないものもあるとか」
「またどえらい話になってきたな…」
ダインはまた嘆息するしかない。
ルシラの居場所を突き止めるだけだったはずなのに、まさか伝承上の話まで飛び出してくるとは思わなかった。
「あ、いえ、あくまで仮説なので。そもそも断世界はお互いに干渉できないはずですので、ルシラさんがその中にいたというのは考えにくいです」
そうティエリアはいうが、しかしルシラの規格外性を知るダインは、なくはないと思った。
とはいえ、天上神であり創造神でもあるエレンディアが切り取った場所なのだ。厳重に管理されているのは容易に想像できるし、近づくことすら法律で禁止されているだろう。
「う〜ん…その断世界は最終候補として考えておくことにして、他の可能性をまず当たっていきたいところだな」
そうダインがいったところで、「あの」、とニーニアが話しかけてきた。
「今週末は、私のお家に来てくれることになってるよね?」
「ん? ああ、そうだけど」
「シンシアちゃんが持っている全人網羅の書ほどじゃないけど、私のところにも宝典があるから、そこに何かヒントがあるかも知れないよ」
「へぇ、どんなやつなんだ?」
「素材白書っていう、どこにどんな素材があるのかを記されてる本なんだけど、前人未踏の地も含めてかなり広範囲に掲載してあるから、私のところに来たとき読んでみようよ」
「それはいいな。見せてくれるんなら是非…」
いいかけたところで、ダインはふと声のトーンを落とす。
「あー、ちなみに聞きたいんだけど、ニーニアのところって結構厳格な感じか? しきたりとか家訓とかで、本を読むためにはすごいもん発明しなきゃなんないとか…」
無理難題を出されないかと危惧するダインに向け、「あはは、大丈夫だよ」、ニーニアは笑って手を振った。
「私のところにはそういうのないから。それにダイン君のことはちゃんと説明してるし、お泊り会のときだってみんな笑って送り出してくれたよ」
少なくともダインに対し悪い印象は持ってないとニーニアにいわれ、ダインは「じゃあ安心だな」、同じように笑顔を向ける。
そこで申し訳なさそうに、「あぅ」、と声を出したのはシンシアだ。
「ニーニアちゃんのところは家族全員優しいよね」、心底羨ましそうな表情でいう。「リステニア工房に勤めてる職人さんもみんな気さくで」
その点、と自分の身内のことと比較する彼女はやるせない様子だ。「私のところはみんな聞く耳持たずで、実力を示せとか暴力的なことばかりいいだすし…もう…あーもう…」
頭まで掻き出した彼女に、ダインは「冗談だ」、と笑いかける。
「それぞれの家庭にはそれぞれの掟なりなんなりあって然るべきだ。シンシアのところの道場は強くて有名なんだから、しきたりも荒っぽいものになるのは仕方ないことだろうよ」
「そうだけど…」
「身内の悪口はあまり言ってやるな。俺に失礼があったって、それはお前を思いやってのことなんだからさ」
な? とシンシアの頭を撫でながらいうと、彼女は頬を膨らませながらも顔を赤く染めていく。
「むぅ、ダイン君のそういうところ、ほんとずるいと思う。何もいえなくなっちゃうよ…」
ニーニアとティエリアも笑っており、場がさらに和む。
そろそろディエルが茶化しだす頃だと思ったが、彼女は未だに顎に手を添えたまま思考を巡らせていた。
「何か気になることでもあったのか?」
「え? ええ、まぁ…」
そこで全員の視線がディエルに向けられる。
彼女の口から何か重要なヒントが飛び出すのではないか。
そう思いつつ続きを促すと、「まず一点だけ」、ディエルは神妙な面持ちでいった。
「ルシラって誰?」
ダインは思わず、「そっちかよ」、と突っ込んでしまう。
しかし確かにディエルには何も詳細は伝えてない。
「興味があるんなら説明するよ。でも一応他言無用な」
ダインはそういって、これまでの事の成り行きを簡単にディエルに説明した。




